|
■オープニング本文 ※注意 このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。 シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。 年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。 参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。 ※後継者の登場(可) このシナリオではPCの子孫やその他縁者を一人だけ登場させることができます。 ●3年後の明日 石鏡国、銀泉。今日も穏やかな風が吹いている。 「靜江さま。薬湯をお持ちしましたよ」 「おお、すまんのう……」 「ゆっくり起き上がってくださいね」 昭吉の手を借り、身体を起こす靜江。 彼女は2年前、嫡男隼人の結婚と同時に星見家当主の座を降り、家督を譲った。 その後は隠居として、若い当主夫妻を支えてはいたが……寄る年波には勝てないらしい。 最近は、伏せることが多くなってきていた。 「そろそろ旦那様がお迎えに来る頃合かのう」 「何言ってるんですか。靜江さまはまだまだ大丈夫ですよ」 「全く。皆揃いも揃って同じことを言いよってからに……いつまでワシを現世に縛っておくつもりじゃ。このままでは仙人になってしまうぞい」 「仙人、いいじゃないですか! 目指してみましょうよ」 目を輝かせる昭吉に、はあぁ……とため息をつく靜江。 年齢にしては身体が小さく、ひょろひょろしていた少年も、この数年でぐんと身長が伸び、逞しくなった。 素直が過ぎて、騙され易いところはあまり変わっていなかったが……。 「そういえば、隼人が戻ってきたようじゃの」 「はい。和泉の村の復興状況を確認して来たそうですよ。佐々部さん達の尽力で、村人も大分戻られているとのことでした」 「そうかえ。それは何よりじゃ。……しかしこの薬湯、マズいのう」 「靜江さまの身体の為です。我慢して下さい。後でお菓子差し上げますから」 「そうかえ? ワシ、あんこが食べたい」 「はーい。かしこまりました」 にこにこと笑いあう少年と嫗。 変わらぬ毎日の中で、人は少しづつ成長してゆく。 ●変わらぬ今日 「あー。今日もいい天気だな」 「こうも暖かいと眠くなってくるわよね……」 いつもと変わらぬ開拓者ギルド。ギルド職員、杏子はその一角でぼんやりとしている一団に声をかける。 「皆さん、こんにちは……って、あら。随分ダラけてますねー」 「だってこんないい天気なんだぜ? ダラけたくもなるだろ!」 「春眠暁を覚えずって言うじゃない」 「そんなにダラダラしたいなら、いっそ、今日これから休暇にしちゃったらどうですか?」 「ん? でも、依頼もあるしな……」 「たまにはお休みも良いんじゃないですか? 私もこれから旧友に会いに行くんですよ。皆さんもほら、思い切って、どーんと!」 「あら、杏子も予定が入ってるのね。そうねえ。たまにはいいかしらねえ」 杏子の言葉にうんうんと頷く開拓者達。 善は急げと、揃って出口に向かう。 外は晴れ。道には春の花々。 久しぶりの休みだ。何をしようか。 酒を飲みながらダラダラするのもいい。 思い切って部屋を片付けるのもいいかもしれない。 それとも、久しぶりにあの人に会いに行こうか――。 春の季節の、開拓者達の1日が始まる。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 弖志峰 直羽(ia1884) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 皇 那由多(ia9742) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 千覚(ib0351) / ニクス・ソル(ib0444) / 日和(ib0532) / 央 由樹(ib2477) / ローゼリア(ib5674) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 月雲 左京(ib8108) / 一之瀬 戦(ib8291) / 星杜 焔(ib9011) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / 戸隠 菫(ib9794) / 輝羽・零次(ic0300) / リシル・サラーブ(ic0543) / 火麗(ic0614) / 星杜 藤花(ic1296) |
■リプレイ本文 「あー。桜だね」 「そやな」 何となく間の抜けた会話。日和(ib0532)は、央 由樹(ib2477)の膝枕で寝転がったまま、桜を見上げる。 この人の傍にいると誓って、一緒に暮らし始めてから3年の時が過ぎた。 「そういや、前もこんな風に桜見ながら膝枕したな」 「はは。そういえばそうだね。成長してないなぁ……」 白い歯を見せて笑う日和の頭を、同じように笑って撫でる由樹。 日和の好きな肉と、由樹が育てた野菜で作ったお弁当も、見上げる桜の淡い色も……何も変わっていなくて……。 2人で過ごした日々は、本当にあっという間だった。 3年の間に変わった事と言えば……日和が『誰かと暮らす事』に慣れたことだろうか。 何も変わらないようでいて、日和は由樹から沢山のものを貰った。 人の近くがこんなに楽しいと言うことを知った。 自分のことを信じ、誰かを幸せにしようと思えるようになった。 そして、眠るという……彼女が一番避けていた行為は、彼のお陰で心安らぐものに変わった。 