銀泉の菊花祭 ―秋空―
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 19人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/24 10:39



■オープニング本文

●嫡男の試練
「……さて、隼人。今日と言う今日は決めてもらうぞい」
「いや……あの」
 何枚もの見合いの姿絵を手にずずいっと迫って来る嫗に、後ずさりをする星見 隼人(iz0294)。
 思いっきり目を反らす孫息子に、星見家当主、星見 靜江は深々とため息をつく。
「なんじゃ。何が気に入らんと言うのじゃ。どのお嬢さんも家柄も問題なし、おぬしには勿体無い程の器量良しじゃぞ?」
 ――そもそも、見合い自体気が進まないと、以前から何度も申し上げているのですが……。
 隼人のボヤきは、靜江の荒い鼻息でかき消される。
「当家の嫡男が賞金首、神村 菱儀討伐の先導をした話も国内外に広く伝わっておる。今が売り時なんじゃよ」
「ですから、あれは開拓者達を手伝った成り行き上の話で、俺自身は何もしてませんよ……」
「成り行きでも、『良い話』が出回っている事実が大事なのじゃ。ホレ。分かったら今すぐ選べ」
 ずいずいと迫る靜江にじりじりと後退する隼人。
 後ろは扉。もう逃げ場がない……! と思ったその時、ガラガラと音を立てて扉が開いた。
「隼人様ー。ちょっと宜しいですかー? 菊花祭のことでご相談が……」
「お、おう。どうした? すみません、当主。ちょっと失礼します」
 申し訳なさそうに現れた昭吉に真面目な顔を作る隼人。
 少年を伴い、いそいそと席を辞すると、彼は深々とため息をつく。
「……すまんな。助かった……」
「いえ。用事があったのは本当ですし……お話の邪魔しちゃいましたね」
「いやいや、問題ないぞ」
 疲れた顔をしている隼人にくすくすと笑う昭吉。
 ――亡き主も恋人がいない人であったが、後見人も女性に苦労しているようで……。
 とても優しい良いひとだと思うのに、どうしてなのか……と首を傾げる。
 女性がお嫌いと言う訳でもなさそうだし、出会いが少ないのだろうか。
 お見合いは嫌だと以前から仰っているし、お世話になっている隼人様のためにも、ここは僕が頑張らないと……!
 ぐっと拳を握り締める昭吉。

 そして。
「……姿絵がダメなのであれば、次の手を……じゃな。彰乃、用意はできておるか?」
「はい。ご当主様の仰せの通りに。では、実行に移りますか?」
「うむ。彰乃は良い子じゃの」
 クククと笑う靜江に深々と頭を下げる山路 彰乃(iz0305)。

 男心と秋の空。
 どう転ぶかは判らないけれど。逢ってみなければ始まらない。
 今年の菊花祭は、それぞれの思惑が絡み合っているようで――。


●銀泉の菊花祭
「銀泉の菊花祭を見に来ないか?」
「銀泉? 銀泉って、星見さんのお家があるところでしたっけ」
 隼人の声に身を乗り出す開拓者達。
 銀泉は、石鏡の国の三位湖南東にある街である。
 陽天と歴壁の中間地点に位置するため、物流や人の流れが活発で、街の中心に銀色に輝く泉があることからこの名がついたと言われている。
 また、その地を収めている星見家は、『石鏡の貴族五家』の一つで、『菊』の星見家という別称も持っている。
 その為か、銀泉では菊の栽培が盛んで、秋になると『菊花祭』を開催し、様々な人に今年の菊の出来栄えをお披露目する。
 菊花祭の間は、あちこちに菊の花が所狭しと飾られ、街中が菊で溢れかえり――。
 小さな菊を寄せ集めて作られた菊人形。大輪の菊。崖から垂れ下がるような形に仕立てられた菊などなど、街の人たちによって丹精こめてつくられた多様な菊を見ることができる。
 そして、観光客の為に沢山の露店が立ち並び、菊の花を使った料理が振舞われ、街の中心にある泉は夜になると色とりどりの灯篭と、沢山の菊の花で飾り付けされ、とても幻想的で――。
「菊の花かあ。なかなか良さそうだ」
 仲間達の言葉に頷きながら、どうしようかなと考える開拓者達。
 仕事の合間に、気の合う仲間達や恋人と、一人でまったりと。菊花祭を楽しむのもいいかもしれない……。
「瘴気の噴出事件があったりして、領民も落ち込んでいてな。皆が来てくれたらきっと喜ぶと思う。気が向いたら、是非足を運んでみてくれ」
 隼人の言葉に、頷く開拓者達。
 さわやかな秋晴れの空に、菊が薫る――。
 今年も菊花祭が始まろうとしていた。


■参加者一覧
/ 静雪 蒼(ia0219) / 静雪・奏(ia1042) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ニクス・ソル(ib0444) / 真名(ib1222) / 蓮 神音(ib2662) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / スレダ(ib6629) / 神座早紀(ib6735) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / ラビ(ib9134) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121) / ヴェルフェリア アルナ(ic1698


■リプレイ本文

 空は突き抜けるように青く。街は色とりどりの菊の花で埋め尽くされ、銀泉の菊花祭は今年も大盛況。
 忙しそうにくるくると働いている少年の姿を見つけて、リト・フェイユ(ic1121)と音羽屋 烏水(ib9423)の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「昭吉さん」
「あっ! リトさん! 烏水さん!」
 名を呼ばれて振り返った彼。手を振る友人達の姿に、ぱあっと笑顔になる。
「元気そうじゃの。飯は食ってるかの?」
「はい! お陰様で。お2人ともお元気そうで何よりです」
 にこにこと笑顔で会話する烏水と昭吉。リトも頷きながら、キョロキョロと周囲を見渡す。
「隼人様にもご挨拶したいんですけど、いらっしゃいます?」
「あー。今隼人様は、その……」
「どうしたんじゃ?」
「……お見合い相手から逃げ回ってる最中だと思います」
 言い辛そうにもごもごと口を動かす昭吉。
 それを聞いて、烏水はあー……と呟いて空を仰ぐ。
「そういえば以前にも聞いた覚えがあったかの……」
 彼の友人である星見 隼人(iz0294)はどうにも朴念仁というか、物事を真面目に考えすぎるように思う。
 それ故、見合いも気軽に……とはいかないのだろう。
 それが彼のいい所であり、悪い所であり……。
「んー……。私は彰乃さんがお似合いだと思うのだけど……」
「彰乃様は、別な方とお見合いされると靜江様が仰っておられましたよ」
「そうなんですか……」
 昭吉の言葉に少し残念そうな顔をするリト。
 貴族など名の知られた家は、国家や家同士の繋がりを強くする為に、婚姻と言う手段を用いる。
 家の存続というのは、色々難しい問題を孕んでいるのかもしれない。
「まあ、ここでこんな話をするのも何じゃ。どうじゃ、昭吉。ワシと一緒に遊びに行かんか?」
「えっ。いいんですか?」
「悪かったら誘いに来んわい」
「あはは。そうですよね。えっと、じゃあ僕、皆に出掛けて来る旨伝えて来ます!」
 烏水のツッコミにくすくす笑うリト。走って行く昭吉が楽しそうだし、以前より元気そうで、良かった……と、心から思う。


