戻る日常、癒えぬ傷
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/11 23:34



■オープニング本文

●戻る日常


 ――我々は炎羅討伐以後、各地の大アヤカシを破竹の勢いで倒し続けてきた。
 大アヤカシさえ倒せば魔の森の増殖が止まる――と。
 大地に降り注ぐ瘴気の行方を一切考えぬまま……。


 石鏡国。星見家の屋敷。
 星見 隼人(iz0294)は縁側に身を投げ出して、ぼんやりとしていた。

 魔の森内部の非汚染地域を調査して以来、ずっと頭から離れない。
 過去に滅した大アヤカシの瘴気はどこへ消えたのか。

 ――自分達は、何か。
 とても大事なことを見落としている。
 それは分かっているのに。
 その『大事なこと』が何なのかすら分からない……。

「……若者が昼間からこんなところに転がっておるとは感心せぬのう」
 頭上から聞こえる聞き慣れた声。
 星見 靜江の深い皺が刻まれた顔が、視界に入って来る。
「何じゃ。冴えない顔をしおって。悩みごとか?」
「……考えてた。過去に滅した大アヤカシの瘴気はどこへ消えたのか……」
「ふむ。なるほどのう。で、考えた結果、答えは出たのかえ?」
「いや」
「そうじゃろうの。……お主の問いに、現時点で答えられるものはおらぬよ。専門家である陰陽寮の者ですら辿り着けておらぬのじゃ。考えるだけ無駄というもの」
 実に淡々と切り捨てる靜江に、隼人は溜息をつく。
 いつだってそうだ。当主の言葉は正しい。
 ――己の能力不足が瞬時に理解出来てしまう程に、正しい。
「そんなことをしている暇があるのなら、働けるな」
 ニンマリと笑う靜江の手には一通の手紙。
 それは、封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)からのもので――。

 時候の挨拶と謝礼から始まったそれに書かれているのは、先日、魔の森化した村から救出した人々のこと。
 あの後、新しい地に移住した彼ら。
 捨てて来た故郷への想いを断ち切れず思い悩んだり、新しい土地になかなか慣れずに憔悴しているという報告が来ているらしい。
 特に、子ども達は魔の森化した時のことが忘れられず、夜魘されることがあるとか――。

『――そのような状況ですので、一度見舞いに伺いたいのですが、当方もなかなか都合がつかず……。
 申し訳ないのですが、ご当主殿の方から村人達への見舞いをお願いできないでしょうか。
 ご多忙のところ誠に申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い申し上げます』

「……という訳じゃ。おぬし行って参れ」
 柚子平の人柄を思わせる、鷹揚な字が並ぶ手紙。
 それから目を上げた靜江に、黙って頷き返す隼人。

 苦しんでいる民がそこにいるのなら。
 少なくとも今、自分がすべきは悩むことではない――。

「分かったらボンヤリしとらんでとっとと行けい」
 真面目に考えていたのにこの言われよう。
 当主から見た隼人の信用度合が伺えるというものだが。
 靜江は老人とは思えぬ力強さで、孫息子を叩き出した。

