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■オープニング本文 ● 護大派と呼ばれる者達と朝廷の会談が開かれ、間もなく雲海の先にあるという旧世界へ向け開拓者達を乗せた飛空船団が飛び立とうかという頃………。 様々な想いが渦巻き、様々な思惑が交差する中、様々な者たちがそれぞれの意志に従って動き始めた。どうなるかなどと先を見通せる者は誰一人としていない。だが多くの者が予感した。 この世界が大きく動き出す……と。 開拓者達の暮らす神楽の都は一連の流れの中心の一つと言っても良い。開拓者ギルド近辺はいつになく騒がしく、開拓者も常より多く出入りしている。そしてそれに便乗しようと各国から商人たちも集ってきていた。 しかし神楽の都の日常はいつも通りだ。少なくとも表面上は……。大通りを行き交う人々に、威勢の良い客引きの声。橋の袂では瓦版売りが名の知れた開拓者の冒険譚を売りさばき、その横を悪戯をした子供達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。 本当にいつもと変わらない光景……。 しかしその流れる空気が僅かに違う。まるで嵐の前のように……。 西の空に分厚く立ち込める雲。 「嵐が来るかもしれないな」 誰かが呟いた。 「そりゃあ嵐の季節だからな」 別の誰かが茶化して返す。 だが一度浮かんだ予感は、決して消えることない漣のように心を揺らし続けた。 ●勝利を願って 「皆さん、いよいよ作戦が始まりますね」 神妙な顔をしているギルド職員、杏子。いつもと違う彼女の様子に、開拓者達が顔を見合わせる。 「……どうしたの、杏子ちゃん。今日は静かね」 「何か変なものでも食べたか?」 「違いますよー! もう! 今回はいつにも増して危険な作戦っぽいので、皆さんが心配なんですよう……」 「今更何言ってるのよ。今までだって何だかんだ言いつつ色々やって来たじゃない」 「ああ。大なり小なりやるこた変わらないよ。そうだろ?」 シオシオしている杏子に肩を竦めて見せる開拓者達。 何者にも負けない強靭な肉体。 そして真っ直ぐな心――これが、開拓者達の強さだ。 だからこそ今まで無謀とも思える作戦もやって来られたし、この先もきっと……乗り越えられると思う。 だったら。私達ギルド職員も、そのお手伝いをしないと……。 頷く杏子。眼鏡を上げて、開拓者達を見る。 「……失礼しました。あのですね。今日は大規模作戦の前に、開拓者ギルドの有志が集まって、ささやかですが勝利祈願祭をやろうかと言う話になりまして」 「あら。楽しそうね」 「一体どんな事をやるんだ?」 「ハイ。飲み物やお食事も少しですが用意しました。石鏡の巫女の皆さんにお願いして、戦勝祈願の舞もやる予定なんですよ! 神楽の都の皆さんも、出店を出して下さっているそうなので、是非いらして下さい!」 勢い良く頭を下げる杏子。 ――かけまくもかしこき もろかみたちのひろまえに……。 用意された舞台の上で、前天冠に朱袴……正装をした巫女達が舞い踊り、出店からは賑やかな声が響く。 戦の前の、ささやかな祭りの幕が開ける。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 千覚(ib0351) / 无(ib1198) / 春吹 桜花(ib5775) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 華魄 熾火(ib7959) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 永久(ib9783) |