こんなに沢山のものを貰った由樹に、自分は何かを返せているのだろうか――。 「……最近は、少しは眠れとるんか?」 「え? うん。割と」 「そか。そりゃ何よりやな」 「心配性だな、央は」 日和の微笑み。由樹はその顔がたまらなく好きだ。 愛しい人の隣に居られる幸せは、何年経っても色褪せることはない。 何があっても彼女を信じ、傍にいると決めた。 彼が手にしたかけがえのない宝……それを、ずっと守って行きたいと思う。 「なあ、日和」 「んー?」 「……来年も二人で来ような、弁当持って」 「うん。そだね」 頷く日和。 桜の花弁がひらひら舞い降りるのと一緒に、由樹のゆったりとした優しい笑顔も降ってくる。 ずっと一緒だと言われているようで……未来の約束が、嬉しい。 「綺麗やなぁ、桜」 「うん。綺麗。でも央もきれいだよ」 「……何でそうなるねん」 「だって綺麗だなって思うから」 「俺は男やぞ」 「男だって綺麗でいいじゃない」 「アホか」 相変わらずの日和の返答に、吹き出す由樹。膝の上の彼女がふぁ……と可愛らしく欠伸をする。 「何や。眠くなったか? 寝てもええぞ?」 「んー……」 髪を優しく撫でられて、目を閉じる日和。 こんな優しくて、静かで、ゆったりとした日が、今日も明日も、明後日も……ずっとずっと、続いて行けばいい。 願いを新たな誓いに変えて――2人の日々を、これからも積み重ねていく。 「直羽ちゃん、休憩なのー! お花見いこー!」 「う? あぁ、ビックリした。どうしたの急に」 夫から本を取り上げながら飛びついて来た水鏡 雪彼(ia1207)に、目を丸くする弖志峰 直羽(ia1884)。 ――2人は3年前の春に祝言を挙げ、その後すぐに旅立ち、医療の道へと進んだ。 様々な儀を巡り、病や怪我に苦しむ人々を診療して来たが……現場は、想像以上に厳しかった。 自分達の技術、知識不足を思い知らされ、試行錯誤を重ねる毎日。 昼間は人々の治療に当たり、夜は医学書を読み漁り、薬を調合し、寝る間も惜しむ生活だった。 そんな日々に生来楽観的な雪彼も少し疲れを覚え、ふと隣の夫を見ればもっと酷く、目の下にクマを刻んだ幽霊のようで……。 「このままじゃ直羽ちゃん、本当に幽霊になっちゃうの。たまにはお休みも必要だよ?」 「でも、休んでる暇なんて……」 「だーめ! こういうの、医者の不養生って言うのよ!」 「……そっか。そうだね。分かった。久しぶりに気分転換しようか」 ぷんぷん怒る妻から感じる気遣いにくすりと笑う直羽。 それから2人はお弁当の準備をして、桜の名所へと繰り出した。 「ん。美味しい。雪彼、料理の腕上げたね」 「本当? 良かったの」 おにぎりを頬張る直羽に、花のような笑顔を返す雪彼。 菜の花のお浸しに筍の炒め煮、お漬物……彼女の作った料理はどれも優しい味がする。 「あ、そうだ。甘味に苺大福作って来たから、後で一緒に食べよう」 「やったぁ!」 直羽の言葉に、雪彼が飛び上がって喜ぶ。 お弁当の品数が少なめなのは、おやつを沢山食べる為! と言うのは秘密だ。 「ねえ、直羽ちゃん」 「んー?」 「雪彼ね、ここの所、何食べたか、直羽ちゃんや患者さんと何を話したのか……あんまり覚えてないの」 妻の言葉にハッとする直羽。 そういわれてみれば、ここ最近患者達に胸を張れるような生活をしていなかったような気がする。 「忙しいは心を亡くすって言うけどホントだよね……」 「そうだね……。言われるまで気付かないなんて……ごめんね。君には苦労をかけるね」 「ううん。そんな事ないの。直羽ちゃんと一緒に頑張るって決めたの雪彼だし」 「一緒に来てくれて感謝してるよ。ありがとね。……あぁ、佳い風だ。桜の香りがする」 「直羽ちゃん。いい陽気だし、休憩したら?」 「んー。そうだね。……じゃあ、ちょっとだけ」 ぽんぽん、と己の膝を叩く雪彼。その誘惑は抗い難くて……直羽は彼女の膝を枕にして寝転がる。 直羽も雪彼も疲れが出たのか、すぐにウトウトし始め……。 3まもなく聞こえて来る規則正しい寝息。 穏やかな春の日。眠る2人に、桜の花弁が降り積もる。 「あー!」 「アティ、さすがにあたしじゃ抱っこは無理よ」 「ふー! ふー!」 「うん。ここにいるから、ね?」 リューリャ・ドラッケン(ia8037)の腕に抱かれる黒髪の赤子を一生懸命あやす青髪の人妖。 その様子を見て、ヘスティア・V・D(ib0161)がニヤリと笑う。 「アテュニスはすっかりふうがお気に入りだなぁ」 「へる、ふう、すき」 ヘスティアの腕の中で笑顔を浮かべる赤毛の幼児。その頭をリューリャがそっと撫でる。 「そうか。ヘルもふうが好きか」 「ふう、モテモテだな」 「まあね。モテる女は辛いのよ」 クククと笑うヘスティアにえっへんと胸を張るふう。 リューリャとヘスティア夫妻は、あれから3児に恵まれた。 2歳半の長女、ヘルヴェルは赤髪に朱金と青の瞳で、ヘスティアの祖母に瓜二つだった。 1歳半の2人は男児と女児の双子で、片割れのアテュニスは父親の色を濃く継いだらしい。 もう一人の男児は……同居人にくっついて離れなかったので置いて来た。 「1歳にして既に男とは、恐るべし血脈だよなぁ」 「あいつはちょっと乳離れしないとな」 「乳離れって……まだ1歳じゃないか」 「うん。ホラ、彼女も俺の妻だ。あの子にも相応しい子がいるさ」 「何息子に対抗心燃やしてんだよ」 真顔で言うリューリャにケタケタ笑う彼女。 やはり血は争えないと言うことなのだろうか。 そんな話をしているうちに、見事な桜の花が見えて来た。 「おー。見事なもんだな。そういや、桜見るの久しぶりじゃね?」 「そうだな。