「ん? あれ、紫陽花ちゃんじゃない?」
「あら。本当ですね。紫陽花様!」
 往来を1匹でトコトコと歩くこもふらさまを見つけて声をかける蓮 神音(ib2662)と神座早紀(ib6735)。
 こもふらさまは2人に気がつくと、小走りでやって来る。
「神音と早紀もふー! 久しぶりもふー!」
「こんなところで1匹でいるなんて珍しいね。どうしたの?」
「隼人さんはどうされたんです?」
「はぐれちゃったもふよ。隼人、今日は何だか走り回ってるもふ」
 小首を傾げる神音と早紀に、不満そうに答える紫陽花。
 隼人が走り回っていると言うのは、噂で聞いた見合いの件だろうか……。
 早紀はため息をつくと、こもふらさまを抱き上げる。
「それは災難でしたね」
「早紀ちゃん。挨拶に行くんでしょ? ついでだし一緒に探してあげたらどうかな」
「そうですね……」
 神音の声に頷く早紀。違和感を感じて振り返ると、相棒の月詠が、般若の形相でこもふらさまを睨んでいる。
「月詠」
「……なんだよ」
「紫陽花様が困っているし、お手伝いしてあげましょうよ。ね?」
 主のお願いにプイっと顔を背けて、ずかずかと歩き出すからくり。
 早紀命の彼女は、どうやら先日紫陽花と2人で外出したことに立腹しているようで……。
「月詠ちゃん、今日はご機嫌ナナメだねえ」
 不思議そうな顔をしている神音に早紀は曖昧な笑みを返すと、深く深くため息をついた。


「はい。今日はお祭りに行くわよ。皆、はぐれないように保護者と手を繋いでね」
「はぁい」
 人妖三姉妹の前で、学校の先生よろしく引率をするユリア・ヴァル(ia9996)。
 それに素直に頷いたみいは、にこにこ笑顔で保護者役を買って出た兎隹(ic0617)と手を繋ぐ。
「好きな所に行っていいけれど、必ず保護者同伴でね。お土産もちゃんと保護者の許可を取ってからよ。帰ったら今日何が楽しかったか姉妹で報告し合うこと。分かったかしら?」
「わかりましたわ」
 こくりと頷くひいに満足気に微笑むユリア。
 黙ったままのふうに、竜哉(ia8037)が目線を向ける。
「……手、繋ぐか?」
「そんな恥ずかしいことしたくない」
「だろうな」
 肩を竦める彼。ふうはふわりと舞い上がって、竜哉の肩にボスっと音を立てて座る。
「これならはぐれないからいいでしょ」
「好きにするといい。……行ってみたいところはあるか?」
 竜哉の問いに、眉間に皺を寄せたまま首を振る彼女。
 彼はそうか、と短く答えると、気にする様子もなく歩き始める。


「お祭りは賑やかで良いわよね。楽しみましょう♪」
 笑顔で己の手を引くユリアに、困ったような笑みを返すひい。
 ニクス(ib0444)はその様子に違和感を感じたのか、首を傾げる。
「浮かない顔だね、ひい」
「ニクス様。いえ……その」
「ニクスでいいよ。こういう場所は苦手かい?」
「そういう訳ではないのですが……」
 ニクスの優しい声に、申し訳なさそうな顔をするひい。
 ユリアはそっと夫の腕を取って、2人を見つめる。
「この子、お祭りは初めてなのよ。ね、ひい?」
「はい。わたくし、主様にお仕えするのが仕事で……こういう場に出たことありませんでしたので」
「そうか……」
 呟くニクス。妻が肩入れしている人妖達について、彼はあまり知らないが、ここに至る経緯は聞いている。
 知っているのは主の都合の良いことだけ。それ以外は何も知らない。
 本人達にその自覚はなかろうが、過酷な状況で生きて来たのだろう。
 せめて、彼女達にはこの世界で色々なものを感じ、生きてほしい。きっとそれが、ユリアの願いでもあるだろうから……。
「……ユリアはニクス様の妻と仰っておられましたけど、『妻』って何ですの?」
「俺の全てだ。一番好きで大事な女性だよ」
 ひいの問いに微笑むニクス。人妖はこくこくと頷いて2人を見つめる。
「わたくしにとっての主様みたいなものでしょうか」
「……あー。それとはちょっと違うかな。俺はユリアに仕えている訳ではないから」
「そうね。私達は夫婦って言うのよ」
「夫婦って何ですの?」
「単純な意味は、人同士が出会って結婚することよ」
「主従関係と違って、対等な関係なんだ」
「結婚って……?」
「そうねえ……。2人で一緒に生きて幸せを倍に、悲しさを半分にすることかしら」
「お互いを尊重して……一生守り抜くこと、かな」
「……素敵な関係なんですのね。己の罪も正しく理解せぬわたくしには……」
 俯くひいを抱えあげたユリア。彼女の言葉を遮るように、人妖の小さな額をちょん、とつつく。
「……今日は難しいことはなしよ、ひい。気になる場所はどんどん行きなさい。逃すと一年、悔やむ事になるわよ? 」
「毎日悩んでいたら疲れてしまうぞ。息抜きも必要だ」
「でも……」
 頷くニクスに戸惑いを見せるひい。ユリアはぎゅっと彼女を抱きしめると、ひいに菊を見せる。
「ほら、ひい。菊にも色々あるでしょう?」
「本当ですわね。大きいのから小さいのまで……」
「どんな色の菊があるか見て、私達に教えて頂戴」
 くるりと方向転換させられた人妖。ユリアに促され、ふわりふわりと菊の方へ飛んでいく。
「……ニクス。付き合ってくれてありがと」
「いや、構わないよ。デートもいいが、子連れも悪くない。しかし、改めて聞かれると難しいものだな」
「そうねえ。でも、いい予行練習だわ。きっと子供にも、色々な事を聞かれるもの」
「そうだな」
 ひいに穏やかな目線を向けるユリアに、目を細めるニクス。
 彼女は一体、どんな母親になるのだろう。
 そして、自分はどんな父親に――。
 そんな事を考えていた彼の頬に、妻の柔らかな唇がそっと触れる。
「ユ、ユリア!? 子供の前でそれはちょっと刺激が強いんじゃ……」
「菊に夢中でこちらを見てないわ。大丈夫よ。お礼はまた改めて……ね?」
 悪戯っぽくくすくすと笑うユリア。ニクスは朱に染まる頬を誤魔化すように、空を仰いだ。


