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■オープニング本文 ●復讐者 「兄貴。もうよしましょうよ。いくら兄貴が強いって言ったって多勢に無勢ですよ」 「そーっすよ。伊助も捕まっちまったし、このままじゃ……」 「……もう決めたことだ。今更引き返せない。俺のやることが気に入らないなら降りてくれて構わん」 言い募る二人の男を、ピシャリと跳ね除ける茶髪の男。 罪は償える、と誰かが言った。 もう赦してやれ、とも言われた。 何も問題を起こさず、態度が良かったら赦されるのか? 拘束される訳でもなくのうのうと開拓者に守られて。 それで、罪は消えるのか? 償えるのか? 罪が償えるとしたら、それは……。 死んでしまったひとを、生き返らせることができた時だけ。 壊したものを元通りにして、返すことが出来た時だけ。 ――それ以外は認めない。 認めることなんて出来ない。 だから、この手で――断罪する。 ●その道の先へ 石鏡国、銀泉。見合いに引き続いた交流会の準備に、星見領の者達も駆り出されて皆忙しそうだ。 そんな光景を、三姉妹の次女がぼんやりと眺めていた。 「浮かない顔をしてますわね」 「大丈夫ですのぅ?」 「ひい、みい……」 姉妹に声をかけられて、振り返るふう。 何か言いかけて、なんでもない……と首を振る。 「わたし、知ってますわぁ。ふうはフラれてしまったんですのよぅ」 「あら。そうでしたの……」 「えっ。ちょっと止めてよ! フラれるも何も、まだ何も言ってなかったわよ……」 こっそりと耳打ちするみいに、目を伏せるひい。 ふうは言い返すも、だんだん元気がなくなる。 そんな姉の背を、みいはぽんぽん、と元気付けるように撫でる。 「ふう、大丈夫ですわぁ! ケッコンは出来なくても相棒になる道が残ってますわよぅ!」 「……みいって変なところ前向きよね」 フンス! と鼻息を荒くするみいに、弱々しいため息を返すふう。 ――奥さんを紹介してくれたし、奥さん達もとても優しかった。 今までのことを考えても、あのひとに嫌われている訳ではない……と思う。 まあ、奥さんが二人もいたのは流石に予想していなかったけれど……。 というか、あの状況であたしが入り込んで本当にいいのかな――。 「……みいはもう心に決めた人がいたのですわよね?」 「そうですわよぅ! ケッコンするんですのぅ!」 優しく問いかけるひいに、目を輝かせて頷くみい。 ヨウに似た髪を持つあのひとは、自分を大好きだと言ってくれるし、自分ももちろん大好きだ。 両想いなら、ケッコンできると昭吉から聞いた。 だから贖罪を終えたらケッコンするんですのよぅ……! 落ち込んだり、舞い上がったり。対照的な妹達を見て、ひいは口を開く。 「ふうもみいも、『行きたい』と願うのなら、その方のところへお行きなさい。きっとその方達と一緒であれば、何の心配も要りませんわ」 「でも……あたし達が行ってしまったら、ひいはどうするの?」 「わたくしは……」 首を傾げるふうに、ひいは言葉に詰まる。 ふと、自分の『姉』になると言った開拓者の顔が思い浮かぶ。 彼女といるととても心が安らぐけれど……その。あまりにも甘やかしてくれるので、何だか自分がダメになってしまいそうな気がする。 今後も長く贖罪を続けて行くと言うのに、ぬるま湯に漬かるのはどうなのか……。 「……ひい?」 「ああ、何でもありませんわ。わたくしは、考え中ですの。ですから、わたくしのことは気にせず、きちんと自分の望みを伝えるようになさいませね」 心配そうなみいに、笑顔を向けるひい。 三姉妹は、それぞれの道の先を考え始めている。 ●『和泉』 「『和泉』を捕縛する。協力してくれ」 「例の男の正体、分かったのか?」 開拓者ギルドで挨拶を済ませるなりそう切り出した星見 隼人(iz0294)に、身を乗り出す開拓者達。 彼は頷きながら続ける。 「ああ。彼の名は佐々部 孝臣。神村菱儀の手によって汚染された『和泉』出身の陰陽師だ。茶色の髪に黒の目……『和泉』の使いと言ってうちに来ていた男に間違いない」 「やはり復讐が目的ですか……まあ、実際『和泉』の使いのつもりだったんでしょうね。本人は」 「嘘ではないところが何とも皮肉じゃのぅ……」 「そういえば、捕まえた男はどうしてるのであるか?」 「伊助と言うんだが……。終始一貫して『頼まれてやった』としか言わない。が、どうも、調べてみたところ、和泉の者らしくてな」 「それって……」 言葉に詰まる開拓者達。 彼らも望んで、『和泉』……佐々部 孝臣に協力していた、ということなのだろうか。 「封陣院の名を騙り、既に人を雇って人妖達の誘拐を企てている。これ以上放って置く訳にいかない」 「……何より、彼も神村菱儀の被害者だ。これ以上、罪を重ねさせたくない」 隼人と開拓者の言葉に頷く仲間達。 彼らの目的が分かった以上、やるべきことは一つだ。 「で、作戦はどーすんだよ」 「人妖達を連れて、取引に乗る形で『和泉』をおびき出す。そこを取り押さえてくれ」 「とはいえ、向こうは陰陽師なんだろ。人魂とか使ってこっちに探り入れてきそうだよな」 「ある程度はこちらの内情がバレる前提で計画を立てないとダメってことかしらね……」 「そうだな。作戦の詳細はお前達に任せたい。すまんが、よろしく頼む」 「もちろんよ。全力で止めてあげないとね」 頭を下げる隼人に頷き返す開拓者達。 復讐は何も生まない。 分かっていても、止められないというのなら。 負の連鎖を止める為に……開拓者達は、立ち上がった。 |
