【春来】今日の佳き日に
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 22人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/04 10:54



■開拓者活動絵巻
1

十姉妹

癸 青龍




1

■オープニング本文

●名だたる彼らのお祝いに

「一緒に石鏡に行っていただけませんか?」
「はあっ!?」
 いつもの笑顔――いつも笑っているように見えるのは商人としての美点だそうだ――で告げてくる三豊 矩亨(iz0068)の言葉、それがまた余りにも突拍子が無さ過ぎて、晶秀 恵(iz0117)は大声をあげた。
(いけない、素だったわ)
 いくら縁がそれなりに長いとはいっても相手は客だ、礼節と言うものが……それにしても、また突然何の話だ。
 大きな戦いが終わってから少し経つ。三豊の興味が向くようなことなどあっただろうか? いや、なかったように思うのだが。
「失礼しました。御用件……詳しいお話を、はじめから、話していただけませんか」


 今回の騒ぎは、矩亨と恵のそんなやり取りから始まった。


 矩亨は、神楽の都に店を構えている商人である。
 古着屋から始まった彼の店は徐々に大きくなり、前の春から結婚式事業を起こした。
 その事業ももう少し盛り上げたいと思っていた矢先に、彼は素晴らしい情報を耳にした。
 春呼祭を皮切りに、何度となく行われてきた五行王と石鏡王の見合いの席。
 先日の交流会で彼らの縁談が見事に成立し、五行王、石鏡王、そして星見家嫡男の正室が決まったと言うのである。
 これは大いなる機会。結婚事業を抱える商人として逃す手はない。
 矩亨は算盤片手に立ち上がった。
 石鏡と五行それぞれに、結婚式を手伝わせてほしいという手紙を出したのだ。
 特に五行の方には、側近と言われるお歴々の方々一人一人に、いかに迅速に支度を整えられるか、という説明書きを添えて。
 更に、王達の正室は皆開拓者だと聞き、もし可能であれば……その他開拓者達も招い、彼らの結婚式も一緒に行いませんか? ……と、そんな内容も書いてみた。
 彼は五行王、石鏡の双王ともに面識はない。
 そんな人物の話に乗ってくれるのかどうか……とても強引で、そして本当に大きな賭けに出た。

 結果として、矩亨は賭けに勝った。
 ――手紙に真っ先に飛びついたのは、予想していた通り五行の王の側近達だった。
 ――五行王が腹心達に押し切られ、それを知った石鏡の双子王も話に乗った。

 勿論、実際にはいろいろなやり取りがあったのだが、そこは割愛する。


「流石に結婚式というのは吹っかけすぎてしまいましたが、結納とその祝宴ならば……と、許可をいただけたのですよ」
 彼らは貴人だ、しきたりどおりの時間をかけて支度を整えなければならないものなのだ。
「ですが、開拓者の皆さん達の結婚式は、問題なく行っても構わないと言っていただけましたよ」
 だから安心してくださいね、などとのたまう矩亨。
 良く事情が飲み込めていないギルド職員の杏子は、そうなんですか……と曖昧な笑みを返す。
「それで、何で私が呼ばれたんでしょう?」
「結婚式に参加する開拓者さんを集めて戴きたいんですよ」
「ハイ?」
 素っ頓狂な声をあげる杏子。晶秀さんにもお願いしたんですがね……と彼は続ける。
「さすがに神楽の郊外、うちの式場にご足労頂く訳にも行きませんからね。ふさわしい場所があれば、こちらから出張致しますと申し上げたんです、そうしたら……」
 石鏡の双子王から、うちを使えばいいよ、と返事があったのだそうだ。
「早咲きの桜が美しい場所があるから、そこなら丁度いいだろう、という事でして……。折角いい場所をお貸し戴いても、肝心の参加者がいないと盛り上がりませんでしょう? ですから、杏子さんには結婚式を挙げたい開拓者さんや、参列者の方を集めて戴きたい、と。そういうことでして」
「あー。なるほど……。それって実際、結婚しないとダメなんですか?」
「どういう意味です?」
「ほら、その、まだ結婚はしないけど。ドレスや着物は着てみたい、とか……。そういう『結婚式ごっこ』って言うんですかね」
 それなら、私も行ってみたいなー……と、ごにょごにょ続けた杏子。
 それに矩亨がにっこりと微笑む。
「勿論構いませんよ。うちの商品を使って戴けるのならね」
 さすが商人。タダでは転ばない。
 そういうことなら、と杏子も募集要項の用意を始め……。
 開拓者ギルドに、大規模な合同結婚式の募集概要が張り出されたのは、それからまもなくのことだった。


●結婚式会場概要

石鏡
早咲きの桜が美しい庭園にて

●開拓者向け貸衣装(概要)

○新婦用
「天1」白無垢
「天2」白無垢(洋風アレンジ)
「天3」色内掛
「天4」色内掛(洋風アレンジ)
「ジ1」プリンセスラインドレス
「ジ2」プリンセスラインドレス(和柄アレンジ)
「ジ3」マーメイドラインドレス
「ジ4」マーメイドラインドレス(和柄アレンジ)
「希1」キルト・ヒマティオン
「希2」キルト・ヒマティオン(和柄アレンジ)
「泰1」チャイナドレス
「泰2」チャイナドレス(刺繍入り)

○装飾(オプションの参考にどうぞ)
布製の花飾
付け替え可能な袖
長手袋
月や星デザインの真珠のアクセサリー
金属製の飾り細工
花冠

○新郎用
「天い」紋付袴
「天ろ」紋付袴(洋風アレンジ)
「ジい」タキシード
「ジろ」タキシード(和柄アレンジ)
「希い」踝丈キトン・ヒマティオン
「希ろ」踝丈キトン・ヒマティオン(和柄アレンジ)

○装飾用
胸元の花
月桂冠

○その他
自作、自前で用意した衣装などでの参加も歓迎いたします。


●今日の佳き日に
 石鏡の王宮内。石鏡王布刀玉が正室を迎えることが正式に決まり、結納の準備が大急ぎで行われている。
 布刀玉(iz0019)は結婚が決まってからと言うもの、通常の執務の合間に結納品の選定や衣装合わせを行っていて、とても忙しそうで……。
 香香背(iz0020)も執務に借り出されることが多くなり、兄に簡単なお祝いは言ったものの、顔を合わせる日も少なくなっていた。
「結婚って大変なのねえ……」
 書類から顔を上げて呟く香香背。しきたりに則って、気が遠くなるような手続きを経て……一国の王なのだから仕方がないと思う反面、兄に同情する気持ちも沸いて来る。
 そして、もう一つ、彼女の中に芽吹く感情。
「いいなあ……。ウェディングドレス」
 自分が結婚する時は、あのひとが迎えに来てくれて、王の座を降りた後だろうから、そんなに大変な手続きはないと思うけれど。
 やはり、元王ともなれば、石鏡のしきたりに則った婚礼衣装を着るように言われるのだろう。
 ――でもなー。一度でいいからウェディングドレス着てみたいなぁ。
 そんなことを考えていた彼女。ふと、目に入る開拓者ギルドに張られている募集要項。
 そこには『結婚式ごっこ』や『衣装を着るだけでも構わない』とあって……。
 これなら、自分の望みも叶うかもしれない……!
 香香背の目がキラリと輝いた。

