【未来】10年後の未来
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 39人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/22 18:37



■オープニング本文

※注意
このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。
年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。
参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

※後継者の登場(可)
このシナリオではPCの子孫やその他縁者を一人だけ登場させることができます。


●10年後の未来
 石鏡国、銀泉。今日も涼やかな風が吹いている。
 近づく菊花祭の準備で、星見家の者達は忙しく動き回っている。
「隼人さま。菊人形の納品がありましたよ。受け取っておきました」
「ああ、ありがとう。助かる」
「こちらが既に受け取った作品、こちらがこれから届く予定のもので……あと飾る場所の一覧がこちらです」
「いつにも増してキッチリしてるな……」
「これが僕の仕事ですからね。靜江さまの教育が良かったんです」
 うふふと笑う昭吉から書面を受け取る星見 隼人(iz0294)。
 正式に使用人として雇った時は気付かなかったが、どうやらこの青年は帳簿づけや書類整理といったことが大変得意であったらしい。
 靜江の教育で、彼は目覚しい進化を遂げていた。
「ババ様が亡くなられて、もう5年か……」
「はい。早いですね……」
 星見家を長年支えた隠居、靜江は5年前の桜の季節、御年96で亡くなった。
 歳の割には元気であったが、日に日に弱っていき――。
 最期は、本当に眠るように穏やかに旅立って行った。
 その日のことを、昨日のように覚えている。
 ――昭吉にとって隼人と開拓者達が兄や姉であるなら、靜江は母だった。
 狭い世界で生きてきた彼を目覚めさせてくれたのが開拓者達。そして、石鏡の歴史や日々の生活に必要な知識、計算や漢字……色々教えてくれたのが彼女で……。
 まだまだ教えて欲しいことが、話したいことが沢山あったのに……。
「今でも時々、会って話がしたいと思う時があるんですよ」
「そうか。でも、お前は今立派に仕事も贖罪もこなしてる。ババ様も安心してるだろうさ」
「そうでしょうか……」
「ああ、俺が保障する」
 わしわしと昭吉の頭を撫でる隼人。
 目の前の星見家当主も、この数年で大分しっかりしたように思う。
 勿論、彼一人の力ではなく、彼の正室の尽力によるところも大きかったが。
「ちょっと隼人さん。手伝って欲しいことが……って、お話中だった?」
「いえ、大丈夫です。隼人さま、奥方様がお呼びですよ」
 襖を開けてひょい、と顔を出した銀髪の女性に笑顔を返す昭吉。
 当主夫妻は結婚して9年経つが、変わらず仲睦まじい。
 それが少し羨ましく感じる時もあるが――自分は、贖罪に生涯を捧げると決めているから……。
 この10年で去った人。そして新たにやってきた縁。
 変わるもの、変わらぬもの……その中で、人は何を見つけるのだろう。


●変わっていく明日
「あー。今日もいい天気だな」
「そういえば、石鏡の香香背王が退位されるって話聞いてるか?」
「えっ? 王様辞めちゃうの?」
「ああ、間違いないってさ。最近あまり表に出て来なかったのは、そういうことだったらしいなー」
「布刀玉様の正室様とも仲良しで、3人で色々やってるって聞いてたのにね。何かあったのかしらね」
「まあ、香香背様も妙齢の女性だし……ね?」
 あー……と頷きあう開拓者達。
 いつもと変わらぬ開拓者ギルド。ギルド職員、紗代はその一角で噂話で盛り上がる一団に声をかける。
「皆さん、こんにちは……って、あら。香香背様の話ですか? 皆さん耳が早いですね」
「そりゃあ、情報通でないとやってられないからな」
「じゃあ、もうすぐ銀泉の菊花祭が開催されるのもご存知ですよね。招待状が来ていますよ」
「ああ、もうそんな季節か」
 そう言いながら菊花祭の参加要綱を壁に張る紗代。それを開拓者達が覗き込む。
「へー。菊人形に大輪の菊……出店もあるんだったよな」
「はい。今年の菊もいい出来だって聞いてますよ」
「折角だからお休みにして、行っていらしたらどうですか?」
 そこにひょっこり顔を出す先輩……と言うか既にお局様の域に達しそうなギルド職員、杏子。
 開拓者がふむ、と首を傾げる。
「休み。休みかぁ……確かに最近確かに休んでなかったしなぁ。紗代ちゃんはこれからどこかに行くのか?」
「えっ? ええと私は、ちょっと里帰りしようかなと……。会いたい子達がいるので」
「私はこれから部屋を片付けた後に、菊花祭に行ってみようかなと思ってるんです」
「部屋の片付けって……杏子?」
「だ、だってええ! 最近忙しかったんですよおおお! 皆さんだってそうでしょう?!」
「まあねえ……」
「だから皆さんもお休みにしましょう! はい、決定!」
 杏子に押し切られて苦笑しつつ頷く開拓者達。
 善は急げと、揃って出口に向かう。


 外は晴れ。咲き乱れる菊の花。
 久しぶりの休みだ。何をしようか。
 酒を飲みながらダラダラするのもいい。
 思い切って部屋を片付けるのもいいかもしれない。
 それとも、久しぶりにあの人に会いに行こうか――。

 秋の季節の、開拓者達の1日が始まる。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 雪ノ下 真沙羅(ia0224) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 奈々月琉央(ia1012) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 叢雲・なりな(ia7729) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ネオン・L・メサイア(ia8051) / 白漣(ia8295) / 紺屋雪花(ia9930) / ユリア・ソル(ia9996) / ルーンワース(ib0092) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 明王院 未楡(ib0349) / 明王院 千覚(ib0351) / ニクス・ソル(ib0444) / 真名(ib1222) / 御鏡 雫(ib3793) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 叢雲 怜(ib5488) / 緋那岐(ib5664) / リリアーナ・ピサレット(ib5752) / 愛原 命(ib6538) / スレダ(ib6629) / 神座早紀(ib6735) / ラビ(ib9134) / 暁火鳥(ib9338) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 戸隠 菫(ib9794) / イライザ・ウルフスタン(ic0025) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

「はいはい白ちゃん、起きてくださーい」
「んー」
「今日は大事な日ですから、早く起きるのっ」
 愛しい人の声で、浮上する白漣(ia8295)の意識。漂ってくるいい香り。瞼を開けると、愛原 命(ib6538)の顔があって……。
「命、おはよう」
「おはよーです。ほら、ご飯冷めちゃいますよ」
 はいはい、と妻に背を押される白漣。
 促されて席に座ると、卵焼きに鶏肉と筍の煮物、味噌汁がずらりと並んでいて……彼の顔が緩む。
 ――彼女と出会ってから10年が経つ。
 出会ったばかりの頃には幼さが残っていた彼女も、今では背がすっかり伸びて、女性らしい体つきになった。
 今までの時間は、本当にあっという間で……妻といると毎日が風のように過ぎて行く。
「今日のご飯も美味しいね」
「そう? 良かったです」
「ところで命、今日は何か予定ある?」
「いえ、特にはないですよ」
「そうか。今日は、銀泉で菊花祭があるみたいだよ。一緒に行こうか」
「……急にどうしたです?
 夫の急な申し出に、キョトンとする命。白漣は普段、自分から誘う方ではないので驚いたらしい。
 勿論、当の本人も気恥ずかしい思いをしていた訳だが。
 彼は微かに染まった頬を誤魔化すように、こほん、と咳払いする。
「いや、今日結婚記念日だろ? だから、ここのところずっと考えていてね」
「……あは。覚えててくれたですね。嬉しいですよ。うん、一緒に行きましょうか!」
「そう? 良かった。もうご飯食べ終わるから、そうしたら早速……」
「あのね。私からも白ちゃんに報告することがあるんです」
「どうかしたの?」
「あの……えと。お腹に赤ちゃんがいるんです」
「……え? ええええ?! 本当に!?」
「本当ですよ。生まれて来るのはまだ先ですけど……」
 次の瞬間、夫に抱きすくめられた命。白漣が微かに震えているような気がして、彼女はそっと夫の顔を覗き込む。
「……白ちゃん?」
「ありがとう……」
 僕と出会ってくれて。僕と一緒にいてくれて――。
 とても言葉では言い表せない、何とも言えない幸福感に包まれて……命もそっと、白漣の背に腕を回す。
「こちらこそありがとうですよ」
「……ごめん。何か恥ずかしいね」
「たまにはいいじゃないですか。こういうのも」
 くすくすと笑う2人。名残惜しそうに身を離して、お互いを見る。
「さて、そろそろ行こうか?」
「そうですね」
「あ、こまめに休憩しようね。お腹の子に障ると困るから」
「はーい」
 手を取り合って出かける準備を始める夫婦。
 その手に輝く結婚指輪。
 あの日の誓いはそのままに。この先も、家族が増えても、ずっと一緒に歩いて行こう――。


