追憶の社
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/03 22:30



■オープニング本文

●廃村にて
 その村の最後の住民が消えたのは大分昔。
 今は来るものもなく、風が通り過ぎるばかり。
「……薄気味悪いとこだなぁ。オイ」
「さっさと抜けようぜ」
 ボヤく飛脚2人。
 荷物を届けた帰り。近道だから、と言い出したのはどちらだったか。
 当時は栄えていたのだろう。共同浴場、食堂、集会所……。
 様々な建物も、崩れかけた今となっては気味が悪いだけだ。
 奥まった場所にある社も、詣でるものはなく。打ち捨てられたままになっていた。
「お社かぁ……。こう人がいなくちゃ、神様も寂しくて居られないな」
「寂しいやなあ」
 そのまま通りすぎるのもどうかと思い、手を合わせる2人。
 ふと視界の端が光ったような気がして顔を上げる。
「ん……? おっとう! おっとうじゃないか!」
 驚愕する男。
 無理もない。彼の父親は、とうの昔に流行病で亡くなっている。
 些細なことで喧嘩をし、お互い意地を張って仲直りが出来ぬまま、父はあっという間にこの世を去ってしまった。
「お初……? お前、どうしてこんなところに……?」
 もう1人の男は、うっすらと目に涙を浮かべて社へフラフラと寄って行く。
 彼の前方には、去年、事故で亡くなった若妻が、いつもと変わらぬ笑みを浮かべて手招きをしていた。
 すまねえ。ずっと謝りたかったんだ……。
 ――ああ、やっと逢えた。
 漏れる呟き。父や、妻のその周囲を、ふわふわと怪しく舞う鬼火に、彼らは気付くこともなく――。


 ――数日の後。虫の息になっていた彼らは、探しに来た同僚達に保護された。


 一命を取りとめた彼らは、再びその場所に戻りたがった。
 死んだはずの父、妻があそこにいるのだと。
 連れ戻してくれと懇願した。

 半信半疑で行った者達は、矢張りそこで、逢えるはずのない人物と出会った。
 亡くなった母であったり、遠くに奉公に行ったきり、行方が分からなくなった娘であったり。
 その人によって逢えた人物は違ったけれど――。

 そして、その社は『逢いたい人に逢える』と街で噂になり。
 噂が噂を呼び、それを信じて訪れる人、興味本位で行く人が増え……死亡者まで現れる事態となりつつあった。


●追憶の社
「皆様に、アヤカシ退治をして戴きたいんです」
 手元の資料をひらひらさせ、眼鏡を上げるギルド職員の杏子。
 最近、とある廃村の社に、アヤカシが現れるのだと言う。
「一体どんなアヤカシなんだ?」
「それがですね。良く分からないんですよ。見た人によって言うことが違って……」
 開拓者の問いに、困り顔でため息をつく杏子。
 ――助かった被害者は、亡くなった人、逢えなくなった人がそこにいたと口を揃えて証言する。
 そして皆、酷く体力を消耗した状態で発見されると言う。
 亡くなった人は、衰弱の果てに命を落としているらしい。
 また、ふわふわと飛ぶ光の玉を見たと言う証言もあり……開拓者ギルドの調査の結果、アヤカシの仕業であることが分かったと言う。
「……アヤカシが、何らかの術を使って被害者達に幻を見せている、と言うことなんだろうか」
「はい。被害者の『大切な人』の姿を出すことで抵抗なく誘き寄せて、捕食しているんだと思います」
「成程。えげつないことしやがるなあ……」
「最近、興味本位で行く人が事件に巻き込まれる事案が増えて来ましたので、今はその廃村自体を立ち入り禁止にしてあります」
「じゃあ、私達以外の人が来る心配はないってことね」
 確認する開拓者達に、こくりと頷く杏子。ふと、彼女の表情が曇る。
「ただ、今回のアヤカシの能力が能力なので……皆様には、辛い戦いになるかもしれません」
 アヤカシに、亡くなった人、逢えなくなった人を見せる能力があるのだとしたら。
 開拓者達はその『思い出の人』に、刃を突き立てることになるかもしれない――。
「それでもやらなきゃ、だろ」
「覚悟して行くわ」
「やりにくい仕事をお願いしてしまって申し訳ありませんが、よろしくお願いします!」
 きっぱりと返事をした開拓者達に勢いよく頭を下げた杏子。近くの机に頭を打ちつけ――がつっという鈍い音がギルドに響いた。


