【三姉妹】さよならのその先
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/15 22:32



■オープニング本文

「隼人様、お忘れ物はないですか?」
「ああ。……そういや、相談があるとか言ってたな。どうかしたのか?」
 外出の用意をする星見 隼人(iz0294)をせっせと手伝う昭吉。
 隼人に問われて、少年は言い辛そうにもじもじし始める。
「あの。えっとですね。その。……人妖さん達の妹さん、亡くなられたんですよね? その位牌と、お墓を作りたいんですが……」
 目を伏せたままの昭吉。
 自分も最初は、主様が消えてしまって、もう会えないことが悲しくて辛くて仕方がなかったけれど。
 主をきちんと埋葬し、弔うことで、少しだけ踏ん切りがついた。
 ここに来れば、主にいつでも会うことが出来る。
 そう思えるようになってきたから――。
 そんな事もあって、妹達の死を嘆き悲しんでいると言う人妖達が、どうしても他人事に思えなかった。
 ……ただ、アヤカシ達の身体は、残っていないと聞いたし。
 そもそも、アヤカシの『墓』を作るなんて、おかしいかもしれないけれど。
 そういう場所があれば、彼女達の気持ちも楽になるかもしれない……。
「……なるほどな。そういう事か。分かった。お前の好きにやってみるといい」
 人妖達は『位牌』や『墓』の習慣すら、知らないだろうしな……と続けた隼人。
 それに頷いて、昭吉はため息をつく。
「ただ、妹さんの好みが僕良く分からないですし。お墓の場所も……主様の近くは、嬉しくないですかね……」
「そうだな……。まあ、もうすぐここに開拓者達が来る予定だ。彼らに意見を聞いてみてもいいかもな」
「開拓者様が来るなら、お茶の用意をしなくちゃ。彰乃様にもお知らせしてきます!」
 隼人の言葉に再び頷き、ぱたぱたと走り去る昭吉。
 主を失ってまだ日も浅く、主の墓の前でボンヤリしている事も多いけれど。
 少年も少しづつ、彼らしさを取り戻している。


「よう。隼人さん。人妖達はどうして……」
 開拓者ギルドに入ってきた隼人を見て、絶句する開拓者達。
 何故かって……彼の頬に、見事な手形が残っていたので。
「一体どうしたのよ、その顔。彼女とケンカでもしたの?」
「そんな色気のある理由なら良かったんだけどな。……ふうに殴られた」
 その理由を聞いて、開拓者達は再び絶句する。

 先の話し合いで、人妖達は星見家の監視下が望ましいと言う意見が出され、開拓者ギルドもそれを了承。
 星見家も準備を整え、人妖達を受け入れたのだが……。
 彼女達は妹達を亡くしたことで、非常に不安定になっているらしい。

 ひいは何もせず、独りでぼんやりしていることが多い。
 ふうは『ヨウとイツの死』にどうしても納得がいかず、怒りに任せて暴れた為、現在座敷牢に隔離中。
 みいは妹達から贈られた腕輪を握り締めて泣き暮らしている――。

「ある程度予想はしていたが……暴れるのはまずいな」
「ああ。状況が状況だけに、今は大目に見ているが……この状態が続くようだとな」
 呻く開拓者に、頷く隼人。
 条件つきで、生存が許されている人妖達。
 このまま危険行動が続けば、処分は免れない。
 まずは第一条件として、徹底的な再教育を施し、自分達の犯罪行為をきちんと理解させなければ……。
「……その前に、あの子達の心情が和らぐよう、何か手を打った方がいいのではないか」
「そうね……。世俗の常識を叩き込もうにも、そんなに荒れてたんじゃ教えようがないわ」
「とりあえず、一度様子を見に来てやってくれるか。俺、女子供の相手は苦手なんでな……」
 ため息交じりに呟く開拓者達。
 ボヤく隼人に苦笑しながら頷く。


 ――主様。わたくしは主様のお役に立つことが出来ませんでした。
 出来損ないの道具を、どうかお許し下さい――。

 ――アヤカシが存在を認められてないってどう言う事よ!? あたしたちと大した差はないじゃない……!