あっちじゃなかなか桜は見られないからな」 「急に花見に行こうなんて言い出したから驚いたぜ」 「ああ、たまにはいいだろ。俺自身、仕事抜きで儀を渡りたかったってのもあるけど」 笑みを浮かべるヘスティアに、頷くリューリャ。 結婚後、彼らはジルベリアに拠点を置き、リューリャは騎士の訓練教官見習いのほか、開拓者としての人脈を生かした仕事に就き、ヘスティアは昔馴染みの傭兵団を手伝いつつ、たまに開拓者として仕事を続けていた。 「何だかんだでここ数年、子育てと仕事に追われてたな。まあ、自分の蒔いた種ではあるが」 「ホントだよ。たった3年で3人とか、どんだけ種芽吹かせる気だっつーの」 「……俺一人じゃ芽吹かないぞ?」 「そりゃそうなんだけどさ……」 真顔で言う彼に口篭るヘスティア。 それだけ、この夫婦の相性が良かったと言う事なのかもしれないが……色々と身が持たない。 彼女はため息をつくと、ヘルヴェルをそっと下ろす。 「まま、あそぶ?」 「ああ、遊んでおいで。ふう、頼んでいいかい?」 「勿論! アティもいらっしゃい」 「あーい!」 姉と人妖をよちよち歩きで追いかけるアテュニス。 仲良く遊び始めた3人を眺めながら、ヘスティアはワインの封を開け、リューリャと自分のグラスに注ぐ。 「さーて。ようやっと飲めるようになったし、久しぶりに酒でも戴きますかね」 「大丈夫なのか?」 「ああ、お陰様で今は身軽だしな。……まあ、暫くはいらないからな?」 「何だ。残念だな」 「だから身が持たないっつーの。りゅーにぃは俺を殺したいの?」 「まさか。愛し合いたいだけですよ」 「本当にむっつりだな。りゅーにぃは」 「だからむっつりじゃなくて大っぴらだって」 サバサバとした夫婦の会話。 家族で過ごす1日が、緩やかに過ぎて行く。 「……ふに……? なゆふぁ……?」 「あ、ごめん。起こしちゃった?」 「んにゅ……」 狐耳を垂らし、目をこすりながらやってきたローゼリア(ib5674)を、エプロン姿で迎える皇 那由多(ia9742)。 普段きっちりしている妻からは想像もつかない姿に、那由多の頬が自然と緩む。 「こんな朝早くに何してるんですの……?」 「お弁当を作ってたんだよ。ほら、綺麗に出来たでしょう?」 得意気にお弁当を見せる彼。桜でんぶや海苔、薄焼き卵で可愛らしく飾りつけたてまり寿司に、筑前煮、卵焼きなど美味しそうな食材がきっちりと並んでいる。 「あとはローザと未来が好きな甘味を途中で買えば完璧だよね!」 笑顔の夫に、そうですわね、と頷くローゼリア。 ――未来は那由多とローゼリア夫妻の養女だ。 2人は2年前に結婚したが、実子はまだいない。 未来は『生成姫の子』だ。大アヤカシの手先となる為に訓練され、悲惨な環境下で幼少期を過ごしてきた。 今は、2人の教育もあって落ち着き、甘えん坊で食いしん坊な、愛らしい女の子へと変化を見せているが……多感な時期でもある。 その事も踏まえ、焦らず様子見て……と夫婦で決めた結果だった。 それはさておいて。彼女はずっと思っていた疑問を口にする。 「ところで、このお弁当、どうするんですの?」 「うん。今日はお花見に行こうと思ってね。外見た? いい天気だよ!」 「……相変わらず唐突ですわね」 那由多の申し出に呆れたように笑うローゼリア。 彼はいつもそうだ。突然何かを始めて彼女を驚かせる。 そして、ローゼリアはそんな彼の行動がとても好きだ。 いつも己の知らない事を見せて、教えてくれるから――。 「おはよぉ。まーま、にーに。何だかいい匂いするね」 「おはよう、未来。今日はお花見だよ」 そこに赤毛を揺らしてひょっこり顔を出した未来。養父の突然の申し出にキョトンとする。 「え? お花!? 見たぁい! ねぇねぇ、お弁当はなぁに? 今すぐお出かけするの?」 「手まり寿司に、未来が好きな卵焼きもあるよ。朝ごはんを食べたら出かけようね。さあ、パンを焼いておいたよ。顔を洗っておいで」 「未来。レディはおしとやかに歩くものですわよ?」 「はぁい!」 那由多の声に、輝く笑顔で頷く未来。養母にいい返事はしたものの、足は止まらないらしい。 ぱたぱたと洗面所に走って行く愛娘に、2人はくすくすと笑う。 「ローザ、今日は山の方に行こうか。花が沢山咲いているだろうし。お花摘みが出来るよ」 「そうですわね。那由多にお任せしますわ」 小首を傾げる夫に頷くローゼリア。 こういうことは、夫に任せておけば間違いない。 花が好きな未来のことだ。色々な花を大喜びで摘んで歩くだろう。 何を食べても美味しくて、すっかり好物になった那由多のお弁当も楽しみだし……今日は、楽しい1日になりそうだ。 「靜江様、お加減如何ですか? 最近体調崩されてるって聞いたから……」 「もう歳じゃからのう。今日は柚乃と浄炎が来てくれたゆえ、調子がいいぞい」 「靜江殿、今日は新しい薬湯をお持ちした」 心配そうな柚乃(ia0638)に人懐こい笑みを返す星見 靜江。 袋を差し出す明王院 浄炎(ib0347)に、嫗は深々とため息をつく。 「のう、浄炎。薬湯ものすごくマズいんじゃが何とかならんかえ?」 「良薬口に苦し、と言う。辛抱なされよ」 昭吉が靜江に毎朝煎じて飲ませている薬湯は、浄炎が調合したものだ。 彼の娘が嫁いだ先で、夫と仲睦まじく居られるのも、彼女から教わった石鏡の郷土料理のお陰と聞いている。何より、弱っていく嫗を何もせず放っておくようなことは、彼の信条から言ってもどうしても出来なかった。 「とはいえ、苦い薬湯ばかりもどうかと思ったゆえ、今日は薬膳を用意した。これならばそんなに味も悪くなかろう」 「おお、おお。毎日これじゃと有難いんじゃがのう……」 「これの作り方も昭吉に教えておこう。