「菊の花が綺麗だな、ふう」
「そうね」
 保護者役の髪を三つ編みにしながら、どこか上の空で答えるふう。そんな彼女に、竜哉はため息をつく。
「……考えるのはいいが、追い込みすぎるなよ。悩みに対して己を傷つけるのは、自己満足でしかないからね」
「考えろって言ったのは竜哉じゃない。そんな簡単に言わないでよ」
 諭す竜哉に不機嫌そうに横を向くふう。暫くの沈黙の後、彼の髪をくいくい、と引っ張る。
「……どうした?」
「あのね、竜哉」
「ん?」
「あたしね、この間食事抜いてみたの。飢え続ける事は苦しいことだって竜哉が言ってたけど、その苦しさが良く分からなかったから」
「ほう。それで、どうだった?」
「2日しか我慢できなかったわ。お腹と背中がくっつきそうでくらくらしちゃって……ヨウやイツは、あれがずっと続いてたってことよね?」
「そうだね。彼女達に限らず、アヤカシは全てそうだ」
「……ヨウもイツも、今はお腹空いてないわよね」
「そうだろうね。空に還ったから……痛みも空腹もないはずだ」
「うん。2人が消えて、凄く悲しくて辛いし、今でも逢いたいって思う時もあるけど……それだけは、良かったなって思うの」
 竜哉の黒髪をぎゅっと掴んで、呟くふう。
 その背を手で支えながら、彼は目の前に広がる街の風景を見つめる。
「ご覧、ふう。菊も生命力に溢れているし、人々も活気に満ちている。……皆楽しそうに見えるが、それぞれ悩みを抱えているし、誰もが何度も辛い事、苦しい事、逃げ出したくなるような事に出会う」
 ――でも。
 それがあるから、本当に大切なものや大事な事に気付けるし、幸福を、楽しい事の価値を、有難さを噛み締められる。
 漫然と過ごす日常だと曇ってしまい、幸せの意味を忘れてしまう愚かな人々。
 それを、再び確認する為にアヤカシは存在したのでは無いかと、そう思ってしまう程に……。
「ねえ、竜哉。アヤカシの存在も、きっと意味があるのよね」
「そうなんだろうな。……しかし、君はどうにも、自分を追い込む上に無茶をする癖があるな。食事を抜いて、身体を壊したりしたらどうするつもりだったんだ? それだけは直した方がいいぞ」
「竜哉に言われたくないですよーだ」
 べーっと舌を出すふう。素直じゃない彼女に、竜哉はくすりと笑う。
「さて。一つ気付きを得た君に、ご褒美をあげよう。お兄さんに欲しいものを言ってご覧」
「何でもいいの?」
「俺が買えるものにしてくれよ?」
「なんだ。買えないものにしようと思ったのに」
「そう来るんじゃないかと思ったよ。要求があるなら、また今度改めて聞くとしようか」
「そんな事言って、後悔しても知らないわよ?」
「俺の左腕も君の良く知るアヤカシにあげてしまったしね。今更何を言われても驚かんよ」
 軽い調子で話しながら、露天に向かう2人。
 そこもまた活気に溢れていて……これらがふうの心に、何かを残してくれればいいと、竜哉は思う。


「ねえねえ、兎隹。これ、全部菊の花が入ってるんですのぉ?」
「そうであるぞ」
「菊って食べられるんですのぉ?」
「ああ、美味いよ。騙されたと思って食べてみな」
 目の前に並ぶ菊づくしの御膳を兎隹の髪にしがみついたまま覗き込むみい。
 人の世の事を何も知らぬ人妖は、やはり食用菊のことも知らないらしい。
 菊の天ぷらを口に運ぶ火麗(ic0614)を見て、みいも恐る恐る料理を口に入れる。
「……あ。美味しいですわぁ。何だか菊の香りがするですのぅ」
「そうであろう。おひたしも美味いから食べてみるといいのだ」
「食べるですのぅ! 兎隹ぃ。口に運んでくださいですのぅ!」
「おやおや。みいは甘えん坊さんであるな」
 甘えて雛鳥のように口を開けるみいに、困ったような笑みを浮かべる兎隹。
 その愛らしさに、思わず食べさせてやりたくなるが……甘やかすのは彼女の為にならない。
「……ったく、そうやって兎隹を困らせるんじゃないよ」
「火麗が食べさせてくれてもいいですのよぅ」
「あたしの腕は高いよ。自分で食べな」
「火麗はケチですわぁ」
「みい、火麗姐は君を思って言ってくれているのだぞ?」
 ぷぅっとむくれるみいの背をぽふぽふと撫でる兎隹。
 言い合いの中にも優しさを感じて……和やかな雰囲気に兎隹も微笑みながら、姐御の杯に酒を注ぐ。
「火麗姐、どうぞなのだ」
「ん。ありがと、兎隹」
「兎隹、火麗。それは何ですのぅ? お水ですのぅ?」
 火麗の杯を覗き込むみい。その強烈な匂いに、彼女は飛びずさる。
「な、なんですの、これぇ! スゴイ匂いがするですのぅ……!」
「そうだねえ。これは大人の飲み物ってヤツさ」
「お酒というのだ。みいは、まだ子供であるゆえダメであるぞ?」
「こんなキツイ匂いがするの、飲みたくないですのぅ……! 兎隹は飲めるんですのぅ?」
「我輩は一応飲める歳ではあるが、ちょっと苦手なのだ……」
 先日飲んで、酷い目に遭った上に火麗に迷惑をかけたことを思い出し、白い兎耳が垂れ下がる兎隹。
 2人の反応に、火麗が豪快に笑う。
「最初っから飲めるヤツなんてそういないよ。ちょっとづつ慣れて行きゃいいのさ。いつか、兎隹とみいとも飲めるようになりたいもんだね」
 そう言って、2人の頭を順番に撫でる火麗。
 そこに店員がお茶請けを持ってやってくる。
「わあ。菊の花の形をしたお菓子ですのよぅ! かわいいですのぅ!」
「可愛いだけでなく、美味しいのだぞ? 柚子茶と一緒に戴こうか」
「お菓子は逃げないからゆっくり食べな」
 綺麗な練り菓子に目を輝かせるみいと兎隹。
 撫でて貰ったことも嬉しかったらしい。ご機嫌な2人を、火麗は穏やかな気持ちで眺めながら、杯を傾ける。


