【春来】梅見の宴
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 24人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/06 14:31



■オープニング本文

●側近達の狂乱
 五行国。架茂 天禅(iz0021)の側近達は上へ下への大騒ぎだった。
 先日行った春呼祭での見合いの席。
 何名かが王と見合いをした結果、見事成功を収め、天禅が選んだ女性に次の交流へ繋げる手紙を送らせることも出来た。
 この機会を逃しては、次いつ王の縁談が来るか分からない。
 側近達は必死だった。
「急げ! 王の気が変わらぬうちに次の機会を設けるんだ!」
「しかし、王の身の安全を確保できて、広くて、風情があるところなんて……なるべく早く手配しなければなりませんし」
「石鏡国の布刀玉王も、先日の見合いの席で女性を見初めたそうだ。治安の良い石鏡であれば、良い場所があるかもしれん」
「ふむ。手配は我々が行うにしても、良い場所を紹介戴けるやもしれぬな。よし、石鏡王の側近の方に至急連絡し、協力を求めよ!」

 ……こんなやり取りの後、大急ぎで石鏡王の側近達に書面を送ったところ、あっさり協力を取り付けることが出来た。
 だって、石鏡の国も、同じような大騒ぎになっていたので。
 まさに渡りに船だったのだ。


●布刀玉と香香背の事情
「お兄様。星見家との見合いは中止したわ」
「どうしたの? 今度は何?」
 香香背(iz0020)の突然の発言に、書面から顔を上げた布刀玉(iz0019)。
 妹王は目を輝かせながら続ける。
「その代わり、跡継ぎの嫁を探しているもふら牧場を探してほしいの。そこに見合いを申し入れるわ」
「……香香背? それ本気なの?」
「ええ! もふらさまと結婚できないなら、もふら牧場の牧場主と結婚すればいいと、この間気がついたのよ!」
「……そう。香香背がそれでいいなら、いいけど」
「勿論良いに決まってるわ! お兄様、お願いね!」
 ご機嫌な香香背に、ため息をつく布刀玉。
 まあ、もふらさまは石鏡国の大事な資産だ。それを支える礎になるのなら、いいのかな――。
 妹がそこまで考えているか分からないけれど……。
「そういえば、お兄様は素敵な方とお会いできて、お手紙送ったって聞いたけど」
「えっ? ああ、うん。まあね……」
「まあ、素敵! で、どうなの? その後」
「ど、どうって……。この間お会いしてお手紙出したばかりだし……」
 香香背に追求されて、しどろもどろになる布刀玉。
 いつものんびりしていて穏やかな兄が赤面するところなんてなかなかお目にかかれないので、香香背としては面白くて仕方ないらしい。
 妹にからかわれるのは困るけれど、もう一度お話してみたいのは事実で……。
 また、お会いできるかな――。
 布刀玉はもう一度、深く深くため息をついた。


●梅見の宴
「皆さんに招待状が来ていますよー」
「招待状?」
 開拓者達の前に現れて、はい、と一枚の書面を差し出すギルド職員、杏子。
 開拓者達はそれに目を落とす。
「……梅見の宴?」
「はい。五行国と石鏡国が共同で宴を開かれるんだそうです。日頃お世話になっている皆さんもご招待したいとのことですよ」
「何でまた急に?」
 小首を傾げる開拓者達に、ずずいっと身を寄せる杏子。
 あのですね、大きな声じゃ言えないんですが……と、ひそひそ声で続ける。
「ほら、この間、春呼祭でお見合いがあったじゃないですか。それが思いの他上手く行ったから、皆様と改めて交流したいと……ほら。有体に言えば公式の団体デートですよ」
「あー。なるほどなー」
「元々、とある村で行われる梅見会を、そのままデート会場として貸しきっちゃうみたいですよ」
「梅見会?」
「はい。石鏡の国に、梅の花が見事な村があるらしくてですね」
 眼鏡をくいっ上げながら言う杏子に、うんうんと頷き聞き入る開拓者達。

 ――石鏡国の三位湖から、少々離れたとある村。
 そこには村中に沢山の紅梅が植えられていて、この季節になると村全体を埋め尽くすように梅が咲き誇る。
 その村では、毎年梅が咲く季節になると、夜に灯りを点して梅見の会を開催する。
 少し高台にあるその村からは月と三位湖も見ることが出来、灯りに照らされた紅梅もまた美しいのだそうだ。
 さらに、梅を見に訪れた人たちの為に屋台なども多く立ち並ぶとか……。

「団体デートと言っても参加する条件は特になくて、皆様の参加を歓迎するということなので、ご家族や恋人、お友達とお出かけしてもいいかもしれませんよ。私も冷やかしで行ってみようかな」
 ヤケクソ気味にいう杏子に、ふむ、と考え込む開拓者達。
 様々な思惑を乗せた梅見の宴が、まもなく始まろうとしていた。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 玉櫛・静音(ia0872) / 玉櫛 狭霧(ia0932) / 海神・閃(ia5305) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 日御碕・かがり(ia9519) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / ヘスティア・V・D(ib0161) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 明王院 千覚(ib0351) / ニクス・ソル(ib0444) / 明星(ib5588) / リリアーナ・ピサレット(ib5752) / 宵星(ib6077) / 一之瀬 戦(ib8291) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / ラシェル(ic0695) / リーズ(ic0959