 庭の桜の樹を照らす月。遠くの空を覆う紅葉の赤。
 紅葉を見ながら、こうして酒を酌み交わすのは、これで何度目だろうか。
「この間の依頼、まさか俺の迷子力が発見の決め手になるとはなー」
「ははは。上手く行ってよかったじゃねえか。ほれ、火鳥。松茸焼けたぜ」
「うおー! 美味そう!」
 自宅の庭先で、秋の味覚に舌鼓を打つ紺屋雪花(ia9930)と暁火鳥(ib9338)。
 2人は10年前から、この小さな屋敷で暮らしている。
 火鳥の記憶は完全に戻ったものの、無断で失踪した扱いになり、結局里に戻ることが出来なかった。
 それゆえ、雪花と彼の相棒カトリと、なんでも屋家業を営んで生計を立てていた。
 ――俺のせいで、雪花まで無断失踪扱いなんだよなぁ。
 そんな事を考えていた火鳥。気付けば、目の前の雪花の目が据わっていて……相当、酔っていることに気付く。
「それにしてもさぁ、10年前のあれはいつ思い返しても傑作だぜ」
「雪花……。酔うとその話始める癖そろそろ治らないのか?」
「本当の事だからいいじゃねえか。お前、俺の事女だと勘違いしてさ……」
「お前が紛らわしい変装してたせいだろ?! 返して!? 俺の純情返して!?」
 ケタケタと笑う雪花に、キイイイ! と叫ぶ火鳥。
 10年前。雪花が、火鳥を見つけたあの日。
 雪花が花嫁衣裳を着ていたことと、記憶の混乱もあり、火鳥は幼馴染を完全に女性だと認識した。
 ……まあ、雪花の女装は精霊の目すら誤魔化せそうなくらい完璧であったのだが。
「思い出すまで夫婦ごっこ……なかなか悪くなかった。面白かったぜ」
「夫婦ごっこならまだ続けてるじゃないか」
 肩を竦める火鳥。
 そう。雪花は、あの日からずっと、外では妻の仮面を被り続けている。
 家では男に戻るが、家業の客は、この2人を夫婦と信じていることだろう。
「お前、いつまで嫁のフリし続ける気なんだよ……」
「そりゃあ、俺が飽きるまでさ。お前の為に何年捧げたと思ってんだよ。もうちょっと付き合えよ」
 肩を小突いてくる雪花に、ウヘェ……と言う顔をする火鳥。
 からくりのカトリが深々とため息をついて、2人の杯を取り上げる。
「雪花も火鳥も飲みすぎだぞ。そろそろ止めとけ」
「そうそう。お前もさー。家出したよな、あの後」
「そりゃ……本物が帰って来たんだ。俺は不要だと思ってさ……」
 剣呑な目でじろりと相棒を見つめる雪花。カトリは、ふう……とため息をつく。
 自分は、見つからない火鳥に代わりなのだと思っていた。
 だから、あの時……自分の役目は終わったと思ったから、そっと主の元を離れた。
 自分のことは綺麗さっぱり忘れて幸せになってくれる。そう思っていたのに。どうやらそれは思い違いだったようで……。
「……ったく。火鳥を見つけたと思ったら、今度はカトリを探す羽目になるとはよー。……もう二度といなくなるんじゃねぇぞ。お前の代わりはいないんだからな!」
「だからそれは悪かったって」
「そもそもな、俺はお前を火鳥の代わりと思ったことなんて一度もねーのによ」
「雪花、酔ってるだろお前! 絡むな!」
「あはははは。大変だねー、カトリ」
「火鳥も笑ってるんじゃない! 水飲め、水!!」
 酔っ払い達をガミガミと叱るカトリ。
 ――俺がいないと、2人共酒癖悪くてこの後大変だからな……。
 三人のデコボコだけれど、賑やかな生活。里からの処分が解ける日。それがいつかは分からないけれど。
 こんな毎日も、悪くはないと思う。


「父さん、ちょっと庭で遊んでくるね」
「あっ。お兄ちゃんずるい! 咲姫も行く!」
「えー……お前も来るのか? 木登りするんだぞ?」
「大丈夫だもん! 咲姫、木登りできるもん!」
 兄である涼に猛然と食ってかかる妹の咲姫。
 元気の良い2人の頭を、叢雲 怜(ib5488)は順番に撫でる。
「ん、分かった。行っておいで。あんまり危ないことするんじゃないよ」
「「はーい!」」
 いい返事をする兄妹を、笑顔で見送る零。
 子供達の背が見えなくなると、くるりと踵を返して奥の間に突撃する。
「なりな! 子供達出かけたよっ! いちゃいちゃしよー!!」
「ちょっと! 下の子達がいるでしょ!」
「でもぐっすりお昼寝中だよ? ちょっと縁側でのんびりしようよー。ねえねえ」
 ソワソワとしている怜にため息を返す叢雲・なりな(ia7729)。
 確かに下の子達は暫く起きそうにないし、少しだけならいいかな……。
 縁側に移動したなりな。零は彼女の膝に、わーい! と言う掛け声と共に飛び込む。
「いい天気ねえ」
「そうだね。……なりな、髪の毛伸びたね」
「そりゃね、ずっと伸ばしてるし」
 なりなの膝を枕にしながら、彼女の髪を弄ぶ怜。
 妻の髪は、この数年ですっかり伸びて、ほっそりしていた身体も成熟して、すっかり落ち着いた雰囲気になった。
 現在は、開拓者を半ば引退し、怜の開拓者家業支援と、5人の子育てに専念している。
 怜と言えば、相変わらずとても20歳とは思えぬ愛らしさで、実子達と兄弟に間違われることすらあった。
 ――あ。ちょうちょ飛んでる。春だなぁ……。花も綺麗だ。
 ぼんやりと外を見ていた彼。ふっと日が翳ったと思ったら、目の前になりなの顔があって……ちゅっと言う音と共に唇が触れる。
「ちょっ! な、何!? 急に」
「ふふふ。ぼんやりしてたから、ちょっとね。そんなに驚くことないじゃない」
「ビックリするよ!」
 真っ赤になりながら慌てる怜。夫の様子に、なりなはくすくす笑いながら小首を傾げる。
「それにしても……怜ったら子供みたい。もう少しお父さんらしくしてよね」
「え。だって、子供好きだもん」
「あら、私だって子供は好きよ。怜も大きな子供みたいなものだしね」
「奇遇だねえ。それじゃ、もっと俺達の子……見てみたくない?」
「……もう! またそんな事ばっかり言って!」
「だって父親らしくって言ったじゃない。これは父親にしかできないよ?」
「そういう意味で言ったんじゃないけど……いいよ」
 頬を染めて、はにかみながら旦那様に従うわ……と続けたなりな。
 怜は飛び起きると、妻の背にそっと腕を回し――。
「お兄ちゃん。お父さんとお母さん、また仲良くしてるよ」
「……一度2人の世界に入っちまうと長いからなぁ。そっとしとこうぜ」
「うん。木登りもう1回する?」
「そうだな。咲姫、手伝ってやろうか」
「ひとりで登れるもん!!」
 庭先で、そんなやり取りをする涼と咲姫。
 この兄妹は、両親が思うよりしっかりしているのかもしれない。


「ふう、和泉の復興は順調だそうだ。足りない物資があるそうだから、届けに行かないとな」
「そう、良かった。じゃあ、それは後にしましょ。奥さん達が待ってるわよ」
 青い髪の人妖に促されて歩き出したリューリャ・ドラッケン(ia8037)。
 そこには、重そうなお腹を抱えてのんびり菊を眺める北條 黯羽(ia0072)の姿があった。
「黯羽。大丈夫か。身体は辛くないか?」
「ああ、お陰様でね。折角の菊花祭だし。酒、と言いたいトコなンだが……この腹じゃ無理だねェ」
「……何か、お腹が大きくなるスピードが速くないか?」
「医者の見立てだと三つ子らしいンだけどさ……どーすんだよ。そのうち子供二桁行っちまうぞ」
「愛の結晶は多い方がいいだろう?」
 お腹をさすりながら言う黯羽に、しれっと答えるリューリャ。
 ――この男には愚問だったかもしれない。
「ねえ。黯羽母さん」
「ん? どうした? アティ」
「黯羽母さんもヘス母さんも、どうしてそんなにスタイルいいの? 私まだぺったんこで……」
 真剣な顔をして問いかけて来る黒髪の少女。
 リューリャとヘスティア・V・D(ib0161)の次女に当たるアテュニスは、どうやら最近、己の体型について悩んでいるようで……。
 黯羽は優しく微笑むと、ぽんぽん、と彼女の頭を撫でる。
「アティはまだ8歳だろ? 今からそんな事気にしなくていいンだよ。しっかり食べるモノ食べて、大きくなンな。そのウチ、ビックリするくらいのイイ女になるさね」
「本当?」
「あぁ、本当さ。ヘスもお前の年の頃はそんなものだったよ」
 頷くリューリャ。
 ふと、その噂の奥方はどうしたかと目で追うと、黒髪で赤い目の3歳くらいの小さな男の子を追いかけている最中だった。
「こらっ! ディ! 一人で走って行くなって何度も言ってるだろ!」
「だって、あのおにくおいしそう」
「分かったよ。後で買ってやるからさ……」
 ようやく息子を捕獲したヘスティア。
 この小さい悪魔は、第四子に当たるグラディートだ。
 これ以上こいつを野放しにしておいたら何を仕出かすか分からない。
 諦めたようにため息をついて、息子を抱き上げるヘスティア。
 その様子に、ふうがくすくすと笑う。
「ディは花より団子だもんね」
「ふう、笑ってないで助けろよ!」
「ふう! だいすき! ぼくのおよめさんー!」
「あら、ありがと。でもごめんねえ。わたし、貴方のパパのお嫁さんなのよ」
「鶴祇もぼくのー!」
「……この、隙あらば女性に声をかける軟派な性格はどちら譲りだ?」
「俺に聞くなよ……」
「いや、そういう教えとかはしてないぞ?」
 リューリャの天妖、鶴祇のツッコミにがっくりと項垂れるヘスティアに淡々と答えるリューリャ。
 息子を肩車しようとした母の腕から器用に抜け出して、グラディートが再び走り出す。
「あっ。コラ!」
「……ディ。一人で行くなって言われてるだろうが」
 慌てるヘスティア。グラディートの首根っこをむんずと捕まえたのは、黒髪に赤い目を持つ、褐色肌のキリッとした美少年……8歳になる黯羽とリューリャの長男、暁だった。
「ああ。暁、助かったよ」
「いや。礼には及ばない」
 ヘスティアに爽やかな笑みを返す少年。暁は見た目も男前だが、中身も男前だ。
 もう少し成長したら、女性達を騒がせる存在になるのだろう。
「きょう、はなせよー」
「離したらまたどっかに行くだろ。ダメだ」
「ぼく、じゆうにいきたいんだもん」
「自分で自分の面倒も見られないちびっ子が何言ってるんだよ」
「ぼく、ひとりでできるもん!」
「ふーん。だったら、夜トイレについて来かなくていいんだな?」
「うー! きょうのばか!」
「馬鹿とは何だ! 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだぞ!」
「うるさーい!!」
 言い合いをするグラディートと暁に鉄拳を食らわせるアテュニス。
 頭を抱えてうずくまる兄と弟に、彼女は薄い胸を張って叱り飛ばす。
「暁は弟相手にムキにならない! ディは生意気言わないの!」
「ほらほら。喧嘩しないの。屋台でおやつ買ってあげるから仲直りね。リューリャ、いいでしょ?」
「ああ、構わないよ」
 小首を傾げるふうに頷き返すリューリャ。人妖に促されて屋台に向かう子供達を見て、黯羽とヘスティアが顔を見合わせて苦笑する。
「あいつらには困ったモンだね」
「ああ、本当に。……でもさ、こういうのって、良いよな」
「……ああ。そうさね」
 頷く黯羽。こうして家族と過ごす時間。こういうのを『幸せ』と言うのだろう……。
「さて、子供達はふう達が見ていてくれるようだし。俺達ものんびりさせて貰おうか」
「おうよ! りゅーにぃ酒くれ! ……って、黯羽は飲めないのに悪ィな」
「いや、気にしなさンな。でも、ヘスは酒飲んで大丈夫なのかい?」
「うん。……って言うか俺もう4人産んだからね!? これ以上は勘弁だからね!?」
「何だ。残念」
 美しい菊に盛り上がる夫婦の会話。
 家族の時間は、賑やかに楽しく過ぎて行く。


