朧桜に杯を
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 35人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/19 11:25



■オープニング本文

「皆さん、生成姫の討伐、お疲れ様でしたーっ!」
 開拓者ギルド。
 集まる開拓者達にがばーーっと頭を下げたのは開拓者ギルド職員の女性。
 勢いをつけすぎて近くの机に頭を打ちつけたらしい。
 がつっという鈍い音がして、開拓者達がギョッとする。
「ちょっと、あんた大丈夫かい?」
「はいっ。大丈夫です! あ、杏子って呼んで下さい!」
 ――名前とか聞いてないし。
 そんな開拓者の独白を見事に聞き流し、杏子はノリノリで続ける。
「そうそう。皆さん、あの大アヤカシをやっつけちゃったんですよね! すごいです〜!」
「まあ……そうね。生成姫は倒せたけど、ね」
 言葉を濁す開拓者。そう。稀代の大アヤカシは、倒した。
 しかし、気になること、片付けなければならない仕事は山程ある。
 『終わった』なんて、決して言えない状況だった。
「分かってます。分かってますよー。私だってギルド職員の端くれですもの。でも、ちょっと疲れを癒すくらい、いいんじゃないかなーって思う次第で!」
「まあ、そうだな。戦い続ける訳にもいかんしな」
「でしょー? そんな訳でですね。お仕事や合戦でお疲れの皆さんに、こんな情報をお持ちしましたー!」
 オーバーリアクション気味に腕を振り回し、杏子が出して来たのは1枚の紙。そこには、『桜まつり開催中!』とあって――。

 ――神楽の都から、少々離れたとある村。
 そこには村中に沢山の桜が植えられていて、この季節になると村全体を埋め尽くすように桜が咲き誇るらしい。
 少し高台にあるその村からは月も良く見え、夜桜を愛でるにはうってつけなのだそうだ。
 さらに、桜を見に訪れた人たちの為に屋台なども多く立ち並ぶとか……。

「へー。なかなか良さそうじゃない」
 杏子の手元の紙に落としていた目線を上げ、顔を見合わせる開拓者達。

 桜に霞む月。それをつまみに飲む酒。美味しい食事。
 戦の疲れや、日々の疲れを。
 そんなひとときで洗い流すのも良いかもしれない――。

「……今から向かえばちょうど夜桜が楽しめますよ。是非、いってらしてください!」
 開拓者達の思考が分かったのか、杏子はにっこり微笑むと、彼らをギルドの玄関まで導いた。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ユリア・ソル(ia9996) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ニクス・ソル(ib0444) / 遠野 凪沙(ib5179) / 叢雲 怜(ib5488) / 計都・デルタエッジ(ib5504) / 果林(ib6406) / スレダ(ib6629) / エルレーン(ib7455) / 棕櫚(ib7915) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / ラビ(ib9134) / ヒビキ(ib9576) / カルマ=E=ノア(ib9925) / カルマ=L=ノア(ib9926) / カルマ=C=ノア(ic0002) / 白葵(ic0085) / ジェラルド・李(ic0119) / 月城 煌(ic0173) / スフィル(ic0198) / 紅 竜姫(ic0261) / エリス・サルヴァドーリ(ic0334) / ガラード ソーズマン(ic0347) / トラムトリスト(ic0351) / カルツ=白夜=コーラル(ic0360) / レオニス・アーウィン(ic0362) / リーシェル・ボーマン(ic0407) / ヴァレス(ic0410) / システィナ・エルワーズ(ic0416) / 暁 久遠(ic0484) / セージ(ic0517) / 島原 左近(ic0671


■リプレイ本文

●花霞
 天いっぱいに広がる淡い桃色。その向こうに、月が霞んで見える。
 冴える月光に照らされた桜は青白く、松明に照らされた桜は鮮やかに。
 なんて美しい光景だろう……と、アルーシュ・リトナ(ib0119)は思う。
 今日は、じっくりと桜を見るためにここにやってきた。
 屋台で食事を買い求めてから、いい場所を探そう。
 そう思って歩き出した彼女は、屋台の一角がちょっとした騒ぎになっていることに気付いた。
「一体どうしたんでしょう……?」
「何でも、今日限定の屋台が出てるそうですよ」
 こんばんは、と言いながらひょっこり現れた柚乃(ia0638)。
 彼女も会釈をすると、2人は得た情報を教え合い、お互い1人でやってきたことを知る。
「折角ですし、あそこも覗くだけ覗いてみませんか?」
「そうですね。戴くなら美味しい方がいいですし……」
 決まりですね、とにっこり笑って。2人は賑やかな屋台村へと足を踏み入れ――。