■リプレイ本文

 仄かに漂う甘い香り。見えるは一面の紅い梅。
 花は咲いて、いつか散る。
 ならば、散る花は無意味か――?
 否。散るが故に、消えるからこそ。
 人の心に長く残り、振り返られ、再び見たいと……願いを抱く。
「……ヘス達が心配かい?」
「ん? いや。そういう訳じゃないが」
 北條 黯羽(ia0072)の声に、梅の花から隣の妻に目線を移すリューリャ・ドラッケン(ia8037)。
 涼しい顔のリューリャに、どうだかねェ……と悪戯っぽい目線を向けた黯羽は、手にした煙管に火をつける。
「人妖の嬢ちゃんの事はよく知らないが……まぁ、リューが選ンだ子なら間違いないだろ」
「ああ。面白くていい子だ。だからこそ迎え入れたい」
「そう言うと思ってたよ。リューは好きなものは全部欲しがる駄々っ子みてェなとこあるからなァ」
「嫌か?」
「いンや? 正直な奴は好きだよ。……でなきゃ、こんな風になってねェよ」
 くつりと笑って、夫の頬を撫でる黯羽。
 その手はつつつ、と身体をなぞって……そのまま、リューリャの手に絡める。
「……ヘスに先越されちまったなァ」
「何がだ?」
「ん? 子供さね」
「……欲しかったのか?」
「そうさねェ。今すぐじゃなくても、そのうちに……と、思ってはいるよ」
「そうか……。奥さんの要望とあらば応えないとな」
「期待してるぜ、旦那様」
 真顔で言うリューリャに、ニヤリと笑う黯羽。
 いつもなら皆で過ごすが、今は独り占めで……この機会を逃すまいと、夫に寄りかかる。
 静かに並ぶ二人。紅梅の花に、紫の煙が立ち上る。


 ――誘う理由が必要か? ……お前と、家族になりたいからだよ。
 リューリャに言われた言葉を思い出して、ため息をつく青髪の人妖。
 それに喜んでいる自分もいて余計に戸惑う。
「ごめんな。何か悩ませちまって」
「ううん。ヘスのせいじゃないし」
 二人を見送った後、徐に切り出してきたヘスティア・V・D(ib0161)に、力なく首を横に振るふう。
 彼女はふうを呼び寄せると、梅の樹の根元に腰掛ける。
「ふう。あの男は……寂しがり屋で欲張りなんだ。来るもの拒まず、去る者追わずってやつでな」
 だから、側に居たいといえば拒むまい。
 でもそれは、『家族愛』であって……好意を断るよりも残酷な事だから――。
「家族と言う意味では『特別』になれるけどな……それを受け入れられるか、だな」
「あたし、リューリャの事は好きだけれど、よく分からないの。男のひととしてなのか、父親としてなのか……」
 主にどんなに求めても、貰うことが叶わなかったもの。
 それを与えて、隙間を埋めてくれたのが彼だったのかもしれない。
 目を伏せるふうに、ヘスティアはそっかぁ……と呟く。
「だったらそれが分かるまで、傍にいるのも手かもしれねえな。それから別な道探す事もできるし」
「でも、邪魔にならない……?」
「何が邪魔なんだよ? 別に構わねえって。でなきゃこんな話しねえし。歓迎するぜ。俺のチビの姉ちゃんになってくれても嬉しいしな」
「俺のチビ……?」
「うん。ここにいるんだわ、今」
 そう言って、ふうの頭を優しく撫でながら己のお腹を指差すヘスティア。
 ふうは彼女のお腹と顔を交互に見て漸く意味を理解したのか、がばっと立ち上がる。
「ちょっと! そんな大事な時にこんな寒い所にいたらダメじゃない!」
「あ? このくらい平気だって」
 問答無用でヘスティアを樹の根元から引き離し、己の外套をはずして彼女のお腹に巻きつけるふう。
 振り返ると、猛然とリューリャ目指して飛んでいく。
「ちょっとリューリャ!!」
「どうした? 話は終わったのか?」
「身重のヘスをこんな寒いところに連れ出すってどういう事なのっ!?」
「……はい? いや、ずっと家に篭ってる訳にも……」
「赤ちゃんに何かあったらどうすんのよ!! っていうか黯羽は!? 寒くない!?」
「俺はまだだから大丈夫さ。ありがとな」
 笑いをかみ殺す黯羽に良かった……と安堵のため息を漏らすふう。
 ふうの説教をどこかうわの空で聴きながら、リューリャは考える。
 ――しかし、ふうがこんなに心配性だとは知らなかった。
 これは、生まれるまでヘスは叱られっぱなしかもしれんな……。
「ちょっと! リューリャ聞いてるのっ!?」
「へいへい」
「この調子ならチビ達と仲良くやってくれそうだなぁ」
「そうだねェ」
 その様子を見ながら、くつくつと笑うヘスティアと黯羽。
 4人一緒に梅を見るのは、もう少し先になりそうだ。


「焔騎さん。お花見しませんか?」
「……ああ、別に構わない」
 思い切って声をかけた日御碕・かがり(ia9519)に、あっさりとした天ヶ瀬 焔騎(ia8250)の返事。
 先日のことがあったのでかなり緊張していたのだが、焔騎はあまり気にしていないようで……。
 ――想いは伝えた。
 承諾されはしなかったけれど、拒絶もされなかった。
 今は、それで十分だ。彼の側にいられるだけで幸せだから……。
 そんな事を考えながら、彼女は持ってきたお弁当を焔騎に振舞う。
「梅の花、思ったより沢山咲いてますね!」
「そうだな」
「焔騎さん、お酒飲みますか?」
「ああ、戴こう」
 頷く彼の杯に、お酒を注ぐかがり。
 焔騎はお弁当を口に運ぶと、ふむ……と感心したように頷く。
「……料理が上手いんだな」
「ありがとうございます。お口に合って良かった」
「……俺もそれなりに作れるんだが」
「本当ですか? 今度食べてみたいな」
「ああ。じゃあ、次の機会にでも……」
 こくりと頷く焔騎。かがりはもじもじとしながら、彼を見る。
「……あの。ちょっとだけ、寄りかかってもいいですか?」
「……ああ、別に構わない」
 彼のいつもの返事にくすりと笑うかがり。
 失礼します、と囁いて寄り添う。
 腕に感じる彼女の温もりと、寄せられる想い。
 ――急ぐ訳じゃないが、真摯ではありたい。
 そんな事を考えながら、酒を味わう焔騎。ふと思い出して、隣のかがりを見る。
「そうだ。……少し遠いが、桜の綺麗な場所がある。今度はそこに、行ってみるか?」
「えっ。いいんですか?」
「……悪かったら誘わない」
「行きたい! 行きたいです!」
「そうか……。じゃあ行こう」
 必死な彼女の頭をよしよし、と撫でる焔騎。
 彼から誘ってくれた事がたまらなく嬉しい。
 己の我侭に付き合ってくれる優しい彼。
 いつか、答えが欲しくなる時が来るかもしれないけれど、それまでは――。
 幸せそうなかがりの笑顔。それを見ていると、適当ではいけない、と焔騎も改めて思う。
 ――落ちる花がまた咲くまでに、もう少しちゃんと応えよう。
 恋する乙女と不器用な青年の恋模様は、もう暫く揺れ動きそうだ。