さあ、これを食べたら、膝に鍼を打つとしようか」 「何やかや色々してもろうて悪いのう」 「礼には及ばぬ。靜江殿も生まれた曾孫をあやすことすら出来ぬとなれば寂しかろうて。娘も世話になった。少しでもそれをお返ししたい」 「もう十分返して貰ったがのう……。義理堅い男じゃて」 真顔の浄炎に、ふぇふぇふぇ……と笑う靜江。すすすと襖が開いて、昭吉が深々と頭を下げる。 「失礼します。靜江様、お客様をお連れしました」 「靜江様、お久しぶりで……父様?!」 布刀玉(iz0019)と連れ立ってやってきた明王院 千覚(ib0351)。入るなり見慣れた人物と目が合って目を丸くする。 以前より千覚は、靜江の体調を案じて見舞いがしたいと夫に相談していた。 結婚して今なお仲睦まじいのは、お互い支え合い、何でも相談するようにしている事もあるが……靜江から指南を受けた石鏡の郷土料理も密かな立役者となっており、どうしても直接会って話がしたかったのだ。 そして、布刀玉もそれに賛同し、綿密に計画を立てて……今日の日を迎えた。 「これはこれは、布刀玉王とその御正室に置かれましてはご機嫌麗しく」 「お父上、お止め下さい。今はお忍びで……王と正室としてではなく、布刀玉と千覚として来ています。今は、貴方の息子と娘です」 「……そうか。息災で何よりだ」 「父様もお元気そうで良かったです」 深々と腰を折る浄炎を慌てて押し留める布刀玉に、頷く千覚。親子の間に流れる穏やかな空気に、靜江も表情を和らげる。 「今日は先客万来じゃ。布刀玉様も千覚様も久しいのう」 「靜江、身体は大丈夫ですか?」 「うむ。浄炎が診てくれておるゆえ問題ない。それにしても、先王の後ろに隠れておったちびっ子が、随分立派になったものよの」 「あぁ、もう。その話は止めて下さいよ……」 ふぇふぇふぇ、と笑う靜江に、頬を染める布刀玉。千覚はあら、と小さく呟いて小首を傾げる。 「靜江様、布刀玉様の小さな頃をご存知なんですか?」 「うむ。先代の石鏡王がご健在の頃からの付き合いゆえな。香香背様は手がつけられぬじゃじゃ馬じゃったが、布刀玉様はそれはもう、大人しい少年でな。恥ずかしがりの愛らしい子じゃった」 「まあ……」 「今日は奥様もおいでじゃ、昔話でもじっくり聞かせてやろうかの?」 「し、靜江ったら……! 今日はその話をしに来たんじゃないんですよ。ねえ、千覚さん」 「はい。ちょっとお伺いしてみたい気もしますけど……今日はこの子達に会って戴きたくて」 布刀玉と千覚は、1年ほど前に双子の兄妹を授かった。 すやすやと眠る赤子を、嫗の腕にそっと抱かせる。 「おお、幼き頃の王にそっくりじゃ。愛らしいのう」 「父上も、是非抱っこしてやってください」 「ほら、おじいちゃんですよ」 息子と娘に促され、赤子を胸に抱く浄炎。その柔らかさ、温もり……小さいながらも力強い存在に、浄炎の口元が緩む。 「まさか孫を抱く日が来ようとはな……」 「長生きはするもんじゃの、浄炎」 「そうですよ。靜江様も父様もまだまだ頑張って戴かなくては」 「ふむ。それでは、いつポックリ逝ってもいいように、千覚様に更なる石鏡の料理を教えておこうかのう」 「だからポックリ逝ったら困りますよ、靜江」 嫗と夫のやり取りにくすくすと笑う千覚。 赤子の温もりや命の輝きは、元気を分けてくれる。 隼人夫妻の子や、この子達を抱いて、少しでも元気になって貰えたら……。 「あー。待って! もうちょっとそのままで! はい、いいですよー!」 色紙に筆を走らせる柚乃。今までやけに大人しいと思ったら、絵を描いていたらしい。 靜江を囲む日常を切り取って……いつまでもそれが残るようにと、形にする。 「柚乃様、お久しぶりです」 「彰乃ちゃんー! 元気だった?」 「はい、お陰様で」 手を取り合って再会を喜ぶ柚乃と山路 彰乃(iz0305)。 彰乃は彼女から手紙を受け取り、柚乃が大学を卒業する頃合を見計らって里帰りしていた。 「彰乃ちゃん、少しはゆっくりできるんです?」 「はい。のんびり羽を伸ばして来るようにと旦那様が」 「良かった! じゃあ、折角だしお買い物行きましょうよ!」 「そうですわね。甘味でも戴きながら、柚乃様の大学のお話聞かせて下さい」 「勿論ですー! 彰乃ちゃんの旦那様のお話も聞きたいなっ」 「良いですわよ。隼人様の赤ちゃんへの贈り物も買いたいので、お付き合い戴けます?」 「あ、柚乃も同じこと考えてました! じゃあ早速行きましょ!」 うふふと笑いあう2人。手を取り合って銀泉の街へと繰り出す。 「いったーい! ちょっと引っ張らないで下さいな!」 「うー?」 「こーら、隼火。優しくしないとダメだぞ。……悪いな、冷麗」 「この子赤ちゃんなのに力強いんですもの。誰に似たのかしら」 「だー!」 「……どっちに似ても力は強そうだなぁ」 ぷんすかと怒る妻の相棒の羽妖精を宥める星見 隼人(iz0294)と、彼の腕の中で、きゃっきゃと笑う赤子を、火麗(ic0614)は穏やかな目で見守る。 彼女は1年ほど前、元気な男児を出産した。 父親譲りの黒髪に、母親譲りの青い目を持つその子は隼火と名付けられ、1歳にして腕っ節の強さを発揮していた。 己に手を伸ばしてくる赤子を愛しげに撫でて、火麗は笑顔でため息をつく。 「……どうした? 火麗。何か考えごとか?」 「ん? ううん。未だにね、信じられない時があるのよ。自分が結婚して子供生むなんて思ってもみなかったから」 「あー。それは俺も一緒だ。女子に縁がなかったしな」 「隼人さん、本当に晩生だったもんね」 遠い目をする隼人にくすりと笑う火麗。 まあ、そのお陰でこの人とこうして結婚出来た訳だが。 