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■オープニング本文 天儀の中心都市たる神楽の都。 様々な人が行き交うこの都に、開拓者ギルドは存在する。 はてさて、今日はどんな依頼が舞い込むやら――― クリスマス。それはジルベリアから伝わった冬の風物詩の一つである。 詳細は今更語ることもないと思うので割愛するが、毎年これに関する事件は必ず起こる。 そして今回の依頼もまた、そんな事件の一つである。 「年の瀬の忙しい時期に、神楽の都の寺子屋で立て篭もり事件よ。犯人は子供7人と先生1人を人質にしてるみたい」 「どうしてこの時期になると! 必ず一人はそういう事件起こすんですかねぇ」 ある日の開拓者ギルド。 まだまだ忙しい職員たち……西沢 一葉と鷲尾 亜理紗は、久しぶりに星座アヤカシ以外の事件を担当することになった。 どうせならもっと明るい夢のある依頼が良かったが、事件は開拓者や職員を待ってはくれない。 「犯人の要求は?」 「『ママンを連れて来い!』の一点張りらしいわよ? 金銭の要求はなし。他に詳しい目的は話さないし、人質の開放にも耳を貸さない。一応子供たちに食料を届けるのは許してるみたいだけど、結構腕の立つ開拓者だからなかなか隙を突けないらしいのよね」 「ママン……? なんでしょう、このゲッソリする感覚は」 この時、二人は気づいていなかった。自分たちの雰囲気が徐々に変化していることを。 そしてそれは、参加する開拓者たちにも微妙に伝播することになるのだが――― 「でも、こういう人質開放作戦は難しいのよね……いくら手練の開拓者さんたちでも、一人も犠牲者を出さない確率は70%っていうところかしら」 「70パーセント? 冗談じゃありません。現状で開拓者さんたちの成功率は90%出せます」 「保証は付いてない」 「そんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」 「信じたい気持ちはわかるけど、人質の命ね。それが最優先だから」 「事件の流れがどう動くかは未知数です、保証できる訳ありません」 「はっきり言う。気にいらないわね」 「どうも。気休めかもしれませんが、開拓者さんたちならうまくやれますよ」 「ありがとう。信じましょう」 そんなこんなで、クリスマスの時期に起こった事件が依頼として提出された。 人質を1人でも欠けることなく生還し、勝利の喜びを共に勝ち取ることを切望してやまない――― |
■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
各務 英流(ib6372)
20歳・女・シ
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
何 静花(ib9584)
15歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●ジョニィの拳 年末年始で忙しなく人々が動く神楽の都。その片隅でその事件は起きていた。 とある寺子屋に開拓者が立て篭もり、子供や教師を人質に立て篭もっているという、毎年必ず一件は起こるような事案である。 問題はこの糞忙しい年末であるという点と、犯人が金品の要求ではなく自分の母親を呼べと叫んでいる点。正直何が目的なのかはよくわからない。 人質の家族が心配そうに遠巻きから見守る中、開拓者たちは犯人の母親を連れて現場に現れたのだった。 犯人の母親はキリッとした聡明そうな女性で、息子のしでかしたことにも動じた気配なく、かと言って協力を拒むような素振りもない。強い女性というイメージがピッタリ当てはまると言える。 「来たな。きちんとママンを連れてきてくれるとは嬉しいじゃないか」 「泰拳士である、交渉をしに来た」 「交渉? 交渉ねぇ。どうやったら人質を解放してくれるかってアレかい? ……ふざけるんじゃないよ! 交渉っていうのはな、立場が同等同士でやるもんだろ!」 何 静花(ib9584)が非武装で声をかけたものの、犯人はいきなり逆上する。 手にした短刀を子供の喉元に突きつけ、威嚇する犯人。あくまで優位に立っているのは自分だと主張したいのだろう。 「あなたの目的は何なのですか? こんな騒ぎになるようなこと、お金じゃないならいったい!?」 