野望、完成?
マスター名:西川一純
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや易
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/31 19:14



■オープニング本文

 天儀の中心都市たる神楽の都。
 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。
 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら―――

 小野坂 篤。この名前を覚えておられる方はいるだろうか。
 陰陽寮に所属する陰陽師の一人で、亜理紗の先輩に当たる男である。
『美少女な式神を作ってキャッキャウフフしたい』という目標のため、日夜研究を続ける中年男性だ。
 そんな男が、ある日開拓者ギルドに現れる。しかも―――
「……一葉さん、役人呼んでください」
「なんでや!? 俺なんも悪いことしとらんやん!?」
「嘘言わないでください! そんな小さい女の子誘拐してきて! もう言い逃れできませんよ!」
 ギルド職員でもある十七夜 亜理紗の担当机に現れた小野坂は、八歳くらいの女の子を連れていた。
 艶やかであるがちょっと跳ね気味の長い黒髪。ひねたような鋭い目。薄い笑いを含んだ口元。それらを加味しても充分美少女と呼ぶに相応しい。
 小野坂は結婚していない。それがこんな大きな子供を連れていれば亜理紗のリアクションも仕方ないというものだろう。
「くく。随分と信用が無いようじゃのう。我が主様」
「じゃかーしぃわい。なぁ亜理紗ちゃーん、話聞いてー? これな、俺の作った式やねん。分かるやろ?」
「はい!? え、じゃあ完成したんですか、あの外法」
「何が外法じゃボケぇ! 男の夢を詰めこんだバイブルやろ!」
「つーん。女の子である私にはわかりませーん」
「こんガキャ……」
 そうは言いつつも、よくよく観察してみれば小野坂の言うことに間違いはないようだ。陰陽師である亜理紗には目の前の少女が式であることはなんとなく分かった。
 しかし、完全な人型で、こんなに感情豊かに、しかも人語をペラペラ話す式というのはあまり聞いたことがない。
 それこそ、『謎の陰陽師』と呼ばれている過去の人物の作品以外は。
「先輩……まさか、あなたが謎の陰陽師!?」
「ちゃうわボケ! あんな技術があったら今頃ハーレムやっちゅーねん」
「それもそうですね。で、結局何しに?」
 この少女が小野坂が作った式だというなら、どうしてギルドに用があるのか。
 過去にも一度、迷惑な失敗作を作ってギルドに依頼をしてきたことはあるが、この少女も失敗作なのか?
「さっきも言うたけど、こいつ俺が作った式やねん。けどこいつ、めちゃめちゃ練力喰う上に常時練力吸い取ってんのよ。しかも自分で消せないときたもんや」
「私が言うのもなんですけど、小野坂先輩もたいがい出鱈目ですよね……」
「今回は反論できません……。しかも知能面に全能力を振り分けてるから戦闘力は皆無。はっきり言うてお荷物なんよ」
「そういうふうに失敗したのはおぬしじゃろうが、我が主様よ。美少女には違いなかろうに、何が不満かの?」
「俺ぁお前みたいなこまっしゃくれたガキに興味ないんや! 俺はもっとこう、フワフワっとしててボインボインで料理の上手いお姉さんタイプが好みなの!」
「くく。胸などただの脂肪の塊であろうが。これだから男というものは御し難いのう」
「……おまえ、生まれたてのくせになんでそないな知識持っとんのん……?」
「えぇっと……つまり、依頼内容はこの子をどうにかして消したい、と?」
「さっすが、話が早くてたすかるわぁ〜。別に消さんでも、誰かに譲渡でもえぇよ」
「なんじゃと!? 勝手に作っておいて勝手に捨てるでない! 無責任な父親か!?」
 式である少女は、小野坂からの練力の供給がなくなれば消滅する。
 かと言って一般人では供給する練力自体が不足するので、どうしても開拓者レベルの人物でないと譲渡は難しい。
 そうなると練力を食いまくるというのが痛い。戦力としても役立たずということで、よっぽどの物好きしか貰い手はなかろう。
 一応親心というか罪悪感はあるらしく、変な人間のところへはやりたくないようである。
 また、現役の開拓者にも譲渡は遠慮したいとのこと。出先で主人が死に、留守番中に寂しく消滅しましたでは可哀想だからとのこと。
 小野坂は小野坂で考えては居るらしい。創りだした元凶として責任を放棄しないだけまぁマシか。
「練力が空っぽのままだと俺も困るんよ。依頼も受けられへんし研究もでけへん。なんとかアイデア出してもろて、どうしても駄目なようなら俺の手ですっぱり殺るわ」
「変な所で責任感を出すでないわ、この人でなしめ!」
「他の誰かにトドメ任したらそれこそ人でなしやろ……」
 選択肢としては二つ。
 少女を小野坂から切り離した上でこの世に留めさせる方法を探すか。あるいは、諦めてさっさと倒してしまうか。
 後者となるなら小野坂が責任をもって何とかすると言っているので、開拓者たちには引受人を探すか切り離して存続させるアイデアを出すことが求められている。
 何にせよ、小野坂の業も相当深い―――


