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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― 「こんにちは。無事にギルドの仕事に復帰できました、十七夜 亜理紗です。本日もよろしくお願いします♪」 ある日の開拓者ギルド。 担当机でいつものように仕事をする職員、十七夜 亜理紗の姿がそこにはあった。 ちょっとしたトラブルに巻き込まれていたのだが、解決しきっていないとはいえ進展はあったらしい。 いつものように仕事が出来る喜びを感じる亜理紗であった。 「亜理紗ー、ちょっといい? この仕事をお願いしたいんだけど」 「はいはーい。何でしょう?」 ギルドの奥から出てきた先輩職員、西沢 一葉が布がかけられた何かと依頼書を手にやってくる。 どうやらアヤカシ退治の依頼のようだが、机に置かれた謎の物体が気になるところだ。 「えっと……? とある村に大量発生したアヤカシの退治。対象は少なくとも何百の単位……って、えぇぇぇっ!?」 何百ものアヤカシが同時発生するのも恐いが、よく村が壊滅しないものである。 亜理紗の叫びは如実にそんな心理を語っていた。 「依頼先の村からその大量発生したアヤカシを生け捕りにしたサンプルを送ってきたの。それがこれよ」 言いつつ、一葉は布がかけられた何かを指さした。 恐る恐る亜理紗が布を取ってみると、木の板にノリのようなものを塗ったものが姿を現した。 布がくっつかないようにニスのようなものでコーティングされているようだが……? 「……板がアヤカシですか?」 「違うわよ。ほら、ここ」 そう言って一葉が板の一点を指差すので、目を凝らして見てみる。すると、蚊のような物体が身動きが取れない状態で封じ込められているのがわかった。 「……蚊、ですね」 「えぇ、蚊よ。でもこれアヤカシね」 「……えぇー……」 アヤカシはピンキリである。凶悪な魔獣のようなものもいれば、こんな微妙なものも存在する。 なんでもその村に大量発生した蚊型のアヤカシは、村民の血を吸い痒みを与え、耳元で響く羽音などでも不快感を覚えさせ、その負の感情を糧としているらしい。 ちなみに、血を吸われるとかなり痒いらしい。 「微妙な顔しないの。気持ちは分かるけど。幸いなのは、このアヤカシが蚊と全く同じ程度の戦闘力しか無いこと。つまり、叩けば死ぬし煙でいぶれば死ぬってことね。これから夏を迎える時期に、こんなのが大量にいたままじゃ困るでしょ? それをなんとかして欲しいんだって」 「害虫駆除でも頼んでくださいよぉ……これじゃ剣や銃は役に立たないじゃないですかぁ」 「そこはそれ、意図を組んで知恵のある人や魔術師系の人が参加してくれることを祈りましょう。全部叩き潰せとは言われてないから安心して」 夏の前に大量発生した蚊型のアヤカシ。やっていることは完全に嫌がらせのみである。 人死が出ることはまず無いが、早急に駆除をお願いしたいところである――― |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
阿弥香(ia0851)
15歳・女・陰
ミノル・ユスティース(ib0354)
15歳・男・魔
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●天儀の初夏 夏に向け、徐々に気温も上昇してきた天儀各地。それは気候風土が穏やかな石鏡とて例外ではない。 寒い、涼しい、過ごしやすいと推移し、汗ばむことの多くなってきた今日この頃。とある村では、大量の『蚊型』のアヤカシに悩まされていた。 そのアヤカシたちは、習性も強さも普通の蚊と全く同じ。痒みだけはこちらの方が上だが、基本的に普通の蚊と区別はつかない。つまり、一般市民であろうとパチンと叩くだけで容易に潰れて死ぬ。問題なのは、その数だった。 薄着の多い村人たちは勿論えらい目に遭っている。痒みで睡眠不足を起こすものも少なくない。 