「主張を理解した上で! そこに人質がある理由を問いたい、なぜ必要なのかをだ。お前のママはきている、人を集めて何がしたいか」 「フフン、そのためにママンを連れてきてもらえるよう頼んだんだろ。オレの望みはただ一つ……その女に赤っ恥をかかせてやることさ。できる女を気取っちゃいるが、自分の子供一人まともに育てられない女だってことを広めてやるんだよ!」 「そんな……そんなことのために……!?」 母親を護衛しながら犯人に意図を質した真亡・雫(ia0432)と何であったが、その動機は全く理解できなかった。 それは真亡に限ったことではなく、依頼に参加した開拓者の誰もが理解不能だっただろう。仮に犯人が母親に愛されずに育ったとして、だからと言って他人を巻き込んで事件を起こし恥をかかせたいなどと誰が思うのか。 「人質は保険であり防波堤さ。オレだって開拓者の端くれ、こんな事件を起こせばすぐに開拓者がわんさと集まる。物事を成し遂げるためにはな、準備ってやつは必要不可欠だろ! 死ぬよりも辛い現実を、その女には生きてもらう! 生き恥だ!」 「殺したいわけじゃない……屈服させたいわけでもない……ただ恥をかかせたいなんて考える敵は……恐いぞ……!」 鷲尾天斗(ia0371)は当初『年末に面倒なことを』と誰もが思うことばかり考えていたが、犯人の目的を聞き認識を改めた。 子供じみた発想ではあるが、それを実現させるために周到な準備をしている辺り侮れない。ふと見回せば野次馬も集まってきており、現時点でも充分恥をかかせられていると言える。 周りの視線に耐えかねたのかはわからない。犯人の母親は相変わらずの毅然とした態度で犯人に告げた。 「ジョニィ、いい加減でその子を放して投降なさい。そうすれば悪いようにはしません」 だが、その一言が犯人に火を点けた。ギラリと母親を睨みつけたジョニィは、堰を切ったように舌戦を開始する。 「嘘をつけ! 悪いようにしないなんてずっと言ってきたじゃないか! だけどいつもいつも裏切ってきたのがママンだ!」 「そんなことはありません!」 「6歳と7歳と8歳の時も、9歳と10歳の時も、12歳と13歳の時も僕はずっと……待ってた!」 「な、何を……!?」 「クリスマスプレゼントだろ!」 「あぁっ……!?」 「カードもだ! ママンのクリスマス休暇だって待ってた! あんたはクリスマスプレゼントの替わりに、腕利きの開拓者を息子にけしかけるのか!?」 「そんなに忘れてる……!?」 あっけにとられる開拓者たち。それは何もジョニィたち親子の勢いに押されたからというだけではない。 多感な少年時代、11歳の時以外はジョニィはクリスマスプレゼントを貰っていないことになる。いや、それどころか母親は仕事仕事で家に帰ってくることもなく、クリスマスを一緒に過ごすことすらしなかったと推察できる。 父親がいたかどうかは定かではないが、こうまで母親が働いているということはシングルマザーの可能性も高かろう。 「同情に値するっていうのはこういうこと……!?」 「情けないやつ! 復讐なんて考えるくらいなら、その情熱を別の方向に使えばいいのにさー!」 神座亜紀(ib6736)とアムルタート(ib6632)は人質交換の交渉後、人質として潜入するため、武装を隠しオドオドした演技をしていた。 こっそりと憤るが、すぐにオドオドした表情に戻る辺り修羅場慣れしている。 「しかしこれは困りものですわね。交渉も受け付けない、激昂しやすいとなると迂闊な動きは人質を危険に晒しますわ」 オーガニックな雰囲気に釣られたのか、各務 英流(ib6372)はいつになく真面目な表情で呟いた。 彼女もまた人質交換で潜入しようとしていた一人なのだが、なにか悪い物でも食べたのではないかと心配になってしまう。 「クリスマスに荒ぶるその気持ち……分りますわ! 本当なら私もお姉様と……だのに鷲尾さんが居るから……ッ!」 「平常運転がーっ!」 スパーン、と各務の後頭部を叩く鷲尾。オーガニックな中にあっても各務は各務である(褒め言葉) 「ハッハッハ! 噂通り面白い連中だな。しかしオレの計画の邪魔にはならんぜ! そこのガキ二人も開拓者だろ? アムルタートに神座亜紀……自分たちの有名具合を考えなかったのは失敗だったな!」 「バレて!?」 「名前が通ってるっていうのも考えものだねー」 神座もアムルタートも歴戦の開拓者であり、その道の者の中では有名人である。