■リプレイ本文 街に溢れる活気。聞こえてくる戦勝を祈願する祝詞。 新たな希望に向け、人々は膝を折り、祈る……。 「そんな喜ばしい祝いの宴の席を盛り上げずにどうするの! ……と言う訳で千覚、やるよっ!」 「はいっ! 姉様!」 身に纏う巫女装束。袖が邪魔! と襷がけをする十野間 月与(ib0343)に、笑顔で頷く明王院 千覚(ib0351)。 月与のからくり、睡蓮と共にテキパキと屋台の準備を始めると、その周りを千覚の忍犬、ぽちがぐるぐると走り回っている。 「今日は各国の郷土料理を楽しむってことで行ってみようか」 「あの、姉様。石鏡料理もお出ししたいんですけど、いいですか?」 「石鏡って郷土料理があるの?」 「はい。以前、星見家のご当主様に習ったんですよ」 友人と一緒に纏めたレシピ本を差し出す千覚。月与はそれに目を通すと、感心したように何度も頷く。 「へー。美味しそうだね。じゃあこれは千覚に任せるから、やってみて」 「はい! 頑張ります!」 ぐっと拳を握りしめる千覚。しっかりしてきた妹に、月与は目を細める。 舞台の上で踊る巫女達。金の冠に赤と白の装束。手に持った鈴が軽やかな音を立てる。 「ほら、シン。神楽舞よ」 「左様でございますね」 「綺麗ねえ。シンも踊ってみたら?」 「貴女のご命令とあらば従いますが、何しろ経験がありませんので満足して戴ける舞になりますかどうか……」 相棒の手を引っ張りながら楽しげな声をあげるユリア・ヴァル(ia9996)に、至極真面目に受け答えるからくりのシン。 物差しで測ったかのような模範的な回答に、彼女は深々とため息をつく。 己の相棒は、本当に堅物で、冗談の一つも通じない。 今日と言う今日は、世界の素晴らしさ、生きる楽しみを教えないと……! 「あのね、シン。もうちょっとこう、楽しいとか面白いとか……あんな事がしてみたいとか、そう思うことはないの?」 「申し訳ありませんが、質問の意味が分かりません」 「屋台の活気、神楽舞……どれも素晴らしいものだわ。そういうものを、貴方にも楽しんで欲しいのよ」 「貴女が楽しいのであれば、私も楽しいですよ」 「そう言う事じゃないの。『貴方自身』が楽しいかどうかよ」 「意図は理解します。が、貴女は本当の意味で分かっていません」 「……どういう意味よ?」 「機能としてではなく、私自身が貴女を選んだと言う事ですよ」 微妙にズレた返答をするシン。ユリアは少し考えてから、顔を上げる。 「要するに、やれば出来るってことよね? 安心したわ。貴方が生きる意味は私だけじゃないのよ。……貴方自身が、生きることを楽しみなさい」 安心したと言わんばかりににっこり笑うユリア。シンは姿勢を正したまま頷く。 「畏まりました。ご命令には従います」 「だーかーらー、そうじゃなくてね……。私がいてもいなくても、自分の人生を楽しみなさいと言いたいのよ。いい? 分かったわね?」 微笑んで、相棒の頬を撫でるユリア。シンは、それを表情を変えることなく受け止める。 ――主は本当に、何も分かっていない。 貴女が幸せであれば、私の思いなどどうでも良い事。 そしてそれを告げることもない。 言えばまた彼女は嘆くだろう。 それは主の幸せの為には必要のない、無駄なことだ。 自分が従者として、主に言える意志は、たった一つだけ――。 「私が私の意思で選んだ主が貴女です。マイロード」 ユリアの手を取り、膝をつき、恭しく口付けるシン。 彼女はがっくり肩を落とすと、頭を抱える。 あー。これは分かってない。絶対に分かってない……! 行き違う主と従者の思い。 お互いがお互いを思っている事には、違いないのだろうけれど……。 主に良く似て頑固な従者に、ユリアはもう一度……深く深くため息をついた。 「神楽舞か。ここまで本格的なのは初めて見るな」 「うむ。なかなか美しいものであるな」 杯を傾けつつ、壇上の巫女達を見つめる羅喉丸(ia0347)に、頷く天妖の蓮華。 