【三姉妹】不穏な気配
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/02/02 21:06



■オープニング本文

 石鏡国、銀泉。新年が明け、入れ替わり立ち替わり人が訪れていた星見家も、少し落ち着きを取り戻した頃。
「今日はこの報告書を読みますわよ」
「「「はーい」」」
 冊子を手にするひいに頷くふうとみい、そして昭吉。
 彼らが読んでいるのは、主である神村 菱儀に関わる事件の報告書である。

 ひいが復調してから、みいは姉達に色々な事を尋ねるようになった。
「村を壊してしまったことが悪かったのは判ったのですけれど……その他にもわたし達の『罪』ってあるんですのぅ?」
「んーとね。主様がやったこと自体がダメだったらしいんだけど。どう説明したらいいかな」
「そうですわね……。それでしたら、わたくし達の『罪』が何であるか、もう一度お勉強してみませんこと?」
 彼女達は以前、開拓者達と共に瘴気の木の実を撒かれた村に行き、自分達の『罪』を直接目にしたが、それ以外の『罪』については、良く理解していないのが現状だった。
 長女からの提案で、三姉妹達は時々こうして主の事件について勉強するようになり。
 それにいつの間にか、昭吉も加わるようになった。

 ひいは持ち前の生真面目さを発揮して、妹達や昭吉の世話を焼くことが多くなった。
 ふうは時々考え込むことはあるが、嫌がらずに何にでも挑戦するようになった。
 みいは暇さえあれば姉達や昭吉、隼人に色々な質問を投げかけ、世の中の事を知りたがる。

 三人に起こる変化は、今までと比べてとても喜ばしいものであったけれど。
 彼女達を取り巻く環境の変化については……明るい、とは言えないようだった。


●不穏な気配
「封陣院の和泉という人物について先日話したが……覚えているか?」
「ああ。人妖達を譲って欲しいって言ってるヤツだよな」
 開拓者ギルドに入って来るなりそう切り出した星見 隼人(iz0294)に、頷き返す開拓者。
 隼人はふう、とため息をつくと、開拓者達を見つめる。
「件の人物について、封陣院の狩野殿に問い合わせをしているところまで話したよな。早速だが、返信が来た」
「柚子平さんは何て?」
「……そんな人物は聞いたことがないそうだ」
 そう言って書面を机の上に広げる隼人。開拓者達がそれに目を落とすと、そこには封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)の達筆が見て取れる。

 婚姻などの準備で忙しい為、用件のみになってしまうことを詫びる文面に続き、封陣院で『和泉』という名は聞いたことがない……封陣院にも沢山の職員が居る為、朧ではあるが、そのような人物がいる記憶はないこと。
 己の記憶違いの可能性も含め、念の為きちんと調べてみた方が良い、と言う進言で締めくくられていた。

「……胡散臭いな」
「狩野殿が知らないとなると……本当に封陣院の職員なのか、という疑問すら出てくるであるな」
 開拓者の言葉に、隼人も難しい顔をしたまま頷く。
「先方は人妖達の具体的な譲渡金額まで提示してきている。胡散臭い相手とはいえ、封陣院の名前を出してきている以上、対外的にも無碍に扱う訳にいかなくてな。こうなった以上は、きちんと調べるべきだろう。……申し訳ないんだが、『和泉』という人物について調査をしてきて貰えないだろうか」
「身辺調査ってことか。了解」
「すまんが、よろしく頼む」
 隼人に頷き返し、出立の準備を始める開拓者達。

 封陣院の『和泉』という人物の調査に加え、人妖達の教育もある。
 久しぶりに忙しくなりそうだった。


■参加者一覧
/ 青嵐(ia0508) / 柚乃(ia0638) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / 緋那岐(ib5664) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

