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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●白の怒り 月明かりの下、4つの影が密やかな声を立てる。 「ねえ、ヨウ。もうお止しになりませんこと……?」 「そうよぉ。ご主人様は別にあの場所じゃなくてもいいって言ってたしぃ」 「もっと汚染し甲斐のある、良い場所があるわよ、ね?」 金髪、青髪、赤髪の少女達に宥められて、ヨウと呼ばれた白い女性は苛立たしげに爪を噛む。 「あたしは、別にあなた達の主人なんてどうでもいいのよ。ただ、あたしを傷つけたあの兎を食べてやりたいだけ」 「……でも、相手は開拓者なのでしょう?」 「そうよぉ。危ないわぁ」 「開拓者が関わっていることに気付かなかった私達にも落ち度はあるけど……もっとうまいやり方があるはずよ。熱くならないで」 「……だから、どこに蒔こうがあたしは構わないって言ってるでしょ。とにかく、次はあの子に頼んで頂戴。暫くあたしは休ませて貰うわ」 隅っこに黙って座っている、黒い少女をビシっと指差して足早に去って行くヨウ。 それを見送って、3人はため息をつく。 「……とりあえず、もう少し慎重に事を進めないといけませんわね」 「そうねぇ。開拓者が来てるのは予想外だったわぁ」 「ヨウの事は心配だけど……仕方ないわね。イツ、お願いできる……?」 赤髪の声に、黒い少女は黙したまま、ただこくりと頷き……。 傷は癒えたが、心が苛立ちで疼く。 己を生み出した存在は、私の事を『出来損ない』と言ったけれど。 私は、私のこの身体を気に入っているのに……! 「覚えていらっしゃい、兎……。必ず殺して、食べてやるわ……」 月を見上げるヨウ。 白の独白が、夜の闇に溶けて行った。 ●一通の手紙 「前回は皆さん、お疲れ様でした。黒狗の森の腐った土も取り除けたし、新たな汚染も防げて良かったですね!」 集まった開拓者達に笑顔を向けるギルド職員の杏子だったが……すぐにその顔が曇り、開拓者達に一通の封筒を差し出す。 「どうしたんだ、杏子。……これは手紙か?」 「はい。紗代ちゃんからです。皆さんに、読んで戴けたらと思いまして……」 ――紗代からの手紙で、何故杏子がこんなに落ち込むのだろうか? 首を傾げながらも受け取った開拓者達は、手紙に目を落とす。 お兄ちゃん、お姉ちゃん。 最近紗代は、ずっとお家の中で遊んでいます。 お外に出ると、『おそろしいケモノと通じてる娘』って言って、村人から石を投げられたり、突き飛ばされたりするから。 ととさまとかかさまが、危ないからお外に行っちゃいけないって。 ととさまとかかさまは、一緒に村を出ようっていうの。 そうしたら、石を投げられることもなくなるって。 紗代も外で遊べるようになるって。 黒優は何にも悪いことしてないのに。 どうして『怖いケモノ』『瘴気を呼び寄せた悪い犬』って言われなきゃいけないの? 村の人達、黒狗を討伐しようって話してた。 そんなこと絶対させたくない。 お兄ちゃん、お姉ちゃん。お願いです。 黒狗達は悪い子じゃないって、優しい子なんだって、村の人達に教えてあげて下さい。 黒狗の事がきちんと分かれば、村の皆も黒狗を傷つけたりしないと思うの。 紗代は、紗代が悪く言われるのは気にしないよ。 でも、黒優が悪く言われるのは嫌なの。 黒優と会えなくなるのはもっと嫌なの。 だから、お願いします。 助けてください。 紗代より 「……紗代」 「こんな酷いことになっているとは……」 手紙から目を上げて、唇を噛む開拓者。 黒狗の森の近くにある珠里の村。 そこに住む人間達にとって、黒狗は長きに渡り触れてはならない、畏怖の対象だった。 黒狗と関わってはいけないという、暗黙の掟があったのだ。 それが――紗代が雫草を取りに行ったことで、黒狗と心を通わせるようになり。 それと時期を合わせるように、森に瘴気やアヤカシが現れた。 それは、たまたま起きた偶然。 紗代にも、黒狗にも、どうしようもなかったことだ。 