「珍しい事もあるものですね。兄さんからお誘いなんて」
「そう言うなよ。たまにはいいだろ?」
 己を見上げて来る玉櫛・静音(ia0872)に、肩を竦める玉櫛 狭霧(ia0932)。
 ――本当は、誘いが嬉しくて浮き足だっているのに。
 こんな態度を取ってしまって、素直じゃないな……。
 はふ、とため息を零しつつ、顔が緩むのをどうしても止められない静音。
 そんな彼女の様子に気づく様子もなく、狭霧は梅に見入る。
 ――唇に紅を差し、着物姿の妹は欲目抜きで美しくなった。
 彼女から向けられる好意に気づいてはいたが……それが、兄としてなのか、それとも異性としてなのか。
 どういう意図のものであるのか、掴みかねていて――。
「そういえば……今、国王達は見合い相手との交流会に参加してるんだったか。静音もいい歳になったんだし、見合い話も結構出てるんじゃないか?」
 何気ない狭霧の声。『見合い』と言う言葉に、胸が締め付けられる。
「静音は……。静音は見合いなんてしません」
「どうしてだい? 家のことだってあるだろう?」
「だって、だって静音は……!」
 痛む胸を押さえて、目を伏せる静音。
 ――家を離れて開拓者になったのは、家族という枠組みから外れて妹としてでなく、一人の女として見て貰いたかったからだ。
 見聞を広めると言って家を出た狭霧の、少しでも傍にいたいからだと言うのに。
 叶わなくても構わない。でも、この想いを抱えたままで、どうして見合いなんて出来よう……?
「静音がお慕い申し上げるのは、今も昔も一人だけ。兄さんだけです……」
「静音……」
 静音の震える瞳に、言葉を無くす狭霧。
 彼女から向けられる目線……その想いに、いい加減逃げるのは止めて向き合おうと決めた。
 けれど実際、その想いをぶつけられて……どうだ?
 上手くあしらうことも出来ず、言葉も出ない――。
 想いを言葉にしてしまったらもう、引き返すことは出来ない。
 どんな結果になるにせよ、もう進むしかない……。
 続く沈黙。
 動き出した兄と妹の関係を、紅梅だけが見つめていた。


 今日は妻との久しぶりのデートだ。だが、遅れて来るらしい。
 さて、今回は何を企んでいるのやら……。
 そんな事を考えていたニクス・ソル(ib0444)。
 眺めの良い所に場所を取り、食事と飲み物を用意し終わったところで、ユリア・ソル(ia9996)がゆっくりとした足取りでやってきた。
「遅くなってごめんなさい」
「……どうした?」
「どうもしないわよ?」
 眉を上げるニクスに笑顔を返すユリア。
 どことなく嬉しそうでご機嫌な彼女に、ニクスは不思議な違和感を覚える。
 ――彼女は妻であると同時に幼馴染だ。
 人生の大半を彼女と過ごして来たと言っても過言ではない。
 だからこそ、彼女の変化はすぐに分かる。
 ユリアの様子を見るに、きっと何かいい事があったのだろう。
 何やら厚着をしているのがちょっと気がかりだが……。
 ユリアを敷物までエスコートしたニクスは、じっと彼女を見つめる。
「梅の花、綺麗ね……。春の先駆けの花よね。実が成るのも良い所だわ」
「ユリア、梅が好きだったよな。梅のお菓子を買っておいたよ」
「あら。嬉しい。すっきりした香りが好きなの!」
「梅酒も用意したけど、飲むかい?」
「……お酒はやめておくわ」
「……どうしたんだい? いつも飲むのに……やっぱり風邪を引いているんじゃないか?」
 心底心配そうな、情けない顔をするニクスにユリアは笑いが堪えきれなくなって噴き出す。
「うふふ。やっぱりニクスには隠せないわね」
「どういうことだい?」
「プレゼントがあるのよ、ニクス。ちょっと耳を貸して頂戴」
 手招きされるがままに身を寄せるニクス。ユリアはその耳にそっと口を近づける。
 ――お腹に赤ちゃんがいるのよ。
 その言葉に固まる彼。ユリアの今日の様子に全て説明がついて……。
「ああ、そうか……ああ!」
 おめでとう、でかした――色々言いたい事はあるはずなのに、胸がいっぱいで上手く言葉にできない。
「私達の子供よ、ニクス。何かコメントはないの?」
「ごめん。言葉にならない……」
「もう。仕方ないわね。お父さんになるんだからしっかりして頂戴」
 今にも泣きそうな夫の頬に、そっと口付けるユリア。
 ニクスは言葉できない想いを込めて、優しく強く……最愛の妻を抱きしめた。