■参加者一覧
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
弥十花緑(ib9750
18歳・男・武
カルマ=A=ノア(ib9961
46歳・男・シ
朝倉 涼(ic0288
17歳・男・吟
ミヒャエル・ラウ(ic0806
38歳・男・シ


■リプレイ本文

 廃村の奥にある社。朽ち果てたそこに置かれた花はアヤカシの被害に遭った人への餞だろうか。それとも、叶うはずのない願いを抱いたものの残骸だろうか――。
「逢いたい人物に逢える、か。……そりゃあ、楽しみなことだ」
「どうなんだろうねえ。世の中そんな上手く出来てるとは思わないんだけど」
 くつりと笑うカルマ=A=ノア(ib9961)に、首を傾げる五十君 晴臣(ib1730)。
「どちらにせよ死者の安寧が妨げられるような事はあってならん」
「ところで……ギルド職員さんの額、大丈夫でしょうか」
 きっぱりと断じるミヒャエル・ラウ(ic0806)に頷く弥十花緑(ib9750)。
 ふとギルドでの杏子の様子を思い出し呟く彼に、あのお姉さんはねー……と言い掛けたルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)だったが、周囲がふっと暗くなった気がしてキョロキョロと見渡す。
「ねーねー。何か変な感じしない?」
「……来たな」
 すっと目を細める朝倉 涼(ic0288)。
 薄暗がりの中に、仄かに見える光。それがどんどんと形を成していく。


「……晴臣」
 懐かしい低い声に振り返る晴臣。そこにはいつの間にか、ちょっと冴えない……でもとても穏やかな男性が立っていた。
「ああ、父さんか……」
 彼から漏れるため息。
 逢えなくなった人に逢える。それが叶うのなら、母親は勘弁して欲しいと思っていた。
 さりとて、父に化けて出られる程恨んだ覚えもないのだが……。
 ――晴臣の師でもあった父は、数年前に謂れのない罪を着せられ、処刑された。 
 そのお陰で、彼も連帯責任とか言う名目で連座する羽目になり、かなりの苦労をしいられたのだが……。
「まー。そこは師匠の教えが良かったのかね。父さん仕込みの陰陽術が思いの外出来が良くてさ。年寄り連中を縮み上がらせたら何とかなったけど」
 氏族の長老達の表情を思い出し、くすくすと笑う晴臣。
 そう。若年である彼ですら、父に罪を着せた者達を組み伏せることが出来たのだ。
 実力のある陰陽師であった父も、その気になればどうとでも出来たであろうに。
「どうして何も言わずに逝ってしまったんだい? 一言言ってくれたら、一緒に戦ったのにさ。水臭いよ……」
 ずっと問いたかった言葉が自然と漏れる。
 父を喪って暫くは、彼の心には疑問と無念が渦巻いていた。
 だが、父が何故そうしたのか、今なら分かる。
 下手に対抗すれば、反逆罪などと言う後付の罪を被せられ父と晴臣のみならず、母や妹達……家族全員が殺されていただろう。
 だから独りで罪を背負い、何も語らずに消えて行ったのだ。
 それが家族にとって最善だと、思ったから――。
 本当にどこまでも優しくて、どこまでもお人好しな父らしい。
 それが理解できるようになった自分もまた、経験を重ねたと言うことなのか。
「晴臣……」
「聞こえてるよ。だけど、私はそちらに行く訳にいかない。それにね……」
 懐かしい声。遠き日の憧憬。誘うような響き。
 それらを振り払うように首を振った晴臣。
 ――急ぎ律令の如くせよ。
 あの人に教えられた通りに呟く、短い詠唱。瘴気を喰らう式が、父の形をしたアヤカシに襲いかかる。
「……うちの父親はお人好しだからさ。こんな風に化けてこないよ。残念だったね」
 晴臣の手にある呪本と篭手、そして呪符。
 これらの使い方、戦い方……それらは全て、父が遺してくれたものだ。
 そのお陰で、こうして自分は生きる糧を得、母や妹達を助ける事が出来る――。
「……ありがとう、父さん。こちらは大丈夫だからさ。ゆっくり休んでくれ」
 式に喰われ、形を無くし空へと還っていくアヤカシ。
 どこかで、父も見ているだろうか……?
 それを真っ直ぐに見据えながら、彼は呟いた。