艶やかでいて厳かな雰囲気。巫女達から感じる気迫に、いつもと違う何かを感じる。 「……今回は特別なんだろうな。終わりも近い、と言うことか」 「臆したのか?」 「いや……思えば遠いところまで来たものだと思うだけさ」 遠い目をする羅喉丸。空いた杯に酒を注ぎつつ、蓮華も空を見上げる。 「お主も分かっておるじゃろうが、始まりがあれば、必ず終わりがくる。決して避けられぬ……それが定めというものじゃ」 「ああ、新たに始める物語のためにも終わらせなければな」 彼女の言葉に頷く羅喉丸。 この老成した酒好きの天妖には、今まで随分助けて貰った。 共に死地に赴き、無茶をさせたのは一度や二度ではない。 これらが片付いたら一度、労ってやらないと。 羅喉丸の師匠を名乗る彼女が、素直に労われてくれるかどうかは分からないけれど……。 彼がそんな事を考えているとは露にも知らず、天華は瓢箪から直接酒を煽る。 「ところで羅喉丸よ。お主、この戦いが終わったら、何とする」 「そうだな……。弟子を取ろうと思っている」 「弟子……? お主がか?」 「おかしいか?」 「いや、今までも弟子の志願者が山程おったのに、『修行中の身』とか言って全部断っておったろうが。どういう風の吹き回しかと思うてな」 「茶化してくれるな。修行はこの先も欠かすべきではないと思っているよ。ただ……歴代の拳士が磨き上げ、先達の想いと共に伝えられてきたものが絶えてしまうというのは少し寂しいからな」 「ふむ。お主も立派になったものじゃな」 クククと笑う蓮華。 羅喉丸の脳裏に、今もはっきりと浮かぶ開拓者の背中。 ――彼が泰拳士になったのは、遠い昔、開拓者に助けられた経験からだ。 アヤカシに襲われていた自分を救ってくれた泰拳士の背は広く、大きかった。 幸い志体を持っていた羅喉丸は、それから鍛錬を重ねた。 あの憧れた背中に、少しでも近づきたいと――。 ひたすらに走って走って……。気がつけば、天儀屈指の泰拳士と呼ばれるようになっていた。 こうなった今も、あの人と同じ場所に立てているのか分からないけれど……。 次の世代へ、想いを託したいと思えるようになったのは大きな変化なのかもしれない。 「まあ、今まで色々あったが、これからも宜しく頼むよ。蓮華」 「うむ。お主の弟子共々ビシビシ鍛えてやるぞ。覚悟するがいい」 相変わらずなお互いに、嫣然と笑う2人。 今はこの時を楽しもう……と、注ぐ酒に青い空が映る。 「よう。久しぶりだな、黒優。お前達も元気だったか?」 翔馬から降りて来るクロウ・カルガギラ(ib6817)を尻尾を振って出迎える黒狗。 首に光る立派な首輪に、傷もすっかり癒え戻った毛並み。集まってきた黒狗達を見て、彼は顔を綻ばせる。 「今日はちょっと話があって来たんだ。お前達の森を荒らしてた奴、覚えてるか?」 「わん」 「あいつら、もういなくなったぞ。……って、急に言われても分からねえよな。何から話そうか……」 考え込むクロウ。長い話になると察したのか、黒狗達は彼の傍にそっと伏せる。 クロウが語るのは、事件の始まり……『狂気の人妖師』と呼ばれる、恐ろしい人間がいたこと。 その男が瘴気の樹の実を育て、周辺に被害を与えていたこと。 男の研究の果てに創りだされた、人妖達とその妹のアヤカシ達のこと。 そして、覚悟と願いを抱いて散って行った、アヤカシ達の最期を――。 「紗代さんとお前を傷つけた黒いアヤカシは消えたよ。……それで勘弁してやれないか?」 真剣なクロウの眼差しを受け止める黒優。暫く考えた後、こくりと頷く。 「さすが黒優は広い心を持った男だな。……あいつ、イツって言うんだけどさ。アヤカシのクセに俺のこと『スキ』とか言い出したんだぜ。全く、モテる男ってのは辛……」 茶化したものの、言葉に詰まり……ぽたり、と。目から熱いものが零れて、クロウは目元を拭う。 ――あれ。