「お兄様! 抱っこして!」
「どうしたの? エステルはもうお姉さんだから一人で歩けるだろ?」
「だって虫がいたの! 怖いわ!」
「虫は噛んだりしないよ」
 一面の白い花の中で、少年にすがりつく少女。
 ふわふわな青い髪に鮮やかな橙の瞳が、将来の有望さを感じさせる。
 すがりつかれた少年もまた、黒髪に澄んだ空のような蒼い瞳が優美さを醸し出していた。
 そして、白花を器用に編んで輪を作っていた金髪の人妖が、泣きじゃくる少女にそっと差し出す。
「エステル。ほら、花冠ですわよ」
「わあ……! 綺麗」
「お花も虫も可愛いエステルのことが好きですわよ。大丈夫、怖くありませんわ」
「……本当? ねえ、ひい。これどうやって作ったの? エステルとお兄様にも作れる?」
「勿論ですわ。ねえ、アルバ?」
「うん。俺も作り方知ってるよ。一緒にやってみようか」
 ひいとアルバに宥められて笑顔になるエステル。
 その様子を見て、ユリア・ソル(ia9996)も顔を綻ばせる。
「ひいはすっかり子守が上手になったわね」
「そうだな。おっかなびっくりだった最初とは偉い違いだ」
 頷くニクス・ソル(ib0444)。
 長男のアルバが生まれた時、ひいは大量の育児書に埋もれんばかりに勉強していたものの、いざ赤子を前にすると混乱したらしく右往左往していた。
 まあ、父親である自分も似たようなものではあったけれど……。
「ねえ。ニクス、覚えている? ここでプロポーズしたのよね、私から」
「ああ、勿論覚えているさ」
 ずっと前に、ここで……こうやって白い花が一面に咲き乱れている季節に、彼女からプロポーズを受けた。
 妻とは幼馴染で、何度となく剣を交えてきた仲で――あの時も、結局真剣勝負になったんだっけ……。
「うん。懐かしいなぁ」
「そうね。別れるつもりだったのに、ニクスったら諦めが悪くて……」
「そうだね。あの時は……って、えええ!?」
「冗談よ」
 妻の爆弾発言で我に返り、衝撃を受けるニクス。そんな夫にユリアはころころと鈴を転がすように笑って、そのまま彼の手を取る。
「……ニクス、私を助けてくれたでしょう? ありがとう、止めてくれて」
「んー? 何のことかな」
「もう。分かってるくせに」
 ニクスの頬をつんつん、と突くユリア。
 ――以前、彼女は黒い大アヤカシの呪縛を受けた。
 身体にどんな影響が残るか分からなかったし……こんな風に子供達と遊ぶ日が来るなんて思いもしなかった。
「俺は愛しい奥さんの望むようにしたいだけだよ、ユリア」
「あら。カッコいいこと言っちゃって。じゃあ私の望みを言うわ。……10年後もまたここに来ましょう、一緒にね」
「……10年後か。そう簡単に死ねないなぁ」
 頭をぽりぽりと掻くニクスの頬に、そっと唇を寄せるユリア。
 そこにひいがやってきて深々と頭を下げる。
「失礼します。エステルが転んだので、傷の手当をしておきました。恐らく痕には残らないと思うのですが、念の為……」
「ありがとう、ひい。丁度貴女を呼ぼうと思ってたのよ」
「何か御用でしたか?」
「ええ。そろそろ貴女の独り立ちを考えようかと思ってね」
「……独り立ち?」
「そう。自分の生き方を、自分で見つけて欲しいの。ねえ、貴女は何になりたいの?」
 突然話を振られて、目を瞬かせるひい。暫く考えた後、真っ直ぐユリアを見つめて続ける。
「贖罪はこれからもあらゆる形で続けて行きますが……。わたくしは、ユリアの役に立つ存在でありたいですわ」
「あら。それじゃ今までと変わらないじゃない。『相棒』としてならお断りよ? 私の可愛い小さな妹さん?」
「『主』としてではなく、姉である『ユリア』、貴女の助けになり続ける……それがわたくしの希望ですわ」
「本当に私の言っている意味を理解してる?」
「勿論ですわ。戴いた恩をお返ししたいのです。……使用人の任を解かれるのであれば、別な手段を探すのみです。如何しますか?」
「ユリア、ひいは君に似て相当頑固なようだ」
 笑いを堪えるニクスに、深々とため息をつくユリア。
 確かにそれは彼女の望みかもしれないが――。
 からくりの使用人同様、まだまだ話し合いが必要なのかもしれない。
 まあ、人生は長い。時間をかけてゆっくりと、子供達や、小さな妹の道を探して行けばいい。
「絶対私以外の道を見つけさせてやるから覚えてなさいよ」
 ぼそりと呟くユリア。彼女もまた、相当な頑固者であった。


「ほわぁ……。めっちゃ綺麗な菊やね。ええわぁ〜♪」
「纏。慌てると転ぶぞ」
 小菊に大菊、丸くてふっくらしているものや花火のような菊……色々な形の菊に目を輝かせる奈々月纏(ia0456)。
 気持ちが抑えられないのか小走りで進もうとしたが、奈々月琉央(ia1012)の声で我に返り、くるりと踵を返して戻って来る。
「堪忍なー。久しぶりのことやから、一人で進んでもーた」
「いや、構わない。それだけ楽しみだったってことだろ?」
「そーそー。そーなんよ! 菊の花がこんなに沢山種類あるやなんて知らへんかった」
 にぱっと明るく笑う纏。離れないようにとしっかり手を繋いで来る彼女の手を握り返して、琉央も笑う。
 結婚して10年以上経つが、子供が生まれても妻はあまり変わらず、今でも若々しい。
 元服してすぐの結婚で、お互いまだ三十に届いていないから、というのもあるかもしれないが……。
 きっと、彼女の持ち前の明るさもあってのことだと思う。
「この菊の色、綺麗やなぁ」
「そうだね」
「ここにある菊って全部食べられるんやろか」
「観賞用の菊は食べられない訳じゃないみたいだけど、苦味が強いって聞いたことあるね」
「へえ〜! ちびっと食べてみたい気もするわ」
 菊花祭が開催されると聞いて、夫を誘ってみたけれど。天気はいいし、菊は綺麗だし、琉央は今日もカッコいいし頭も良いし、本当に来て良かった。
 護大と和平を結んで10年。アヤカシの出現なども減り、大分落ち着いて来てはいるが……開拓者としての仕事が全く無くなった訳ではない。
 だからこそ、こうして夫婦二人の時間を大事にしたいと思う。
 寄添って歩く纏と琉央。その前を、菊を手にした子供達が元気に走り抜けて行く。
 その様子を、纏が目で追って……。
「……オウガ、今頃何しよるやろか」
「元気なあいつのことだ、がっつり食って、走り回って今頃昼寝してるんじゃないか?」
「あはは。あの子よう食べるもんね」
「ああ。俺達の子だ。乳母さんと仲良くやってるさ」
「うん。そやね。……来年はあの子とも、一緒に来たいな♪」
「……そうだな。それもいいが……今度は、オウガの弟か妹も一緒に連れて来るって言うのはどうだ?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて、妻の顔を覗き込む琉央。
 顎をつつつ……と撫でられた上に、意味を察した纏はアワアワと慌てる。
「あ、あああああ、あのその、う、うち、き、菊御膳食べてみたいねん」
「おう、じゃあ食べに行くか」
「か、観賞用の菊、食べさせてくれるお店あるやろか」
「頼んでみたらどうだ?」
「……なあ、琉央」
「ん?」
 さっきの話、考えてもええで……と。顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になりつつ呟く彼女。
 母親になっても初々しい反応を見せる纏が愛らしくて、琉央は満足気に微笑んだ。


「彰乃ちゃん、お久しぶりですー!」
「柚乃さま、お元気そうで何よりですわ」
 久しぶりの再会に手を取り合って喜ぶ柚乃(ia0638)と山路 彰乃(iz0305)。
 菊花祭に行くので会いませんか……と彰乃に手紙を出したところ、祭に合わせて里帰りをします、と言う返事が来た。
 数年前にも一度会ったが、今回違うのは、お互い子供を連れているところだろうか。
「娘の心桜ですよ。ほら、ご挨拶は?」
「こんにちは。はじめましてなの」
 母に促されて、ぺこりと頭を下げる少女。6歳になる心桜は髪も瞳の色も母親譲りで、柚乃を小さくしたような愛らしい印象だった。
「柚乃さまにそっくりですわね。この子は息子の正嗣ですわ」
「よろしくね」
 彰乃の隣でにぱっと人懐こい笑顔を向けてくる少年。優しそうな男の子に、心桜もにこっと笑みを返す。
「正嗣くんは何歳?」
「5歳だよ」
「あ、じゃあ心桜の方がお姉ちゃんだ!」
「あたしね、4歳」
 突然後ろから聞こえた声に振り返る心桜と正嗣。そこにはちんまりと、金色の髪をした女の子が立っていて……。
「あなただあれ?」
「あたし、槇。お姉ちゃんたち、一緒にあそぼ?」
「うん。いいよ!」
「何して遊ぶ?」
「槇ったら! 勝手に走って行っちゃダメでしょー!」
 そこに慌てて走ってきたのは戸隠 菫(ib9794)。
 その姿をじっと見て、柚乃があっ! と小さく叫ぶ。
「菫さんじゃないですか! お久しぶりです」
「あれ。もしかして柚乃ちゃん? 彰乃ちゃんも来てたんだー! じゃ、あの子達ってもしかして……」
「はい。柚乃と彰乃ちゃんの子供ですよ」
「そうだったんだー! 何か嬉しい偶然だねえ」
「折角ですし、菫さまもご一緒しませんこと? 子供達はもうすっかり仲良しなようですし」
 柚乃の言葉に小躍りする菫。彰乃に言われて振り返ると……子供達はもう打ち解けたようで、柚乃の相棒のもふらさまも交えて一緒に遊び始めていた。
「お誘いありがと。何か、急に乱入しちゃってごめんね。槇、人見知りの時期過ぎたら誰彼構わず声かけるようになっちゃって……」
「あー。分かります分かります。うちの心桜もそうですよ。女の子なのに探索大好きで物怖じしないから、すぐ迷子になっちゃうんです」
「あら……。菫さまも柚乃さまも、同じような感じなんですのね」
「……と言うことは、正嗣くんも……?」
 こくりと頷く彰乃に、ああああ……と頭を抱える菫と柚乃。
 母親と言うのは、万国共通の悩みを抱えるものなのだろうか。
「……よし。これはいい機会です。第1回、お母さん会を開催しましょう! ここぞとばかりに日頃の悩みや子育ての楽しさを語り尽くすんです!」
「おお! 賛成ー!」
「では、ゆっくりお話できる場所に参りましょうか」
 ぐっと握りこぶしを作って立ち上がった柚乃に、ぱちぱちぱちと拍手する菫と彰乃。
 では早速子供達を連れて移動……と思ったら、肝心の子供達は少し離れたりんご飴の屋台に釘付けになっていた。
「ねえねえ、お兄ちゃん。あたし、りんご飴食べたい」
「僕も食べたーい」
「心桜もー。ねえ、八曜丸。あれ買って?」
「お金持ってないもふよ?」
「わあああ! 槇! ちょーだいしちゃダメだよっ?!」
「ええと、お金用意しとかないとですよね、あれ……」
「急ぎましょう」
 わたわたと子供達を追いかける菫と柚乃、彰乃。
 第1回お母さん会は、波乱の幕開けとなりそうだった。


