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■オープニング本文 ●側近達の苦悩 五行国。架茂 天禅(iz0021)の側近達は祈るような気持ちで毎日を過ごしていた。 先日行った梅見の宴での交流会。 天禅が選んだ女性が招待に応じてくれて、何とか交流に成功。 王の反応も予想以上に良かったし、側近達にとって、その女性は自分達の王の妻となるにはまさに理想のひとだった為、是非このまま縁談を進めさせて欲しいと願い出たのだが……。 「次もいらして下さるでしょうかね……」 「分からん。分からんが、我々には祈ることしか出来ぬ」 折角見つけた理想の女性。 彼女を逃してはならない。側近達の思いは一つだった。 「ともあれ、お話を進める為にも次の機会を設けなくてはならぬな」 「石鏡王の側近の方とも既に打ち合わせが済んでおる。後は王を再度引きずり出すだけだ」 「……次こそは王自らきちんと求婚させなければ!」 頷きあう側近達。 天禅を引きずり出すことは比較的容易だが、求婚させるというのはどうにも敷居が高い……。 しかし、今こそ。成さねばならぬ時なのだ……! 側近達は、天禅にも出来そうな求婚の方法を必死で考え始めた。 ●待人 「お兄様。もふら牧場の跡継ぎとの見合いの話、保留にして貰えないかしら」 「ん? 探してる最中だったから構わないけど……また何かあった?」 「べ、別に。ちょっと、思うところがあっただけ」 香香背(iz0020)の申し出に、小首を傾げる布刀玉(iz0019)。 顔を赤らめて慌てる妹に、彼はくすりと笑う。 「……香香背にもいい人が見つかったんだね」 「あの、そんなんじゃなくって……!」 「違うの?」 「……ち、違わないけど。……向こうは多分、困ってると思うのよ。わたし、また考えなしに自分の意見押し付けちゃったから……」 「……返事は貰ったの?」 優しく問いかける兄に、ぷるぷると首を振る香香背。 珍しく自信がなさそうな彼女の背を、布刀玉は元気付けるように撫でる。 「お返事貰えるように、お願いはしたんでしょう?」 「うん。一応……。これも押し付ける感じでだけど……」 「じゃあきっと、お返事くれるよ」 「そうかしら……」 「香香背が良いと思ったひとなんでしょ。だったら大丈夫だよ」 「……そうね。そうよね」 布刀玉の励ましに頷く香香背。そこで、ふと兄の置かれた状況を思い出す。 「あ。お兄様だってまだお返事貰ってないのよね?」 「うん。ほら、僕の場合、普通の結婚と違うじゃない? だから、良く考えて欲しいからね」 「お兄様も不安なのに……ごめんなさい」 「いいよ。香香背が元気になってくれるなら、それで」 「……ありがとう。お兄様も、良い返事が貰えるといいわね」 気遣いを見せる香香背に、微笑み返す布刀玉。 ずっと一緒だった双子が、別な道を歩み始めている。 それはきっと喜ばしいことだけれど……。 少しだけ、不安も感じていた。 ●桃咲く温泉宿 「皆さんにまた招待状が来ていますよー。今度は温泉宿ですって!」 開拓者達の前に現れて、はい、と一枚の書面を差し出すギルド職員、杏子。 開拓者達はそれに目を落とす。 「今回も交流会か?」 「はい。そんなところですね。今回も五行国と石鏡国が共同での公式なご招待です。日頃お世話になっている皆さんゆっくり温泉で寛いで戴きたいとのことですが……」 小首を傾げる開拓者達に、ずずいっと身を寄せる杏子。 ここだけの話なんですが……と、ひそひそ声で続ける。 「ほら、この間、梅見の宴があったじゃないですか。そこで五行王と石鏡の双王が、お相手を見初めたそうなんですよ。だから今回も団体デートを開催しつつ、そのお相手に正式に求婚したいと。そういうことみたいですよ」 「あー。なるほど……」 「桃の名所として有名な温泉宿があるんですけど、そこをデート会場として貸しきっちゃうみたいです。毎回やることが豪華ですよねー」 「桃の名所?」 「はい。石鏡の国に、桃が見事な場所があるらしくてですね」 眼鏡をくいっ上げながら言う杏子に、うんうんと頷き聞き入る開拓者達。 ――石鏡国のとある場所。 沢山の桃の樹に囲まれるように、ひっそりと佇む温泉宿があると言う。 その宿では石鏡の郷土料理が楽しめる他、怪我や神経痛に効く温泉が湧き出し、湯治にも最適らしい。 また、この季節には、庭や露天風呂から見える桃が大変見事で、隠れた観光名所なのだとか……。 「団体デートと言っても参加する条件は特になくて、皆様の参加を歓迎するということなので、ご家族や恋人、お友達とお出かけしてもいいかもしれませんよ。私も美肌目指して温泉に入りに行こうかな!」 温泉、温泉と目を輝かせる杏子に、ふむ、と考え込む開拓者達。 五行王、石鏡の双王……そして開拓者達の命運をかけた交流会が、まもなく始まろうとしていた。 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 玉櫛・静音(ia0872) / 玉櫛 狭霧(ia0932) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 日御碕・かがり(ia9519) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 明王院 未楡(ib0349) / 明王院 千覚(ib0351) / ニクス・ソル(ib0444) / 真名(ib1222) / ミリート・ティナーファ(ib3308) / リリアーナ・ピサレット(ib5752) / 一之瀬 戦(ib8291) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) |