しかし、珠里の人間は、森と狗を畏れるが故に……『掟を破ったが故に起きた事』と認識してしまったのだろう――。 「……瘴気が出たり……雫草が枯れたりして……村人も不安になっているのでしょうが……」 「だからって、紗代ちゃんみたいな小さな子どもに当たって良い訳がないよ!」 思わず声高になる開拓者に、仲間達も頷く。 確かに、娘を守る為に村を出ようとしている佐平次や梓乃の考えは間違ってはいないのかもしれない。 しかし、憎悪や侮蔑の対象を失った村人達の感情は、今度はどこに向かうのか? 黒狗達に向かうかもしれない。 別な人間に向かうかもしれない。 根本的な解決を図らない限り、同じような不幸はいずれどこかで起きるのだ――。 「……どうされます? 紗代ちゃんの依頼……受けられます?」 「当たり前だ」 おずおずと聞いた杏子に、即答した開拓者。 そんな彼らに、彼女はにんまりと笑う。 「そう仰ると思ってました! でも、人の心を……特に、疑心暗鬼になっている人達の心を動かすって難しいかもしれないですね」 「それを何とかするのが我輩達の仕事なのだ」 「……それもそうですね。今回も大変かと思いますが、どうぞよろしくお願いします」 開拓者達に勢いよく頭を下げた杏子。近くの机に頭を打ちつけ――がつっという鈍い音がギルドに響いた。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ルーンワース(ib0092)
20歳・男・魔
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
幻夢桜 獅門(ib9798)
20歳・男・武
獅子ヶ谷 仁(ib9818)
20歳・男・武
輝羽・零次(ic0300)
17歳・男・泰
ナザム・ティークリー(ic0378)
12歳・男・砂
兎隹(ic0617)
14歳・女・砲
黒憐(ic0798)
12歳・女・騎 |
■リプレイ本文 佐平次に案内された部屋。 輝羽・零次(ic0300)は、目に入った光景に足を止める。 部屋の隅で黒狗のぬいぐるみを相手に遊ぶ少女が、いつも以上に弱々しく見えて――。 「……紗代」 元気だったか、と聞きそうになり言葉に詰まった零次に、紗代が首を傾げ、そんな二人にルーンワース(ib0092)が苦笑して、少女に目線を合わせる。 「久しぶりだね」 「うん! お兄ちゃん達、黒優を助けに来てくれたんでしょ」 「勿論だよ!」 即答した天河 ふしぎ(ia1037)に、ホッとした表情見せる紗代。 友の心配しかしていない少女に、零次はため息をつく。 「黒狗だけじゃないぞ。紗代、お前もだ。……お前達は何にも悪くない。ちゃんと、皆に話して来るから」 「……怖かったし、辛かったよね。来るのが遅くなってごめんよ」 続いたふしぎの言葉に、驚いた顔をする紗代。目を伏せて、唇を噛み締める。 「……紗代は平気だよ」 「紗代。辛いならそう言って良い。我慢しなくていいんだ」 零次に乱暴に頭を撫でられて……堪えていたものが溢れ出したのか、ぽろぽろと涙を零す。 「みんなで頑張るよ。……もうちょっと待っていて欲しい」 ルーンワースの一見眠そうな瞳から感じる強い意志。佐平次と梓乃は、深々と頭を下げた。 「うむ。良く出来ておるぞ」 「黒狗の良さが出てるんじゃないか」 「そう? 良かった」 兎隹(ic0617)とクロウ・カルガギラ(ib6817)の言葉に、安堵のため息を漏らす獅子ヶ谷 仁(ib9818)。 彼は、怒りを集中力へと変換して、黒狗のぬいぐるみを作成していた。 もふもふな黒い毛並みに、円らな瞳。 身体こそ大きいが、愛らしい動物であると分かれば村人の心も和らぐのではないかと思ったのだ。 ――黒狗に向けられた、猜疑の心。 見知らぬものへ畏れを抱く。その慎重さは悪い事ではないし、理解もできる。 村のしきたりに背いたという紗代が非難されるのも、ある程度は仕方ない事かもしれないが……。 「にしたって、石ぶつけるとか有り得ねえだろ……」 「あんな小さな子に、身の危険を感じさせる事態になるってのはどういう事だ」 ぼそりと、本音を漏らすクロウと仁に、黒憐(ic0798)もこくこくと頷く。 