■参加者一覧 / 青嵐(ia0508) / 柚乃(ia0638) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / 明王院 浄炎(ib0347) / ニクス・ソル(ib0444) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121) |
■リプレイ本文 「じゃあ、和泉の村は、まだ汚染されたままの状態ってことですか……?」 「伊助の話によると、だけど。そういう事になるわね」 不安そうに胸の前で手を組む柚乃(ia0638)に眉根を寄せるユリア・ソル(ia9996)。 彼女の記憶は、少し前に遡る。 「兄貴を助けて貰えませんか」 手を引くなら罪に問わない……伊助に条件を提示すると、彼はユリアに向かってそんな事を言い出した。 「……念のため確認するけど、兄貴って誰のことかしら」 「和泉……佐々部 孝臣のことです」 「あなた、頼まれてやっただけで佐々部のことは詳しく知らないのではなかったの?」 「それは……その。良く知らないってことにしとけば、俺だけ裁かれて終わるかなって……でも、罪に問われないんだとちょっと話が変わって来ちゃうんで」 「要するにあなた、佐々部を庇ってたのね?」 「すみません……」 「いいわ。どうせそんなことだろうと思ってたから」 はあ、とため息をつくユリア。彼女の緑色の目が鋭く光る。 「それにしても……佐々部の標的は、何故人妖達だけなのかしら。神村菱儀の従者は彼女達だけではないのに」 「昭吉って子ですよね。その子について、兄貴は何も言ってなかったです。アヤカシをけしかけた人妖達を赦せないとは言ってましたが……」 事件に実行役として関わらなかった昭吉は、復讐の対象外と言うことなのだろうか。 まあ、それはおいおい本人に聞けばいい話だ。 もう一つ、伊助にしか分からないことを確認しなくては……。 「その話は置いておくとして。あなた、今和泉の村がどうなっているか知っているわね? 包み隠さず教えなさい。そうしないと、佐々部達の命は保障できないわよ」 彼女の言葉に震え上がる伊助。その後は素直に尋問に応じ……今の状況がある。 「経験上の話になるが……瘴気の木の実で汚染したなら、瘴気は殆ど残ってないと思う。ただ、蒔かれた場所は腐敗しちまうから、土を入れ替えない限り生き物が住める場所じゃなくなっちまうことには変わりないけどな」 ため息混じりに呟くクロウ・カルガギラ(ib6817)。 彼は瘴気の木の実を蒔かれた土地を何度となく見てきた。 瘴気が消えても、腐敗した土が放つ嫌な匂い。 雑草すらも生えることができない土地――。 和泉の村も、その状態で放置されているのだとしたら……。 「支援の手と言うのも、なかなか行き届かぬものだな」 いたたまれぬ思いを抱いて首を振る明王院 浄炎(ib0347) 和泉の村も、もっと早くに対応出来ていたら、佐々部を『復讐者』にすることもなかったのではないか……。 今それを考えてみたところで詮無いことではあるが。 己の人生を、人々の支援に費やしてきた浄炎としては、どうしても考えてしまう。 「しかし、佐々部を『助けて欲しい』と言うのはの……」 ぺぃ〜んと、三味線を爪弾く音羽屋 烏水(ib9423)。 大切なものを失った言いようのない悲しみ。奪った者への積もる恨み。 それらを弾き語る譜面は星の数程あれど、真に理解出来るかと聞かれれば、そんなことはなく。 佐々部の協力者達は、彼の気持ちが理解できた上で、彼を救う方法が思いつかなかったから、手を貸した……。 しかし同時に、佐々部の行動が何も生まないことを理解しているのだろう。 だからこそ、開拓者に救済を願ったのだ。 「気持ちは分からないではないのだ。でも、復讐は……所詮自己満足に過ぎぬのではなかろうか」 厳しい面持ちで言う兎隹(ic0617)。 自分とて、大切なものを奪われたら同じことをするかもしれない。 そう考えると、何が佐々部にとって『救い』になるのかは分からないけれど。 ただ一つ言えることがあるとしたら、それは――。 大切なものを奪われたからと言って、誰かの大切なものを奪っていい理由にはならない。そう思う。 「事情は何であれ、やったことの責任は取って貰いますよ。ええ、身を持ってね」 淡々と言う青嵐(ia0508)。 その口調はとても穏やかであったが、内に秘めた静かな怒りを感じる。 「……今日はやけに静かね、リューリャ」 「言いたいことは色々あるが、それは本人に言うことにしようと思ってね」 首を傾げるユリアに、肩を竦めるリューリャ・ドラッケン(ia8037)。 こういう時の彼は容赦がないのを良く知っているニクス・ソル(ib0444)としては苦笑しか出ない。 