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■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文 ●君影の村 その村に伝わる物語。 その昔、月夜の晩に鈴蘭の精霊が現れて、恋人たちに永久の祝福を贈った。 ――そんな、どこにでもありそうな、幸せな伝説。 雪のように白い、釣鐘のような愛らしい花が咲く頃。 村外れにある、一面鈴蘭に覆われた丘で想いを告げれば恋が叶うと言う。 鈴蘭の祝福に満ち溢れる、君影の村にいらっしゃいませんか? ●鈴蘭に願いをこめて 「君影村かあ。素敵な伝説ですよね〜」 うっとりとため息をつくのは開拓者ギルド職員の杏子。 ――ああ、どこかにいい人いないかしら。 どこかの国の王子様とか。 いやいや、腕っぷしの強い開拓者様もいいなあ。 沢山稼いでくれそうだし……。 贅沢は言わないわ。ちょっと美男子で高身長で、それからそれから……。 「……あのさ。全部、声に出てるよ」 「はわぁ!?」 ほとばしる煩悩垂れ流しの彼女に、目を伏せながらツッコむ開拓者。 杏子は耳まで赤くなってアワアワと慌てる。 「わ、忘れてください。今の話は忘却の彼方へ投げ捨ててくださいっ」 「はいはい、分かった分かった。で、その君影村がどうしたって?」 「そうそう。そうです、君影村。皆さん、君影村には鈴蘭にまつわる伝説があるんですが、ご存知ですか?」 「ええと、確か村外れにある、一面鈴蘭に覆われた丘で想いを告げれば恋が叶う……でしたっけ?」 「それもそうなんですが! それだけじゃないんですってー!」 杏子の言葉に、首を傾げる開拓者達。 彼女はにっこりと笑って話し始める。 君影村の村外れの丘。 恋が叶うという伝承の他に、もう1つ。 鈴蘭が月明かりに照らされ、美しく輝く夜。 想い人と共にこの丘の上で愛を誓うと、精霊の祝福を受けて、より絆が深まるのだそうだ。 その伝説が嘘か誠か定かではないが……片思いの人のみならず、それにあやかろうと言う恋人達も足を運ぶ場所らしい。 「小高い丘に、真っ白い鈴蘭が一面に咲いていて、とても綺麗だそうですよ〜。皆さんも行っていらしたらどうですか? 気になる人とか、恋人と一緒に行くといいことあるかもですよ!」 目をキラキラさせながら続けた杏子。 開拓者達は、その言葉にちょっと考えて……頷き、出立の準備を始める。 そんな彼らの脳裏には、想い人の顔が浮かんでいた。 |
■参加者一覧
劉 那蝣竪(ib0462)
20歳・女・シ
果林(ib6406)
17歳・女・吟
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
楠木(ib9224)
22歳・女・シ
リーシェル・ボーマン(ic0407)
16歳・女・志
ヴァレス(ic0410)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 「はい、どうぞ♪」 緋神 那蝣竪(ib0462)の笑顔と共に差し出されたのは立派なお弁当。 入っているのは筍や椎茸、たらの芽等、旬の物をふんだんに使った天麩羅に、彩りが添えられた肉じゃが、具材の豊富な俵おにぎり……。 天麩羅には抹茶塩等が添えられ、彩り豊かなお弁当は、劉 天藍(ia0293)の目を楽しませてくれる。 那蝣竪は天麩羅を箸でつまむと、彼の口元までそっと運ぶ。 「はい、あーん♪」 運ばれてきたそれを素直に口に入れる天藍。 いつもは気恥ずかしいのか、こういう事は避けようとするのだが。 そんな彼が、素直に受けてくれた事に驚きと嬉しさを隠せず、じっと見つめてしまう。 「……俺の顔に何かついてますか?」 「え? ううん。お口に合うかしら、と思って」 「ええ。すごく美味しいですよ」 「良かった。貴方の為なら、いつでも、毎日でも作るわよ?」 くすくすと笑う那蝣竪。天藍が差し入れた苺を齧って、更に深く微笑む。 「わ、この苺、甘くて美味しい♪」 「そうですか? 喜んでもらえて良かったです」 彼女の赤い唇が、苺の赤で更に赤く染まり、艶やかで――。 ドキリ、と跳ねる心臓。天藍は悟られぬように目線を外すと、その先には白い花。 那蝣竪も鈴蘭に目を落として、綺麗ね……と呟く。 「鈴蘭には『幸福の再来』や『純粋』って意味があるんですってね。