「お見合いの冷やかしをするようで申し訳ないんですが……」
「いえ、構いませんよ」
「わたしはもふらさまを触りに来ただけだし」
「……何用か?」
 深々と頭を下げるフェンリエッタ(ib0018)に穏やかな笑みを向ける布刀玉(iz0019)と、元気に笑う香香背(iz0020)。そしてそっけない架茂 天禅(iz0021)。
 三人の対応が対照的で、彼女は笑いを堪える。
「知りたい、と思ったのです」
「何をでしょう?」
「わたし達、秘密にしてる事なんてないけど」
「王と呼ばれる皆さんが、見えていらっしゃるのか……ということです」
「……?」
 フェンリエッタの言葉に、首を傾げる三人。
 彼女はそっと目を伏せて続ける。
 ――生成姫との戦いを経て、その犠牲者とも言える『生成姫の子供達』と出会って……。
 彼らをさまざまなものから守りながら、依頼やそれぞれの土地の祭を通して、国の表や裏、と言うものを垣間見てきたけれど――。
「その向こう側にいるはずの人、王の為人が見えなくて……怖いような気もしてました。私は開拓者です。何かを守るだけの力を持っていますが……それでも、ただの人だから。……皆さんには見えていますか?」
 大地を踏みしめて生きている人達の顔。その国で泣き、笑い、日々暮らしている人たちの顔が――。
「……貴女のお聞きしたい事、理解できます。民一人一人の声に応えられれば一番良いのですが……どうしても、拾いきれないこともあります。力不足で申し訳ない事だと思っています」
「兄様もわたしも、王でもあるし、石鏡の国民でもあるのよね。民あっての国だと言うのは忘れたことはないわよ。国の利益は、国民に還元されるべきだわ」
「王の務めが何であるか。何の為に国が存在しているのか……それについては重々理解している。この先も、それに応えるべく努力は続ける。……この返答で満足か?」
「……はい! ありがとうございます」
 晴れ渡るような笑顔を見せるフェンリエッタ。
 布刀玉と香香背、そして天禅……王と呼ばれる人達も、それぞれに何かを考え、悩んでいる。
 自分達と同じ、一人の人である。それが分かっただけで十分だ。
「あっ。これ、お詫びと言っては何ですがお菓子をお持ちしました。もし宜しければどうぞ」
 思い出したように梅ジャムのパウンドケーキを配る彼女。香香背は目を輝かせて、フェンリエッタを見る。
「ありがとう。そういえばフェンリエッタは笛が上手なんですって? 良かったら聞かせて頂戴な」
「はい。喜んで」
 笑顔を返すフェンリエッタ。
 お礼の気持ちを横笛に乗せて……紅梅の里に、彼女の澄んだ心を表したような、美しい音色が響き渡った。


「千覚さん、またお会い出来て嬉しいです」
「私もです。あの。これ、ちょっと遅くなってしまったんですけど……」
「いいんですか? 香香背から『義理』って描かれたのは貰ったんですけど……嬉しいな」
 明王院 千覚(ib0351)が差し出したバレンタインチョコに喜び、人懐っこい笑みを浮かべる布刀玉。
 年相応の笑顔。石鏡王の少年らしい一面に、千覚の心臓がトクンと跳ねて……彼はそれに気づく様子もなく、彼女お手製のお弁当を口に運ぶ。
「あ、これ……石鏡の味だ」
「はい。以前靜江様に料理を教えて戴いて……布刀玉様、沢庵がお好きだと聞いたので仕込んでいたものを持ってきたんです」
「そうでしたか。わざわざすみません。大変でしたでしょう?」
「いえ。普段は旅館でもっと沢山のお弁当を作っていますし。それに、布刀玉様に喜んで戴けたら嬉しいですもの」
「勿論! すごく嬉しいです!」
「良かった。布刀玉様、いつもお忙しいでしょう? こういう時くらいゆっくり過ごして戴きたいですから」
 にこ、と花のように笑う千覚。
 このお茶は『茉莉仙桃』と言うんですよ……と。
 手馴れた手つきで花茶を淹れる彼女を、布刀玉は姿勢を正して見つめる。
「布刀玉様? どうかなさいました?」
「千覚さん。貴女と出会って日が浅いんですが……僕は……その。この先もこうして、貴女と色々お話して……一緒に時間を重ねて行けたらと思っています」
「……あの。私も……」
 彼の言葉に、ぽっと頬を染める千覚。続けようとした彼女を、布刀玉は人差し指を立てて制止する。 
「それ以上は待って下さい。僕、本気にしてしまいそうなので。僕の妻になったらしなくていい苦労をすることになります。……貴女の一生を決めることです。だから時間をかけて、良く考えて欲しいんです」
「布刀玉様……」
「貴女に幸せになって欲しいんです。僕を選んで後悔して欲しくない。……ご両親にもお話する時間が必要でしょう? 次にお会いする時に、正式なお返事を下さい」
 言ってるうちに気恥ずかしくなったのか、だんだん頬が赤くなる布刀玉。
 千覚の手に、これは僕の気持ちです……と一枚の小さな色紙を握らせる。
 ――そこには、愛らしい菖蒲の花が描かれていた。


「こんにちは。あなたも交流会にいらしたんですか?」
「ううん。交流会に参加してるお友達の様子を見に来たのよ」
「こ、こんにちは……」
 どこか遠くを見ていたシルフィリア・オーク(ib0350)に声をかける海神・閃(ia5305)。
 彼女の肩からひょっこり顔を出した人妖に、彼は笑顔を向ける。
「人妖さんもこんにちは」
「こ、こすず……です……」
「ごめんなさいね。この子人見知りで……」
「いえいえ。ちゃんとご挨拶できて偉いですよ」
 閃に褒められて頬を染める小鈴。
 シルフィリアは人見知りを克服しようと頑張っている相棒の頭を撫でて閃に向き直る。
「あなたはお見合いしに来たの?」
「そういうことになるんですかねえ。いつまでも暢気に構えてるなって言われて放り込まれちゃったんですよ」
「あらー。大変ねえ」
「あははは。まあ、こうして梅を見て回るのもいいかなって」
「それもそうね。……あ。これあそこの屋台で買ったんだけど、良かったら食べない?」
「えっ。いいんですか?」
「うん。一人で食べるにはちょっと多いなーと思ってたのよ。食べるの手伝ってくれたら嬉しいわ」
「そういうことでしたら戴きます!」
 シルフィリアに差し出されたたこ焼きを頬張る閃。
 村中に咲き誇る紅梅の美しさに、彼は目を細める。
「花見と言えば桜を連想しますけど……こうやって沢山梅が咲いているのも綺麗ですね」
「そうね。桜と違って香りもするし」
「ああ、そういえばいい匂いがしますね」
 村中に漂う甘い香り。それが梅のものだと気づいて、閃は顔を綻ばせる。
「あっ。そうだ。お食事戴きっぱなしもなんですし、ボクも何か買って来ますよ」
「えっ。いいのよ。気使わないで頂戴」
「いえいえ。一人で食べるより誰かと食べた方が楽しいじゃないですか。梅を見るのも、ね」
「それはそうだけど……」
「じゃ、ちょっとここで待っててくださいね。すぐ戻りますから!」
 シルフィリアに笑顔を向けた後、屋台に向かう閃。
 大勢は苦手だけど、明るくて元気な人と話せたらと思っていたし……彼女とお話出来て嬉しい。
 折角来た交流会だ。人との繋がりが増えて行けば、もっといいと思う。