「菊の花、綺麗だねぇ」
「そうですね」
「銀泉は菊の街もふ。隼人がそう言ってたもふ」
 小さな菊を寄せ集めて作られた菊人形は愛らしいし、大輪の菊などは覗き込んでいる神音の顔と同じくらいの大きさがある。
 腕の中でえっへんと胸をはる紫陽花に目を細める早紀だったが、隣の月詠はやっぱり怖い顔をしていて……。
 彼女は主の腕を占領しているこもふらさまを即刻処分……いやいや。返したいらしく、凄い勢いで隼人を探している。
「神音や。妾は見るだけの花より食べられる花が良いぞ」
「……くれおぱとら、もうお腹空いたの?」
「そんな事は申しておらぬ。ちょっと口寂しいと思っただけじゃ」
「それって、お腹空いたってことでしょ……」
 相変わらずの仙猫に、がっくりと肩を落とす神音。
 早紀はまあまあ、と友人を宥める。
「ごめんねえ、早紀ちゃん」
「いいんですよ。じゃあ、ご飯にしましょうか」
「妾は菊料理が食べられるところがいいのじゃ」
「くれおぱとら、図々しいよ!?」
 そんなやり取りをしながら露店へ向かう早紀と神音、くれおぱとら。
「くっそ。あの野郎どこ行きやがった……!」
 その間も、月詠は星見家嫡男を親の仇の如く探していた。


「リィムナ! 逢いたかったのじゃ〜!」
「あははは! リンスちゃん、久しぶりだねぇ」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)に会うなり、引き寄せてキスの雨を降らせるリンスガルト・ギーベリ(ib5184)。リィムナも一生懸命それに応える。
 リンスガルドはゴシックドレス、リィムナはひらひらの浴衣ドレス。2人とも腕っ節の強い開拓者であるが一見、おめかししてお祭りに遊びに少女達にしか見えない。
 それ故、濃厚なラブシーンと言うより、子供達の行き過ぎたじゃれ合いのようにしか見えなかった。
「最近あんまり会えなくてごめんねえ」
「本当なのじゃ! あんまりなのじゃ!」
 手を合わせて謝るリィムナにプンスカするリンスガルド。
 最近、リィムナは泰に出向く事が多く、恋人に我慢させてしまう事が多い。
 だから今日は、サービスをしてあげようと考えていて……。
「ところで……実は今日、穿いてないんだよ♪ 見る?」
「な、なんじゃと……!?」
 そっと耳打ちするリィムナに、興奮するリンスガルド。
 『穿いてない』という単語で、彼女はあることを思い出した。
「そういえば、汝は神村菱儀を討つ際、穿いておらぬ状態で奴の頭を太股で挟んだのじゃったな……?」
「あー。うん。そうだよ。冥土の土産って言うし、ばっちり拝ませてあげた!」
 自分の冒険譚を思い出したのか、えっへん! と胸を張るリィムナ。次の瞬間、リンスガルドからゴゴゴゴ……と黒いオーラが湧き上がる。
「ほほう……? 我の許可もなく、見せたと。なるほどの……。汝は誰のものか、改めて教えねばなるまいのぅ……?」
「あは……。リンスちゃん、笑顔が怖いよ……?」
「問答無用! こっちに来るのじゃ!」
「にゃあああああ!?」
 あっという間に路地裏に引きずりこまれるリィムナ。
 超嫉妬深いと評判のリンスガルドを本気にさせてしまった彼女の運命やいかに!?


「菊の花が綺麗ね、ローレル」
「リトは本当に花が好きだな」
「菊の花はね。最近特に好きなの」
 隣を歩くからくりに、心底嬉しそうな笑みを向けるリト。
 最近は、菊の花を見ると嬉しくて嬉しくてふわふわしてしまう。
 それと言うのも、この間ここに別な用事で来た時に、ローレルが彼女に沢山の菊の花を贈ってくれたからなのだが……。
 当の本人は、その事に全く気づいていないようだった。
「そんなに菊が好きだったとは知らなかった。今日も菊を持って帰るか?」
「そうね……。またローレルが選んでくれる?」
「ああ、構わない」
 背の高い彼を見上げるリトに、こくりと頷くローレル。
 露店に並ぶ沢山の菊をテキパキと選ぶ彼。
 その背を見つめて、リトはため息をつく。
 からくりは、初起動した時に見初めた人物を主人と認識し、忠誠と献身を尽くすとされている。
 その忠誠と献身は、存在としての『約束』――。
 きっとそこに、特別な感情などない……はずなのだ。
「リト。これでいいか?」
 ローレルの声に思考を中断したリト。呼ばれるままに振り返って……彼が両手から零れんばかりの大量の菊の花を抱えているのに気付いて、目を丸くする。
「ちょ、ちょっとローレル。こんなに!?」
「……? リトは菊の花が特別好きなのだろう?」
「そ、そうだけど……」
 これはちょっと、行き過ぎではないだろうか。
 戸惑うリト。これもきっと、彼の忠誠心から来るもの。
 分かっている。分かっているけれど――。
「……ね。ローレル。あなたが、私の傍にいてくれるのは存在そのものの約束事だけれど……でも」
 それ以上を望んでしまうのは、いけないことかしら……?
 小さく呟く彼女。ローレルは少し考えた後、口を開く。
「リトが嬉しいなら、俺も嬉しい」
 いつもと変わらぬ眼鏡の奥の青い瞳。
 その台詞にも、深い意味はないのかもしれないけれど……。
 リトは微かに頬を染めて俯いた。