……天藍君は、ここの村の伝説を信じる?」 真っ直ぐに。天藍を見つめる那蝣竪。 ――以前、想いを告げて唇を寄せた時、酷く狼狽していた事を思い出す。 溢れる想いを告げたら、また貴方を困らせてしまうかしら? 困らせたい訳ではないのに。でも……。 ――この丘で愛を誓うと絆が深まる。 そんな、どこにでもある伝承を信じてみたくなるなんて……。 「……先日、依頼から戻った時、那蝣竪さんから手紙が来ていたんです。それが、とても嬉しかったんですよ」 手紙だったけれど。那蝣竪の笑顔が見えたような気がした。 彼女におかえりなさいと言われる事が、こんなに嬉しい事なんだと気が付いて――。 だから、きちんと言わないと。 「那蝣竪さん。貴女を……俺の戻る場所にしていいですか」 天藍の言葉を咄嗟に理解できず、ポカンとした那蝣竪。 駄目ですか? と彼の目が不安に翳って。彼女は慌てて首を振る。 「勿論。良いに決まって……」 途切れる言葉。那蝣竪の瞳が涙に濡れているのを見て、天藍が彼女を引き寄せる。 「……泣かせてしまってすみません」 「違うの。嬉しいからよ」 幸せで出る涙もあるのね……と輝く笑顔で言う那蝣竪。 涙を拭おうとする彼の手を取って、静かに続ける。 「貴方を1人で戦わせたりはしない。待ってるだけなんて嫌なの」 私が貴方を護るから――。 誓いを立てるような囁きに天藍は頭を掻いて。 「うーん。俺も那蝣竪さんを守りたいんですけどね」 「もう。これ以上泣かせないで頂戴! ……大好きよ」 咲き誇る鈴蘭の全てを、貴方に贈りたい。 誰よりも大切な貴方へ――。 月明かりの下、重なった影。鈴蘭が風に揺れて――。 「とっても綺麗ですね〜♪」 丘一面に咲き乱れる鈴蘭。 嬉しそうな果林(ib6406)に、天河 ふしぎ(ia1037)も微笑み返す。 「村にまつわる伝説、素敵ですね♪ 鈴蘭には別名があるのをご存知ですか?」 話に花を咲かせる彼らが座っているのは、果林が用意した椅子。 簡易テーブルにテーブルクロス。並べられたお菓子とお茶……。 完璧な給仕ぶり。有難い事なのだけど……と、ふしぎは溜息をつく。 「果林もゆっくりすればいいのに」 「何を仰います。メイドとして、おもてなしは万全に整えませんとね!」 ――メイドとして。 その言葉に、ふしぎの胸がズキリと痛む。 自分に向けられる笑顔、様々な行為は、あくまでも仕える者としての物なのだろうか――。 「主様。一曲失礼しますね」 立ち上がり、バイオリンを携える果林。 奏でる曲は、育ての親であり、初代の主が教えてくれた曲。 戦乱と血に塗れていたあの頃。この曲は心の慰めだった。 こんな静かで、穏やかな気持ちで弾く日が来るなんて――。 ……ううん。穏やかな気持ちなんて、嘘。 本当は、目の前の人の事が気になって仕方がない。 ――いつの頃からだろう。この方を意識してしまうようになったのは。 私の奏でる曲やお料理を好きだと言ってくれるのが嬉しかった。 彼が怪我をした時は、身が裂かれる思いがした。 ――本当は分かっている。この感情が何なのか。 だけど。自分は従者。主に対して、こんな気持ちを抱いて良い筈がない。 分かっている。分かっている筈なのに――。 「ねえ、果林。君はメイドだから、僕の傍にいてくれてるの?」 突然のふしぎの言葉。意図が分からず困惑する果林。 彼は驚く程に真剣な表情で。思わず彼女の手が止まる。 「あ、すみませ……」 「いいよ。そのまま聞いて。……果林。僕はこのままの関係は、嫌で……その。これからは一人の女性として、ずっと側にいて欲しいんだ。……だから、僕とお付き合いして下さい」 言いながら、みるみる顔が赤くなっていく彼。 暫し茫然としていた果林の顔も、どんどん赤く染まっていく。 「あの。その……こんな私で宜しいのですか……?」 「勿論だよ」 「……嬉しいです」 気持ちが通じるなんて、思いもしなかった。 これも、鈴蘭の精霊のお蔭……? 果林は夢心地で想い人を見上げる。 「……ふしぎさんとお呼びしても、良いですか?」 「うん。絶対幸せにするから」 ――誓おう、鈴蘭と月の精霊に。 重なる唇。 新たに生まれた恋人達を、鈴蘭が優しく見守っていた。 「こりゃまた見事なもんだな」 「そうだね。いい香りだし♪」 咲き乱れる鈴蘭を、並んで見つめるサフィリーン(ib6756)とイーラ(ib7620)。 彼女は、背の高いイーラを一生懸命見上げて、首を傾げる。 