「本当に、毎日幸せで……隼人さんに感謝しないとね」 「感謝しないといけないのは俺の方だ。慣れないことばかりで苦労したんじゃないか?」 「ううん。靜江様が色々教えて下さるし、隼人さんが一緒だし……こんなの苦労のうちに入らないよ。隼火も可愛いしね」 2年前に祝言を挙げた時も、1年前に息子が生まれた時も……銀泉の領民達は心から喜び、歓迎してくれた。 慣れないながらも当主の正室として勤める彼女を、彼らは今でも気遣い、励ましてくれる。 逞しく頼りになる夫、可愛い息子、強く賢い義祖母。そして心優しい領民達をこの先も守って行きたいと思う。 「さて、そろそろ出かけて来るね」 「今日は旧友に会うんだったか?」 「うん。あの子と、あの子の人妖が隼火に会いたいって言うから」 「そうか。折角の機会だ。ゆっくりしてくるといい。ああ、人妖達の様子を昭吉が知りたがってたから、帰って来たら教えてやってくれるか。あと、柚乃から手紙を預かってるから届けてやってくれ」 頷く火麗。 ――人妖三姉妹と、昭吉にこうして関わる切欠となった事件。 神村菱儀が起こしたそれは、悲惨なものだったけれど……その縁が生み出したものは不幸だけではなかった。 縁とは味なもの――。 そんな事を考えていた火麗。突然夫に引き寄せられて目を瞬かせる。 「……どしたの?」 「……出かけたら暫く会えないだろ。今のうちに触れておこうかなって」 「馬鹿ねえ。すぐ帰って来るわよ」 隼人の髪を撫でて、そっと額に口付ける火麗。 その後方で、冷麗の叫びと隼火の泣き声が聞こえて来て……穏やかな妻の顔が一転して般若に変わる。 「コラー! 冷麗! 隼火泣かすんじゃないよ!」 「だって隼火がぶったんですもの!」 「あんたの方がお姉さんなんだから我慢しな!」 「まあ、そう怒ってやるなよ」 「隼人さんは黙ってて!」 「ハイ」 火麗に睨まれて黙る隼人。 これも、仲が良いからこそ出来ることで……この夫婦はいい意味で釣合が取れている。 「思ったより復興が進んでるみたいね」 「そうだね」 ニクス・ソル(ib0444)のグラスに酒をなみなみと注ぐユリア・ソル(ia9996)。 夫の駆る戦馬の背の上から、和泉の村を見てきた彼女。 3年前、腐敗した土で覆われていた村はすっかり綺麗になり、今は菜の花や、カタバミ、ホトケノザなどが咲き乱れている。 どこにでもある穏やかな春の光景。村人達の働く姿も見えて……2人はほっと胸を撫で下ろす。 「いいお天気だし、和泉村の花を見ながらお酒を楽しみましょう」 「ユリア、今日はいくらアルバがいないからって羽目を外すなよ」 「あら。誰に向かってそんな事言ってるのかしら。何なら飲み比べしてみる?」 にーっこり笑うユリアにギクリとするニクス。 今日は2人の息子である2歳になるアルバを、からくりの執事に預けて来た。 こんな風に口を滑らせるなんて……久しぶりの夫婦の時間だったので、彼自身ちょっと浮かれていたのかもしれない。 勿論、ユリアの身を案じて言ったつもりだったのだが、どうやら彼女の勝負心に火をつけてしまったようで――。 ――しまった。何しろ妻は酒に関してはザルを通り越してワクだ。自分もそんなに弱い方ではないが、勝てる気がしない。かといって、勝負を挑まれて引く事も出来ない。 逡巡の後、いいだろう、と頷くニクス。数時間の後に、勝負を受けたことを後悔する羽目になった。 「……ちょっと、ニクス。大丈夫?」 「ん。……ダメだ。降参……」 「もう、だから言ったのに」 くすくすと笑うユリア。今にも崩れ落ちそうな夫を、己の膝を枕にして寝かせる。 顔が赤い彼からサングラスを取って、髪をゆっくりと梳く。 「大丈夫? 気持ち悪かったら言ってね」 「平気だ。そこまで酷くはない……。今日は随分優しいんだな」 「そりゃね。ニクス、時々息子にヤキモチ焼いてるでしょ? 今日は旦那様を甘やかしてあげようと思ってね」 「そ、そんなことは……」 「隠そうとしたってダメよ。ひいの時だってそうだったでしょ。わかってるんだから」 にっこりと口角を上げるユリアに、弱々しくため息をつくニクス。 完璧に隠していたつもりだったのに、バレていたとは……。 彼は己の髪を撫でる妻の手を取ると、それにそっと口付ける。 「ああ、本当にユリアには勝ち目がないな。降参するしかない」 元々彼女に惚れた時点で、勝負は決まったようなものだったのかもしれないが……。 「何言ってるのよ。ニクス以外の誰が私を止められるの? バカね」 夫の頬をむにーと引っ張るユリア。何事か言おうとした彼の唇をそのまま塞いだ。 「丁度良かった。クロウさん、手伝って下さい」 「は? え? 何だよ。どうした?」 「美色さん達の寝室の傷みが思ったより進んじゃってて。何とかしなきゃなの」 猫又神社の村に足を踏み入れるなり、リシル・サラーブ(ic0543)に捕まったクロウ・カルガギラ(ib6817)。戸隠 菫(ib9794)の説明に、納得したように頷く。 クロウは今日、観光をしにきたのだが……まあ、そういう事なら致し方ない。 手伝いをしてから、客になるとしようか……。 「あれ? でもこの間、リシルが寝室綺麗にしたって言ってなかったか?」 「え? そうなの?」 「それはそうなんですが……見て戴ければ分かると思います」 首を傾げるクロウと菫に、こくりと頷くリシル。 彼女が指差す先を見て、彼らは絶句した。 ――暫く来ない間に、猫又神社の猫又達がものすごーーーーく増えていたので。 3年前、母猫美色が4匹の猫又を出産した。その1年後、長女月白と、次女リーファが立て続けに懐妊、猫又がぽこぽこと増えた。 そして更にその1年後、長男ヨシツネが嫁を連れて帰って来て……とまあ、ねずみ算ならぬ猫又算式にどんどん数が増えて行った。 