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
无(ib1198
18歳・男・陰
各務 英流(ib6372
20歳・女・シ
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
キルクル ジンジャー(ib9044
10歳・男・騎


■リプレイ本文

●名無しの少女
 神楽の都に存在する陰陽寮。陰陽師たちが日々業を磨き、研究に勤しむ学び舎である。
 その広い敷地の一角で、数人の開拓者と一人の陰陽師、そして一人の少女が集まっていた。
「よっし、なんかして遊ぶか。とりあえずアイデアは他の連中にまかせるさァ」
「遊ぶと言うてもの……ワシは子供っぽい遊戯に興味はない。くく。花札でもあれば良い余興になろう」
「……お義父さん、もォう少し素直な性格設定できなかったのかよ。まー、俺はこういうおませな美少女も好きだけどなァ」
「誰がお義父さんやねん! あんただけにゃ絶対やらんわ!」
 式の少女がつまらなそうに足をぶらぶらさせていたので、鷲尾天斗(ia0371)は努めて爽やかに声をかけてみたのだが、ませた感じの少女はシニカルに笑い、花札を要求。
 あまり子供とやるような遊びではない。そういう意味でも小野坂に辟易とする鷲尾だった。
「しかし、桃坂さん……遂に禁断の領域に……!」
「俺を球技の先輩みたいに呼ぶなや。俺の名前は小野坂や」
「失礼、噛みました」
「ちゃう、わざとや。兎に角、最初から言うてるやろ。性格設定も姿形も想定外やっちゅーねん」
 各務 英流(ib6372)でなくとも、小野坂がリアルに幼女を誘拐してきたと思うのはもうデフォらしい。亜理紗もそうだったが、陰陽寮の仲間にも何度も通報されそうになっている。
 そんな彼を射抜くような、冷たい視線。
「…………」
 ラグナ・グラウシード(ib8459)。彼の場合は少女がどうこうというより、小野坂の研究というか術そのものに嫌悪感を持っているように見える。
「あの……ラグナはん? めっさ恐いんですけど……」
「術のすごさは認めるが……いったい何を考えているのか。自分の思い通りの女を造って、侍らせるなどと……」
「いやいや、そこは同意してやろうやァ。永遠の美少女……まさしく男のロマンだなァ……」
「俺は別に幼女趣味は無い言うてるやろ! あんな、ラグナはん。この術が完成すれば誰でも『りあじゅう』になれるんやで? 素敵やん」
「真のりあじゅうとはそういうものではないだろう。……多分」
「いいや違うなッ! ロリがあれば男は充実できるッ!」
「だからあんたは黙っとれや!」
 強面に見えるラグナに睨まれ、必死に弁解する小野坂。そしてそれを煽って遊ぶ鷲尾。
 その様子が面白いのか、少女は外見に似合わないニヤニヤした笑いを浮かべていた。
「面白いですか、お嬢さん」
「くく。我が主様の慌てふためく様はなんとも心地良い。これでワシも中々恨んでおるのやも知れんな」
「ふむ。しかし名がないというのも呼びにくいというか可哀想ですね。よろしければ『愛理』とお呼びしても?」
「ほう。その心は?」
「可愛いと賢さ、つまりは理を持ってるということで」
「ふむ……悪くないのう。単純過ぎず捻り過ぎず。気に入った」
「光栄の至り」
 无(ib1198)が提案した名を咀嚼するように、少女は贈られた名を反芻する。
「えー。俺も夢見月って名前を提案しようと思ってたのによォ」
「それはちと格好が良すぎるのう。完全に名前負けしておるわ」
 望まれていない存在。失敗作。そんな劣等感が彼女の中にはあるのかもしれない。
 肩をすくめて鷲尾の提案を拒否する姿に、なんとなく哀愁が感じられてしまう。
「おぉ、私より小さい子なのです! 自分より小さい子を見たのは久しぶりなのですー」
「なんじゃいおぬしは!? こ、こらっ、気安く撫でるでない!」
 少し遅れていたキルクル ジンジャー(ib9044)が到着し、愛理の頭を楽しそうに撫でていた。
 話は聞いていたが実物を見るのは初めてということで、自分より幼い愛理が可愛かったのだろう。
「それにしても、この子が式だなんて……天儀の変態は凄い技術を持ってるのです」
「……否定は?」
「出来る余地あらへんやろ……」
 キルクルの邪気のない呟きに。无が投げかけた問いに、小野坂はふっと遠くを見つめた。
 男は須らく変態であるというのが信条である彼に、キルクルの呟きは痛すぎるものだったのだ―――