■リプレイ本文 ――温泉。この方と温泉。正直ちょっと早かったんじゃないかと思ったけれど。 誘ったらあっさりと、いつもの調子で『構わない』とか言われてしまって。 そう言われちゃったらもう、来るしかなくて……正直ちょっと、いえ、かなり恥ずかしいけど……。 隣でのんびりお湯に漬かっている天ヶ瀬 焔騎(ia8250)を、横目でチラリと見る日御碕・かがり(ia9519)。 勿論水着を着ているが、均整の取れた身体が目に入ってアワアワと慌てる。 「日御碕さんにもたまにはどうだ?」 「えっ?」 「酒だよ。一緒に飲もう」 「あっ。ハイ! 戴きます!」 必要以上に元気な声を出すかがり。杯を受け取りつつ、焔騎の杯になみなみと酒を注ぐ。 「桃が綺麗だな」 「そうですねー。甘くていい香りがします。焔騎さんは桃好きですか?」 「ああ、食べる方も好きだな」 「あはは。私もです。冷やして食べると美味しいですよね!」 「ああ、桃の季節になったら一緒に食べるか」 「ハイ! 是非ご一緒させてください」 にこにこと嬉しそうに微笑むかがりに笑みを返す焔騎。 温泉だからか、いつもと違ってくるりと巻いて結い上げた髪。ほっそりとした身体にひらひらとした桜色の水着がかがりに良く似合っている。 ――うん。正直反則だと思うくらいには似合う。 「あの、私の顔に何かついてます?」 「いや、良く似合ってると思ってな」 「何がです?」 「水着が」 「……!!? あ、あ、ありがとうございますっ」 予想外の言葉に再び狼狽するかがり。 彼が何を思って、そんな事を言ってくれたのか分からないけれど……。 この人は、こういうことを中途半端にはしない。 迷惑ならそうハッキリ言ってくれる筈だし、本気の想いには本気で応えてくれる人だと知っているから。 結果がどちらにしても……安心して、思いをぶつけられる。 彼の答えがいつ出るかは分からないけれど、待っていて良いといわれる限りは……。 そんな事を考えていたかがり。焔騎に呼ばれて、ふと我に返る。 「すみません。なんでしょう?」 「もし良ければ、だが。かがり、と呼んでも良いか?」 「……え? はい! 喜んで!」 「そうか。それは良かった。……と。あともう一つ。事後承諾になる話だが、宿を取って居てな……今夜は二人でゆっくりしていかないか?」 「はい、喜んで……って、え? ええええええええええええ!?」 驚きのあまり、ばしゃああああ! と水を跳ね上げて飛びずさる彼女。 思いっきり焔騎の顔に温泉がかかってしまい、更に大騒ぎになって……。 後できちんと失態を謝って、そしてもう一度、彼にお慕いしていると伝えよう――。 ――桃が見える温泉宿は、更に2人の仲を進展させてくれるかもしれない。 「……混浴? え? 混浴なの?」 「何か問題でも?」 「混浴ってことはリューリャも一緒に入るのよね?」 「そうだよ?」 「ちょ、ちょっと待って。心の準備が……!」 「……別に心の準備とか要らないだろ」 「おぬしと言う奴は……! 少し自重せんか、阿呆」 青ざめたと思ったら赤くなった青髪の人妖に首を傾げるリューリャ・ドラッケン(ia8037)。 そんな主に、どこからどうツッコんでいいのか分からなくなりかけた天妖の鶴祇だったが、めげずにズビシ! と裏拳で殴る。 そんなリューリャと人妖達のやり取りを、北條 黯羽(ia0072)がニヤニヤしながら眺めている。 「ふうはリューの相棒になったんだろ? 家族なら恥ずかしがることねェだろうに」 「そうだけど……」 「湯着を着るから大丈夫だって。ほら、おいで。温泉の流儀を教えてやるよ」 「えっ!? ちょっ、まっ……」 ひょい、とふうを引き寄せるヘスティア・V・D(ib0161)。 黯羽とヘスティア、2人がかりで剥かれているふうに、鶴祇が同情の眼差しを向ける。 ぎゃーぎゃーと騒いでいる妻達を横目に、一足先に温泉に向かうリューリャ。 周りは一面、桃色で埋めつくされていて……これはなかなかいい眺めだなと目を細める。 「で。さっきから何だよ、D・D」 「ん? ヘスがあんたを見張ってろってさ」 「信用ないな……」 「いや、ある意味信用されてるんじゃね?」 ヘスティアの相棒のからくりを横目で見るリューリャ。D・Dは悪びれる様子もなくカラカラ笑っている。 そうこうしているうちに、女性陣の準備が終わったらしい。賑やかな声が聞こえて来る。 「いいかー、ふう。温泉に入る前はお湯で身体流すんだぞ」 「はーい。あ、ヘス、温泉は滑るから足元に気をつけなきゃダメよ!」 「あいよ」 「身体洗う時は座ってからよ!」 「へいへい」 周囲を飛び回りながらガミガミといい続けるふうに、適当な返事をするヘスティア。 このお腹だし、温泉に入る時に手伝いを頼もうかと思っていたが……この様子なら頼まずとも大丈夫そうだ。 想像以上に口煩いのだけが難点だが……。 湯着越しでも分かるくらいにふっくらしたヘスティアのお腹を、黯羽はじっと見つめる。 