 こんなはずじゃなかったのに。
 礼野 真夢紀(ia1144)は、そんなことを考えていた。
「屋台の食べ歩きも楽しいけどご飯系ないもんね」
 そう思って凝った食事を作ったのは、確かだ。
 お湯を沸かす道具に、振る舞い用のお酒を持ち込んだし。
 お弁当には、刻んだ筍・人参・豚肉をたっぷり入れたおこわと、筍と烏賊を醤油とみりんを塗りながら七輪で焼いて蕗の薹味噌を添えたもの。
 さらに蓬とタラの芽の天ぷらには抹茶塩を添えたし。
 千切りにした人参を胡麻油で炒め、その後千切りの筍、細く切った蒟蒻を入れ一緒に炒め胡麻を振ったものも作った。
 筍と蕗と、鶏肉を小さく切ってつくねにして昆布の出し汁で煮物を作り。
 塩麹で味付けをした鳥の唐揚に、鱈子を芯にそえた玉子焼き。
 甘味は桜餅2種。
 お品書きは料亭に出せそうなものを意識したし、食べきれないほど持ち込んだのも、確か。
 確かなんだけど。
 まさか村人達に、屋台と勘違いされるとは思ってなかった……。
「おーい。嬢ちゃん、おこわくれー」
「この桜餅いくらだい?」
 四方八方からかけられる声に、真夢紀は茫然とする。
 今更屋台ではないと説明するのも難しい。かといって、これだけの客を1人で捌くのはとても無理だ……。
「お弁当、とてもおいしいですよ。……大変そうですね」
 真夢紀の作った料理に舌鼓を打ちながら呟く遠野 凪沙(ib5179)。
 彼女はああ、と天を仰いでから、凪沙に目線を戻す。
「そう思うなら手伝ってくださいよ……」
「……分かりました。一飯の恩は返すとしましょう」
 真夢紀の言葉にあっさりと応じた凪沙。
 元々1人で桜を見にやってきて、近くに人がいれば言葉を交わそうとは思っていた。
 これも何かの縁。乗りかかった舟というやつだろう。
「……今日限定のお店やっていらっしゃるのって開拓者さんだったんですね」
「お疲れ様です」
 そこに現れたのは柚乃とアルーシュ。
 真夢紀には、2人に後光が差しているように見えて、その手をぎゅっと掴む。
「お願いです! 手伝ってください!」
「……え?」
 顔を見合わせる2人。柚乃とアルーシュは勢いに押されて頷いてしまい……。
 そんな訳で、『料亭礼野 お花見出張所』の開店と相成ったのであった。


「この辺にしようか?」
 果林(ib6406)の手を引いてやってきた天河 ふしぎ(ia1037)。
 彼女は笑顔で頷き、2人は並んで、大きな桜の樹に寄りかかる。
「向こうは随分賑わってるけど、ここは静かだね。ああ、桜がほんとに綺麗……」
「ええ。それも月夜だなんて綺麗ですね♪」
「そうだね〜。あっ、髪に……ほら、花弁」
「ふふ。ありがとうございます♪ 天河様の髪にもついていらっしゃいますよ。ホラ、肩にも……」
 彼女の淡い茶色の髪をそっと撫でるふしぎ。
 果林も、ふしぎの肩の花弁を払い――彼の身体をじっと見つめて、気になっていたことを口にする。
「あの、この間の戦のお怪我は……もう大丈夫ですか?」
「え?」
「あの合戦の時のお怪我です」
 合戦の時。怪我を負い、空から落ちてきたふしぎ。
 血にまみれた身体が落下していくのを見た時は、心臓が止まる思いだった。
 慌てて伸ばした手が、主様に届いて――本当によかった……。
 私がどれだけ心配したか、天河様は知ってますか……?
「ああ、もう大丈夫だよ。……果林、ありがとう」
 ちょっと泣きそうな、怒ったような……そんな表情の果林。
 その表情を変えたくて、感謝を伝えたくて、彼はそっと手を重ねる。
 この胸のドキドキが、彼女にバレないことを祈りながら。
「良かった。主様がご無事ならそれでいいんです」
「そう?」
「はい」
 良い笑顔を浮かべた彼女に、ほっとしたふしぎ。
 そうしている間にも、彼の口にから揚げが運ばれてくる。
 ――何だか、いつにも増して世話を焼いてくれているような……。
「あの、本当に大丈夫だからね?」
「はい」
 笑顔のふしぎに、更に深い笑みを返す果林。
 死ぬほど心配をかけられたので、尽くしまくってお仕置きする! と決めて来た彼女。
 そもそもそれってお仕置きなのか? という疑問はこの際横に置いておく。
「天河様、ここのお酒は美味しいと評判ですよ、さぁさぁ♪」
「そ、そんなに飲んだら潰れちゃうよ」
「大丈夫です! その時は私が介抱しますからね♪」
「そういう問題じゃないと思うんだけどー……」
「私のお酒が飲めないと。そうおっしゃるんですね?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「んふ♪ 良いお返事です。では良い子の天河様にご褒美ですよ♪」
 軽やかな動きで立ち上がった果林
 バイオリンを携え、静かな音色を奏でだす。
「この音色、とても心地良い……」
 呟く彼の目の前には、果林の曲に合わせるように、ひらりひらりと舞い落ちる桜の花弁。
 ふしぎは夢心地で、なみなみと注がれた酒に口をつけた。