●癒えぬ傷
「先日の依頼で救出した村人の見舞いに行く。同行して貰えないだろうか」
 開拓者ギルド。
 突然そう切り出した隼人に、開拓者が首を傾げる。
「それって五行の東にお住いだった皆さんですか? 無事にお引っ越し出来たんですね」
「ああ。だが、憔悴しているそうでな……」
「そうか……」
 ――それは少し前。花が咲き乱れる季節。
 何の前触れもなく現れた瘴気は、あっという間に各地の小さな村を飲み込み、生活できない土地へと変えてしまった。
 命からがら逃げ出した村人達は、家財道具も殆ど持ち出せず。
 物資はあちこちから支援があったようだが、故郷を奪われた悲しみ、死と隣り合わせになった恐怖は、そう簡単に癒えるものではなく。
 ちょっと落ち着いて来た今だからこそ、深く思い悩んでしまうのかもしれない――。
「そういう事なら、元気づけてあげた方がいいね」
「そうですね。お見舞いの品があるといいでしょうか。……他に持って行った方が良いものはありますか?」
 開拓者の問いにちょっと考えた隼人は、思い出したように口を開く。
「……子ども達が、相棒に会いたがっているようなんだ。救出してくれた開拓者が連れていたから、憧れのようなものがあるんだろうな」
「それでしたら、相棒を連れて行ってあげたら子ども達喜びますかね」
「そうだな。見舞いの方法などは、皆に任せる。もちろん、俺に協力できることがあったらやるから言ってくれ。よろしく頼む」
 礼儀正しく頭を下げた隼人に、開拓者達は頷き。
 どんなお見舞いをしようかと、考えを巡らせるのだった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
水月(ia2566
10歳・女・吟
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
音羽屋 烏水(ib9423
16歳・男・吟
スチール(ic0202
16歳・女・騎
ウルリケ(ic0599
19歳・女・ジ
月詠 楓(ic0705
18歳・女・志


■リプレイ本文

●運ぶもの
 初夏の街道に響く荷車の音。咲き始めた紫陽花が風に揺れる。
「荷物、随分いっぱいになったね。……いろは丸ちゃん、重くない?」
 沢山荷が積まれた荷車を引くもふらさまに声をかける水月(ia2566)。
 いろは丸と呼ばれたもふらさまは、深々とため息をつく。
「重くはないもふが……烏水殿はもふら使いが荒いもふね」
「今日は人助けに行くのじゃぞ? 文句はなしじゃ」
「分かってるもふ」
 主である音羽屋 烏水(ib9423)に諭され、もう一度溜息をつくいろは丸。
 ウルリケ(ic0599)はまあまあ、と2人を宥める。
「まあ、気持ちも分かりますよ。これだけの大荷物ですもの」
 彼女の目線の先は、相棒の霊騎と、寡黙に歩みを進める明王院 浄炎(ib0347)が背負う荷物。
 いろは丸の荷車だけでは足りず、彼女の相棒と浄炎の相棒である甲龍も荷物運びに駆り出されていた。
 大量の荷物。その中身は救援物資。
 内訳は、浄炎が手配した家財道具の修繕に必要な品の他、日用品や衣類、嗜好品、食べ物など。
 星見 隼人(iz0294)に依頼して手配して貰った物もあったが、開拓者達が私物を持ち寄ったり、私財を擲って用意した物もあった為、かなりの量が集まっていた。
 故郷を追われ、生活に不自由している村人達の事を考えたら、これでも足りないくらいだと、月詠 楓(ic0705)は思う。
「ところで、どうやって村人達を元気づけましょうか?」
「うーん。私は子供の相手なら自信あるんだけどな」
「そうですね。じっくりお話を聞いて差し上げたいですが……」
 首を傾げるウルリケに、受け答えるスチール(ic0202)と楓。
「そやね。もふらさまとか、いるだけで癒されそうやけど……なぁ?」
「ええ。子もふらさま、可愛いですものね……」
 神座真紀(ib6579)と柚乃(ia0638)に見つめられて、胸を張るのは柚乃の相棒、八曜丸。
 隼人の肩の上でキョトンとしている子もふらさまは、つやつやな毛並で、元気そうで……。
 これなら、妹も安心するだろう……と真紀は微笑む。
「この子が生まれたばかりなら……そこには多量の、或いは濃い精霊力があるって事でしょうか?」
「こいつが生まれた蕨の里は龍脈上にあるようだしな。濃い精霊力が流れ込んでいても不思議はないな」
 子もふらさまをもふもふしている柚乃に答える隼人。
 精霊力の昂ぶりに伴って出現するというもふらさま。
 ……という事は、龍脈の近くは子もふらさま大量発生……!?
 柚乃の脳内に広がる幸せな妄想。そのまま期待の眼差しを隼人に向ける。
「星見さん、この子に名前を付けてみてはどうです?」
 黙って頷く隼人。何だか黄昏ているように見えるのはどうしてだろう?
「着いたぞ」
 浄炎の声に、顔を上げた仲間達。
 ――そこには、村と呼ぶにはあまりにも小さな家々の集まりがあった。