 ――ヨウとイツがいないのに、楽しく過ごすなんて無理ですわぁ……。


 人妖達の、それぞれの思い。
 狂気の人妖師の罪は深く、爪痕を残している。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / 无(ib1198) / アルフレート(ib4138) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

「ええと……あの声は?」
「ああ、例の人妖達だ」
 恐る恐る尋ねる柚乃(ia0638)に、少し疲れた顔をして答える星見 隼人(iz0294)。
 陰陽寮を無事に卒業し、就職活動に忙しい兄に代わってやって来た星見家の屋敷。
 三姉妹の様子が気になってはいたが、これは……。
 隼人を始め、星見家の人間はこれに耐えていたのだろうか……。
 屋敷中に響き渡る泣き声と怒声に、火麗(ic0614)は天を仰ぐ。
「……酷いね、こりゃ」
「まあ、1回言われたくらいで『はいそうですか』と納得出来たら苦労しないな」
 淡々と呟く竜哉(ia8037)。クロウ・カルガギラ(ib6817)は困り顔で頭をぼりぼりと掻く。
「それはそうなんだけどさ。話したい事は色々あるが……これじゃなあ」
「……先に1人づつ話した方がいいと思うのだ」
「そうね……。まずは手分けして話をしましょ」
 心配そうに眉根を寄せる兎隹(ic0617)にふう、とため息をつくユリア・ヴァル(ia9996)。アルフレート(ib4138)はゆっくり立ち上がると、徐に厨房に向かう。
「……お茶と菓子を用意しておくよ。任せてもいいかな」
「あ。柚乃もお手伝いします」
 その後を慌てて追う柚乃。仲間達は頷くと、思い思いの場所へと向かう。


 クロウがヨウとイツの位牌の場所を尋ねると、案内を申し出てくれたのは昭吉だった。
 それはまだ安置場所が決まっていないらしく、仮に設置された台の上に置かれていた。
「すみません。まだ、位牌もお墓の場所も決まってなくて……」
「いや、仕方ねえって。……花、飾ってくれてるんだな。ありがとう」
「彼女達にも主様がご迷惑おかけしたようですし、これくらいは……」
 位牌の周りに飾られた菊の花を見て、目を細めるクロウ。
 アヤカシに迷惑をかけると言うのも何か違う気がするが……申し訳なさそうに言う少年の生真面目さに、彼はくすりと笑う。
「位牌の場所も、墓の場所も……俺も出来る事があったら協力させてくれ」
「ハイ。ありがとうございます。……では、ごゆっくりどうぞ」
 ぺこりと頭を下げてその場を辞する昭吉。クロウは2つ並んだ位牌に向き直ると、2人のアヤカシの色……白と黒の花を供え、そっと手を合わせる。
「イツ。お前、とんでもねー事言って逝きやがったよなぁ」
 ――あのね、イツ……クロウの事、『スキ』よ。
 クロウの頭に繰り返し流れるイツの細い声。
 ヒトの情を理解し始めていたアヤカシ。
 きっとそれは、まっさらな子供のような好意で、深い意味などなかったのだろうけれど……。
 クロウに衝撃を与えるには十分だった。
 別れを振り返らない。それが流儀。分かっている。でも……全く割り切れていない。
 人妖達の事を言えた義理ではないのだ。
 ――今度はヒトに生まれたいと言っていた彼女。
 次に会えるのは、いつだろうか……。
「……お前が望んだように、ひい達が楽しく過ごせるように努めるよ。だから……ちゃんと、ヒトに生まれ変わって来いよ。きっと、見つけてやるからさ」
 優しく声をかける彼。
 イツの望みを叶えれば、このじわじわと、沁みるような胸の痛みも少しは和らぐだろうか……?


