【造瘴志】壊れた英雄
マスター名:西川一純
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/24 21:15



■オープニング本文

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 天儀の中心都市たる神楽の都。
 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。
 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら―――

 ついに最後の五人目が登場し、戦いは終結しようとしている。しかしその五人目が問題であることは誰の目にも明らかであった。
 自らを『救国の英雄』と言った金髪の少女。剣と鎧で武装した美しき戦乙女。その心は完膚なきまでにズタズタの状態で現れた。
 そも生前の記憶としていたのが辛いものであったらしい。無残な、望まぬ死に方をしたであろうことは想像に難くない。
 が、その記憶が捏造であると自覚してしまった時……まだ幼さを残す少女の心は壊れてしまった。
 戦い抜いた記憶。友との絆。神への信仰。それらすべてがありもしなかったことであり、自分が人間ですらないなどと自覚してしまったらまともにいられるわけがない。胡蝶の夢のほうがまだ救いがあるレベルだろう。
「多分、彼女はリミッターみたいなものも完全に壊れてるんだと思います。普通の人間でも火事場の馬鹿力みたいな潜在能力があるものですが、それのアヤカシ版だと思っていただければ間違いないかと」
「常時火事場の馬鹿力って……。単純な近接戦闘しかしてこないとは思うけど、シンプルだけに厄介ってわけね」
 開拓者ギルドの職員、十七夜 亜理紗と西沢 一葉。彼女らも女性である故、女騎士が叫んだ言葉に大方の想像がついた。
 壊れた心で涙しながらも、制約により戦いは止められない。いや、たとえ制約がなかったとしても彼女だけは目に映る全てのものを破壊するため暴れまわったかもしれないが。
 本来はこんなイレギュラーはなかったはずなのだが、三人目が史跡内でバカスカ大砲などぶっ放すものだから史跡が破損し、術式に乱れが生じて後の式たちに悪影響を与えたのである。
「小細工なし、全力で戦うしかありません。瞬間移動も健在ですしね」
「……救国の英雄が全てを滅ぼす殺人者に……ね……。悲しいわね……」
 これにて打ち止め、最終決戦の五人目。別に今までの相手が楽だったわけではないが、今回は特に厳しくなるだろう。前回の戦いを見るかぎり、撤退するための手順も考慮に入れなければならない。
 誰かを救う人間も、誰かに助けてもらいたいということか―――


■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
守紗 刄久郎(ia9521
25歳・男・サ
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎
レネネト(ib0260
14歳・女・吟
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●狂おしく
 自分の全てが偽りだった。そう悟り、女騎士は心を壊した。
 口にするのもおぞましい恥辱を受け、無残な死に方をした。が、本人はそれはまだいいと思っていた。
 問題なのは、そうまでして貫いた神への信仰や、それを支えてくれた戦友や仲間、同志たちとの絆さえも嘘っぱちだったことのほうなのだ。
 自分が持っていた信念。使命感。信仰。それらが全て他人から与えられた『ありもしなかったこと』。そう思い込んでいただけの道化にも劣る玩具。
 だが、本来式とはそういうものだ。人妖ならまだしも、『式』のレベルでは個人的な性格や思考などは持ち得ない。
 こう言われたからこう返す。言わば条件反射のようなものであり自分で物を考えているわけではない。
 そういう意味において、謎の陰陽師が創りだしたこの術式は、式を創ると言うよりは簡易的な人妖を作り出していると言ったほうが正解なのかもしれない。
 もっとも、人妖として見るならば彼女らは欠陥品であるが。