●来訪者
 突然現れた開拓者と相棒達、そして大きな荷車。
 予告なき来訪に、明らかに困惑している様子の村人達。
 ――やっぱり。驚かれますよね……。
 反応を予測していたウルリケは、穏やかな微笑みを彼らに向ける。
「こんにちは。あたし達は五行国の遣いで参りました」
「貴殿らを支援するよう託って来た。何かお困りの事があれば、忌憚なくお知らせ戴きたい」
「遠路遥々ありがとうございます」
 厳しい印象を与える浄炎だが、それが返って真摯な態度と受け取られたらしい。
 怪訝そうにしていた村人達も安堵の表情に代わり、村の代表と思わしき老人が頭を下げる。
「何のおもてなしもできませんが……」
「おもてなしをして貰おう思て来たわけやないんよ」
 元気付けるように老人の手を取る真紀。
「何か足りないものはないですの……?」
「開拓者の皆様には命を救って戴きました。これ以上ご迷惑をおかけする訳には……」
「迷惑だなんて、そんな風に考えないで下さいな」
 水月と楓の優しい声を、老人はなおも謝絶しようとする。
 村人の代表である彼がこうも頑なでは、支援を受けたいと思っている村人達が声を挙げ辛い。
 どうしたものかと思案する開拓者達。
 その耳に入って来たのは……。

 ――べべん♪

 情けは人の為ならず
 巡り巡って己が為
 困ったときは助け合い
 何の遠慮が要るものか

 べけべん♪

 村に響き渡る烏水の三味線。
 その明るい音色と、歌の内容に、老人も言葉を無くして目を伏せる。
「申し訳ありません……。儂らは、儂らの力だけで何とか生活を立て直さないといかんと思って……」
 慣れぬ土地での生活。ほんの少しの家財道具以外、何もかもを失った彼ら。
 そのくらいの意気込みがなければやっていられなかったのだろう。
 ウルリケは安心させるように微笑むと、老人の背中をそっと撫でる。
「皆様はもう十分、頑張っていらっしゃいますよ」
「ちょっとだけ、私達にもお手伝いさせて下さい……ね?」
 続いた柚乃の言葉に、村人達も気が緩んだのか、すすり泣く声が聞こえて来る。
 その光景を真剣に見つめるスチール。
 こんな必死に生きている人達を助けるなんて、まさに騎士の仕事に相応しいじゃないか――。
 そんな事を考えていたスチールの手を引っ張る何か。
 見ると、子ども達と目が合って……。 
「お姉ちゃん。とーちゃん達、何で泣いてるの?」
「あー。あれはね。何ていえば良いのかな……」
 首を傾げる子ども達に、どう説明しようかと考え込むスチール。
 楓はにっこり笑うと、しゃがんで子ども達に目線を合わせる。
「あのね。人は、すごく頑張っていると涙が出る事があるんですよ。お父さん達、毎日頑張っているでしょう?」
「うん! 今もねー。皆でうちの屋根直してたんだよ」
「……壊れている場所があるのか?」
「うん。こっちだよ」
 浄炎の問いに走りだした子ども達。彼は修繕道具を担ぎ、追いかける。
 残ったのは村の大人達と、しんみりした空気。
 そこに文字通り踊り出たのは真紀の相棒、羽妖精の春音。
「春音が皆の為に歌うですぅ!」
「わあっ。何なん」
「だって、皆さん元気ないですもの……。皆さんを元気にしないとなんですのよぅ」
 意気込む春音を、ポカーンと見つめる真紀。
 いつも眠そうな相棒が、珍しくしゃきっとした目で言うので……まあいいか、と頷く。
「よっしゃ。じゃあいっちょやりまひょか!」
「ほいな。伴奏は任せるのじゃ!」
「私も踊るの……!」
 三味線を構る烏水に、水月も可愛らしく前に歩み出る。
「さあさあ、皆さん寄ってきなはれ!」
「皆の衆、景気良く行くのじゃ〜!」
 麗らかに響く真紀の声と、烏水の三味線。
 その音を聞いて、子ども達がそわそわし始める。
「おじちゃん、見に行って来てもいい?」
「うむ。ここは任せて、楽しんで来ると良い」
 案内してくれた子ども達に礼を述べる浄炎。
 これで、仲間達が村人を楽しませている間も仕事を進める事が出来る。
 来た道を戻って行く子ども達を見送ると、徐に修繕を始め――。