 ユリアがひいの元に向かうと、彼女はぼんやりと窓の外を見つめていた。
「……ひい。久しぶりね。何をしているの?」
「……何も。……何もしていませんわ。妹達が暴れているようですし、止めなくてはなりませんのに……」
 弱々しくため息をつくひい。その顔から、生気と表情が消えている。
「あら。こんな時でも人の心配?」
「あの子達はまだ子供ですから……わたくしには、あの子達を守る義務がありますわ」
「……でも、思うように出来ない。そういうことね?」
 こくりと頷くひいにため息を漏らすユリア。
 ふうとみいがいつも以上に荒れているのは、普段統率していた彼女が動けずにいることも原因があるのかもしれない。
 主を亡くして、酷い虚脱感に襲われているであろうひいに、それを求めるのは酷なことだ。
 何より……彼女自身が『何故思うように出来ないのか』を自覚していないことも問題である。
 ――長女ってなかなか感情を表に出せないのよね。
 その心情に心当たりがあるのか、困ったように笑うユリア。
 そっと近づいて来た彼女に、ひいは目線を向ける。
「……動かなくてはいけないのに、動けないなんて今までになかったのですわ……。わたくし、どこか悪いのでしょうか」
「そうね。しいて言うなら……あなた、疲れてるのよ」
「疲れ……? いえ、身体は動かしておりませんわ」
「疲れているのは身体じゃなくて、貴女の心」
 意味が分からない、と言うように首を傾げるひいを、ユリアはひょい、と抱き上げる。
「ひい。貴女あれから少しは泣いた?」
「……いいえ。主様は私が泣く事など望んでいらっしゃいませんし」
「こんな時まで菱儀の希望をを考えなくたっていいのよ。……悲しいでしょうに」
 ユリアに抱えられ、キョトンとしていたひい。続いた彼女の言葉を耳にした途端、表情がさっと曇り、目を伏せる。
「……先日、皆様も仰っておられましたわね。人妖は『道具』であると。わたくしは主様の『道具』として存在を許されておりました。そのお役目を果たせなかったわたくしが、主様の死を悲しむ資格など……」
「資格? そんなもの要らないわよ。馬鹿な子ねえ。親が死んで悲しくない子供がいるはずないじゃない」
「でも……わたくしは……」
「貴女は一番上だから、ずっとそうやって堪えて来たのよね。大丈夫。私しか見ていないわ。誰にも言わない。もう我慢しなくていいのよ」
 子供をあやすように、ひいの背中を撫でるユリア。
 人妖の大きな金色の瞳から、ぽろぽろと涙が零れる。
「そう。それで良いわ。今は泣きなさい、菱儀の為に。……大丈夫よ。これ以上泣けないってくらい沢山泣いたら、自然と元気になるものよ」
「そう……なんですの?」
「そうよ。後で、きちんと菱儀にお別れしましょうね。もう貴女は、菱儀の『道具』ではなくなったのだから」
 ユリアの優しい声に、びくりと顔を上げたひい。
 次の瞬間、ぶわっと涙が溢れ出す。
「わたくしは……もう、いらない子なんでしょうか。主様の役に立てない、出来損ないの道具なのでしょうか」
「ひい……。もう菱儀はいないの。彼はこの先貴女に命令を下せない。従う必要はないのよ」
「では……わたくしはこの先どうしたらいいのでしょうか。どなたの命令に従えば……」
「ヨウの言葉を思い出して。貴女は、貴女らしく生きる為に存在するの。貴女の心の命令に従えばいいのよ」
「わたくしの……こころ?」
 分からない、と首を振るひい。
 ――この子は、命令に従順で理性的だ。
 永い時間を『道具』として生き、主の命令に添おうと努力し続けた果てに、己の『意思』を無くしてしまったのだろう。
 『命令』を与えれば、きっと彼女は目覚しい動きを見せる。
 でもそれは……本当の彼女ではないから。
「時間がかかってもいいわ。ひい自身がどうしたいのか、自分の頭で考えてみて。あともう一つ。私は貴女より年上。今日から私が貴女の姉よ。『一番上の義務』と、『我慢』は今日限りおしまい。いいわね?」
 ひいの顔をそっと手拭いで撫でるユリア。
 金髪の人妖は暫く考えてから、こくりと頭を縦に振った。