俺、泣いてるのか。参ったな……。 「クゥ……」 慰めるように、大きな舌でクロウの顔を舐める黒優。 べろりべろりと勢い良く続いて、彼の身体が傾ぐ。 「わっ、ぷ。ちょっ。黒優、くすぐってえ! 大丈夫、大丈夫だから」 「わう?」 「ああ、俺は平気だよ。それより……今の事は誰にも言うなよ?」 ちょっとバツが悪そうなクロウに、こくりと頷く黒優。 そこに、ガサガサと草を掻き分ける音がして、もう1匹黒狗が現れる。 「あれ? お前、えーと……」 見覚えのある黒狗に、首を傾げるクロウ。 そうだ。紗代を助けに行った時、噛み付いて来たのは確かこの狗だった。 その黒狗は彼の前に良く熟れたイチジクやアケビ、木の実を並べると、深々と頭を垂れる。 怪我をさせた詫びのつもりなのかもしれない。 彼らが喋ることはないが、心が伝わってきて……クロウは笑うと、黒狗の頭をぽんぽんと撫でる。 「何だよお前。気にしなくて良かったのに。ありがとな」 賢くて、義理堅くて、心優しい狗達。 彼らの平和な暮らしが、ずっと続けばいいと思う。 ――始まる戦い。迫っているという『滅び』。 菱儀は、それを知っていたからこそあんな狂った行動に出たのだろう。 ――俺は奴の様にはならねえ。 最後の最後まで抗って……せめて、黒狗達の安寧と――アイツが生まれ変わって戻って来た時、困らないようにしてやりたい。 「全部終わったら、また会いに来るからさ。元気でいるんだぞ」 黒狗達の毛並みを順番に撫でるクロウ。 彼を見つめる黒狗達の目は、どこまでも優しかった。 竜哉(ia8037)が人妖達の様子を見に行くと、元気……とは言いがたかったが、騒ぐこともなく過ごしていた。 「ちょっと竜哉、早くない? そんなに簡単に答え出ないわよ」 「ああ、今日はその話をしに来たんじゃないよ。別件さ。君達は、古代人……護大派の話は知っているかい?」 ムスッとしているふうを宥めて、三姉妹を見つめる竜哉。その問いに、ひいがこくりと頷く。 「護大派……亞久留様がそんな事を仰ってましたわね」 「ひいは亞久留と話をしたことがあるんだな」 「少しだけですけれども……『護大こそ世界の意志。全ての者は護大に従うべき』と仰っておられましたわね。いずれ儀は落ちる、とも」 「……知っていたのか」 「はい。主様はそれを知って、研究の完成を急がれたようです。ヒトと瘴気の親和性ですとか、人妖の瘴気耐性についてとか……そのようなことを」 「ひい。ギって何ですのぅ? シンワセイ?」 「みいは聞いても分からないでしょ……」 思い出すように語るひいに、眉を上げる竜哉。首を傾げるみいに、ふうが苦笑しながらツッコむ。 ――あの賞金首は、なかなか面白い研究をしていたらしい。 開拓者より、罪人の方が余程先を見越していたというのもまた皮肉な話。 そう。何時だって世界は理不尽で不平等で……無能が幅を利かせ、有能が野に下る事もざらだ。 努力は徒労に終わり、善行をすれば石を投げられる。 何もしない方が楽だと膝を抱えたくもなる。 それでも、戦う理由があると言うのなら……。 「なあ。お前達は、辛い事も、苦しい事も全部『無』にしたいと思うか?」 竜哉の突然の問いに、無言を返す人妖達。 暫くの沈黙の後、ふうがムスっとしたまま口を開く。 「あたしは嫌。主様もヨウもイツも消えて、嫌だったもの。ひいもみいも消させないし、消えていいものなんてないと思う」 「……そうか。そうかもな」 きっぱりと言い切る彼女に、笑う竜哉。 ふうは面白い。これから先色々なことを覚えたら、彼女はもっと面白く変わって行くだろう。 それを、あとどれだけの時間、見る事が出来るだろう。 ――古代人達の言うように、いつか儀は落ちる。奇跡でも起きない限りは。 だが、その先に、立つ者がいるのなら……。 次代に続くものが、自分達と同じ思いをせずとも済むように。 