その結果、猫又神社に増築が必要になり、定期的に猫又神社を訪れていたリシルが対応したりしたものの、過度な使用頻度による傷みと言うものは防ぎようがない状態で……。 そして、あまりにも猫又が増えて収容しきれなくなって来た為に、最近は生まれた子猫又を開拓者の相棒として有償で譲渡する商売まで開始し、密かに人気を博しているらしい。 「村人さんも定期的にお手入れはしてくれてるんですけどね……間に合わないみたいで」 「そっか……。じゃあ、私達がいる間に、手のかかる部分はやっちゃった方がいいかもしれないね。楡も手伝ってよ」 「はいな」 「そうだな。力仕事なら任せとけ」 「ラエルもお願いしますね」 「クェ!」 頷きあう3人と相棒達。寝室の木材の入れ替えや、新しい寝床の設置、増築の支持などをテキパキと行っていく。 皆で手分けして対応したものの、満足の行く状態になる頃には、日がすっかり暮れてしまっていた。 「あぁ〜……疲れた」 「とりあえずこんなとこで大丈夫か?」 「はい。今日のところはこれで大丈夫だと思います。後日足りない部分は対応しておきます」 ぐったりと身を投げ出す菫とクロウ。頷くリシルの元へ、村人達がやって来る。 「開拓者様、今日は本当にありがとうございました。助かりました。あの、こんな時間ですし、宿と食事を用意致しましたので今晩はゆっくりなさって下さい。勿論御代は戴きません」 「えっ。いいんですか?」 「やったー! お食事ー!」 「何か返って気遣わせちまって悪いな」 「いえ。私どもにはこのくらいしかお礼が出来ませんので……丁度桜が見ごろです。是非夜桜を楽しまれて下さい」 驚くリシルに大喜びの菫。頭をボリボリと掻くクロウに、村人達が頭を下げる。 「よし、猫又さん達とお茶しながら夜桜見よう!」 「宿……。ねえ、クロウさん、菫さん。宿と言ったら温泉ですよね。ここ、掘ったら温泉出ませんかね……?」 「えっ……。リシル、本気か……?」 うーん、と伸びをする菫の横でぼそりと呟くリシル。 呻くクロウが彼女を見ると……リシルの目は恐ろしい程に本気だった。 「紹介するにゃ。私の子供達にゃ」 「こんばんはですにゃー!」 「わああ! 可愛い! でもこれだけいると名前覚えるの大変かも……」 月白と、その子供達に頭を下げられて顔が緩みまくる菫。 しかしこう、これだけ猫又がいると目印がないと区別がつかない……。 「この子はリーファちゃんの長女で、この子はヨシツネ君の次男ですね」 「リシルちゃん、良く分かるね」 「ここには何度も来ていますからねえ」 「そっか。私も何度も足を運ぼう!」 「はい。そうして戴けると助かります。私だけでは手が足りなくて……温泉も掘りたいですし」 ぐっと握りこぶしを天に突き上げる菫に、猫又達をもふもふしながら笑顔で言うリシル。 ……温泉計画、本気なんですね……。 「クロウは最近どうしてるにゃか?」 「ん? 俺、去年結婚したんだ。この間娘も生まれたよ」 首を傾げる美色に、穏やかな笑みを返すクロウ。 彼は神の巫女セベクネフェルの死に嘆き悲しみ、どん底まで落ち込んでいた所を励まし、支えてくれた女性を妻として娶った。 そして、生まれた娘は黒髪に黒い目で……どこか、消えて行った黒いアヤカシに似ていて。 あの子がヒトになって還って来たのかもしれない、なんて考えるのは都合が良すぎるだろうか。 でも、今度こそ彼女に、『スキ』と『アイ』を、時間をかけて教えてやれそうで――。 「……クロウ? どうしたにゃ?」 「いや、何でもない。娘がもう少し大きくなったら、奥さんと一緒に連れて会いに来るよ。だから、それまで元気でいてくれよ?」 「まだまだピッチピチにゃよ。任せるにゃ」 ふふん、と胸を張る母猫又にぷっと吹き出すクロウ。 桜が咲き乱れる猫又神社。わいわいと賑やかに夜が過ぎて行く。 「今年も綺麗に咲いたな」 「そうだな」 灯篭の灯りに照らされた見事な桜を並んで見上げる一之瀬 白露丸(ib9477)と一之瀬 戦(ib8291)。 春になったとはいえ、夜の風は冷たくて……白露丸は上着を取り出して、月雲 左京(ib8108)と息子を振り返る。 「大分冷えて来たぞ。左京殿、寒くないか?」 「大丈夫でございます。鶲様は寒くございませんか?」 姉分に笑顔を返す右京。隣にいる男児の顔を覗き込むと、彼はにぱっと愛らしい笑みを浮かべる。 「へーき! さきょー! いこ! はやく!」 「はい。お足元、お気をつけ下さいませ」 「だいじょーぶだよ。ころびそうになったら、オレがさきょーをたすけてやるよ!」 「あら。まあ、ありがとうございます」 「鶲、左京殿をあまり困らせては駄目だよ?」 「アイツ、本当に左京の事大好きなぁ……」 母の言葉が聞こえているのかいないのか、左京の手を取り桜の樹の元へ歩いて行く鶲に、戦が呆れたようにため息をつく。 息子が生まれる前から、幾度となく様子を尋ねに来てくれる左京に、鶲はすっかり夢中なようで……。 左京が一緒の時は、彼女にべったりで両親には寄り付かない程の徹底ぶりだった。 ――まー。将来左京を嫁に貰うくらいの男気見せてくれんなら嬉しいけど。 そんな事を考えていた戦。ふと、何かに手を取られて振り返る。 「ん? 鶺鴒、どうした?」 「……あの。鶲は左京殿に夢中だし……たまには、な……駄目か?」 戦の指をきゅっと握り、上目遣いで見つめて来る白露丸。 ――戦が妻のこの顔に弱いと言うことに、本人は気づいているのだろうか。 戦はその手をそっと握り返し、逆の手で己の口に人差し指を当てる。 「ダメな訳ないだろ。ただ……秘密な。左京と鶲にヤキモチ焼かれたら困るだろ?」 