 明星(ib5588)と宵星(ib6077)の双子の兄妹は、同じ双子の兄妹である布刀玉と香香背と話に興じていた。
「お二人も双子なんですね」
「はい。男女の双子……周囲では見かけなくて。一度一緒にお茶を飲んでみたいなと思ってたんです」
「確かに僕達のような双子は珍しいかもしれませんね」
 はにかむ宵星に、笑顔を向ける布刀玉。彼女はえと……と考えながら続ける。
「布刀玉さんにとって香香背さんはどんな妹ですか?」
「そうですね……。ちょっと我侭なところもありますが、仕事の面では頼りになりますし、可愛い妹ですよ」
「私にとって明星は……今は同志、かな。新しい家族を守る為の」
 養父が結婚し、新しい養子を迎えた。
 明星と宵星は、彼らの『兄』と『姉』になったのだ。
 養父と結婚してくれた継母も、新しく出来た弟達も大切だし、守りたい。
 そう続けた彼女に、布刀玉はしきりに頷く。
「守るべきものがあると言うのは素晴らしいですね。それだけで強くなれます」
「あ、でも布刀玉さん、結婚するんでしょ? 香香背さんと離れちゃうよね」
「そうですね。でも、僕達ももう17歳。大人と言える歳になりました。香香背には香香背の、僕には僕の……やるべきこと、進むべき道があります。お互い別な家族を持って、守るべきものを作る。そういう時が、来たんですよ」
「そっか……。『大人になる』って、楽しいことばっかりじゃないんだね」
 明星とは生まれた時からずっと一緒で、今の家族が一番で――。
 違う家族を作るなんて、きちんと考えた事がなかった。
 いつか自分にも、そういう時が来るのだろうか……。
 しんみりとする宵星と布刀玉。
 その一方で、明星と相棒のもふらさま、香香背はきゃっきゃうふふと盛り上がっていた。
「この子、天音ちゃんと言うの? 可愛らしいわね。触ってもいいかしら」
「勿論だよ。ね、天音?」
「触るのは構わないもふけど、あまね、あのお菓子が食べたいもふ」
「ふふ。いいわよ」
 天音の口に焼き菓子を運んでやる香香背。その様子を見ながら、明星は首を傾げる。
「大もふ様くらい……とは言わないけど、天音ももう少し大きくなればいいのにな」
「大もふ様は大きくなるのにとても時間がかかっているから……天音ちゃんも長生きすればきっとあのくらい大きくなるわよ」
「本当か!? ってか、大もふ様って元気にしてるのか?」
「ええ。とても元気にしてるわよ」
「そっかー。随分前、大祭の時に見かけたきりなんだ。また会いたいと思ってるんだけど……大もふ様って普段何してんだろ」
「大もふ様は豊穣の神だから、安須神宮の一角にあるもふら牧場でお世話されているのよ。普段は寝ていることが多いわね」
「へえ。詳しいんだな。あ、もしかして安須神宮のもふら牧場の人か!?」
「そうね。そんなところかしら」
「そっかー。僕、将来もふらさまと一緒に何かしたいと思ってるんだよな」
「もふらさまだったら運搬業に従事してることが多いわね。毛を織物にして売っている人もいるけれど」
「なるほど。やっぱそっち方面だよなー。参考になる。ああ、何かここまで気楽に話せたのは久し振りだ。ありがとう」
「こちらこそ。天音ちゃんと遊ばせてくれて嬉しいわ」
 にこにこと笑い合う二人。妹に大のもふら好きの人がいると聞いて来たけれど、ものすごく有意義だった。
 ああ、来て良かった……!
「明星、随分王様と盛り上がってたね」
「うん。香香背さん、もふらさまに詳しくてさ……って、王様っ!?」
「え。何? 気づいてなかったの……?」
「えっ。えっと……」
 宵星のツッコミに赤面しつつあわあわと慌てる明星。
 慌てたところで今更な話なのであるが。
 まあ、好きなものが一緒というのは楽しいものだ。うん。
 最近色々気負って、気を張り詰めていた兄のいい気分転換になったかな……。
 やっちまった……と頭を抱える明星を、宵星は笑顔で見つめていた。


「お招き戴き誠にありがとうございます」
「我ではなく側近が呼んだのだ。礼には及ばない」
 深々と頭を下げるリリアーナ・ピサレット(ib5752)に、素っ気なく答える天禅。
 二人は並んで梅を見ながら、用意された食事に舌鼓を打つ。
「王はお好きな食べ物はございますか?」
「羊羹が好きだ。疲れた時に食べると甘みが沁みる」
「甘味には疲労回復の効果がございますからね。あと……ご趣味おありでしょうか。私は、両親が亡くなった後
幼い妹達を育てて参りましたので特には」
 手塩にかけた妹達は皆立派に、自慢の良い子に育ってくれた。ふと、表情が穏やかになったリリアーナを天禅は一瞥して答える。
「我の趣味は研究だ。本当は戻って研究を続けたいのだが……」
「王。爪を噛まれるのは宜しくありませんよ。医師によれば、人の手と言うのは想像以上に汚れておりますので、病の原因にもなりえます。お止めになった方が宜しいかと」
 苛立ちを感じたのか、爪を噛み始めた彼をそっと止めるリリアーナ。
 続いて天禅の肩を引き上げ、背中をさする。
「背筋も曲がっておりますよ。背を丸めていると消化器官にも影響が出るといいます」
「口煩い奴だな」
「夫の健康を管理するのも妻の務めと存じますが」
「……お前、本気なのか?」
「本気でなければお招きに応じたりしません」
「……物好きな奴だな。まあいい。好きにしろ。我は先に戻る。後は任せた」
 ぷい、と顔を背け、側近達に声をかける天禅。
 側近達はその声に応えるように、わらわらとリリアーナの周囲に集まってくる。
「失礼を承知で申し上げます。どうかこのまま、我が王との縁談を進めさせて戴けませんでしょうか」
「あそこまで王に手厳しく注意できる方は他におらぬでしょう。我々にとってはまさに理想のお方……!」
「王の意見は聞かなくて宜しいのですか?」
「王は嫌だったらハッキリおっしゃる方です。リリアーナ様の事は憎からず思っていらっしゃるものと……」
「王も『好きにしろ』と仰せでしたし、前向きにお考えと判断します。お返事は次の時で構いません。どうか、どうか前向きに……!」
「……畏まりました」
 平伏する側近達に頷き返すリリアーナ。
 しかし、こういう事まで人任せというのはどうなのか……。
 もう少し指導が必要そうですね、と。
 彼女は眼鏡の奥の瞳をキラリと輝かせた。


