【三姉妹】償い
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/26 21:08



■オープニング本文

●会稽

 ――誰も彼らに手を下さないのなら。
 自分がやるしかないと思った。

 あの日、あそこに瘴気の木の実が撒かれなければ。
 アヤカシが現れなければ。
 あのひとはまだ、笑って……穏やかな日々を過ごせていたはずだったのに。

 結局あのひとは、故郷に戻ることも出来ず、じわじわと弱って死んだ。
 何の落ち度もない、あの人が何故死ななければならない?
 ――何故、元凶となったあいつらが生きている?

 許せない。許せない許せない――!
 この手を汚すことになったとしても。
 どんな犠牲を払ったとしても。
 俺は、必ず――。


●勉強会
 石鏡国、銀泉。星見 隼人(iz0294)や山路 彰乃(iz0305)が見合いに借り出され、少し騒がしい星見家。
 そんな中、三姉妹と昭吉は今日も自主的に勉強会を開いていた。
「今日の報告書は『黒狗の森』に纏わる事件の報告書ですわね」
 この本は先日、開拓者が『今すぐじゃなくてもいいから、これも読んでみな』と言って置いていった報告書だ。
 冊子を開くひいに、昭吉とみいが返事をする中、ふうが考え込む。
「黒狗。どこかで聞いた気がするわね……」
「黒狗さんなら、僕会ったことありますよ。黒くて大きくて、優しい狗さんです」
「そうなんですのぅ? 読んでいけばあたし達も思い出せますかしらぁ」
「そうですわね。読んでみましょう」
 胸を張る昭吉に首をかしげるみい。続いたひいの言葉に、3人が頷く。
 最初は和気藹々と仲良く読み進めていたが、読み進めて行くにつれ、ひいとふうの顔が険しくなる。
「……ひいもふうもどうしたんですのぅ?」
「……この森って、あたし達が一番始めに瘴気の木の実を撒きに行ったところじゃない?」
「この紗代という少女は……わたくし達が誘拐した子ですわ。ヨウとみいを取り戻す為に」
「え……?」
 白蝋のように青ざめるひふうとひいに、目を見開くみいと昭吉。

 主に、『瘴気の木の実』がちゃんと機能しているか確かめて来いと言われたから。
 どうしてそこに撒いたのか。その理由すら忘れてしまった程、自分達にとっては『単なる作業の一つ』に過ぎなかった。
 それが、こんな結果を引き起こしていたなんて――。
 紗代も、開拓者に連れ去られたヨウとみいを連れ戻す為に、人質として巻き込んだ。
 それは主に命令されたからではなく。『自分達の意思』で引き起こした事件だった。

「……謝りに行きましょうよぅ」
「……え?」
 ぽつりと呟くように言ったみいに、顔を上げるふう。
 みいは姉達を見つめて続ける。
「悪いことをしたら、きちんと謝らなくちゃダメだって、開拓者に教わりましたのぅ。わたし達は悪いことをしたんですのよねぇ? だったら、ちゃんとごめんなさいって言わないとダメなのですわぁ」
「……そうですわね。みいの言う通りですわ。隼人にお願いしてみましょう」
 素直な末娘の言葉に、頷くふう。昭吉も意を決したように立ち上がる。
「主様が命令したこと……なんですよね。だったら、僕も一緒に謝りに行きます」
 頷き合う4人。
 彼らは彼らなりに、自分達の『罪』と向き合おうとしている。


●償い
「……人妖達と昭吉が、黒狗と紗代に直接会って謝罪をしたいと言い出した。立ち会って貰えないか?」
「黒狗と紗代に……? どうしたんだ、急に」
 開拓者ギルドで挨拶を済ませるなりそう切り出した隼人に、目を瞬かせる開拓者達。
 彼は開拓者を見つめて続ける。
「黒狗の森に関する報告書を渡したんだろ? あれを読んだらしくてな。思うところがあったみたいだ」
「そっか……。自分達で言い出したのなら、いいことだよな」
「でも、直接会って謝罪、となると……黒狗の森と珠里まで行かねばならぬであるな」
「今の状況で外に出るのは危ないかもしれないわね。例の『和泉』については何か分かったの?」
「引き続き探っているが……まだハッキリとした事は分かってない。が、人妖達に拘ってるっていうのだけは良く伝わってくるな。出かけるとなると警戒が必要になると思う」
 隼人の言葉に、眉根を寄せる開拓者達。
 五行の国家機関、『封陣院』の名を騙る『和泉』と言う人物。
 何かを企んではいるのだろうが……人妖達を狙っている、と言うこと以外は分かっていないのが現状だった。
「紗代であれば、星見家に招待することも出来るが……黒狗については難しいからな。直接連れて行くかどうかは、監護と教育を担当するお前達に任せるよ」
「了解」
 隼人に頷き返す開拓者達。
 どうやって人妖達と昭吉の要望を叶えるか考えながら、出立の準備を始めた。