悪戯っぽく笑う戦に、くすりと笑って頷く白露丸。 寄添いながら、妹分と息子の後を追う。 鶲と手を繋ぎ、夜桜を見上げる左京。 ――桜といえば、悲しい思い出ばかりの花だった。 今はこうして暖かな気持ちで眺めることが出来て……彼女の口元が自然と緩む。 「なあ、さきょー。さくらすき?」 「……はい。里の桜も見事でございますが、こちらも素敵でございますね。鶲様は桜はお好きですか?」 「オレね、さくらよりさきょーがすき」 「まあ。ありがとうございます」 鶲の可愛らしい告白ににこ、と笑う左京。幼い男児はぐっと拳を握り締めて続ける。 「オレ、ほんきだよー。おおきくなったらさきょーとけっこんするー」 「あらあら。鶲様ったら」 真剣な鶲に、頬に手を当てて小首を傾げる左京。 その言葉に、戦がからからと笑い、白露丸が頭を抱える。 「いやー、うん。さすが俺の息子なだけはあるわ」 「この子は何を言っているんだか……。すまんな、左京殿」 「いいえ。わたくしは幸せに御座います。里に帰れば家族が……こうして足を運べば、お二人と……鶲様が居らっしゃいますから」 ふわり、と笑う彼女。里を失い、兄とはぐれ……ずっと独りなのだと思っていた。 今は家族を取り戻し、こうして大切に思える人もいて――本当に、何とも言えぬ充足感に満ちた毎日で……。 そんな左京を見つめる鶲だったが、ふぁ……と欠伸をして、目をこすり始める。 「鶲様はそろそろお休みの時間でしょうか?」 「そういやそうだな。おい、鶲。そろそろ戻るか」 「やだ! オレまだへーきだぞ!」 ジタバタ暴れる息子を、肩を竦めつつ抱き上げる戦。 その場から動こうとしない白露丸に気付いて、戦が戻って来る。 「どうした? 何かあったか?」 「あ、の……な」 言葉を濁らせる白露丸。何と言おうか……言葉を捜しているような妻に、戦は訝しげな目線を向ける。 「具合でも悪いのか?」 「あ、違うんだ。ええと……」 困ったように笑う彼女。そっとお腹に手を当てて目を閉じる。 「……三ヶ月だそうだ。来年には、また一人家族が増える」 「……は? え?」 「まぁ、それは真で御座いましょうか。おめでとうございます、白様」 「ととさま、かかさま。かぞくがふえるってなんだ?」 理解が追いつかないのか、呆然とする戦。 続いた左京と鶲の声に、彼は我に返る。 「あー。えっとな。お前に弟か妹が出来るって事だ」 「ほんと? オレ、いもうとがいい!」 「ふふふ。楽しみでございますね。さて、お父上もしっかりとなさいませぬと……」 「あ? 俺、しっかりしてんだろー?」 左京と戦のやり取りに可笑しそうに吹き出す白露丸。穏やかな笑顔のまま続ける。 「心配なら、戦殿を見張ってもらっても良いんだよ?」 「はい。時々見に参ります。白様も身重になるのであればお手伝いが必要でございますものね」 「おー。頼りになるな、我が妹君は」 「さきょーはオレのだぞ!」 鶲の一言に笑う3人。 今とこれからを繋ぐ幸せ。桜の樹の下、大切な人と、共に在り続ける未来を願う――。 久しぶりの石鏡。ここはいい意味で変わらない。 音羽屋 烏水(ib9423)が彼の相棒のもふらさまと共に名乗り、妹王へ謁見を求めると、側近達は彼が御遊に訪れたのだと思ったらしい。 3年前、開拓者を引退した烏水は旅をしながら芸の道を究め、若い身でありながら天儀屈指の楽師と呼ばれるようになっていた。 その実績があるからこそ勘違いされたのだろうが……あっさりと面会の許可が下りて、部屋に通された途端、どーん! と香香背(iz0020)が突っ込んで来た。 「香香背、久しい……わ、ぷっ」 「烏水……! 本当に烏水だわ! 何か背が高くなってる!」 「そりゃあ、わしとて成長期の男子ゆえな……」 そっと身を離して婚約者をまじまじと見つめる烏水。 香香背は変わらぬ所もあるが、細かった身体も女性らしい丸みを帯びて、とても美しくなっていて……。 何だか婚約者が眩しくて直視出来ず、烏水は目を伏せながら続ける。 「わしがおらぬ間、寂しゅうなかったか?」 「そりゃあ少しはね。……でも、烏水の噂は、ここまで届いてたから。烏水はどうなの?」 「顔が見たいと思った時は何度かあったが、これがあったゆえな」 懐から、紅の花飾りを取り出す烏水。 ――これがあったから、寂しさを紛らわせ、此処まで来ることが出来た。 「やはりこれは、おぬしの髪にあった方がええの」 「烏水のお面もね」 お互いの宝物をお互いの頭に飾り、くすくすと笑う2人。 ――思えば、短くも長くも感じる3年だった。 様々なものを見て、色々な事を感じて……彼女に会った時につぶさに伝えられるよう、曲と詩を書いた。 そのお陰か、周囲から高い評価も得られるようになり、自信もついた。 天儀一には未だ遠いが、今ならば――。 「ようやっと約束を果たせる。待たせたのぅ」 「ううん。それよりわたし……退位にもう少し時間かかりそうで」 「分かっておる。これからはここを拠点に腕を磨きながらおぬしの傍にいよう」 「本当にいいの?」 「うむ。元々そういう約束だったではないか。それにこれ以上離れていては、身が持ちそうにない」 「……わたしも。ねえ、烏水。あなたが3年かけて見てきたものを、私にも教えて」 「ああ、ゆっくり聞かせようぞ」 「うん。烏水もいろは丸ちゃんももう離してあげないんだから」 「望むところもふ」 何故か胸を張るいろは丸に、笑いを漏らす香香背。そのまま烏水の胸に顔を埋めて囁くように続ける。 「おかえりなさい、烏水」 「……ただいま、香香背」 何気ない挨拶に込められる万感の思い。新たな約束を交わして――2人は新たな道を歩み始める。 久しぶりに黒狗の森を訪れて、黒優を交えて思い出話に花を咲かせる輝羽・零次(ic0300)と紗代。 