無数の先達達と同じように、その礎になるのも、悪くない。 今度は自分達が未来を、希望を託す番だ。 「竜哉。どうして難しい顔してるんですのぅ?」 「どこかお加減でも悪いんですの?」 「いや。何でもないよ。よし、外に……と言ってもまだ街にはいけないが。庭に遊びに行こう。菊の花が咲いてるぞ」 心配そうなひいとみい。そしてむくれたままのふうの背を押し出す竜哉。 この先がどうなるか誰にも分からないけれど。 ヨウの約束を果たす為に、もう少しだけ頑張らないと……な。 そんなことを考えながら、彼は明るい庭へと歩き出した。 「えっと……ごめんなさい」 「いいえ。構いませんわよ」 にっこり笑う山路 彰乃(iz0305)にぺこぺこと頭を下げる柚乃(ia0638)。 彰乃の膝には、柚乃の提灯南瓜がずどーんと鎮座ましましている。 久しぶりに見る光景じゃの……と思いつつ、音羽屋 烏水(ib9423)は2人に声をかける。 「柚乃に彰乃ではないか。久しいのう」 「あ、烏水さん。こんにちはですよー」 「ご無沙汰しておりました」 「うむうむ。2人共元気そうで何よりじゃ!」 「烏水さんはもう屋台回られました?」 「わたくし、今神楽舞の当番が終わったばかりなのでこれからなのですが……」 「ワシもこれからが本番じゃの。向こうに美味そうなおでんの屋台があったぞい」 わいわいと盛り上がる3人。烏水の相棒のすごいもふらが深々とため息をつく。 「烏水殿ー。某、もっと静かな場所で秋の味覚を楽しみたいもふ……」 「何を言うか、いろは丸。祭りは賑やかであってこそ。風物詩じゃろうが」 「うるさいとご飯が進まないもふよ」 「おぬしはいつも食べ過ぎるくらいなのじゃから、それくらいで丁度いいんじゃ!」 主と相棒とのやり取りに、くすくす笑う柚乃と彰乃。 その頃、月与と千覚の屋台は大盛況を迎えていた。 「お姉さん、アル=カマル風カレーまん一つ下さい」 「俺は石鏡風の煮物一つ!」 「はーい! ただいま! 姉様! 次カレーまんお願いします」 「はいはーい。睡蓮、お客様にこれお持ちしてー」 次々とやってくる客を手際良く対応していく千覚と月与。 睡蓮もテキパキと、大量の注文を間違うことなく、手馴れた様子で処理して行く。 パンの中にシチューを詰めて揚げたジルベリア風のピロシキや、泰国風の水餃子、ナンでカレーを包んだアル=カマル風カレーまん、石鏡風の煮物など、各国の郷土料理を一堂に集めた屋台は珍しく、非常に人気を集めていた。 祭りと言う場所柄、食べ歩きがしやすいように持ち運びしやすい形や、使い捨ての器を使うなどの細やかな心遣いもまた人気の一つであるのかもしれない。 何より、どれを食べても美味しいと言うのが人を集める一番の理由であった。 「お嬢さん、料理が上手いなあ。どうだい。ワシの息子の嫁にこんか」 「残念! 月与はもう結婚をしておるのじゃよ」 「そうなのよ。ごめんなさいね〜」 ドサクサに紛れて縁談を勧めて来る老人を、いつの間にか謎の神仙猫に化けた柚乃と月与が上手くかわす。 そこに聞こえた頼もうー! という良く響く声。 それに気付いて、千覚が走って行く。 「はいっ。お待たせしました! ご注文は何にしますか?」 「注文の前に、一つお尋ねしたいことがあるでござるよ」 「何でしょう?」 小首を傾げる千覚に、キリッと引き締まった真面目な表情を向ける春吹 桜花(ib5775)。 彼女はうん、と頷くと、意を決したように口を開く。 「あの、この出店に串の長い団子は置いていないでやんすか?!」 「すみません。今日は郷土料理を用意して来たので、お団子は置いてないんですよ」 千覚の返答に目に見えて萎む桜花。その落ち込みように何だか申し訳なくなって、彼女は慌てて記憶を辿る。 「あっ。あの、この先の出店に、確かお団子置いてありましたよ。