 一方その頃、五行国では。
 五行王の側近達もまた、『王の気が変わらぬうちに!』が合言葉で、急ピッチで結納の準備が進められていた。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 柚乃(ia0638) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 日御碕・かがり(ia9519) / 紺屋雪花(ia9930) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / 明王院 千覚(ib0351) / ニクス・ソル(ib0444) / リリアーナ・ピサレット(ib5752) / 神座早紀(ib6735) / 暁火鳥(ib9338) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 輝羽・零次(ic0300) / 紫ノ宮 蓮(ic0470) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / メイプル(ic0783) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

「ひい! とっても似合うわよ。可愛い!」
「ありがとうございます。ああ、ユリア。身体に障りますからクッションを敷いてください」
「ありがとう。シンの教育はどう? 難しい事はない?」
「はい。とても丁寧に教えて下さってますわ。ユリアは絶対だと、徹底した論理に基づいていますので理解し易いですの」
 己を気遣うメイド姿の金髪の人妖を抱きしめるユリア・ソル(ia9996)。
 続いたひいの言葉に、彼女はため息をつく。
 ユリアに正式に引き取られ、使用人としての生活をスタートさせた人妖は、他の使用人達にもすぐさま馴染み……特に、『主を最優先に考える』という点でからくりの執事と意気投合したらしい。
 素晴らしい適応能力だと思うけれど――。
 ――どうしてこう、自分の相棒達は頭が固いのだろう。
 相棒としては正しい姿勢なのだろうとは思うが……もう少し自分達自身の事を楽しんで欲しいのだけど……。
 彼女がそんな事を考えていると、ひいは思い出したように包みを差し出す。
「お花見のお茶請けを用意してみました。ユリアの身体を考えておからクッキーにしたんですが、ちょっと焦げてしまって……」
「あら。ありがとう! 嬉しいわ。じゃあ私がお茶を淹れてあげるわね」
 にっこりと笑うユリア。
 風に舞う桜の花弁。その向こうに、正装をした花嫁や花婿達の姿が見える。
「なーに? ニクス。可愛らしい花嫁さんでもいた?」
「いや、君と結婚した日を思い出してね」
「ふふ。何だか懐かしい感じがするわね」
 遠い目をするニクス・ソル(ib0444)に彼女がくすりと笑う。
 自分達も以前、式を挙げた。
 とはいえ、互いに剣を突きつけるという、一般のそれとは大分違う方法での誓いだったが……。
 それでも純白のドレスで武器を振るうユリアは、冴え渡る刀のように美しかった。
 勿論、今も変わらずに美しいけれど。
 ユリアの手を取り、病める時も健やかなる時も……と小さく誓いの言葉を口にするニクス。
 そんな彼に、ひいが笑みを向ける。
「ニクス、もう一度結婚式なさいます?」
「そうだな。それもいいけど……それより今は、子供の話をしないとかな。色々決めておかないとだろう」
「そうね。色々買っておかなくちゃいけない物とかあるのよね」
「はい。赤ちゃん用のベッドも必要ですし、産着やガーゼのハンカチなども沢山あった方が良いそうですわね」
「へえ。ひいはよく知ってるな」
「赤ちゃんのお世話した事があるの?」
「いいえ。本の受け売りですわ。わたくしも赤ちゃんは初めてですので……」
 わいわいと盛り上がる三人。こうして、相談している時間も楽しい。
「そういえば子供の名前はどうする?」
「性別が分からないから難しいのよね……。平凡な名前にはしたくないんだけれど」
「そうだな……。一応両方考えておいた方がいいか」
「……そうだ。男の子ならアルバ、女の子ならエオスはどうかしら? どちらも暁って意味よ」
「暁。太陽か……。なるほど、君らしいな」
 目を輝かせるユリアに、穏やかに微笑んで頷くニクス。
 彼女のお腹の中で眠る子の未来が、暁のように輝く事を願わずにはいられない。
 ――これが親になる、という事なのだろうか。
「ああ、待ちきれないわ。早く生まれて来ないかしら」
「あらあら。あまり慌てて来てしまっても困りますわよ、ユリア」
「あともう少しの辛抱だよ。君に似た、美しい子だといいな」
 愛おしげに己のお腹を撫でるユリアの手に、手を重ねるニクス。そんな2人を、ひいが柔和な笑みを浮かべて見守り……。
 暁を待つ時間は穏やかに、優しく流れて行く。