■参加者一覧
/ 青嵐(ia0508) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / 明王院 浄炎(ib0347) / 緋那岐(ib5664) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

 石鏡国、銀泉。星見家の屋敷では、賞金首の遺児達の外出の準備でドタバタしていた。
「昭吉は紗代と黒狗とは一度会っているじゃろう? わしも一度だけ会ったが、いい子たちじゃ。気楽にとは言わんが……気負い過ぎることはないからの」
「……烏水さんは行かないんですか?」
「うむ。隼人の手伝いがあるからの。……情けない顔をするでないぞい。主の代わりにお勤めを果たすのじゃろ?」
「はい。もう主様が謝ることは出来ませんから……。でも……」
 己に縋るような目を向けてくる昭吉の肩をぽんぽん、と叩く音羽屋 烏水(ib9423)。リト・フェイユ(ic1121)が励ますように声をかける。
「大丈夫ですよ。私とローレルが一緒に行きますから。今回は浄炎さんも来て下さいますし、ね?」
「うむ。微力ながら力を貸そう」
「は、はい……! ありがとうございます!」
 頷く明王院 浄炎(ib0347)。
 今泣いた烏がもう笑う。すぐに安堵した表情になった昭吉に、3人は顔を見合わせる。
「自分から謝りたいだなんて、お前達も随分成長したじゃないか」
「そうだね。それはいい事だけど……。謝罪に行く前に一つ聞きたい」
 それぞれに準備を続けている三姉妹を見渡す火麗(ic0614)。
 意地悪な質問かもしれないが……と続けたリューリャ・ドラッケン(ia8037)に、人妖達が首を傾げる。
「謝る、と言う事に関して、何かを言うつもりはない。が、その後のことを考えているかい?」
「その後……ですの?」
 不安そうに眉根を寄せるひいに、彼が頷く。
「そう。君達が謝ったところで、起きたことは消えない。失ったものは戻せない」
「会って頭を下げて、心を尽くして謝っても許してもらえるとは限らない。奪ったものを返せと、無理難題を言われるかもしれない。……それでも行く覚悟はあるんだね?」
 続いた火麗に、水を打ったように静かになる三姉妹。少し考えてから、ふうが口を開く。
「でも、行かなきゃ……そうでしょ?」
「そうですわよぅ。ちゃんとごめんなさいって言わなきゃダメなんですのよぅ。わたしの日記にもそう書いてありますのよぅ」
「おお、みい。日記をつけておるのじゃな。えらいぞ」
 小さな冊子をぶんぶん振りながら言うみいの頭を撫でる兎隹(ic0617)。
 相変わらずな二人にくすくす笑いながら、ユリア・ソル(ia9996)が続ける。
「……菱儀は賞金首だった。それだけ沢山の罪を犯したの。贖罪は今回だけじゃなく、今後も続くことでしょう。償いの有り方は各々が見つけるしかないのよ。例え許されなくてもね」
「ああ、贖罪というのは、何も謝るだけが方法じゃない。……今回の事を節目に、君達は君達なりの道を探す必要がある。このまま隼人の世話になるのも良いかもしれないけどな」
「この先のことは今は置いといてもいいよ。まずは今日やることやらないとね。大丈夫! あんた達の決意はあたし達が護るよ。……だから、安心して行っておいで」
 リューリャと火麗の言葉に、ひいとみいは、素直に頷き……ふうだけが、辛そうに目を反らした。