「すごい! 菊がいっぱい……!」
「ねえ、ちちうえ、ははうえ。あの菊きれい。つんでもいいの?」
「いいかい、2人共。あの菊はね、この祭の為に職人さんが一生懸命育てたものなんだよ。もし摘んでしまったら、お祭に来る人や、職人さんはどう思うかな」
「困ると思うわ」
「かなしくなるとおもう」
「そうね。その通りだと思うわ。お花は見て、香りを楽しむだけにしましょうね」
 両親の言葉に、素直に頷く子供達。
 その様子に、玖堂 羽郁(ia0862)と玖堂 柚李葉(ia0859)はホッとして顔を見合わせる。
 ――羽郁と柚李葉夫妻は、祝言を挙げて大分経つが、仲睦まじいのは変わりなく。そのお陰か4人の子宝を授かった。
 長女の柚羽は6歳で、黒髪に金色の目が賢そうな印象を与える少女だ。
 長男の郁葉丸は長女の1年後に生まれ、蒼髪に翠の瞳の……顔立ちは父親そっくりで、里の者達に『将来が楽しみ』と言われている。
 そして今年になって、柚李葉は元気な双子の兄妹を出産し――。
 そんなこんなで、賑やかになった玖堂家。
 羽郁は故郷の句倶理の里の次期当主、後見人として、柚李葉は生まれたばかりの下の子2人の世話に追われる多忙な日々を送っており、今日は久しぶりに息抜きをしようと菊花祭にやってきた。
 何より、上の子達は双子が生まれてからと言うもの、今までのように甘える訳にはいかず、我慢をすることが多くなっている。
 聞き分けが良く、あまり我侭は言わない子達だが、甘えたい盛りであることには変わりない。
 だからこそこうして、4人で手を繋いで歩く時間は貴重で……今日くらいは、思い切り甘えて欲しい。
「母さま、私べっこう飴が食べたい」
「ええ。いいわよ。郁葉丸は?」
「いるー! ねえ、ちちうえ! かたぐるまして!」
「ああ。いいぞ」
「あっ! 郁葉丸ずるい! 父さま、私もー!」
「ボクが先だもん!」
「こらこら、喧嘩するな。順番な」
「柚羽。順番が来るまで抱っこしてあげましょうか?」
「え? いいの?」
「ええ。いつも頑張ってくれてるからご褒美よ」
 父に肩車、母に抱っこしてもらいにこにこの子供達。
 べっこう飴と軽食を買い、菊が良く見える高台まで足を伸ばす。
「あねうえ! すごいよ! あっちもこっちも菊だらけだよ!」
「本当すごい! ねえ、父さま、母さま。ちょっと行って見て来てもいい?」
「ああ。あまり遠くに行くなよ」
「はーい!」
「郁葉丸、いこ!」
 手を繋いで走り出す姉弟。その楽しそうな笑顔に、柚李葉の心がじーんと熱くなって、隣に座る夫の腕に己の手を絡める。
「どうした? 寒くなったか?」
「ううん。……ねえ。羽郁」
「ん?」
「あのね。開拓者になった頃は、こんな幸せが訪れるとは思わなかった。これも羽郁のお陰ね。ありがとう、本当に感謝してるわ」
「それはこっちの台詞だ。柚李葉……俺にこんな、身に余る程の幸せを与えてくれて有難う。これからもずっと……永遠に愛してる」
「うん。私も……」
 はにかんだ笑みを浮かべて、寄添う2人。そこに、2人の宝物が戻って来る。
「あのね、べっこう飴食べるの忘れてたの」
「べっこうあめたべるー!」
「あらあら。そういえばそうだったわね。……ねえ、柚羽。食べ終わったら、笛を吹いてみない? 沢山練習していたでしょう。お父様に聞いてもらいましょう」
「うん。やる!」
「お、いいね。じゃあ郁葉丸と父さんは、それに合わせて神楽舞をやってみるか」
「いいよー。ボクもれんしゅうがんばってるもん」
 やる気を見せる子供達に、微笑む羽郁と柚李葉。
 親子の休日は、楽しく、賑やかに過ぎて行く。


「あの時と変わらず、ここは賑やかで綺麗ね」
「そうだね」
 銀色の泉と美しい菊の花に顔を綻ばせるスレダ(ib6629)。
 口調も変わり、穏やかで落ち着いた雰囲気になった彼女が綺麗で……ラビ(ib9134)はその姿をじっと見つめる。
 銀泉は、護大との決戦を前に二人で訪れた思い出の地は、あの時と変わらぬ美しさのまま。
 変わった事と言えば……彼女も自分も大人になった事だろうか。
 それでもこの思いは変わらない。
 ――彼女が好きだ。
 10年前の約束を経て、3年前に迎えに行けた愛しい人。
 約束を果たして、ようやく夫婦になれた。
 あの頃は、傍にいられるだけで幸せだったけれど、今はもっと幸せで……。
 もっと早く迎えに行きたかったのに、結局7年も待たせてしまった。
 会えない間に胸に積もり続けた想い。それを、今――。
「レダちゃん」
「なぁに?」
「ラヴィアン=ロゼはずっと、君を想ってる。だから僕とずっと、一緒に居てほしい」
 そう。あの時――スレダはこれと同じ台詞を聞いた。
 その後、ジルベリアに移り住んだんだっけ。
 夢を叶えて、本に囲まれる生活だった。楽しいはずだったのに。
 彼が迎えに来る日が待ち遠しくて、会えない日々に、想いが募るばかりで――。
 ラビが頑張っているのだから、自分が弱音を吐く訳にはいかないと、出来ることを精一杯続けていたけれど。
 それでも、彼がいる場所へと続いている空を、毎日眺めていたように思う。
 その分、一緒にいられる今が夢のようで……膝をついて、彼女の手にキスを落とすラビと、10年前の彼の真剣な面持ちが重なって、スレダからくすりと笑いが漏れる。
「……レダちゃん?」
「はぁ。すーっかり気障になっちまって。あの頃の初心だったラビはどこいっちまったんですかねー」
「う。僕なりに、君に相応しい男になれるよう頑張ったんだけどな……」
「そうね。ビックリするくらい、とってもカッコ良くなったわ。本当に私でいいのかなって思うくらい」
「僕が一緒にいたいのは、レダちゃん。君だけだよ」
「……私もラビとずっと一緒に居たい。だから離さないでね。この手を」
 ラビの手に指を絡めて、そのまま彼の胸に飛び込むスレダ。
 お互いの瞳に、相手の姿を映す。
 ――愛してるよ、スレダ。
 ――愛してるわ、ラヴィアン。
 自然と口に出た想い。それは全く同じもの。
 この先もずっと、あなたと共に――。
 重なる唇に、想いをこめて……。薔薇と水曜の誓いは、菊の花だけが知っている。


 秋晴れの空に映える色鮮やかな菊。
 日差しは暖かいが、風は冷たい。
「雪彼、大丈夫かい? 寒いんじゃないの?」
「あ、ありがとう。直羽さん」
 水鏡 雪彼(ia1207)の肩に、そっとショールをかける弖志峰 直羽(ia1884)。
 彼女のお腹は、大分大きくなっていて……夫の優しい気遣いが嬉しくて、ふわりと笑う。
 あちこちの儀を巡り、医師と看護婦としての修行を積んだ2人。
 10年と言う歳月は、まだ幼さが残っていた雪彼を円熟した女性に変え、そして直羽には、願掛けの為に長く伸ばしていた髪を切る機会と、年相応の貫禄を与えた。
 そして、雪彼の妊娠を機に神楽の都に拠点を移し、診療所を開業した。
 近所に住む人達は勿論、修行中に診療をした人々がわざわざ『先生に診て貰いたい』と訪れることもあり、診療所の経営はまずまず順調、と言ったところで……。
 ここの所、夫婦揃って診療所で働きづめだったので、今日は久しぶりに休みを取って菊花祭に遊びに来た。
 街中に並べられた菊は本当にどれも綺麗で、よちよち歩く娘が、花を見る度歓声を上げる。
「……とーたま。だっこ」
「んー? 歩き疲れちゃったかな?」
 立ち止まり、手を伸ばしてくる六花を、ひょいと抱き上げる直羽。
 豊かな金色の髪は母譲り、穏やかな目元は父譲りで……とても可愛らしい。
「六花は可愛いねぇ。お母さんに似てるから、大きくなったらきっと美人になるよー」
「えへへ。とーたま、だいしゅき!」
「父さんも大好きだよー!」
 腕の中でにこにこと笑う娘に、にへら、と笑い返す直羽。
 デレデレに溶けている夫が微笑ましくて、雪彼はくすくすと笑い……ふと、お腹を押さえて立ち止まる。
「雪彼、どうしたの? 具合悪い?」
「ううん。お腹の子がぽかん、って蹴って来たのよ。六花と直羽さんのやり取りが聞こえたのかしら」
 腰を伸ばしてふう、とため息をつく雪彼。
 すっかり重くなったお腹。この子は冬の終わり頃に生まれてくるのだろうか。
「……元気に生まれてね」
 雪彼がそう囁きながらお腹を撫でると、それに応えるようにぼこん! と蹴り上げて来る。
「今、また蹴った?」
「ええ。この子、本当に蹴る力が強いのよ。男の子かしら。……ねえ。次の子が男の子なら直羽さんの字を貰って『羽暁』という名前はどう?」
「羽暁か……。うん、いい名前だ。流石雪彼だな」
「うきょー?」
「うん。……六花。君はね、もうすぐお姉ちゃんになるんだよ」
「ねーたん?」
「そうよ。赤ちゃんが生まれて来るの」
「あかちゃんとあそぶ?」
「そうだね。次は桜を見に来ようか。今度は4人で」
「あら、それは素敵ね! ……そういえば六花、そろそろお腹が空いたんじゃない?」
「うん。おなかぺこぺこ」
「じゃあ、何か暖かいものを戴きに行きましょうか」
「そうだね。雪彼も座ってゆっくりした方がいい」
 娘を抱え直して、妻の手をそっと取る直羽。
 重ねる約束は未来への道標。家族で見上げる空は澄み渡り、どこまでも高く……。
 愛しい人達に、幾久しく幸せがあるようにと、願う。