 石鏡国、銀泉。星見家の屋敷に集まった開拓者達は、皆難しい顔をしていた。
 青嵐(ia0508)は、己をここまで呼び出した人物を見つけると、つかつかと歩み寄る。
「あなたが私を呼び出すなんて珍しいこともあるものですね」
「……俺もアンタの顔を見ないで済むならそれに越したことはないんだが」
 青嵐の方を見ようともせずにため息を漏らすリューリャ・ドラッケン(ia8037)。
 彼は自分の兄だ。かと言って、仲が良い訳ではない。
 この男に頭を下げるのは真っ平ご免だったが……己の左腕の約束を果たす為だ。
 この左腕は、三姉妹の安寧を守るために。それには、どうしてもこの男の力が必要だった。
「それで? 何の用なんです?」
「封陣院の『和泉』という人物について調べて貰いたい」
「封陣院……? 成程。餅は餅屋に、ということですか。しかし、それを調べて俺に何の利点が? あなたの為に動くとでも?」
「さぁな。だが、封陣院の研究員補のアンタにとって『封陣院の名を騙るものがいるかもしれない』となれば面白くはねぇはずだな?」
 吐き捨てるように言うリューリャに、眉を上げる青嵐。
 二人の鋭い目線がぶつかる。
「あともう一つ。この一件には人妖達の命もかかってる」
「人妖達と言うのは神村菱儀の人妖ですか?」
「そうだ。一連の事件の後、条件付で生存を認められたことはアンタも知ってるだろ。……心あるものの為ならアンタは動く。違うか?」
「……ふむ。そういう事なら、いいでしょう。今回は使われてあげますよ。その人物について、詳細を聞かせてください」
 あなたに貸しを作れるなら悪くない、と呟く青嵐に、フンと鼻を鳴らしながらも頷くリューリャ。
 星見 隼人(iz0294)に目線で説明を促す。
「リューリャからも話があったが……皆に調べて貰いたいのは『和泉』という人物だ。封陣院の職員を名乗っているが、どうも怪しくてな」
「隼人さんは、その方と直接お会いしたんですか?」
「うちに来たのは使いの者でな、直接会ったことはないんだ」
「そうですか……」
 小首を傾げる柚乃(ia0638)に淡々と答える隼人。
 アテが外れたとため息をつく彼女に、音羽屋 烏水(ib9423)も、む〜んと唸る。
「しかし、調べられれば封陣院と関係ないことなどすぐ分かるじゃろうに。どういうつもりなのかの……」
 星見家と封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)は以前、龍脈の調査でも協力体制を取っていた。その繋がりを知っているのであれば、嘘をついてもすぐに露呈することくらい予想がつくと思うのだが……。
 現時点で名を騙っている確証はないが……と前置きをして、隼人は口を開く。
「封陣院は五行の国営研究機関だ。五行国の直轄ゆえ、開拓者ギルドの権限も通用しない。狩野殿と星見家に個人的な付き合いがあったから、幸い返答を貰えたが……通常であれば外部の人間が、職員を調査すること事態難しいからな。そういう意味では、封陣院の名は使いやすかったのかもしれん」
「よーするに、向こうにとっちゃ、星見家に封陣院研究員補が出入りしてるって言うのも誤算だったってことなのかね」
「そうだろうな。俺もお前が封陣院の職員と聞いても俄かには信じられなかったし」
「どーいう意味だよ」
 頭をがしがしと掻きながら言う緋那岐(ib5664)。
 ニヤリと笑う隼人にジト目を向ける彼をまあまあ、と烏水が宥める。
「まあ、その使いの者でも人相が分かれば、そこを辿って大元が分かるかもしれんの」
「そうですね。隼人さん、その使いの方がいついらしたか教えて戴けますか? 日付や時間、場所……なるべく詳しくお願いします。皆さん、これから『時の蜃気楼』でその時の様子を再生しますので、しっかり覚えておいて下さいね」
 柚乃の言葉に頷く隼人と開拓者達。
 その情報を元に、彼女は歌を口ずさむ。
 時計の振り子のような不思議な響き。ぼんやりと形を成した幻影には隼人と……もう一人、年若い茶色の髪の男が現れる。