「大分大きくなったねェ」 「ああ、もう半年くらいになるかな」 「そうかい。もう少しで会えそうだねェ」 よしよし、と優しくヘスティアのお腹を撫でる黯羽。目線はそのまま上に移動する。 「ヘス、また胸が大きくなったンじゃねェか?」 「そうかー? 黯羽だってでっかいだろ」 「いや、そりゃ負けてねェけど……って何してンだよ」 黯羽のたわわな双丘の下に手を差し入れるヘスティア。それを持ち上げて、あー……という顔をする。 「黯羽も大きくなったよーな気がしてたけど、やっぱ気のせいじゃねえわ。この前より重くなってる。あ、黯羽も俺の触ってみっか?」 「どれどれ……。おー。また重くなったなー」 お返しとばかりにヘスティアの豊かな胸を持ち上げる黯羽。ヘスティアはそーなんだよ……とため息交じりにぼやく。 「この間買った下着がもう合わねえのよ。参ったわ。黯羽も覚悟しといた方がいいぜ」 「んー? 俺は子供まだだしなァ」 肩を竦める黯羽。 お腹がふっくらしたヘスが、少し羨ましくもあるけれど……。 そんな彼女を、リューリャが真顔で見つめる。 「大丈夫だ。黯羽もまもなく出来るだろ」 「……リュー、随分自信満々だねェ?」 「そりゃね。頑張ってますし」 「りゅーにぃ、むっつりエロだからなぁ」 「むっつりじゃないぞ。大っぴらだぞ」 「威張るんじゃないわ!」 からから笑うヘスティアに、胸を張るリューリャ。そこに、本日二度目の鶴祇のツッコミが入り、ふうが慌ててフォローする。 「大丈夫よ! 黯羽にも赤ちゃんが出来たら、あたし一生懸命お手伝いするから!」 「ハハハ。そりゃ頼もしいねェ。……って、ふう。身体冷えちまってるじゃないか。ヘスの世話もいいけど、お前もきちんと温泉入りな」 「え。でも……」 「そーだよ。ちょっと休みなって」 「ヘスを心配してくれるのは有難いが、頑張りすぎは良くないぞ」 「そうそう。ホラ、ここ座ンな」 頷くヘスティアとリューリャにぽんぽん、と己の膝を叩く黯羽。ふうは促されるままに彼女の膝に腰掛ける。 「ほら。いいお湯だろ? 肩までしっかり漬かるんだよ」 「……黯羽も優しいのね」 「そりゃァお前がいい子だからねェ。いい子は可愛がりたくなるってもンさね。俺にも遠慮なく懐いていいんだぜ」 「うん。ありがと」 「ふう。暖まったら髪の毛洗ってやるよ」 「ヘスは大人しくしてなきゃダメでしょ!」 「徹底してるねお前……」 仲が良さそうなふうと妻達に、満足気に微笑むリューリャ。 人の世や感情についてあまり知らなかったふうに、こうして家族という新しい絆を与えてやれて、良かったと思う。 「お前達、お風呂ではしゃぎ過ぎて力尽きるなよ。部屋に戻ったらご馳走と酒が待ってるからな?」 「いいなー。酒」 「ヘスはちょっと我慢するしかないねェ」 羨ましそうに口を尖らせるヘスティアを宥める黯羽。 ――今日は皆で泊まれる広い部屋を取った。 旅館の食事と酒に舌鼓を打って、部屋一面に敷かれた布団に、きっとまた大騒ぎして――眠りにつくまでこの賑やかさは続くのだろう。 家族で過ごす時間。この先も、皆で、思い出を一つづつ積み重ねて、増やしていく。 小さな露天風呂を囲むようにして植えられた桃。 それは、まるで自然に出来た桃色のカーテンのようで……。 贅沢な光景に、真名(ib1222)の表情も緩む。 「うーん……。いいお湯」 「本当、落ち着くわね」 温泉に浸かりながら、伸びをするミリート・ティナーファ(ib3308)。ほぅ……とため息をつく真名の肌が、温泉の熱でほんのり桜色に染まり、下ろした髪も水に濡れて、何だか色っぽくて……。 ミリートはすりすりと真名に擦り寄る。 「ミリート? どうしたの?」 「んー。お姉ちゃんのお肌、綺麗だなーって思って」 「そう? ミリートのお肌のほうが白くてすべすべしていると思うけれど」 「そんなことないよー。胸だってお姉ちゃんの方が大きいし」 「ちょ、ちょっと……?」 背後から胸元に手が伸びてきて慌てる真名。お返しとばかりに、ミリートの背につつつ……と指を這わせる。 「ひゃうっ!? お姉ちゃんくすぐったいよう……」 「悪戯する子にはお返しよ?」 「うぅー。でも、お姉ちゃんにもっと触りたいもん」 真名の反撃に、頬を染めつつ彼女の脇腹を撫でるミリート。 思わず身体が跳ねて……彼女の手を押し留める。 「恥ずかしがり屋のあなたが、今日はどうしちゃったの?」 「だってー……。暫く会えてなくて、寂しかったんだもん。だから、その分甘えたいんだもん!」 尻尾をぱたぱたと振りながらしがみついてくるミリート。それを受け止めつつ愛しい人の髪を、真名はそっと撫でる。 「私も会いたかったわ。今日はミリートから誘ってくれて、本当に嬉しかったのよ」 「うん。私もお姉ちゃんに会えて嬉しいの」 身を離して微笑み合う二人。ミリートの目線は下に下がって……まじまじと真名の身体を見つめる。 「な、何? そんなに見られたら恥ずかしいわよ」 「お姉ちゃんは本当に綺麗だよねえ。心の綺麗さって、身体にも出るのかなぁ? 私も、お姉ちゃんみたいになれるよう頑張りたいなー」 「……あなたの方が、ずっと綺麗よ」 笑顔と共に自然に毀れた真名の言葉。急に気恥ずかしくなったのか、顔を反らそうとしたミリートの頬を、両手で挟んでまっすぐに見つめる。 「……傍にいてね。ずっとよ?」 「うん。今日は……ううん。今日だけじゃなくて、ずっと一緒。約束ね」 はにかむミリートに微笑を返す真名。