【CP】激流! 川下り!
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
無料
難易度: やや易
参加人数: 50人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/08/11 13:03



■オープニング本文

※このシナリオは、どさイベカラーポーカーの景品無料シナリオとなります。
 より多くのお客様に楽しんでいただくため、7月8日〜10日までは、お1人様1PCの参加としていただけますよう、お願いいたします。

「あづづづづ」
「梅雨の中休みだって言うのに先が思いやられるな……」
 照りつける日差しを避けるように足早に開拓者ギルドへ入ってきた開拓者達。
 そんな彼らに、ギルド職員杏子が声をかける。
「お。皆さん早速暑さにやられてますねえ。暑さ凌ぎに川下りなんていかがですか?」
「……川下り?」
「何だ?」
 身を乗り出した開拓者達に、杏子は眼鏡を上げながら説明する。

 とある山間の村。そこには大昔、鬼を倒したという英雄の伝承が残っている。
 ……その昔、川の下流に恐ろしい鬼が現れ、村の宝や財産を全て奪っていった。
 その状況を憂いたある男が、鬼に川下りで勝負を挑んだ。
 自分が勝ったら村の財産を返し、この地から去ること。負けたら己の命をくれてやる。
 その条件を鬼は飲んだ。ただ、船はこちらで用意する、と。そう告げた。
 そして勝負当日。鬼が乗る船は立派な川舟だったのに対し、鬼が男のために用意した船は、お椀のように丸く、櫓は棒のよう……。
 あまりにも不利な戦いであったが、男は辛くも勝利し、鬼を追い払った――。

 その伝承に肖り、その村では毎年、川下り大会を開催している。
 岩が多く流れの早い渓流を、お椀のような丸い船と、棒のような櫓という貧弱な装備で下り、目的地に到達する速度を競うらしい。
 以前は大いに盛り上がり、賑わいを見せていたが、川の流れが激しい上に、舟の形の問題で均衡を保つことが難しく、転覆するものが続出。
 怪我人が出たり、溺れる者が出たりと危険を伴う為、どんどん参加する人が減ってしまい、今年の開催が危ぶまれているという。
 そこで村人達は参加者をどうにか確保出来ないかと考え……命知らずの開拓者達を招待することを思いついたらしい。
 こうして、ギルドに招待状が届いたという訳で……。
「へー。そんな大会があるんだ」
「面白そうじゃないか」
「でしょでしょ? 招待なので、もちろん参加費は無料! 上位入賞者には、鮎の塩焼き食べ放題がついてくるそうですよ!」
「……なんだって!?」
「そこの渓流で獲れる鮎は、脂が乗って美味しいんだそうですよ! 希望すればお刺身にもしてくれるそうです。さ、どーんと参加しちゃいませんか!? ご招待できるのは先着50名様ですよー!」
 続く杏子の煽りに、目をギラリと輝かせる開拓者達。

 この戦いを制し、鮎の塩焼き食べ放題を手にするのは誰だ?
 果たして勝敗の行方は……!?
 さあ、命知らずの開拓者達よ! 川下りに挑め!


■参加者一覧
/ 緋桜丸(ia0026) / 朝比奈 空(ia0086) / 六条 雪巳(ia0179) / 静雪 蒼(ia0219) / 羅喉丸(ia0347) / 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454) / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 静雪・奏(ia1042) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 水月(ia2566) / 小野 灯(ia5284) / からす(ia6525) / 鬼灯 恵那(ia6686) / カジャ・ハイダル(ia9018) / 以心 伝助(ia9077) / 霧先 時雨(ia9845) / サーシャ(ia9980) / エルディン・バウアー(ib0066) / ラシュディア(ib0112) / 御陰 桜(ib0271) / 十野間 月与(ib0343) / 岩宿 太郎(ib0852) / 无(ib1198) / ケロリーナ(ib2037) / スティルス=マグヌス(ib2186) / 羽喰 琥珀(ib3263) / 嶺子・H・バッハ(ib3322) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 神座真紀(ib6579) / 烏丸 琴音(ib6802) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 黒曜 焔(ib9754) / 戸隠 菫(ib9794) / 宮坂義乃(ib9942) / ルース・エリコット(ic0005) / 麗空(ic0129) / 結咲(ic0181) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / 庵原 戒留(ic0631) / 依(ic0751) / リズレット(ic0804) / 黎威 雅白(ic0829) / セリ(ic0844) / 海原 うな(ic1102) / 白鋼 玉葉(ic1211) / 不散紅葉(ic1215) / 三郷 幸久(ic1442