「あのね、聞きたかったんだけど……」 「んー?」 「お兄さん、前、お星様のようなお姉さんが好きじゃなかった?」 「へ? 何でだ?」 「だってお兄さん、別の人に告白されてるお姉さんを見て、ちょっと参ったなぁって顔してたし……」 「……好きだったとかは別にねぇよ。そんな風に見えたのか。何でだろうな」 ポリポリと頭を掻くイーラの言葉に、ホッとした彼女。 ――何故、ホッとしたのかは分からないけれど。 サフィリーンは、そのまま思っていた事を口にする。 「うーん。お兄さん、寂しそうだから、かな……」 飄々と楽しそうにしてるのに、偶にやるせない様な寂しそうな顔を見る気がする。 気のせいかもしれないけど。どうする訳でもないけど。 寂しそうなお兄さんを見て、胸がきゅっとした訳を知りたくて――。 丸い大きな瞳で見つめて来る彼女に、イーラは溜息をつく。 「寂しそう、か。まあ、流れ者だからなぁ……帰る場所もねぇし。……って、もしかして、それで誘ってくれたのか。気ィ遣わせて悪かったなぁ」 「ううん。私こそ変な事聞いてごめんね。……そうだ! 私、お弁当作って来たんだよ! 食べて!」 そう言って彼女が差し出したのは、特製アル=カマル風おにぎり。 摩り下ろした生姜と大蒜と唐辛子が入った甘味噌で焼いたチキンが、食欲をそそる。 「形はちょっといびつだけど、味はお墨付きだよ」 「へえ、美味そうだ。……嬢ちゃんは食べないのか?」 「お兄さんに元気になって欲しいから、踊る! 見ててね!」 彼女が立つ舞台は一面の鈴蘭。 シャン、シャン……。 腕を、足を動かす度鳴るエイコーン。 その音は星と鈴蘭の声。 動きに合わせてはためく白いクロースは、空を流れる河――。 鈴が鳴るごとに、切り替わる静と動。 伸びやかに緩やかに。柔らかな足運びで、精霊に囁きかける。 ――精霊さんお願い。 目の前の優しいお兄さんに鈴蘭の祝福を。 お兄さんが望んだものが、その手からすり抜けていきませんように……。 「俺自身に分らん事が、嬢ちゃんには見えてんのかもな……」 ぽつりと呟くイーラ。 自分を気遣う優しい少女に、今日は楽しかった、と後で伝えないとな――。 鈴蘭の精霊が舞い降りたかのようなサフィリーンの舞を、彼は静かに見つめていた。 「ごめんね」 「何故謝りますか」 「いや、他の子と来たかったろうなと思って……」 そんな事を言う楠木(ib9224)を、困ったように見ていた闇野 ハヤテ(ib6970)だったが、溜息をつくと目線を夜空に移し。楠木もそれに倣う。 流れる沈黙。聞こえるのは、丘を撫でるように吹く風の音だけ。 楠木は深く溜息をつくと、ぽつりと口を開く。 「……夜空に溶けちゃいたい。そうすれば何も想わないで済むでしょ?」 好きという気持ちは会うと加速するし、会えないと不安に駆られる。 でも、『会いたい』とか我儘は言わないし、言えない。 自分が勝手に想っているだけで、相手からすれば、自分は仕事仲間の一人に過ぎない。 ――本当に我儘を言っていいのは、あの人が選んだ人だけ。 分かっているのに、『会いたい』と思ってしまう。 この矛盾が自分でも許せなくて――。 「このまま、汚い感情いっぱいの私を、夜空に溶かしてくれればいいのにな」 彼女の独白を黙って聞いているハヤテ。 そんな楠木の気持ちを知ってか知らずか。 星と月はきらきら輝き続けていて――。 「あー。腹立つ。ねぇ、ハヤテくん。星、全部撃ち落としてよ。砲術士なんだし出来るでしょ」 「無理ですよ」 「冗談よ、冗談」 「あわよくば本気で頼もうと思ってたでしょうに」 ハヤテにズバリと言い当てられて、ジト目を向けた楠木。 もう一度大きな溜息をついて、空を見る。 「こんな汚い感情、嫌なの。苦しいだけだよ」 「貴女……馬鹿ですよね。想う心なんて捨ててしまえばいい。捨てられないなら力ずくで奪ってしまえばいいのに」 淡々というハヤテ。 ――本当は、こんな事を言う資格はない。 自分にも、大切な人がいる。 その想いを秘めたまま、捨てる事も叶わず。 ずっと地面を這いずり回って、もがいている――。 そう。それが出来たらどんなに楽になれる事か……。 「それが簡単に出来ないから困ってるんでしょー。それに、力ずくで手に入れても、私の心は満たされないよ」 無理に奪ったところで、あの人は幸せにはならないから――。 「……人を好きになるって、辛いね、ハヤテくん」 「ええ。実に厄介ですね」 自嘲的に笑う2人。 