「うふふ……来た、わね。壊してあげる。一緒に壊れて……?」
 女騎士はゆらりと立ち上がる。すっかり傷だらけになってしまった武舞台の中心にいても、敵の侵入は感知できるのだ。
 美しい金髪も整えなければ宝の持ち腐れ、乱した髪で、もうどれだけ流したか分からない涙がまた地に落ちた。
「……ジ……ル……あなたも、こんな気持ちだったの……?」
 誰ともしれない名のようなものを呟き、女騎士の姿が武舞台から消えた。
 自分に関わる全てが捏造だと知りつつも……その姿は、何かにすがるようであった―――

●狂襲
「……っ!」
 それはあくまで偶然であった。
 密集隊形を取りながら遺跡に侵入した開拓者たちは、いつも以上に慎重に歩を進めていた。
 女騎士については、今までの相手のように大人しく武舞台で待っているとは思えなかったからである。
 長谷部 円秀(ib4529)は後列から離れすぎないようにとふと視線を後ろにやった。するとその目に最後列であった雪切・透夜(ib0135)の背後から剣を振り下ろそうとする女騎士の姿が飛び込んできたのである。
 雪切は気付いていない。悩む暇もなく、長谷部は瞬脚を発動し二人の間に割って入り剣を弾いた。
「何……!?」
「来てますよ!」
 フードを被ったままの雪切が背後を見やると、女騎士がバックステップで遺跡の入り口ほどまで後退している所であった。長谷部が背拳を活性化していなければ背後からバッサリやられていた可能性は高い。
「逃がさない。今度こそ逃してあげないッ!」
 問答の余地など無い。これ以上わかりやすいことはないくらいの殺気で女騎士は攻撃を再開する。
「……入り口への経路を塞がれました。言葉通りここで皆殺しにかかるつもりでしょうね」
「お願いします! 話を! 少しだけでも……!」
 円陣のような形の密集隊形。その中心に居るレネネト(ib0260)と神座早紀(ib6735)。兎にも角にも良い隊列を選んだと評価したい。
 神座は女騎士に必死に語りかけるが、相手は聞く耳を持っていない。瞬間移動で側面に移動し、守紗 刄久郎(ia9521)へと刃を向ける。
「重っ!? なんて力だよ……!」
 大の大人を軽く凌駕する守紗でさえ舌を巻く腕力。そして瞬発力。攻撃が受けられたと悟った瞬間、もう移動している。
「この戦い方……最初の武人と同じ……!?」
 鹿角 結(ib3119)も円陣の中にいるメンバーである。こう出たり消えたりを繰り返されると、弓を主力とする彼女は狙いのつけようがない。
「どうか、心の平穏を取り戻してください」
 レネネトは再生されし平穏を奏でるが、女騎士には全く変化がない。抵抗力があるのも確かなのだろうが、彼女の心の闇はそれを更に上回るくらいに深い。
「ご冗談! 女性に力負けはできないでしょー!」
 ガギン、と耳障りな金属音を立て、井伊 貴政(ia0213)と女騎士の剣がぶつかり合う。
 持ち前のパワーを存分に生かし、僅かながら勝っているのだから恐ろしい。
「うふふっ!」
 井伊との正面切っての鍔迫り合いは得策ではない。そう判断した女騎士は再び瞬間移動、なんと円の中心の真上に姿を現す!
 そういえば三人目の船乗りも空中の船を瞬間移動で渡り歩いていた。地面にしか移動できない道理はない……!
「お互い壊れた者同士、仲良くしよォやァなァ!」
 いち早く気付いた鷲尾天斗(ia0371)が放った魔槍砲の火線。が、上から見ていたため鷲尾が動くのは女騎士からも把握できており、すんでのところで再び瞬間移動する。
「今度はあなたッ!」
「不意打ちでなければ!」
 トリビュートという盾を構え、女騎士の一撃を受ける雪切。細い外見に寄らず腕力はあるので、その守護壁を持つ手は揺るがない。
 そこに、遊撃役として行動する長谷部が機動力を生かして攻撃を仕掛けてきた!
「同じ手が何度もッ!」
 しかしそれを予期していた女騎士はすぐさま移動。が、今度はその姿をすぐに見つけられない。
「い、いったいどこに―――」
 周囲を見回していた神座の言葉が途切れる。その身体がぐらりと揺らぎ、地面に倒れ伏すまでそう時間はかからなかった。
 同時に響く乾いた音。鶏の卵ほどの大きさの石が、地面に落ちた音……!