「お祭りって活気があっていいですわね」
 のんびりと祭を見て歩くヴェルフェリア アルナ(ic1698)。
 沢山の菊の花は甘いいい香りがして、自然や花が好きな彼女の心を癒してくれる。
「いらっしゃーい! 菊の絵の入った飴はあとこれだけだよ!」
 そして露店から聞こえる呼び込みの声。子供達の歓声も聞こえて来て、それだけでワクワクする。
「お祭りに一人で来るなんて、子供の時に勝手に家を抜け出して街を探索した事を思い出しますわね」
 呟く彼女。露店に群がる子供達が大騒ぎしているのを見て、思わず声をかける。
「……ねえ、何をしていらっしゃるの?」
「これ? 射的って言うんだよ」
「あの的に矢を当てたら、景品が貰えるの!」
「お姉ちゃんもやってみる?」
 色々なことを教えてくれる子供達。ヴェルフェリアは玩具の弓矢を渡されて、なし崩しに挑戦することになってしまった。
 子供用に出来ている為か、ちょっとやり辛いが……開拓者である彼女には、このくらい朝飯前である。
 よーく狙いを絞って……。
「当たった!」
「すごーい!」
「ありゃ。あんた開拓者かぁ。勘弁してくれや」
 大喜びの子供達に、頭をボリボリと掻く店主。ヴェルフェリアは優雅に頭を下げる。
「黙っていてごめんなさいね。お金を多めにお支払いしますから、この子達に飴を差し上げて戴けるかしら」
「あいよ。景品総取りされちゃたまんねえもんなぁ」
 店主の声に、どっと笑う子供達。ヴェルフェリアが飴を配ると、子供達はお礼を言いつつ、彼女の手を引っぱる。
「お姉ちゃん、あっちに金魚すくいがあるんだ! 沢山取りたいから手伝ってよ!」
「ふふふ。いいですわよ。その飴を食べ終わってからにしましょうね」
「開拓者さんよ、甘酒どうだい?」
「ええ。是非。戴きますわ」
 勧められるままに湯呑みを受け取る彼女。白くてどろりとした液体だが、ほのかに甘くて暖かい。
 何だかやけに身体が温まりますわね……なんて考えていたヴェルフェリア。
 子供達の声も遠くに聞こえるような気がして、近くの椅子に腰掛けようとして……どんっ! と何かにぶつかった。
「あっ。失礼した」
「いえ、こちらこそぼんやりしてしまって……」
「怪我はないか?」
「はい。大丈夫ですわ」
「それは良かった」
 微笑む彼女に、ほっと安堵する黒髪の男性。長身を包んだ服の質も、彼女が見慣れたもので……どこかの貴族の人だろうか。
「隼人様……?」
 遠くから聞こえる女性の声に、ビクッとする男性。
 何だか非常に怯えているような気がするのは気のせいだろうか。
「あの。大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫だ。申し訳ないがこれで失礼する」
 小首を傾げるヴェルフェリアに一礼して走り去る男性。
 彼女がぶつかった男性が、この銀泉を統治する星見家の嫡男だと知ったのは、お祭りも終わり近くなってからだった。


 大分陽が傾き、街中に灯篭の光が点り始める。
 その赤い光はまるで、泉に下りた星の光のようで……。
 アルーシュ・リトナ(ib0119)はその美しさに、ほうっとため息を漏らす。
「姉さん。菊の花も素敵だけど、灯篭の灯りも素敵ね」
 隣でにこにこと笑う真名(ib1222)。妹分も同じ事を考えていたのが嬉しくて、アルーシュも笑顔を返す。
「真名さんとご一緒するのは久しぶりですね。最近養女にかかりきりだから……ごめんなさいね」
「ううん。いいの。謝らないで。姉さんが一生懸命なのは分かってるし、こうやってお出かけできるのは嬉しいよ?」
 どこまでも明るい真名の笑顔。そんな彼女の心遣いが嬉しい。
「ねえ、姉さん。見晴らしのいい場所ないかな。久しぶりに姉さんの歌が聞きたいの」
「そうね。確か近くに丘があるって聞いたけれど……」
「じゃあそこに行こう! ね。いいでしょ?」
 そう言ってアルーシュの手を取る真名。可愛い妹分のお願いを断れる訳もない。
 街に濃く漂う菊の香りと、灯篭の灯りに浮かぶ菊を楽しみながら、丘に向かう。

 少し離れた場所から見る泉もまた、風景を切り取る鏡のようで美しい。
 姉さんの歌が聴けると、目をキラキラと輝かせている真名に、彼女はこほんと咳払いをして向き直る。
「では……即興で拙いですが、真名さんの為に一曲歌います」
「お願いします!」
 竪琴を爪弾くアルーシュ。優しい音色。その音に合わせて、真名も軽やかに舞う。

 ――しとり菊の香り漂う泉のほとり
 揺れる灯篭 照らすは君ただひとり
 舞えよ気高く菊花の如く
 清き香りを纏わせながら
 銀泉に映る星々よりも
 君の姿は光に映えて――。