「いい天気だねェ。花見日和ってやつさね」
「だなー。いい場所探してのんびり花見でもしようぜ」
「ヘス、今日は地面に直接座るの禁止よっ!」
 女豹のように伸びをする北條 黯羽(ia0072)。
 ヘスティア・V・D(ib0161)の後を、クッションとブランケットを持った青髪の人妖が追いかける。
 リューリャ・ドラッケン(ia8037)はそんな彼女達を押し留めるように前に立つ。
「花見の前に、君達に改めて話しておきたい事がある。……まずはヘス」
「ん? 何だよ」
「……君の自由は妨げない。だけど君が帰るべき場所として、何時でも迎え入れる場所を俺は作り上げるよ。だから、ヘスティア。君に、家族として傍に居て欲しい」
「……は? き、急に何言っちゃってんの!? 黯羽! りゅーにぃが壊れた!!」
「落ち着きなって。リューはいつもこんなモンだろ?」
 彼の突然の告白に、ぼふっと音がしそうなくらいの勢いで赤面するヘスティア。
 くつくつと笑う黯羽にからかわれて……彼女は言われた台詞を反芻して首を傾げる。
「なあ、普通逆じゃね? 港と船が」
「そうかもしれんが、俺船に向いてないんでな」
「あー。そうかもな。まあ、それでもいいって言う男なんて奇特だしなぁ。……俺も愛してるぜ?」
 耳まで赤くしながらぼそぼそと続けるヘスティア。満足気に頷くリューリャに、黯羽がニヤニヤと笑う。
「リュー、良かったねェ。めでたく両想いさね」
「そりゃどうも。君にも言いたい事があるんだけどね、黯羽」
「なんだい?」
「君を幸せに出来る……とは言えないけれど。君が皮肉げではなく、心から笑えるように全力を尽くそう。だから黯羽、俺の家族になって欲しい」
「あいよ。……もう家族のつもりだったンだけどね、俺は。足りなかったかい?」
「いや、俺もそう思ってるが。改めて伝えておこうと思ってね。言葉にするのは大事だ」
 口角を少し上げて微笑み、彼の顎をそっと撫でる黯羽。
 ふうは彼女の顔を覗き込んでじーっと見つめる。
「……照れないのね?」
「大人の女はこういう事じゃ動じないンだよ。そういうのはヘスで我慢しな」
「えー。つまんなーい」
「大人じゃなくて悪かったな!」
 ぷーっと頬を膨らませるふうに吠えるヘスティア。そんな2人の頭を、黯羽はわしわしと撫でる。
 ……実は、内心ドキドキだが、ここでデレデレに照れたら己のカッコ良さに響く。
 だから秘密にしておくのだ。そう、秘密。……目の前でこちらを見つめている男にはバレているかもしれないが。
 リューリャはつ……とふうに目線を移すと、彼女に銀色の龍の指輪を手渡す。
「ふう。君にはこれを」
「……え。何? これ、指輪……?」
「ああ。家族になる証にね。……これからは一緒に色々なものを見て、感じて、自身と向き合いながら答えを探そう」
 彼を見つめたまま固まったふう。次の瞬間、忙しなく周囲を飛び回り始めた。
「……求婚!? これって求婚なのかしら黯羽!?」
「さてねェ?」
「三番目の夫人って事でいいのかしらヘス!?」
「俺に聞くなよ」
「やだもーリューリャったら!! あたしが指輪で釣られると思ったのー!?」
「いや、釣った覚えは……いてっ。いててっ」
 満面の笑みを浮かべたふう。持っていたクッションでリューリャをばしばしと殴る。
 ――いやいや。思いっきり笑顔だし。釣られてるし。
 ニヤニヤと笑いながらその光景を見つめる黯羽とヘスティア。我に返ったふうがこほん、と咳払いする。
「リューリャが望むなら家族になってあげてもいいわよ」
「そうか。ありがとう。3人共、改めて……哀しい時も、寂しい時も、嬉しい時も、楽しい時も。こんな俺だけど、家族になってくれるか?」
「ああ。勿論さね」
「わざわざ聞く事じゃねーだろ。ま、改めて宜しくな」
「ええ。子供のお世話は任せて」
 黯羽、ヘスティア、ふう……反応は三人三様だが、色好い返事に安堵のため息を漏らすリューリャ。
 ヘスティアが何か思いついたらしく、悪戯っ子のような顔をして家族を見る。
「なあ、折角だし4人で結婚式しねえ?」
「ん。これだけ広い会場なら、ちょっと片隅を借りる分には大丈夫そうだな」
「え。でもさすがにあたしの衣装はないんじゃない?」
「ふうの分は俺の相棒が作ったのがあるぜ!」
 頷くリューリャ。ふうの不安を速攻で打ち消したヘスティアだったが、黯羽が新たな問題を口にした。
「しかし、花嫁衣裳どうしようかねェ。俺の胸……普通の衣装じゃ無理だぜェ?」
「あー。俺も腹と胸……」
「ヒマティオン風のドレス……あれならゆったりしてるし入るかねェ。お揃いにするかい? ヘス」
「そうだな! それいいかもな! そうそう、黯羽」
「んー?」
 こそこそと耳打ちするヘスティア。黯羽と彼女がにんまりと笑って……。
 その後、4人の『花嫁』の結婚式が、会場の片隅でそっと営まれた。
 ふうの指には龍の指輪と……そして髪には、銀狼の簪が輝いていた。


 ――どうしてこうなったんだっけ。
 レースがたっぷり使われたプリンセスラインの白いドレスに身を包み、呆然とする日御碕・かがり(ia9519)。
 着飾った花嫁達は皆素敵で、自分も着てみたい……と、隣を歩いていた天ヶ瀬 焔騎(ia8250)に確かに言った。言ったけれど、まさか……。
「着てみればいいんじゃないか?」
 そう返って来たのは予想外だったし、実際貸衣装に放り込まれるとも思わなかった。
 温泉でも驚愕させられたが……白いタキシード姿の焔騎もカッコ良くてドキドキする。
「……似合うな」
「あ、ありがとうございます」
 微笑む焔騎にもじもじとするかがり。
 出来るなら、この人の隣であんなドレスを着てみたいとは思ったけれど……あっさり叶ってしまうなんて。
 こんなに幸せでいいのかなー……。夢でも見てるんじゃないだろうか。
「……そういう訳だ。結婚しようか、かがり」
「……ハイ!?」
 さらりと言った彼に、驚くかがり。飛びずさろうとしたがドレスが重くて上手く行かない。
「えっ。えっ。あの……?」
「あ、いや……。勿論本気なんだが……順序がおかしいのは自覚してる。すまない」
「焔騎さんがそういう事を冗談で言う人じゃないのは分かってます。でも、どうして……?」
「……あれから考えて、一生懸命な君に惹かれている自分に気がついてな。君のような子には幸せになって欲しいと考えたら……こうなっていた次第で」
 生真面目な彼。その不器用が過ぎる行動。そう、そんな彼だからこそ好きになったのだけれど……。
 言葉の代わりに、かがりの瞳から溢れる涙。焔騎が指でその涙を拭う。
「……泣く程困らせたか。すまん」
「違いますよっ。嬉しくて泣いてるんですっ。もー。どこまで驚かせたら気が済むんですか!」
「すまん。いや、謝ってばっかりもいられんな。待たせてしまった、その分以上に……一緒に幸せになって欲しい、からな。その、これを、受け取って貰えないだろうか……」
 微かに頬を染めて、小箱を差し出す焔騎。その中には銀色に輝く指輪があって……。
「焔騎さん、これ……」
「求婚する時には指輪を贈るものなのだろう? 好みに合うといいんだが……」
 普段飄々としていてあまり動じない焔騎が照れている。
 何だか可愛らしくて、かがりから笑みが毀れる。
「勿論嬉しいです! 大切にします」
「あぁ……ようやっと笑った。良かった……。その、末永くよろしく、な……」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「あの。どうします? このまま本番行っちゃいます?」
 手を取り合って微笑み合う2人。恐る恐る声をかけてきたスタッフに2人はもう一度顔を見合わせて笑った。


