激走、村祭り『乙』
マスター名:西川一純
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/21 14:28



■オープニング本文

 天儀の中心都市と言われる神楽の都。そこに開拓者ギルドは存在する。
 各地から寄せられる様々な事件などを依頼として紹介し、解決のために動く機関である。
 だがそこには、別に殺伐とした内容の話ばかりが送られてくるわけではなかった。
 例えば、今回の依頼などはよい例である。
「こんにちは、西沢 一葉です。今回は隣にいる十七夜 亜理紗さんが紹介している依頼と同じものをご紹介します。と言っても、全く同じというわけではないんですけど」
 メガネをかけた知的な女性というイメージが強い一葉は、亜理紗の面倒をみている先輩職員である。
 横で依頼の説明をしている亜理紗は大分ギルドの仕事に慣れてきたようだが、一葉にして見ればまだまだ不安だ。
 そんな不安をよそに、亜理紗と一葉は美人職員として結構噂になっており、ファンクラブもあるとかないとか。
「依頼内容はお祭りへの参加のお誘いです。石鏡のとある山間の村で開催されるお祭りで、ちょっと変わってます」
 祭りの内容を大まかに紹介すると、決められたコースを進み、山の頂上にある社にゴールするという単純なものだ。
 上位陣には社に勤める巫女さんから祝福のキスが貰えるとかで、その巫女さんが代々綺麗どころであり、天儀の各地からそれ目当てで参加者が集まるという。
「どこが変わってるのかって? 実はですね、このお祭りにはコースが二つ有るんです。一つは『短いけど困難な道』、一つは『長いけど簡単な道』で、どちらかを選んで出発してもらいます。とりあえず、短いコースを『乙』、長いコースを『甲』としておきますね」
 コースにある仕掛けは村人たちが考えて毎年変わっており、前年までの知識はあまり頼りにならない。
 いくつか存在するルールもご紹介しよう。

 一つ、コースは厳守。ショートカットなどは失格となる。
 二つ、馬や龍といった騎乗動物に乗ることは禁止。自分の足で進むこと。
 三つ、乙コースには5個、甲コースには10個のチェックポイントがあり、お題を全部こなすこと。
 四つ、アヤカシが出現しても泣かない。祭りにアクシデントはつきものである。

「大丈夫よ、参加者の八割は開拓者らしいから。‥‥あ、ごめんなさい。話を続けますね」
 横で注意事項を読み上げてから、ぎょっとした声を上げた亜理紗にフォローを入れる一葉。
 開拓者が大半とは言っても、それでもなお巫女さんのキス目当てに参加する一般人も後を絶たないらしい。
 彼らも分かって参加しているので、特に遠慮はいらないとのことである。
「こちらでは『乙』コースへの参加を受け付けてます。短いけど困難なコースですね。分からないことがあれば後で亜理紗がお答えしますので、どんどん聞いてあげてください。これもお給料の内ですから。そうそう、去年の乙コースは『鶏を一匹シメる』『振り出しに戻る』『犬小屋を一個作る(材料は用意済み)』『素手だけで川魚を一匹捕まえる』『その場で二十分待機』の順だったみたいです。‥‥待ち時間がリアルで嫌ですね」
 ジルベリアの件などで殺伐とした話が多かったが、年に一度の祭りに興じるのもよかろう。
 祝福のキス目当てでも良し、参加することに意義を見出しても良し。
 そして、甲コースより先にゴールすることを目指しても良し‥‥である―――


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
日入 信悟(ib0812
17歳・男・泰
今川誠親(ib1091
23歳・男・弓


■リプレイ本文

●スタート
 四月某日、快晴。
 まるで示し合わせたかのように雲一つない天気となった祭当日、件の村には天儀のあちこちから多数の参加者や見物客が足を運んでいた。
 乙コースと甲コースのスタート地点は同一であるが、十メートルほど先にもう分岐点がある。
 ハイキングコースとも言うべき整備された道と、大きい荷物がある時は地元民でさえ滅多に通らない険しい道。それはスタート地点からも分岐点を見ただけで容易に想像できてしまう落差があった。
 参加者は総勢122名。内、甲コース101名、乙コース21名となっているようだ。
 やがて、進行役を務めていた宮司の手がすっと上がり‥‥
「出走!」
 その掛け声とともに、皆一斉にスタートを切ったのであった―――