 目の前の、妹分の為だけの歌。
 動く度に揺れる髪。凜として、時にしとやかに。
 姉分の曲に合わせて踊る真名は、まるで菊の精が地上に舞い降りたようで……。
 妹を思う歌。姉を思う舞。
 それぞれが、相手の心に届くことを願いながら。
 それらをじっとみていたアルーシュの羽妖精が、ぱちぱちと拍手をする。
「真名、すごく綺麗だったよ! アルーシュも素敵!」
「ふふふ。ありがと。思音」
 ふわふわと飛んで、真名の髪に菊の花を飾る思音。その仲睦まじい様子に、アルーシュも目を細める。
「本当、素敵だったわ。真名さん、また舞の腕を上げたかしら?」
「姉さんの曲が良かったからよ。姉さんの歌はいつ聞いても最高だものね」
「そんなに褒められたら恥ずかしいわ」
「あら。本当のことなのに」
 くすくすと笑い合う2人。真名は零れる笑顔で、アルーシュに飛びつく。
「ねえ。姉さん。またこうしてお出かけしましょうね」
「……ええ。勿論」
 真名をそっと抱きとめるアルーシュ。
 2人は、いつも変わらず笑顔を向けてくれる存在に、深く感謝して――。
 揺らめく灯篭の光と、菊の花を寄り添って見つめていた。


 夕闇迫る銀泉の街。リンスガルドは目が円らな柴犬に首輪と手綱をつけて、悠々と散歩していた。
「わあ。その犬さん可愛いねぇ」
「うむ。そうであろう。我の愛犬なのじゃ」
 街の子供に声をかけられ、胸を張るリンスガルド。
 この愛らしい柴犬こそ、実はラ・オブリ・アビスで変身したリィムナで――。
 どうやら、賞金首を結果的に昇天させる程の出血大サービスをしてしまったお仕置きらしい。
 見た目はよく見る忍犬を参考にしているし、変装は完璧。
 バレるはずもないのだが……。
「……上手く演じるが良いぞ? 見破られれば丸見えなのじゃからの」
 しゃがみ込み、そっと耳打ちするリンスガルド。
 周囲からは飼い主が愛犬を撫でているようにしか見えないが……実はリィムナ、着ていない。服を取り上げられてしまい色々と丸出しである。
 万が一、術を見破られでもしたら大惨事確定。
 リンスちゃんになら何をされてもいいとは思っているけれど、これはちょっと……その。興奮するかもしれない!
 アレですか。リンスガルドさんも変態なら、リィムナさんも変態の似たものカップルってことですね!
「さて、リィムナや。折角じゃし皆さんに芸をして見せてはどうじゃ?」
「わ、わん……?」
「まさか出来ぬ、とは……言わぬじゃろうの?」
「わんっ!」
 ククク、と残虐な笑みを浮かべるリンスガルド。
 どうやら、彼女が満足するまで付き合うしかなさそうである――。
 リィムナ、頑張れ!