「竜哉のばーか! ばかばかーーー!! アヤカシ殺しー!!」
 ――アヤカシ殺しと言うのは果たして悪口なのだろうか。それを言ったらほぼ全ての開拓者が該当してしまう訳だが。
 顔を見るなり、噛み付かんばかりに乱暴な言葉をぶつけてくるふう。それを受け止めつつそんな事を考えていた竜哉は、否定もせずにただ頷く。
「おたんこなすー! でべそー! へちゃむくれー! とうへんぼくー!」
「ああ、そうだね」
「はぁ!? 何なのよ! 少しは反論したらどうなの!?」
「ふむ。残念ながら俺はでべそではないな」
「反論するのそこ!?」
「……イツを殺したのは俺だ。間違いない。それを正当化する気はないよ」
 きっぱりと断じた竜哉に口をあんぐりと開けたふう。振り上げていた拳を下ろして俯く。
「殴らなくていいのか?」
「……もういい。頑丈な竜哉を殴ったって、あたしが痛いだけだもん」
 部屋の隅に移動して、膝を抱えるふう。
 なんで? どうして? と聞こえて来た小さな呟きに、竜哉はため息をつく。
「なぁ、ふう。君はそうやってずっと考えているね。……答えは出たかい?」
「ううん。分からない。ヨウはすごく頭が良かった。イツだってすごく強かった。あたし達より主様の役に立ってた筈なのに。アヤカシだって言うだけで、どうして殺されなきゃならなかったの?」
「そうだね……。一つは、『菱儀の役に立っていた』から、処刑せざるを得なかったんだけど。その話は今の君には難しいから置いといて、まず『アヤカシ』と言う点で話をしようか」
「……竜哉は答えを知ってるの?」
「さあね。俺も正しい答えを持っているかどうかは分からない。ただ……彼女達も、悩んでいたと思うよ」
「悩むって……ヨウとイツが?」
「ああ」
 驚きで目を丸くするふうに、頷く竜哉。
 同じ親、同じモノから生まれて来たはずなのに。
 何故自分は姉妹と違うのか。
 どうして自分には姉妹には無い飢えが在るのか――。
「飢え? お腹ならあたし達だって空くけど……」
「俺達の比ではないよ。アヤカシは常に飢えている。腹が満ちるのは食べている時だけと聞いた。……彼女達から聞いたことはないかい?」
 ふるふると首を振るふう。
 主の命令以外、何も知らぬ姉妹達。
 心配をかけないように、黙っていたのだろうか……。
「ふう。2人は何に生まれ変わりたいと言ったか、覚えているか?」
「え? えっと。ヨウは人妖で、イツはヒトに……」
 そこまで言って、ハッとするふう。
 そう。ヨウもイツも『アヤカシになりたい』とは言わなかった。
 真に姉妹として、友として生きられるものを、望んだのだ。
「アヤカシの存在が許されないとは言わない。俺もそうは思わない。でもな、永遠に満たされることなく飢え続け、我慢するのは幸せか?」
「……だって、ヨウ達何も言わなかったし。あたし、そんなの知らなくて……」
 人妖とアヤカシは、同じ瘴気から生成される。
 その存在に差があるとしたら……アヤカシは、ただ強くて賢い存在だと思っていた――。
 己の体を抱えるようにして震えるふう。
 その肩を掴んで、竜哉は続ける。
「知った今なら考えられるだろう。……なぁ、ふう。ヨウとイツが何を望んだか、何故それを望んだのか……それがきっと、君が知りたい答えだ。君達は俺が守る。ゆっくり考えてくれ」
 呆然とする人妖の背を、ぽんぽんと叩く竜哉。
 そんな主を見て、天妖の鶴祇は苦笑する。
「もっとビシっと言えばいいものを。竜哉は甘いな」
「ほっとけ」
 軽口を返す彼。
 アヤカシという存在が抱える事実。それを知って、彼女がどういう答えを出すのか……。
 もう少し、時間が必要である。