「そうか。……殺さない程度にな」 「努力する」 まあ、嘘もつかないので努力すると言うからにはそうするだろう。 後は不幸な事故が起きないことを願うばかりだ。 「零次が来るとは珍しいこともあるものだな」 「別に。……俺は、自分の責任を果たしに来ただけだ」 被害者である紗代が人妖達と向き合ったのに、俺が黙ってる訳にいかないだろ……。 バツが悪そうに呟く零次に、兎隹は一瞬目を丸くした後、クスリと笑う。 「零次は本当に不器用であるな」 「ヨウと同じこと言うなよ」 「本当のことであるから仕方あるまい。……それで。何故紗代が人妖達と会ったことを知っているのであるか?」 兎隹の指摘にギクリとする零次。 慌てる彼が非常に分かりやすくて、兎隹はジト目を向ける。 ――零次と紗代が逢瀬を重ねていることは、別にいいと思う。 その結果、紗代が泣くようなことがあれば、迷わずボッコボコにするつもりはあるが。 「昭吉さん……。本当にいいのね?」 「はい。僕は……佐々部さんにも謝らないといけないと思うので」 心配そうなリト・フェイユ(ic1121)に強く頷き返す昭吉。 彼女はため息をついて続ける。 「今までの相手と違いますよ? 昭吉さんに手をあげようとするかも……」 「……それは仕方ないことですよ。むしろ今まで、そういうことがなかった方が不思議なくらいだと思うんです」 悲壮な顔をしている少年。彼は、とても素直で、それ故か何もかも背負い込もうとするところがある。 それは昭吉のいいところだけれど、今回は逆の方向に働きそうで心配が尽きない。 佐々部を前にして、無茶をしないといいのだけれど……。 「じゃあ、いくつか約束してください。くれぐれも無理はしないこと。私達の傍から離れないこと……できますか?」 リトの真摯な様子に、もう一度頷く昭吉。 ――ローレル、お願いね。 隣のからくりに目配せをする彼女。ローレルは分かった、と短く答える。 「隼人さん、行って来るね。何かあった時は後始末お願いすることになっちゃうと思うけど……」 「ああ、事情が事情だ。悪いようにはしない。ただ……」 「どうしたの? 何か心配ごと?」 「クロウと昭吉がな。復讐者の為に命を捨てそうな勢いで……それがちょっとな」 「ああ、そういうことか……。うん。分かった。無茶しないように首根っこ押さえとくよ」 「そうして貰えると有難い。すまんな、頼んでしまって」 「こちらこそ。……頼りにしてるんだからね」 星見 隼人(iz0294)の胸をいつものように小突いて、微笑を返す火麗(ic0614)。 踵を返した彼女を、隼人が手を取って引き止める。 「ん? どうかした?」 「あ、えーと、仕事とは関係ないんだが。帰って来て時間があったら……酒に付き合ってくれないか? いい酒貰ったんだ」 「え? あ……うん。分かった」 微かに頬を染めている隼人に、目を伏せる火麗。 帰って来たら着替える時間はあるだろうか。本当は風呂に入りたいところだけどそれは無理だろうし……。 風呂がダメならせめて化粧くらいは……。 ……って、いやいや。今は仕事に集中しないと! 「隼人。仕事中じゃぞ?」 「わ、分かってる! ……烏水も宜しく頼んだぞ」 ニヤニヤしながら言う烏水に、誤魔化すように言い返す隼人。 その様子を、仲間達も生暖かい目で見守っていた。 和泉の村に、人の気配はない。 そこは静寂と、何とも言えない腐敗臭が村を包んでいた。 「ここが和泉の村、か……」 「酷い……」 村を見渡す浄炎の横で柚乃が目を伏せる。 「瘴気は残ってないみたいだけど……こんな状態じゃ戻りたくても戻れないわな」 ため息をつくクロウ。 打ち捨てられた家々。その下の土壌は腐っているのか、おかしな色をしている。 ドロドロとした土はカビに覆われて……予想はしていたが、酷いとしか言いようのない有様だった。 「瘴気の木の実を撒いて、放っておくとこんなことになるんですのね……」 「……酷いって、あたし達が言ったらいけないわよね」 目の前の光景を真剣な表情で見つめるひいとふう。 青ざめて、言葉もなく震えるみいを、兎隹がそっと抱き寄せる。 「これもまた君たちが引き起こした現実だ。よく覚えておくのだ」 「……ここも元に戻さないといけませんわねぇ」 「そうね。土を入れ替えなくちゃね」 「土が沢山必要になりそうですし、隼人にお願いしなくちゃいけませんわ」 「入れ替えは僕もお手伝いします」 兎隹にしがみつきながら言うみい。続いたふうとひいに、昭吉も頷く。 幾度となく被害者達と向き合い、謝罪をしてきたからか、どう償いをするべきか具体的に考えられるようになって来ている。 「そうですね。その時は私もお手伝いさせて下さいね」 そのやり取りに、笑みを漏らすリト。これもまた成長の証だと、彼女は思う。 「ここの住民達は全員避難して、村には戻ってきていないそうよ」 「成程。それは好都合ですね」 「それなら多少暴れても問題ないな」 淡々と言うユリアに、真顔で返す青嵐。 リューリャがニヤリと笑うと、青嵐はジロリと彼を睨む。 「……何をするのか興味はありませんが、くれぐれも俺の邪魔をしないで下さいよ」 「それはこっちの台詞だ」 フン、と鼻の先であしらうリューリャ。