 調査の打ち合わせが終わり、それぞれの持ち場に向かう道すがら、火麗(ic0614)は、三姉妹の末娘のところに訪れていた。
「火麗。これからどこかに行くんですのぅ?」
「ああ、ちょっとお使いにね」
「そうなんですのぅ。じゃあ、帰りにお菓子を買ってきてくださいな!」
「なんだい? あたしは遊びに行く訳じゃないよ」
「こらこら、みい。あまり火麗姐を困らせるでないぞ」
 外套を着込む火麗の周囲をふわふわと飛び回るみいを窘める兎隹(ic0617)。
 みいはフンス! と鼻息も荒く胸を張る。
「だって〜。最近ずっとお勉強してましたのよぅ。頑張ってるんですのぅ! だからご褒美が欲しいですのぅ!」
「そうだっだね。じゃあ、今日もいい子に出来たら何か買ってきてやるよ。兎隹や皆のいうこときちんと聞くんだよ」
「はぁい!」
 元気に返事をするみいの赤い髪をよしよしと撫でる火麗。そのまま横に移動して兎隹の髪と耳をもふもふと撫でる。
「か、火麗姐……?」
「ああ。ごめん。兎隹も可愛いからつい」
「火麗ずるいですのぅ! わたしも兎隹をもふもふするですのぅ!」
「ちょ、みい、くすぐったい……!」
「みい、兎隹。お茶にしましょう。こっちいらっしゃい」
 混沌としかけた場を引き戻すユリア・ソル(ia9996)の声。
 くすくすと笑いながら、気をつけて……と続けた彼女に、火麗はひらひらと手を振り、近くにいた隼人に声をかける。
「じゃあ、隼人さん。行ってくるから」
「すまないな。気をつけろよ」
「大丈夫だよ。何か分かったらすぐに知らせる」
「ああ、宜しく頼む。……あ、火麗」
「ん? 何か追加の確認事項でもあったかい?」
「いや……その。この間は醜態を晒してすまなかった」
 軽く頭を下げる隼人に、何の事かと首を傾げる火麗。
 みるみる顔が赤くなる彼を見て先日の依頼を思い出して、彼女はあー……と遠い目をする。
「あの事か。気にしないでいいよ。ただ、あたし以外には見せない方がいいかもね。隼人さんの沽券に関わるし」
 カラカラ笑いながらわしわしと隼人の髪を撫でる火麗。
 その様子を見たクロウ・カルガギラ(ib6817)が、烏水にそっと耳打ちをする。
「何か仲良さそうだよな、あの二人。烏水、何か聞いてるか?」
「いんや、何も。じゃが、満更でもなさそうじゃのう」
 ひそひそと話す二人。そこにそっと、リト・フェイユ(ic1121)が加わる。
「あのお二人、白谷郷でこの間デートしてらっしゃいましたよ」
「あ。それ俺も見たわ」
「ほう? 嘘から出た誠になるのかのう……」
 にんまりと笑う三人。星見家嫡男の春は近いのかもしれない。