「わあ。見て、姉さん! 菊がとっても綺麗よ! ほら、あっちの菊なんて姉さんの顔と同じくらいあるわ!」
 沢山の菊の花に目を輝かせてはしゃぐ真名(ib1222)。
 いつになっても、開拓者、陰陽師……そして踊り子として活躍し、キラキラと光っている妹分。
 そんな彼女が眩しくて、アルーシュ・リトナ(ib0119)は目を細める。
「姉さん、大丈夫? 疲れちゃった?」
「え? ううん。そんな事ないですよ」
「本当? 最近、娘さんをお嫁に出したんでしょう? 寂しくて心が疲れてるんじゃないかなーって……」
「そう、ね。寂しくないと言えば嘘になるけれど……でも、ほっとしてるんですよ」
 ふわりと微笑むアルーシュ。真名並んで、菊を見つめる。
「ご縁があれば、もう一人くらい育てたい気もするんですよ」
「そうなの? 姉さん、子育てですごく悩んでたじゃない」
「勿論、大変ですけど。やっぱり一つ一つの喜びが大きくて……。ああ、でもあの子に子供が生まれたら、私おばあちゃんになってしまいますね。やっぱりあの子のお手伝いに専念した方がいいのかしら」
 将来の可能性に思いを馳せてうふふ、と笑うアルーシュ。
 真名も目を輝かせて彼女を覗き込む。
「いいなー! 姉さんみたいに優しくて綺麗なおばあちゃんなら、私もほしい!」
「あら。真名さんは大事な妹ですよ? 今日はいつもと変わらずに甘えて下さいね」
「いいの?!」
「勿論。さ、髪を整えてあげますから後ろを向いて」
 姉に言われるままに背を向ける真名。アルーシュは彼女の豊かな髪を、丁寧に櫛で梳く。
「こうして真名さんの髪に触れるのも久しぶりですね」
「えへへ。姉さんに髪の毛梳いてもらうの大好き!」
 にこにこが止まらない真名。アルーシュは彼女の髪を編みこんで、そこに菊の花を一輪飾る。
「はい、出来上がり。思った通り、似合いますね。菊の妖精が現れたみたいですよ」
「わぁ……! 何か照れちゃうな」
 微笑むアルーシュから手鏡を受け取って、あちこち角度を変えて覗き込む真名。
 彼女はいつものように姉にぎゅーっと抱きつく。
「……私は姉さんの妹よ。何があってもずっと。だから、何かあった時は……ううん。何もなくても私を呼んで。大好きよ、姉さん」
「私も大好きですよ」
 真名の温もりと、その思い。胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感に襲われていたアルーシュの心に、そっと沁みていく。
「そうだ! 折角菊の妖精になったんだし、菊の中で踊りたいわ! 姉さん、歌ってくれる?」
「ええ、それじゃ一曲……」
 身を離してにぱっと笑う真名に、笑顔を返すアルーシュ。
 一層艶を増した妹の舞に、深みを増した姉の歌が重なる。
 突き抜ける青空と鮮やかな菊の中。歌と踊りを通して、想いを知る。
 この先、活動する場所は違っても、お互いを想う気持ちは幾星霜を経ても変わらない――。


「あっ。布刀玉とーさまと千覚かーさまだ!」
「やあ。皆元気そうだね」
「なかなか来られなくてごめんなさいね」
 姿を見つけるなり、歓声をあげて駆け寄って来る子供達の頭を順番に撫でる布刀玉(iz0019)に、明王院 千覚(ib0351)も目線を下げて、子供達に微笑みかける。
「未楡先生もいる! 先生! 今日はどんなお話してくれるの?」
「今日はお兄さん、お姉さん達とお話しに来たのよ。ちょっと待っていてね」
 飛びついてくる子供達を受け止めて、明王院 未楡(ib0349)が優しく言い聞かせる。
 ――石鏡王とその正室が結婚して9年。その間に5人の子供に恵まれた。
 夫妻は仲睦まじく……退位する香香背の代わりに、千覚が手伝いをする機会が増えたこともあって、一緒に政務をこなすことも多かった。
 石鏡の王は世襲制ではなく指名制であるが、8歳になる長子の双子達が巫女として目覚しい才能を見せている為、次期国王として期待されている。
 そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの石鏡王が次代に続く政策として打ち出したのは、支援事業だった。
 人員の質の向上は、必ず国を繁栄させる。
 資源も多く、治安の良い石鏡の次の売りにすべきは『民』なのだと。
 人の行き来が増えれば物流も活発になる。そうすれば、通貨も効率よく回る筈。
 その事業の第一歩として始まったのが、国立の孤児院だった。
 石鏡国内のみならず、儀を問わず行き場のない子供達を受け入れる事を決めた為、教員も世界各地から集められ……。
 石鏡王正室、千覚の実家である明王院家も、元々後方支援や復興作業に力を入れている一族だった為、この事業に関わっている者達も多かった。
 一族の母である未楡も、家業として営んでいる民宿は娘に任せ、現在は大女将として裏方に従事している。
 開拓社業も第一線は退き、後方支援や救済、復興事業に関する活動に精力的に取り組み、その一環として石鏡の国の事業に手を貸す道を選んだ。
 そんな事があって、始まった事業。
 石鏡王夫妻の熱意、そして明王院家の経験を生かした助言もあり、様々な問題を乗り越えて……気がつけば、開院から8年の時が過ぎていた。
「……そう。開拓者になるべきか否か、悩んでいるんですね?」
「僕、志体持ちだから。でも、何が向いているかも分からなくて……」
 千覚の質問に、こくりと頷く少年。元服した彼は、院からの独立を考えているようで……。
 院の中にはそういった子が他にもいて、彼女達は彼らの相談に乗る為に、幾度となく孤児院を訪れていた。
「そうですね。勿論志体は才能だから、それを進路に入れてもいいと思うのですけれど。まずは貴方が何をやりたいか……それを考えるべきじゃないかしら」
「えっ? 何がやりたいか……?」
「志体持ちだからと言って、必ず開拓者にならなければいけないということはないんですよ。それに、開拓者の職の中には、一般の仕事に役立つ技能もあります。そういうものを加味して考えると、もうちょっと選択の幅が広がるんじゃないかしら」
「そっか……。僕、絶対開拓者にならないといけないんだと思ってました。もうちょっと考えてみます」
「ええ、焦らずにね」
 頭を下げる少年に、にっこりと笑みを返す千覚。
 その様子を見て、未楡も安堵のため息をつく。
「千覚もすっかり子供の扱いが上手になりましたね」
「はい。千覚さんは凄いんですよ! ……って、母上はご存知ですよね。すみません」
 素で惚気かけて、頬を染める布刀玉にころころと笑う未楡。
 彼女は元気に駆け回る子供達を見て、考え込む。
「無事に子を世に送り出したら、孤児院も軌道に乗った……と判断して良さそうですね」
「資源が潤ってますから足は出ていませんが、支援事業としてはまだ赤字なんですよね」
「支援と言うものは、長い時間がかかるもの。結果が出るのはこれからですよ」
「はい。そう思います」
 ゆったりとした笑顔で頷く布刀玉。
 今すぐに結果は出ないかもしれない。
 長い目で見れば、必ず成果は得られるはずだと。
 未来を信じて、彼らは事業を推進している。
「そうそう。教育方針ですが、基本は現状のままで良いと思いますよ。その子の適正、夢に合ったものを勧められるよう、定期的に話をする必要がありますね」
「分かりました。職員達に伝えます」
 頷く未楡。この若い2人の気持ちがあれば、石鏡の国はきっとよりよいものへと変わっていく筈だ。


「雫さん。今日は菊花祭ですよ? 行かなくて良かったんですか」
「そういう昭吉は行かないのかい?」
「え。僕は……今日、主様の被害に遭った方のところにお伺いすると決めていたので」
「そういうだろうと思った。だから一緒に行くんだよ」
 スタスタと進む御鏡 雫(ib3793)の後を追うように歩く昭吉。
 彼女は、7年ほど前から昭吉の贖罪の手伝いをしている。
 医師である雫は、瘴気の木の実による健康被害を受けた者の往診や、健康診断などに従事していた。
「雫さん。荷物持ちますよ」
「ん? これ、結構重いよ?」
「大丈夫ですよ。僕、力には自信ありますから」
 にっこりと笑う昭吉に戸惑う雫。
 ――ここ数年の、昭吉の成長振りは目を見張るものがある。
 気がつけば、自分と変わらないくらいの背になり、精悍さが増して……そして、年を追うごとに、どことなく影のある青年になっていた。
 10年という時間は決して短くない。その時間を、贖罪に費やすと言うのは簡単に出来ることではない。
 ましてや、昭吉のような若い、遊びたい盛りの青年にとっては苦行だったのではないだろうか……。
 こんな事を考えるのには理由がある。自分でも分かっている。
 今日こそ、きちんと話をしないと――。
 雫は小さくため息をつくと、隣を歩く昭吉をチラリと見る。
「昭吉は、好きな子とかいるのかい? 恋人候補とかさ」
「え、まさか。いる訳ないじゃないですか」
「そう。じゃあ私が立候補しても構わないね」
「はい。って、えええ!?」
 頷きかけて飛びずさる昭吉。雫は迷惑かしら、と小首を傾げる。
「いやその……。僕は罪人で、贖罪に生涯を捧げると決めています。そんな人間が、誰かを娶るなんて……お相手の負担にしかならないから。雫さんの存在は本当に有難いですが……これ以上は、貴女の為にならない」
「それは私が決める事だよ。背負ってる物寄越しな。一緒に背負うから」
「雫さん……」
「昭吉、すぐ無理するしね。倒れたら贖罪も出来ないし、医師が常に側に寄り添って居た方が良いんじゃないかい?」
「あの、すみません。ちょっと僕頭爆発しそうで……雫さんは素敵なひとだと思いますが、考えた事がなかったので……少し、時間をください」
「いいよ。急な話だしね。でも、迷惑でないならこれからも手伝いは続けるし、一緒に償うから」
 雫の言葉に、耳まで赤くなる昭吉。彼の人生も、これから明るいものになるのかもしれない。