 ふわふわと舞う光。目をこらしたルゥミは、そこに老兵が立っていることに気がついた。
 真っ白な髪。純白のギリースーツに長銃を構えた彼。
 小柄だがピーンと伸びた背筋は、高齢を感じさせない。
 穏やかに微笑む沢山の皺を蓄えたその顔は、間違いなく……。
「……あっ。じいちゃん発見!」
 駆け出しそうになるのをぐっと堪えるルゥミ。
 ――ルゥミを育ててくれたじいちゃんは、もう亡くなっている。彼が赤ん坊だったルゥミを見つけた時と同じように、沢山、沢山雪が降った……あの日に。
 じいちゃんは眠っているようだった。それを瞬きもせずにずっと見ていて――。
 あれは違う。じいちゃんじゃない。
 だけど……ずっと、会いたかった。
 強くなった自分を、見てもらいたかった――。
「あたい、じいちゃんに言われた通り、ずっと練習して来たんだよ! 今その成果を見せるね!」
 言うや否や、ルゥミは真っ白い滑空艇に飛び乗る。
「白き死神発進!」
 短い叫び。それとと同時に、ギアを全開にし、機体を急上昇させる彼女。
 少女とは思えぬ卓越した技術で宝珠の出力を巧みに切り替え、垂直上昇や急旋回、八の字飛行など、滑空艇がここまで機敏に動けるのかと誰もが目を見張るような素晴らしいアクロバット飛行を見せる。
「どおー!? 見てたー?!」
 逆さまになった状態で空を切りながら、老兵を見つめる彼女。
 彼はそれに答えず、ただ手招きをしている。
「じいちゃーん! これから、あたいのさいきょーわざを見せるね!」
 にっこりと笑うルゥミ。
 次の瞬間、彼女の背から練力で出来た真っ白な翼が生える。
「どう? 超かっこいいでしょ♪」
 雪の結晶を振りまきながらルゥミは機体を元に戻し、闇夜のように黒いマスケット銃を構える。
 ルゥミは思い出す。彼の遺言は、いつもの口癖と同じ。
『練習しなさい』
 その一言だけだった。
 彼女は、その言いつけを守り続けてきた。
 そしてその力を、弱き者達の為に奮い続けて……。
「……撃たれる前に撃て。容赦なく撃て。たじろいだら負け、だよね!」
 呟くルゥミ。まもなく射程範囲に入る。
 老兵の頭に狙いを定め、迷わず引き金を引く……!
「これがあたいの最大最強の攻撃だよ!」
 砲撃の瞬間、生ずる衝撃波。
 目にも留まらぬ連撃は、アヤカシの身体に穴を開ける。
「バイバイ、じいちゃん。たとえ偽物でも会えて嬉しかったよ」
 さらさらと溶けて空に還って行くそれを、じっと見つめるルゥミ。
 己の今持てるだけの力を、全て出し切った。
 今の自分を、じいちゃんは褒めてくれるだろうか――?
 彼女の問いに、答えるものはなく……。
「……あたい、もっともっと練習してどんどん強くなるからね! 見ていてね、じいちゃん」
 滑空艇から降りて、目を閉じる彼女。
 瞼の奥の老兵は、いつもと同じように、穏やかに微笑んでいた。