「さて、今日も調べますかねー」
「ちょっと、緋那岐」
 先日作成した調査資料を片手にやってきた緋那岐(ib5664)をユリアが呼び止める。
「んぁ? 何だよ」
「あなたここに残って、和泉のこと調べるんでしょ?」
「ああ。そのつもりだけど」
「調べて欲しいことがあるのよ。瘴気の木の実で被害を受けた村……そこ出身の開拓者か、志体持ちがいないか調べて欲しいの」
「ん? ……それって、怨恨の線か」
「ええ。そうじゃないといいんだけれどね……」
「確かに、そういうのを疑うのも自然な流れだな。分かった。ちょっと調べてみる」
 頷く緋那岐。ユリアはよろしくね、と短く言い添えると急ぎ足で人妖達のところに戻っていく。


「さて、改めて和泉の使いの方の特徴をお教え願えますか?」
「……使い? 使いの方でいいのか?」
 きっぱりと断じた青嵐(ia0508)に、目を瞬かせる星見 隼人(iz0294)。それに青嵐は強く頷く。
「『使い』が『使い』ではなく『本人』という事もあり得る、という事ですよ。ただの雇われかもしれませんが、その糸を手繰る事は出来ましょう」
「そうじゃな。しかし、その『和泉』とやらは、昭吉の話を聞きたいとは言わんのじゃなぁ」
 ふむ、と腕を組む烏水。隼人も首を捻りながら言う。
「人妖を研究したいからじゃないのか?」
「うむ。それはそうなんじゃが……だったら、主である神村菱儀の研究内容を知っていそうな昭吉に何らかの話があってもいいと思わぬか?」
「……そういわれてみればそうですね。この状況で、彼の名が出ない理由があるとしたら……『彼が何も知らないことを知っている』か、『彼の存在を認識していない』か……」
 青嵐の呟きに顔を上げる烏水。
 前者であれば、神村菱儀により近い人物と言えるし、後者であれば、賞金首と、実行役の配下しか知らないということになる。
「ふーむ。現状、どちらかは分からぬが……動機を探る手がかりにはなりそうじゃな」
「そうですね。……焦っても仕方ありません。一つ一つ順番に紐解いていきましょう」
 呟く青嵐。それに烏水と隼人が頷き、彼らは調査を開始する。


 黒狗と紗代との面談は、二人と何度も面識のあるクロウ・カルガギラ(ib6817)と兎隹が手配した。
 珠里の村の者達からも信頼が厚い二人はとても歓迎され、謝罪の場を設けることにもすんなりと理解を得られた。
「兎隹お姉ちゃん! クロウお兄ちゃん!」
「……紗代! 久しぶりであるな」
「よう。元気にしてたか?」
 まっすぐに 飛び込んできた紗代を受け止める兎隹。軽く手を挙げたクロウに、少女は笑顔を向ける。
「とっても元気だよ! お姉ちゃんとお兄ちゃんは?」
「ああ、元気だよ」
「我輩も元気である。紗代が元気で嬉しいぞ」
「紗代もー」
 むぎゅーとお互いを抱きしめる兎隹と紗代。
 そこに、怖い顔をしたみいがずずいっと迫った。
「ちょっとぉ! あなた兎隹の何なんですのぅ!?」
「……お姉ちゃん、この子は?」
「ええとな……」
「兎隹から離れてくださいなぁ! わたしは兎隹とケッコンの約束をしてるんですのよぅ!」
 みいの爆弾発言に凍りつく場。
 立ち直ったひいとふうが慌てて妹を押さえる。
「みい! ダメですわ。この子は……!」
「あたし達が謝罪をしないといけない相手よ」
「……え?」
「そっか。みいはあの時留守番させてたんだっけ……」
 固まるみいに頭を抱えるクロウ。
 紗代が誘拐された時、ヨウに来てもらう代わりに、みいは石鏡の開拓者ギルドで待機していた。
 それ故、みいは紗代と直接会うのは初めてだった訳で……。
「これも修羅場って言うのかね」
「そうね。兎隹も意外と罪作りよねえ」
「兎隹は可愛いから仕方ない」
「ち、違うのだぞ!? 誤解であるぞ!?」
 ぼそりと呟くリューリャとユリア、こくこくと頷く火麗に、兎隹はアワアワと慌てていた。