「よう。お前達久しぶりだな!」
 ビシッと手を挙げる緋那岐(ib5664)。
 呼び出された人妖三姉妹は、懐かしい人物にぺこりと頭を下げる。
「緋那岐、お久しぶりですわね」
「呼び出したりして、一体何の用なの?」
「あらぁ。小さい緋那岐がいますわぁ」
 小さな少女を覗き込む赤髪の人妖。
 それに緋那岐は照れくさそうに頭を掻く。
「あー。こいつは俺の娘なんだ」
「あたし、惺梛。4さいよ! よろしくね!」
「わたくしはひいと申します。宜しくお願いしますわね」
「ふうよ。緋那岐って結婚してたのね……」
「わたしはみいですわぁ」
 挨拶をする娘と人妖達を感慨深く見つめる緋那岐。
 ついに。ついにこの日が来た……。
 出世は望まず、封陣院の研究員補に留まり、時々開拓者として活動し、子供達の養育費と研究費を稼いでいた彼。
 そして、緋那岐が陰陽師人生をかけて研究し続けていたのは、人妖の生成技術だった。
 相棒達を助手とし、技術取得の為に奮闘する日々。
 そんな毎日を、10年続けた。
「……なんかあっという間だった気もするけどさ」
 呟く緋那岐。その道は、決して楽なモノではなかったけれど、諦めは主義に反するからと、必死に食らいついた。
 そしてこの10年の間に、彼がずっと願ってやまなかった人妖生成の設備が国の施設に完備され、緋那岐の研究は一気に進むこととなった。
「それで、本題は……?」
「あー。そうそう。こいつに会ってほしくてさ。おい、こっち来いよ!」
 小首を傾げるひいに、頷く緋那岐。
 彼の声に応えるようにやって来たのは、白い髪に銀の目の人妖だった。
「俺の人妖第一作ってやつだな。いやー。もう、こいつ生み出すの大変だったんだぜ」
「……ヨウ?」
「……? 誰のことよ」
 その姿に言葉を無くすひいとみい。呻くように呟いたふうに、首を傾げる白髪の人妖。
 そう。その人妖は、どことなく消えて行った白いアヤカシ……人妖達の妹に雰囲気が似ていた。

 かつて、ふうは緋那岐に一つお願いをしていた。

 ――ヨウを生んであげて。
 ――ヨウ、人妖として生まれたがってたから……。人妖師は人妖を生み出すんでしょう? だから。

 今にして思えば、凄く勝手だし、無茶なお願いだったと思う。
 それでも、それを緋那岐は果たしてくれた――。

「緋那岐。約束覚えててくれたのね。ありがと」
「ああ、礼を言われるようなことじゃねえよ。確かに外見はあいつに似てるけどさ。中身まではそうだっていう保障はねえし」
「ととさまね、皆にお願いがあるんだって。この子にお名前つけてあげて欲しいって」
 気恥ずかしいのか、目が泳いでいる緋那岐に、にっこりと笑う惺梛。
 ふうは頷くと、白髪の人妖をじっと見つめる。
「……四葉」
「悪くねぇんじゃねえか。という訳だ。宜しくな、四葉」
 創造主の言葉に、頷く白い人妖。
 四人目の人妖となるはずだった彼女。
 四つ葉を持つ詰草は、幸運を齎すと言う。
 今度こそ、この子に幸せになって欲しい――そんな願いを受けて、白い人妖の生は始まった。


「王。重くはないですか?」
「うむ。問題ない」
 すやすやと眠る男児をおんぶしている架茂 天禅(iz0021)を気遣うリリアーナ・ピサレット(ib5752)。
 天禅を知る者がいたら、彼が子守をしていることにひっくり返る程驚きそうであるが……。
 五行王とその正室は、祝言から少しずつ信頼と絆を深めて……結婚から2年後に長女を、そしてその更に2年後に長男を授かった。
 子孫を残したのだからもう王の勤めは果たした、研究に専念するべく退位したいと言う夫を、リリアーナは完璧主義なところを突きつつ上手く操縦し、現在も王を続けさせている。
 子育ても正室であるリリアーナ自らが行い、やはり上手いこと鼓舞して天禅にも協力させており、側近達は、王妃のお陰で王が人間らしくなったと泣いて喜んでいた。
「お父様! あのね。あたしさっき、すっごい大きなクマさん練成したよ! 一瞬で消えちゃったけど……」
 トコトコと走って来た黒髪の少女。
 天禅を父と呼んだこの娘は凛姫と言い、五行王の第一子である。
 幼くして陰陽師としての資質を花開かせ、8歳にして父の研究室に入り浸っていた。
 その才は、リリアーナの妹で、天儀屈指の陰陽師と謳われたリィムナ・ピサレット(ib5201)の再来だと言われている。
 リィムナ自身が若くて未来があるのに、何故凛が再来と言われているかというと……彼女は大学卒業後、恋人と共に行方が分からなくなり、生死不明となっているからだ。
 そして凛自身は、そう言われる事が気に入らなかった。
 だって、自分の方が絶対に強いし。
 才能から裏付けられる自信。そして余りある力……。
 幼いが故に無邪気に陰陽師の力を行使する彼女に、同じ陰陽師である天禅は危機感からか、叱る事が多かった。
「……凛。お前は確かに目覚しい才能がある。だが、それを悪戯に行使するのは関心できぬ。五行国の陰陽師たるもの、民の利益、安全の為に力を行使すべきだ。民の安全を脅かすような者は陰陽師とは呼べぬと心得よ」
「……お父様の言う通りですよ、凛。あなたは力の制御が不完全です。力を使うのは研究機関の中だけになさいませ」
「えー。つまんないの!」
 続いた母の言葉にぷうっと頬を膨らませる娘を、じっと見つめる天禅。
 彼は無口な人である為、子供達を『可愛い』と言ったりはしないが……時折優しい目で見ている事がある。
 かつて、天禅は『自分は人として何かが欠けている』と言っていたが、実際はそうではなくて――経験がなかったが故に、そういった感情を持つことがなかっただけのように思う。
「菊が綺麗ですね」
「ああ、そうだな」
「最近は、わたくしが頬を弄らなくても良い顔をされるようになりました。お気づきですか?」
「……そうなのか? 我は別に変わらぬが……お前の欲目ではないのか?」
「そんなことはありませんよ。王自身、色々と吸収して未だに成長なさっておられますよ」
「褒めても何も出んぞ?」
「事実を口にしているまでです。王、わたくしは貴方の元に嫁いで、本当に幸せ……」
 そこまで言いかけて、固まるリリアーナ。
 空から、ピンク色の菊の花弁のようなものがバラバラと降ってきて……その原因が何だかすぐに思い当たった彼女は、賢母から一瞬にして鬼神に変わる。
「あ、あれ……? おかしいな。菊の花になる予定だったのに。何か間違ったかな?」
「こらっ! 凛! また何かやらかしましたね!?」
「えっ。お母様、違うの! これはちょっとした間違いなの!」
「先程のお父様の話を聞いていなかったのですか!? 悪い子は、正座でお説教の後にお尻を叩きますよっ!?」
「ごめんなさーい!」
「凛! 待ちなさい! 凛ーーー!!」
 物凄い速さで逃げ去った娘を、負けない勢いで猛然と追いかけるリリアーナ。
 その様子に、側近達がそっと目頭を押さえて……。
 ――五行王とその家族の毎日は、明るく、賑やかなであるようだ。


「こうして誰を気にせず共に過ごせるのは嬉しいのぅ。義兄上や義姉上に感謝せねばな」
「そうね。普段はすぐ騒がれるもんね」
 お忍びでやってきた菊花祭。
 輝く泉の畔で、微笑み合う香香背(iz0020)と音羽屋 烏水(ib9423)。
 まあ、石鏡王の片割れと、天儀屈指の三味線引き。
 どちらも広く顔が知られているので、三歩歩けば騒がれるのも無理はないのだが……。
 今回はそういうこともなく穏やかに過ごせている。
「はー……。ようやっと終わりそうね」
「……寂しいか?」
「ううん。早く終わらせたくて頑張って来たんだもの。結局、7年も待たせちゃったけど……」
「気にするでない。なかなかに楽しい毎日であったぞい」
 ごめんね、と言う香香背の髪を宥めるように撫でる烏水。
 この数年、彼は安雲を拠点に、一席吟じつつも香香背の傍に居続けた。
 遠出をした時は土産話と共に、見たものを唄って聞かせる……そんな、充実した日々だった。
 ちなみに、家出して以来絶縁状態だった実家とは、烏水の評判が耳に届いた故か、敷居を跨ぐ事が許された。
 香香背との婚約を伝えた際は、それはもう驚かれたけれど……。
「退位の儀や祝言の準備と……これからまた忙しくなりそうじゃな」
「ねえ、烏水。それが全部終わったら……私を旅に連れて行ってくれないかしら」
「うむ。わしも今、その話をしようと思っておったんじゃが」
「本当? 良かった。烏水は、儀という儀を巡るのが夢なんでしょう? 今度は、わたしも一緒に烏水の夢を叶えたいの」
「む? 香香背の夢はないのか?」
「……わたしね、実は殆ど国を出たことがないの。この年齢になるまでよ? ビックリするでしょ」
「香香背……」
「だから、各地を巡るのは私の夢でもあるのよ。烏水に聞いた場所を、実際に見てみたい。それにホラ! 烏水のご両親にもご挨拶しなきゃ」
「あー。実家は別に……一応報告はしてあるゆえ」
「ダーメ! わたしが会いたいの! ……連れて行ってくれる?」
「うむ。分かったぞい。必ずや連れて行こう」
「やった! ……あ。『不束者ですが……』って三つ指つく練習しておいた方がいい?」
「そんなもんせんでええわい」
 慌てる烏水に、ぷっと吹き出す香香背。
 こんなささやかな時間が、とても幸せで……。
 春の艶やかな花を、木の芽の萌える緑を、白い雪が全てを埋め尽くす様を――この人と共に見よう。
 これからは、二人の時をより多く過ごそう――。
「……好いておるよ。香香背」
 ふわり、と烏の黒い羽で愛しい人を包む烏水。
 重なる影。それは、いつまでも離れることはなかった。