「……正直……少々、憐は怒っているのです……」 真実を知ろうともせず。年端も行かぬ子に全てを押し付けて、不安から目を反らしているその醜さに腹が立つ。 殴ってもいいですか……と続けた彼女を、幻夢桜 獅門(ib9798)がまあまあ、と宥める。 「……まあ、この前少し話に聞いていたしな。こうなる事も予測は出来た。人間達の結束力は素晴らしいと思うが、こういう時は大体碌でも無い」 「確かになー。でも、最初っからこうだった訳じゃないんだろ? だったら、そういう事を言い出したヤツがいるって事だよな」 むう、と腕を組むナザム・ティークリー(ic0378)。 「本当、締め上げて……いやいや、ここは冷静にならないとだ」 平常心……と深呼吸する仁に、兎隹も頷く。 「そうじゃな。紗代が耐えているものを、我輩達が台無しにする訳にはいかん」 辛い思いをしているだろうに、それでも誰かの痛みを優先する少女に、応えてやりたいと思う。 「とりあえず、手分けして話聞きに行こうぜ」 「そうだな。紗代と黒優の為に、出来る事を頑張ってみるとしようか」 ナザムと獅門の言葉に仲間達は頷き、思い思いの場所へと散って行く。 「やあ。元気だった?」 「今日も代理で悪いな。紗代さんから手紙預かって来たから、勘弁してくれな」 仁とクロウがやってきたのはいつもの場所。そこに鎮座ましましている黒優を軽く撫でる。 パタパタと尻尾を振る彼に変わった様子は見えないが……住処から離れたここに毎日通い、少女を待ち続けているのかと思うと、何だか哀れで……。 そんな事を考えながら、手紙を読んで聞かせる仁。 クロウは静かに聴いている黒狗に向き直り、その顔を覗き込む。 「……なあ。お前達、紗代さんより前に人間と接した事はないのか?」 黒狗達がいくら賢いとは言え、森の奥深くに棲むケモノである。 自然と人間の言葉を覚えるとは思い難い。 彼らがこれほどまでに人の言葉を理解しているのは、過去に人間と触れ合う機会があったのではないか……。 そんな推察を語るクロウに、黒優は少し考えた後、首を縦に振る。 「やっぱりそうなんだな」 「……じゃあ、何で畏れられてるんだろ」 素朴な疑問を口にする仁。 ――黒狗と森と、人間。 その関わりの中で、『何か』があったのだとしたら……。 「とりあえず。ここで悩んでても仕方ないな。戻って皆に報告しよう」 教えてくれてありがとな……と、黒狗をもう一度撫でるクロウ。 仁もそれに続きながら、黒優に声をかける。 「アヤカシの事も解決してないんだ。でも絶対、何とかするから……ごめんな。もう少し待っててくれ」 彼の言葉に頷いた狗は、気遣うように二人の手をぺろりと舐めた。 村の中では、子供達の賑やかな声が響く。 黒憐はその輪の中にさらっと混じり、一緒に遊んでいた。 「……紗代さんとは……一緒に遊ばないのですか……?」 黒憐の言葉にビクリとする子供達。悲しそうな顔をして頷く。 「うん……。父ちゃん達が、紗代とは遊ぶなって……」 「……以前からそうだったんですか……?」 彼女の問いに首を振る子供達。 彼らは周囲を伺い、大人がいない事を悟ると、内緒だけど……と黒憐の耳に口を寄せてきて……。 ――以前から、紗代が黒狗に会ったり、森に近づいたりするのを嫌がる大人もいたけど、同じくらい子供に冒険はツキモノだから、と言っている大人もいた事。 紗代から、黒狗は優しい狗なのだと教えてもらっていた事。 そして、森が大変な事になった、アヤカシが出たと騒ぎになり、その頃から、急に紗代が苛められるようになった事……。 「……『オキテ破り』ってそんなにダメな事なの? 苛められなくちゃいけないこと?」 拙い言葉で説明する子供達から感じる不安と戸惑い。この村に流れる異常な空気を感じ取っているのだろう。 黒憐は安心させるように、子供達の頭を順番にぽふぽふと撫でる。 「……村の人達は……勘違いをしているんだと思います……」 「そうなの?」 「……はい。紗代さんと黒狗さんの誤解は憐達が晴らしますから……その時はまた、紗代さんと遊んであげてくれますか……?」 