「ただでさえ、これからの時期、湿度や気温の上昇で体調を崩す人が増えるって言うのに。不快な羽音だ痒みだって、睡眠妨害の原因になる様なアヤカシが大量発生だなんて、医師泣かせにも程があるってんだよ」 「かゆいのは、あったかいお湯であっためると、毒が分解されるって、医者の兄ちゃんがゆってた!」 「うん、間違っちゃいないが刺されずに済む方法を考えような」 露出ほぼゼロの服装に身を包んだ御鏡 雫(ib3793)は、動きづらそうにしながらも気合を入れ囮役を引き受けていた。 その横で阿弥香(ia0851)が自慢げに知識を披露するが、この場合蚊型アヤカシを全滅近くまで追い込むのが先である。 ちなみに、御鏡はターバンやら手袋やらにも蚊が嫌う草花の香りを染み込ませている。これなら唯一露出している目の辺りにも蚊は寄ってこないだろう。 「ではみなさん、一斉に松葉に火を付けてください! 屋内の掃除及び燻り出しをします!」 「ふむ……思った以上に効果があるというか、面白いですね」 カンタータ(ia0489)の指示の下、村の家のいくつかが囲炉裏で松葉を燃やしだす。 天儀の家屋は通気性が良い物が多いため、すぐに煙が立ち上る。それを合図に周辺の家々も松葉を燃やし、ついには村中の家から煙が立ち上っていた。 通気性が良いということは、蚊の侵入も容易いということ。屋内の蚊の駆除とともに、追い出しもできるという優れたアイディアである。 そんなことをしたら外にいる村人たちは刺されまくるのではないかという懸念もあろう。しかし、ミノル・ユスティース(ib0354)がやっているように蚊取り線香を足元に配置して煙を浴びていれば、蚊は寄ってこないか寄ってきても勝手に死ぬ。 ミノルはふらふらぽとりと地面に落ち、やがて一筋の瘴気となって消える蚊型のアヤカシを見て、こんなチョロいアヤカシは見たことがないと思う。 屋内に潜んでいた蚊は意外と多く、この燻り出しで死んだものは多数。しかし、やはり大多数は屋外。人に近づけない蚊たちは、所在無さげに宙を舞うのみ。 「さて、そろそろ出番かな。さぁ、寄ってきなッ!」 充分に蚊が外にでたところで、御鏡は咆哮を使用する。 言うまでもないが、咆哮はアヤカシの注意を引き使用者の元に敵を呼び寄せる技だ。御鏡は普通の蚊とほぼ性能が変わらないというアヤカシ情報から、咆哮に抵抗できるやつはいないだろうと踏んだ。 そしてそれはドンピシャであり、行き場を失っていた蚊たちが黒い渦となって御鏡に迫る! 「おおっ!? 雫がヤバいぜ!?」 「大丈夫ですよ。ほら」 思わず身を乗り出した阿弥香だったが、ミノルは冷静だった。確かに咆哮に引き寄せられ、何百という蚊が飛来してはいるが、御鏡に取り付いている蚊は一匹もいない。 例の虫除けフル装備が当たったらしい。蚊たちは一定距離を保ったまま、御鏡の周りをウロウロしていた。 「今だ! やっちまいな!」 「承知いたしました」 集まった蚊たちに向け、ブリザーストームを放つミノル。 この術は自動命中であるし、何より範囲攻撃なので一斉にアヤカシを巻き込む。勿論、耐久力が蚊と同じなので耐えることなどできるわけもなく、かなりの数が瘴気と消えた。 「しっかし、どんだけ居るってのさ。そら、第二陣もご案内だ!」 村を回りながら再び咆哮を使用し、蚊を集める御鏡。すると、今度は阿弥香が術を行使する。 「岩首マンボウで一網打尽だぜ!」 「ちょっ!?」 御鏡のすぐ横に、空中に現れたマンボウ型の式がどすんと落下し、多数の蚊を押し潰した。岩首は本来は人の形をしていることが多い術だが、阿弥香は何故かマンボウ型を好むらしい。 危うく当たるところだったが、大きく避けると蚊たちもマンボウから遠ざかってしまうため実に加減が難しかった。 「待った待った! マンボウは無し!」 「えー。雫なら避けられるってー」 「もっと他にあるだろ!? 当たってからじゃ遅いの!」 「わかった! じゃあイワシの群れで三枚おろしだー!」 「ちょぉぉぉっ!?」 今度はイワシ型の式がびゅんびゅん飛来し、蚊を薙ぎ払っていく。 