 立ち並ぶ桜の大樹。
 その下には、無数に並ぶ酒瓶と、向かい合って座るユリア・ヴァル(ia9996)とニクス(ib0444)の姿――。
 ――今2人は、自分の人生において最大、最強の敵を迎え、己の人生を賭けた決闘へと赴いていた。
「……もう限界かしら、ニクス?」
「いーや。まだまだ。ユリアこそ大丈夫なのか?」
「当たり前じゃないの」
 白いしなやかな指で杯を持ち、ころころと笑うユリア。
 黒い色つき眼鏡に隠れて表情は分かりにくいが、ニクスにもまだ余裕が見える。
 ……2人が何をしているかというと、端的に言えば飲み比べである。
 それが、何故『己の人生を賭けた決闘』になるのかと言えば……敗北者に提示された条件が『1つだけ、勝った方のいう事を何でも聞く』というものなのだ。
 そう、負けたらあーんなことやこーんなことをされても文句は言えない。
「それにしても、私に勝負を挑むなんて良い度胸よね〜」
「強敵ほど挑む価値があるというものだろ」
「私が酔わないの知ってるでしょうに……」
「勿論知ってる。が、負けるつもりはないぞ」
「あーら。私だって負けないわよ?」
 軽口を叩きあいながら、ゆったりと酒と桜を楽しむ2人。
 そこへひらり、と花弁が舞い降りる。
「……ねえ、ニクス。桜の花びらのおまじないを知ってるかしら?」
「ああ。桜の花びらを地面に落ちる前に掬えると願いが叶う……そんな言い伝えがあるらしいな」
「折角だしやりましょうよ」
「ああ」
 ユリアの手を取り、立ち上がるニクス。
 風に舞う花弁。
 動きが読みにくいそれも、百戦錬磨の開拓者である彼らにとっては難しいことでもなく、ユリアは流れるような動きで捕まえる。
 手の中の花弁。2年前のそれには、ニクス『だけ』の幸せを願った。
 今は――違う。彼と『一緒に』幸せになりたい。
 ……私も変わったわね。
 自分を変えた原因をふと見ると、穏やかな顔で目を閉じていて――。
「ねえ、ニクスは何を願ったの?」
「……ずっと、共に一緒に居られる様に、とね」
「まあ。大きく出たわね。……一生一緒にいるには奇跡が必要よ」
「奇跡か。そうだな……でも」
 ユリアと共にいる為なら、どんなことでもできる。
 奇跡すら、起こせると。
 そう確信してる。
「奇跡を、起こしてみせて」
 ユリアの甘い声。それが彼女の願いなら。
 願いを現実とする為に、前へ――。
「……ところで、ユリアは一体何を願ったんだ?」
「ヒミツ。さあ、勝負の続きをしましょ」

 それから数刻の後。勝負に決着がついた。
「んー。何をお願いしようかしら。女装がいいかしら……」
 くすくすと上機嫌で笑うユリア。
 その言葉に、ニクスは従う覚悟を決める。
「女装か。仕方ない……」
「冗談よ。……キスしてくれる?」
 可愛らしく小首を傾げて、彼を見上げるユリア。
 ものすごい罰を申し渡されると思っていたニクスは虚を衝かれるも……すぐに笑顔になって。
「……何だ。勝っても負けても結局することは同じか」
「え? どういう……」
 ユリアの言葉は最後まで続かず――。
 桜の樹の下で、2人の影が長いこと重なっていた。


「計都姉、これでお酒足りる?」
「バッチリですよ〜♪ 怜くんには桜湯を買いましたよ。一緒に飲みましょうね〜♪」
 にこにこ笑顔で寄り添う叢雲 怜(ib5488)と計都・デルタエッジ(ib5504)。
 立ち並ぶ桜はどれも見事で、どこにしようか悩んでしまったけれど、2人一緒ならそれも楽しい。
 2人で見つけた場所で飲むのは、もっと嬉しい。
 ――花見なんて口実で、計都姉と一緒なら本当はどこだっていいんだ。
 そんな本音は胸にしまって、怜は計都の杯に酒を注ぐ。
「計都姉、あのね。この間さー」
「うんうん、何かな〜?」
 様々な話を、身振り手振りつきで話しながら、お酌をしてくれる怜が可愛くて可愛くて。
 計都は手にした盃を一気に呷る。
「ねえ、何だかいつもよりお酒減るの早くない?」
「ふふ、怜くんがお酌してくれるからでしょうか〜。ちょっと普段よりピッチが早いかもしれませんね〜」
「え。大丈夫なの? 桜湯飲んだ方がいいかもだぜ」
 あわあわと自分の桜湯を差し出そうとした怜。
 ふと顔を上げると……目に入るのは桜色。
 計都の上気した艶っぽい頬。月に照らされた桜――。
 2つの桜が重なって、なんて綺麗なんだろう……。
「私の顔に何かついてますか〜?」
「えっ。いやあの。見惚れてたとか、その……」
「んも〜! 本当可愛いんですから〜♪ んふ♪ 甲斐甲斐しくお世話してくれる良い子に、ご褒美をあげましょうね〜♪」
 ご機嫌な計都にわたわたと慌てる怜。
 彼の視界が再び桜色に支配された途端、唇に柔らかいものが触れる。
 暖かくて甘くて、ちょっとお酒の味がする唇に心臓バクバク。怜はうっかり呼吸の仕方を忘れてしまい……唇が離れた時には、窒息する寸前だった。
「け、計都姉……あの」
「……うふふ、怜くんったら赤くなっちゃって〜、本当可愛い〜♪」
「わぷっ」
 ようやく呼吸ができるようになったと思ったら抱きしめられて、結果、計都の豊満な胸に顔が埋まって、また窒息寸前。
 そんな怜の頭を撫でて、計都は耳元で囁く。
「大好きですよ〜、怜く〜ん♪」
「ん。……俺も計都姉のこと、大好きなのだぜ」
 頭クラクラ、心臓バクバクの中、やっとの思いで自分の気持ちを伝えた怜。
 ドキドキドキドキ……。
 聞こえて来る早い鼓動。自分の心臓の音ではない、これは――。
「あ……。計都姉もドキドキしてるんだね……」
「あは♪ 分かっちゃいました? 大好きだからドキドキしちゃうんですよ」
 そう言う計都に応えるように、身体に腕を回した怜。
 ドキドキしているのが自分だけじゃなくて、ちょっと安心したけれど。
 ――この顔の火照りだけは、当分治まりそうになかった。