 紗代を伴って黒狗の森へ向かうと、黒狗達は既に集まっていた。
「よう。待たせたな。連れて来たぜ」
 クロウの呼びかけに尻尾を振る黒狗達。現れた人妖達を見て……彼女達の姿を覚えていたものがいるらしい。一瞬牙を剥いたが、すぐにクロウの方を見て、頭を垂れた。
「……すまん。ありがとな」
 黒狗の首をぽんぽん、と叩く彼。
 クロウは先に彼らと会い、『これから会う者達の話を、最後まで聞いてやって欲しい』と頼んでいた。
 その願いを聞き届け、黒狗達は怒りを抑えた。
 ――もう、十分過ぎる程に努力してくれているというのに。
 幾度となく森や黒狗、紗代を助けて来た開拓者達が『許して欲しい』と一言言えば、きっと彼らはその通りにするだろう。
 それほどに、賢く、義理堅い狗達だから……。
 これ以上の口添えは、人妖達や昭吉の為にならない。
 クロウは順番にひい、ふう、みい、昭吉の顔を見ると、重々しく口を開く。
「かつてお前達が何を思い行動したか。今、お前達が何を思いどうしたいと願うのか。それをお前達自身の言葉で語るんだ。黒狗にも紗代さんにも、それを聞く権利がある」
「お前達の正直な、心からの言葉で……何故かは分かるな?」
 静かな兎隹の声に、頷く三姉妹。
 緊張からか、ぶるっと身を震わせる昭吉の傍に、浄炎がそっと控える。
 ――浄炎は以前、瘴気の木の実で汚染された村に謝罪に行きたいという彼らに同行した。
 罪に向き合おうとする彼らに対し、被害を受けた者達にしてみれば……例えそれが、彼ら自身が起こしたことでなく、彼らの主が成した罪であったとしても、なかなか受け入れ難い事は、先の村での償いを見ても明らかだった。
 被害者に分かるのは『大事なものを奪われた』という事実だけ。
 主犯が誰であったかなんて、関係のない話。
 己が受けた不条理を、彼らに向けようとする者が出て来ぬとも言い切れぬ。
 ……先程から感じる、この視線の主が何を考えているのかまでは分からぬが。
「……気がついた?」
「うむ」
 勝気に笑うユリアに、表情を変えぬまま頷く浄炎。
 ユリアが張り巡らせたムスタシュィルも侵入者を検知したらしい。
 瘴気を纏っていないところを見ると、アヤカシでも式でもない。
「人、かしらね……。複数いるみたい」
 ユリアの呟き。
 浄炎がちらりと隣のリトを見ると、彼女はそっと相棒のからくりに耳打ちする。
「……ローレル、ちょっと見てきて貰える?」
「目標を見つけたら捕らえず、見張りを続けて。ちょっと泳がせてみたいの」
「了解した。朔姫にも伝える」
 主とユリアの言葉に頷き、素早く移動を開始するローレル。
 兎隹の羽妖精も周囲の警戒に当たっている。抜けはない筈だ。
「……あたしもいつでも出られるようにしとくよ」
 人妖達の後ろでどーんと構えている火麗。
 その人物が何をしに来たんだが知らないが……謝罪をしたいと言う彼らの気持ちを叶えてやるのが自分達の役目だ。
 邪魔をするなら容赦はしない。死ぬほど後悔させてやるまでだ。
 彼らが秘密裏にそんなやり取りをしている間も、三姉妹と昭吉、黒狗と紗代の会話が続いていた。
「……という訳で、紗代さんが誘拐されたのも、黒狗さん達がひどい目にあったのも……皆、僕達の主である神村菱儀が仕組んだことで……。でも、僕は、僕の意思で主様に従っていて……だから僕にも……罪があって、それを償わないといけないと思ったから……こうして謝罪しにきました。……本当に申し訳ありませんでした」
 膝をついて、頭を下げる昭吉。ひいもそれに倣って頭を下げる。
「わたくし達がここに瘴気の木の実を蒔いたのは、主様が庭で栽培していた瘴気の樹が作り出した実が、きちんと機能しているかどうかを実験する意味がありました。そういう意味では、どこでも良かったのです。ここがたまたま、選ばれてしまいましたが……」
「あの頃は、主様の命令は絶対で、主様に喜んで欲しくて何でもやっていたから……瘴気の木の実を蒔くと何が起きるか……そういうことは一切考えなかったし、考えようとも思わなかった。あたし達がしたことで誰かが苦しんでいるなんて思いもしなかった。紗代を誘拐したのは、開拓者に捕まった妹を助けたかったからなの。それしか方法が思いつかなかった」
 続いたふうの言葉。
 何の言い訳もない、ただ率直な、事情の説明。
 それを黒狗と紗代は、静かに聞いている。
 みいも暫く黙っていたが、意を決したように口を開いた。
「わたし達は悪いことをしたんだって、教わりましたのぅ。悪いことをしたら謝らなきゃいけないってことも……。だから謝りに来たのですけど……でも、わたし、どうやって償っていいのかは、良く分からないですわぁ。だから、どう傷ついているのか、どう許せないのか……わたしに、教えてくださいなぁ」
 妹の発言に驚いて目を見開く姉達。ふうが慌ててみいを嗜める。
「ちょっと、みい。それを考えるのはあたし達のやるべき事でしょ」
「でも、それが分かれば、頭が悪いわたしでも、償えるかもしれないですのよぅ」
 被害者に率直な意見を求めるのは、みいなりの誠意から来ることではある。
 それも間違いではないのだと思う。
 でもそれは、時に被害者の心の傷に塩を塗ることになりかねない。
 それが理解できるから。理解できるようになったから……ひいは妹の代わりに頭を下げる。
「妹が大変失礼を致しました。あの、贖いについては……」
「いいよ。紗代がどう思ってるかお話すればいいんだよね?」
「……紗代。良いのか? 辛ければ無理せんでも良いのだぞ」
 紗代の申し出にギョッとする長女。兎隹の気遣いに、少女は大丈夫だよ、と微笑む。
「んと。紗代は怒ってないよ。黒狗達も無事だったし、森も綺麗になったし。さすがに誘拐された時はちょっと怖かったけど……お兄ちゃんとお姉ちゃんが助けに来てくれるって思ってたしね」
「でも、紗代さん、その他にももっと色々辛い目に遭ってたじゃないですか」
 心配そうに言う昭吉。
 今でこそ、黒狗と珠里の村の者達はお互いいい距離を保って生活しているが、珠里の村に住む彼らにとって、黒狗と森は長きに渡り触れてはならない、畏怖の対象だった。