「皆、最近勉強してるんですってね。いいことだわ」
「はい。ふうもみいも、最近色々知りたがるようになりましたので」
 ユリアの声に頷きながら微笑むひい。
 顔色も良く元気そうだし、ユリアも満足気に頷く。
「それで、皆はどんな事を勉強したのかしら。私達に教えてくれない?」
「そうだな。俺も知りたい」
 ユリアとクロウの言葉に顔を見合わせる人妖達。
 三人が緊張している様子なのを感じて、リューリャが笑顔を向ける。 
「何も答え合わせをしようって言う訳じゃない。正解とか間違いがある話でもないしな。それを知って、君達がどう思ったのか……その考えが大事だからね」
「そうであるぞ。自ら学ぼうとする姿勢は素晴らしいことなのだ。褒美と言っては何だが、お菓子を用意した。気負わず、おしゃべりする感じで大丈夫なのだ」
「そうよ〜。兎隹が茶葉を差し入れてくれたから、早速淹れてみたの。私の淹れたお茶は美味しいわよ?」
 宥めるような兎隹の声と、くすくす笑いながらお茶を配るユリアに安心したのか笑顔で頷く人妖達。
 ひいが考えながら口を開く。
「主様の罪は、ヒトを傷つけたり、石鏡の国の皆様の生活に混乱を齎したこと、ですわよね」
「それは具体的にどんなことだ?」
 その言葉に、問いを投げかけるクロウ。
 それにふうとみいが答える。
「生成姫の魔の森から瘴気の樹を持ち出して、それを育てたこと、かな」
「あと、瘴気の木の実をあちこちに撒いたことですのぅ」
「生成姫様や亞久留様と手を組んだことも、罪になるのでしょうか……」
「そうね。大アヤカシは当然のことながら、当時の古代人は天儀に仇なす存在だったから」
 ぽつりと呟くふうに、頷くユリア。それにふうがはぁ……とため息をつく。
「あとは、多くのアヤカシを生み出して従えていたこと……世の中の規則っていうのから考えると、主様がしていたことは、基本的に全部『悪いこと』だったってことよね」
「残念ながらそうなるね。ここまでの話で、何か分からないことはあるかい?」
 淡々と言うリューリャ。その問いに、ふうはこくりと頷く。
「ねえ、主様はどうしてあんな事をしたのかしら」
「さてな。それは本人に聞かなければ分からないが……一つは、亞久留に依頼されていたのだろうな」
「亞久留に?」
「ああ。あの頃、亞久留が手を貸していた大アヤカシ『黄泉』を倒す為に、菱儀がいた石鏡の国からも沢山の兵が送られる予定だった。そんな中、瘴気の木の実がばら撒かれたんだよ」
「……話が見えないわ」
「石鏡国内が混乱して、その対応に追われて兵が送れなくなったとしたら、得をするのは誰かな?」
 あー……と呟いて、頷くひいとふう。みいは良く分からなかったらしく首を傾げている。
「それを聞くと、改めて主様に付き従ったことが罪だったと分かって……ちょっと複雑なものがありますわね」
「あたし達への命令の裏にはそんな事があったのね……」
「えっ。主様に従ったらダメだったんですのぅ?」
 寂しそうな笑みを浮かべるひいと、考え込むふう。キョトンとするみいに、仲間達が苦笑する。
 今までの彼女達の話を聞くに、理解の度合いに差はあれど、概ね正しいと言っていいようだ。
 ただ……主の罪を知ると言うことは、今までの自分達の行動も、全て罪であったと知るのと同じことだ。
 それは、己を築いて来た根底を否定されることと同義であり……人妖達にとっては、辛いことのように思う。
「ねえ、ひい。ふうもみいも、辛かったら辛いって言ってもいいのよ」
「いいえ。大丈夫ですわ。妹達が頑張っているのですから、わたくしも受け止めなくては」
「あたしは別に頑張ってる訳じゃなくて、知りたいから知ろうと思ってるだけだし」
 気遣うユリアに、気丈に振舞うひいと素直じゃないふう。
 どこまでも生真面目な長女は人前で弱音は吐かないだろう。後で甘やかしてあげないと……とと思いながら、ユリアはひいの背中をそっと撫でる。
 そんな中、ずっと考え込んでいたみいが、しょんぼりとして口を開いた。
「……主様に従ったことがダメだったのなら、わたし達のしたことはぜーんぶ間違っていたのですわよねぇ? 主様がわたし達を生み出したことも『罪』なんでしょうかぁ」
「みい、それは違う。お前達は菱儀が好きだったから、役に立ちたかったんだよな? その気持ちは間違いじゃない」
「君達は確かに賞金首の手で生み出された。だが、それは『罪』ではない。それを恥じることはないのだよ。我輩は、君達が生まれて来て、こうして出会えたことを誇りに思っている。そんな哀しいことは言わないでおくれ」
 きっぱりと言うクロウと己の髪を撫でる兎隹に、目を瞬かせるみい。リューリャも頷きながら続ける
「人妖を生み出すこと自体は、陰陽師に認められている行為だよ。心配しなくていい。菱儀にもう一つ罪があるとしたら、生み出した君達に服従以外何一つ教えず、好意を利用し続けたことだと思う」
 そう。教育を怠り、こうして遺された人妖達に、深い苦悩を与えていることは何よりの罪だ。
 ひいは少し考えて、開拓者達を見る。
「主様を庇うつもりはないのですが……主様は、何も教えて下さらなかった訳ではないのですの。研究については、少し教えて下さいましたのよ」
「へえ? 面白そうな話ね。雑談がてらに教えてくれない?」
 身を乗り出すユリア。それでは……とひいは咳払いをして続ける。
「主様は瘴気の中でも生きていける生物や人間について研究されていましたの」
「そういえば、古代人は瘴気の中で暮らしてるって言ってたもんな」
 お茶をすすりながら呟くクロウ。
 古代人から技術を提供されていたのなら、その研究内容も頷ける。
「わたくし達も、瘴気に強くなるように構成されていて……わたくしはさほどではございませんが、一番最後に生まれたみいは、瘴気に対する耐性も少しはあるかと」
「瘴気に耐性、か。ヨウ達がアヤカシになったのはもしかして……」
「はい。恐らく、人妖により強い瘴気の耐性を持たせようとして、瘴気に近い存在になってしまったんだと思いますわ」
 なるほどね、と呟くリューリャ。
 ヨウとイツは『人妖のなりそこない』であったが、その話を聞くとある意味実験としては成功していたのかもしれない。
 知性や美貌を保ったまま、瘴気に対して完全な耐性を持っていたのだから。
 ただ、人妖達や知能がないアヤカシはともかく、知能を有したアヤカシを制御する術までは持ち合わせていなかったことが、彼の失策に繋がった訳だが。
「ふうとみいはこの話知ってたの?」
「ちょっとだけならね」
「全然知りませんわぁ。わたし、ひいやふうと違って物覚えが悪いですからぁ」
 ユリアの問いにフフンと笑うふう。しょぼーんとするみいに、兎隹が慌てて声をかける。
「ええと、みいは読み書きはできるのであるか?」
「できますわよぅ! ひいとふうに教えて貰いましたのぅ!」
「そうか。では、学んだ事や日々あった事を日記につけてみるのはどうだ? 書くことで記憶に残りやすくなるのだぞ」
「本当ですのぅ?」
「うむ。文字だけでなく絵も添えても良い。後で見返しても楽しいぞ」
「どうやって書くんですのぅ? 兎隹、教えて下さいですのぅ!」
 みいに請われて、紙と筆を出してきた兎隹。
 さらさらとお手本を描いてみせる。
「ほれ、このようにだな。絵の横に字を添えて……」
「……兎隹。何これ。豆大福?」
「ち、違うぞ! これは先日作った雪兎であるぞ!」
 彼女の描いた絵を指差して首を傾げるふうに、慌てて答える兎隹。
 ふうは再び首を傾げて、もう一つの絵を指差す。
「こっちのつぶれ饅頭は?」
「ゆ、雪だるまである」
「……絵については参考にしちゃダメみたいよ。みい」
「そうなんですのぅ?」
 ふうとみいの反応にガビーーン! とショックを受ける兎隹。
 それに苦笑しながら、クロウは三姉妹達に冊子を渡す。
「今すぐじゃなくてもいいから、これも読んでみな」
「これは何ですの?」
「黒狗の森っていう場所に、瘴気の木の実が撒かれた事件についての報告書さ」
 受け取りつつ首を傾げるひいを真っ直ぐ見つめるクロウ。
 黒狗の森の一件は、神村菱儀に関連する事件の発端であり……恐らく他の者の手を借りず、人妖達自身が手を下したものだ。
 これを読んで、罪悪感を覚えて欲しい訳でもない。黒狗や紗代に謝って欲しい訳でもない。
 ただ……自分達が行った行為がどういう結果を齎したのか、覚えておいて欲しかった。
「これを読んだ上で、何かしたいと思ったなら言ってくれ。手を貸すから」
「分かったわ」
 頷くふう。
 彼女達は大分自分達の罪について理解し始めている。
 この一件も、三姉妹に苦悩を与えることになるかもしれないけれど。
 きっと今の彼女達なら、乗り越えてくれると、そう思う。