「先日のいろは丸の非礼、どうかお許し戴きたいのじゃ」
「非礼なんてことないわ。とてもいい考えだったもの。ねえ、いろは丸ちゃん?」
「そうもふ。もふらは天儀の宝。王が近しい場に居るのは良い事もふ」
 平身低頭して謝る音羽屋 烏水(ib9423)に、笑顔を向ける香香背。
 彼女にモフられながら頷く相棒のもふらさまに、彼はいやいや……と首を振る。
「烏水はわたしがもふら牧場に嫁ぐと何か困る事があるの?」
「不服なら烏水殿が迎え入れればいいもふ。某ももふられ放題もふ」
 続いた香香背といろは丸の言葉に、烏水はずしゃあああ! と飛びずさる。
「いやあの、困るという訳では……い、いろは丸も何を申しておるか! わしは修行中の浮草! 王を連れ回していけんじゃろう! 大体、わしでは釣り合わん!」
「それなら早く天儀一の三味線弾きとなり、迎えに行けばいいもふ」
「簡単に申すでないわ!!」
 いろは丸と烏水のやり取りに、くすくすと笑う香香背。
 ここだけの秘密よ、と目を悪戯っぽく輝かせて、彼女は続ける。
「烏水が気にしてる事はすぐ解決するわ。……わたし、そう遠くない未来に、王の座を降りるから」
「……香香背王、それは……」
 ずっと二人一緒にはいられない。いずれ、違う道を選ぶ日が来る。
 そう続けた香香背が、寂しそうで、弱々しくて……王ではない、一人の女の子の姿に烏水はハッと息を飲む。
「……退位した後、自分に何ができるのかって考えた時に、何もないことに気づいたの。だから、いろは丸ちゃんの助言は本当に目から鱗だったのよ。ガサツなわたしでも、力仕事ならできそうじゃない?」
「そ、そのような事は……! 香香背王は聡明で可愛らしい女子じゃと思……」
「ありがとう」
 耳まで赤くしながら、もごもごと言う烏水に、にっこり笑う香香背。
 そんな二人を見て、いろは丸はうんうん、と何度も頷く。
「そういう事なら何の問題もないもふなぁ。香香背殿。良ければ、うちの烏水殿を婿に貰ってくれないもふか?」
「い、いろは丸!? 何を……」
「……そうね。烏水といろは丸ちゃんが一緒なら、毎日楽しそうね」
「そうそう。まさか王がワシを……って、はあぁ!?」
「烏水殿が立派な三味線弾きになったら迎えに行かせるもふよ」
「じゃあ、わたしはその間に王としての仕事を終わらせておくわ」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ……!」
 予想外の事に慌てる烏水。本人不在で話が進んでいたことに、いろは丸と香香背はようやく気づいたらしく彼に向き直る。
「ごめんなさい。急に言われても困るわよね。でも、わたし本気よ? 返事は、次に会う時までに考えておいて」
「うむ。隼人殿ではないもふが、烏水殿ももっと先を考えることもふ」
 一人と一匹に言われて青ざめる烏水。急転直下の展開に、王に弾き語りを聞かせる予定は、彼がショックから立ち直るまでお預けになりそうだった。


 闇に浮かぶ明かりと紅梅。天に輝く月。
 こんな美しい光景を見るのは久しぶりだと、そっとため息をつく一之瀬 白露丸(ib9477)。
 樹に触れて、鮮やかな紅い梅を見上げる妻は、まるで空から舞い降りた天女のようで……一之瀬 戦(ib8291)は眩しさに目を細める。
「戦殿? どうかしたか……?」
「いや。鶺鴒のお陰だな、と思ってさ」
「……何が?」
「この俺が花見だぜ? 何年か前は絶対ェしなかったのにさ」
 それが今では自分からこうして誰かを誘って、わざわざ花を見に来るなんて――。
 人間変わるものだなァ、と呟く彼。白露丸はくすりと笑い、その手にそっと触れて、そのまま絡める。
「……こうするのも、久しぶりな気がしないか?」
「そうだな。最近ずーっと子供抱っこしてたもんな」
 上目遣いで見上げる白露丸に微笑を返す戦。
 今日は、子供を白露丸の弟に預けて来た。
 久しぶりの二人きり。何だか、恋人に戻ったような気がする。
 腰を下ろして、見る月と湖。紅い梅は目が覚める程に美しくて――。
「綺麗だな……。あの子も連れてきてあげれば良かったかも」
「……折角の二人きりなのに、んな事言われたら流石に拗ねんぞ」
 気がつくと息子のことを考えている。いつの間にか『母親』になっている自分を自覚して苦笑する白露丸。
 ぷい、と横を向いて酒を煽る戦の袖を軽く引く。
「戦殿」
「……何だよ」
「手貸して……」
 戦の大きな手に、甘えるように頬を寄せる白露丸。
 彼女がお願いをしているようだが、実は違う。
 彼が拗ねるといつもこうして甘えてくれて……それがどんなに、戦の心の癒しになっているか知れなかった。
「……もう一つ、いいか?」
「んー?」
「……あの子に、弟か妹を……。いつか出来たら良いなって……思ってる」
「あぁ。いつか必ず、な……」
 ――それでも。今だけは、俺のモノでいて欲しい。
 口にしない願い。
 自分が、こんなに嫉妬深くて独占欲が強いことも知らなかった。
 それを教えてくれたのも彼女だ。
 だから、この人の願いは、どんなものでも叶えたい――。
 妻の頬を撫でて顔を寄せて、唇を奪う。
「……鶺鴒」
「うん?」
「今日、ここに泊まってくか」
 返事の代わりに、甘えるように唇を重ねる白露丸。
 息子に弟妹ができるのも、そう遠くはないのかもしれない。