「ここの地酒、すごい美味しいわね」
「そうだろ。分かってくれて嬉しいぜ!」
「姉ちゃん、その酒にはこの塩辛が合うんだぜ」
「んん! ホントだ! 美味しい〜!」
 屋台を回り、お酒を飲んでご機嫌なエルレーン(ib7455)。
 ここに来てから、こんなやり取りを、数えきれないくらい繰り返している。
「ぬっ。……あいつは!」
 そこに通りかかったのはうさぎのぬいぐるみを背負った長身の男、ラグナ・グラウシード(ib8459
「うさみたん、奴だ……これは見逃せん!」
 背中のうさぎのぬいぐるみに話しかける彼。
 が、うさみたんは何も答えない。
 いいんだ。分かっているとも。うさみたんと俺の仲だもの。
 今日こそエルレーン殴っていいよね。ね。
「と言う訳だエルレーン! ここで会ったが百年目! 今日こそ師匠の仇を取っ……」
「あはぁ? らぐな? なに?」
「……何かお前、目つきおかしいぞ」
「そんなことないわよう」
 そういうエルレーンの目は明らかに座っている。
 ヤバい。これはヤバいよ。ピンチだようさみたん!
 ラグナの野生の勘がビリビリと危機を伝えて来る。
 戦略的撤退! と踵を返すも……背中をむんずと掴まれて動けなくなる。
「いい年してぇ、うさぎちゃんなんかせおっちゃって……」
「ああぅ。やめてぇ! うさみたん返してえ!」
「なんなら私がおぶってあげようかあああああ」
「いやああ! ゆるしてええ! 俺のアイデンティティがあああ!」
「っていうか、あんたなんなのよ! この村の人たちがこんなにいいお酒作ってくれてるのにうさぎうさぎって!」
「あ。やめて。振り回さないで。うさみたんもげる。マジでもげちゃうから」
「もうしわけないと思うならちょっと働いてかえしなさいっつーの! で、その金で酒かってもってこい!」
 うわあ。なんという理不尽! なんという無常!
 しこたま飲んで、酒乱無双状態の彼女に良識は通用せず。
 うさみたんを人質にとられている以上、手も足も出ません!
「くそ、卑怯だぞ! 正々堂々と勝負しろ!」
「うるさいなー! おじさーん。ちょっとこいつがっつり働かせてやってー」
「え。えええええええ!?」
 どうなるラグナ!? うさみたんの行方は!?


 空に浮かぶ月。その光で、桜が少し青みがかる。
 その光景がまた、何とも言えず風流で――。
「夜桜を肴に呑むなんざ最高の贅沢さね」
「そうですね……」
 天を見上げる島原 左近(ic0671)の横で、手際よく準備を進める暁 久遠(ic0484)。
 持参した重箱には、おろした山芋を海苔に塗って揚げた精進うなぎ、枝豆、空豆、根菜の煮物、青菜の胡麻和えと山菜の天麩羅と、酒に合いそうな食材がずらりと並んでいる。
「精進料理ばかりで申し訳ありません。曲がりなりにも僧ですので」
「いやいや。気にせんさ。旨けりゃそれでいい。早速飲もうか」
 そう言って、酒樽から升に酒を注ぐ左近。久遠はそれを恭しく受け取る。
「この酒はな。『修羅殺し』って言うんだ。美味いんだぜ」
「有難く戴きます。……本当だ。美味しい」
「だろ。この辛口の酒にまたこの鰻モドキが合うこと……」
 互いが持ち寄った品に舌鼓を打つ2人。ふと、久遠が左近の横にある酒樽に目をやり、苦笑する。
「……それにしても、いくら島原さんがウワバミだからって樽酒は持ってき過ぎだと思うんですが?」
「大丈夫だ。おっさん、これくらいなら普段は一人で空けちまうんだぜ」
「さすがにそれは飲みすぎですよ」
「なんだよ。細かいこと気にすんなって。……そういうとこ、本当おっさんの死んだ弟そっくりだな」
 肩を竦めた左近に、驚いた顔をする久遠。
 左近は升に口をつけたまま、どうした? という顔をする。
「いえ、私にも亡くなった兄がいまして……島原さんにそっくりなんです」
「ほう? 面白いな。聞かせてくれよ」
「はい。兄は本当に島原さんにそっくりで……大酒飲みなところも、大雑把なところも。……島原さんを見ているとちょっと心配になります」
「どういう意味だい、そりゃ……」
 ジト目を向けて来る左近に、久遠は何でもありませんよ、と笑い。
 左近はふと遠い目をする。
「そういう事を言うところも死んだ弟そっくりなんだよな。……弟はおっさんと違って生真面目でなぁ。よくだらしないって叱られたもんさ……」
「ああ、弟さんのお気持ち、よく分かります」
 左近には、亡くなった弟が。久遠には、亡くなった兄がいて――。
 その亡くなった兄弟がお互いに良く似ているなんて――偶然とはいえ不思議なものだな、と2人は思う。
「案外、青年の兄貴とおっさんの弟と、あの世でよろしくやってるかもしれんぜ? だから青年……久遠もおっさんの事、『島原さん』だなんて他人行儀でなく名前で呼んじゃくれないかい?」
「……分かりました。でも、敬称をつけるのはご容赦下さいね。年長者を呼び捨てにするのは主義に反しますので」
「久遠、変なトコ真面目なのなー……ま、いいや」
 乾杯しよう。この不思議な偶然に。
 乾杯しよう。亡くなった互いの兄弟の為に――。
 月と桜は、酒を酌み交わす義兄弟達を優しく見つめていた。