 古くから伝わる黒狗の伝承により、関わってはいけないという、暗黙の掟があったのだ。
 そんな場所に、人妖達がアヤカシを使い、この森に瘴気の木の実を蒔き……村人達は森と狗を畏れるが故に、『掟を破ったが故に起きた事』と認識してしまった。
 黒狗は『瘴気を呼び寄せた悪い犬』、紗代は『恐ろしいケモノと通じている娘』と誤解され、村人達から謂れのない迫害を受けた。
 ――自分の気持ちの中に、ごめんなさいって気持ちを見つけてから謝ってくださいね。
 仲の良いあの子達が悪者に、離れ離れになりそうだったこと。いつかの伝承と同じだから……。
 出発前に、リトに言われた言葉を思い出す。
 ――報告書を読んだ時から、謝らなくてはいけないと思っていた。
 瘴気の木の実を一つ蒔いただけで、全く関係のない者達がこれだけの被害を受けたのだとしたら、被害者は自分達の知らないところに、もっともっと沢山いるはずで……あとどれくらい謝らないといけないのだろう。
 途方もないことに気が遠くなりそうだけれど。でも、謝って、償うことは……遺された自分達にしかできないことだから。 
「僕、謝らないと……。でも、何て謝ったらいいか……。ごめんなさい」
「もういいよ。紗代怒ってないったら。それに昭吉くんはお友達でしょー」
「えっ……。いつから……?」
「神楽の都の入り口で会った時から! あの時、困ってる黒狗と紗代を助けてくれたでしょ。それでおあいこ」
 震えて、涙を浮かべる少年の肩をぽふぽふと叩く紗代。
 ユリアはすっかり少女の調子に飲まれた昭吉にくすくすと笑いながら、紗代の頭を撫でる。
「……貴女は賢い子ね。許す強さも持ってる。そういう子は好きよ」
「ありがと。でもね、紗代も『ツグナウ』って言うのは良くわかんないや。それは黒狗達に聞いた方がいいのかな」
「そうだな……。お前達、何かあるか? てか、こいつらが言ってた内容は理解できてるよな」
 紗代の言葉に頷き、黒狗達を見つめるクロウ。黒優はそれにこくこくと首を縦に振り、少し考え込んだ後、森の中へ消えて行く。
 暫しの後に戻ってきた彼は、口に青い花を咥えていた。
「……ん? これ雫草か。これがどうかしたのか?」
「久しぶりに見たのである。相変わらず愛らしい花であるな」
 首を傾げるクロウに、青い花を見て目を細める兎隹。
 雫草は、紗代と黒狗、そして開拓者達との縁を繋いだ花。
 そして、人妖達が壊した花――。
 黒優はそれをそっと人妖達の前に置くと、クロウの手を鼻先でつつく。
「えーと。通訳しろってか」
 ぽりぽりと頬を掻く彼。
 黒狗は、人間の言葉を理解することが出来るが、話すことは出来ない。『はい』『いいえ』の簡単な意思表示は出来るようになったが、込み入った話はいつも推測から導き出していた。
 だが、もう幾度となく付き合ってきた友だ。大体言いたいことは分かる……と思う。
 じっと友人達を見つめるクロウ。
 黒狗達から怒りは感じない。黒い瞳は、凪いだ海のように穏やかだ。
「あー。そうか。雫草が元に戻ったってのを、見せたかったのか?」
「わぅ」
「合ってるか。それを見せたってことは……」
 言葉に詰まる彼。
 彼らが人妖達を許せずにいるのであれば、わざわざ雫草がどうなったかなんて知らせる筈がない。
 ――信じていた。
 姉妹達が心から罪を償いたいと思って口にした言葉なら、聡い黒狗達には必ず届くと。
 信じていたけれど……。
 クロウは、急に目頭が熱くなったのを感じて、黒優の首にしがみつく。
「ごめんなあ。いっぱい痛い思いさせたのになぁ……」
 でも俺、お前達の事を大事に思うのと同じくらい、この娘達も大事なんだよ……。
 黒優にしか聞こえない呟き。狗はクゥンと小さく応える。
 兎隹も黒優の頭を優しく撫でると、不安げな面持ちの三姉妹を振り返る。
「黒狗達も、もう怒ってはおらぬようだ」
「え……? でも、最初怒ってたじゃない。謝って赦されるようなことじゃないし……」
「おぬし達の話を聞いて、大体の事情が理解できたのであろう。賢い子達であるからな」
 戸惑うふうに、笑顔を向ける兎隹。
 ひいは雫草をじっと見つめていたが、思い立ったように顔を上げる。
「これが償いになるかは分かりませんが……わたくし達に、この森を守らせて戴けないですかしら。わたくし達は、一度この花を枯らしてしまいましたわ。だからこそ、この花が二度と枯れることのないようにするのが、わたくし達に出来る償いなのではないかと思ったのですが……」
「うん。それならわたしでも出来そうなのですわぁ!」
「僕でも協力できます!」
 ひいの申し出に目を輝かせるみいと昭吉。ふうだけが顔を曇らせる。
「でも、あたし達この森に酷いことしたわ。あたし達に関わって欲しくないんじゃない?」
「そうですわね。そこは、被害者の方の気持ちを最優先すべきところだと理解しています。嫌だと言われたら、別な手段を模索しますわ」
「……それが君達の考えた『償い』なんだな?」
 それまで押し黙っていたリューリャの問いに、頷くひい。
 彼は分かった、と短く答えると紗代と黒狗に向き直る。
「彼らは償いの道を示したけれど……どうかな。それを、受け入れてあげることはできるかい? 勿論、返事は今すぐでなくていいよ」
「紗代はいいよ。黒狗はね、この森じゃないと生きていけないから。お友達が棲んでる森を守ってくれる人が増えるのはうれしい」
「紗代。もう少し考えなくても良いのであるか?」
「いいの!」
 あっさりと答えた紗代の頭をそっと撫でる兎隹。黒優が尻尾をぱたぱたと振っているのを見て……彼の考えていることが分かってため息をつく。
「黒優は……紗代がいいなら良いと申しているのであるな?」
「わんっ!」
「ったく。黒優らしいなぁ。んじゃ、決まりな。……お前達、良かったな」
「うんうん。良かったのである……!」
 三姉妹と昭吉の頭を順番に撫でるクロウと兎隹。
 彼らの『償い』が、前向きなものになったことに、喜びを隠せない。