その額に、そっと唇を寄せる。 大切な人の傍は幸せで。ずっとずっと、こうしていたい……。 桃に囲まれた温泉。2人だけの時間。 それが本当に嬉しくて……2人の影は、暫く重なったまま動くことはなく……。 離れがたくて、結局のぼせる寸前まで寄り添い続けていた。 咲き乱れる桃は美しいのに、玉櫛・静音(ia0872)の心は乱れたまま。 それもこれも、隣に立つ玉櫛 狭霧(ia0932)のせいで……。 今まで散々悩んできた。それが馬鹿らしくなるほどに、勢いで告白してしまったけれど……。 覆水盆に返らず。もう、元の関係には戻れないのなら……進むしかない。 静音は、女として、妹として……真っ直ぐに狭霧を見つめる。 「答え、聞かせて下さいますか? 兄さん」 その目線を受け止めて、頷く彼。ふぅ、と小さくため息をつく。 「俺と君は、血の繋がった兄妹だ。が、まぁ一旦そこは忘れて、考えてみたよ」 彼女を一人の女性として見た場合、己はどのような感情を抱くのか――。 とても綺麗で、知的で……可愛らしい女性だと思う。 では静音を、一人の女性として愛せるのかと考えた時……狭霧の気持ちの答えは、出たように思う。 自分にとって彼女は、唯一の、可愛い妹だ。 大切ではある。愛情もあるが……それは『妹として』だ。 それ以上にも、以下にもなれそうにない――。 「ごめんよ。君の気持ちに応えることは、出来そうにない」 「そう、ですか……」 呟く静音。その目から、次から次へと涙が溢れて来る。 覚悟はしていた筈なのに、胸が締め付けられるように痛い。 出てしまった答え。この先、この人との関係は変わるだろうけれど……。 恋をしたことに気付き、迷い、揺れ続けた数年間はとてもキラキラしていて、充実していた。 そして、こんな結果になったとしても……自分にとって、兄が唯一無二の大切なことであることに変わりはない。 ――変えることなんて、出来ない。 「本当にすまない。……静音。どうか、新しい恋を、見つけてほしい。……俺ではない誰かと君の幸せを、願っているよ」 涙を拭う静音の耳に入る、彼の穏やかな声。純粋に妹を気遣い、心から幸せを願っているのが伝わって来て、それが余計に痛い。 そんなの無理だと叫べたら、どんなにいいか……。 でもこれ以上は、この人を苦しめるだけだから――。 「……分かりました。折角ここまで来たんです。花見には付き合ってもらいますよ、兄さん」 「ああ、分かった」 拍子抜けするほど、あっさりとした妹の返答。 静音はきっと、深く傷ついている。 ――でも、それを慰める資格は、自分にはないから……。 本当に、彼女には幸せになって欲しいから。自分から離れなくてはいけない。 だからこそ、気付かないフリをする。 冷たい男だと思われるくらいが、丁度いい――。 兄を思う妹。妹を思う兄。その思いが重なることはないけれど。 それぞれの答えを出した二人を、桃の香りが優しく包んでいた。 暖かな日差し。青い空に映える鮮やかな桃色。 穏やかな風に、桃の香りが甘く広がる。 「天儀はこの時期から花が咲くのか……」 「花が珍しいんですの?」 「そういう訳じゃなくてね。私達の生まれ故郷は雪国だから今の時期は雪に閉ざされてるのよ。はい、あーん♪」 しみじみと桃を眺めるニクス・ソル(ib0444)に首を傾げる人妖のひい。 ユリア・ソル(ia9996)は笑いながらお弁当をお箸で運んで……口を開けたニクスを寸でのところで避けて、隣のひいの口に運ぶ。 「ユ、ユリア……?」 「ふふふ。フェイントよ♪ どう? ひい、旦那様お手製のお弁当美味しいでしょう」 「はい。ニクスはお料理が上手ですわね。……ところでユリア、わたくし一人で食べられますわよ?」 「あら。たまになら甘やかすのもいいじゃない?」 「ユリアから君の好みは聞いていたけど……口に合ったなら良かった」 にこにこと微笑むユリアとニクス。2人を見て、ひいはため息をつく。 「……ねえ、ひい。私の屋敷で雇われるつもりはある?」 「ユリア、それはどういう……?」 「言葉通りの意味よ。私が貴女を雇って、お給金を支払うの。お給金は自分の好きに使うといいわ。仕えるべき相手は旦那様と私。仲間はからくりの執事一体にメイドが二人よ」 「あの。わたくし、ユリアは好きですけれど……でも」 「勿論、無理にとは言わないわ。ただ……覚えておいて。引き取ると言う事は、貴女が間違えた時に私が責任を負うということよ。その時は、迷わず貴女を殺すわ。良く考えて答えを出して」 鋭く光るユリアの新緑の瞳。そこから、真剣さが伝わってきて……ひいはこくりと強く頷く。 「それでしたら、答えは決まっていますわ。わたくし、ユリアの元に参ります」 「……よく考えなくていいの?」 「よく考えてのことですわ。わたくし怖かったんですの。ユリアは優しいから……傍にいたら自分がダメになってしまいそうで。でも、道を誤った時に殺して下さると言うのなら、それ以上安心できることはありません」 自分は一度既に、道を違えている。 その自分が再び同じ過ちを繰り返すなら、生きている意味などないでしょう……と真顔で言うひいに、ユリアは頬に手を当ててため息をつく。 「あなたは本当に生真面目ねえ……。シンといい、どうして私の相棒はこうなのかしら」 「主が適当だからじゃないか?」 「ニクスに言われたくないけど……まあ、いいわ。