串が長いかどうかまでは分かりませんけど……」 「本当でやんすか!? ありがとうでやんす!!」 さっきまでの落ち込みはどこへやら。ぱあっと明るい笑顔になって千覚の手を掴み、ぶんぶんと振り回す桜花。 石鏡風の煮物と酒を手にその様子を見ていた无(ib1198)が首を傾げる。 「……団子はともかく、『串が長い』という条件をつけているのはどうしてだい?」 「良くぞ聞いてくれたでやんすーーー!! ……あっしは重大なことに気がついたでやんす。串の長い団子なら、それだけ一度に沢山食べられるでやんす! どうでやんすか!?凄く良い名案だと思うんでやんすが!」 「もふ! さすがご主人様もふ!」 頷き合う桜花ともふらさまのもふべえ。 そんなに団子が食べたいなら、わざわざ長いものを探さずとも2本買えばいいじゃないか……と思った彼だったが、桜花と相棒のあまりの盛り上がりっぷりに黙っておいてあげることにした。 「そうと決まれば即行動! もふべえ、次の店に行くでやんすよ!」 「お供するもふ!!」 「まあ、頑張って」 走り去る桜花ともふらさまを見送る无。彼の相棒の玉狐天は、その様子を肩の上からじっと見つめている。 「……やかましいな」 「元気な事はいいことだよ」 「これもまた、一つの祭りの楽しみ方と言うやつじゃ〜♪」 からからと高下駄を鳴らし、即興で三味線弾きつつ芝居がかった声を出す烏水。 それに无は笑うと、すっと湯飲みを差し出す。 「どうだい、一つ」 「おお、これはこれは。戴こうぞ」 「良かったら煮物もどうぞ。美味いよ」 並んで腰掛ける无と烏水。 无は米酒、烏水は緑茶の入った湯飲みで乾杯をする。 聞こえて来る神楽舞の厳かな楽器の音。立ち並ぶ屋台。あちこちからする美味しそうな匂い。道を往く人々の笑い声。はしゃいで走り回る子供達――。 「……平和だね。これから、命運をかけた戦いが起きるなんてとても思えない」 「そうじゃのう。世の終わりなんぞ想像もできん。想像したくもないがの」 「烏水はこの戦いについて思うことはあるかい?」 「……この賑わいは掛け替えなきもの。わしら守ってやらねばならぬ。无もそうは思わんか」 「そうだね。私達の力はその為のものでもある訳だし」 「うむ。やれる事はやらねばの!」 頷く无にぐっと拳を握り締める烏水。そんな主を見て、いろは丸がジルベリア風のピロシキを食べながら首を傾げる。 「うん。美味いもふ。……ところで烏水殿。足が震えてるもふよ」 「こここ、これは秋風で冷えただけじゃっ! け、決して怖い訳ではないぞっ!」 「そういうことにしておくもふか」 思わぬツッコミにアワアワと慌てる烏水。それに无がくすりと笑いを漏らす。 「……なんにせよ生きて戻らないとねぇ。生きねば未来も見られぬし。まだやりたいこと、やらなきゃいけないことが沢山あるんだよ」 「……青龍寮の卒業試験か?」 「そうだねえ。瘴気と精霊力……何とも悩ましい話ではあるが」 ナイの言葉にふう、とため息をつく无。 瘴気と精霊力。その力の根幹に何を見るのか……その答えを見つけて聞かせると、約束した。 そう。救われた天儀の未来で、話すのだ――。 しかし。話そうにも今は答え自体が全く見えない。 今回の合戦を経れば、その答えが見えるだろうか……。 「……月が綺麗じゃの」 「そうだね。酒がすすむ」 「烏水殿ー。おかわりもふー」 天に見えるは欠けた月。烏水と无は、長いことそれを見つめていた。 尾鷲 アスマ(ia0892)は、きゃっきゃとはしゃいで走り回る忍犬をのんびりと眺めつつ、芋羊羹を口に運んでいた。 ここに来る前に昭吉に会いに行った彼。 現状も分からぬまま気まぐれに向かったのだが、アスマが持参した差し入れを大層喜び、御礼にと芋羊羹を持たせてくれた。 その素朴な甘さを味わいながら、アスマは考えに沈む。 ――来る嵐。それを楽しみと言えばどうなるやら。 