烏水はそんな兄弟のやり取りに苦笑しつつ、ユリアに歩み寄る。 「ユリアよ。佐々部の姿が見えぬようじゃが……」 「ここに来るよう、伊助に手紙を託したわ。人妖達を連れて行く旨は書いたし、もうすぐ来るんじゃないかしら」 「本当に来るのかの……。こちらの手はバレておるのじゃろ?」 心配そうな烏水。きょろきょろと周囲を見渡す彼に、ユリアはやけに自信に満ちた笑顔を向ける。 「……大丈夫、来るわよ。来なきゃ、彼がやりたいことが果たせないもの。……ねえ? そこにいる誰かさん?」 ユリアの向けた目線の先。そこに人影はない。 「北西! 敵数4!」 短い彼女の叫び。張り巡らせた結界で、ユリアはとっくに彼らの位置を把握していたのだ。 その声に応えるように、青嵐とリューリャ、火麗が走り出し……そしてユリアも行動を開始する。 「ユリア……!」 「馬鹿! お前は下がってろ! 出たら相手の思う壺だ!」 「でも……!」 飛び出そうとするひいを制止した零次。ニクスはじっと金髪の人妖を見つめる。 「ひい、見ていろ。……俺の妻はとても優しい。君を甘やかしているように見えるかもしれない。だが、それだけではないぞ」 彼の言葉にハッとするひい。 人妖達が瞬きをしている間に、開拓者達は佐々部を取り押さえにかかる。 佐々部達と開拓者達の戦いは……いや、戦いと言うにはあまりにも一方的過ぎて、戦いにすらならなかったというべきか。 「うお……!?」 「貰った!!」 突然やってきた開拓者に驚きの声をあげ、刀を構えた明彦。 志体持ちとはいえ、歴戦の開拓者から見たらその動きは無駄が多い。 走りこんできた火麗の鋭い一撃。 それをまともに食らい武器を弾き飛ばされ、その勢いのまま後ろに吹っ飛ぶ。 「明彦!?」 「うわああああ! 何なんだよおおおお!!」 「あなた達も無駄な抵抗は止めなさい。今投降するなら優しくしてあげるわよ?」 にーーっこりとイイ笑顔を浮かべるユリア。その手に握られた神々しい槍がぶおん、と空を切る。 あんなもので両断されたらひとたまりもないことくらい、実戦経験のない伊助と梅次郎にだって分かる。 二人は抱き合うと、涙目でガクガクと首を縦に振る。 「酸気招来……急々如律令!」 短く詠唱をする青嵐。 彼から放たれた符、強酸性の泥濘に変化して佐々部に襲いかかる。 一つは寸でのところで避けたが、もう一つは彼の武器に当たり……べしゃり、という嫌な音と共に、それがどんどん錆びて行く。 「チィッ……」 舌打ちする佐々部。武器が劣化し、もう役には立たないはずだが、彼が怯む様子はない。 ――成程。それなりの覚悟はあるということですか。 目を細める青嵐。その瞬間、彼の横をリューリャがすり抜けて……佐々部の顔を、正面から拳で殴りつけ、吹っ飛ばした。 「……どうした開拓者。もう終わりか? その程度で俺は止められんぞ」 「黙れ。道具でしかない人妖に復讐しようなんて言う下衆が偉そうな口を叩くな」 口から血を流す佐々部の襟首を掴み、リューリャが迫る。 「復讐を果たしたかった? そりゃ結構なことだ。で? その結果としての行動はどうなんだよ。虚偽の権威で引き渡しを求めるとかよ」 「うるさい! 手段なんて選んでいられるか! 菱儀の配下と仲良しごっこをしてるお前達には分からんだろうがな!」 目の前の男を睨み付ける佐々部。その頬を、リューリャはもう一度拳で殴る。 「弱い犬程よく吠えるってな。……菱儀の乱の時に何も出来なかった自分に嫌気がさしたか? 村を失って後悔に苛まれて、自分より弱い怒りのはけ口でも欲しかったか……それとも、害しても罪にならない人妖なら問題ないとでも思ったか? 八つ当たりの言い訳にされた和泉の者達もさぞ無念だろうよ!」 「八つ当たり……?! 八つ当たりで人を巻き込んで、こんな大層なこと仕出かすとでも言うのか!」 「そうだ! だから腹が立つって言ってんだろうがよ! 復讐なら、もっと早い段階で出来ただろうが! 開拓者ギルドや後見人の星見に直訴する方法だってあった! 公式に処罰する手段なんていくらだってあったのに、何故その手段を取らない!」 「俺は……俺はあの人妖達を、俺の手で苦しめて殺したかったんだ」 「それはただのお前の自己満足だろうが! 果たせたはずの復讐を勝手に諦めたのは手前自身だ! 被害者意識に甘えているのはお前だ! それが八つ当たりじゃなくて何という!」 「リューリャさん、それ以上はダメです……! 佐々部さんが死んじゃう……!」 再び拳を振り上げたリューリャの腕に縋り付く柚乃。 彼に抑え付けられたままの佐々部の前に、昭吉が膝をつく。 「佐々部さんとおっしゃいましたね。僕は……賞金首、神村菱儀の従者、昭吉といいます。和泉の村に瘴気の木の実を撒いて破壊し尽したのは、僕の主の命によるものです。討伐された主の代わりに、謝罪しにきました。本当に申し訳ありません」 「……人妖以外にも従者がいたのか」 「はい。僕は主様の身の回りのお世話を任されていました。僕は僕の意思で、主様に従っていました。それは間違いようのない事実です」 呻くように呟く佐々部に、頷く昭吉。 少年が幾度となく口にして来ている謝罪の言葉。 