私がいるからには道を間違えさせたりしないし」 クスクス笑うニクスに肩を竦めるユリア。ひいは、彼女の夫をじっと見つめる。 「でも、ニクスはいいんですの?」 「ああ。ユリアはこれでいて寂しがり屋でな。勿論、俺が常に共にあるが……心を繋ぐ相手は多くあれば彼女は喜ぶ。歓迎するよ」 勿論、一番は俺だけどな……とぼそりと続けたニクスに、ユリアがにーっこりと笑う。 「あら。ヤキモチ?」 「そ、そうじゃないよ」 「言われなくても私の心は貴方のものよ? ダンナサマ?」 「あーもー。その話は置いといて……もう間もなく、俺達にも子供が出来る。ひいもその子と仲良くしてくれれば嬉しいよ」 微かに頬を染めつつ言うニクスに、キョトンとするひい。己の新たな主をまじまじと見る。 「もうまもなくって……ユリア?」 「ああ。そうだったわ。貴女が仕えるべき相手はもう一人……赤ちゃんがいたわね」 愛おしそうにお腹を撫でる彼女。その様子に、ひいが目を輝かせる。 「まあ……! 素敵ですわ。おめでとうございます」 「ありがとう。うふふ。お祝いして貰って興が乗ったし、ダンスはいかが? 旦那様。桃源郷の仙女がお相手するわよ?」 「ああ、喜んでお受けしよう」 「え? ユリア、身重でダンスは感心できませんわよ?」 「うふふ。大丈夫よ。ひいも次に踊りましょうね」 「ちょっと、ユリア……!」 妻の手を恭しく取るニクス。夫に支えられながら、ユリアはゆっくりと立ち上がる。 そんな2人の周りを、慌てた様子のひいが飛び回って……。 子供の前に、もう一人家族が増えて、2人の生活は一層賑やかになりそうだ。 「わざわざご足労戴いて申し訳ありません。こちらからご挨拶に伺わないといけませんのに……」 「いいえ。突然押しかけたのはこちらですから、どうぞお気になさらないで」 「申し遅れました。布刀玉と申します。お嬢様に結婚の申し込みをさせて戴いています」 「千覚の母です。布刀玉様のことは娘からお伺いしております」 深々と頭を下げる布刀玉(iz0019)の足元で、千切れんばかりに尻尾を振っている又鬼犬のぽち。 すっかり彼に心を許した様子で……娘の相棒だからこそ、彼女の気持ちが理解出来るのだろうか――。 そんな事を考えながら、布刀玉に柔らかい笑顔を返す明王院 未楡(ib0349)。 先日、彼女の娘である明王院 千覚(ib0351)から見合いの報告と、結婚の意志を伝えられた時は本当に驚いたが、同時にとても嬉しかった。 その話を聞き、夫も同席を希望していたが、如何に王でも突然父親が出てきたら緊張しますよ……と宥めて置いて来た。 目の前の青年から感じる清廉さ。どことなく、己の夫と通じるものがあって……娘が惹かれるのも頷ける。 ――それにしても、千覚に菖蒲の花が描かれた色紙を見せられ、『どうやって返事をしたら良いか』と尋ねられた時には思わず笑ってしまったが……。 まさか、親子二代に渡って同じ方法で求婚されるとは思ってもみなかったので――。 「さあ、千覚。きちんとお話していらっしゃい」 促され、布刀玉の前に歩み出た千覚。手にした紫のチューリップを、彼に差し出す。 「布刀玉様。これが、私の気持ちです」 「これは鬱金香……?」 「はい。布刀玉様は、この花の意味をご存知ですか? 『不滅の愛』と言う意味があって……父が、母に求婚する時に、この花を贈ったそうです」 はにかみながらも微笑む千覚。 寡黙で口下手な父が、そんな情熱的な求婚をしたと聞いた時には何だか意外だったけれど。 未楡は『寡黙だからこそですよ』と微笑んだ。 ――上手く言葉に出来ない大切な想いを、どうしたら伝わるだろうと、きっと悩まれたのだと思いますよ。 その言葉に千覚はハッとした。布刀玉も同じように思いあぐねて、色紙を描いたのだとしたら……。 その想いに応えたい。そう思ったら……気がつけば、父と同じ花を用意していた。 「あの、千覚さん。これはその……求婚を受けて戴ける、と受け取って良いのですか?」 「はい。そのつもりで来ました」 「本当に良いのですか? 勿論貴女を大切にします。でも、大切にしたいと思うからこそ……怖い。貴女を傷つける結果になったら、僕は……」 「布刀玉様。総てにおいて、苦労も不幸も無い家庭などありません。辛さを人生の機微と笑って暮らせる家庭を築けるか否かは、私達次第なのではありませんか? 互いを尊重し、大切に思いやり、日々の生活の中から些細な喜びを見出せるか……『幸せ』と言うのは、ただそれだけのことだと思います」 「千覚さん……」 「私は大丈夫です。大家族の中で育っていますから、環境の変化には強いと思いますし……辛かったら、支えあえば良いじゃないですか。どうぞお傍に置いて下さい。末永く多くの人の笑顔の為に働かせて下さい」 恥ずかしさも忘れて言い募る千覚。布刀玉は雷に打たれたように目を大きく開き……弱々しいため息をつくと、彼女の花束を恭しく受け取る。 「千覚さん、貴女は強い人ですね。求婚しておいて、怖がるなんて……自分が恥ずかしい」 「いいえ。お優しいからこそ悩まれていらしたのは分かっていますし、そのお気持ちが嬉しいですから……」 「あの。改めて……僕の奥さんになって戴けますか?」 「はい。喜んで」 頬を染めて頷く千覚。その手を取って、布刀玉は未楡に歩み寄る。 「……御母堂。僕は、千覚さんを正室に迎えたいと思っています。ご許可を戴けますか?」 「勿論ですよ」 にっこりと微笑む未楡。