 空を埋め尽くす桜色。美しい刺繍に彩られたチャイナドレスに身を包んだ紺屋雪花(ia9930)が、それをぼんやりと見上げている。
 ――この季節になると、あいつを思い出す。
 行方不明になった幼馴染。見つけたくて、その為に開拓者になって……。
 見つかると信じて何年もかけて探し続けていたけれど、その間に見つけたのは、彼の面影を持つからくりで……本人が見つかることはなかった。
「……もう、忘れろよ。俺がいりゃそれでいいだろ」
「そうだな。潮時なのかもしれないな。もう、今日で終わりにするよ」
 和柄のタキシードを着たからくりに悲しげに微笑む雪花。彼女を心から笑わせるには、どうしたらいいのだろう。
 もう一度桜を見上げた主のその向こうに……からくりは、信じられないものを見た。

 桜を見ると何故か懐かしく感じて……泣いている幼馴染の顔が、ぼんやりと浮かび上がる。
 紋付袴も懐かしくて借りてしまったが……そう感じると言うことは、自分は天儀の人間なんだろうか?
 そんな事を考えていた暁火鳥(ib9338)。
 自分にやたらと似ているからくりが、怖い顔をして手招きしている。
「何? 俺に何か用?」
「……お前、代われ」
「何を?」
「新郎の役をだ。俺の主がこれから式を挙げる。お前が新郎になれ」
「ハァ? 初対面で結婚って大胆にも程があるだろ。新婦って誰よ」
 突然の申し出にひっくり返りそうになる火鳥を一瞥して、無言で後方を指差すからくり。そこには自分好みの美少女がいて……。
 こんな綺麗な子がからくりと結婚するなんざ、世知辛い世の中になったものだ。
 あー。もしかして、自分がこのからくりと瓜二つだから指名されたんだろうか。
 ――理想の王子様現る……か。
 落としてしまった記憶。何か思い出せないかとやってきただけで、別にこの後何か予定がある訳でもない。余興に付き合ってやるのも悪くないかもしれない。
 彼が歩み寄ると、美少女が振り返った。
「さあ、そろそろ始めようか」
 彼女の顔を見て、目を見開く火鳥。

 あれ……? この娘……見覚えがある……。
 こんな美人、忘れるはずがないのに。
 どこで会った?
 彼女は誰だ……?

 何も答えず固まったままの相棒の手を取って、雪花は首を傾げる。
「お前いつの間に着替えたんだ? 何か感触も違う……し……」
 そう。感触が違う。
 陶器のような肌は硬くてひんやりしているはずなのに。
 柔らかくて、暖かい。
 これじゃまるで、本物の……。
「……火鳥。火鳥?」
「えっ? 何で俺の名前知って……」
「火鳥……!」
「お、おう。って、うわあ。泣かないで……」
 胸に縋り付いて泣く少女。
 思わずその背に腕を回して……思い出した。
 咲き乱れる桜。泣き顔の少女。その少女は……。
「……雪花?」
「そうだ! どれだけ探したと思ってるんだ馬鹿者!」
 ごめん、と囁く懐かしい声。ああ、今日は何と佳き日だろう……!

 その様子を、彼女の相棒は黙って見つめていた。
 自分の主への想いは、嘘ではない。いつか本物の絆になればいいと願っていた。
 でも……彼女の望みを叶える事が、からくりである自分の幸せ。
 そうでなくてはならない。
 『本物』が見つかったのだから、己の役目は終わったのだ……。
 『火鳥』と名付けられたからくりは、そっと目を閉じた。


「僕、千覚さんに謝らないと。勝手に決めてしまった事があるんです」
 明王院 千覚(ib0351)が、布刀玉(iz0019)に結納について相談しに行くと、彼は神妙な顔でそう言った。
「どうされたんです……?」
「……本来はね、結納の席も親戚、縁者ともの凄く沢山の人が参列するんですよ。でも、それじゃゆっくり千覚さんや御尊父様、御母堂様とお話できないでしょ。僕、それが嫌で……今日は香香背と、僕の側近達だけにして貰ったんです。相談もなしに決めてしまってごめんなさい」
「謝ることなんて……私もその方が嬉しいですから」
 頭を下げる彼を宥める千覚。
 些細な事でもきちんと話して、謝罪をする彼の姿勢が嬉しい。
「王である僕ですらこんな事やってるんですから、形式ばる必要はありません。千覚さんの希望を叶えて戴いて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。あの、布刀玉様が望んで戴けるのであれば……お色直しでドレスを着たいんですが」
「ドレス! いいですね。ドレスを着た千覚さんは綺麗だろうなぁ」
 彼の予想外の反応に頬を染める千覚。布刀玉は悪戯っぽい笑みを浮かべて続ける。
「あ、将来、僕達の義弟になる人もいらしてるから、後で一緒にご挨拶に行って貰えますか?」
「はい。勿論です。……いっそ参列して戴いたら如何ですか?」
 にこにこと笑い合う2人。仲睦まじい様子に、明王院 浄炎(ib0347)が目を細める。
「あの青年、良い目をしているな」
「そうでしょう? 千覚は私に似たのね。あの方、貴方にそっくりだもの」
 くすくすと笑う明王院 未楡(ib0349)。未来の夫と話し込んでいる娘をそっと手招きする。
「さあ、千覚。準備をしましょう。あまり旦那様をお待たせするものじゃありませんよ」