■リプレイ本文

「こんにちは! 実況の柚乃です! 解説の御陰さんと共に激流川下り大会の様子をお届けします!」
「よろしくね♪ それにしても凄い激流ね……」
 ノリノリで実況を開始する柚乃(ia0638)に微笑を返す御陰 桜(ib0271)。
 彼女の言う通り、川は岩も多く、細いところや滝のようになっている場所もあり……『激流』と言う言葉がぴったりだった。
 突如、実況席に現れた海原 うな(ic1102)が「ちゅうもぉく!」と声を張り上げた。
「はーい、皆さん! やって参りました、川下り大会! 海女の海原うなです! え? 海じゃなくて川だけど? のんのん、海原うなさんは、水と戯れる開拓者達を応援するよー! というのも鮎の調理班だからでーす! 食事の席はあちらー! 鮮度の良い高級魚、奇跡の鮎をとりそろえて準備万端! この戦いを勝ち抜いて、輝ける鮎の食べ放題の権利を手に入れるのは誰だー!? それでは調理場にて勝者をお待ちしておりまーす!」
 嵐のような優勝商品の宣伝が終わった。
 その頃、レース開始に備える天河 ふしぎ(ia1037)を妻のリズレット(ic0804)が探していた。人混みをかき分け、見慣れた背中に抱きついたリズレットは「ふしぎ様、頑張ってくださいね」と声援を贈る。天河は抱きついた妻を振り返り、朗らかに笑った。
「勿論だよ。リズが応援してくれてるんだもん。リズに優勝をプレゼントしちゃうから!」
 刹那、ふわりと真綿のような感触が天河の唇を掠めた。
「あの、勝利のおまじない、です」
 向かい合ったリズレットが頬を薄紅に染めて囁く。
 周りに冷やかされる天河を、彼だけの女神が微笑みかけた。
「行ってらっしゃいませ……、ふしぎ様」
「さーて、今回は27組、総勢34名が競います! さて、勝利の女神は誰に微笑むのでしょうか!?」
「それでは……よーい、どん!」
 様々な事情が交錯する中、柚乃と桜の声で、真剣勝負の火蓋が切って落とされた。
「行くぜえええ!」
「負けないわよおおお!」
 真っ先に勢い良く飛び出して行く カジャ・ハイダル(ia9018)と霧先 時雨(ia9845)。
 この2人は夫婦であるが、仲睦まじく同じ船で……と言うのは柄ではないらしい。
 どちらが勝つかを賭けた真剣勝負。賞品はどうでもいいが、負ける訳にはいかないのだ!
「まぁてええええ!」
「うおああああ!!」
 その後ろを勢い良く追う白鋼 玉葉(ic1211)と三郷 幸久(ic1442)。
 玉葉は小角の髪飾りと虎のぱんつで修羅っぽく見える。
 レインコートがバタバタと風に靡き、大きな身体が余計に大きく見えて……伝承の鬼さながらの迫力で川を下っていく。
 一方の幸久は、無意識に恋人の名を叫んでいた。
 今日、彼女は来ていないし、格好つける必要は無い。
 安心して情けない声が出せると言うもの!
「こんなんどうやって操舵しろって言うんだよおおお!!」
 彼の心からの叫びは、川下りに参加した仲間達共通の思いだった。
 ――そう。川の流れは想像以上に激しかった。
「いやあああああ!?」
 乙女のような悲鳴をあげるラグナ・グラウシード(ib8459)。
 激しい流れ弄ばれて舟が揺れる。その度に、隣に置いたうさみたんも飛び跳ねている。
「ああ、うさみたん。とうとう飛び跳ねられるようになったんだね……!」
 違う。それ絶対違う。
 一層激しく揺れる舟。ガタン! と大きく跳ねたと同時に……うさみたんは波間へ消えて行く。
「ああああ! うさみたーん!?」
「……どーして、こういう時に限って背負っておかないんでしょうねえ」
「けろりーなは、カエルさん離したりしないんですのよ〜」
 泣き叫ぶラグナを尻目に、のんびりと微笑みあう礼野 真夢紀(ia1144)とケロリーナ(ib2037)。
 波に揉まれ、流されていくうさみたんを横目で見ながら、朝比奈 空(ia0086)はふう、とため息をつく。
「命知らずな催しがあると、私達が呼ばれますよね。何だか芸人と同じ様な感じもしますが……気にしたら負けでしょうか」
「こーいうのは楽しめばいいんですのよ〜」
「川の冷たさを感じて、涼しくていいじゃないですか!」
「それもそうですね……」
 うふふと笑い合うケロリーナと真夢紀、空。
 真夢紀の相棒が、岸辺から心配そうな顔で何やら言っているが、聞こえない。
「おわんの舟に棒のかい〜♪」
「お〜にを倒すぞ♪ どんぶ〜らこ〜♪」
「お2人共、お上手ですね」
 本人達はどんぶらこっこと長閑に流れている気分だが、実際はもの凄い勢いで流されている。
 濁流に煽られ、ゴツゴツとぶつかる3人の舟。揺れもかなりのもののはずだが……命知らずの彼女達にとって、さしたるものではないのかもしれない。
「……兎隹、大丈夫かい?」
「大丈夫なのだ! 美食の為なら、水も怖くないであるぞ……!」
 心配そうな火麗(ic0614)に、笑顔を返す兎隹(ic0617)。
 白い兎耳がへたーんとなって、船底にへばりついてふるふる震えているのを見ると、あまり大丈夫そうには見えない。
 だが、四つん這いで舟の底にくっついているのが良い重りになっているのか、速度がぐんぐん上がっていく。
「お。調子上がってきたね。岩はなるべく捌くけど、揺れに気をつけるんだよ!」
「分かったのだ!」
 心元ない櫓で、岩を押す火麗に身を低くしたまま頷く兎隹。
 そう。小さい舟に2人。重くなる為早くなるが、その分重心が傾きやすく、乗りにくい。
「ひゃあっ!!」
「大丈夫か!?」
 舟から落ちそうになった静雪 蒼(ia0219)の腕を咄嗟に掴んだ静雪・奏(ia1042)。
 彼女を腕の中に引き入れ、そのまますっぽりと後ろから抱きかかえる。
「奏さん、おおきに。結構揺れ激しいし……バランス重視で行かへんとね」
「そうだね。落ちる時は一緒だよ」
 笑顔の奏に、頷く蒼。触れる背中から感じる奏の体温。その動きに合わせて重心を動かして行く。
 相川・勝一(ia0675)は、激流に揺れる舟にしがみつき、投げ出されないように耐え続けていた。
「むぅ、乗りづらいですね。きっと服が悪いのです!」
 突然服を脱ぎ、川にぽいぽいと投げ捨て始める勝一。あれよあれよと言う間に褌一丁になる。
「恥ずかしいですけど……この格好ならきっと! 参加したからにはこの勝負、頑張って勝ちに行きますよー!」
 身軽になったからか、濁流に慣れてきたからかは分からないが、調子を取り戻した勝一は舟を傾け、一気に速度を上げる。
「ありがと〜なのです〜!」
 岸辺に向かって笑顔で手を振る烏丸 琴音(ib6802)。
 彼女は、仲間達が出発してから大分経った後、一番最後の出航と相成った。
 一回り小さい子供向けの舟を用意してもらった琴音。
 大きい浮き輪と小さい浮き輪を順番にぽいぽい、と舟に入れ、開いた穴に自分が収まったまでは良かったが……。
「お船が地面の上だったのです。誰か川にぽーんとして欲しいのです」
 ズッこける観光客。見かねた周囲の者達が彼女を舟ごと押し出して……今この状況である。
「これで大丈夫なのです。れっつご〜なのです!」
 笑顔の琴音。手に櫓を持っていないような気がするのだが本当に大丈夫だろうか……!?