今回はそれに、一切の迷いがなく……リトは嫌な予感がして昭吉の顔を見る。 「佐々部さんは復讐なさりたいんですよね? ……僕の命で良ければ、差し上げます。ですからどうか、人妖さん達は見逃してあげてください」 「昭吉さん!? 何を言っているの!?」 「ごめんなさい、リトさん。僕、ここに来る前から決めてたんです。……元々、主様と一緒に死ぬ筈だった命です。僕の命一つで払えるなら安いものだと思いませんか?」 「馬鹿なことを申すでないわ! わしもリトもおぬしをこんな所で死なせる為に助けた訳じゃないぞい!」 微笑む昭吉を一喝する烏水。そのやり取りをガクガク震えながら聞いてきた梅次郎が、おずおずと口を開く。 「……ねえ。兄貴、もう止しましょうよ……! こんな事して何になるんスか。兄貴のばーちゃんはもう戻ってこないんスよ!」 「おばあさま……? 佐々部さんのおばあさま、亡くなられたの?」 小首を傾げる柚乃に、涙目で頷く梅次郎。彼はため息を漏らしながら続ける。 「……本当にあったかい、いい人だったんスよ。親のいない兄貴の親代わりだったんス。俺達も子供同然に可愛がってくれて……。あの日、瘴気を吸ってから体調を崩すようになって……ずっと和泉の村に戻りたいって言いながら、結局、避難先で亡くなったッス」 「梅次郎、やめろ! その話はするな!」 「だって兄貴……!」 「もう俺には戻る場所もない……刺し違える覚悟で来たんだ! 裁きたいならさっさと裁け。殺したいなら殺せよ! そうじゃないなら……俺の邪魔をするな!」 攻撃の手を封じられて、ぼこぼこにされてもなお挫けない佐々部。 その叫びから伝わる絶望、深い憎悪……。 クロウは拳を握り締めると、佐々部の前に歩み出る。 「……では俺を狙え。今人妖たちが生きてるのは、俺がこいつらの妹と取引したのが切っ掛けだ」 白いアヤカシを捕らえて、開拓者ギルドで背後関係を洗い出そうとしていたあの日。 知恵のあるヨウが口を割るのではないかと、思いつきで出した条件。 それは、『人妖三姉妹の身の安全を保障すること』だった。 そう。それが、全ての始まり――。 そこから、ヨウとの奇妙な協力関係が始まり、最終的に三姉妹とイツをこちらに引き入れた。 そしてヨウとイツの最期を見届け、三姉妹達の身柄を星見家に移し、長く監視と教育を続け――。 それ自体が『許せない』というのなら。 全てのきっかけを作った自分が、処されるべきだと、そう思う。 「……俺が欲しいのはお前の命じゃない。人妖達だ」 「生命を奪われたのはお前じゃないだろう? なら、こいつらの生命ではなく、その側の者の生命を奪ったほうが公平だ」 「詭弁を弄すな! 俺にとってあの人は、自分の命より大事なものだったんだ……!」 「そうか。俺にとっても、こいつらは自分の命より大事でな。悪いが、こいつらの命は渡せない。……俺の生命、持っていけ。ただし、復讐に全てを捧げるんじゃなく、果たした後に仲間と新たな道を進むことが条件だ」 ほら、やりたいならやれよ……と呟いて、己の曲刀を佐々部の前に置くクロウ。 火麗はつかつかと歩み寄ると、昭吉とクロウ、佐々部の頭に順番にゲンコツを落とす。 「いって……! 何すんだ火麗!」 「……ったく、揃いも揃ってホイホイ自分の命を捨てようとするんじゃないよ! 自分を何だと思ってるのさ! あんた達、自分が死んだ後のことまで考えて言ってるんだろうね!」 頭を押さえてしゃがみこんだままの昭吉。 だって、と言いかけたクロウを、火麗が睨み付ける。 「黙んな! 昭吉はまだ謝罪も贖罪も終わってないんだろ? クロウはそれを見届けるんだろ?! 佐々部だってまだやるべきことが山ほどあるでしょうが! ……無計画に命を投げ捨てるのはただの無責任だよ!」 リューリャの下から佐々部を引きずり出す火麗。 彼の襟首を掴んだままガクガクと揺する彼女を、ふうが制止する。 「もう止めてよ……! 何で昭吉もクロウも、あたし達の代わりになろうとしてんの!? そいつの狙いはあたし達なんでしょ!? ……もういいよ。どれだけ恨まれてるか良く分かったから。あたし達は道具だから、殺しても罪に問われないんでしょ? だったら……」 「お前達、ヨウの最期の言葉、覚えてるか?」 零次の突然の言葉に、目を瞬かせる人妖達。みいが少し考えてから口を開く。 「次があれば、ちゃんとした人妖になりたいって……そう言ってたんですっけぇ?」 「そうだ。……ここから先は俺の独り言だ。聞き流せ」 人妖達に背を向ける形で佐々部との間に入り、零次は続ける。 「……アイツが望んだ、そうありたかった人妖であるお前らが、こんな事くらいで諦めてどうすんだよ。もしアイツが人妖に生まれていても不幸になるしかないってのか?」 「それは……」 「アイツが人妖になって戻って来た時に、胸張れるのかよ。胸張れないって言うなら……張れるようになるまで、しっかり生きて考えろ!」 ――それまでは、俺も守ってやる! 彼の最後の台詞は、人妖達に届くことはないけれど――。 彼女達の大切なものを奪った自分は、恨まれる事以外すべきではないと思っていた。 それでも……ヨウの想いを伝えることは人妖達に必要で、それはきっと、あの消えて行った白いアヤカシも望むだろうから。