「おかえり、ユリア。あいつらと何を話してたんだ?」
「ただいま。ちょっとしたお願いごとよ。あの子達にしか出来ないことをね」
「なんだい? それは」
「うふふ。秘密よ」
 出迎えたリューリャに意味深な笑みを向けるユリア。
 封陣院の人物について人妖達に告げる一件は、不確定な事も多く人妖達に不安を与えたくないと言う隼人の要望で保留となった。
 しかし、教育と贖罪を終えた彼女達の行き先についてはいずれ考えなくてはならない問題だ。
 このまま星見家で暮らすのか、それぞれ別な道を選ぶのか……。
 それ以前に、調査の結果、怪しいところがないと言うことになれば封陣院に引き渡す可能性もある。
 今後のことを考えた方がいいのではないかと、星見家に残っている教育担当者達が自主的に話し合っていた。
「菱儀達が暴れてたのは主に石鏡国内だろ。それの償いに五行の組織に身柄を引き渡すってのもどうなのかね」
「研究材料にしたいって言ってるんでしょ、あっちは。道具扱いだし、贖罪なんてさせる気は最初からないのかもしれないわよ」
「そうなんだよなぁ……」
 クロウの呟きに、嫌悪感を隠さずに言うユリア。
 彼はぼんやりと天井を見上げる。

 ……クロウは『スキ』を持ってる? ……持ってたら、あの子達にあげてほしい――。

 『情』が何であることすら知らなかった、哀れな人妖崩れの願い。
 封陣院に行かれてしまったら、それを叶えることが出来なくなってしまう……。
 そんなクロウの思いを知ってか知らずか、兎隹は迷いながらも口を開く。
「我輩は……。我輩の希望を言うのであれば、この先も人妖達と一緒にいたいのである。勿論、彼女達が行きたいと望めばその限りではないが……」
「そうね。彼女達の意思を尊重すべきだと思うけど……私も基本的に、和泉に渡すのは反対よ。研究材料っていうのがそもそも気に入らないわ」
 封陣院で、『道具』として生きることは、彼女達の幸せに繋がるのか……。
 兎隹もユリアも、そこが引っかかっているのだろう。
 リューリャも概ね同意だ、と頷く。
「行き先について考えるのは、もう少し教育が進んでからでも遅くない。封陣院の要望も、教育を理由に引き伸ばせるだろうしな。あいつらだって何しでかすか判らんものを研究材料にはできんだろうし」
「そうだな。……それはそれとして、あいつらも大分落ち着いてるよな。そろそろ具体的な贖罪の手段を考えてもいいのかもしれない」
 贖罪をさせることは、教育が進んでいることを石鏡の上層部や開拓者ギルドに示す良い指針となる。
 クロウの提案に、ユリアも頷く。
「私達が贖罪の方法を決めてしまうのは簡単だけど、それだと意味がないと思うの。彼女達にどうしたいのか、選ばせましょう」
 罪を知った上で、どう償うのか。何をするのか……。
 三姉妹が何を『贖罪』とするか。それは、彼らの教育にかかっている。