彼女の言葉に、強く頷く子供達。 その様子に、黒憐はほっと安堵のため息を漏らした。 「突然お邪魔してすみません」 「黒狗が何故畏れられるようになったのか、ご存知でしたら教えて戴きたく」 佐平次から紹介された村の長老は、ほぼ寝たきりだと聞いていたが、ルーンワースと獅門が訪れた時は、丁度身を起こしてお茶を啜っているところだった。 「儂がまだ子供の頃、爺様に聞いた話じゃ。珠里の近くに、村がありましてな」 「村、ですか」 「そこは今もあるんですか?」 「ありませぬ。黒狗に、滅ぼされましたゆえな」 ――遥かな昔。黒狗と周辺の村の人間は、森の恵みを分け合い、仲良く暮らしていた。 平和な毎日が続いていたある日、森と黒狗に対し邪な考えを持つ者が現れた。 森を焼き払い土地を広げれば、新たな田畑が手に入る。 この森にしか住まぬ珍しい黒狗は、金儲けの道具になる、と……。 結託した村の人間達は森に火を放ち、あろう事か黒狗の仔を浚い、見世物にしようとした。 森を傷つけられ仔を奪われた黒狗は、怒りに我を忘れ、破壊の限りを尽くした――。 「それからじゃよ。黒狗が畏れられるようになったのは」 「それが事実なら、黒狗達が怒るのも無理はありませんね」 「人間とは業が深いな。個人としては善良な者が多いのに……」 苦々しく呟くルーンワースと獅門。 珠里の人間は、同じ事を繰り返そうとしている。 長老も同じように思ったのか、ふう……とため息をつく。 「昔の話ゆえ、この話も口に上る事が減りましてな。狗を襲えばこの村もただでは済まぬ。そう、若い者にお伝え戴けんじゃろうか」 弱々しい長老に、ルーンワースと獅門は安心させるように頷いた。 「そうなのよぉ。それでね、息子さんが怒っちゃってもー」 「そうなんですか」 「それは大変だなぁ」 良く喋るおばさまに、うんうんと相槌を打つふしぎとナザム。 ナザムは強硬派と直接対決する気満々だったが、残念ながら接触する事が出来ず。 しかし、有力者である長老と村長が穏健派なのが分かり、既に仲間達が協力を仰いでくれているから安心だ。 あとは、村人達から話を聞いて、猜疑の根拠や不安に思っている理由を聞けば、説得の糸口が見えるはず――。 村の事なら何でも知っているというおば様の話では、黒狗討伐の話を強硬に進めているのは村長の若き息子。 村の掟について糾弾し始めたのも彼で、村長候補として、功を焦っているとの事だった。 「そうそう。黒い犬を飼ってる家があるんだけど、不吉だとか言われちゃって……」 彼女の言葉に、目を丸くした二人。ナザムは、隣のふしぎにそっと目配せをする。 ――黒い犬が不吉ってもうただの因縁じゃねえかよ。 ――何だか、放っておいたらどんどん酷い方向に進んでいく気がするね。 でも、相手の矛盾を突く材料にはなりそうだ。 際限なく続くおば様の話を、二人は根気強く聞き続けていた。 村長に話を聞きに行った兎隹もまた、獅門達と同じ伝承を聞き、眉根を寄せていた。 黒狗達に、どれほどの寿命があるかは分からないけれど。 仲間達が酷い目に遭わされていた過去がありながら、それでなお、迷い込んできた人間……紗代を襲う事なく守っていたのだとしたら――。 それ程までに懐の深い狗達が、瘴気を引き寄せアヤカシと通じるなどという誤解を受けるのは我慢が出来ない。 そして、兎隹の訴えを聞いた村長も、一連の事件に黒狗と紗代は無関係であると納得出来たようで、助力を申し出てくれた。 その中で、己の息子が黒狗に対して強硬な姿勢を見せ、村人を煽っている事、その様子に彼自身も困惑している事が分かった。 「……黒狗達の事は誤解であると、村人達にも話がしたいのである。場を設けて戴けぬであろうか?」 彼女の願いを快諾した村長は、村人達へと伝令を飛ばし――。 村の中心部。 村長からの招集で集まった村人達は、困惑している者と、怒っている者、半々くらいだった。 「開拓者様のお話というのは、黒狗の討伐の話でしょうか?」 「いや。この間の事件の経緯を説明しに来た」 きっぱりと言う零次に、目を見開いた村人達は次々と口を開く。 