 遠ざかる挑戦者達。
「皆さんが無事に帰ってくるのを、もふ龍ちゃんと待ってますね〜」
「早く来るもふ〜、それまでお手伝いするもふ〜」
 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)と、ものすごいもふらのもふ龍は声援を投げた後、鮎の塩焼きを手伝いに戻った。塩焼きは化粧塩が肝心で、頭を揚げるようにじっくりと焼かねばならないし、通な楽しみをしたい人向けに鮎の骨酒の準備だって捨てがたい。
「美味しそうもふ〜! もふ龍も骨酒飲みたいもふ!」
 すると。
「よっしゃぁぁぁ、試作品あがりだよ。もふ龍さん達、味見する?」
 実況席から調理場に戻ってきたうなが、鮎は捨てるところがないからね〜と言いつつ、サクふわ食感の天麩羅やパリパリに焼いた鮎の骨せんべいを得意げに差し出してきた。
 一方、屋台側では羽喰 琥珀(ib3263)が鮎の塩焼きを炭火で焙っていた。
 食べ歩きを想定して塩焼き一筋だが、各種酒やお茶、子供向けに甘酒や冷やし飴などの準備もぬかりない。
 琥珀は声を張り上げる。
「さーさー、今が旬のたっぷり脂の乗った獲れたての美味い鮎の塩焼きだよーっ! 神楽の都でも料亭にいかなきゃ食えない極上物だー! いま食っとかないと、川下りの上位入賞者たちにぜーんぶ食い尽くされちまうぜー!」