だから、俺は……。 ――レイジは本当に不器用ねえ。そんなところも嫌いじゃないけれど……いつか損をするわよ? ふと思い出すヨウの声。 ――ああ、そうだな。お前の言う通りかもしれない。それでも俺は、これしか出来ないから……。 零次の背中から伝わる、曲げられない、信念のようなもの。 彼は地に伏した復讐者を一瞥する。 「佐々部と言ったな。俺はこいつらに、大事なひとを傷つけられてる。……俺も、お前と同じ立場になっていたかもしれない」 「……お前も被害者か。だったら、俺の気持ちが分かるだろう?」 「分かるからこそここは通せない。被害者であるあの娘は、こいつらにきちんと向き合って、謝罪を受け入れた。俺は、あの娘に恥じるようなことはできねーんだよ!」 吠える零次。ニクスは人妖達を宥めるように、順番に見つめて続ける。 「いいかい。償いにのみ囚われてはいけないよ。キミ達が心を向けるのは償うべき人だけじゃないだろう?」 「……だって。零次はああ言ってるけど……あたし達生きてたら迷惑かかるじゃない。リューリャだってあんなに怒ってるし……」 「リューリャが怒っているのは……ふう、キミが好きだからだよ。皆も、キミ達が好きだからこうして動いている」 ニクスの言葉に目を見開くふう。ひいとみいも、戸惑った目線を彼に向ける。 「キミ達に好意を寄せる者がいる。キミ達がそれを嬉しいと思うなら、幸せになるべきだ。キミ達がかけられた優しさを、誰かに返してやれ」 「……それでいいでしょうか。わたくし達は……償いきれるのでしょうか」 「何度も言うが、死ぬことは償いにはならない。……その程度で終われる程、贖罪は安くないぞ」 きっぱりと断じるニクス。その迫力に言葉を無くす人妖達。 そのやり取りを呆然と見ていた佐々部を、火麗はもう一度引き上げる。 「佐々部。あたしはね、復讐が無駄だとか、虚しいものだとか、そういうことを言うつもりはないよ。だけど……もし、人妖達や昭吉、クロウに万が一のことあれば、あたしはあんたに復讐する。それがどういうことか、あんたには分かるね?」 「誰が誰に復讐するかなんてお前達の勝手だ。知ったことか。俺は俺の目的が果たせれば……」 言いかけた佐々部。次の瞬間、パシーン! という乾いた音が響く。 ユリアに頬を叩かれたのだと覚った彼は彼女を睨むが……そのひとは慈母のような、穏やかな表情をしていた。 「……あなたに勝ち目なんて最初からなかったのよ。復讐で目が曇って、大切なことを見失ってるあなたにはね。これ以上、罪を重ねるのは止しなさい。どうしても『止まれない』っていうなら、私が殺してあげる」 憎しみも悲しみも恨みも……彼の命すらも背負う覚悟を称えた瞳。全てを包み込むような微笑みに、佐々部はうろたえる。 「何故だ……! 何でそんな目で俺を見る! 止めろ! そんな目で俺を見るな!!」 「兄貴……! ユリアさんの言う通りですよ……! 兄貴は間違ってる」 「うるさい! 黙れ!」 伊助の声に、耳を塞ぐ佐々部。 ――駄目だ。自分のしていることが『間違い』だと認める訳にはいかない。 何の落ち度もないのに、死ななければならなかったあの人。 あの人の無念を晴らせるのは、自分しかいないのに……! 「ユリア。そう簡単に殺されては困ります。封陣院の名を騙った罪は、きちんと清算して貰わなければなりませんからね」 「あら。貴方がそんなに拘るなんて珍しいわね」 鋭い目線を向けて来る青嵐に、にっこり笑うユリア。 悪びれる様子もない彼女に肩を竦めて、彼は佐々部を見下ろす。 「私が封陣院の名を使われた事に怒る事が不思議ですか? だったら教えてあげますよ」 五行国の国家機関、封陣院。 そこに就職する為にはまず、陰陽師の育成施設である陰陽寮に所属しなければならない。 入寮するには相応の試験を通過した上で高額な学費を納めなければならず、入寮する事は自体が、非常に難しいのだ。 陰陽寮生は、受かることの出来なかった無数の陰陽師達の涙の上に立っている。 陰陽寮に入ったところで、卒業試験も難しく、途中で退寮して去る者も出てくる。 封陣院に属するには、更なる血の滲むような努力と、勤勉さ要される。 ――封陣院の職員を名乗るとは、彼らの涙と嘆きの上に立つという事に他ならない。 「それを、貴方は踏み躙ったのです。許せませんよ。被害者面して、人が時間をかけて、大事に築き上げて来たものを利用してその信用を貶めようと言うのですから。……己の欲望の為に村を破壊した、菱儀のようにね」 吐き捨てるように言う青嵐に、目を伏せる佐々部。 恨んで止まぬ神村菱儀。彼と同じことをしていると指摘されて……彼は何を思うのだろうか。 烏水は、殴られ血で塗れた佐々部の顔をそっと手ぬぐいで押さえながら躊躇いがちに口を開く。 「……わしは綺麗事は言えん。が、リューリャが『八つ当たり』だと言った言葉の意味は分かる。……お主が赦せんのは人妖たちだけでなく、故郷を、大切なものを守れなかった自分自身でもあるのではないかの?」 「……お前に俺の何が分かる」 「ああ、お主の気持ちは、わしには理解はしきれぬと思う。