 昼の桜も綺麗だけど、夜の桜も綺麗。
 暗い色に淡い色の花が映えて、とても美しいと、ナジュム(ic0198)は思う。
「すまん。待たせたか?」
 桜の樹の下。月城 煌(ic0173)の声に振り返ったナジュム。
 ふるふると首を振って、彼の元に歩み寄る。
「これ買ってたら遅くなっちまった。酒もいいが、こういうのもいいだろ。ほら、食うか?」
 そういう煌が口元へ持って行ったのは桜餅。
 彼の突然の行動に、ナジュムはビクッとなりながらもお礼を言い、ちょっと考えながら続ける。
「よ、夜の桜は……す、すごく綺麗なんだよ……し、神秘的だ……。砂漠もそ、そうだけど……ぼ、僕は……夜が好き、だな」
「そうか。俺も夜桜好きだぞ」
 しどろもどろのナジュムに、普通に受け答える煌。
 続く沈黙。桜餅を齧りながら、煌はナジュムを見つめる。
「そういや、おまえは優しさなんかいらなかった、と言ったよな。どーいう意味か、聞いていいか?」
「僕にとって……優しさはね……。とても、残酷なものなんだよ……」
 それがなければ、ナジュムは一族から捨てられずに済んだ。
 否。捨てられた訳ではない。本当は、自分の為だったと解っている。
 優しさを捨てきれず、人の心が残っている自分には普通の生活をして欲しいと、一族の人間は願ったのだ――。
 でも。
「僕は、平気で人を殺せるし、殺す事に何も感じない……それが当たり前だったから」
 そんな人間に、優しさなんて必要ない。
 一族の人間と同じように、目的の為に生きて、目的の為に死ねればそれで良かったのに――。
「ナジュは、辛いのか?」
「え……?」
 煌の質問の意図が分からず、彼を見上げるナジュム。
 そんな話を聞いた後だというのに、煌はいつもと変わらぬ様子で続ける。
「ナジュは心のどこかで優しさを願ってるんじゃないのかな。そうでなければ、『要らない』とも感じない。……おまえは優しい子なんだよ」
「ち、違う。僕……僕は……」
 違う。違うと思いたい。でも上手く言葉にできない――。
「……変なこと言って悪かったな。お詫びに、聞きたいことがあったら何でも答えるぜ」
 そう言われて、また言葉に詰まるナジュム。
 少し悩んで、ずっと気になっていたことを口にする。
「あ、あの……コウがこの前言っていた……『忘れられるわけがない』って……何?」
「あー。その話、な。……俺は恩師を愛してた。……でもな、守れなかった」
 こんなことになるのなら、何を言われても、約束を破ってでもアイツを護れば良かった。
 アイツは『死なない』と言ったのに。約束を破って死んで――。
 だから。約束を破るのも、破られるのも嫌いだ。
「愛した女はな、忘れられねぇもんなんだよ……」
 笑おうと思って失敗したのか、煌の顔が歪む。
 彼の告白を、ナジュムは穏やかな気持ちで聞いていて――。
「コウ……。僕は、どんな君も受け入れるよ」
 どんな過去があろうと、コウはコウだ。それは変わらないから。
 でも、絶対の約束は出来ない。
 『絶対』なんて、この世にありはしないのだから。
「それでも、約束に約束を重ねて絶対に近づける事は出来る……そう思うんだよ」
「そうか。こりゃあナジュに一本取られたなー」
 彼女の言葉に、自然と笑顔になる煌。
 近くの樹に腰かけて、ナジュムを手招きする。
「折角ここまで来たんだ。湿っぽい話は程々にして桜も見ようぜ」
 煌の言葉に、彼女は黙って頷いて。
 桜を見上げて、優しい沈黙が続く――。


 どこまでも続く桜並木。ところどころに設置された松明と月明かりが、桜を仄かに浮かび上がらせている。
「ねえ、棕櫚。確かに屋台で美味しそうなものを見繕おうとは言ったよ。でも、こんなに買って食べ切れるの!?」
「だいじょーぶ。おーい。すれだー。お弁当くれー」
 両手いっぱいの軽食に冷汗を流すヒビキ(ib9576)と、花より団子で着いて早々お弁当を要求する棕櫚(ib7915)。
「もう食べるですか? いいですよ。ちょっと待つです」
 そういうスレダ(ib6629)が出して来たのは、サモサにパラーター、温かいチャイ……。
 彼女の故郷の料理らしい。珍しい料理に、ラビ(ib9134)は目を輝かせて。
「美味しそうだね〜!」
「ちっと癖があるかもですが、美味しいですよ。遠慮なく食べると良いで……」
「いっただっきまーす」
 スレダが言い終わる前に、お弁当に飛びつく棕櫚。ヒビキはまたでっかい冷汗を流して。
「そんなに慌てなくても誰も取らないってばー」
「んむぐぐっ、すれだの持ってきたこれ美味いなっ!」
「そう? なら良かったですよ」
「うん。スパイス効いてて美味しいね〜。あ、そうだ」
 思い出したようにぽん、と手を打つラビ。ガサガサと荷物を探ると、可愛らしくラッピングされた袋を出す。
「これはジルべリアのお菓子で『ワッフル』って言うんだ。良かったら、皆で食べよっ!」
「むぐぐ。それも美味そうだなー」
「早速戴くですよ。1つくださいです」
「おいらにもちょうだい。あ、棕櫚、屋台で買ってきたモツ煮込み食べるー?」
「食べるー!」
 和気藹々と、仲間達と囲む食卓。
 スレダはふと、桜を見上げる。
「桜は去年に一度だけ見たですが……本当に綺麗ですね」
「うん。サクラってジルべリアには無いから、凄く不思議な感じ……」
「これだけ沢山咲いてるのはなかなか見られないよね」
 その横で、ラビとヒビキも桜を愛でて……。
「そりゃっ、桜吹雪の術だー!」
 ばさばさばさっ。
「ぎゃああああ!?」
 悲鳴に驚いて振り返ると、桜の花びらまみれのスレダの姿。
 どうやら、棕櫚が集めてきた花弁をぶっかけたらしい。
 スレダは青筋を立ててぷるぷると震えて……。
「こ、この……っ。棕櫚っ! 待ちやがれですっ!」
「やだよーん! ヒビキもくらえー」
「わあああああ」
 逃げ出す棕櫚に、桜の花びらで埋められたヒビキ。
「わわっ! 皆、そんなに暴れたら危ないよ!?」
 ラビはちょっと困ったように眉根を寄せ、埋もれた仲間を助けようとして……今度は自分が埋められる。
「れ、レダちゃんちょっとー!?」
「ふふん、油断してるのが悪いんです。覚悟するですよ」
 空から、地面からも花弁が舞う。
 『桜吹雪の術』はいつまでも続いて――。