 その頃、偵察から戻ってきたローレルが、ユリアとリトにそっと耳打ちしていた。
「男が3人いるようだ。『開拓者が来てるなんて聞いてない』とか揉めてるみたいだが、どうする?」
「あら。そんな台詞が聞けるなんて雇われかしらねえ」
「……朔姫ちゃんは?」
「見張りを続けている。揉めていて、こちらに気づいてないようだがな」
 心配そうなリト。状況の説明を続けるローレルの言葉に、火麗がふむ、と腕を組む。
「……鼠、連れて帰るかい?」
「そうねえ。手がかりらしい手がかりもないし、さっさと聞き出した方が早いかもね」
「……全部で3匹だったな。捕らえるのは1匹で、残りは泳がせるか」
「さすが浄炎。分かってるわね」
「あ、あの。あまり無茶はしないでくださいね……」
 不穏な相談をするユリアと浄炎に、リトがでっかい冷や汗を流した。


「ふむ。やっぱり、『和泉』の使いの者としてやってきた男。あいつが式を放っておったようじゃのう」
 はふ、とため息をつく烏水。
 先日、星見家の屋敷に式が放たれていたことがどうしても気になった彼は、人魂が見つかった時間を目標に、『時の蜃気楼』で星見家周辺の様子を映しだしていた。
 そこに現れたのは、先日烏水が『時の蜃気楼』を使い、再現して見せた茶色の髪の、『和泉』の使いの者で――。
「やっぱりやつが『和泉』なんじゃろうかのう」
「確定ではありませんが、その可能性が濃厚になってきましたね」
 烏水の言葉に腕を組んで考え込む青嵐。そこに、緋那岐がひょっこり戻ってくる。
「ユリアたちがとっ捕まえてきた間者に話聞いてきたぜー」
「どうでした?」
「茶髪の野郎に頼まれたってさ。名前までは知らねえって。人妖達を捕まえて来るように指示されてたらしい」
「……昭吉については何か言っておったかの?」
「聞いてみたけど、何も頼まれてねえって言ってた」
「……星見家に譲渡を持ちかけている最中に、人妖達を捕まえて来いと指示するなんて、随分行動理念に一貫性がありませんね」
「ユリアも言ってたけどさ。怨恨の線なんじゃねーの?」
「人妖達を手にいれるのに手段を選ばなくなってきたということかいな。すると何故、昭吉の名が出て来んのじゃろ?」
「それも気になりますし、忍び込ませた人魂が我々に見つかったことは、『和泉』も察知しているでしょうが……そうと確定するにはまだ情報が足りませんね」
「そうだな。もーちっと聞き込み続けるかねえ」
「うむ。解せぬことが多すぎるぞい」
 緋那岐と烏水の呟きにため息をつき、冊子に目を戻した青嵐。
 ある頁を見て、彼の目が光る。
「和泉……。和泉。そうですよ。どこかで聞いた名前だと思ったんですよ……!」
「何だよ」
「どうしたんじゃ?」
 彼の反応に驚く緋那岐と烏水。青嵐は二人に見えるように冊子を広げる。
「これは、神村菱儀の事件に巻き込まれた者たちの一覧です。……ここを見てください。瘴気の木の実で汚染された村。その一つの村が『和泉』という名前です」
「ってこた、『和泉』ってのは……! そりゃー封陣院の職員名簿見たって見つかる訳ねーわ」
「村の代表のつもりで名乗っているのかもしれません。もっと早く気づくべきでした」
「……彼は復讐者である、ということなのかの」
「……恐らくは、ね」
 呻くように言う烏水に、頷く青嵐。
 復讐を望む者。
 苦しむだけが償いなのか。
 それとも苦しみ抜いた後で命を持って贖うしかないのか――。
「そういう考え方は悲しいが……それだけあちらも苦しんでおるんじゃろうの」
「残念ながら、人は他人の苦しみも痛みも判りません。想像する事が出来ても、それは実感ではありませんから」
 それを終わらせるには何が必要か。
 謝る事と、それを受容れること……。
 人妖達と昭吉、紗代と黒狗達がそうしたように。
 赦す勇気を、『和泉』が持ち合わせていることを、願わずにはいられない。