 千覚が纏っている白無垢は、かつて未楡が祝言を挙げた時に着ていたものだ。
 望まれて結婚する娘に、親として何がしてやれるだろう――。
 気がつけば、彼女は思い出の白無垢を取り出し、娘に合わせて設え直していた。
 一針一針に娘の幸せを願い、祈りを込め……それを贈る事くらいしか思いつかなかった。
 それを喜んでくれた娘は、本当に良い子に育ってくれたと思う。
 かつて妻が纏った白無垢を着て、薄く化粧を施した千覚を見ていると、自分が祝言を挙げた日の事を思い出す。
 今の娘は、あの日の妻に良く似ていて――気がつかぬうちに、美しく成長したものだ。
 浄炎がそんな事を考えていると、目の前に座る紋付袴姿の布刀玉が、深々と頭を下げる。
「この度はご丹精にお育てのお嬢様をご無理申上げ、快くご承諾下さいまして誠にありがとうございます。お約束のお印として結納を持参いたしました。幾久しくお受け下さい」
 差し出されるのは白木の台に乗せられた、円満、長寿、子宝など繁栄を象徴する様々な縁起物。
 飾りは最小限だが、質の良さを感じる品々。それらを用意した青年の本質を見た気がして……浄炎の口が、微かに緩む。
「娘の為に、このように良い品々を揃えて戴き感謝申し上げ、幾久しくお受け致す」
「誠に丁寧なお言葉を賜りありがとうございます。大したものをお返し出来ず恐縮ですが、せめてご一献差し上げたく存じます」
「恐縮です。有難く戴きます」
 浄炎が差し出す金無垢の朱盃。そこに未楡が、清和の街で祝いの際に振舞われたと言う澄酒をなみなみと注ぐ。
 器の中に、二羽の燕が仲睦まじく飛んでいるのが見て取れて、千覚の顔が綻ぶ。
「まあ。愛らしい。父様、これは……?」
「比翼の鳥に見立てた幸福招来の燕……燕は安産のお守りである子安貝を生むと言う伝承もあるゆえ、彫金を施してみたのだが……」
「御尊父様が彫金されたのですか?」
「うむ。一国の王にこのような品は失礼に当たるやもしれぬと思ったが……若き2人の門出を祝いたくてな」
「ありがとうございます。大事にします」
 笑顔で杯を煽り、一気に飲み干した布刀玉。浄炎と未楡に、将来、国営の孤児院を作りたいのだと、夢を語る。
 治安の良い石鏡は子育てに向いているし、しっかりとした教育を施した子供達が成人した後はきっと、国内外に広く役立つ人材となってくれる筈だと。
「私も、その夢のお手伝いがしたいなーって思ってるんです」
 頬を染める千覚。もし、この若い夫婦が言う通りの事業が実現するのであれば……石鏡の国を拠点に、支援の手が行き届くようになるのかもしれない。
 それならば、明王院家としてこんなに喜ばしいことはない――。
「不束者だが、民人の安寧が為に身を粉にする事を厭わぬよう育ててきたつもりだ。至らぬ点も多々ある事と思うが、宜しくお願いしたい」
 深々と頭を下げる浄炎と未楡に、恐縮する布刀玉。
 婿と酌み交わす酒は、これまでと違い、とても美味く感じた。


 布刀玉達がドレスとタキシード姿で記念撮影をする様子を眺めながら、心の中でそっとお祝いを言う神座早紀(ib6735)。
 その様子に、こもふらさまの紫陽花が深々とため息をつく。
「勿体無いもふ。早紀だって王妃になれたかもしれないもふ」
「私は結婚するつもりありませんから。でも、紫陽花様となら結婚してもいいかな?」
 腕の中の紫陽花に、笑みを向ける早紀。そこに彼女の相棒のからくりがずしゃあ! と割って入る。
「ちょーっと待ったぁ!」
「……月詠?」
「おい、そこのもふら野郎! チヤホヤされて調子に乗ってんじゃねーぞ! 早紀はな、この俺の嫁になるんだからな!」
「ちょっと、月詠!? いや、だから私は嫁にならないっていうか冗談に決まってるでしょ!」
「うん。オイラ、早紀となら結婚してもいいもふよ」
「「……ハイ??」」
 続いた紫陽花の声に、言い合いを止めて固まる早紀と月詠。紫陽花は気にした様子もなく続ける。
「隼人が、オイラを龍脈の調査の一環で預かってたけど、護大との決着もついたし、これ以上の追加の調査もないだろうから好きな開拓者がいればそこに行ってもいいぞって言ってたもふ」
「……え? そうなんですか?」
「うん。だから、早紀が望むなら、オイラ早紀のところに行ってもいいもふよ」
「あら……。まあ、どうしましょう」
 紫陽花を見つめたまま小首を傾げる早紀。
 2年前行われた龍脈の調査で、水源に突然現れた紫陽花を最初に見つけたのは彼女だっだ。
 それ以来、ずっと気になってはいたけれど……。
「反対! 俺は絶対反対ーーーー!!!」
「月詠、お祝いの席なんだから静かに!」
 そして、突如到来した危機に叫ぶ月詠の口を慌てて塞ぐ早紀。
 ――主にとっては朗報である分、からくりの前途は多難そうであった。


「火麗、とっても綺麗ですわぁ!」
「うむ。一層美しいのだ」
 白無垢姿の火麗(ic0614)に目を輝かせる赤髪の人妖と兎隹(ic0617)。祝われた本人は、今まで見た事がないような柔和な微笑を浮かべる。
「……ありがと。緊張してたけど、2人の顔見たら落ち着いたよ。ここまで来られたのも2人のお陰だね」
「そんなことないのだ。リトだって頑張ってたのだ!」
「いえ、私は別に何も……でも、本当に良かったです」
 兎隹に急に指名されて慌てるリト・フェイユ(ic1121)。早紀がにこやかに星見 隼人(iz0294)とその正室に歩み寄る。
「お2人共おめでとうございます。これ、お祝いです。後で召し上がってください」
「私からもこれを……多産繁栄の象徴なんです。どうぞ、お幸せに」
 早紀からキャビア、リトからオレンジの鉢植を渡されて礼を述べる隼人。
 兎隹はそっと火麗の手を取ると、祈るように呟く。
「末永き多幸と、多くの子宝に恵まれるよう……。星見様、我輩の大事な火麗姐を宜しく頼むのだ」
「ああ、力が及ぶ限りは」
 強く頷く隼人。仲間達に見守られて、結納が始まる。
「この度はこちらのご息女、火麗殿と星身家嫡男、隼人に良いご縁を戴き、誠にありがたいことじゃ。本日は隼人よりの結納を納めさせて戴くゆえ、宜しく頼むぞい」
「ありがとうございます。幾久しくめでたくお受け致します」
 星見家当主、靜江の口上と共に差し出された結納品を恙無く受ける火麗。
 それを見届けると、嫗は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「さて、堅苦しいのはここまでじゃ。祝宴にしようぞ。皆も飲むが良い」
「ババ様……!?」
「で、でも……」
 打ち合わせでは、もっと色々なやり取りが予定されていて……靜江の申し出に慌てる2人。嫗はひらひらと手を振ると、杯に酒を注ぐ。
「現時点で結納は成立しておる。どうせ祝言はまた別途やるんじゃ。その時にはきっちり付き合って貰うゆえな。火麗は他にも着てみたい衣装があろうて。ほれ、さっさと行ってこぬか」
 靜江に沢山我侭を言うがええ……と耳元で囁かれて、真意を悟った火麗。
 礼を言うと、隼人と並んで席を辞す。
「靜江様に気を遣わせてしまったね。後で隼人さんからもお礼言っといてね」
「ああ、そうする」
 頷く隼人。紋付袴姿の彼はいつもよりビシッとしていて、何だか頼もしく感じて……火麗の頬が緩む。
 隼人は正直な人だ。嘘がつけないと言うか……思っていることをそのまま口にするので、こういう関係になってからは割と身悶えるような思いをさせられている。
 言っている本人も相当恥ずかしいのだろうが、翻弄されて嬉しいような悔しいような――。
「どうした?」
「ううん。これから先長い時間を一緒に歩いていく人が、隼人さんで良かったなーって、そう思っただけ」
「……愛想尽かされないように努力する」
「馬鹿ねえ。今更尽きる愛想なんてないよ」
 隼人の手を取る火麗。彼の名を短く呼んで、そっと唇を重ねる。
「火麗」
「んー?」
「続きしたい……」
「ちょっと! これ終わるまで我慢しな!」
「終わったらいいのか?」
「……えっ? あの、それは……」
 わたわたと慌てる火麗。いや、結婚するんだしダメってことはない。ないけど……。
 嬉しそうな隼人を見ていると、ダメとは言えそうになくて……彼女は心の中でああああ、と頭を抱えた。