「……はぁ、私も何やってるですかね」
 らしくないことをしてしまったとぼやくスレダに、ラビはにこやかな笑顔を返す。
「でも、レダちゃん楽しそうだったよ」
「……うん。偶にはこうして遊ぶのも悪くはねーですか」
「でも、風邪は引かない様に、ね」
 なかなか見られない彼女の年相応の笑顔。
 ラビはちょっと照れくさくなって……スレダの首にマフラーを巻いて誤魔化した。
「ねー。皆。たこ焼き買いにいこ」
「まだ食べるの?」
 屋台に向かう棕櫚を慌てて追う仲間達。
 淡い月明かり。提灯の灯りに照らされた夜桜。
 それを見る彼女の横顔――。
 ――誘って良かったな。
 そんなことを思うヒビキだった。


「Lちゃーん。Cちゃーん。お茶の用意が出来たわよ〜。さあ、お菓子は何かしらっ」
「はーい。キャンディボックスとワッフルセットを持ってきました!」
「私は手作りクッキーです」
 にこにこ笑顔のカルマ=E=ノア(ib9925)に、笑顔を返すカルマ=L=ノア(ib9926)とカルマ=C=ノア(ic0002)。
 ……何だか似たような名前が沢山並んでいるが。
 彼女達はとある組織に所属している為、所属者共通の「カルマ=ノア」を名乗っている。
 それゆえ「カルマ」と呼ばれると全員振り返るという不具合が発生するため、基本個人を識別するミドルネームで呼び合っている。
 ここでも、彼女達のことは、ユーニス、ラリサ、クレアと呼ぶことにする。
 枝垂れた桜に、丸い月を眺めながらのお茶会。
 話題はというと、専ら彼女達の師匠の話で――。
「うちのセンセには本当に『紳士』っていう言葉がよく似合うと思うわ。物腰も丁寧で上品で……何より、一緒に居て落ち着く人なのよね〜」
 ぽっと頬を染めるユーニス。分かる分かる! と言いたいのか、ラリサとクレアは首を縦にカクカクと振っている。
「うちの師匠は全然変な人じゃないですし、何よりすごく優しい人です! 私を助けてくれたし、いつも私の失敗を大丈夫だよって言ってくれますし、優しく撫でてくれるし、あったかく包んでくれるし……」
 それから、それから……と思いつく限りを羅列しようとするラリサを、零れんばかりの笑顔で見守るユーニス。
 クレアは考え込むと、ちょっと苦笑を浮かべる。
「……師匠は、もう少しお酒を控えていただけると嬉しい、ですね。倒れられても心配もしますから」
「そうね。センセに倒れられたらあたし生きていけないわ」
「そーですよねー」
「「「ねー」」」
 ……何だか、お師匠自慢というよりは旦那様の惚気大会に聞こえなくもないが、まあ、本人達が幸せそうだから良しとする。
「……師匠と一緒に居られる事は私の幸せです。もちろん、ラリサちゃんや、ユーニスさん、皆と一緒に居られる事も」
 目を閉じて、しみじみというクレア。ラリサもはい! はい! と挙手をして続ける。
「あ、私、クレアさんのことも大好きなんですよ? 優しくて、ちゃんと叱ってくれて、本当のお姉さんみたいで……あ、あと! 師匠の事を話してる時のクレアさん、とても表情が優しくて、大好きですっ」
「いやーん。2人ともやっぱり素敵な子ねー。お師匠様が羨ましいわ」
 2人に褒められて、クレアはあわあわと手を振って、顔を赤らめて続ける。
「……えっ。あの……わ、私を、褒めても、何も、出ませんよ?」
「そんなことないわ〜。手作りクッキー出してくれたじゃない。ねえ? Lちゃん?」
「はい! そうですよね! ユーニスさん!」
 うふふふ、と笑い合うユーニスとラリサ。クレアは耳まで真っ赤で――。
「あ、そうそう。あのねえ。この間うちのセンセったらねえ……」
「えええ! すごいですね〜!」
「それから、それから??」
 満開の桜の下、彼女達の女子会は、まだまだ続く。