出会った頃は幼かった紗代も、年を経る毎に背が伸びて雰囲気が変わり……成人した今では、すっかり美しい娘になっていた。 「しかし、お前がギルド職員とはなぁ……」 「前から心配だーって言ってるけど、お兄ちゃんは紗代がギルド職員になるの気に入らないの?」 「別にそういう訳じゃねえけどさ」 「クゥ」 小首を傾げる紗代に、言葉を濁す零次。黒優に元気付けるように鼻先で突かれて、彼は苦笑する。 黒優には、俺の考えはお見通しって事なのかな……。 そう。今日は、彼女に告げるべき言葉がある。全てが始まったこの森で、黒優の前で……。 「紗代。約束、覚えてるか?」 ――お兄ちゃんがずっとひとりだったら、紗代がお嫁さんになったげる。 4年前。この森で紗代が零次に告げた言葉。 彼女は頬を染めると、俯いて続ける。 「……忘れる訳ないよ。お兄ちゃんに好きな人が出来るまででいいから、傍にいさせて」 「ああ、それな。俺、好きなヤツいるよ。今、俺の目の前に」 「……え? お兄ちゃん、黒優が好きなの?」 「違ェよ! 紗代、お前だっつーの!」 「う、そ……。だって、紗代は妹なんでしょ?」 「それも嘘じゃねえよ。今は少し、違ってるだけで……」 紗代がギルド職員になる、そう言い出した時、零次の胸に奇妙な感情が沸いた。 独り立ちしたら、自分から離れて行くんじゃないか。 美しくなっていく彼女を人目につかないところに隠しておきたい……。 ――紗代には幸せになって欲しい、笑っていて欲しいと思う半面、彼女の未来を阻害しかねない己の感情に最初は戸惑った。 その感情が何なのか、どうしてなのか……答えを見つけるのに、朴念仁の彼は人3倍の時間を要したけれど。 直情型でもある零次は、一度気付いたらもう、気持ちを止めることは出来なかった。 「そういう訳でさ。お前を幸せにする役目は誰にも譲れないし、譲りたくない。……お前が好きだ。その、俺と一緒になってくれないか?」 「……なる。紗代、お兄ちゃんのお嫁さんになる」 ぶわわっと涙を溢れさせる紗代にギョッとする零次。 泣かれるとは思わず、アワアワと慌てる。 「うわ。何だよ。泣くなよ」 「だって、迷惑なのかなって……ずっと思ってて。ギルド職員になろうと思ったのだって、お兄ちゃんの傍にいられると思ったからだし……」 「そっか。じゃあ、俺の嫁になっちまえば問題ないな。……長いこと待たせて悪かった」 涙を止められない紗代をそっと引き寄せる零次。 黒優はそんな2人を安堵に満ちた目で見守っていた。 「もっちゃんもふもふ〜♪ おひさまのいーにおい!」 「りっちゃん、あんまり毛を引っ張らないでもふね?」 「はぁ〜い。あ、もっちゃん、桜がくっついてかわいいの〜」 桜の花の下で相棒のもふらさま、望月と仲良く遊ぶ愛娘に、星杜 焔(ib9011)と星杜 藤花(ic1296)が穏和な目線を向ける。 「今日はいい天気だね」 「本当、こんな麗らかな日にお花見なんて素敵」 木漏れ日に輝く桜。雪のようのはらはらと舞う花弁が、夫妻の上にも降り注ぐ。 もふらさまと遊ぶ娘……3年前に生まれた梨羅は、本当に、あっという間に大きくなった。 父譲りの茶を帯びた銀髪に、母譲りのたらりと垂れた兎耳が愛らしい。 ふわふわとした髪質と緑色の瞳は母から、顔立ちは父から……夫婦2人の特徴が上手い具合に合わさり、とても可愛らしい娘に成長していた。 「りっちゃん、もっちー。お弁当にしようか」 「わーい! おべんとうだって、もっちゃん!」 「丁度お腹空いてたもふよ〜!」 焔の声にぱたぱたと走って戻って来る梨羅と望月。 彼の料理は天下一品だと知っている彼らの行動は早く、しゅばっとお行儀良く座って箸を受け取る。 「ねえねえ、ぱぱ、まま。きょうのおべんとうなぁに?」 「今日は鶏のから揚げに、ハート模様の卵焼きを作ったよ」 「うさぎさんのおにぎりに、うさぎさんのリンゴも入ってますよ」 「わあ! うさぎさん! りっちゃんとまま!」 笑顔の藤花に頬を綻ばせて手を叩く梨羅。兎耳の幼女は少し考えた後、小首を傾げて父を見る。 「ねえねえ、どうしてぱぱともっちゃんには、うさぎさんのおみみとしっぽがないの?」 「それはね。パパは人間で、もっちーはもふらさまだからかな」 「ままとりっちゃんとちがうの?」 「そうね。ちょっとだけ違うのかしらね。でも皆家族で、仲間ですよ」 両親の言葉に再び考え込む梨羅。納得したのかこくりと頷く。 「りっちゃん、ごはんおいひいもふよ。食べないもふか?」 「あっ。もーちゃんずるい! りっちゃんもたべるー!」 もっしゃもっしゃとすごい勢いでお弁当にかぶりつく望月に、負けじと食べ始める梨羅。 兄妹のように仲睦まじい相棒と娘に、焔と藤花は静かな笑みを浮かべる。 護大との戦いが終わり和平を結んでからもう3年。 あれから大きな争いもなく、細々としたアヤカシが現れる程度になって来ている。 「この子が平和な時代に生まれてきてくれたことに、感謝しなくてはね……」 「そうですね。この子が大人になる頃には、ここはどんな世界になっているのかしら」 「今より素敵な時代になっているといいね。いや、俺達がそうしていかないと……」 呟く焔。藤花は夫の腕に手を絡めて、そっと寄添いながら頷く。 穏やかな日常。子供達の為に、この平和が永く続くよう……祈りを形に変える為に、努力を続けたいと思う。 夫妻の思いはきっと、他の者達と同じで――この世界はきっと、良くなっていくはずだ。 3年後の明日は、更なる明日へつながって……それぞれの何気ない毎日が新しい未来を作っていく。 これから続いていく開拓者達の明日は、きっと明るいものになるはずだ。 |