「しまった! 投石も警戒していたのに!」
「あはは、お馬鹿さんッ! 四人で三人をカバーしきれると思ってたのかしら!? ちょっと気取られづらい場所に移動すれば隙を突くのは簡単よッ!」
 後頭部に石の直撃を受けた神座。もう少し大きな石だったら危なかったかもしれない。
 一般人なら頭蓋骨陥没で死んだかもしれないが、開拓者である手前、神座も多少頑丈にできている。
 雪切は歯噛みしているようだが、今のは注意していれば防げたというレベルではない。
「くすくす……刃物がじゃなかったのが残念! いい血飛沫が上がったと思うのに!」
「だからそういう台詞は……血の涙を流しながら言う台詞じゃないでしょう!」
 長谷部は血が滲むほど拳を握って叫ぶ。
 無理をして残虐なふりをし、更に自分を傷つけている。そんな女騎士を見るのが辛い。
 と、そんな時だ。
「ホント、ガキみてーな奴だなァ、オマエは」
「何を!? 騎士を侮辱するつもり!?」
 鷲尾が円陣を崩さないよう注意しながら、女騎士に向かって言葉を投げる。
「騎士サマがなんだってェ? ハン、お前は罰を受けたくて壊してんじゃネェ。己を取り戻す為に闘っているんだ」
「違う! 私の全ては偽りだ! 偽物なのよ! 神のために捧げた命も全部ッ!」
「カミサァ? お前は知っているはずだ。『この世にカミサマなんぞ居やしねェ』って事をよォ!」
「違う違う違う! 主は天上におわすの! こうしてまた私に試練をお与えになっているのが証拠よッ! いなかったのは、救国の英雄だけッ!」
「アア!? 知らんわァ!! 救国の英雄なんぞ!」
 単純に咆哮を使うより意識を逸らせている。よほど痛いところを抉られているらしい。
「お前は私が手ずから殺すッ!」
 再び瞬間移動する女騎士。くるか、と鷲尾も他の面々も集中する。
 しかし彼女が現れたのは、鷲尾の前ではなく井伊の側面だった。
「な……!?」
「うふふふふふふふ……ッ!」
 熱くなったと見せかけて相手の虚を衝く作戦か。どこまでも殺しにかかるつもりらしい。
 反応が遅れ、井伊は脇腹を切り裂かれる。ダメージが大きい上に回復役の神座は気絶中である。
「どんな汚名も受けてあげる! 今の私が目指すのは、少しでも多く地獄の道づれにすることだけッ!」
「くっ! ユズリハ!」
 矢を解き放ちながらも、鹿角は女騎士に向かってそう叫ぶ。
 確か何かの花の名前だったか?
「何それ? 私に言ってるの?」
「そうです。私は貴女を一人の人間として見たい。式として、物として見たくない。ですから、勝手ですがユズリハという名で呼ばせていただきます」
「違う! 私の名は……! 名は……ッ!」
 言えない。かつてそう呼ばれたはずの名が言えない。
 先程の鷲尾とのやり取りとはまた趣が違う。個人として認められることに慣れていないせいだろうか?
「……何を悲観する? 今ここに存在している、それは事実だろう? そして、今までの連中もまた同様。少なくとも俺は、道具だなんて思っちゃいない」
 普段とは違う、少し乱暴な雪切の口調。しかし、それは相手を気遣ってのことだ。
「自分が何者であるか。そんなもの、自分自身で肯定してやるしかないんだよ。故に勝ち取れ。顔を上げて前を見ろ。下種の道具に成り下がることを良しとするな! 自身を取り戻して此処に示せ! それが出来れば、お前の勝ちだッ!!」
「ぐ……! 勝手なことを……! あなたに、お前に何が分かるッ!」
 それがわかるからこそ、女騎士には辛い。気遣いが、優しさが辛い。鷲尾も別に相手を貶めるつもりはなかったが、彼の場合は言い方がまずかっただけだろう。
 今までの誰よりも強い相手。だが、メンタル面があまりにも不安定だ。
 再び跳ぶ女騎士。今度は守紗の真正面へ!
「何度も同じ手を喰らうかよ!」
「ちっ!」
「攻撃はっ! 最大のぉ! 防御ぉ! ってなもんだぁ!」
 鬼腕からの弐連撃。これには流石の女騎士も怯む。
 一撃目で女騎士の攻撃を相殺、弐撃目の攻撃は逆に女騎士が受けることになる。
 そこに走りこむ長谷部。女騎士はそれを読んでおり、逆に攻撃を仕掛けてきた長谷部の背後に瞬間移動する!
 そこに響く銃声。撃ったのは……レネネト!?
「音楽だけで勝負出来なかったのは残念ですが」
「小癪な……!」
 鎧で軽減したとはいえダメージはゼロではない。まさか先ほどまで音楽を奏でていた人物が拳銃を持ち出すとは思っていなかったのだろう。
 だから、彼女も相手の虚を衝く行動を惜しまない。
 次に彼女が現れたのは……レネネトの足元!?