「夜桜って、すごく綺麗……うん、お酒がすごく美味しくなるわね♪」
「そやね♪」
 桜の樹の根元に茣蓙を敷き、並んで座る紅 竜姫(ic0261)と白葵(ic0085)。
 そこからちょっと離れて座るジェラルド・李(ic0119)は、何だか不満そうな顔。
「俺は一人で飲むつもりだったんだがな……」
 誘いを断りでもすれば、今の3倍は騒がしくなることは目に見えている。
 それに付き合うくらいなら、今付き合った方がマシというものだ。
「ジェリー、お酒足りてる〜?」
「いい加減に……ジェリーと呼ぶなっ!」
 懲りない竜姫に怒鳴りつけたジェラルド。何故か、隣に座っている白葵のケモノ耳がぺたーんと寝てしまっていて……。
「す、すんまへんすんまへん」
「何でお前が謝る!」
「すんまへんすんまへんすんまへん」
「ジェリー……か弱い女の子いじめちゃダメよ?」
「誰がだ! そもそもはお前が俺をジェリー呼ばわりしたからだろう!」
「あはははは。そっかあー」
 一事が万事この調子の竜姫に、ジェラルドはガックリ肩を落とす。
「あー。お前達はもう少し静かに飲めないのか……? 飲むのに邪魔だ。絡んでくるな」
「えー。ひどーい! 前、『暴走しそうになったら俺が止めてやる』って言ってくれたのにぃ。嘘だったのー?」
「あ、あれはだな……!」
「あは、今日も竜姫さんは元気やなー♪」
 ぎゃーぎゃーと言い合う竜姫とジェラルドを、嬉しそうに眺める白葵。
 白葵は、この2人が好きだ。
 彼女の音のない世界を、賑やかにしてくれるから。
 音がないのは嫌い。怖い。人と一緒にいたい。
 でも、嫌われるのも怖い――。
「……白は、此処におって、えぇんやろか……」
 誰に聴かせるわけもなく落ちた花弁を握りしめ――。
「……白葵ちゃん、大丈夫? 飲み過ぎちゃった?」
 聞こえた優しい声。顔を上げると、竜姫が心配そうにこちらを見ている。
「あ……ちゃうんや。ちーとばかし、考え事してたんよ」
 あははは……と笑って誤魔化す白葵に、ジェラルドがムスッとしたまま瓶を差し出す。
「じぇらるどさん……?」
「これは『桜火』と言ってな。お前でも飲める酒だ。飲んでみろ。……ああ、酔い潰れるほど飲むんじゃないぞ。俺は面倒見ないからな」
「とか何とか言っちゃってー。ジェリー優しい〜!」
「黙れ!」
 再び始まる言い合い。
「……おおきに」
 ぽつりと、呟く白葵。
 2人なりに、自分を気遣ってくれている。
 ――こんなこと言ったら、じぇらるどさんは怒るかもしれへんけど。
 ひょっとしたら、白は独りではないのかもしれへんな……。
 見上げれば、空には月、天には桜――。
 人はこんなにも暖かく、世界はこんなに美しい。
 久しぶりに、心に充足感を感じる白葵だった。


 桜の樹の下に、一際大きな茣蓙。
 9人が集まっているそこからは、パエリアを炊くいい香りが漂う。
「えー。騎士団を再結成してから間もありませんでしたが、合戦では以前の如く力を合わせて隊を挙げた貢献ができました事、喜ばしく思います。未熟な私の下に再び集って頂いた貴殿らに感謝を」
「合戦お疲れ様でした、乾杯!」
「乾杯!」
 エリス・サルヴァドーリ(ic0334)とトラムトリスト(ic0351)の音頭で、騎士団の宴は開幕した。
「みんな、料理あるよ。パエリアはもうちょっと待ってね」
 料理上手と名高いリーシェル・ボーマン(ic0407)。
 様々な食材を挟んだサンドイッチに、カルパッチョ、生ハムの薄切り等がずらりと並べられて、仲間達から歓声が上がる。
「厨房係が板についているリーシェル卿の料理と酒、と来ればまさに鬼に金棒、騎士にシールド、と言った所でしょうか」
「私、料理はからっきしですが……楽しみです」
 そんなことを話ながら、エリスとトラムトリストは飲み物を並べる。
「……月に桜とは。これが、風流ってやつかな?」
「昼の桜も綺麗だが、これはこれでまた雅なものだ」
 桜の花弁に触りながら言うカルツ=白夜=コーラル(ic0360)に、頷くセージ(ic0517
「騎士団の皆とこうして花見ができるのはいい事、かな♪」
「最近は忙しすぎたからな、今日くらいは息抜きしたい所だ」
 ヴァレス(ic0410)とレオニス・アーウィン(ic0362)のセリフは、ワハハハハハハ! というガラード ソーズマン(ic0347)の豪快な笑い声にかき消される。
「夜桜を見ながら美味しい物を食べれるとは、幸せですな〜!」
「ガラ様。それ脱がないんですか?」
「ん? うむ。これは私の身体の一部ですからな!」
 システィナ・エルワーズ(ic0416)の言う『それ』とはガラードの頭を全面的に覆う兜のことである。
 酒を飲もうが食事を摂ろうが脱ごうとしない……というか、この格好で飲み食いできることの方が不思議だ。
 身体の一部と言われて妙に納得してしまいそうになるのが恐ろしいところである。
「ガラ様の飲食が間近で拝見出来るとは大変興味深いですね……」
 観察メモでもつけかねない勢いでガン見するシスティナ。
 ガラードはそれを全く気にする様子もなく豪快に食事を続けている。
「あ。そういえば、レオニス様の怪我の調子はいかがですか?」
「ああ、大分いい。ありがとう」
 気遣いを見せるシスティナに礼を返すレオニス。
「はい、みんなー。パエリアできたよ」
 そこに聞こえるリーシェルの声。
「ワハハハ!」
「ガラ様、笑うか食べるかどっちかにしたらどうですか? トリス様はお酒足りてますかー?」
「大丈夫ですよ。システィナ殿、君こそ何か飲んだらどうですか」
「カルツ殿とセージ殿も一献どうだ?」
「ああ、ありがとう」
「レオニス、これは忝い」
 そうしている間にも仲間達の酒はどんどん進み。
「……太陽にも月にも似合う花、か。どの光にも、違う顔を見せるなんてまるで女性のようだね……」
 桜の花を撫でながら目を細め、静かに自嘲するカルツ。
 すると、今まで静かだったエリスがすくっと立ち上がる。
「カルツ殿、いちいち台詞がくさいですよ!」
「うわあ。エリス自重してー」
「システィナ殿うるさいです。料理が苦手で何が悪いんですかー!」
「そういえばエリス殿は絡み酒だったか……?」
「止めないといけませんかね……」
 ひそひそと話し合うレオニスとトラムトリスト。システィナは必死に止めているが、エリスの暴走は止まらない。
「レオニス殿とトリスがそんなに仲良しとは知りませんでした! 深い仲ですか!? はい、セージ殿! ヴァレス殿に絡まないで下さい!」
「まだ何にもしておらん!」
「ガラード殿の目はどこについてるんですか? あはは、全部金属みたいですね」
「エリス、ガラ様の兜叩いちゃダメ!」
「ワハハハハ! 愉快愉快!」
 だんだんと混沌と化してきた騎士団宴会場。
 ふと気が付くと、ヴァレスとリーシェルの姿がなく――。