 しくしくと、すすり泣く声が廊下まで聞こえて来る。
 赤い髪の人妖は、用意された寝床で蹲って泣き暮れていた。
「……みい」
 恐る恐る声をかける兎隹。ガバッと顔を上げたみいは、彼女目掛けてまっしぐらに飛んでくる。
「兎隹ぃ! うわあああああん!」
「こんなに泣き腫らして……。花の顔が台無しだぞ……?」
「だってぇー! だってえええええ!」
「分かった分かった。我輩が来たからもう大丈夫であるぞ。まずは目の手当てをしよう」
 己の胸に顔を埋めている人妖の髪をそっと撫でる兎隹。
 泣き過ぎた為か、目が開かない程に腫れてしまった瞼に、冷やした手拭いをそっと当てる。
「……随分と泣いたようであるな」
「だってぇ、ヨウとイツがいなくてぇ……」
「……どうした?」
 不意に押し黙るみいを覗き込む兎隹。
 彼女の目線が己の髪に注がれているのに気付いて、首を傾げる。
「……兎隹の髪、ヨウに似てますわねぇ」
「そうか? そう言われてみれば色は近いか……」
「ヨウの髪もイツの髪もとっても綺麗で……。わたしもそんな色が良かったですわぁ……」
「何を言うか。みいの赤い髪も見事なものだ。みいにはみいの良さがあるのだぞ?」
 ガバッと顔を上げ、腫れた目で兎隹をまじまじと見つめるみい。
 再びぼろぼろと涙を零す人妖に、彼女はギョッとする。
「ど、どうしたのだ?」
「……どうしてヨウと同じ事を言うんですのぉ」
 ああ……と呟く兎隹。
 ――そうだ。ヨウは人妖達の髪の色を、『個性』だと言っていた。
 それはとても愛らしいのだと。
 彼女がそう言った理由は、兎隹にも理解出来る。
 何故なら――。
「ヨウも我輩も、みいが好きだから……であるな」
 兎隹の静かな声に、再び嗚咽を漏らすみい。
 彼女をそっと抱えて、兎隹は続ける。
「辛い時に涙を堪えなくていい。……だが、ずっと立ち止まり、蹲っていてはダメだ。ヨウやイツが君達に残した未来を、ずっと泣き暮らすつもりか? もし君が逆の立場なら、遺した者達がそうある事を望むだろうか」
「兎隹の言う事は、分かるつもりですぅ……。でもぉ……わたし達、ずっと一緒だったんですのよぅ。難しいことは、ひいやヨウ、イツが考えてくれて……。主様もいないしぃ……この先一体どうしたらいいんですのぉ?」
 ――みいが泣いているのは、大切なものを失った悲しみだけではなく、後ろ盾を失った不安もあるのだろう。
 主との関係性は希薄であったが、その分、姉妹達に依存していた。
 ひいやふうとは別の方向で、混乱が大きいのかもしれない。
 そんな状況の中で、どうしたら彼女に言葉が届くだろう……。
 甘やかすのは簡単だ。しかし、それはみいの為にならない。
 兎隹は、必死で考えを巡らせて、口を開く。
「みい。どんなに泣いたとて、もう過去には戻れぬ。……ここで自分の居場所を探すのだ」
「ここで……?」
「そうだ。君が生きていく為に、学ばなくてはならない事は沢山ある。それは難しい事だし、辛い事もあるかもしれない。しかし……君は独りではない。姉達がいる。我輩も惜しみなく力になろう」
「……兎隹が一緒にいてくれるんですのぅ?」
「ずっとではないがな。会いに来るようにする。勿論、我輩だけではないぞ。火麗姉や、他の開拓者達も一緒だ。それなら寂しくなかろう?」
「火麗はすぐに殴るのですわぁ……」
「あれは、君達の事を心配しているからなのだよ。愛の鞭と言うヤツであるな」
 みいから漏れる修羅の姐御の感想に、苦笑する兎隹。
 どこからか、ぐー……と言う音が聞こえて、みいの頬がぼふっと赤くなる。
「わ、わたしは淑女ですのよぅ! お、お腹なんて減ってませんわよぅ!」
「淑女でもな、泣くと腹が減るものだよ。甘味を持ってきたぞ。食べるか?」
「す、少しなら食べてあげてもいいですわよぅ」
 兎隹が差し出したきんつばに目を輝かせるみい。
 言葉とは裏腹に、素直に食べ始める彼女に、兎隹は目を細める。
「今度、姉達や皆の為に団子を作る練習しようか。十五夜には皆で月見もいいな」
「お団子は、ふうの大好物なんですのよぅ。ひいは芋羊羹がすきなんですのぅ」
 あっと言う間にきんつばを平らげて頷くみい。
 己の事より先に、姉妹達の話が出る。
 根は優しい子なのだろう。だからこそ……幸せになって欲しい。
「……みい。一つだけ、覚えておいて欲しい。我輩達は何があっても君の味方だ」
 泣くだけ泣いたら……また笑っておくれ。
 祈るように続けた兎隹。
 みいは彼女をじっと見つめると、兎隹の豊かな白い髪に顔を埋めた。