 冷たい木枯らし積もる雪 冬の寒さは厳しいけれど
 春は必ず来るんですぅ
 春の音告げる妖精の 春音が来たからもう大丈夫
 辛い事も悲しい事も 春音が纏めてポイしちゃいますぅ♪

 伸びやかな春音の歌声。
 烏水の三味線と真紀のフルートが村中に響く。
 それに合わせて、軽やかに舞う水月。
 銀色に光る布を纏った彼女は、まるで天女のよう。
 柚乃と楓、スチールが手拍子で盛り上げるとウルリケも村人を誘い出して踊り始める。
「皆も一緒に……ね」
「これ持って踊りや〜!」
 水月が子ども達を誘うと、真紀も鈴のついたブレスレットを配り。
 加わる鈴の明るい律動。楽しい雰囲気が村を染め上げて行き――。
「皆さんに、幸せが訪れますよーにぃ!」
 村人の上を飛び回り、金色の粉を振りまく春音。
 キラキラキラキラ。
 輝く粉を、村人達はうっとりと見つめて――。
 歌が終わり、贈られる拍手。 
「素晴らしい歌でした。また聞きたいものですな……!」
「そうだ、開拓者様を歓迎せねば……!」
 浮き立つ村人達を穏やかに見つめる楓。
「それはまた後にして、まずは皆さんの村を見せて戴けませんか?」
 笑顔で続けた彼女に、村人は頷き。村の中の案内を始める。


 越してきて間もないという理由もあるだろうが、村は小さく、本当に必要最低限のものしかないような印象を受けた。
「助かりました。欲しいとは思っていたんですが、こういったものを支給して欲しいとは、言い辛くて……」
 柚乃に頭を下げるのは、赤子を抱えた母親。
 彼女は若い女性達などを中心に、化粧品や育児に必要なものを差し入れていた。
 特にもふらさまの毛で出来た布は手触りが良く、赤子の産着に最適という理由で、とても喜ばれた。
「ぐぬぬ。放すもふ〜!」
「ばぁぶー」
「いだだ! おいらの素敵な毛が抜けるもふ〜!」
「……気に入って貰えて良かったね、八曜丸」
 赤子に毛をむんずと掴まれ、横に伸びたり縦に伸びたりしている八曜丸。
 きゃっきゃと笑う赤子に、柚乃の顔も綻ぶ。
 ……見てないで助けるもふ! とか言う相棒の声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう、多分。
「潰れるもふ! おいら枕じゃないもふ!」
「あの、他に……何か手伝える事はありませんか……?」
「実はこの子の産着が足りなくて、今から作ろうかと思っていたんですよ」
「ああ、では私も一緒に縫いますよ」
「こらこら! そっち行ったら危ないもふー!」
 笑顔で頷き合う柚乃と母親。縁側に座って、縫物を始める。
 赤子にすっかり懐かれた八曜丸は、なんだかんだ言いながら一生懸命子守をしていた。