「リトさん、烏水さん。お茶が入りましたよ。少し休憩なさってはどうですか?」
「おお、すまんな昭吉」
「ありがとうございます」
 お盆を手にやってきた昭吉に鷹揚に手を挙げる烏水に、笑顔を返すリト。
 人妖達を欲しがっている『和泉』と言う人間……その人物が何を目的をしているか分からないが、人魂などを使ってこちらを伺っている可能性がある。
 そう考えた彼女は、烏水と彼女の相棒であるからくりと手分けして、星見家の仕事の手伝いをするフリをしながら周辺の警戒に当たっていた。
 今のところ、リトが設置したムスタシュィルにも反応はなく、何かが侵入している気配はないが……。
 少し心配そうな主の様子を察したのか、ローレルが声をかける。
「……俺が見ているから、リト達は休憩するといい。俺は動き続けても問題ないが、ヒトはそう言う訳にはいかんからな」
「そう? じゃあお言葉に甘えて……。ごめんなさいね、ローレル」
「謝ることはない。行ってくる」
 そのまま歩み去る彼。
 リトはお茶を受け取りながら、昭吉を覗き込む。
「昭吉さん、最近人妖さん達のお勉強を手伝っているんですってね」
「はい。手伝っていると言うより、僕が教えて貰うことの方が多いんですけど。僕、主様の起こした事件について知らないことが多いので」
 頭を掻きながら笑う昭吉。烏水は彼の隣によっこいしょと腰掛けて、お茶を啜る。
「人から教えを請うことは良いことじゃ。人に何かを教えるのも、己の成長に繋がる。おぬしとて、彼女達に教えておることがあるのじゃろう?」
「そうですね。みいさんは特に、ヒトの世界のことを良く知らないようで、物の名前などを聞かれますね。ふうさんからは、規則について聞かれることが多いです。ひいさんは色々なことをご存知ですが、物事を決定するのに不安があるみたいで……」
 ふむふむと聞き入る烏水とリト。
 彼女はふと、気になっていた事を口にする。
「昭吉さん、人妖さん達と自分の、感覚の違いに戸惑うことはないですか?」
「感覚の違い、ですか?」
「ええ。ローレルもそうなんですけど、考え方の根本が、全く違ったりするから……」
 遠い目をするリト。
 からくりや人妖は寿命や成り立ちの違いから、どうしてもヒトと乖離してしまう部分がある。
 そして彼らは『相棒』という立場から、主の為と判断したことは積極的に行う傾向がある。
 それは時として、とんでもない方向に向かうことがあって……。
 有難いことではあるが、時として問題を引き起こすこともあるのだ。
「そうですね。伝えてもなかなか理解して貰えないこととか……そういう事は確かにあります。でもそれは、主様が彼女達に何も教えてこなかったから、ですよね」
「ええ。そういう意味でも、人妖さん達の理解が追いつかないこともあると思うんです。でも、全く伝わらない事も無いですから……少しづつ、ですね。もし、心苦しい事や思い悩む事があったら何時でも話してくださいね」
 穏やかに言うリトに、ありがとうございます……と頭を下げる昭吉。
 思い出したように顔を上げて続ける。
「そうだ。人妖さん達に色々教えて貰ってるんですけど、僕自身教養がある訳じゃないのでお返しできることが少なくて……。お金の計算を教えようとしたらみいさんに物凄い勢いで逃げられてしまいましたし。何か気軽に教えてあげられることないですかね?」
「ふむ。そうじゃな……。教養深める、というよりも感性広げるという意味や気晴らしに歌や楽器も覚えてみてはどうじゃ? わしも教えられると思うしのっ」
「ああ、それはいいですね。僕も歌、好きです」
「ほう。そうかそうか。では早速、聞かせてみるとしようかの。昭吉は先生になるのじゃから、しっかり覚えるのじゃぞ?」
 ベベン、と三味線をかき鳴らす烏水に目を輝かせる昭吉。
 こうした積み重ねも、少年の成長に繋がっていくはずだ。