「鼠を捕らえるのに忙しくしてたから遅くなってごめんなさいね。自分から償いの道を示したんですってね。えらいわよ!」
「ユリア、ほどほどにね……」
 三姉妹と昭吉をまとめてむぎゅーー! と抱きしめるユリア。
 純情な少年が酸欠で倒れそうになっているのを見て、火麗がツッコミを入れる。
「特にひい。良くがんばったわね。自分の意思をきちんと示せたし、自分の救いの為でなく、被害者にとって何が救いになるのか……そこまで考えられてたと思うわ」
「ユリア、褒めすぎですわ……」
「あら。良く出来た子はきちんと褒めなきゃダメなのよ?」
 頬を染めるひいの頭を思い切り撫でるユリア。そんな幼馴染に苦笑しつつ、リューリャは人妖達に声をかける。
「さて。君達は、『黒狗の森を守る』ことで償いを果たし続けることになった訳だが……それは、君達だけで行うつもりかい?」
「……それはどういう意味ですのぅ?」
 意味が分からないのか、小首を傾げるみい。彼はどういえば分かりやすいか、考えながら続ける。
「君達は人妖だ。優れた力で開拓者と協力すれば、黒狗の森を守るだけじゃない……同じような目にあった人を、助ける力になれる」
「あたし達に、開拓者の相棒になれって言いたいの?」
「そうだね。それが良い事かどうかは、わからないが……」
 察しの良いふうに頷くリューリャ。
 ――かつての悲劇の代替物として、自己満足で終わるかもしれない。
 もっと酷い悲劇を見る羽目になるかもしれない。
 それでも、償いを続けないといけないのだとしたら……人妖達だけでは、きっと辛いだろう。そう思う。
「いつかは君達は自分の足で歩かないといけないんだ。これも一つの選択肢として、覚えておいてくれ」
 頷く人妖達。
 彼の言葉を、三姉妹達はどう受け止めるだろうか。