 喧騒を外れた静かな夜。
 ヴァレスは1人草の上に転がって、桜と月を見上げていた。
「ん、こういうのもまたいい♪」
「……見つけた。なにやってるの、こんな所で」
「と、リーシェルじゃない。こんなところにきて大丈夫?」
「これはこっちの台詞よ。……皆と食べればいいのに。ほら、酒に合うよ?」
 呆れたように呟いて、酒の肴を差し出すリーシェル。
 それを見て、ヴァレスは嬉しそうな笑顔を見せる。
「ぉ、肴もってきてくれたのか♪ 助かるよ、食べ物も欲しかったからね♪」
 どこまでもマイペースな彼。リーシェルは隣に腰かける。
 続く沈黙。
「ヴァレス?」
 呼びかけに応えず。聞こえたのは、規則正しい寝息――。
「全く……風邪を引いてしまうよ?」
 ぶつぶつ言いながらも、彼女はヴァレスの頭を己の膝に乗せる。
「むにゃ……や〜らかいな……」
 幸せそうな彼の寝顔。
 本当に、この男は……良く分からない。
 嬉しいような、困ったような。そんな複雑な気持ちで、リーシェルはヴァレスの頭を優しく撫でた。


「やっと寝たか……」
 茣蓙の上、すやすやと寝息を立てる暴君エリスにそっと自分のマントをかけるレオニス。
「いやもう、エリスが本当すみません……」
「いやいや面白かったであるよ? 気に病むことはない。ワハハハ!」
 謝るシスティナを慰めるガラード。
 普段毒舌のシスティナがこういう殊勝な態度になるということは、相当飲んでいるということだ。
 それが分かっただけでも面白くて、ガラードは兜の奥でにんまりと笑う。
「さて、宴も終盤ですが……もし迷惑にならぬようでしたら即興で一曲、何か奏でましょうか」
 竪琴を手に微笑むトラムトリスト。
 それに仲間達は拍手で応える。
「分かりました。セージ、薙刀の型をお願いできますか。合わせて曲をつけましょう」
「む。そうか。ではやるとするか」
 薙刀を持ち、キレのある演武を披露するセージ。
 それに合わせて、静かに、時に激しい曲が桜に吸い込まれて――。


 持ってきたお弁当が全て売れ、桜を見に行くという3人を送り出し、真夢紀は、再び茫然としていた。
 弁当代として手元に残った文が、予想以上に多かったのである。
 お弁当自体は村人にとても好評で、それは良かったのだけれど。
 観光に来て儲けてしまうのはどうなのかと思う。
「……よし。パーッと使って、この村に還元しちゃいましょう」
 儲けた文を持ち、真夢紀は屋台へと走る。


「咲き誇る桜も綺麗だけど……舞い散る花弁も綺麗」
 柚乃は村の中で一番綺麗だと思える桜の樹を見つけ、根元にやって来ていた。
 桜を見守る桜の精霊っているのかな……。
 そんなことを考えて、『心の旋律』を紡ぐ柚乃。
 見事な桜を見せてくれた事へ、感謝の念を込めて――。
 癒しのひとときを満喫する柚乃だった。


 アルーシュは、1人ぼんやりと景色を眺めていた。
 夜風の冷たさ。冴える月。灯りが柔らかく照らす桜 風に揺れる花の音。
 静寂と賑わう人々の声……感覚を静かに研ぎ澄まし、自然の中に身を置く。

 今回の戦の中で私は何がしたくて、何が出来たのでしょう……。
 無力だけでは言い表せないものが、胸のつかえのように残っている。

 桜を見ていたら、それが消えて行くような気がして――。

「……歌?」
 桜の樹の上で、1人静かに盃を傾けていた凪沙。
 遠く近く聞こえるその声が心地よくて、静かに目を閉じた。


 冴えわたる月光。舞い散る花弁がゆらゆら優しい風に舞う。
 桜の木々が雲のように連なる様を、開拓者達はいつまでも見つめているのだった。


 余談。ラグナは結局ボロ雑巾になるまで働かされたらしいです。
 武士の情けでうさみたんは返って来ました。