「和泉……。この名簿にも載ってないですね。そちらにはありましたか?」
「……いや。見当たらねえなぁ」
 職員名簿に目を走らせながら問う青嵐に、ため息を返す緋那岐。
 封陣院の研究員補である二人は、正規の手続きを踏んで職員名簿の閲覧を行っていた。
 現在の職員の名簿を目を皿のようにして探すが、『和泉』という名は見当たらない。
「くっそ。柚乃がいりゃあなぁ」
「仕方ないよ……。ナナミも手伝うから、ね」
 膨大な量の名簿を前に、ボヤく緋那岐。相棒の人妖に宥められて、もう一度ため息をつく。
 彼は柚乃を人妖に変身させ、手伝いとして連れて来る予定だったが……あっさりと見破られた為、叶わなかった。
 封陣院は五行直轄の研究機関の為、機密も多い。そういった不法侵入に対する対策は、非常に厳重だった。
 まあ、潜入が成功した後に見つかったら、職員である彼の処罰は免れなかったので、入口で見つかって良かったのかもしれない。
「……やっぱりいないみたいだな。和泉ってヤツ、封陣院の人間じゃないのか?」
 顔を上げて呟く緋那岐。青嵐はふむ、と呟いて、別の書棚に向かう。
「……? これで現職員の名簿は全部だぞ。何調べようってんだ?」
「現在の所属ではなく、過去に所属してした可能性もありそうですね。そちらも遡って調べましょう」
「遡る……ってオイ、マジかよ。どんだけ遡る気だ!?」
「そうですね……。神村菱儀に協力していたとされる生成姫が本格的に活動を開始したのは天儀歴1010年です。そう考えると……5年ほど遡ればいいでしょうか」
「……5年……」
 事も無げに言う青嵐に、遠い目をする緋那岐。
 現行の職員名簿だって相当な量だったと言うのに、過去5年分と言ったらどれだけになるのか、想像するだけでぞっとする。
「何らかの理由で放逐された人物や人妖の研究をしていた人物がいたら、忘れずに確認項目として挙げておいて下さい。今回の一件に関わっている可能性がありますから、詳細を調べましょう」
「あー。わーったよ。やるよ。やりゃあいいんだろ」
 頭をがしがしと掻き毟る緋那岐。
 封陣院の書類を正々堂々と調べられるのは自分達だけ。
 人妖達のことを思うなら、やるしかないのだ。
 彼は猛然と名簿を引っ張りだして、頁をめくる。
「……なあ。青嵐」
「何ですか?」
「和泉ってヤツは、何でわざわざ『封陣院』の名を出したんだろうな? 人妖が欲しいなら、金を積めば済む話だろ。名前出す必要ねえよな……」
「そうですね。そこは俺も気になってはいました。研究材料にしたいという理由についても、動機としては薄い」
 古代人と和平を結び、連携が取れる現在、わざわざその技術の欠片でしかない人妖を引き取る理由はない。
 神村菱儀しか持ち得なかった技術が存在した可能性はあるが、彼の研究資料は火事によって消失してしまった。
 とはいえ……完成品の人形を得ても、人形の材料の作り方は判らない。
 人妖を得たところで、同じ人妖が生み出せる訳ではないのだ。
「一つ利点があるとしたら……『人妖と言う希少価値』でしょうかね。神村菱儀という人物が作った人妖は、彼女達しか残っていませんから」
「そうだなぁ……」
 青嵐の考察に頷く緋那岐。
 石鏡の有力な貴族から手っ取り早く信用を得ることが出来て、かつ無碍に扱うことも出来ない機関。それが、『封陣院』だったのだろうか。
「事実はともかく、容易に封陣院の名を使われるのは癪です」
 呟く青嵐。
 封陣院という狭き門を潜る為に、日々たゆまぬ努力を続けてきた。
 その名を容易に騙ることも、ましてやその信用を損なうようなことがあるのなら……許す訳にはいかない。
 青嵐と緋那岐の、静かな戦いが続く。