●いざ、本題
 全員揃った所で、本題に入ろうという話になった。
 この式の少女は主人の練力をゼロにし、回復させないという強烈なデメリットを持っているわりにメリット効果がほぼ無い。
 戦闘でも役に立たず、並の子供ほどの耐久力しか無い。可愛いということ以外に利点がないのだ。
 練力が常時ゼロというのは志体を持つ人間にとっては致命傷レベル。そのため、彼女を小野坂から切り離しつつ殺さなくて済む方法を模索するのが本題である。
 まず挙手したのは各務であった。
「では私から。提案1、私と亜理紗お姉様が結婚する!」
「なんでやねん!?」
「私が亜理紗お姉様と結婚する→それを見た小野坂さんが結婚の良さを理解→丁度横に可愛い式が→小野坂さんと式が結婚して幸せ。ほら」
「ほらやないわボケェ! あんた話聞いとった!? 俺に幼女趣味は無いわぁっ!」
「では他の誰かと結婚なされば……」
「それができたらこないな研究しとらんわい……」
「ですよねー。では提案その2、きみ達はいつから『小野坂さんが陰陽師でその少女が式だ』と錯覚していた……?」
「……どーゆーこと?」
「ポニョ坂さんが妖怪な人間で無いと、どうして言えますか……?」
「俺を大ヒット戯画を連発する製作所みたいに言うなや。俺の名前は小野坂や」
「すいません、噛みました」
「ちゃう、わざとや。ちゅーか俺はどう見ても人間やろ! 瘴索結界でも使うてみるか、おぉ!?」
「その3。男坂さんを封印して式を研究者として取り立てる、という方法も……」
「俺を登りはじめたばかりの未完の草紙みたいに言うなや。俺の名前は小野坂や」
「失礼、噛みました」
「ちゃう、わざとや」
「噛みまちた」
「わざとやない!?」
「知力が高いだけでもきっと小野坂さんより役に立ちますわ。幸い両者とも人間じゃありません」
「人でなして言われるのは覚悟しとったけど人権否定!?」
 気質がそうさせるのか、各務の提案にひたすらツッコミを入れる小野坂。
 内容としても根本的な解決に至らなそうなので、无がやんわりと仲裁に入る。そうしなければ延々とこの二人でコントを繰り広げそうだったからである。
「はいはーい、提案ー! キルクル考えた。譲渡可能なら、多人数で練力供給を輪番制にすれば良いんじゃないかな?」
「ふむ、悪くないですね。どちらにせよ研究は続行する必要があるでしょうから、輪番で愛理さんを維持している間に練力補給の術式でも開発できれば良いのですが」
 キルクルと无のアイデアは実に現実的で堅実なものだった。これなら陰陽寮の同僚に力を貸してもらえればなんとかなる。
 問題は、練力補給の術式とやらがどれくらいの期間で完成するか。そもそもそんなものが完成できるかどうかである。
「んじゃ、ちょっと俺に譲渡してみろよ」
「あんたは駄目言うてるやろ!」
「試しだよ試し。すぐ返すって。ひっぺがすくらいできんだろ」
 確かに実際に他人に譲渡した経験はない。鷲尾でなくとも良かったような気もするが、いざとなれば小野坂なら無理矢理権利を戻すことができるので、実験しておくのも悪くはなかろう。
 小野坂が何やら呟き、印を組む。そして鷲尾に握手を求める。
「野郎の手ェ握って喜ぶ趣味はねェんだが」
「俺かて無いわ! こういう手順なんよ!」
「さよけ。…………おぉ!?」
 小野坂と握手した途端、鷲尾の全身から力が抜ける。
 自分でもはっきり分かる。錬力が一瞬でカラッカラになってしまった。
 小野坂はもう慣れてしまったようだが、実際体験してみるとしんどい。
「こ、こりゃァきついわ。いくら可愛くてもこの状態じゃいらんねェなァ」
「くく。そんなことを言って良いのかの……新しい主様。ワシなら艶事にも応えられるぞ?」