「紗代、随分ご機嫌だな」
「うん。また誘って貰えたし、この間のご利益あったなーって」
「別にご利益なんざなくたっていくらでも会えるだろ?」
「目指すはお嫁さんなんだからご利益ないと困るのー!」
 ブレない紗代に苦笑する輝羽・零次(ic0300)。
 この間からそんなに経ってないのに、同じ内容で呼び出すとか芸がないなーと思っていたが、これなら誘った甲斐があったというものだ。
 まあ、紗代は彼が一緒ならどこでも喜ぶのであるが……この朴念仁はそこまで思い至らないようだった。
「そういえば人妖達に会ったんだってな」
「うん。昭吉くんにも会ったよ。ごめんなさいって言うから、もう怒ってないよって言ったの」
「……怒ってないのか? 酷い目に遭っただろうに」
「うん。黒狗達も元気になったし、森も綺麗になったし。紗代はそれでいいよ。人妖さん達にもそう言ったら、これから森を一緒に守ってくれるって」
「そうか……」
 呟く零次。紗代は自分より誰かの痛みを優先する、優しさと強さを持った娘だ。
 だからこうして蟠りを残す事なく、彼らを赦す事が出来たのだろう。
 ――ふと、白いアヤカシと、彼女が守りたかったであろう人妖達を思い出す。
 人妖達に抱いた感情も、彼女達には恨まれてる位がちょうど良いという思いは今も変わらない。
 でも……被害者である紗代がこうして向き合って、自分なりの答えを出したのなら。
 怒りを抱えた自分と、過去の事実と。もう一度向かい合ってみようか……。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「……いや、梅が綺麗だなと思ってさ」
「そうだね。紗代がお兄ちゃんに貰った簪も梅なの。だから梅好きよ」
「……理由、逆じゃね?」
「逆じゃないよ?」
 少女の真っ直ぐな目に意味もなく動揺した零次。
 それを隠すように、慌てて紗代の手を取る。
「あー。……どっか飯でも食ってくか」
「うん」
「あっちに屋台があるから行ってみようぜ。疲れたらおんぶしてやるから言えよ」
「もう子供じゃないから大丈夫だよ」
「お子様が何言ってんだよ」
 ぷうっと頬を膨らませる紗代に笑う零次。
 ――彼女がこのまま子供じゃなくなったら、自分はどうするんだろう。
 ふとそんな疑念が沸いたが、答えは出なかった。
 

「似合いますかしらぁ?」
「うむ。とっても可愛らしいのだぞ……!」
 目の前でくるくると回って見せる赤髪の人妖を、溶けるような笑みで見守る兎隹(ic0617)。
 紅白の梅柄の着物に、同じ梅の髪飾り。そして衿や袖にレースがあしらわれた羽織はみいにとても良く似合う。
 みいは、どこかに出掛ける度に兎隹に色々な服や装飾品を贈られて、姉妹の中でも一番の物持ちになっていた。
 でもそれを自慢するでもなく、毎回姉妹達へのお土産も忘れない。
 彼女が教え続けた『思いやり』は、着実にみいの身についていた。
「みい、これ美味しいのだぞ! ほら、口を開けてごらん」
「兎隹も食べさせてあげますわぁ。はい、あーん」
 手にしたお好み焼きと焼鳥をお互いの口に運ぶ。
 みいの社会勉強、という理由はつけているが、最早ただのデート。
 そんじょそこらの恋人同士も真っ青のらぶらぶっぷりである。
 兎隹自身、時々甘やかし過ぎかな……と思うこともある。
 でも、彼女は生み出されてから、親と言うべき存在に教育も愛情も一切貰えなかった。
 だから……その分、足りない分を補う以上に、惜しみなく与えてあげたいと思う。
 彼女がそんな事を考えている間、みいは日記の為に……と、梅や屋台などの絵を一生懸命描いていた。
「みいは絵が上手いな」
「うふふ。物覚えは悪いけど、絵は上手だってふうにも言われましたのぅ」
「うむ。隠れた才能であるな♪」
「それを見つけてくれたのは兎隹ですのよぅ」
 嬉しそうに笑うみいの頭をわしわしと撫でる兎隹。
 出会った当初は泣いてばかりだった彼女も、様々なことが出来るようになってきた。
 出来るのならば、この先も……成長を傍で見続けたい。
「みい。お前達の今後の処遇については、我輩のような一開拓者の一存では決められぬが……もし叶うのであれば、我輩と本当の家族になってくれまいか?」
 兎隹の申し出に、キョトンとするみい。一瞬の間を置いて、彼女の顔がみるみる喜色に染まる。
「勿論ですわよぅ! 兎隹とケッコンするって決めてますものぅ!」
 迷わず己の胸に飛び込んで来るみい。その素直さが、とても眩しい。
 どうしたらみいを引き取れるか、星見様にお伺いしなくては……。
 幸せになる為の計画が、兎隹の中で着実に出来上がって行く。