 その頃、先頭を走る集団は濁流と、そして周囲を走る宿敵達と熱い戦いを繰り広げていた。
「僕はどっちかって言うと頭脳労働派なんだけどな……」
「何言ってんのよ! 鮎はぜーんぶ、あたしのなんだからー!」
 小野 灯(ia5284)に誘われて来てみれば、激流の上に心もとない舟に櫓。
 思わずボヤくスティルス=マグヌス(ib2186)に灯がうがーっ! と吠える。
 スティルスは小さくため息をつくと、チラリと灯を見る。
「分かった、分かったよ。……灯、バランス取りは任せるから頼むよ!」
「まーっかせてー! あたしにちゃんとくっついてよ!」
 体重移動し易いように、彼にくっつく灯。
 ここまできたら、あとはやれることをやるだけだ……!
 羅喉丸(ia0347)は舟の真ん中に仁王立ちして、何故か目を閉じていた。
 彼の修めた『真武両儀拳』は精霊の力を借りて行使する。
 故に、激流を突破するに、精霊の力で体を満たし……水の流れと同化する事で上手く進めないかと思ったのだ。
 岩にぶつかる波の音。滔々と流れる水の音……それらに耳を傾け、常に流れに逆らわず、揺れながら――激流に身を任せ、同化する。
 彼の試みは上手く行ったのか、転覆することもなくするすると川を下っていく。
「速さ。速さが足りない……!」
 ぶつぶつと呟く无(ib1198)。
 大会始まる前は。
「いえ。激流下りは楽しいと、あの方に騙され……もとい持ちかけられまして。いわばこれも体験かと」
 なーんて涼しい顔をしていた彼だったが、一度始まってしまったら目が据わり、ひたすら速度を求める鬼と化してしまった。
 人は何を秘めているか分からないものである。
 そして、无の他にも速度に魅入られた者達がいた。
「へぇ。こりゃなかなか面白ぇな」
 クククと笑う庵原 戒留(ic0631)。
 この手の乗り物は、ギリギリで均衡を保ち、ゾクゾクするほど危険な感覚を味わうのがいい。
「こういうのは攻めて行かねぇとな!」
「同感……です」
 ヒャッハー! と愉しげに叫ぶ戒留。そのすぐ後ろを、不散紅葉(ic1215)が追い縋りながら頷く。
 こういう時は速度重視だ。だって、そのほうが楽しいはずだし。
 多少均衡が保ちにくくなるが、それも気にするような事ではない。
「大丈夫……。倒れる前に速度を上げればいい……」
 え? そういう問題ですか?
 ぐんぐん速度を上げる3人。その様子を見ていた嶺子・H・バッハ(ib3322)は、ふふふ……と不敵な笑いを浮かべる。
「甘いわね」
 これはただ闇雲に漕げば良いってものではない。
 必要なのは『流れ』を読む力。
 川下へと至る煌く道(と書いてシャイニングロードと読む)を見切った者こそが勝つ!
「見なさい! 天才の操船術を……! 名付けて流覇・鰻進撃!」
 カッと目を見開く嶺子。にょろにょろと進むウナギのように、岩の合間をすり抜けていく。
「むむ! なかなかのやり手やね……!」
 黒いビキニ姿で舟を操る神座真紀(ib6579)。
 彼女は無駄な力抜いて足裏をしっかり船底につけ、真っ直ぐ顔をあげる。
 普段、和服を着ていることが多い為に目立たないが、真紀は実を言うとかなり豊満な肉体の持ち主である。
 揺れる舟に合わせて、真紀の胸もぷるぷると揺れる。
 岸辺にいる観客からもおおお……! と感嘆の声が上がり、しっかり目の保養をしていた戒留も余所見をした為、舟から落ちた。
 そして上手に波に乗っているもう1人。
「負けないよーだ!」
 ヤル気に溢れるリィムナ・ピサレット(ib5201)の声。
 そんな彼女は赤く短いホルターネックのタンクトップに白く輝く褌姿。スク水型の日焼け跡が何とも目に眩しい。
 こんな格好をしているリィムナだが、事前に川を調べコースを記憶し、流れが急になる所や岩が多い所等、難所への対処を頭の中で検証していた。
 目に見えない頭脳戦。その甲斐あってか、問題もなく順調に川を下っていく。
 サーシャ(ia9980)は、最初揺れに驚き及び腰だったが、だんだん慣れて来たのか攻めの姿勢に入ってきた。
 櫓を巧みに使って加速していくが、決して無茶はしない。
 だって、今日の服は白。水に落ちたら色々な意味で大変なことになる。
 緊張感を保ち続けないといけないのだ!
「グライダーの速度と比べたら、何ともないんだからなっ」
 そう思っていたふしぎ。だが、空と川は大分勝手が違ったらしい。
 上手く操縦できずに舟は激流に弄ばれる。
「わあああ!? 何でえええええ!?」
 そして、くるくる回る舟から叫ぶ戸隠 菫(ib9794)。
 規約違反ではない事を確認し、船底に石を載せた彼女。
 重さが増せば速度が上がる。彼女なりの勝つための工夫だったのだが……完全に裏目に出てしまったらしい。
 確かに速度は出ているが、バランスが取れない。ひたすらくるくると回りながら川を流れていく。
「きゃあああ! 目が回るぅ〜!」
 そう言いながらもものすごく楽しそうな菫。
 転覆して流されるのも楽しい。くるくる回るのも楽しい。
 菫はとても前向きだった。