●乙コース
 事前に念押しをされていたとはいえ、乙コースはコースそのものが難関と言ってよかった。
 獣道がある場所はまだいい方で、ごつごつした岩場を渡っていく道なき道も多い。
 志体を持たない開拓者以外の参加者も半数近くいるが、開始早々絶望感に浸る者が続出。
 Q、それでも進むのは何故なのか?
 A、そこに巫女さんがいるからだ!
 頼もしき紳士たちである。
 そうこうしているうちに第一関門に到着する。距離としてはさほど進んでいないのだが、道のりが道のりだけに体感以上の距離を感じたものが多いようだ。
 第一関門は『鋸で木を一本切り倒す』というもの。
 鋸でという指定があるので、他の道具や術などは使用不可。備え付けの10本の鋸でなんとかしろということである。
 流石にわざわざこちらを選んだ猛者たちだけあって、21名中20名が遅れずに到着した。
「ほいよっ、鋸確保! やっぱ開拓者がやった方が効率いいよな!」
「ま、そういうこった。祭でも手は抜かねぇぜ、俺は」
「これも修練。参りましょう」
 隼人で加速したルオウ(ia2445)は、備え付けの鋸のうち4本を即座に確保し、グリムバルド(ib0608)や今川誠親(ib1091)に渡して作業を開始する。
 20人いようが、実際に作業出来るのはごく僅かなのだ。誰が作業をするかなどという議論や鋸の取り合いが始まる前に一手先んじたのは妙手と言えた。
「あー、駄目だ駄目だ。鋸はそんな力任せにやったって上手く切れないよ。鋸ってのは引くときに力をいれて、小気味良く扱うのさね」
 グリムバルドが苦戦しているのを見て、北條 黯羽(ia0072)が軽く手本を見せる。
 鋸は切るという表現を使いこそするが、実際は抉り、削っているのだ。その辺りを理解しておかないと効率は出ない。
「うーん、ルオウさん、もう少し上向きに切っていってください。逆に今川さんは少し下げ気味で」
「おうよっ!」
「心得ました」
「俺はどうだ?」
「他のお二人はそのままで。もう少ししてから微調整しましょう」
「分かった。目印をつけておいたはずだが、上手くいかないもんだ」
 作業中の野郎どもに指示を出すのは万木・朱璃(ia0029)。
 まさか無策で四方向から切っていき、ズレズレでしたではお話にならない。
 一応、音有・兵真(ia0221)が最初につけた目印に沿って作業を始めたが、意外とズレが出るので第三者の誘導は必須事項と言えた。
「交代ッス! なるべく体力は温存して欲しいッス」
「出遅れたが、後々のために本命の体力は残させたい。ルオウ、変わろう」
 日入 信悟(ib0812)や風和 律(ib0749)が申し出て交代し、作業は絶え間なく続行された。
 どんな大木もやがては倒れる。それが大人数の開拓者が担当したならなお早い。
 一方に三角の切れ目を入れ‥‥轟音が、第一関門の終了を宣言した。

 第二関門は『腕立て伏せ50回』という単純にして明快なもの。
 そこまでの道中はまたしても過酷で、人一人がやっと通れるくらいの崖っぷちを進む場所もあり、棄権をする者が出るのも責められなかった。
「残念、だな。脱落者は、あまり、出したくなかった‥‥ん、だけど、な!」
「しょうがないじゃん。遅れてる人にペース合わせてたら甲コースに負けちゃうぜ?」
「ここから先、さらに過酷になると考えれば妥当な判断だろ」
「アヤカシの可能性もある。護衛対象は少ないに越したことはない」
「‥‥バケモンか、あんたら」
 喋りながら腕立てする音有も決して体力がない方ではないが、ルオウ、グリムバルド、風和はまるで井戸端会議でもするかのような気楽さで腕立てをこなしていく。
 純粋な体力勝負でしかも個人競技。どうしてもクリアタイムに差が出ていく。
「ちっ、情けないねぇ。こっちは後から追いつくから先に行きな」
「うぅぅ、すいませぇん。ゆっくり確実にやろうと思います‥‥」
「根性ッス! 駆け出しの底力なめんなッスゥ!!」
「無理はなさらず。拙者が警戒しますので焦らずどうぞ」
 北條、万木、日入などの体力に劣るメンバーは、意外なほど苦戦している。
 今川が護衛に残るということでバランスを取り、四名が先行した。
 アヤカシはいつ出現するか分からない。今この時かも知れないわけだ。