「これは……! ごふっ!?」
 四人目の老人が見せた、意外な場所への瞬間移動。
 無理な体勢なので剣は振れないが、突き出すことはできる。剣で腹を貫かれたレネネトの口から、逆流する血が吹き出した。
「文字通り、今までのヤツらの総決算ってわけかよォ!」
 さすがの鷲尾も美少女がどうとか言っていられない。気を失っている神座まで攻撃されないよう追い払うのが精一杯。
「目を覚ましてください、神座さん! あなたの回復術がないと……!」
 鹿角が必死に神座を揺さぶり覚醒を促す。
 男が神座に触れると攻撃されてしまうので、仕方なく鹿角がこの役目を担っている。
「うあぁぁぁぁぁっ!」
「くっ! 盾が、軋む……!」
 連続で剣を叩きつけられている雪切の盾は、ミシミシと嫌な音を立てている。
 感情を爆発させ振り下ろされる刃は、斬るというより叩き潰さんばかりの勢いで雪切を殴打する!
「自棄っぱちなど!」
「攻撃してくるのは、遊撃のおまえだけだぁぁぁっ!」
「っ!?」
 瞬脚で距離を詰めた長谷部の顔を狙いすましたかのように左手で掴み、女騎士は彼の後頭部を地面に叩きつける。
 円陣を崩してまで開拓者は攻撃を仕掛けない。となればもう攻撃してくる面子は限られる。
 捏造であろうと、大きな戦争を戦い抜いた記憶を持つ女騎士。壊れていても頭が回る……!
「これで、終わりよッ!」
「盾よ、保ってくれ!」
 再びぶつかり合う雪切の盾と女騎士の剣。
 大きなひびが入り、いささか砕けた盾の前に……女騎士は、大上段を逆流するように後ろへよろめかされていた。
「そこぉっ!」
 スィエーヴィル・シルト。盾とオーラでブロックする鉄壁の防御術。
 それを撃ち抜き盾を破損させたことはむしろ評価に値する。しかし、その反動で大きな隙を晒した女騎士。それを見逃す雪切ではなく、得意とする聖堂騎士剣を発動、追撃する。
 が、前の式たちが苦戦し続けた技を彼が使うことは先刻ご承知。すぐに瞬間移動で回避しようとする。
「おぉぉぉぉぉっ!」
 しかし、その直前、井伊が血が吹き出るのも構わず大声を上げる。
 咆哮。迷っている暇がないので、一応行ってすぐ消えることにしようとしたが……
「喰らいやがれェ!」
 火線走る魔槍砲。そういえば最初の武人もこのパターンで攻撃を受けていたはず……!
「う、迂闊だったッ!」
「なら、退場願うよ」
「なっ……!?」
 爆煙を切り裂き守紗が女騎士の眼の前に現れる。
 だが、それは女騎士も予想している。予想していなかったのは……
「……いつか、あんたらの分も創造主って奴を……ぶん殴っとく、よ……!」
 守紗が相打ち狙いで防御の姿勢を全く取らなかったこと。
 お互いの胸をお互いの刃が貫き、血飛沫と瘴気が宙を舞う。
 続けて、守紗の左手に握られた剣が女騎士の心臓あたりを貫き……血みどろの戦いに、終止符が打たれた―――

●エピローグ
 瘴気となって消滅していく女騎士。そこに悔いや恨みはない。
 心が壊れていようがそうでなかろうが戦わねばならない制約がある。彼女が救われるには、これしかなかったのだ。
 救国の英雄と名乗った騎士は今、開拓者によって確かに救われたのだった。
「確かにあなたの記憶も、存在も、造られた物かもしれません。でもあなたはその理不尽に対して嘆き、苦しみ、そして憤っていました。その思いは、その心は、まごう事無いあなた自身の物ですよ」
 意識を取り戻し、自身を含めて仲間の回復を終えた神座は、消え行く女騎士の手をとってそう語りかける。
 例え全てが捏造でもいい。開拓者達と交わした時間は、紛れも無い彼女だけの真実だ。
 ずっとフードで表情を隠していた雪切は、ゆっくりとそれを取り去り……いつもの穏やかな声と笑顔で言う。
「……今までよく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「……あなたは酷い人ね」
「え?」
「最後の最後に、女の子を泣かすようなことを言うなんて」
「……」
「でも……嬉しいよ。ありがとう―――」
 とびきりの笑顔を見せ、女騎士は完全に消滅した。
 後に残ったのは、完全に静けさを取り戻した傷だらけの史跡と……今を生きる開拓者だけ。
 式。人妖。造られし者。それを想像せし謎の陰陽師が姿を現す日が近いことを、まだ誰も知らない―――