「実は井戸の滑車の調子が悪くて……」
「分かった。これから見よう」
「あの、うちの扉も何だか軋むようになりましてね。見て戴きたいんですが……」
 歩く度に村人から声をかけられている浄炎。
 雨漏りしていた屋根を、瞬く間に直した事から端を発し、村人達から引く手数多となっていた。
「これでは物資を配れぬな……」
 むう、と唸る浄炎。その背を、とんとん、と烏水が叩いて。
「よし。わしが配って来ってきてやろうかの」
「すまぬな。頼めるか?」
「うむ。村をぐるっと回ろうかと思っておったしな。ついでじゃ」
 笑顔で請け負う烏水に、頷く浄炎。
 己の持ってきた物資を預けると、村人達の呼びかけに応えるべく歩き出し。
 烏水はそれらをいろは丸が引く荷車に乗せると、三味線を爪弾く。
「簪〜。簪は要らんかの〜。着物にふんどし、お菓子もあるぞよ〜」
 物売りのように歌う彼。
 本人は特に意識したつもりはなかったのだが、その奇妙な呼び込みが村人達の遠慮を無くす手伝いをしたらしい。
 荷台に山盛りだった物資が、あっと言う間に消えて行く。
 浄炎と烏水、2人が持ち寄ったものは大人から子供まで使えるものが多かった為、とても喜ばれ、特に烏水が配ったお菓子は子ども達に大人気だった。
「あー。色々あるぞよ〜。本日のおススメは糠鮭ェ〜」
 まだまだ続く、彼の歌。

 一方。
「きゃー♪」
「龍さん、大きいねえ!」
「…………」
 大きな身体。固い鎧に覆われた背中には滑り台、首にはぶらんこ。
 『子ども達の相手をせよ』と命じられた浄炎の相棒、玄武は主人の言いつけ通り、子ども達のされるがままになっていた。
「…………」
「…………」
 その横で、にらめっこしている子ども達と鬼火玉。
 楓の相棒の火焔は、子ども達を誘うように身体を揺すっているが、どう見ても宙に浮く大きな火の玉にしか見えないそれに、子ども達も戸惑っているようで――。
「大丈夫ですよ。見た目は怖いですけど、悪い子ではございませんので……」
「触って大丈夫?」
「ええ」
 笑顔で頷く楓と、鬼火玉を交互に見た少女。
 勇気を出して、そーっと手を伸ばすと……その手触りに笑顔になる。
「この子熱くない! もさもさしてるー!」
「ええっ!? 本当!?」
 あちこちから手が伸びて来て、モフモフされる火焔。
「お馬さん、眉毛があるのね。おもしろーい!」
「アレ? そっぽ向いちゃったよ?」
「ごめんなさいねー。その子、やっさんって呼ばれないと拗ねちゃうんですよー」
 火焔に巻き込まれる形で子ども達に撫でられたウルリケのヤス。
 愛想のない態度の相棒に、彼女はそっと耳打ちをする。
「ほらっ。やっさん! 後でお酒あげるからお愛想して下さいな!」
 『お酒』という単語にピクリと反応したヤス。くるりと子ども達に向き直る。
 ――我が相棒ながら何という現金さだろう。
「ええと。皆さん、水あめ食べますかー?」
「たべるー!」
「ヒヒーン」
「やっさんも食べるんですか……?」
 こんな時でもマイペースを崩さない相棒に、でっかい冷汗を流したウルリケ。
 その様子に、子ども達からくすくすと笑い声が漏れる。