「経緯など……あれは黒狗と紗代がやった事です」 「元々この珠里には、黒狗に近づいてはならぬという掟があったんだ。それをあの娘が破った途端、事件が起きた」 「森の恵みを奪い、村を危険に晒す存在を許してはおけません」 ぶつけられる不安と焦り。謂れもない悪意。 これと、紗代は戦い続けていたのか……。 その間に割って入るように、ふしぎが腕を突き出す。 「……瘴気を招いたのは黒狗じゃない。瘴気の原因は、これだよ」 「胡桃……?」 「そう。これは偽物だけど。形としてはこれに近い。この中に瘴気が凝縮されていて、割ると凄い量の瘴気が噴き出すんだ」 ふしぎが無表情なのは、怒りを隠しているからだろうか。兎隹も頷きながら続ける。 「これを運んできたのが、先日現れたアヤカシ達なのだ。黒狗達は、この木の実から出た瘴気に当てられ、瘴気感染を起こしていてな……彼らも被害者なのだよ」 「黒狗達は……そんな身体をおして枯れた雫草を運んで、森の危機を紗代さんに伝えました……。……そのお陰で、この程度の被害で済んでいるんです……」 「彼らには何回か会ってますが、非常に賢く協力的です。人に仇なす存在じゃない」 「アヤカシ達は木の実を使って森を汚染しようとしてた。もし黒狗がそれを知らせてくれなかったら、瘴気に侵されて魔の森化してたかもしれない」 黒憐と仁、クロウの言葉に、村人達の間に動揺が広がり、そこに村長の息子だと名乗る青年が歩み出る。 「しかし、過去に黒狗は村を1つ壊滅させていて……」 「あんた、次期村長の座を狙ってるんだってな。黒狗を敵にしちまえば手っ取り早いと思ったのか?」 「な……っ」 「伝承だって、まんま自業自得だろ。狗より、人の方がよっぽど性質が悪いじゃねえか」 ナザムの指摘に、顔を赤くする彼。 旗色が変わり、困惑する強硬派の面々に、零次は書面を差し出す。 「……これを読んでくれ」 彼が持っているのは、紗代からの手紙。開拓者達に今回の件を依頼する為に寄越した、少女の想いが詰まったもの――。 兎隹は祈るように手を組んで続ける。 「紗代は、自分より誰かの痛みを優先する優しい子なのだ。それ故に、黒狗と友好関係を築く事ができたのだと思わぬか」 「怖いってのはわかる。あんたらも被害者なんだしな。でも、紗代がどんな目にあってるか、わからない訳じゃないだろ? それでも、こんな風に気遣える娘なんだよ。こんな子がアヤカシと通じてる訳が無いんだ」 「……人は弱いもの、そうかもしれません……。……だったらあなた方が紗代さんにした仕打ちは……? 小さな女の子である紗代さんは……弱くないとでも……?」 零次の切なる声と、黒憐の射抜くような瞳に村人達は目を反らす。 「黒優……黒狗はアヤカシなんかじゃない。証拠は、紗代が今生きてる事だ」 誑かされている、通じているなんて認識が甘い……と続けた零次。 アヤカシであるなら、そんな小細工は必要ない。 紗代はとうの昔に食われているはずだし、この村とて無事では済まぬはずだ――。 「零次の言う通りです。黒狗達が今まで森を守っていたからこそ、この村は平和でいられたのではないだろうか」 「ケモノとの距離は確かに必要です。けど、何の罪もない彼等の討伐は……新たな伝承を生むだけじゃないでしょうか」 そこまで言われて、自分達の抱えている矛盾に気づいた村人達。 獅門とルーンワースの諭すような言葉に、無言のまま目を伏せる。 大切な者と静かに過ごしたい。 誰もがそう思うから起きる、間違い。 伝承は、過去の過ちを知らせるもの。 だからこそ……アヤカシに踊らされる訳には、いかない。 「彼らは森を荒らさない限り、人を無暗に襲わぬ」 「こんなに可愛い子達なんだ。どうか、見守って欲しい」 「森も村も俺達……それに黒狗が必ず護る。ここは任せて欲しい」 兎隹の談に頷きながらお手製のぬいぐるみを手に必死に訴える仁。 そして深々と頭を下げる零次に、村人達はおずおずとではあるが頷いた。 「……そう。サヨ、ね。可愛い名前。その子は、兎を誘き寄せる餌になってくれるかしら」 一方。村から離れた場所で、戻ってきた猫型アヤカシを撫でる白い女性。 調査の結果に満足したのか。くすくす、と密やかな笑い声をあげた。 |