ジョニィの開拓者である以上、その顔を知らないわけはなかったのだ。 人質交換という手も使えない。人質は複数捕まったまま。なら、どうすれば解決できる……? 「最早面倒!」 「鷲尾さん!?」 「こうなりゃァヤツの得意分野で打ちのめすしかなかろうさ!」 「し、しかし、こういう時は犯人を刺激しないのが鉄則です!」 「指南書通りにやっていますというのはなァ! アホの言うことだァ!」 「面白い! オレを言い負かすことができたら人質でも何でも返してやる! オレの目的はママンを貶めることだけ……それももう叶ったも同然だからな!」 一見自棄になったかのような鷲尾の言動だが、潜入作戦が通用しない以上、穏便に事を済ませるには相手の土俵で心を折るくらいしかない。 雪が降るホワイトクリスマスならまだしも、血の降るレッドクリスマスなど洒落にもならない。 「イチイチ聞いてたらメンドクセェな、オィ!? 大体年の瀬でクソ忙しい時にクソみてーな事してんじゃねェよバカ! 大体、お前泰拳士だろ? なァ泰拳士だよね!? 泰拳士だったらママンじゃなく媽媽(マーマ)と言え!」 「オレの目的は果たしたと言っただろう! もうあんな女の事にこだわっちゃいないッ! 自分のプライドしか考えられない女の事などで誰が思い悩むか!」 「嘘です! 親子の情をそんな簡単に切れるものですか!」 「ハッハッ……! 貴様は覚悟が足りないからそういうこと言うんだよ! いくじなしめ! 男じゃないんだよ! 流石に女装で名高い真亡さんじゃないか!」 「いくじなし……!? 男じゃない!?」 鷲尾と真亡の言葉にも全く退かないジョニィ。しかも相手が気にしていることを的確に突いてくるのがいやらしい。 「本当の覚悟が出来ていれば親殺しだって出来る! キレてやるんじゃない、逆上しなくたって正義の確信があり、信念を通そうという確固たるものがあれば出来るもんだっ!」 「そんなの間違ってる……! 家族っていうのは!」 「クッハッハ! 覚悟が無いから姉離れだってできないんだ!」 「どういうことっ!?」 「本気で家族の絆を信じているなら遠く離れたって問題ないだろ!? それをしないってことは覚悟がないってことなのさ!」 「家族が一緒にいて何が悪いのさー! キミだってお母さんに振り向いて欲しくてこんなことしたくせにー!」 「違うな。二重三重の苦しみを与えたくてやっただけだ……復讐なんだよ!」 「そんなの誤魔化しだよー!」 神座、アムルタートにも容赦無い。武器を打合せているわけでもないのにピリピリした空気が感じられる。煽りのプロと呼ばれるだけのことはあるということか。 「……各務さんよぉ、おかしかぁないか! あんただってそこの鷲尾って旦那に怒り心頭、亡き者にしてやりたいって思ってんだろ? なら何でそれをやらない?」 「それは、お姉さまが悲しむとか、振り向いてくれる可能性はあった!」 「戦って勝てないとか以前に、お前はハナから鷲尾を殺る気はないんだ。それがお前の本当の気持ちだから、仲良し気取って戦って見せて、想い人から賞賛をもらうためにカッコだけはつけてんだ!」 「違います! あの男はお姉様の前から消えて無くなればいいのですわ!」 「ホントにそう思えるか……?」 「何を……言いたいのですかッ!」 すっかりペースに乗せられてしまっている各務。やはり亜理紗のことに振れられると弱い。 「俺さぁ……鷲尾 亜理紗と愛し合ったなぁ〜」 「なんじゃとて!?」 「そこで憤慨するのは俺の役目だろォ!? つーか、そんな与太話信じるわけねェだろ!」 「西沢 一葉もなんだ……」 「何を言ってるんですの……?」 「いやさぁ、地味娘なんて馬鹿にしてたさ。……がね、いやぁ味わい深かったって感動したぁ〜……おっと」 「くぅぅぅっ!」 各務が投げつけた拳大の石をひょいと避けるジョニィ。してやったりという顔を崩さない。 それに対し、鷲尾は完全に呆れ顔である。 「いや英流、絶対嘘だぞォあいつの言ってること」 「ハッハッハ! 怒れよ! ……普通こういう話は面白がるんだぜ! 怒るっていうことの意味は分かるよな! お前にも覚悟ってものが足りてないッ!」 「嘘ですわ! ジョニィ流の強がりですわーッ!」 「ならお亜理紗ちゃんと一葉さんに聞いてみなよ。情熱を秘めた肉体……」 「あなたって人はぁぁぁッ!」 「すまない……言い過ぎたな。