「お姉ちゃん、動物と仲良しなの?」
「どうやって動物さん呼んでるの?」
「ええと……動物と仲良くなれるお歌があるの」
 子ども達から矢継ぎ早にやってくる質問に、ニコニコ笑顔で応える水月。
 彼女の『小鳥の囀り』に呼ばれ、やってきた雲雀や栗鼠、うさぎ……。
 笑顔の子ども達を見るに、皆の心を和ませるという彼女の目的は果たしているようで。
「この子もお姉ちゃんのお友達? 触ってだいじょうぶ?」
 5歳程の小さな娘が指差すのは真っ白く大きな迅鷹。
 水月はこくこく、と頷き。
 彩颯はチラリと主を見ると、彼女の意図を理解したのか、大人しく子ども達に身体を触らせている。
「この子、普通の鷹と違うのね」
「そうなの。ちょっと飛んで見せるね」
 彩颯ちゃんお願い、と呟く水月。
 その声に応えて、彩颯が縦横無尽に空を滑空する。
「最後にとっておきよ……!」
 空に向かって手を伸ばす水月。
 その手に向かい、彩颯がまっすぐに降下し――。
 ぶつかる……! と誰もが思ったその時。
 相棒と同化し、白い羽を背に生やした水月が、空へと舞いあがる。
「お姉ちゃーん!」
 呼ぶ声に下を見ると、子ども達が笑顔で手を振りながら追って来る。
 ああ、喜んでもらえたのかな……。
 そんな事を考えながら、水月は上空から手を振り返した。


「これ何だ?」
「駆鎧って言って、私の分身みたいなものかな」
「へー。これ、動く?」
「勿論。動かして見せようか」
「見たい見たいー!」
 子ども達に請われて、駆鎧を起動するスチール。
 乾いた金属の音がして。立ち上がると子ども達から歓声が上がる。
「腕に捕まってごらんー」
 彼女の声に応えるように、駆鎧の腕にしがみつく子ども達。
 ひょい、と持ち上げると、子ども達が大きな声で笑う。
 女性特有の細やかさで、女の子の相手もしてあげたい……と思っていたスチール。
 気が付くと彼女の周りは男の子だらけ。
 騎士の中に身を置いている事もあり、身体を動かして遊ぶ方が得意なようであった。
「なあ、姉ちゃんはこれに乗って戦うんだよな?」
「そうだよ」
「カッコいいなあ! 俺達も乗ってみたい」
「んー。これに乗るのは無理だけど……じゃあ、一緒に作ってみようか」
「作れるの?!」
「皆が協力してくれたらね。完成したら、皆でチャンバラしよう!」
 彼女の声に、子ども達の目がキラキラと輝き。
 スチールと村の男の子達による『駆鎧作成教室』が始まったのだった。


 仲間達がそんな事をしている間、浄炎は忙しく立ち働き、棚作りや馬屋の改良、田畑に水を引く灌漑の修繕まで幅広くこなしていた。
 ――目に見えて住まいが変わって行けば、『現実は何一つ変わってはいない』とやりきれぬ悲しみに囚われる事もなくなるだろう。
 彼らがここに残るのか、以前いた村にいずれ帰るのか、現時点では分からない。
 魔の森化された村が元に戻るまで、一体どれくらいの時間を要するのか。
 明確な答えを持たぬ自分達が、果たせる責務はごく僅かに過ぎないのかもしれないが……。
 ただ、選択肢を多く増やしてやりたいと、彼は思う。
「おじいちゃん。お茶淹れて来たで。浄炎はんも休憩しいや。働き通しやろー?」
「ああ、すまん。戴こう」
「ありがたい事じゃ……」
 お盆にお茶を乗せてやってきた真紀に、頷き返した浄炎。
 翁は拝むように2人に手を合わせる。
「洗濯とかうちらがやるさかい。身体えらいやろ?」
「そうなんじゃ。こちらに来てから風邪を引きやすくていかん」
「恐らく環境が変わったせいだと思うが……。どれ、見せて貰っても構わぬか?」
 お茶を脇に置くと、浄炎は翁の身体に指圧を施し始め……。
 ここにいるうちに、1つでも多く出来る事を――。
 浄炎は、休憩する間も惜しんで働き続ける。