繰り返される毎日。飽きる前に目まぐるしく変わるのなら……とても興味深い。 しかし今は、秋も深まる季節。1年の中でも収穫に忙しい時期だ。 この戦が、力を持たぬ民達の生活に影響が出なければ良いと思う。 大規模な戦になれば、それも難しいだろうが……彼らが冬に苦労するのは避けたい。 ――そもそも。儀が落ちるとなれば、収穫どころの騒ぎではないのかもしれないが……。 次々と浮かぶ懸念。まとまらない思考。アスマは頭を振り、クククと密やかに笑う。 儀。天に浮いた島。それが落ちると言った古代人……。 まるで閉まった戸越しに人と会話するような……遠くに聞く話のようだ。 考えたところで答えも出ない。思考に割り入らず、現実味を感じない。 ――いや、それも当然か。 目の前で何が起ころうと、向かい来る敵がどんなものであろうとも、生きるうちにする事に変わりはない。 戦い、勝ち……その先の事は、その時に考えればいい。 芋羊羹をもう一つ食べて、ため息をつくアスマ。 そういえば、相棒はどうしているだろう……? と周囲を見渡して、彼は愕然とする。 「……時に蕨生。この短時間でなぜ泥まみれになるのかな?」 忍犬に恐る恐る尋ねるアスマ。 大はしゃぎしていた蕨生は、彼が考え事をしている間に泥水に戦いを挑んだらしい。 やりきった顔をしている忍犬に、アスマは苦笑する。 「あーあ。真っ白な毛並みが台無しだ。帰ったら洗おうな。……って、飛びつくな!」 尻尾を振りながら円らな目を向ける蕨生。服の裾が泥だらけになって、彼は深くため息をついた。 遠くから祝詞と、人々の歓声が聞こえて来る。 巫女達の、しゃなりしゃなりとした動きは遠目から見てもとても美しく、永久(ib9783)は目を細める。 「勝利祈願の舞、か……」 「舞い踊る巫女姫は、まこと美しいのう」 ぽつりと呟く華魄 熾火(ib7959)。 どこか遠い目をしている彼女の横顔。長い黒髪が篝火に浮かび上がってとても綺麗だ。 永久は熾火から目線を外さすに続ける。 「こんな時に馬鹿騒ぎなんて、という者もいるけれど……こういった時間も大事だろうね」 「そうじゃな。私達もいつ死ぬかわからぬ身、楽しまねば損ではないか」 くつりと笑う彼女に苦笑する永久。 いやいや。そう簡単に死んでもらっては困るのだが……。 飲み干して、空っぽになった杯に酒を満たして、小さくため息をつく。 「護大派に、古代人、か。色々出て来ているみたいだね」 「そうじゃなぁ。儀が落ちるとか物騒な話もあるようじゃ。……激しい戦になりそうじゃの」 「……この戦、熾火も出るのだろう?」 「勿論じゃ。少々、死に急いでいるように見える心配な奴がおるのでな……。見ていてやらねばなるまい」 彼女の杯にも酒を注ぎつつ、そうか……と短く呟いた永久。 この人はいつも人の心配ばかりで、自分のことは後回しだ……。 熾火の顔を覗き込むと、少し困ったように眉を下げて微笑む。 「熾火。……良ければ、だけれど。一つ我儘を言っても良いかい?」 「永久が我儘とは珍しいな。なんじゃ? 私で良ければ聞こうぞ」 永久の申し出に目を瞬かせる熾火。 いつも控えめで、遠慮が過ぎる友人。 一緒にいても熾火の希望を優先しようとする。譲ってばかりいては損をすると心配していたが……その彼が『我儘』とは珍しい事もあるものだ。 これは叶えてやらねばなるまいと、居住まいを正す彼女。 真顔で見据えて来る熾火に、永久はもう一度困ったように笑う。 「俺を、熾火と共に行かせてはくれないか?」 「む? ……共に、とな?」 「ああ。熾火は、目を放すと何をしでかすか分からない。心配だからね。……俺を、傍においてはもらえないかな?」 くすりと笑って穏やかな目を向けてくる永久を、キョトンと見つめ返す熾火。 その内容に気が抜けたのか、深々とため息をつく。 「なんじゃ。