 観戦する者達の横を、からす(ia6525)が通り過ぎながら何かを売っている。台車の上には氷の詰まった箱があり、竹筒が差し込まれている。大さな筒には冷茶、小さな筒には水羊羹が仕込んであった。
「如何かな。水に入っている者は涼しいだろうが、こちらは暑いからね」
「こっちに三つずつ。あと鮎のお刺身?」
「ああ、やっているとも。鮮度も申し分ない。捌いて見せようか」
 小包丁を握るからすの手で、稚鮎の鱗や内臓が取り払われ、氷水でしめながら鮎の刺身が作られていく。頭と鰭は勿論飾りに使われた。
「酢味噌でどうぞ」
 輝く氷の器に盛られた鮎のお刺身は、何故こんなにも淡泊で味わい深いのか。
 稚鮎を柔らかい骨ごと輪切りにしていただくセゴシという鮎の刺身は、今の時期しか味わえない珍味である。軟骨の如きコリコリとした食感がくせになる。
「おいしい、稚鮎は骨が刺さらないなんて不思議……あ、来た」
 鬼灯 恵那(ia6686)の前方で、勇猛果敢な者達が流れていく。
「あの船でよく下れるなぁ……」
「ほんとにな、すっげぇよな。……あ、おばちゃーん、土産用に美味ぇ鮎の塩焼き三尾」
 混雑故に相席になった黎威 雅白(ic0829)は、絵物語で見覚えがあるような光景を遠巻きに眺めつつ、鮎の塩焼きにかじりつく。
 目の前には水上の死闘。
 どこか鬼気迫る表情の无、全く動じない羅喉丸、頭脳の冴えを見せつけようと奮闘するリィムナに、純粋に楽しんでいるように見える菫など、激流と戦うレース参加者の観察は実にあきない。
 見てる分には楽しい。
 が、実際に参加するには度胸が必要不可欠だろう。
「しかしな」
 同じく相席になった宮坂 玄人(ib9942)は運ばれてきた素麺をちゅるりと口に運びつつ、恐るべき挑戦者達を一瞥する。
「この大会の大元の伝承を聞くと、不利な条件を付きつけられてよく勝利したものだと思うな。俺もそういう開拓者になりたいものだ」
 圧倒的不利からの逆転劇。
 と言うと心躍るが、次々事故に至る者達を見ていると……アレの巻き添えになってまで勝利を掴み取る根性があるかどうかは不明だ。


 ところで。
「真紀さんの水着はイイちょいすね。よく魅力を引き出してるわ」
『今回は面白そうだから、あたしは盛り上げ役になるわ。術の説明とかも必要そうだし』
 という理由で実況席にいた桜は、熱のこもった声で出場者の水着解説や開拓者の術に着目して話し続けていた。
 しかし時々、おかしな解説も混ざっていく。
「あれは……相川さん、ついに全裸、全裸よ。でも水着代わりの褌は、一点の曇りも無き白だったわ。褌に感じる誇りとこだわり! 水上での思い切りのよさは、まさに開拓者ね!」
 赤裸々な褌考察は、本人がいたたまれない。