勿論、阿弥香はしっかり狙っているし御鏡に当てるつもりはない。が、御鏡にしてみれば危なっかしいにも程があるというものだ。 「あーもうヤケ! 当てるなよ!? 絶対当てるなよ!? まったくもー!」 ハリセンを振り回し、自分でも蚊を撃墜している御鏡。三度咆哮を使い、蚊を集めている。 蚊の数はとどまるところを知らない。もう三桁くらいは楽に倒したはずだが、あまり減っているようには見えなかった。 「それじゃ真打ち登場といきましょう。カトンボが、堕ちろ!」 今度はカンタータが術を使う。 氷龍という術で、冷気を纏ったウミヘビのような式が現れたかと思うと、凍てつく息を吐き出し直線上の蚊を凍結させた。 もうかなりの数の同胞を倒されているというのに、咆哮に引かれ宙を舞うだけの蚊型アヤカシたち。知性というのは大事であると思わずにはいられない。 このようなシフト、スタンスで駆除を続けていた開拓者たちであったが、思っていた以上に蚊の数が多い。当初は数百と聞いていたが、すでに四桁近いのではなかろうか。 というか、普通の蚊もちょこちょこ混じっていたりするようだが。 「こうなったらアレをやるしかありませんね」 「マンボウだな!?」 「違います。例の場所へ呼び込みましょう。御鏡さん、ありったけ集めて最後の手段です!」 「ちぇー。新鮮なんだぞう!」 「そういう問題ではありません。行きますよ」 カンタータの指示で、御鏡は咆哮を使いつつとある場所へ移動をはじめる。 阿弥香はマンボウに未練タラタラだったが、ブリザーストームを放ち移動を始めたミノルの言葉に素直に従った。 やがて、四人と多数の蚊は開けた空き地へと辿り着く。その中心には何やら巨大なテントのようなものが張られており、ぽっかりと入り口が開いていた。 「鬼さんこちら……ってね!」 テントの中に駆け込む御鏡。それを見届けたミノルは、徐にテントの入口を閉じてしまう。 蚊の抜けだす隙間もない。テントの中は唸る蚊の巣になってしまったが、その中央に七輪が置いてあることを虫は理解しない。理解できない。 「これで最後さ!」 七輪の中身である松葉に御鏡が火を灯すと、濛々とした煙がすぐさまテントの中に充満していく。 要はこれもカンタータたちの策の一つ。燻だしの延長線である。 村にいた残りの蚊をほぼ全て集め、逃げ場のないところでいぶし殺す。本当は術だけで倒しきれればそれに越したことはなかったのだが、如何せん物量が違う。 スタミナや練力のことを考えれば、これに頼るのは妥当と言えた。 「……おや? あれ?」 ポトポトと地に落ち、瘴気となって消えていく蚊たち。哀れといえば哀れだが、同情しても始まらない。 それよりも御鏡が気になったのは……この作戦――― 「……しまった。あたいも逃げ場がなくなるの忘れてたぁ」 『あ』 「お?」 中から聞こえてきた御鏡の台詞に、カンタータとミノルが顔を見合わせる。 阿弥香は腕組みをし、しばらく唸った後…… 「……わかった! マンボウでテントを壊して助けるからなっ!」 『やめぇぇぇい!』 「なんでだよう! 御鏡も助かって、マンボウも呼べてみんなハッピーだろ!?」 「マンボウから離れてください! そんなことしたら折角の準備が水の泡でしょう!」 「申し訳ありません、御鏡さん! 耐えていただけますか!?」 「わかってる。あたいも失念してたんだ、文句言えた立場じゃないさ。役目はしっかり果たすよ」 「ところで、マンボウの燻製って美味いのかな。マンボウって喰えるらしいぜ。師匠がゆってた!」 『知らんわぁぁぁっ!「げほげほっ」』 カンタータ、ミノル、御鏡が同時にツッコむ。まぁ、御鏡だけは煙でむせてしまったが――― ―――こうして、大量発生した蚊型のアヤカシはその殆どが倒され瘴気と消えた。 目立った被害といえば、御鏡が数日喉の痛みに悩まされたくらいのもの。夏を前に、四人の活躍で村人たちの憂いが消えたことは確かである。 教訓。人数が少なくとも、知恵とチームワークで意外と何とかなるものである――― |