 お茶の用意が済んだアルフレートが三姉妹を呼びに行くと、それぞれが酷い顔をしていた。
 ひいは目が真っ赤だし、ふうは顔色が悪く無表情。みいに至っては兎隹の髪にしがみついて顔を上げようとしない。
 まあ、暴れたり泣き叫んだりしなくなっただけマシなのかもしれないが……。
 ため息をつくと、部屋の片隅に座る彼。
 人妖達が少しでも落ち着くよう、穏やかな曲を選び竪琴をかき鳴らす。
 柚乃の相棒の提灯南瓜は、その曲に合わせてふわふわと踊っていたが、星見家嫡男の姿を見つけると、迷わずその頭に鎮座する。
 その場からピクリとも動かなくなった相棒に柚乃はでっかい冷や汗を流しつつ、皆にお茶を配る。
 一人一人個別に話してからになった為、大分遅くなってしまったが……これでようやく、人妖達への授業が出来そうだ。
「お前らひでー顔してんなぁ。とりあえずこれでも食えよ。どうせロクに食ってないんだろ?」
「さて……少し話をしてもいいかね。ちょっと難しい話をするけど、良く聞くんだよ」
 人妖達の様子に苦笑しながらお菓子を振舞うクロウ。火麗はこほん、と咳払いをすると彼女達に向き直る。
「いいかい。人妖とアヤカシは、同じ瘴気から出来てるのは知ってるね? じゃあ、その違いは何か。アヤカシは、常に強烈な飢えを抱えていること。あともう一つは……ヒトを捕食することさ」
「ヒトを……食べる。ヨウやイツも……そうしていたの?」
「アヤカシである以上、そうだったんだろうね」
 搾り出すように呟くふう。それに火麗が頷くと、人妖達は言葉を失う。
 水を打ったような静寂。
 それを破ったのはクロウだった。
「……お前達もヨウとイツという家族を奪われた。それは辛い事だよな」
「……今でも、帰って来て欲しいって、思ってますわぁ」
 ぽつり、と本音を漏らすみい。クロウはそれに頷きながら続ける。
「そうだろうな。アヤカシであるヨウ達も同じようにヒト……誰かの家族を奪い、辛い思いをさせてきたんだ。アヤカシってのは誰かの家族を奪わずには存在できない。そういうモノなんだよ」
「そう。アヤカシが存在を許されていない……開拓者がアヤカシを滅する理由は、そこさ。だから、ヨウ達は処刑されなければならなかった。……ここまでは分かったかい?」
 ゆっくりと話す火麗に、頷くひい。
 本当に人妖達がこの事実を受け入れられているかは分からないけれど。
 あともう一つ、伝えなければならない事がある。
 火麗は大きくため息をつくと、徐に口を開く。
「ヨウとイツは逃げようと思えば逃げられたはずさ。あたしが本気でやりあって死に掛ける程には強かったんだ。周辺をぶっ壊すつもりでやりゃあ何だって出来た。でも、それをしなかった。何でだと思う?」
「……本当は、わたくし達も処刑されるはずだったんですわよね?」
 静かなひいの言葉に、驚くふうとみい。クロウはそれに強く頷く。
「そうだ。……菱儀の手先だったお前達をギルドや上層の人間は許さなかった。でも、ヨウは……菱儀の討伐に手を貸す見返りとして、それを覆すように俺達に依頼した。そしてそれにイツも賛同したんだ」
 人妖達が生きる未来の為に。開拓者達は手を貸した。
 そして、アヤカシ達は、己の意思で、処刑される道を選んだ――。
「あたし達を恨んだって仕方ない。それだけの事はしてる。ただ……どんな思いであの子達が死んで行ったのか、それだけは忘れちゃいけないんじゃないの」
 どこか己に言い聞かせるような火麗の声。柚乃は、祈るように胸の前で腕を組む。
「死は終わりじゃないの。別れは悲しいけど……その先には再生が、新たな命の始まりがあるの。柚乃はそう信じてる」
 強い絆があれば、いつか再び巡りあう。
 例え……姿形が変われど、見つけ出せる。
 ある大切な友達がそうだったように――。
「ヨウ達、生まれ変わって来るんですのぉ? また会えるでしょうかぁ……」
「ええ、きっとね」
「ああ。絶対見つけてやろうぜ」
 再び涙を零すみいに、笑顔を向けるクロウ。
 見つけた時、自分が一体何歳になっているのか想像もつかないけれど。
 彼女達に恥じる事がないように――。
「……生きな。ヨウとイツが何を願っていたのか、しっかり考えて」
「どうか、自分を見失わないで……」
 火麗の願い。柚乃の願い。
 それは開拓者達の願いでもあり――。
 それが、三姉妹に届けばいいと思う。