「王。今『帰って研究したい』って思っていらっしゃいますね?」
「……分かっているなら帰してくれ」
「そうも参りませんよ。結納の儀も疎かにする訳にはいきませんでしょう? これも王と生まれた定めです。甘受なさいませ」
 相変わらずの仏頂面の架茂 天禅(iz0021)を宥めるリリアーナ・ピサレット(ib5752)。
 結納の準備や結婚式の打ち合わせなどで事前に何度か顔を合わせたことで、段々天禅と言う人物について分かって来た事がある。
 この人は、陰陽師の研究に心酔している。それ故、一度そっちに思考が行ってしまうとなかなか戻って来ない。
 その反面、完璧主義な所があり一度何かを始めてしまえば放り出すことはしない。
 今回の結納の練習なども、面倒臭がる事は勿論あったが、割と真剣に打ち込んでいるように見え……神経質で繊細ではあるが、根は真面目である事が伺えた。
 そうと分かれば、舵の取りようがあると言うものである。
 白無垢姿のリリアーナは、そっと天禅の前に座ると、徐に彼に顔を近づけ、天禅の頬をふにふにと引っ張る。
「リリアーナ。だからそれは止めろと言っている」
「何を仰いますか。結納や祝言の席で仏頂面は困ります。さあ、王。練習の成果を見せてくださいませ」
「我に笑顔を求める者などおらぬ」
「民も側近の方達も王の笑顔を見れば安心しますよ」
「我が笑ったら逆に心配される」
「……確かにそうかもしれません」
 天禅の言葉に成程、と真顔で頷くリリアーナ。あっさり肯定されて安堵したのか、彼の口の端が少し上がる。
「あら。今の笑顔、素敵でございますよ」
「……お前が来てから慣れぬ事ばかりだ。お陰で表情筋が痛い」
「それはお互い様ですよ」
「本当に変わった奴だな」
「それもお互い様です。……さあ、皆さんがお待ちです。王、やるからには一点の痂疲もない結納に致しましょう」
 きっぱりと断じたリリアーナに、ため息をつきながらも頷く天禅。
 寄り添って歩き出すと、可愛い妹達が見えて……彼女から、自然と笑みが毀れる。
 ――色々あったけれど、この日を迎えられて良かった。
 この人となら多分、色々な事を乗り越えて行けると、そう思う。
 そして、五行王とその正室は、結納の儀を完璧と言える出来でやり遂げたのだった。


「ほれ、烏水殿。しゃんとするもふよ」
「う、うむ」
 相棒のもふらさまに叱咤されるも、着慣れぬタキシードにもじもじする音羽屋 烏水(ib9423)。
 友人である隼人達の結納を祝い、将来の義兄姉に挨拶をして、香香背(iz0020)と話をしに来ただけだったはずなのだが、どうしてこうなったのだろう……。
 そんな烏水の思考も、女性らしいマーメイドラインのドレスを纏った香香背を見た瞬間に全て吹っ飛んだ。
「あ、あの。ちょっとドレスが着てみたくなってね。そしたらいろは丸ちゃんが、どうせなら模擬結婚式をしてしまえって……あの。付き合わせちゃってごめんね」
「………」
「……烏水? 大丈夫?」
「あ、いや……可憐じゃと、そう思っての」
「……ありがと。烏水もカッコいいわよ。洋装も似合うのね」
 お互いを見て、顔から火が出そうなくらい真っ赤になる2人。
 いろは丸がこほん、と咳払いをして、2人の前に立つ。
「では、これより模擬結婚式を執り行うもふ。烏水殿。健やかなる時も、病める時も、香香背殿を愛し、慰め、助け、命のある限り誠実であることを誓うもふか?」
「うむ。誓うぞい」
「香香背殿。健やかなる時も、病める時も、烏水殿を愛し、慰め、助け、命のある限り誠実であることを誓うもふか?」
「はい。誓います」
「では、指輪の交換を……と言いたいところもふが、今日は小物の交換もふ」
 いろは丸に促され、頷く烏水。香香背にそっと烏面を差し出す。
「……香香背。今は『ごっこ』かもしれんが、この想いは本物じゃ。じゃから言葉だけでなく、指輪の代わりにこれを渡そうと思う。色気もなくてすまぬが……」
 この烏面は、烏水が家出をし、開拓者となってからずっと身に着けていたものだ。
 彼の分身とも言える面を、そっと撫でる香香背。その顔から、穏やかな笑みが漏れる。
「……烏水らしいわね。じゃあ、わたしからはこれ……。王に即位してからずっとつけてたのよ。これ見たら、嫌でも思い出すでしょう?」
 そういう香香背から渡されたのは紅い花の髪飾り。
 思えば香香背と会う時、必ず彼女の髪をこの紅が彩っていたような覚えがある。
「これは……大事なものなのじゃろう? 預かってもいいのか?」
「大事なものだから預けるのよ。ちゃんと返しに来てよね。待ってるから」
「うむ。必ずや……」
 途切れる言葉。笑っていた香香背の顔がくにゃりと歪んで、ぽろぽろと涙が毀れる。
「笑顔で見送らなきゃって思ってたのに……もう! 烏水の顔見てたらダメになっちゃったじゃない……」
「……すまぬ」
 俯く彼女を引き寄せる烏水。彼の胸に顔を埋めて、香香背はため息をつく。
「……寂しいのは烏水も一緒なのにね。わたしったら自分のことばっかりで恥ずかしい」
「好いた女子の我侭は可愛いもんじゃ。気にするでない」
「……何かすごい大人じゃない」
「そう思ったら大間違いじゃぞ。もー内心バクバクじゃ」
 見上げると、烏水の顔が真っ赤で全く余裕のない様子で……思わず吹き出す香香背。そのまま背に腕を回してぎゅーっと抱きしめる。
「今日1日だけでいいから、烏水の時間を私に頂戴。そうしたら3年間我慢する」
「うむ。お安い御用じゃ」
「いろは丸ちゃんももふもふさせてね!」
「大歓迎もふ」
 再び笑顔になった香香背に、安堵のため息を漏らす烏水。
 自分がいない間も、彼女には笑顔でいて欲しい――。
 新しい門出の為に、お互いがお互いの為に出来ること探しに、2人は歩き出した。