「……青嵐達から話は聞いてるかい? 『和泉』はどうも復讐が目的みたいだねえ」
「そっか……。皆が皆、黒狗達みたいに赦してくれる訳じゃねえってことだよな」
 ため息をつくクロウに、困ったもんだね、と続けた火麗。
 その一方で、隼人が標的ではなさそうで……少しだけ安堵してしまった自分がいて――。
 ……っていうか。この間の返事どうしよう。
 びっくりしたけど別に嫌じゃないっていうか、むしろ嬉しいっていうか。
 ああ! 今はこんなことを考えてる場合じゃない!
 一人赤面して、彼女は慌てて首を振る。
「こんな予想が当たっても嬉しくないわね。……憎み続ける人生は辛いものよ」
 目を伏せるユリア。
 封陣院の名を使い、人を雇い、金を積んでまで、人妖達を手に入れようとする彼。
 『和泉』を名乗る人物は、どれだけの闇を抱えているのだろう……。
「主を止められなかった咎を胸に、主に代わって罪を償わんとする彼らを害したとなれば、害した者とて救われまい。双方が救われぬ誤った道を進まぬようにしてやらねばな……」
 浄炎の呟きに頷く兎隹。
 どんな理由があろうとも、誰かが傷つけば、傷つけた者がまた恨みを継ぐ。
 ――それは負の連鎖だ。
 人妖達は罪と罰と、償う事を知った。
 昭吉もまた、主の罪を背負う苦しき道を選んだ。
 その想いと未来を、摘み取らないで欲しいと――それを『和泉』に願うのは、酷な話だろうか?


「復讐者、か。そうか……」
「うむ。残念と言えばそうじゃが、今分かったのであればまだ止められるぞい」
「そうですね。悲劇は食い止めなくちゃ」
「そうだな……」
「……して、隼人よ。この間の宴席で、火麗にちゃんと礼をしたのかの?」
 烏水とリトの言葉に頷く隼人。隼人の執務室に流れるしんみりとした空気。
 それを破るように突然切り出した烏水に、隼人がぶぼーーーーっ! と飲んでいたお茶を噴出し、リトが慌ててその背をさする。
「ちょ、ちょっと、烏水さんったら……! 隼人さま、大丈夫ですか?」
「……そんなに驚くようなことかいな」
「いやっ。それはその……! なんだ」
「うん。なんじゃ?」
 ニヤニヤとする烏水。リトも止めようとしないどころか、目がきらきらと輝いている。
 ここまで隼人が狼狽するところを見ると、まもなくいい報告が聞けるのかもしれない。


 一つの謝罪を終え、自分達なりの償いの道を示した人妖達と昭吉。
 一方で、復讐者の影が見え隠れして……。
 形を成し始めた影に不安を覚えながら、開拓者達は星見家を後にした。