「黒優、聞いてよ。零次さんったらまた怪我したのよ」
「わぅ」
 仕事帰りに訪れた黒狗の森。
 のんびり食事をしていた黒狗は、紗代の声に首を傾げるとじっと輝羽・零次(ic0300)を見つめて……その目線に、咎めるようなものを感じた彼は、肩を竦めて続ける。
「避けきれると思ったんだけどさ。敵が想定外の動きしたんだって」
「もう……。生傷絶えないんだから」
「俺は開拓者なんだからしょーがねーだろ。無茶はするけど無理はしてねえよ。……お前のとこ、帰れなくなったら困るし」
 ぼそりと呟く零次に、笑いながら包帯を巻き直す紗代。
 自分の呼び方も『お兄ちゃん』から『零次さん』に変わったけれど……彼女を妻にしてからも、大切に思う気持ちは変わらなくて――。
 紗代も同様に以前と変わらず零次だけを慕い続けており、彼女が勤める開拓者ギルドでも、おしどり夫婦として有名だった。
「はい。おしまい。本当に気をつけてよね。零次さん、もうすぐお父さんになるんだから」
「おう、ありが……へっ?」
「お腹に赤ちゃんがいるの。暫くギルド職員のお仕事休まなくちゃ」
 はにかんだ笑みを浮かべる妻の言葉にぴきーんと固まる零次。
 彼はさっと膝を屈めると、紗代のお腹に耳を当てる。
「いつだ!? いつ生まれてくるんだ!? もう動いたりするのか!? 男か!? 女か!?」
「生まれるのは来年よ。動くのはもうちょっと先ね。性別はまだ分からないわ」
「あああ。そっか。ええと……って、お前寝てなくていいのか!? 黒優、悪ィ身体貸してくれ!」
「わう!」
 座布団になるべく寝そべる黒優に、零次は慌てつつ妻をそっと寄添わせて……紗代は心配性な1人と1匹に苦笑を浮かべる。
「零次さんも黒優も甘やかしすぎよ」
「いや、でも俺と違ってか弱いしさ、お前……」
「大丈夫よ。私が根性あるの知ってるでしょ?」
 くすくすと笑う紗代。胸に暖かいものがこみ上げたけれど、それをどう言葉にして良いのか分からなくて……零次は妻の肩に顔を埋める。
「お前は……いや、お前と俺達の子は俺が守る。ずっと一緒だ」
「……うん。約束ね」
 やがて生まれて来る命。来年の今頃には、家族が増える。
 何だか狐につままれたようで、まだ実感が持てないけれど。
 でも、これだけは言える。
 もう、簡単に死んだりできない。無茶をしない自信はないけど……必ず、家族の元に帰る。
 零次の言葉にしない誓い。大切な者達の為に、この先も生きていく。


 銀泉の菊花祭。現在の当主である星見 隼人(iz0294)と、その正室の火麗(ic0614)が取り仕切るようになってから早9年。
 毎年展示される菊が見事なのは勿論、数年前から、子供達の教育の一環として石鏡国国立の孤児院からも出店が出るようになり、更なる賑わいを見せるようになった。
「兎隹! 久しぶり!」
「隼火殿、元気そうで何よりなのである!」
「みい、いたのか」
「当たり前ですわよぅ。わたしは兎隹といつでも一緒ですものぅ」
 やってきた兎隹(ic0617)を笑顔で迎える黒髪の少年。
 彼女の肩の上にいる赤髪の人妖と睨み合う息子に、隼人と火麗が顔を見合わせて苦笑する。
 兎隹は隼火の初恋の君だ。
 両親と仲が良く、時々様子を見に訪れる優しいお姉さんともなれば、隼火がそういう感情を抱くのも自然の流れで……。
 以前、みいと彼女を取り合って熾烈な争いを繰り広げたのは、今になっては笑い話だ。
「もー。隼火、喧嘩はダメですわよ」
「喧嘩なんてしてないよ。これが俺とみいの挨拶なの!」
「それは挨拶とは言わないんですのよ!」
 めっ! と少年を叱る羽妖精に頬を緩ませる火麗。
 昔は喧嘩ばかりだったが、冷麗も随分お姉さんらしくなった。
 そんな事を考えながら、兎隹とみいにお茶を振舞った火麗は、夫の隣に座る。
「兎隹、最近はどうだい? 相変わらずあちこち回ってるの?」
「うむ。あれから随分経ったが、まだまだやることは一杯なのだ」
「そうなんですのよぅ。でも、兎隹が一緒ならどこでも楽しいですのぅ!」
 ぎゅーっと抱きついて来るみいを、笑顔で受け止める兎隹。
 2人は、瘴気の木の実で汚染された地の浄化と復興に尽力し、各地を巡っていた。
 時に自ら農耕に携わり、住む場所を追われた者達へ支援をしたり、腐った土壌を入れ替えた後植林をするなど、精力的に活動を続けている。
「そっか。仲の良さも相変わらずだね」
「火麗姐達もなのだ」
「えっ!? あ、あたし達は別に……」
「ふ、普通だよな……?」
 慌てる火麗と隼人に、生暖かい目線を向ける兎隹。
 隙あらば手を繋いでいるのを見かけるし、星見家当主夫妻が仲睦まじいのは有名な話なのに何を今更隠すことがあるのだろう。
「……隼火殿は立派になられたな。健やかで良い面立ちなのだ」
「ありがと。ちょっと、最近生意気になってきたけど」
「それも成長の証なのだ。そういえば、隼火殿は巫女になられるとか」
「ああ、そこは俺に似なくて良かった」
「またそんな事言って。隼人さんだってしっかりお勤め果たしてるでしょ」
 さり気なく夫を立てる火麗。こういう所からも、仲の良さを感じる事が出来る。
 星見家嫡男として生まれた隼火は、父とは違い巫女の才能を開花させた。
 元々星見家は代々巫女の家系であったので、靜江亡き今、両親と共に石鏡や銀泉を支える人材になるだろうと期待されている。
 本人は、そういった重圧を嫌がっているようで……そういう所は父親譲りといったところなのだろうか。
「そうだ、火麗姐。我輩、これから紗代に会いに行くのである。何でも報告したい事があるそうでな」
「……紗代って零次と結婚したんだよね。何かあったのかな。あたしも一緒に行っていいかい?」
「我輩は大歓迎であるが、大丈夫なのであるか?」
「ああ。火麗、最近働きづめだったからな。休みにするように調整してたんだ。丁度良かった」
「母上! 俺も一緒に行きたい!」
「隼火は巫女の修行があるでしょ。留守番しておいで」
 微笑み合う友人夫妻に、頷く兎隹。ドサクサ紛れに主張した隼火だったが、母にピシャリと言い返されてぐぬぬ……と言葉に詰まる。
「……なあ、みい。みいからも何か言ってくれよ。母上、みいには甘いからさー」
「隼火はこういう時だけ甘えてくるんですのよねぇ。……お団子つけてくれたらお願いしてあげてもいいですわよぅ」
「よし! 商談成立!」
「……全部聞こえてるよ」
 みいと隼火、火麗のやり取りに、兎隹はぷるぷると肩を震わせていた。

 母との戦いの果てに、同行の許可をもぎ取った隼火。その背を見つめて、みいはぽつりと呟く。
「ねえ。兎隹。人妖は赤ちゃん産めないんですのよねぇ?」
「うむ。残念ながらな。どうかしたのか?」
「わたし、赤ちゃんが欲しいんですのよぅ。ひいもふうも、赤ちゃんはすごく可愛いって会う度に言うし、隼火みたいな子も、可愛いなって思うんですのぅ」
「そうか……。我輩はみいが傍におれば幸せだが……みいの願いとあれば、叶えぬ訳にいくまいな」
「じゃあ……!」
「うむ。今度、孤児院を訪ねてみよう。親を亡くした子の助けになるのも、また贖罪になるというもの」
「ありがとうですわぁ!」
「礼には及ばぬ。……母性に目覚めるとは、みいも大人になったな」
「うふふ。だって、兎隹の奥さんですものぅ」
 笑顔で人妖の赤い髪を撫でる兎隹。
 彼女との出会いに纏わる思い出は決して良いものばかりではない。けれど……こうして、2人で寄添って生きる幸せを知った。
 それが呼び寄せる縁に、また幸せは増えていくのだろう。


「今年の菊も綺麗ね、ローレル」
「そうだな」
 街中あちこちに飾られている菊に、頬を緩ませるリト・フェイユ(ic1121)に頷く相棒のローレル。
 久しぶりに来た銀泉で、懐かしい人達に会った。
 昭吉すっかり立派になって……医師の女性と連れ立って仲良さそうにしていた。
 贖罪のお手伝いをしてくれている人で、それ以上のことはないんです! と慌てていたけれど……良いご縁だと思ったら逃がしちゃダメですよ! と助言してきた。
 それから、隼人夫妻と、その子息――。
 夫妻は相変わらずだったし、男の子はとても元気で明るかった。きっと隼人が小さい頃は、こんな感じだったのだろうなと思う。
 彰乃の赤ちゃんも、とても愛らしくて心が和んだ。
 子供達に挨拶をしつつ、不思議そうに見ているローレルと思い出すと、自然と笑いが漏れる。
 ああ、今日は嬉しいことが一杯だ。来て良かった……!
 そんな事を考えていたリト。ふとローレルを見ると、いつの間にか両手一杯の菊を抱えていた。
「……ローレル。またそんなに買って来たの?」
「ああ。リトは菊が特別好きなのだろう?」
「それはそうなんだけど……」
 ローレルは菊花祭に来るといつもそうだ。
 彼にとってこれは、いつもと変わらない行事みたいなものなのだろうか……。
「菊花祭も、毎年同じようでいて違うわよね。同じ事は二度と起こらない。ローレルは、それが判るかしら」
「ああ。毎年、毎日が一緒でない事くらい、俺でも判るぞ。道の色も、花の色も変わる」
 主の言葉に頷くローレル。
 そう。彼女と過ごした日々は全部昨日の事のように覚えている。
 初めてリトに菊を贈った時、とても喜んでくれた。
 それ以降、必ず彼女に菊を贈るようにしているが……きっとこの先やって来る菊の季節も、彼女に贈る花の色も、その度に変わるのだろう――。
「そうね。その時によって違うわね。私も老いて姿を変えるけれど……変わらないものもちゃんとあるのよ」
 リトが、ローレルを想う気持ちもそうだ。
 変わることのない、大切な想い。
 彼がそれを理解するのは、まだ先になるのかもしれないけれど。
 何時かそれを知って、覚えていて欲しい……。
 それをからくりに求めるのは、酷な話だろうか?
「……それも知っている。リトが、ずっと俺の主であることは変わらない」
「うん。そっか。そうよね」
 当然だと言う顔をするローレルに、微笑むリト。
 己が年老いても、彼が変わらずに傍にいてくれるのなら、私は――。
 見上げるとそこにある、ローレルの無機質な蒼い瞳。
 いつもと変わらぬそれに、リトは安堵と……少しだけ、寂しさを覚えた。