「今日は皆のお祝いに来たんですよ。布刀玉クンに香香背ちゃん、烏水クンに……もふら男さんも? お祝いごとが一気に来た感じですよねー」
「柚乃様、随分お詳しいんですのね」
「そりゃあもふらネットワークがありますからっ!」
 くすくすと笑う山路 彰乃(iz0305)にえっへんと胸を張る柚乃(ia0638)。
 もふらさまをこよなく愛する彼女は、情報通なもふらさまと広く顔見知りということなのだろうか。
「今日はお祝い持って来たんです。さっき、順番に回ってお祝い言いながらお渡しして来たんですけど、皆綺麗だし、幸せそうで良かった。彰乃ちゃんは、そういう話ないんです?」
「わたくしは、五行の貴族のところへお嫁入りすることになりそうです」
「えっ? そうなの……?」
「はい。石鏡と五行との繋がりが深くなるようにと御当主様のご要望で始まったお話ですが……でも、とても優しくて素敵な方ですよ。柚乃様が心配するようなことは、何もございませんわ」
「そうなんですか。良かった……」
 ホッと安堵のため息をつく柚乃。彰乃は大事なお友達だから、政略結婚で辛い思いをするなら止めないとと思っていた。
 けれど、上手い方向に進んでいるのなら……。
 そこまで考えた柚乃。はっと思い立って荷物を探る。
「じゃあ、これ。彰乃ちゃんにもあげます。さっき、お祝いとして皆に配ってきたものと同じなんですけど……」
「これは祭具……ですの?」
「そうです。柚乃がデザインしました!」
 いくつも連なる銀色の鈴は鈴蘭の形。銀糸と真っ白いもふ毛を編み込んだ、飾り紐に、小さな白い宝珠が添えられている。
「鈴蘭には幸福の訪れと、『幸福が帰る』という意味があるの。彰乃ちゃんにも幸せが沢山訪れますように」
「ありがとうございます。大切にしますわね」
「大学を卒業したら、石鏡に在住することになってるの。戻って来たらまた会ってくれる?」
「勿論ですわ。お嫁に行っても里帰りしますし。柚乃様にお手紙出しますわね」
「うん。柚乃もお手紙書きます! あ、結婚式にも呼んでね!」
「かしこまりました」
 にこにこと笑いあう柚乃と彰乃。
 活動する場や、生活する場が違っても、友情は変わらないから――。
 変わっていく未来に、変わらぬ絆を約束して……柚乃が作った鈴蘭の鈴が、ころころと愛らしい音を立てた。


「お兄ちゃん、花嫁さん綺麗ねえ」
「あー? そうだな」
 花嫁衣裳を纏った女性達を見て、目を輝かせる紗代に曖昧に頷く輝羽・零次(ic0300)。
 花見に連れて来た筈だったが、紗代は桜より花嫁衣裳に夢中なようで……。
 ――結婚か。
 開拓者は危険な仕事だ。この仕事を生業としている以上、相手を悲しませるような事があるかもしれない。
 仕事に手は抜けない、自分の性格からして、余計に。
 そういうのもあって、正直あまり考えられないと思って来たし、今もそう思っているけれど……。
「なあ、紗代。やっぱ着てみたいか? ああいうの」
「うん!」
「へー。どれが気に入ったんだ?」
「うーん。打掛もいいけどやっぱりドレスかなー。ふわーっとしたのが素敵。あ。でも紗代、ああいうの似合うかなぁ?」
「んー? まあ、似合うんじゃね?」
「そう? 良かった。じゃあ、紗代が結婚する時はああいうのがいいなー」
 えへへと笑う紗代。彼女が結婚する時、隣に立っている男は誰なのだろう。
 少なくとも、自分より腕っ節が強い奴じゃないと安心して渡せないなーとか、ぼんやり考える。
 いやいや。そもそも渡すって何だよ。紗代は別に俺のじゃねーし。
 でも……目の前の少女は優しいいい子だ。それ故に、しなくていい苦労までしたように思う。
 だからこそ、彼女には幸せになって欲しいし――そう。兄として、この感情は当たり前なのだ。
「ねえ、お兄ちゃん。結婚式で花嫁さんと花婿さんが何か話してるけど、あれ何やってるの?」
「ああ、あれは……宣誓だな。健やかなるときも、病めるときも……って聞いたことないか?」
「あ、知ってる! 何があっても一緒にいますって約束するんだね」
 紗代の言葉にハッとする零次。
 ――何があっても、生涯を共に……危険と隣り合わせの道を歩む者が誰かを選び、そう誓うのなら、それはそれだけの覚悟を決めたと言う事なのだろう。
 開拓者を伴侶に選んだ者もまた同様に……。
 もし。もしも、自分が誰かを選ぶ時は、自分も――。
 そこまで考えて、ふるふると頭を振る零次。今考えるだけ時間の無駄だ。
「今日はお祝いの席だし、食事も豪華そうだよな。飯食いに行くか」
「うん。……お兄ちゃん。紗代、早く大きくなるから待っててね」
「へっ!? な、何言ってんだよお前」
 アワアワと慌てる彼。挫けない妹分に、戸惑いながらも安心している自分に、零次が気付くのはいつなのだろう。