「……大丈夫かの、昭吉」
「はい。お陰様で……」
 頬が赤い昭吉を、ぱたぱたと扇いでやる音羽屋 烏水(ib9423)。
 ユリアに会うなり頭を撫でられハグされると言う、いつもの洗礼を受けていつものように酸欠である。
 相変わらずの様子に、リト・フェイユ(ic1121)は安堵のため息を漏らす。
「前よりずっと顔色も良さそうで、良かったです」
「ちーと顔色が良すぎるようじゃがの」
 茶化す烏水に、くすくすと笑うリト。
 その横で、无(ib1198)が腕を組んで考え込んでいる。
「墓……墓の場所、ねえ」
「はい。どこがいいのかさっぱり思いつかなくて……」
「しかし、その墓、アヤカシのものなんじゃろ? わしは未だアヤカシは恐ろしいと思っているからのぅ。……そのアヤカシ達もよく知らんしな」
「……実は僕もそうなんですよ。アヤカシ、ものすごく怖いですし。どんな方達なのかも知りませんし」
「そうかそうか……って、昭吉も知らんのかいな!」
「ああ、主様がご迷惑おかけしたらしいってことだけは知ってますよ」
「それだけか!」
 続く昭吉と烏水のボケとツッコミの応酬。
 これを見るのも何だか久しぶりだ。
 少しづつではあるが、昭吉が元に戻って来ているのを感じて、リトの顔が綻ぶ。
「えーと。ひいさん達にはお墓のこととか、お話しますか?」
「そうですね。彼女達の為に作るようなものですし……」
「だったら、ひい、ふう、みいが訪ね易い場所がいいのでは?」
 続いた无の声に、烏水が腕を組んで唸る。
「ふーむ。訪ね易い場所のう。人妖達はここで暮らすんじゃったかの?」
「はい。そう聞いています」
「そうすると、星見領のどこかでしょうか……」
 リトの呟き。
 人妖達の立場を考えても、監視なしでの外出は厳しいだろう。
 そう考えると、お付の人と一緒に、気軽に行って戻って来られる場所がいいのかもしれない。
「そうじゃの。墓じゃし、人目につきにくい場所の方がええかの」
「星見領の山とか、見晴らしの良い場所でもいいかもしれませんね」
「ふむふむ、なるほど……」
 烏水とリトの意見にしきりに頷く昭吉。
 リトは、ふと思い出したように仲間達を見る。
「確か、お位牌も用意するんでしたよね?」
「ええ。安置場所をまだ決めてないんですけどね」
「ふむ。それは、人妖達が良くいる部屋に置いてやってはどうかな」
「彼女達も気軽に挨拶出来るじゃろうし、見守って貰っているような気持ちになれるやもしれぬな。位牌や墓は死者だけでなく、生者の慰めともなるじゃろう」
 无と烏水の親身な提案。それに昭吉が満足気にため息をつく。
「さすがです。皆さんに相談してよかった。ありがとうございます! 参考にします! 隼人様に相談しなくっちゃ」
 そこまで言った昭吉は、いつもの習慣で皆にお茶のお代わりを注ごうとして……お代わりどころか、お茶もお菓子も出していなかった事を思い出して青ざめる。
「ああああ!? 折角皆さんがいらして下さったのにお茶もお菓子もお出ししないで失礼しました! ちょっと待っててくださいっ」
 慌てて走り去ろうとする少年。その服を、リトが慌ててはっしと掴む。
「あーっ! 待って下さい、昭吉さん! 折角ですし、一緒にお散歩に行きませんか?」
「えっ。でも……」
「久しぶりに会ったのじゃ、ちょっとくらい良かろう?」
「烏水さん喉渇いてませんか?」
「大丈夫じゃ。後で構わん。のう、リト?」
「……あら? ローレル? どこに行ったのかしら」
 鷹揚な烏水に頷きかけたリト。後方に控えていたはずのからくりがいない事に気がついて、キョロキョロと周囲を見渡す。
「ローレルさんですか? 先ほど庭でお見かけしましたよ」
「えっ。いつの間に……?」
「ご案内しますね」
 歩き出した少年の背を申し訳なさそうに追いかけるリト。
 その後を、更に无と烏水が追う。
 向かった先は、日当たりの良い庭で……そこを埋め尽くすような勢いで、白や黄色、桃色、色とりどりの菊の花が咲いていた。
「まあ。綺麗……!」
「ほう。これはこれは……」
「見事なものじゃのう」
「星見家は『菊』の名をお持ちだそうで、家の花として育ててるんだって、隼人様が教えてくれたんですよ。僕もお世話のお手伝いしてるんです」
 少し得意げな昭吉。
 そういえば、『菊』の星見家と言う言葉を聞いたことがあるような気がする。