経験浅きわしの言葉に重みもないが……自分を責めるのも、やり場のない怒りを他にぶつけるのも、もう止すんじゃ。この所業を、人妖たちを赦さんでもいい。しかし、亡くした者たちがお主に望んだ道は他にもあるのではないかの」 黙々と、倒れている明彦や伊助、梅次郎の手当てを続けていた浄炎。 次はお前の番だ……と、佐々部の傷を確かめながら続ける。 「……手当ては不要だ。早く殺せ」 「そうはいかぬ。……償いと言うのは一朝一夕で果たせることではない。それは、被害者であるお前自身、良く知っておろう」 静かな浄炎の声。それは責めると言うより、父が子に言い聞かせるような……そんな響きがある。 「昭吉のような幼子らですら、主の行いを止められなかったことを悔いて、代わりに償いきれぬ罪を償わんと歩む事を選んだ。それがいかなる苦難か、お前なら分かるであろう? 一時の激情に身を委ね、この様な子らを殺めたならば……彼らもまた救われまいよ」 「じゃあ一体どうすれば……どうやったらあの人を救えるって言うんだ……!」 「少なくとも、暗い情念に身を委ねたところで誰も救えぬし、救われぬ。この子らが歩む長く辛い道のりと、一時の死の恐怖……どちらが辛かろうな。良く考えるといい」 俯く佐々部の背中をさする浄炎。兎隹も、彼の前に座って彼の手をとる。 「……お前は、式を使って我輩達の行動を監視していたのであるな?」 「そうだ」 「ならば見て来た筈だ。人妖達と昭吉の……謝罪と、償いに対する真摯さを。彼らはどんなに辛い現実が待ち受けていようとも、一度とて逃げなかったのだ。今だって、こうして一緒に来て、被害者であるお前の声を聞こうとしておる」 主に命じられた事と言って、責任から逃げたなら、被害者達は決して許しはしなかったろう。 そうでないからこそ……受け入れられたのだ。 「それは……彼女達と昭吉の成果ではないのか?」 「……だから俺にも赦せと言うのか?」 苦々しげ呟く佐々部。それに、兎隹はふるふると首を横に振る。 「それはお前の選択に任せるのだ。償いには時間がかかる。その間に、再びお前のような者も現れるかもしれぬ。それでも彼らは逃げぬと言う。……我輩はそんな彼らを支えたい。一生かかろうとも共に償うと決めた。だから我輩は……お前にも、明彦達にも謝罪し、償いたい。それが我輩の願いだ。……復讐ではなく、お前達の願いを聞かせてはくれまいか」 兎隹の言葉に、頭の中が白く溶け落ちるような衝撃を受ける佐々部。 ――自分が望んでいたのは復讐だ。それ以外には、なかった筈だ。 それなのに。何故、自分の願いは『復讐』しかないと、突っぱねることが出来ないのだろう……。 柚乃は胸の手を組むと、祈るような気持ちで言葉を紡ぐ。 「ねえ、佐々部さん。明彦さん達も……今も村を大切に思うなら、復興させよう? 諦めないで……」 亡くなった人々が愛した、この地を守っていくこと。 それが遺された者の勤め。 亡き人々との思い出の場所を、このままにしておいてはいけないと思う。 「貴方が生きていなかったら、一体誰がおばあさまの供養をするの? 誰がおばあさまのことを思い出してあげるの……? 貴方の力は復讐ではなく、守る為に使うべきなんじゃないのかな」 「兄貴ィ……。もうやめにしやしょうよ。自首しやしょう」 「そーっスよ。兄貴に何かあったらばーちゃんが悲しむッスよ」 「俺達も一緒に自首しますから……お願いですから。俺達、兄貴に死んで欲しくないんですよ」 必死な柚乃の様子に、ぼろぼろと涙を零して訴え始める明彦達。 三姉妹達も前に出て、頭を下げる。 「あなた方の大事な村をこんな事にしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」 「あたし達、あの村の土を入れ替えたいのよ」 「土を入れ替えさえすれば、また住めるようになるってクロウが言ってたですのよぅ」 「どんなに時間がかかってもやり遂げます。それでも足りない時は、僕の命を差し上げますから……」 「昭吉さんっ!」 続いた昭吉を、めっ! と叱るリト。 佐々部はふるふると力なく首を振る。 「……俺の手はもう穢れている。そんな罪人がどこに戻れるって言うんだ」 「過ちを犯したら償えばいいのだ」 「何度でもやり直せるわ。人間はそんなに弱くないものよ」 兎隹とユリアの言葉に、震える佐々部。 そのまま地面に伏し、声をあげて泣き始めた。 「お疲れさん。その様子だと上手く行ったようだな」 「青嵐が4人を開拓者ギルドに連れて行ったわ。『やったことの責任は取らせる』って息巻いてたから、どうなるかしらね」 「彼のことだから、正式な処罰が決まるまで正座で10時間耐久説教とかかな……」 「死んだ方がマシって言うような目に遭わされるかもな」 隼人の問いにくすくすと笑うユリアと遠い目をするニクス。肩を竦めるリューリャにクロウがウヘェ……と言う顔をする。 「そういや、隼人さんに心配かけちまったみたいで……悪かったな」 「いや。友人の身を案ずるのは当たり前のことだ。気にするな。……火麗のゲンコツは痛かったんじゃないか?」 「すっげーー痛かった! 涙ちょちょ切れたわマジで!! 隼人さんも気をつけろよ!」 