若い2人を交互に見つめる。 「私達家族は、実子、養子含め各地で復興に尽力しております。王の成す善政には及びませんが、陰ながらお力になり続けたく思います。また、私達の意志を継いでいる娘も、その一助になるでしょう。……どうぞ末永く、使ってやって下さいませ」 たおやかに一礼する未楡。しきりに恐縮する布刀玉に、千覚がくすりと笑う。 新たな道を歩み始める2人を祝福するように、桃の花と紫のチューリップが風に揺れた。 「……見事な桃でございますね」 「いつもはにこりともしないのに、今日は随分と機嫌がいいようだな」 「はい。王とご一緒しておりますから」 杯を傾ける架茂 天禅(iz0021)に、柔和な笑顔を返すリリアーナ・ピサレット(ib5752)。 桃が見事な庭園で、酒を酌み交わす2人。目前の天禅は相変わらずの仏頂面だが、彼女に勧められるままに酒を口にしている。 ――ここに来る前、家臣達が天禅に何やら必死に言い聞かせていた。 当の本人は生返事だったが……恐らく婚姻の話であろうと察したリリアーナは、彼が話をしやすいような雰囲気作りを心がけていた。 そんなことまで察してくれる彼女は、側近達にとってまさに救世主であろう。 「王は、桃はお好きですか?」 「それは花か、実か?」 「どちらもですわ」 「花も実も嫌いではない。……実は、夏に良く冷やしたものを食べる」 「冷たい桃、美味しいですわよね。妹達も皆桃が好きで、良く剥いてあげているのです。桃の実の季節になりましたら、わたくしが剥いて差し上げますよ」 酒の肴を取り分け、天禅の前に差し出した彼女。 今後もあるかのような口ぶりに、天禅は元々寄っている眉根を更に寄せた。 「……リリアーナ」 「何でしょう?」 「一つ確認したい。お前は、我の妻になる気があるのか?」 「はい。請われればお受けする所存でございます」 「……我は、恋愛感情と言うものを抱いたことがない。それがどういうものなのかも理解できない。結婚は契約だ。その契約を違えるようなことはせぬが……我は、この通りの性格だ。お前の望むような、いい伴侶になれるとは思えぬ。これを聞いてもまだ同じことが言えるのか?」 「王。結婚は恋愛感情だけでは成り立たぬものです。相手に対する信頼、尊敬……そういったものがなければ継続することは難しいでしょう。王は契約を守ると……わたくしに誠実であるよう努力すると仰って下さいました。今はそのお言葉だけで十分です。それ以上のことは、これから2人で築き上げる事と存じます」 リリアーナとて、天禅に好意はあるが……それは、五行と言う国を支え、動かしている事実から来る尊敬の念で、恋愛感情かと問われると疑問だ。 出会って、まだ日が浅い。 見合いというきっかけで始まった2人だ。恋愛から始まる結婚と比べること事態が間違っている。 「……ここまでハッキリ言われて怖気づかぬとは、つくづく変わった女だな」 「それはお互い様ですよ」 「これくらい奇特な方が、我の妻には向いているのかもしれん。……お前の覚悟は受け取った。五行国に、我の正室として来るがいい」 「かしこまりました。五行王正室の座、謹んで拝命致します」 天禅の前に三つ指をつき、深々と頭を下げるリリアーナ。 ――後方から、側近達の小さな叫びとすすり泣く声が聞こえて来た。 「香香背王。前回聞かせると約束して、し損じた弾き語りをお聞かせしたいのじゃが、聞いて戴けるじゃろうか」 普段の明るい雰囲気はなく、真率な表情が漲る音羽屋 烏水(ib9423)に、同様に生真面目な顔でこくりと頷く香香背(iz0020)。 彼は一礼すると、ぺいん……と三味線をかき鳴らす。 いつもの元気の出るような景気の良さはない。 穏やかで、それでいて甘く、熱の篭った音色。 曲だけでは伝えきれない思いを言葉にして……曲に乗せる。 ――三味尽くし 恋遠しも巡り逢ひ 比翼の縁と 道を行きたし――。 「烏水……?」 「5年では待たせすぎ、12年では天儀は巡れぬ。じゃから……3年。『天儀に音羽屋あり』と謳われるよう腕を磨き、必ずや迎えに行く。……この想い、受け入れては貰えんじゃろうか」 詩の意味を理解したのか、目を丸くする香香背を真っ直ぐ見据えて続けた烏水。 次の瞬間、彼女の大きな黒い瞳からぼろぼろと涙がこぼれる。 「か、香香背王……!?」 「……ご、ごめんなさ……。返事は貰えるって、思ってたけど……こ、断られると思ったのよ……。あたし、すごい一方的で、いつもそうで……」 俯き、涙を拭う香香背の傍に膝をつき、烏水はその背をあやすようにぽむぽむと叩く。 「……不安にさせてしまい申し訳なかったのじゃ。情けない事に、いろは丸に諭されるまで自分の気持ちに気付かなかったゆえ……」 ――思えば、2人は何度も顔を合わせる機会があった。 烏水は香香背の民を愛し、自ら為すべきものを模索する姿を尊敬していたし、何よりもふらさまや動物達に見せる笑顔を見る度、心が和んで……ずっと、愛らしい娘だと思っていた。 彼女もまた、烏水が会う度に曲を聞かせてくれて、失礼はないようにしつつも必要以上に謙らず、『普通』に扱ってくれる事に癒されて来たのだろう。 それでも、一国の王と修行中の開拓者の身。 この感情が何であるのか、深く考えないようにしていたのかもしれない。 「いろは丸ちゃんが運んでくれた縁ね」 「お礼はお菓子でいいもふよ?」 「任せて頂戴!」 