「ユズ、ここのところずっと外出してていないの」
 封陣院の分室長、狩野 柚子平に面会を求めた火麗を出迎えたのは、彼の人妖の樹里だった。
 元々多忙な身である上に、最近は婚礼の準備などで追われているらしい。樹里は樹里で、主が不在の間の代行業務に追われていて……そんな中で、彼女に会えただけでも幸運だったのかもしれない。
「……それでね。資料の件なんだけど、残ってる研究員の人にもきいてみたんだけど、部外者に見せるのはダメだよって言われちゃった。封陣院は五行国の直轄だから、ギルドの捜査権限が及ばないんだって。ごめんね」
「そっか。樹里のせいじゃない。謝ることないよ」
「封陣院の職員を調べに来たんだよね?」
「ああ、そう名乗ってるけど、本当にそうなのかちょっと知りたくてね。樹里は『和泉』って名前の職員、知ってるかい?」
「んー。知らないなぁ。聞いたことないよ」
「そうか……。狩野さんに、今回の件に関する推察とか聞けたら良かったんだけどねえ。そういう駆け引き慣れてそうだし」
「うーん。ユズもさすがに石鏡の方のことまでは判らないと思うけどなー」
「樹里は、今回の一件についてどう思う?」
「詳しいことは良く分からないけど……ユズの周りも、結婚が決まってからまたきな臭くなって来てる。星見さんとこも気をつけた方がいいかもしれないよ。『石鏡の星見家』って、今良い意味でも悪い意味でも目立ってるから」
 樹里の言葉に眉を顰める火麗。
 石鏡の有力な貴族で、今大きな動きがあるのは、『竹』の斎竹家と『菊』の星見家である。
 星見家は龍脈の調査に協力したことに始まり、賞金首・神村菱儀の討伐の主導を握り、彼が遺したものの管理を行っている。
 そして、星見家嫡男の意中の女性の話もまことしやかに囁かれ、正式に星見家を継ぐ日も近いのではないかという噂も流れている。
 柚子平が斎竹家の長女との結婚を決めたことで、五行と石鏡の繋がりが一層強くなって行くことが予想できる中、星見家の動きも無視できないと『誰か』が思ったとしたら……。
 ――何だろう。すごく、嫌な感じがする。
「今の話は、隼人さんにしても構わないかい?」
「うん。皆思ってることだから隠すようなことでもないよ。……っていうか、もしかして、星見さんの意中の女性って……」
「余計なことは詮索しないの」
 ワクワクとした目を向けてくる樹里をピシャリと跳ね除ける火麗。
 一筋縄では行きそうにない案件に、彼女は深く深くため息をついた。


「結論から言います。封陣院に『和泉』という名の職員はいません」
「……間違いないのか?」
 再び集まった星見家の屋敷。
 きっぱりと断じる青嵐に、鋭い目線を向けるリューリャ。それに緋那岐が頷く。
「ああ。5年分も遡って調べたけど、そんな名前のヤツはいなかったぜ」
「偽名を名乗っている可能性も考えましたが……それだと封陣院の名を出す意味がない。偽の職員と見て間違いないでしょうね」
「封陣院から放逐されたヤツや人妖の研究をしていたヤツも調べてみたけど、今回の一件に関わってるかどうかの確証は得られなかった」
「ひとまず、件の人物の一覧を作成して来ました。参考にして下さい」
「そうか……。分かった。ありがとう。調査するのも大変だっただろう。すまなかったな」
 緋那岐と青嵐に頭を下げる隼人。兎隹が兎耳をぴこぴこさせながら考え込む。
「偽の職員と言うのは分かったとして、これからどうするのだ? 青嵐と緋那岐がおれば、証拠をつきつけることもできそうであるが……」
「そうだな。『和泉』を名乗る人物を排除するだけなら、それでいいが……そもそも向こうの目的がハッキリしていないからな」
 ――向こうも『封陣院』の名を出してくるくらいだ。それなりの覚悟や背後があって動いていると見た方が良さそうだ。
 そう続けたリューリャに、ユリアも頷く。
「断ったにしても人妖達が妙なのに狙われてる事実は変わらないわ。いっそ泳がせて一網打尽にした方がいいんじゃないかしら」
「それは……人妖達が危なくないか?」
 にこにこしながら恐ろしいことを言う彼女にギョッとしてツッコミを入れるクロウ。火麗もため息混じりに頷いて続ける。
「人妖もだけど、隼人さん自身が狙われてる可能性もあるよ。警戒した方がいい」
「……俺? 何で俺が?」
「隼人よ。もうちょっと自分の立場を理解した方が良いと思うぞ……」
 火麗の言葉の意味が理解出来ないのか、目を見開く隼人に、でっかい冷や汗を流す烏水。そこに早足でリトとローレルがやって来る。
「お話中すみません。隼人さん、これを……」
「……これって、呪符か?」
「はい。誰かが人魂を送ってこちらの様子を伺っていたようです」
「術者らしき人間を見たが……逃げられた。すまん」
 リトから差し出された千切れた呪符。そして二人の報告に息を飲む開拓者達。
 不穏な気配が迫って来ているのを、確かに感じていた。


 自分達の行いや罪に対する教育が進んでいく人妖達。
 それぞれに程度は違うものの、今後の行き先を考える必要も出てくるくらいには、大分しっかりとしてきた。
 その一方で、良からぬ影がつきまとい……。
 星見家や人妖達への警備を厳重にすることを進言し、開拓者達は何ともいえぬ不安を抱えて星見家を後にした。