「こんなところにいやがった! ……ったく手間かけさせんじゃねぇよ!」
「月詠! 乱暴は駄目ですよ!」
「隼人! 置いてくなんて酷いもふー!」
 逃げ回る隼人を見つけるなり、襟首を掴んでガクガク揺する月詠を慌てて止める早紀。彼女の腕の中でぷんぷんと怒るこもふらさまを見て、隼人は状況を察したのか頭を下げる。
「ああ、紫陽花は早紀達が保護してくれたのか。ありがとう。迷惑かけて悪かった」
「いえ。いいんですよ。隼人さん、お久しぶりです」
 丁寧にお辞儀をする早紀。その横で神音が首を傾げる。
「ん? あれ? この人、品評会の時のもふら男さんだよね? 今日はもふらの格好してないんだね」
「神音さん、あれはもう忘れてあげて下さい……」
「えっ。何で? 似合ってたのに」
 冷や汗を流す早紀に、再び小首を傾げる神音。そうだ……! と思い出したように手を打って、隼人に向き直る。
「そういえば、もふら男さん、お見合いから逃げ回ってるんだって? 女の人にしたら会ってももらえないって結構侮辱だと思うし、もう少し考えてあげて欲しいんだよ!」
「か、神音さん! そこは人それぞれ事情があることですから……。すみません、隼人さん、失礼します。ほら、もう行きますよ!」
「えー。何でよ。本当のことじゃん!」
「待てよ早紀! あいつ一発殴らせろ!」
 ぺこぺこと頭を下げながら神音と月詠をずるずる引きずって行く早紀。
 隼人の周囲が騒がしいのに気付いたのか、何人かの開拓者が足を止める。
「……隼人様も女性に追われるとは男子冥利に尽きるではないか。だが複数と同時にというのは感心せんな?」
「英雄色を好むってか。隼人もやるねえ」
「いえ、あれは……違うのではないかと……」
 みいの教育に悪いと言わんばかりにジト目で睨む兎隹にカカカと笑う火麗。
 冷や汗を流すリトに、クロウ・カルガギラ(ib6817)もふう、とため息をつく。 
「それについては俺も、神音さんに全く同感なんだけどな」
「何だ。お前達聞いてたのか?」
「ああ。あのさ、流石にここまで来て貰ったのに逃げるのは相手に失礼だろ」
「それはそうなんだが……」
「一つ聞きたいんだけどさ、見合いの何が嫌なんだ?」
「嫌と言うか、気が進まない」
「それを嫌と言うんじゃよ。のう、昭吉?」
「はい。そう思います」
 クロウと、いつの間にかやってきていた烏水と昭吉にツッコまれ、うぐ、と言葉に詰まる隼人。
 その様子に、クロウはこの際だから……と、本腰を入れて話し始める。
「あのさ。お節介を言うようだが……嫡男としては身を固めるのも大事な務めだぜ。隼人さんは家を継ぐのが嫌なのか?」
「いや。家は継ぐべきだと思ってるよ」
「それじゃ何が嫌なんだよ。誰か心に決めた人でも居るとかか?」
「それはワシも聞きたいと思っておった。共に戦ってきた開拓者の中で、惹かれる女子も居らんのかの?」
 ずずいっと迫るクロウに、畳み掛ける烏水。隼人は目を泳がせながら答える。
「いや……その。友人はいるが……」
「その中で一番仲が良いのはどなたなんです?」
「一番……? そうだな。烏水、かなぁ」
「そうか……って、ワシは男じゃろうが! 数に入れるな!」
 ドキドキとした様子で尋ねるリトに、的外れな返答をする隼人。
 それに烏水がビシッとツッコミを入れ、とうとう隼人がキレる。
「そういうお前達はどうなんだよ! そういう相手いるのか?」
「え。えーと私は、その……」
「ワシは今、芸を磨いておる最中じゃしな。そういうのはまだ先よの」
 思わず目を反らすリトに、フフンと笑う烏水。クロウは少し遠い目をする。 
「……俺を『スキ』だって言ってくれたヤツはいたなぁ。この間死んじまったけど」
「お前……」
「肩入れし過ぎた結果がこれだからなー。笑えないわ、本当。……って、今そんな話はどうでもいいんだよ!」
 しんみりしかけた空気をバッサリ切り捨てるクロウ。それまで黙って話を聞いていた火麗が、突然隼人の襟首を掴む。
「グダグダとハッキリしない男だねえ。この際だ、どうしたいのかキリキリ言いな!」
「……本音と言うと、結婚するなら、惚れて……『この人しかいない』と思える相手がいい。過ぎた望みかもしれんが。ただ……」
「ただ、何じゃ? 何ぞ気になることでもあるんかいの?」
「立場上……妻より民を優先しないといけないことだって出てくると思う。俺と結婚すればいずれそう言う苦労をかけるんだ。それが分かりきっているから、踏み込めないと言うか……」
「いや、あのさ……そんな事言ってたら見つかるものも見つからないだろ!」
「それは相手が決めることじゃから、今からお前が心配することではないわ!」
 一瞬ぽかーんとしたものの、すぐさま立ち直って隼人の背中をバシバシ叩くクロウと烏水。
 今まで浮き立った噂の一つも立たなかったのはそういうことか……!
 まあ、隼人が馬鹿がつくくらい真面目なのと、一応国を治める資質的なものはあるのが分かっただけマシなのかもしれないが。
 お見合いを希望している女性は、そう言う事を覚悟しているとは思うのだが……本人が嫌なのであれば仕方ない。
「ま、まあ。いざとなったら養子を迎えると言う手もありますしね」
「……その手があったか! 教えてくれてありがとう。リト」
 ぱあっと表情が明るくなる隼人に、戸惑いつつ頷くリト。
 何だか逃げ道を教えてしまったような気がしなくもないが、まあ、最終手段としては悪くない。
「まあ、色々煩く言ったけどさ、隼人さんには何かと世話になってるし。とにかく後悔がないように色々やった方がいいぜ。結構マジで」
「クロウに言われると身につまされるな……」
「ほっとけ」
 真剣に言うクロウに頷く隼人。
 ――消えて行った黒いアヤカシ。
 無駄だと分かっていても、もう少し彼女に何かしてやりたかったし、何か出来ることはなかったのかと――未だに思うクロウにとって、この生真面目な友人の話は、他人事には思えなくて……。
「そうだな……とりあえず、クロウの言うように、話を戴いておいて返事もしないというのは失礼だな。見合いは正式に断りを入れようと思う」
「そうか。でもさ、ただ断るじゃ納得して貰えないかもしれないぜ?」
「うーむ。……知己の女子に、菊花祭の間だけ恋仲のように連れ立って貰うといいかもしれぬぞ。噂広まりゃ見合い攻勢も少しは収まるんじゃないかのぅ?」
「しかし、頼む相手がな……」
 顔を突き合わせて悩む隼人とクロウ、烏水。
 そこに、ばん! と胸を叩いて火麗が歩み出る。
「あーもー。分かったよ。あたしがやってやるよ」
「火麗、いいのか?」 
「ああ。とにかく仲が良いフリすりゃいいんだろ? 兎隹、ちょっと抜けるけどいいかい?」
「うむ。隼人様が安定すれば、人妖達の環境も良くなると思うのである。火麗姐、宜しく頼むのである」
「そうと決まれば善は急げだ。隼人、行くよ!」
 頷く兎隹。火麗に腕を取られて引きずって行かれる隼人。その背を見送って、みいが首を傾げる。
「あらぁ? 火麗はどこかへ行くんですのぉ?」
「うむ。ちょっと頼まれごとをしたそうでな。我輩は一緒だから大丈夫であるぞ」
「わたしは兎隹が一緒なら嬉しいですわぁ」
「そうか。向こうの露店に買い物に行かぬか? 今日の記念に、何かお揃いで買うとしよう。ひいとふうにお土産を買うのも良いな」
 物差しの基準が人妖達と言うのが何とも兎隹らしいが。何とか解決を見そうで、昭吉が嬉しそうに微笑む。
「隼人様、ちょっと前に進めてよかったですね! これからお相手探さないとですけど……」
「まあ、そればっかりは俺達じゃどうにもならんしなぁ。ま、悩みが減るだろうし、いいんじゃないか?」
「うむ。とりあえず、隼人の将来を願って乾杯といこうかの。ワシが飲むのはお茶じゃが」
「そうだなー。飲むか!」
「僕もお茶でお願いします」
「そういや昭吉、飯がまだだったのではないかの? どうせなら一緒に食べるとするかいの」
「はい! 是非!」
「お。いいな。俺も食おう。……すいませーん! お品書きもらいたいんだけどー!」
 お酒とお茶を酌み交わし盛り上がるクロウと烏水、昭吉。
 呆れる程に生真面目な友人の将来が、明るいものであればいいと思う。