「お茶はいかがですか?」
「西瓜も召し上がって下さい」
 ウルリケと楓は、最初に披露した歌と踊りにあまり反応を示さなかった村人達を中心に声をかけて回っていた。
 弱みを他人に見せられない人、塞ぎ込むあまりに目の前に娯楽に浸る事も出来ない人。
 そういう人こそ、救ってあげなくてはいけないと思う。
「世間話でもいいんです。言いたい事は言って良いんですよ」
 笑顔を絶やさないウルリケに、申し訳なさそうな様子を見せる村人。
 楓は、そっと筆記用具を手渡す。
「話し辛い事があるのでしたら、文に書いて戴いても構いませんわ。勿論、誰にも見せなくたって良いのです」
 文章としてしたためる事で、気持ちに整理がつくという。
 話す相手は、何も人でなくたっていい。
「どうか、一人で抱え込まずに……。困った事があったら仰って下さいね」
「……故郷に帰りたいんです。でも、皆はもう無理だって……」
 楓の優しい声に、俯いたままぽつりと口を開く村人。
 新しい土地に慣れようとする気持ちと、帰りたい気持ち。
 相反する2つの思いの板挟みになっているのだろう。
 瘴気さえなかったら、こんな事にはならなかったのに――。
 涙を流す村人。ウルリケの瞳も、つられて潤む。
「我慢を強いてしまってごめんなさい……。必ず、とはお約束できませんが、戻れるようにあたし達も努力しますから」
「慣れないのは当たり前なんですよ。焦らないで下さい。ゆっくり行きましょう」
 ウルリケと楓に身を預けて、村人は泣きじゃくった。


「どうしたですの、これ……」
 ビックリ眼で村人達を見つめる水月。
 宵闇に村が包まれる頃。
 開拓者達は、村の中心部に沢山の料理が並べられているのに気が付いた。
「こんなに良くして戴いて、このままお帰り戴く訳には参りません」
「どうぞ、召し上がって下さい」
「やった! お腹ぺこぺこ!」
「気を遣って戴かなくても良かったのに……」
「忝い。有難く戴くとしよう」
 単純に喜ぶスチール。恐縮しきりの楓の横で、浄炎は深々と頭を下げ。ウルリケが腕を捲りながら立ち上がる。
「じゃあ、お給仕手伝いましょう!」
「ふ〜む。一飯の礼は返さねばならぬの」
 考え込んでいた烏水。
 そうじゃ! と叫んで立ち上がる。
 こんな時に出来るお礼なんて、ひとつしかない。
 彼は三味線を構え、かき鳴らす。
「さあさ、始まりましたる今宵の宴! 共に楽しもうではないかっ!」
「よっ! 待ってました!」
「開拓者様、景気が良いのをお願いしますよ!」

 歌えや騒げ、飲めや食せ!
 眠れぬ者も 心晴れぬ者も 大いに声を出して
 手に手を取って 夜通し踊りゃ 気分も変わる

「皆歌ってるね」
「こんな賑やかなの久しぶり」
 家の中で笑う子ども達。沢山遊んで疲れたのか、眠そうな子がいるのを見て取って、柚乃が声をかける。
「ほらほら、皆はもう寝る時間ですよ」
「えー。まだ眠くないよー」
「早く寝る良い子はもふらさまが一緒に寝てくれるそうですよ?」
「早う寝る子は誰やー?」
 柚乃と真紀の言葉に、子ども達は凄い勢いで布団に潜りこむ。
「皆ええ子やね。夜眠れん時はな、これを抱いて寝たらええ」
 そう言い、子ども達の枕元にもふらさまのぬいぐるみを置く彼女。
 それから間もなく、穏やかな寝息が聞こえて来た。


 賑やかで、穏やかな時間が過ぎる。
 いつか村人達が故郷に戻れる日が来るよう。
 開拓者達は静かに祈るのだった。