 第三関門は『息を30秒止める』というもの。
 ここにたどり着いたとき、なんと開拓者4名しかいなかったのである。
 相当数が腕立てで足止めされた形だが、待っていられるほど猶予はない。
 しかも困ったことに‥‥
「た、助かった!? お侍様、お助けを!」
 係員であろう村人が大蟷螂と鬼カブトというアヤカシに襲われ、逃げ惑っていたのである。
 四人はすぐさま救助に入ったが、妙に身体が重い。ここまでの疲労と、高度による気圧の差でも出始めたのであろうか。
「ちっ、硬い! こっちは任せる!」
「承知した。身を守る鎧はないが、騎士の誇りにかけて」
「流石に俺も鎧は置いてくればよかったと思い始めてるが‥‥ま、役に立つならいいさ!」
「とっとと消えてもらうぜいっ!」
 風和とグリムバルドが鬼カブトにあたり、音有とルオウが大蟷螂と戦うようだ。
 いくら軽いミステリアスアーマーとはいえ、登山に向かない格好であることに違いはない。体力の消耗を自覚し始めたグリムバルドをフォローしつつ、装備を最低限まで絞った風和が斬り込む。
「ぐっ! 送る! 用意しろ!」
「あいよ!」
 突撃してきた鬼カブトの攻撃でダメージをもらいながらも、風和は金属製のブーツで回し蹴りを叩き込んでグリムバルドの方へ鬼カブトを弾き飛ばした。
 地面に落ち、じたばたしながらやわな腹部を晒した鬼カブトにファルシオンを突き立て、グリムバルドが撃破した。
 見れば大蟷螂も退治されたところであり、辺りに平静が戻ってくる。
 ようやくお題に取り組めるかと思われたが、高所での戦闘は思いの他体力を消耗し、息を乱す。
 この面子だからこそ一回二回の失敗で突破したが、他の面々ではこうは行かなかっただろう。
 後続はまだ追いついてこない。アヤカシにでも出くわしたか‥‥それとも―――

 第四関門ともなれば標高はかなり高くなる。
 短い距離で登れるとなれば斜面も急勾配となり、そこを流れる川の流れも急で当たり前だ。
 川の流れに逆らって、自分の足だけで50メートル進む。それがここのお題なのだが‥‥
「のあぁぁぁっ!?」
「川底を足の指で掴め! 姿勢は前傾にしないとあっさり戻されるぞ!」
「くっそぉ、普段ならこんな流れくらい‥‥!」
 身長の低いルオウはそれだけで不利。胸近辺まで水に浸かり、川の流れに逆らって進もうとするが思った以上に進まない。
 スタート地点兼ストッパー代わりの岩があるのでよほどのことがない限り下流に流されることはないが、油断すればすぐに努力が水の泡にされてしまう。
 タッパのある音有やグリムバルドでさえ苦労しているので、風和もかなり苦戦中である。
 手助けは許されない。絶え間なく叩きつけられる水流が、削られた体力を更に奪っていく。
 と、そんな時‥‥
「げっ、怪鳥!? うっそだろぉ!?」
「まずい! 俺が上がって何とかする!」
「間に合わねぇよ!」
 急ぐために全員で川に入ってしまったのがまずかった。突如現れた怪鳥が一気に四人に肉薄し、動きの相当鈍ったところを狙い打ちにしていく。
 ただでさえ空を飛ぶアヤカシは厄介なのに、得物も無しではなぶり殺しだ。
 また最初からになるのは嫌だが、川から上がらなければ。四人がそう思った時!
「手伝って差し上げましょうか?」
「ただし‥‥何でも真っ二つさね」
 パチン、という指を弾く音が響き、怪鳥に矢が突き立てられ斬撃符がその翼を切り裂いた。
 見れば遅れていた今川や北條たちが不敵な笑みを浮かべて立っており、それぞれの技でルオウたちを援護してくれたようだ。
 墜落し、慌てて川から逃れた怪鳥は‥‥
「うなれ、信悟パァーンチ!」
 地上ではまともに避けることも出来ず、日入の骨法起承拳で粉砕されたという。
 ここまで上がってきたのは、合計10人。依頼での案内で参加した者+2名だけである。
「助かったよ。だが気をつけろ、思った以上に流れが急だ。女子供にはきついぞ」
 音有に言われるまでもなく、川の流れは見た目にも速い。
 しかし、万木は我に秘策ありとばかりに係員(隠れていたらしい)に耳打ちした。
 係員は困惑した様子だったが、しばらく考えた後頷いた。
「大丈夫だそうです! 皆さん、川から上がってください♪」
「はぁっ!? いやいやいや、折角半分まで進んだんだぜ!?」
「いいからいいから! 騙されたと思って!」
 あまりに自信満々な笑顔なので、ルオウたちも仕方なく川から上がる。
 何事かと見ていると、万木は笑顔のまま川辺のごく浅い場所を見繕い、ばしゃばしゃと水を跳ね上げながら上流へ歩いていった。
 そしてお題終了地点の目印まで進むと、
「はい、ゴールです!」
「オィィィッ!? そんなんアリッスか!?」
「川の流れに逆らう、といっても何も川の真ん中だけを突っ切れ、とは言われていませんよね? なら川のどこを歩いてもいいはずです」
 係員に一斉に視線が集中するが、彼はバツの悪そうな顔をして頷くのみ。
 知恵の勝利とはいえ、今まで散々苦労させられたルオウ、グリムバルド、音有、風和は呆然とするしかない。
 意地でも深いところでやり遂げたいという気持ちも無くはなかったが、疲労した身体と精神的なダメージで、気力が萎えてしまったのは言うまでもない。