思い出したかのように頭をさするクロウに、噴き出す隼人。 兎隹があの……と申し訳なさそうに手を挙げる。 「ん? どうした?」 「星見様。我輩、みいの権利の譲渡を希望するのである。我輩は、条件に合致するであろうか?」 「ああ。俺もその話をしようと思ってたんだ。ふうの譲渡を希望したくてな」 続くリューリャ。隼人は二人を交互に見て頷く。 「長いこと人妖達の教育に関わって来た兎隹とリューリャなら譲渡先として問題ない。あとは、人妖達の希望を聞いて……だな」 「成程。じゃあ、早速聞いて来るとするか」 「我輩も改めて聞いてくるのである」 善は急げと人妖達の元へ向かうリューリャと兎隹。 ――この日、ふうはリューリャの元へ、みいは兎隹の元へ行くことが、正式に決定となった。 「……な、何か悪いね。手伝って貰っちゃって」 「いいえ。前当主様のお着物が合って良かったですわ」 頬を染める火麗に、微笑を返す山路 彰乃(iz0305)。 火麗が着物に着替えたいから場所を貸して欲しいと彼女に頼むと、場所の用意のみならず鮮やかな色の着物を持って来てくれ、あれよあれよと着付けられてしまった。 「ん……? 前当主様って……?」 「隼人様のご母堂様ですわ」 「え? そんな着物借りちゃって良かったの?」 「はい。ずっと仕舞われたままより、着物も喜ぶでしょうし……いずれ、火麗様が継がれるのでしょう?」 「えっ。ええええ!?」 いや、隼人に話を進めて欲しいと言ったからには、ゆくゆくはそうなるのかもしれないけど……! にこにことしている彰乃に、アワアワと慌てる火麗。 そこに化粧道具を持った柚乃がやって来る。 「さー! 火麗さんお化粧しましょう! お手伝いしますよ!」 「あの……自分で出来るから……」 「火麗様。星見家に嫁いだら身の回りのことは人に任せることが多くなりますのよ。さ、予行練習だと思って!」 「えええええええ」 「柚乃様、隼人様が惚れ直すくらい綺麗にお願いしますわね」 「はーい! お任せー!」 うふふふふと笑う彰乃と柚乃。 火麗は頬紅を差す必要がないくらい、真っ赤になっていた。 「お陰で大分楽になったわ。ありがとうの、浄炎」 「いや。このくらい然したることではないゆえ」 「浄炎さん、お疲れ様です。お茶お持ちしましたよ!」 「ああ、すまぬな。戴こう」 膝の痛みを訴えていた星見家当主の身体を診ていた浄炎。 茶を勧める昭吉に短く礼を言い、縁側に腰掛ける靜江を手伝う。 「どっこいしょと……」 「ご当主、ゆっくり動かれよ」 「うむ。して……うちのボンクラにもようやっと嫁が来るようじゃなぁ。おぬしらにも迷惑かけたのではないかえ?」 「いえ。迷惑なんてことはありませんでしたけど……」 「ちっとばかり心配はしたの」 リトと烏水の返事にふぇっふぇっふぇっ……と笑う靜江。お茶を啜ると、庭に咲く花を見つめる。 「……隼人が何故あの子を選んだのか分かるような気がするぞい。わしの娘によう似ておる」 「靜江さまの娘って……」 「隼人の母親じゃよ。己の夫をどつき回すような気風の良い女子だったが、繊細なところもあっての……。もう少し、長生きして欲しかったんじゃがのう」 ――隼人の両親は、『大切な何か』を守って死んでいったと聞いた。 亡き娘夫妻に代わり、再び当主の座に就き、長きに渡って銀泉を守り続けて来た靜江。 彼女はきっと、娘夫婦も守りたかったに違いない。 そんな無念が伝わってきて、烏水はそっとその背を撫でる。 「隼人もがんばっておるし、火麗もいい娘じゃ。きっと大丈夫じゃよ」 「……ありがとうの」 「若い二人には導き手が必要であろう。ご当主、もう少し頑張らねばな」 「むー? これでワシも安心して隠居が出来ると思ったんじゃがのう」 烏水と浄炎、靜江のやりとりにくすくすと笑うリト。 ふと、隣の昭吉に向き直って、真っ直ぐに彼を見つめる。 「……昭吉さん。今日のことは忘れないで下さいね。一生胸に、でもそれに潰されずに生きていくこと」 「はい」 「あ、あと、命差し出すとか、軽々しく言っちゃ駄目ですからね!!」 「はーい」 必死な彼女に、頷く昭吉。 こうして心配してくれる人がいる。そのことに、感謝しなくてはいけないと……少年は思う。 「……人妖達と話さなくても良いのであるか?」 星見家をそっと立ち去ろうとする零次を呼び止める兎隹。 彼は肩を竦めて兎耳の少女を見る。 「あ? もう話すべきことは話しただろ」 ――困った時は、また来ればいいだけの話だし。 口にしない零次の言葉。それが分かっているのか、兎隹は苦笑する。 「あの子達も零次と話をしたがっておる。一度ゆっくり話をしてやって欲しいのだ」 「ん。考えとくよ」 短く答える零次。 どうにも不器用な友人の背を、兎隹は黙って見送った。 こうして、開拓者達の手によって、負の連鎖は食い止められた。 佐々部達は開拓者ギルドに移送され、処罰が決定するまでの期間、青嵐の手によって陰陽寮の成り立ちから封陣院の歴史まで、みっちり勉強させられることになった。 人妖達と昭吉が選んだ謝罪と贖罪の道。 それは苦難を伴うもので、いつ終わるとも知れないものだけれど。 彼らを支え、共に歩んで行こう――。 そう心に誓う開拓者達だった。 |