「お義父さん、この娘を僕にください」
「やっぱ返せド畜生! お前も煽んなや!」
 一瞬で鷲尾から権利を剥奪する小野坂。ついでにポカリと愛里を小突く。
「『変態』では困るか。そうだな……『変態』では困るからな。穏やかに暮らしている元開拓者がいれば、頼んでみてもいいのではないだろうか」
 大事な事なので強調して二度言ったラグナ。輪番制は安定するだろうが、多くの人間に負担を強いる。
 ならば隠居した信頼出来る元開拓者に頼むことが出来たなら不安は全て解消されるだろう。
 とは言っても、それは小野坂も考えたらしい。知り合いに声をかけてみたものの、なかなか引き取り手はいない。
 かと言って他人の紹介では信用しきれないというのもある。
「できれば大勢に迷惑かけるんは避けたいんやけど……」
「陰陽寮での貸し借りがどうとかよくわかんねーけどよォ、消す事自体には反対だぜ。そーゆーふざけた意見は謎の陰陽師の作ったやつで十分だ」
「生みの親が開拓者廃業して一生面倒見るくらいの甲斐性を見せるべきなのですー! この子をどうにかするではなく、依頼人がどうにかなれなのです! 責任の取り方が子殺しとか頭おかしいのです!」
 それを言われてしまうと小野坂も弱い。彼も陰陽師として、謎の陰陽師の技術は凄まじいと思うが思想ややり方が尊敬できるかと言われると絶対にノウだからだ。
 鷲尾やキルクルに言われるまでもなく、小野坂とてできれば殺したくはない。しかし愛理を抱えたままだと小野坂自身が生活していけなくなるのもまた事実。
 まぁ、欲のために妙な研究をしていたツケというか罰なのかもしれない。
「そもそも、この娘は本当に式ですか? 括りとしては人妖なのでは? どういう理論と手段でこの娘を顕現させたのです?」
「理論なぁ……斯々然々丸々隈々」
 詳しい説明は専門的過ぎるので省くが、无が聞く限りもう式ではなく人妖レベルにまで達している気がした。
 人妖であるならばこれだけの感情や知恵にも納得が行く。しかし、人妖というには不完全。
 つまり小野坂は『式以上人妖未満』の存在を生み出したということになるだろうか。
 何にせよ手詰まり感がある。今のところは輪番で研究を続けるというのが最善だろうか。
 と、そんな時である。
「陰陽寮から研究費っていう名目で金出してもらってさァ……」
 そろそろ解散。そんな雰囲気になった時、ふと鷲尾が呟いた。
「相棒買ってきてそいつの錬力当てにすりゃいィんじゃね? 小野坂の旦那が相棒買って、その相棒と式が契約すりゃ間接的だが旦那と契約している事にはカワンねーんだしよォ」
 沈黙。しかし鷲尾は気にせず、愛理の頭を撫でながら続けた。
「お勧めとしてはもふらか忍犬かなァ。もふらは一応神様だから何となくいィだろうし、忍犬だったら錬力無くても番犬位にはなるだろォしな」
「確かに、練力を消費しないと駄目というだけなら、人じゃなくても大丈夫という可能性はありますわね」
 各務も反芻するように呟き、小野坂を見やる。
 朋友にも練力は存在する。ならばそこから練力を供給できれば問題はないのではないか?
 小野坂はしばらく呆けた後、ぽん、と手を打った。
「その手があったか! いける思うわ。譲渡は問題なくできるし、いざとなれば権利を戻せばええ。もふら様を戦場に連れてくような真似さえしなければOKやろ!」
 これなら大勢に迷惑をかけず研究を続けることができる。愛理が完全なる人妖として独立し、死なずに済む道も開けていくことだろう。
「どうやら命拾いしたようじゃのう。これは礼じゃ、受け取るが良い」
 小悪魔のような笑みを浮かべ、愛理は鷲尾の頬にキスをした。
 程なくして、小野坂家にもふらと少女が仲間入りしたのは有名な話である―――