「香香背王、あまり甘やかしては……」 「『王』、要らないわよ」 「へ?」 「この状況で『王』つけて呼ぶのおかしいでしょ」 「い、いや。そう言われてもの」 「だーめーでーすー。はい、ちょっと練習してみて」 「えええ!?」 「いいから呼ぶ! 今すぐ!」 「……かがせ」 「はぁい。……よくできました」 自分で言っておいて、いざ呼ばれたら恥ずかしくなったらしい。 耳まで赤くなった香香背に釣られて頬を染めた烏水だったが、肝心の返事が貰えていない事に気づく。 「そういえば返事を貰っておらなんだが……」 「待つわよ。当たり前じゃない! あ。でも、引継ぎ、3年じゃ終わらないかも……。どうしよう」 「その時はまた考えれば良いじゃろ。わしが傍にいて、引継ぎの手伝いをしても良いしの」 「ありがと。じゃあ、約束ね」 「うむ。王ではなく『香香背』を必ず迎えに行くぞい」 小指を絡めて、指きりをする2人。 その誓約を、もふらさまと桃の花が見つめていた。 「お兄ちゃん、ほら見て! 桃!」 「ああ、危ねえから走るなって。桃は逃げたりしねえよ」 満開の桃に目を輝かせ、駆け寄る紗代の後を追う輝羽・零次(ic0300)。 ようやく立ち止まった少女に安堵のため息をついて、ボリボリと頭を掻く。 ――今回も、何だかんだ言いつつ紗代を連れ出して来てしまった。 俺、佐平次とかにどう思われてんだろうなぁ……。 毎回、紗代を連れ出す許可を貰いに行くと、佐平次夫妻ににこやかに迎えられて、『紗代を宜しくお願いします』と頭を下げられるけれど。 他所の男と娘が一緒に出かけるって言うのは、親としては複雑なんじゃねーのかな……。 いや別に、紗代を連れ出すのに深い意味なんてない。ないんだけど――。 はふ、とため息をつく零次の視界には、笑顔で桃を見上げている少女。 喜びが隠し切れないのか小躍りしている姿に、零次の顔も自然と緩む。 ――まあ、紗代はあの通り喜んでるみてえだし、いっか……。 そんな事を考えていた彼のところに、紗代が小走りで戻って来る。 「お兄ちゃん、桃綺麗ねえ」 「そうだなー。……そういや紗代、最近黒優に会ってんのか?」 「うん! ついこの間も会って来たよ。あ。あのね、黒狗に仔狗が生まれたんだよ」 「へえ。黒優の子か?」 「ううん。仲間の子だって。でもふわふわで、コロコロしてて可愛かったよ」 「そうか。俺は随分会ってねえし、今度会いにいかねーとな」 遠い目をする零次に頷く紗代。 彼女は小首を傾げて続ける。 「……黒優はお嫁さんいないよね。いい子なんだからモテそうなのにね」 「そうだなー。モテたとしたって、そればっかりは黒優次第だからなー」 「黒優も片思いしてるのかなー」 ぽつり、と呟く紗代にギクリとする零次。 別に慌てる必要なんてないのに……と思いつつも、必死に別の話題を探す。 「紗代は黒優の背中に乗ったことあったよな。今度、零王の背にも乗っけてやろうか? 空を飛ぶのは結構いいもんだぜ」 「うん! 乗りたい!」 「即答だな。紗代、高いとこ好きだっけ」 「ううん。ちょっと怖いけど……」 「ん? 怖いなら無理しないでもいいんだぞ」 「平気だよ。零次お兄ちゃんが一緒ならどこでも平気。楽しいもの」 「……そりゃさすがにちと大袈裟じゃね?」 「そんなことないよ。紗代、お兄ちゃん好きだもん」 うぐ、と言葉に詰まる零次。 ――参った。これ以上どうやって誤魔化したらいいんだろう。 ……誤魔化す? 何を? 一体誰の為に? そう。紗代だ。紗代の為に決まってる。 「どしたの?」 「あ、いや。飯何がいいかなって。ついでに佐平次達に何か土産買ってくか」 不思議そうな顔をする紗代に、笑顔を返す零次。 彼はぷるぷると頭を振って……それ以上、考えないようにした。 「みい。大丈夫かな。似合ってる?」 「大丈夫ですわよぅ! 火麗は綺麗で可愛いんですから、もっと自分に自信持った方がいいですわよぅ!」 幾度となく確認する火麗(ic0614)の簪を直す人妖のみい。 星見 隼人(iz0294)とみい、三人で桃を見に来たはずなのに、桃を見ている余裕がない。 ため息をつく彼女。彼の気持ちは確認出来たし、それは嬉しかったけど。 どうしても、聞かなければいけないことがあるから……。 火麗は意を決すると、おずおずと隼人の前に歩み出る。 「あのね、隼人さん。聞きたいことがあるんだけど」 「どうした?」 「あの……本当にあたしでいいの?」 「ん? 火麗じゃなきゃ困ると伝えたと思ったが」 「それはそうなんだけど……。隼人さんが好きなのは、気風のいい姐御であるあたしなのかなって」 隼人の目線を感じて、目を伏せる火麗。ぎゅっと拳を握り締めて続ける。 「……あたし、普段は姐御風吹かせて余裕があるように見えるけど、実はそんなことなくてね。もちろん全部が嘘な訳じゃないけど、虚勢張ってる部分もあって」 今だってドキドキしてるし不安だし、全然余裕ないし。 姐御らしくないと思って隠してたけど、実は可愛いもの大好きだし……。 ぼそぼそと、消え入るような声で続ける火麗。隼人がふむ、と呟くのが聞こえて身を竦める。 「何だ、そんな事か。知ってるよ」 「やっぱりそうよね。隼人さんが好きなのは……って、ハイ?」 「火麗にそういう、可愛い面があるのは知ってる」 「え、えええ!? いつからっ!?」 「いつって……仕事仲間としては付き合いが長いし。