しかしもう一つ現状報告をしておくと、女房の態度が変わってもそれに気付かないのが鷲尾の旦那ってことだ! お前はそういう男を排除する勇気もないんだ! かわいそうになぁ! 肩肘張ってたって辛いだろう、楽にしてやるよ! 心配するな、亜理紗だってたっぷり可愛がってやる……。俺、包容力ってあるつもりだからさぁ」 「くぅっ! 言うなぁっ!」 「いや、だから作り話だってあれほど……。つーかいつの間にか各務への煽りになってんじゃねェか」 鷲尾は妻のことを信じているので全く動じないが、各務は勿論他の面子も『もしかしたら……?』というような雰囲気になってしまっている。それほどジョニィの煽りには説得力というか真実味があったのである。 「クッハッハッ……そういう風に怒るお前には、俺一人言い負かすことはできない!」 「やってくれましたわね……ジョニィ某! あなたのやったこと、どんな理由があろうと犬畜生以下です! 鬼です! 外道の極みですわーッ! うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」 半分マジ泣き状態になっている各務。最終的に誰が折れようが、煽る側は言い負かしたら勝ちなのである。 しかし、このまま黙って引き下がる訳にはいかない。神座が意を決して煽り返しにかかる。 「クリスマスなんだよ! こんな事してないで家に帰って、恋人さんとでもケーキや御馳走を食べた方がよっぽど建設的だよ。その後はコウノトリを呼んだり、キャベツ畑まで配達をお願いしたり、そういう事をしたら?」 「そうだな……それが建設的だな。それじゃあ亜理紗ちゃんか一葉さんでも誘いにいくかな?」 「まだ言いますか!? 子供が母親を傷付けるなんて、そんなコトあっちゃいけないんだ! 母親が大好きだから甘えたいんだって、判れよ!」 「憎しみ合う親兄弟なんてこの世にゴマンといる。お前はそういう連中全員にそういうお題目を並べるのかい!」 「うがー!」 他人からの煽りを他人に流す高等テクニックである。組みしやすい相手を狙い撃ちにする辺りも抜け目ない。 このままどうにもならないのか。そんな空気になった時である。 「貴方にとって今日という日が特別なら、人質として捕らわれている人達にだって同じです、帰る場所があるんです。すぐに解放して、貴方も母との時間を大切にしてください」 それは真亡の言葉。この言葉をあっさり聞き入れてくれるようなら世話はないのだが、何故かジョニィは真亡の方を見つめ固まってしまった。 真亡は意図したわけではないが、彼の言葉はジョニィのロジックの根幹を突いていた。いや、突き崩していたのだ。 ジョニィはあくまで『母親に恥をかかせること』を目的としている。そのために手段は選ばないが、『人質にとっても大切な日』ということは考えていなかった。 今更母親と仲良しこよしをする気はない。だが、自分が味わってきた寂しさを、あるいは人質にして脅かすというそれ以上のトラウマを子供たちに植え付けてしまうことはジョニィにとって本望ではない。 そう、母親憎しで誰よりも周りが見えていなかったのはジョニィ自身なのだ。そしてそれを気づかせえたのは、人質と、犯人であるジョニィのことまで心から心配した真亡の言葉だからこそ。 「……なんてこった。オレの計画は最初から破綻していたってことか……。自分の都合ばかりを優先して、これじゃママンと変わりないじゃないか!」 「……お前、さっき憎しみ合う親兄弟なんてゴマンといるって言ったよな。それじゃあ、十数年の時を超えてわかりあった親兄弟だってゴマンといるんだぞ?」 ジョニィに声をかける何。その手には綺麗にラッピングされた箱が用意されている。 「寂しかったんだよなあ! ええ? 祝ってやろうじゃないか。クリスマスはなぁ! 祝われなくちゃいけないんだよ! 憎しみ合うより祝わなくちゃだろ!」 「オレに……? それは……」 『クリスマスプレゼントだろ!』 開拓者たちが合わせたその台詞は、当初ジョニィが発した怨嗟の声。しかし開拓者たちの表情は同じ台詞であっても笑顔であった。 「……負けたよ。降参だ。まさか祝えなんていう幸せな煽りがあるなんてな……」 こうして、クリスマスの立て篭もり騒動は幕を閉じた。 犯人は投降し、人質も全員無事。子供たちも楽しいクリスマスに戻ることができたという。 ジョニィと母親がその後どうなったかは、また別の話――― |