 目に入るのは朽ちた社。そこからゆっくりと現れた人影に、カルマ=ノアはゆるりと微笑んだ。
「アリス?」
「……やっぱり、お前か」
 鈴を鳴らすような愛らしい声。目にも眩しい鮮やかな金色の巻き毛。海のように深い青の瞳……。
 忘れもしない。彼の最愛で、唯一の……今は亡き婚約者。
 その姿に、カルマ=ノアは眩しげに目を細める。
「いつ見ても、美人だな。お前は……」
 誘うように手を伸ばす彼。
 彼女は花の顔に微笑みを乗せて、静かに歩み寄って来る。
「なぁ、そこはどんな場所だ? お前に似合う花は咲いているのか? お前が帰ってこない程だ。さぞ良い場所なんだろうなぁ……」
 口説くように優しい声色で囁いて、彼女の左手に輝く指輪を見つけたカルマ=ノアはくつりと笑う。
「この指輪に誓った。……お前だけを、愛すると」
 良くある言葉。
 死が二人を分かつまで、相手を想い、愛すると誓うか――?
 ……勿論誓おう。どちらかが死ぬまで、なんてそんなケチな事は言わない。
 死のその先まで。身体が朽ちても。ずっとずっと。
「そうさ。俺はずっとお前の物だ……」
 跪き、そっとその指に口付けを落とす彼。
 次の瞬間、黒い鋼線が蛇のようにうねり、彼女の首に絡みつく。
「アリ、ス……?」
「お前は美しい。苦しむ顔すらも、な」
 迷わず銅線を締め上げるカルマ=ノア。驚きの表情のまま彼女の首が落ち、周囲が朱に染まる。
「何度見たって良い女だな、お前は。血に塗れても美しい」
 全てを朱に染めながら地に臥した婚約者をうっとりと見つめ、微笑む彼。
 その無機質な銀色の瞳にも朱が映って……。
 懐からチェーンで下げた指輪を取りだすと、軽く口付ける。
「上手く行ったと思ったか? 残念だったな。俺も馬鹿じゃないんでねぇ。……俺が愛するのは、こいつだけだ。だがまあ、良い眺めだったぜ?」
 婚約者が遺した指輪を弄び、クククと笑うカルマ=ノア。
 遠いあの日。己の命と引き換えに、愛しいあの人を喪った。
 それ以来ずっと、彼女が渡って行った世界を知りたくて――。
「……そこのお前。知ってるなら教えてくれ。あいつがいる場所は、どんな場所だ?」
 消え行くアヤカシに問いかける彼。
 ――狂気に憑かれている。人はそう言うけれど。
 彼女と共にいられるのなら、出口のない闇も決して悪くはない。
 この指輪は己の罪。そしてあの人への想いを繋ぐもの。
 彼女に再び会えるまで、この探求を止めはしないだろう。
「死なずに死後の世界に行く方法はないものかね。そうしたら、お前を連れ戻しに行くのに」
 呟くカルマ=ノア。その声に、指輪が悲しげに輝いたような気がしたが……目の錯覚だろうか。
 首を振ると、幻影は消え――そこに残る鬼火のようなアヤカシを、彼は迷わず切り裂いた。