それでも想いを捨てられない自分達は、馬鹿なのかもしれないけれど……。 出る事のない答え。 鈴蘭に願う事も出来ない2人。 どこか似ている2人は、満天の星空をいつまでも見つめ続ける――。 「本当に良い景観だね。空に吸い込まれそう……」 周囲は一面の白。空にはキラキラと輝く星々。 うっとりと夜空を見上げるリーシェル・ボーマン(ic0407)の隣で、ヴァレス(ic0410)は暖かい紅茶をすすっている。 「リーシェル、あのさ。もし単なる勘違いなら笑い飛ばしてくれていいんだけど……もしかして、俺の事……好き、なの?」 恋愛事は知識として理解しているが、自分がその対象として見られる事は絶対に無いと根拠もなしに思っていたヴァレス。 それ故、こういう聞き方になってしまったのだろうが――心配そうに言う彼に、リーシェルは飲みかけた紅茶を思いきり噴出する。 「し、調べたのかい? あの意味を……?」 「うん。それで、今まで色々してくれてたのってもしかして……と思ってね」 ――3月。ホワイトデーにくれたお返し。 ヴァレスは、その意味を知らなかったから、調べて欲しいとお願いした。 お返しの意味。『好き』という言葉。 でも、それを信じて良いか分からない。 君は、私をどう思っている? 私は、君を……。 「まぁ、そうだな……回りくどいのは私も同じ、か」 自嘲的に笑う彼女。そう。今日は想いを告げる為にここに来たのだ。 今言わなければ、この先ずっと言えない気がする――。 深呼吸一つ。真顔でヴァレスを見つめ、あの……と続けた彼女を、彼の手が制止して。 「ぁ、ちょっと待って」 「どうした?」 「あの、さ。俺ね、最近変なんだよね」 「変、とは……?」 「笑わないで聞いてくれる?」 不安そうなヴァレスに、頷くリーシェル。 彼は安堵の溜息をつくと、あのね……と話を続ける。 ――あの時以降、いや、それよりずっと前からリーシェルだけを見て来た。 何か理由をつけては、傍にいた。離れると落ち着かなかったから。 ……最初はリーシェルの料理が好きなんだと思ってた。 でも、リーシェルが一緒だと、普通のご飯も美味しい。 あと、膝枕。あれはとても嬉しいんだけれど、自分以外の人にもしているかと思うと何だか暴れたくなる――。 「この感情が恋かどうか、まだ分からない、けど」 「ふふ。……君は本当、そういう所に疎いよな」 自信なさげに言う彼に、少し意地悪く笑うリーシェル。 独占欲らしきものがヴァレスにもあり、それが自分に向けられていると分かって……正直、ちょっと嬉しい。 「でね。……もしリーシェルがいいなら。俺と、付き合おう」 これが何なのか分からないけど。リーシェルを失うのは嫌だから……。 告白としては何とも言えぬ内容ではあったが、これが間違いなく今のヴァレスの本心なのだろう。 「……良い、よ」 ぽつりと呟くリーシェル。 目に映るのは鈴蘭の白。それが眩くて、目を細める。 「私は、もう私のそれが君への恋心だと確信してしまったけれど……」 「……そうなの?」 「そうなの! 先程から私が言おうとしていたのはそれだ!」 キョトンとするヴァレスに、ちょっと頬を赤らめる彼女。 彼に目線を戻すと、すっと、握手を求めるように手を差し出す。 「君のその気持ちの意味を、知る手助けは出来るかもしれない。余り待たされると、その……拗ねてしまうかも、しれないが……」 彼女の白い肌がだんだん朱に染まって行くのを見て、可愛いなぁ……と、にこにこするヴァレス。 差し出された手をぎゅっと握ると、そのままリーシェルを引き寄せ、抱きしめる。 「なっ、ヴァレス……!? 何でそう君は何時も……!」 彼の胸にすっぽり収まる形となってしまい、耳まで赤くなる彼女。 抗議しようと思ったけれど……止めて、身を任せる。 ヴァレスは、自分を抱き寄せたいと思ったから、そうしただけ。 ――彼はいつもそう。自分に正直で、自由で、どこか子どもっぽくて。 仕方ない。そういう所も含めて、彼を好いたのだから……。 「この気持ちが何なのか、答えを見つけるように頑張るよ。……これから宜しくね、リーシェル♪」 「あぁ。……宜しく頼む」 ヴァレスの胸は、思った以上に逞しくて、広くて。 でも、何だかくすぐったくて、幸せで――。 リーシェルは頬を赤らめたまま微笑み、瞳を閉じた。 それぞれの鈴蘭祭の夜が過ぎる。 開拓者達に、月と鈴蘭の精霊の祝福があらん事を。 |