 キャラバンで見る光景も楽しいけれど、ラビ(ib9134)と見る光景はほんの少しだけ、特別に感じる。
 彼はどうなのだろう……?
 ちらりと隣を伺い見たスレダ(ib6629)。
 すると、笑顔のラビと目が合って……。
「レダちゃん、どうかした?」
「ううん。楽しいなと、そう思っただけです」
 小さく笑って答える彼女に、ラビはもう一度笑顔を返す。
 夕闇に、照らされる提灯の灯り。
 巡る露天はどこもキラキラしているし、光に浮かんだ菊も綺麗だし。
 灯りに照らされるスレダの健康的な肌。その横顔に、彼は色々なことを思い出す。
 ――家を出て、開拓者になって、沢山の人と出会って、色んな経験をして……。
 辛い思いも沢山したけれど、楽しい事もいっぱいあった。
 家に居たら絶対知ることがなかった世界を知った。
 そして、もう一つ。ラビが初めて抱いた想い――。
 露天を抜けてやってきた泉。空の星と街の光が映りこんで、とても幻想的で……。
「わあ……泉が空みたいで、すっごく綺麗だね!」
「菊も映ってるですよー。不思議な感じです」
 並んで泉を見つめるラビとスレダ。
 泉に光る星は、キャラバンで見た星と似ていて……彼女は自然と、これからのことを考える。
 自分はいつか、キャラバンの一員として旅に出ることになる。
 そして彼もいずれ、故郷に帰ると言っていた。
 重なり合うことのない進路。ずっと前から聞いていたことだ。
 分かっていたことなのに、胸の底に沈むような、淀むこの気持ちは何なのだろう……。
「……レダちゃん?」
「あっ。……な、なんでもねーですっ」
 気付かぬうちにラビの服の裾を掴んでいたらしい。慌てて手を離す彼女。
 モノクルの奥の不安そうなスレダの瞳に、彼は己が初めて抱いた気持ちを、改めて思う。
 ――守りたい。
 皆を、思いを。世界を……そして、君を。
 だからもう、逃げるのは辞める。
 彼女を不安にさせるのも、寂しくさせるのも嫌だから――。
「……ねぇ、レダちゃん」
「な、なんです?」
「開拓者としての『ラビ』は居なくなっても、僕は……『ラヴィアン=ロゼ』はずっと、レダちゃんを想ってるよ」
 珍しく真顔の彼に、言葉を無くすスレダ。
 ――それはどういう意味なのだろう。友達としてだろうか。それとも……。
 分からない。分からないけど――。
 何となくラビの目線が気恥ずかしくて、彼女は慌てて俯き、続ける。
「……えっと。また一緒にどこかへ行こーです。戦いが終わったら、また……」
 お互いが決めた道へ。旅立つ前に、もう一度……。
「うん、そうだね。また一緒に出かけよう」
 彼女の言葉に頷くラビ。
 これからの事と、彼女にもう一つ、伝えなければならないことがあるけれど。
 それは、全てが終わってから……。
 続く沈黙。2人は泉に浮かぶ光景をじっと見つめていた。


 紫陽花と隼人と別れた後、早紀は不機嫌なままの月詠を連れて露店を歩いていた。
「ほら、見て下さい、月詠。この菊飾り、綺麗ですねぇ」
「んー? うん」
「ホラ。この色、月詠の髪にぴったりですよ!」
「そうかな……」
「そうですよ。これ、買ってあげますね」
「……早紀も」
「え?」
「早紀もお揃いの買ったら、許してやる」
「……分かりました。じゃあ、色は月詠が選んでくれますか?」
 頷くからくり。ようやく相棒が機嫌を直してくれそうで、早紀はほっと安堵のため息をつく。
 そして……。
「神音。この料理はなかなか美味いのう。おかわりを寄越すのじゃ」
「ええっ!? くれおぱとら、まだ食べる気なの!?」
 菊料理の作り方について聞き込みをしていた神音は、食欲の尽きぬ相棒にでっかい冷や汗を流した。


「……あのぉ。奏さん……」
「何だい?」
「えっと……下ろしてくはりまへんやろか?」
「駄目だよ」
 おずおずと問いかける静雪 蒼(ia0219)に、笑顔で断る静雪・奏(ia1042)。
 ここに来てからずっとそうだ。何を訴えても抱き上げたまま降ろしてくれない。
 周囲の目もあるし、恥ずかしい。
 蒼は伏し目がちに、奏に耳打ちする。
「うち、歩けますぇ?」
「駄目だ。そう言ってさっき降ろしたら立てなかったくせに」
「それは奏さんのせいもありはりますやろ?!」
 うがー! っと叫ぶ蒼。
 歩けないのは怪我のせいだけではない。
 昨夜この人が離してくれなかったせいでもあるのに……!
「怪我人に無体を強いた覚えはないよ。優しくしただろう?」
「優しかったえ! でもあんなにしたら……!」
 続く抗議を唇で封じる奏。身に覚えがない訳ではないが、こうして運んでいるし、責任は取っているから良しとする。
「何のことかな? 無茶をしたオシオキだよ」
「怪我してしもたんはうちの失態やけど、必要やったからやぇ?!」
「はいはい」
 涼しい顔をした奏の胸をぺちぺちと叩く蒼。
 本人達は必死だが、どこからどう見てもいちゃついているようにしか見えないのはお約束か。
 そんな事をしているうちに、気がつけば泉が見えて――。
「ほら、蒼。いつまでも怒ってないであれを見てごらん」
「わあ……! 綺麗おすなぁ……!」
「周りの菊も綺麗だよ。ほら」
 くるりと一周して、蒼に景色を見せる奏。
 泉の畔にそっと彼女を下ろすと、弁当を広げ始める。
「折角だし、ここで夕飯にしよう。お腹が空いただろう?」
 灯篭の光に照らされる、奏の優しい微笑。それを見ているだけで、胸にぽっと火が点ったようで……。蒼はそっと、奏の胸に頬を寄せる。
「……うち、幸せやぇ? 今も昔もこれからも、何があっても、や。うちは全部奏さんのもんやぇ忘れんといてぇな?」
「ああ、勿論。忘れない。俺も同じ気持ちだしね」
 愛しい人に笑顔を向ける蒼。奏は箸で煮物をつまみあげると、彼女の口元に運ぶ。
「さあ、蒼。あーんしてごらん」
「……奏さん……。自分で食べられますえ」
「遠慮することないよ。怪我してるんだし」
 いや、遠慮してる訳やなくて……。
 その言葉をぐっと飲み込んだ蒼。多分、言っても無駄だ。
 自分にどこまでも甘い恋人。勿論嬉しいけれど、ちょっと困るような気もして……彼女は深く深くため息をついた。


 こうして、それぞれの菊花祭が過ぎて行き……。
 3人の人妖達は祭りで何を見たのかを報告しあい、そしてお互いに、それぞれの為に購入したお土産を交換した。
 そして、この祭りの後、銀泉の街や石鏡国内で、噂話が駆け巡った。
 星見家嫡男が見合い話を全て断った理由は意中の女性がおり、その人は銀髪の修羅で、絶世の美女だとか――。