 今日は初デートだから。
 普段着ない振袖に腕を通して、髪も結い上げてみたのはいいけれど、似合うかどうか自信がなくて。
 人妖のみいと兎隹に何度も何度も確認して貰い……。
「可愛いですわぁ! 綺麗ですわよぉ!」
「これなら星見様も惚れ直すこと請け合いなのだ!」
 ……と、太鼓判を貰ったけれど。肝心の星見 隼人(iz0294)は、こちらを見ようとしない。
 ――やっぱり似合わなかったのだろうか。
 深々とため息をつく火麗(ic0614)。
 美味しい酒を飲んでいるはずなのだが、緊張とドキドキで全然味が分からない。
 けれど、梅の花を見てはしゃぐ妹分とみいは愛らしくて心が和む。
「「あの……」」
 沈黙を同時に破った二人。隼人と火麗はお互いを見てアワアワと慌てる。
「あ、すまん。何だ?」
「ううん。隼人さんからどうぞ」
 発生する譲り合い。隼人はチラリと火麗を見ると、頬を染めて続ける。
「……そういう格好も、その……似合うな」
「……ありがと。隼人さん、こっち見ないから似合ってないのかと思った」
「いや、いつもと違うし……直視できなかっただけで……」
「そんな事言ってたらこれからどうすんのよ」
「これからって?」
 首を傾げる隼人に、火麗はまだこの間の返事をしていなかったことを思い出し、そっと彼の手を取る。
「あの……隼人さん。こんなガサツな女で良いのなら、その……」
 その先の話、進めてください……と消え入るように続けた彼女。
 その言葉に隼人の顔がぱあっと明るくなる。
「……そうか! 勿論構わない。いや、その表現はおかしいな。火麗じゃなきゃ困る」
「ば、ばかっ! もう、恥ずかしいでしょっ!」
「俺だって恥ずかしいんだって! 彼女いない歴が年齢と同じなんだぞ!?」
「そんなのあたしだって一緒だよ!!」
「……へ? 本当に?」
「そんな嘘ついてあたしに何の得があるのさ!!」
 どこかで聞いたやりとり。頭から湯気が出そうなくらい真っ赤になっている火麗に、隼人も負けじと赤くなりつつ目を伏せる。
「な、何よ!?」
「断られると覚悟してたんだ。いい人いるんだろうって思ってたから。その……火麗、美人だしさ……」
「……えっ? ちょ、ちょっともう止めてよ。話受けたんだからいいでしょ。あたし恥ずかしくて死ぬよ……」
「あー。それは困る。ほら火麗、梅見よう、梅」
 言われて見上げる梅。それも何だか照れているように紅くて……。
 繋いだままの手は、燃えるように熱かった。
 

「おー。いい眺めー! さすがラシェル、いい場所見つけたね!」
「……ったく、寒いのに元気だな」
「本当寒いよね! 結構底冷えするし、茣蓙の上にブランケット敷こうよ!」
 わーわーと騒ぐリーズ(ic0959)に、苦笑するラシェル(ic0695)。
 寒い寒いとボヤきながら宿に引きこもっていた彼を連れ出すことに成功して、リーズはご機嫌だ。
 ラシェル的には寒い所に出るのは嫌だったが……確かに月は丸いし、梅は紅い。
 なかなか、悪くない光景だと思う。
「これボクが頑張って作ったんだ! 食べて食べてっ!」
「お前うるせえよ。もうちょっと静かにできねえのか?」
「あっ、お箸? お箸あるよっ! はい!」
「人の話聞けっつーの」
 ラシェルの言うことが耳に入っていないのか、満面の笑顔でお弁当とお箸を彼に押し付けるリーズ。
 これはもう、食べるまでは帰れないと察知した彼はお弁当を口にする。
「……悪くない」
 ぼそりと、聞こえないくらい小さな声で呟くラシェル。黙々と食べ続ける彼の隣で、リーズはぼんやりと梅を見上げる。
「ねえ、ラシェル。ボクね。これからもラシェルと一緒に色んな所へ行きたいな……」
 突然静かになり、雰囲気が変わった彼女に箸を止めるラシェル。眉根を寄せて、首を振る。
「……前にも言ったが、それは無理だ」
「何で? どーして? ボク、ラシェルが一緒だと楽しいよ! 傷ついたりしないよ!」
 必死なリーズに、もう一度首を振る彼。
 ――この娘はぎゃあぎゃあ煩いけれど、一緒にいるのは嫌いじゃなかった。
 でも……一緒にいれば危険に晒す。辛い顔をさせてしまう。
 リーズは、笑っている方がいい。明るい場所が似合う、太陽のような娘。
 自分と違って、自由に走り回れる。どこだって行ける。
 だから……彼女の顔を曇らせるくらいなら、離れた方がいい。
 その方が良いんだ――。
 決して口には出来ないけれど。
 何も言わずに消えることが、リーズの為だから……。
「……ごめんな」
「何がごめんなんだよ! ちゃんと話してよ! 話してくれなきゃわかんないよ!!」
 何故彼が頷いてくれないのか、何が嫌なのかが分からなくて、ラシェルの背中をぽかぽかと殴るリーズ。
 ごめんな……と。何度も呟く彼は、酷く苦しそうで。
 それをどうやったら解決してあげられるのか……リーズは、一生懸命考えるけれど、良い考えは思いつかなかった。


 布刀玉と別れた後、渡された色紙をぼんやりと見つめている千覚。
 そんな友人に、シルフィリアはそっと声をかける。
「千覚ちゃん」
「あ、シルフィリアさん……」
「どうしたの? その色紙」
「布刀玉様に戴いたんです。僕の気持ちって言われたんですが、良く分からなくて……」
「……菖蒲の花、か。千覚ちゃん、その花の意味、知ってる?」
「花の意味……ですか?」
「そうよー。『貴女を大切にします』って意味があるんですって。彼、千覚ちゃんに本気みたいね」
「……! わ、私、帰って両親にきちんと話をします」
「うん。応援してるよ」
 みるみる顔が赤くなる千覚に、微笑むシルフィリア。
 大切な友人が良縁に巡り合えて、本当に良かったと思う。
 戻ったら、ご両親に見たことをしっかり報告しなくちゃ……と思う彼女だった。


 こうして、梅見の宴は恙無く幕を閉じた。
 想いを伝えるもの、夫婦の絆を深めるもの……それぞれに楽しい時間が過ぎて。
 そして、王と側近達に決断を迫られた者達。
 烏水は特にパニック状態であったが、次の機会までに、考えをまとめなくては……と。
 そんな事を考えながら、会場を後にし……。
 彼らの元に、新たな招待状が届いたのはそれからまもなくのことだった。