 花緑は目の前に現れた婦人に、息を飲んだ。
 黒く豊かな髪に翠玉のような深い緑色の瞳。穏やかで、儚げな印象のあの人は、間違いなく――。
 遥か昔、寺院で別れたきりの母。あの人が何故ここに……?
 ……いけない。彼女はここに居てはならない人だ。
 本物なら危険過ぎる――!
「花緑。あれはちがう」
 焦燥に駆られる花緑を引き戻す声。彼はハッとして、傍らの人妖に頷き返す。
 繰り返される、囁くような弱々しい声色。それは、かつての彼の幼名。
 ――そうだ。もう、その名の子供はいない。
 それに、母が生きていたのなら、あの当時の姿のままであるはずがない。
 泣きそうな顔で拳を振り上げる彼女。
 ……己を打つ痛み。それが生む熱から思い出す。
 母は細い灯火の部屋で文を読んで、隣に控えていた花緑の頬を平手で打ち、泣き崩れた。
 ……幼い自分は、慰める言葉すら持ち合わせず、痛みに耐えることしか出来なかった――。
 ――己が不幸に落とした、可哀想な程に脆い人。
 自分が逢うのは、かつての師か、あの時の子供だとばかり思っていた。
 助けたかったのに、助けられなかった人達。
 揺れる細い灯火。その下で師の死に逝く様をただ、じっと見つめていた。
 崩れる岩盤の中、引き上げようとし手を伸ばした先。
 助けるはずだった手は、その子によって振り解かれた。
 ――己はどうしようもなく無力で。
 謝って許して貰えるはずもないけれど、せめて一言詫びたかった。
 でも、逢えたのは彼らではなく、声も覚えていない貴女――。
 今も彼らに謝るより、言葉もなく『始まり』を殺そうとしている。
 ああ、当然の結果だったのか、と。
 あまりの滑稽さに、笑いが漏れる。
 顔に笑みを貼り付けたまま、霧を払うように清浄な気を纏わせた巨大な薙刀を一閃する花緑。
 悲しみに歪んだ母の顔が、さらさらと溶けて行く。
「だいじょうぶか」
「ええ……」
 心配そうな灯心の方を見ずに答える彼。胃から込み上げる不快感に口元を抑えて眉を顰める。
 朧な記憶。母の面影。逢いたいと、願った訳ではないはずなのに。
 心のどこかで、思っていたのだろうか。
 ――彼女の生死を確かめるか?
 けれど今は大戦の最中。
 開拓者として、僧としての献身ならいざ知れず、己が些事に構える余力も、時間も――。
 もう一度クク、と自嘲的に笑って、薙刀を振るう花緑。周囲の鬼火が消えたのを見て、小さくため息をつく。
「……皆はご無事でいらっしゃるやろか。灯心、周囲の確認を」
「判った」
 主の言葉に頷く灯心。相棒の背を見送って、ふるふると首を振る。
 ……他人に諦めるなと言いながら、諦めているのが自分とは……何と不出来な。
 ――この大戦が、終わったら、また改めて考えよう。
 人に言うのであれば、己も実践せねば……。
 痛い程の静けさの中で、花緑は独り、未来に向けての誓いを立てた。


 気付けば仲間達がいない。これもアヤカシの幻影なのだろうか。
 まあ、どっちでもいい。涼にとっては渡りに舟だから――。
 彼はため息をつくと祈る様に目を瞑り、竪琴を爪弾く。
 辺りを鎮めるかのような穏やかな曲。
 ふと気がつくと、そこに懐かしい姿があって……。
「……あぁ、やっと……会えた」
 うわ言のように呟く涼。
 髪から突き出した角。均整の取れた身体に、爽やかな笑顔……。
 あの時と変わらぬ親友。
 明るくて、優しくて……心も、身体も強かった彼。
 涼の双子の姉と一緒に、病弱で弱気な自分をいつも励ましてくれた。
 ――涼にとって、いつまでも変わらない、憧れの存在。
 太陽の如き明るさで周囲を照らす、絶対的な光……。
 ――彼は、アヤカシに襲われた涼を助けようとして、命を落とした。
 彼と共に涼を助けに駆けつけた姉は、アヤカシの幻術に惑わされ、誤って彼を刺し……結局、それが致命傷となり。
 そして涼の姉はその事実と、己の過ちを受け入れることが出来ず、狂気に囚われた。
 今でも、姉に投げつけられた言葉が鮮明に思い出せる。
『涼……! あんた死ねばよかったのに……!』
 ああ。その通りだと思う。
『どうして……? 何であんたが生きてるのよ? どうしてあの人が死ななきゃならないのよ……!』
 そうだね。不思議だね、姉さん。
 何故、あんなに強かった彼が死んで、弱い自分が生き残っているんだろう。
「……あの日以来、ずっと死に場所を探してた。彼女が望む通りに、二人と同じ苦しみを味わって、死にたかったから……」
 涼の消え入るような声。目に映るのはあの日と変わらぬ彼の微笑み。
 ――死に場所と同じくらい。ずっとずっと、この面影探していた。
 逢いたくて逢いたくて……漸く逢えた。
 だから、もう……良いよね……?
「……俺を、殺して」
 思い切り苦しめて――そして、俺を楽にしてくれ。
 縋るような思いで、あの日と同じ様に、奏で歌う涼。
 奏でる調べは贖罪の響き。
 連ねる詩は終焉への導き。
 響き渡る地を這うような音色。
 押し潰される心を表すような重い低音は、親友の微笑をぐにゃりと歪める。
「……あぁ、この程度で崩れるんだ?」
 涼の目に宿る深い失望。
 ――駄目だよ。それじゃ。
 そんなんじゃ、俺は苦しめない。
 ……もっと、もっと。強く重い呪いのような幻じゃないと――。
 二人の苦痛を、感じる事が出来ないじゃないか。
「お前は俺を殺せないんだね? だったら……幾らお前でも、用はないんだ」
 続く重低音に、親友の姿と、鬼火が次々と潰されて消えて行く。
 その様を見て、涼の心に暗然とした思いが灰のように降り積もる。
 ――俺はまた、死ねないのか。
「……涼」
「え……?」
 淀む空気。そこに吹いた一陣の風。
 その中に、親友の声を聞いたような気がして。涼はふと、空を見上げた。