我儘と言うからどんな事かと思えば。そんな事かいな」 「そんな事って……俺には重要なんだけど」 「そもそも、いちいち確認を取るようなことでもなかろ?」 「そういう訳にはいかないよ。迷惑だったら困る」 「だから永久は遠慮が過ぎるんじゃと言うに。……まあ、良いわ。その我儘、特別に叶えてしんぜよう。……私と共に、ゆくか?」 悪戯っ子のような笑みを浮かべて、すっと白い手を差し出す熾火。 永久がその手を取ろうとすると、急にひょい、と引っ込める。 「熾火……?」 「あー。あのな。永久が言うように、私は何をしでかすか分からん。後々悔やむことになるやもしれんぞ? 考え直すなら今のうちじゃが……」 そんな事を言いながら、もう一度手を差し出す熾火に、優しく微笑む永久。 その手を迷わず取って、軽く包み込むように握る。 「後悔なんてしないさ。俺はここにいたいのだから」 きっぱりと告げる永久。 ――己の居場所は、彼女の隣と決めた。後悔などするはずがない。 熾火は嬉しそうに笑うと、彼の手をそっと握り返す。 「そうか。永久も物好きじゃなぁ」 「何とでも言うがいい」 「……頼りにしておるぞ」 「ああ。こちらこそ宜しく頼むな」 笑い合う2人。 夏の終わりを感じさせる冷たい風。繋がれた手が温かい。 2人は暫くそのままで、賑やかな祭りを眺めていた。 「あっと言う間に完売しちゃいましたねー」 沢山持ってきたはずなのに……と呟く千覚。 月与と千覚の屋台は、開始から大盛況で数時間後に完売。 持ち込んだ資材も無駄なく全て使いきることが出来ていた。 「まさかこんなに売れるなんて……」 「うふふ。千覚の料理の腕が上がったからじゃないかしら?」 「そ、そうでしょうか……」 「そうよ。自信持ちなさいな」 褒められて、頬を染める千覚。愛らしい妹に月与の頬も緩む。 「さ、飛ぶ鳥後を濁さずよ。ぱぱっと後片付けして、私達もお祭りに遊びに行きましょ!」 「……はい!」 続いた月与の号令に頷く千覚。 彼女達は鮮やかな手つきで屋台を畳み始める。 「ないーーー!! どこにもないでやんすうううううう!!」 「まー。そうじゃろうのー」 「ご主人様、元気出すもふよ!」 祭りの片隅でがっくり膝をつく桜花。その背を、謎のご隠居と化した柚乃ともふべえがぽふぽふと撫でる。 桜花はあれから、足を棒にして祭りの屋台をくまなく巡り、道往く人にも尋ねて歩いたが、結局串の長い団子を見つけることは出来なかった。 まあ、三色団子、みたらし団子、餡団子と普通の団子は見つけられたので、それはしっかり食べて来たのだが……。 「まあ、人生ままならぬものよの」 「ぐぬぬ……! 今回はお預けでやんすが、次こそ見つけるでやんす!」 ご隠居の呟きにガバッと立ち上がる桜花。 祭りの中心で、団子への愛を叫ぶ。 「あっしはあきらめないでやんすよーーー!! この戦いが落ち着いたらあっしは、世界一長い幻の串団子を求めて旅を……って、ん? 何か可笑しいでやんすか?」 「……いやいや。見つかるといいのう」 桜花の宣誓に、肩を震わせるご隠居。主の姿に感銘を受けたもふべえは、滂沱の涙で地面を濡らしていた。 「ううう。感動もふ……! 素晴らしいもふ……! そんな凄い団子を見つけられるのはきっとご主人様だけもふー!」 「もふべえは分かってくれるでやんすか」 「勿論もふ! もふべえは、一生ご主人様に付いて行くもふー!」 ひしと抱き合う主と相棒。 ――串の長い団子はきっかけに過ぎなくて。 旅の中、旅を見つける。それもまた旅の醍醐味。 旅から旅へと渡り歩く、渡り鳥のように。 楽しい旅を、果てしなく続けて行きたいと――彼女は思う。 闇に輝く篝火。祭りの喧騒。終わることなく続く神楽舞。 迫る合戦を忘れるかのような熱気。 人々の平和への祈りが、空へ登っていく。 開拓者達のそれぞれの時間が、優しく過ぎて行った。 |