「隼人さん、こんにちは。今年も見事な菊ですね」
「よう。元気かー?」
「久しぶりもふ!」
「おう、早紀か。月詠も紫陽花も良く来たな」
 からくりともふらさまを連れてやって来た神座早紀(ib6735)に、手を振り返す隼人。
 彼女の隣のもふらさまに目を落として、彼は絶句する。
「……紫陽花、お前また大きくなったんじゃないか?」
「幸せ太りってやつだよな、紫陽花」
「失礼もふ! オイラ太ってないもふ!!」
 カラカラと笑う月詠に、ムッとして言い返す紫陽花が可愛らしくて、早紀はくすくすと笑う。
 10年前に、隼人から正式に譲渡されて早紀の元にやってきたこもふらさま。
 今はすっかり大きくなり、抱っこしているのも大変なくらいになった。
 紫陽花が早紀の元に来たばかりの頃は、月詠と連日激しくいがみ合っていたが、今ではすっかり仲良くなった……と思う。多分。
「そういえば隼人さん。実は私、今度結婚することになって……。良かったら奥様と一緒に式に出て戴けませんか?」
「……は? えええ?! って言うか、大丈夫なのか……?」
 ぽっと頬を染める早紀に、仰け反る隼人。
 彼が心配しているのは、早紀の事も勿論あるが、お相手も含まれる。
 何しろ彼女、筋金入りの男性嫌悪症で、男性に触れられると巫女とは思えぬ正拳突で相手を吹っ飛ばしていたので……。
「神座の一族の人ですけどとにかく強引で。何度正拳突食らわせたか分からないくらいなのに、全然諦めなくて……。そんな事をしているうちに気付いたら男性嫌悪症も吹っ飛んでました」
「そうか。しかし、早紀の婚約者は鉄で出来てるんだな。心も身体も……」
「ちょっとそれどういう意味ですかっ!?」
 うんうんと頷く隼人にガビーンとショックを受ける早紀。
 その隣で紫陽花が弱々しくため息をつく。
「早紀、オイラと結婚したいって言ってたのに……。オイラ達フラれたもふよ」
「そーだよなー。俺達と結婚するはずだったのになー。裏切られたぜ……」
「ちょ、ちょっと2人共人聞き悪いですよ!?」
 ヨヨヨと嘆く相棒達にアワアワと慌てる早紀。
 そんな彼らに、隼人は笑いを噛み殺すと、こほん、と咳払いをする。
「いや、失礼した。式には喜んで参列させて貰うよ」
「ありがとうございます。招待状は改めて送らせて戴きますね」
「早紀ー。おなか空いたもふー。菊花膳食べたいもふー!」
「あら。じゃあ、ちょっと食べに行きましょうか。それじゃ、隼人さん失礼しますね」
 ぺこりと頭を下げて席を辞する早紀。一人残る月詠に、彼は首を傾げる。
「ん? どうした、月詠」
「あのさ。早紀、俺の嫁には出来なかったけど……幸せになれそうで、良かったなって思ってんだ」
「ああ。そうだな。……お前はからくりだ。俺達よりずっと長い寿命を持ってる。あいつの子孫をすっと見守ってやればいい」
「うん。そうすれば、早紀も安心するよな」
 こくりと頷く月詠。
 形は変われども、主を思う気持ちに変わりはない。
 それに、この先も長く楽しめると思えば、悪くはないなぁ……と。そう考える月詠だった。


「やあ、黒優。久しぶりだね」
 鷹揚に手を挙げるルーンワース(ib0092)に、ぱたぱたと尻尾を振って応える黒狗。
 護大をめぐる戦いの後、両親の要望でジルベリアに帰郷していた彼は、実兄が家に戻ったのを機に再び神楽の都へと戻って来た。
 とはいえ、本当にふらりと戻って来たので本格的に都に落ち着けそうなのはまだ先になりそうだし、気になる事は先に……と思い立ち、黒狗の森へと立ち寄った。
「……黒優、何か一層大きくなったね」
 ぼそりと呟くルーンワースにこくりと頷く黒優。
 黒優も貫禄ついただろうとは思っていたのだが……貫禄と言うよりは巨大化したというのが正しいだろうか。
 どうも、黒狗と言うのは長い時間をかけてじわじわと成長していく種であるらしい。
 10年の時を経て、黒優はルーンワースの背を遥かに越える大きさになっていた。
「ルーン。異常ないみたい」
「そっか」
 黒い猫又の報告に頷くルーンワース。
 アヤカシの影も見えないし、森はいつもと変わらず綺麗だ。
 記憶を頼りにしてやってきた雫草の群生地には、10年前より遥かに数を増やしたそれが、青い絨毯を作っていた。
 そこから感じる、自然の復興力や逞しさに、彼は目を細める。
 零次や紗代、人妖三姉妹とその主達が時折黒狗の森の保全に訪れ、アヤカシがいれば排除しているとは聞いていた。いい方向に向かっているだろうとは思っていたが、想像以上だ。
 森は以前より生命力に溢れているし、黒狗達の群れの頭数も増えているようだった。
「お前達の森も、お前達も元気で良かったよ。これからは、俺も時々様子を見に来るからさ」
「わう?」
「んー? 嫁もいないし時間はたっぷりあるからね。で、そういう黒優は? 嫁さんいないの?」
 付き合いも長くなれば、何となく彼の言いたいことも分かる。
 ルーンワースの問いに後ろを振り返る黒優。そこから、ひょっこりと一回り小さい黒狗が顔を出す。
「ん? この子、黒優の嫁さん?」
「わう」
「へえ。可愛い子じゃないか。はじめましてだね。俺はルーンワースだ。黒優に世話になってる。宜しくな」
 ぱたぱたと尻尾を振る黒狗。
 これなら近いうちに、黒優の仔が見られるかもしれない。
 仔狗はきっと可愛いに違いない。こまめに様子を見に来ようかなぁ……。
「……ルーン。顔が緩んでる」
「気のせいだろ」
 珊瑚のツッコミに涼しい顔をするルーンワースだった。


「ネオン様、紅茶を淹れて参りました」
「お菓子も用意したよ」
「うむ。ありがとう。では休憩にするとしようか」
 テーブルワゴンにティーポットとカップ、そしてスコーンやサンドウィッチを乗せてやってきた雪ノ下 真沙羅(ia0224)とイライザ・ウルフスタン(ic0025)。
 ネオン・L・メサイア(ia8051)は書類から目を上げて、2人に微笑みかける。
 ――この10年はネオンにとって、人生の分岐点とも言える戦いの時間だった。
 彼女の人生において、最大の目標であった一族再興に向けて尽力し、活動し続け――。
 今では大勢の幼い子供達を抱えて、充実した毎日を送っている。
 子供達の父親については極秘事項らしく、うっかり尋ねるとネオンに粛清されるので割愛する。
 ……ちなみに、真沙羅とイライザは、ネオンの愛妾である。
 2人共年相応に落ち着き、成熟した女性の色香を醸し出し……そして、元々豊かだった胸はこの10年で更に成長した。
「子供達は寝たのか?」
「ええ。ぐっすり寝ていますよ」
「皆良い子でお休みしたの」
「そうか。ならば、こういうことをしても問題ない訳だな」
 自分を挟むようにして両隣に座る真沙羅とイライザの背中につーっと指を這わせるネオン。
 2人は小さく悲鳴をあげて、頬を染めてネオンを見る。
「もう、ネオン様ったら……」
「くすぐったいよう」
「はははは。お前達の良い身体を見ていたらつい、な。真沙羅、イライザ。二人共、熟れた良い女になったものだな。我は嬉しいぞ♪」
「わ、私だって大人になりましたから……」
「うん……。それに、ボク達をこんな風にしたのはネオンでしょ……?」
 ネオンに抱きつき、身体を摺り寄せる真沙羅とイライザ。
 熱くなり始めている愛妾達の身体に腕を回して、ネオンは焦らすようにわき腹を撫でる。
「ふふふっ、幾つになっても甘えん坊なのは変わらんな」
「だって……普段は子供達のお世話で忙しいですし、子供達の前でこういうことは……ねえ? イライザ様?」
「ん……。ネオンに甘えるの、こういう時しか出来ないし」
「そうかそうか。可愛い子達め。……ん? 真沙羅もイライザも、また胸が重くなったんじゃないのか?」
「きゃうっ!? そ、そんな、ダメですう……!」
「も、もう! ネオンの胸だって大きくなってるし……!」
 身体を撫でられてもじもじとするイライザ。
 真沙羅がトロリとした目で、ネオンに身体を押し付ける。
「あぁ……。ネオン様ぁ。私、もう……」
「おやおや。真沙羅はもう我慢できぬようだな。イライザはどうだ?」
「ん……。いっぱいいっぱい、可愛がってほしい……♪」
「まだ子らが起きるには時間があるな。どれ、愛しい子達の願い、叶えてやるとしようか」
 ふふふと笑うネオンに期待に満ちた潤んだ瞳を向ける真沙羅とイライザ。
 3人の午後は甘く、熱いものになりそうだ。


 生まれ来る命、終わっていく何か。
 それらを繰り返しながら、人は生きて――想いを紡ぎ、そして歴史を作る。
 開拓者達、そして天儀に生きる者達の物語は、まだ始まったばかりである。