火麗、香香背王主催の品評会で一番前にいたじゃないか」 「え……?」 去年の正月に行われた『もふもふ品評会』。火麗は最前列かぶり寄りの一番いい席で、可愛いもふもふな相棒達を堪能したのだが……喜びの余り、姐御気質を大崩壊させてしまっていた。 そういわれてみればあの時、もふら男に扮した隼人もいた気がする。 あああああ……と頭を抱える火麗。 バレてた。可愛いものが好きなのとっくにバレてたー!! いや、それが素なんだから知って貰わなきゃいけないとは思っていたけれど……アレを見られていたのは予想外だし恥ずかしい。 がっくり膝をつく火麗の手を取って、立たせながら隼人は続ける。 「そんなに落ち込むなよ。火麗だって俺の情けないとこ知ってるだろ?」 「ううう。隼人さんのはまあ、可愛いから別にいいけど……」 「俺だって同じだよ。気風がいいフリしてるところも込みで、火麗に惹かれた」 頬に触れられて顔を上げると、目に入る深い紫の瞳。 隼人の真剣な眼差しに、火麗の心臓が跳ねる。 「正式に星見家を継いだら、火麗にも色々苦労をかけると思う。その代わりと言っては何だが……俺は側室を持たない。生涯、俺の妻は火麗一人だけだ。ずっと俺の隣にいてくれるか?」 「……うん。隼人さんがそれでいいなら」 「火麗の気持ちはどうなんだ?」 「それは……は、隼人さんが好きじゃなかったらこんな事聞かないわよっ!」 「……そっか。良かった。俺の前で虚勢張ることないからな」 「な、何カッコいいこと言っちゃってんの?」 「え? カッコ良かったか?」 「……ちょっと男らしかった」 「男らしくないぞ! ここに来て断られるかと思って怯えてたんだからな!」 「もー。だから大丈夫だって言ったんですのよぅ」 吠える隼人にぷっと吹き出す火麗。ふわふわと舞い降りて来たみいの頭をよしよしと撫でる。 「みいにも付き合ってもらっちゃって悪かったわね」 「そうだな。みい、何か食うか?」 「そうですわねぇ。それより、ダンナ様にお土産買って帰りたいですのよぅ。一緒に選んで欲しいですのぅ」 みいの申し出に顔を見合わせる二人。 お互いに、お互いの全てを受け入れられるなら……きっと何があってもやっていけると思う。 隼人から差し出された手。その手に己の手を重ねて、火麗は歩き出した。 空を覆い尽くさんばかりに咲き誇る桃。 薄桃色のふっくらとした花。それが枝に連なる様は、目が覚める程に美しい。 「ほれ。これが父ちゃんの花だぞ。……あー。危ねえ。危ねえからそんなに身乗り出すなって」 「おやおや。桃の花が気に入ったかな」 「鶺鴒。こいつ桃見て喜んでんぞ? 小せえのに分かるのかな」 「ふふふ。この子は戦殿に似て賢いから……」 幼い息子を抱え上げ、桃の花を近くで見せる一之瀬 戦(ib8291)。 きゃっきゃと笑い声をあげて桃の花に手を伸ばそうとする赤子がたまらなく愛らしくて、一之瀬 白露丸(ib9477)の表情も自然と緩む。 ――桃の花を見るのは、これで何度目だろう。 以前、戦は自分の誕生の象徴であるこの花が嫌いだった。忌まわしいとすら思っていた。 桃が嫌い、と言うよりは自分自身の存在が赦せなかったのかもしれない。 でも、今は……あんなに嫌っていたのが嘘のように、穏やかな気持ちで見つめることが出来るようになった。 その理由は――。 そこまで考えて、隣を見る戦。 桃を見上げる白露丸の横顔が美しくて、彼は息を飲む。 「……桃、綺麗だな」 「え? ああ、そうだな」 「私は桃が好きだよ。華やかでいて慎ましいし……何より、戦殿の誕生日に飾る花でもあるし、ね」 「俺も今は……好きかな。前はそうでもなかったんだが」 「うん。知ってる」 「……気付いてたのか」 「そりゃあ、戦殿のことだから。今が大丈夫なら、良かった」 ふわり、と柔らかな笑みを浮かべる白露丸。戦は妻と息子、2人をそっと抱きしめる。 「戦殿? どうした?」 「……鶺鴒。チビも……俺と出逢ってくれて、俺を愛してくれて、俺の下に産まれてくれて、ありがとう……」 震えながら呟く戦。その背に、白露丸も手をそっと回す。 「私こそ……。生まれてきてくれて、私と出会ってくれて……それに、この子を生ませてくれて……ありがとう。それと……これからもよろしく」 「ああ、宜しくな」 「……改まって言うと少し照れるな」 「そうだな。まあ、たまにはいいんじゃね?」 三人で抱き合ったまま、くすくすと笑う白露丸と戦。そのまま、もう一度桃を見上げる。 「なあ、鶺鴒」 「ん……?」 「来年も、再来年も、その先もずーーーっと……こうして一緒に、桃の花を眺めようぜ」 「ああ。この子も……次の子が生まれたら、その子も一緒に」 白露丸の言葉に、目を見開く戦。そうだな、と頷いて。もう一度妻と子を抱きしめる。 家族が増えて、子が育って……この先色々なことがあるだろうけれど。 手を取り合って、また桃の花を見に来よう……。 どんなに見ても、見飽きることのない桃の花。腕の中の赤子がすやすやと寝息を立て始めるまで、2人はずっとその光景を見つめていた。 それぞれの、温泉宿での時間が過ぎる。 今回の交流会で貴人達の縁談が成立し、五行王、石鏡王、そして星見家嫡男の正室が決まったと言う報せは国内外を駆け巡った。 そして、その噂を聞きつけた某神楽の商人が、算盤片手に立ち上がり――。 開拓者達の元に驚きの企画が届いたのは、それからまもなく……桜の花が綻び始めた頃だった。 |