 一面の菊の中で、ローレルがなにやらしゃがみこんでいるのが見えた。
「ローレル。何をしてるの?」
「……リト。隼人が好きなだけ持って帰っていいと言うから」
 振り返ったローレルの両手には、沢山の菊の花。
 はい、と手渡されてリトは目を丸くする。
「リトは花が好きだろう?」
「……えっ!? あっ。そうね。ありがとう……」
 小首を傾げるローレルに慌ててお礼を言う彼女。
 頬が燃えるように熱い。
 照れているのが、バレていないだろうか……。
 そんな2人の様子をまったりと眺めていた烏水。昭吉の隣によっこいしょと腰かける。
「……どうじゃ、昭吉。最近は。まだ役目とやらに悩んでおるのか?」
「そうですね……。時々、どうしたらいいか分からなくなります。僕は罪を犯しました。それなのに、ここの生活があまりにも平和で、穏やか過ぎて……」
「おぬしの主は人の道を外れた。それ故に賞金をかけられて、命を狙われる身だったんじゃよ。おぬしが勇気を持って手を貸したからこそ、被害が広がらずに済んだのじゃ。それは、誇っていいことじゃぞ」
「そうでしょうか。そうした事によって、主様を死に追いやったのは、僕です。その僕が、主様の供養をして良いんでしょうかね……」
「昭吉。あのなあ……。お前が主の供養をせんで誰がやるのじゃ。アホな事を言うものではないぞ!」
 大人が子供を叱るように、昭吉のおでこをぺちんと指で弾く烏水。
 少年は、力なくあははは……と笑って肩を落とす。
 ――この少年の主が、天儀を混乱の渦に叩き落した『狂気の人妖師』であったことは、純朴すぎる彼の身にはあまりにも過酷な運命だったように思う。
 それでも。長きに渡り仕えた主と決別し、己の罪と向き合う強さを持つ少年なら、きっとこの試練も乗り越えられると思うから……。
 友として、見守って行きたいと思う。
「のう、昭吉。人妖らはまだ未熟なところもあると聞くし、いわば菱儀の遺児のようなもの。彼女達に、人の世について教えてやってはどうじゃ」
「僕が……ですか? 僕もあまり常識について知らないと思うんですが……。得意なのは家事とお茶出しですし。あ、最近園芸も覚えました」
「あー。そういう技能でなくてじゃな。人を傷つけてはいけないとか、そういう簡単な事でいいんじゃよ。主が生み出したものが、再び人の道を外れぬように教えてやるのも、遺されたものの責務じゃとわしは思う」
「……人妖さん達、そんな当たり前の事も知らないんですか?」
 昭吉がそれを『当たり前』だと感じるのは、人としての良識と愛情を教えて貰ったからだ。
 人妖達は、それが『当たり前』だと言う事すら知らない――。
「お前の主はなーーんにも教えておらんようだったからの。仕方あるまい。ま、分からぬことは多いじゃろうが、わしも協力するしのっ」
「はい……。ありがとうございます」
 軽いノリの烏水に、こくりと頷く庄吉。
「……リト。昭吉は少し変わった気がするな。以前よりしっかりしたような気がする」
「……そうですか?」
 ほわほわとした気分だったリトは、ローレルの言葉でふと現実に戻る。
 そう言われてみれば、痩せてしまった少年の顔は、また違った意味で変わって来ている気がする。
 このまま良い方向に向かってくれる事を――菊の花の匂いと共に、リトは願う。


「隼人。それは何? 新しい帽子?」
「違う。柚乃の相棒だ。くっついて離れないんだ」
「……そう、似合ってるわよ」
「そりゃどうも」
 くすくすと笑うユリアに、ジト目を向ける隼人。
 2人は、人妖達の今後の身柄の預かり先について話をしていた。
「……じゃあ、正式にうち預かりで構わないんだな?」
「ええ、お願いするわ。とはいえ、タダで引き受けて貰うのも悪いし……そうね。三回だけ無条件で私の命を貸してあげる。その代わり、あの子達が誤った時は……隼人。迷わず死んで頂戴?」
「色々ツッコミたいところだが……まあ、そうならない事を願うよ」
 にーっこりと微笑を浮かべて、恐ろしい事を言うユリア。
 隼人は肩を竦めつつ、それを請け負った。


 話を終えた開拓者達。
 帰ると告げるとみいは寂しがって縋ったけれど……もう怒る声も、泣き叫ぶ声も聞こえない。
 三姉妹と昭吉……それぞれ考えるべき課題を残してきた。
 それぞれが答えを見つけてくれる事を祈りながら、開拓者達は星見家を後にした。