 第五関門は『その場で三十分待機』。
 去年は二十分だったらしいのだが、去年圧倒的な大差で乙コースが勝ってしまったために延長されたとのことである。
 係員がいる場所に到着したと同時に測定が始まり、進むことは許されない。
 逆に言えばゆっくり休めるということでもある。ここまでの道のりで疲弊した一行は、山道のわきにある開けた空間に集まり、大の字になって寝転がる者が多数。
 勿論、北條や今川のようにアヤカシへの警戒も怠らないメンバーがいるからこそできるのだが。
 ここまで残った一般人二名はすでにグロッキー状態で、待機が終わってもまともに走れはしまい。
 爽やかに吹いてくる風が頬を撫でていき、近くの木々をざわめかせた。
 甲コースはどこまで進んだろうか。もうゴールしてしまっただろうか?
 何もしていないと焦りも湧いてくるが、心地よい疲労感も伴ない複雑な心境となる。
 待機時間、残り1分。出発するため、準備を終えた冒険者達に‥‥
「ここで来るとはね‥‥空気の読めない連中さね」
「化猪の親子連れッスか!?」
「係員さん、下がって! この中で一番足の速い人はゴールに向かってください!」
「隼人も使える俺ってことになるけど‥‥皆を置いてけってのかよ!?」
「置いてけってんじゃない。任せろってことさ」
「一人でも先んじなければ意味はありませんからね」
「騎士の誇りにかけて、一般人は守らなければならないからな」
「そうそう。アヤカシで怪我人が出たとか楽しめなくなるだろ」
 頷く仲間たちの笑顔を受け、ルオウは化猪の横を駆け抜けるべく加速した。
 今川と北條の遠距離攻撃でアシストし、山頂への最後の難関となる林へ飛び込んでいく。
「さて‥‥おまえらの相手はこっちだぜ?」
 希望を先へと送り出し‥‥最後の戦いが、今始まる―――

 隼人の連続使用で林を駆け抜けるルオウ。
 迷っている暇はない。例え甲コースがゴールしていようが、今は駆け抜けるのみ。
 林を突っ切った先には、山頂への開けた道。
 しかし上り坂で足を酷使したため、膝が笑い始めている。いつも程の速度がでない。
 ふと見れば、反対方向に甲コースに向かった開拓者が三人ほど確認できた。
 あれが先頭ならまだゴールされていない。なんとか間に合うか!?
「やるっきゃないじゃんか!」
 再び駆け出したルオウ。限界に近い体力での速度は、甲コースの面々とほぼ等速。
 激しいデッドヒートを演じ、ゴール直前。
 わずかにルオウのほうが速い。いける! と彼が確信した瞬間。
「うひゃぁぁぁっ!?」
「は!?」
 甲コースのほうから素っ頓狂な声が響き、視界の端を何かがすっ飛んで行って‥‥ゴールした。
 それは甲コースの参加者の一人で、どうやら仲間にゴールへと投げ入れられたらしい。
 間に合わないと判断したグラサン開拓者の機転、というわけだ。残された体力差も大きかったかも知れないが。
「うっそだろぉ〜‥‥!? ごめん、みんな‥‥!」
 天を仰ぎ、ゴール前で倒れてしまうルオウ。その気持は分からないでもない。
 こうして、今年の祭は甲コースの勝利で幕を閉じた。
 しかし乙コースもあと一歩であり、稀に見る好勝負であったことは疑いの余地がなかった。
 化猪も無事に撃破し、一人の犠牲も無く終了した村祭り。
 来年も何事もなく進めばいい。そう思いつつ、乙コースの面々は後夜祭を楽しんだのであった―――