 ワンショルダーのふんわりした純白のドレスに、紅葉の耳飾が耳の先で揺れる。
 彼と出会う前には想像すらしなかった繊細な衣装。これを纏っている事自体が何だか夢みたいだ。
 ――似合うって、言ってくれるかしら……。
 そわそわと不安げに揺れるメイプル(ic0783)の尻尾。紫ノ宮 蓮(ic0470)の優しい赤い瞳を見たら、そんな気持ちもすぐに吹き飛んだ。
「……蓮?」
「ああ、うん。綺麗だ……とても」
 小首を傾げる彼女に、心からの感想を漏らす蓮。
 メイプルの姿を見たら、考えていた言葉も抜け落ちてしまった。感無量というのはきっと、こういう気持ちなのだろう。
「……蓮、ジルベリアの服も似合うのね」
「紅葉の隣に立つんだ。相応しいように頑張ったからね?」
 少し頬を赤らめて、くすりと笑う彼女。蓮も恥ずかしさを隠すように笑う。
 真っ白いタキシードなんて、普段は絶対に選ばない服だ。
 でも……慣れない衣装も、彼女が好きだと思ってくれるなら悪くない。
 ベールで彩られた幸せそうなメイプルの微笑。
 ――大切で、誰よりも愛おしい子。
 特別を作るつもりなんてなかった。
 自分が言う機会など一生訪れないと思っていた言葉を、伝えたくて堪らなくなった。
 今では、彼女が隣にいない自分など想像がつかないのだから、人は随分変わるものだ。
「どうしたの?」
「いや……この気持ちをどう伝えたものかなと思ってね。愛している……が一番近いのかな」
 それじゃ足りないくらいなんだけど……と続けた彼に、メイプルが目を丸くする。
 好きになってはいけないのだと。自分はこの人の飼い猫なのだと……ずっと気持ちを隠していた日々。
 蓮の腕の中の幸せを知ってしまった今は、もう戻れない――。
「わ、私も大好きよ、蓮」
「……好きなだけ?」
 彼女の頬や耳に、キスの雨を降らせる蓮。メイプルは恥ずかしそうに身を捩りながら笑う。
「……愛してる、わ」
「よく出来ました。……ずっとずっとこの先も、俺の隣で幸せでいて下さい」
「もちろん……ずっと貴方の隣にいるつもりよ。蓮の隣が私の居場所、なの」
 どちらともなく、お互いの手を取る2人。
 誰よりも大切な人。この手を、一生離さないでおこう――。
 永遠を誓う2人。新たに生まれた夫婦を、満開の桜がそっと祝福していた。


「兎隹。このドレス素敵ですわねぇ。これ着てどうするんですのぅ?」
 ジルベリア風のふわふわした純白のドレスを身に纏い、くるくると回るみい。
 笑顔の兎隹が着ているのは腰からふんわりと広がるドレスで、動く度に和風の地模様が美しく輝く。
「結婚式をしようと思ってな」
「え? 火麗の結納でしたら、さっき……」
「いやいや。我輩とみいの結婚式なのだ」
 続いた兎隹の言葉に、キョトンとするみい。次の瞬間、パァっと顔が明るくなる。
「わたし兎隹と結婚しますですのぅ!」
「これは本来番いとなる者同士のものだが……」
「えーっと、この場合兎隹が旦那様になるのですかしらぁ?」
「お互いを家族とする、目に見える誓いの形、と思っておくれ」
「あ、ねえねえ兎隹。人妖って赤ちゃん産めるんですのぅ?」
「……みい、我輩の話を聞いておるか?」
「はぁい! 兎隹大好きですわよぅ!」
 満面の笑顔で大暴走するみいに、ぷっと吹き出す兎隹。
 相変わらず、この子は可愛いし面白い。
 本来の意味は理解していないかもしれないが、趣旨は間違っていないので良しとしようか……。
 そんな事を考えながら、兎隹はそっとみいの薬指に銀の指輪を嵌める。
「……これで我輩達は家族だ。我輩も、みいも、もう独りになることはない。我輩がずっと君を守ろう」
「わたしだって人妖ですものぅ。兎隹を守りますわよぅ!」
「そうか。それは頼もしいな。……みい、幸せになろうな」
 笑顔の兎隹に、ぎゅーっと抱きつくみい。
 『神村菱儀の人妖』だったものは、『開拓者兎隹の人妖』として、新たな生を歩む。
 罪を償い続けることに変わりはないが、2人なら、きっとそれも乗り越えて行けるはずだ。
 ――ヨウ、イツ。我輩の生涯をかけて、おぬしらとの約束を果たそう。
 だからどうか……この子を見守っていておくれ。
 空を見上げて祈る兎隹。桜の陰で、2人のアヤカシが笑っているのが見えたような気がした。


「ねえ、ローレル。この前とても素敵な夢を見たのよ。再現に付き合って貰える?」
「ああ、構わない」
 リトの言葉に、素直に頷く彼女のからくり。淡いグレーのタキシードを着せられて首を傾げる。
「リト、これは夢の再現に関係あるのか?」
「勿論。これもつけてね」
 ローレルの胸元に野ばらと鈴蘭をあしらったブートニアを飾るリト。淡いグレーが、彼の柔らかな雰囲気に良く似合っていて、リトは満足気に頷く。
 一方の彼女は、流れるようなAラインの純白のドレスを身に纏っていた。上半身にはレースが刺繍され、ウエストからこぼれおちるように散りばめられた花びらが目を惹きつける。花冠にはローレルのブートに亜と同じ花があしらわれ、リトの髪を華やかに彩っていた。
 ――そう。彼女が夢に見たのは、『ローレルとの結婚式』だった。
 ローレルを相棒ではなく、一人の男性として想い、女性として想われたいといつも願っているから、彼との結婚は起きた状態でも夢に見ていたけれど……。
 花冠と同じ花で作られたブーケを手に、リトはローレルの隣に寄り添う。
「……ローレル。今までもこれからも。私は貴方を放さない。そばにいることを誓うわ」
「主であるリトが誓わずとも、俺はリトの傍にいる。それが、俺の存在としての約束だ」
「それは、『からくり』として? それとも『ローレル』として?」
 答えに詰まるローレル。主は時々、難しい質問をする。
 今回もそうだ。自分が傍にいるのは当たり前のことなのに。
 何と答えたら、リトは喜ぶのだろう。
 それを理解する為には、何が必要なのか……。
「……ごめんなさい、何でもないわ」
「リト。人の気持ちが理解出来るようになる宝珠はないだろうか」
「え?」
「時々リトの質問が理解できない。だから、きちんと理解できるような増設パーツはないものかと……」
「ありがとう、ローレル。その気持ちだけで十分よ」
 困ったように笑うリト。ローレルが、自分を『理解したい』と思ってくれている。
 それが分かっただけでも嬉しい……。
「ローレル、もう少しだけこうしていてね」
 彼の腕にそっと寄り添うリト。その手はいつものように、ひんやりと冷たかった。