 ――私が一番逢いたいと思っているのは、『神』だ。
 人に試練を与え、決して姿を現すことはない――果たして本当に存在しているのか。
 人の願いにより生み出された架空の存在ではないのか。
 信仰とは何のために在るのか……?
 幻でも神に逢えると言うのなら、一度問うてみたい。
 そんな事を考えていたミヒャエルは、現れた人物に目を見開いた。
 蜂蜜のような艶のある髪に、空を溶かしたような碧い瞳。可愛らしい蠱惑的なその姿は間違いなく、かつて亡くした妹で――。
「……何故」
 呟くミヒャエル。
 死者は二度と生き返らない。それは分かりきった事実だ。
 アヤカシに縋ってまで逢いたいとは思わない。それは単に執着であり、愛ではない。
 死によって分かたれた今、二度と会うことは叶わないが……彼女は永遠の安息を得られたのだ。
 ――それを妨げてはならない。
 そう思っていたはずなのに……何故、彼女が現れたのだろう。
「お兄ちゃん」
 甘えたように口を尖らせる彼女。それはどうしようもなく、愛しい声で……。そこから、蓋をしていた想いが蘇る。
 己は……実の妹でありながら、彼女を一人の女性として愛していた。
 恐らく、彼女も同じように想っていたのだと思う。
 人としても、神教徒としても決して許されぬ想い。
 お互いにそれを正視する事もなく、誤魔化し続けて……その果てに、彼女は希死念慮に囚われ、自刃した。
 ――最愛の妹を喪ったミヒャエルは、神に縋った。
 どんなに祈れども、心は空虚なまま満たされることはなく。
 神の姿もなく、声も聞こえず。神は己を救うことはない。
 その失望はいずれ、憎しみに変わった。
 それでも、信仰を捨てることが出来ずに、ただもがいて……。
「……お兄ちゃん?」
 懐かしい声。お前も、私と同じように苦しんでいたのか。
 愛しい君。昔も今も変わらず、己の心の奥に棲み続けている人。
 あの時、全てを捨てて正直になっていたら……彼女を喪わずに済んだのだろうか。
 全てがもう遅い。考えても、答えは出ないけれど――。
 お前はあの時、何も言わず独りで逝ってしまった。
 看取ることも出来なかった。だからせめて――。
「今度は、私の手で……」
 微笑む彼女に歩み寄りそっと腕を回すと、ミヒャエルは迷うことなく武器を突き立てる。
 妹は、いつものあの甘えた笑顔のまま――空へと還っていく。
「……ゆっくりおやすみ」
 囁く彼。彼女が消えて悲しいのは変わらない。けれど、不思議と心は晴れやかだった。
 アヤカシの幻影とは言え、きちんとした別れの機会を授けてくれたのは、神よ。貴方ではないのですか……?
 天を仰ぐミヒャエル。その問いに、答えるものはなかったけれど。
 霧はいつの間にか晴れ、祝福するような優しい光が降り注いでいた。


 廃村の奥に潜むアヤカシは退治され、『逢いたい人に逢える』と言う噂も、それに合わせるように消えて行った。
 開拓者達が見たのは、間違いなく幻だったけれど。それは彼らの心に、確かに何かを残して――。
 そしてまた、それぞれの道を歩んで行くのだった。