 激流の戦いが激しくなってきた頃、一部の実況席では川下りそっちのけで司会者が自由に過ごしていた。ラ・オブリ・アビスで神仙猫に変化した柚乃が、フサフサの尻尾をゆらゆらさせながら「はよぅ、茶をよこせ。茶菓子もあると有り難いのぅ」と宣っている。最近、化けるのが楽しくてたまらないらしい。
「ど、どちらさまで」
「わしか? わしは謎のご隠居様じゃ。にゃほほ」
「あの〜、ここにいた実況の司会は?」
「さぁ知らんのぅ、にょほほほ」
 そっぽ向いて冷茶を啜る。
 実況無き戦いは果たして何処まで続くのか!?
 そんな中、観覧席でぱたぱたと団扇で顔を仰ぐ鬼灯の前で、サーシャとふしぎの船がぶつかって沈んでいく。
「……あ、転覆した」


 ところで『激流に水没した人間はどうなるか』というと通りすがりの人に救出される。
「おーい、お前大丈夫か? ほら、手ぇ出せ」
 食事を終えた黎威は縛りつけた命綱を持って、他の救助員と共に水没者を救うべく奮闘していた。
「……って、引っ張んなぁっ!?」
 中には『しなばもろとも!』と言わんばかりに引っ張るクセ者もいたりするが、救助する黎威も己の身の危険を感じて、救出を諦める事もあった。
 薄情なのではない。ただの事故だ。


「競争相手は多い方が良いだろう?」
 そう言い、浅瀬や狭窄箇所に嵌まった舟を救助する玉葉。
 そしてもう1人、競技に参加しつつ流されている人間を救助しようとしている者がいた。
 そのイイ人の名は以心 伝助(ia9077)。
「どうせなら参加しちゃった方がより涼しいっすよねぇ」
 とか言う緩い気持ちで参加したので勝ち負けには拘っていない。
 流されてきたサーシャに、櫓を差し出して引っ掛ける。
「大丈夫っすかー?」
「ありがとうございます」
 水を滴らせて手を伸ばして来る彼女を引き上げて……伝助は慌てて目を反らした。
 ずぶ濡れのサーシャ、服が透けて見えちゃいけないものまで見えてしまっていたので……。
「これ、どうぞっす」
「いえ。お構いなく」
 己の上着を差し出す伝助に、笑顔で辞退する彼女。
 いやいや。着て貰わないとこっちが困る訳なんですが。
 水に落ちた時は開き直って、己の豊かな胸とかきゅっとしまった腰をアピールするつもりだった彼女にとっては要らぬ気遣いだった。
 そんなやり取りをする2人の上空に迫る影。
「危ないっす!」
 伝助は条件反射で迫ってきたそれを、櫓でフルスイング。
「ああぁぁぁ……」
「今のラグナさんじゃなかったですか……?」
 遠ざかる悲鳴とサーシャの呟き。気付いたところでどうにもならず。大きな水音が周囲に響き渡り……。
「水もしたたるイイ男ってね。ところで俺も助けてくんね?」
「あはははは! 面白い〜!」
「今君が居ない寂しさと、将来尼寺へ挨拶に赴く道に比べたらこれ位、大した事無いさっ」
 それを呆然と見ていた伝助の横を、笑顔の戒留と菫、そして悲壮な様子の幸久が流れて行った。


 何故ラグナが飛んでいたかと言うと……それはちょっと時を遡る。
 水月(ia2566)はちょっと焦っていた。
 出だしは良かったのに、だんだんと周囲から遅れ始めている。
 細身で小さな身体故に、速度が出にくいのかもしれない。
「ん……。これじゃ、鮎が食べられないの」
 可愛らしく眉根を寄せる彼女。こうなったら、最後の手段に出るしかない。
 己の武器に精霊力を充填する水月。加速のためにどーーん! と精霊砲をぶっ放したまでは良かったが……。
「ぎゃあああ!?」
 後ろにラグナがいたらしい。精霊砲をまともに喰らって吹っ飛ぶ。
 そして、精霊砲の威力が強すぎたのか、水月は舟ごと空中に投げ出された。
「ふぁいとおおお!」
「いっぱーーつ!!」
 聞こえて来るエルディン・バウアー(ib0066)と黒曜 焔(ib9754)の叫び。
 砕ける波も、立ち塞がる岩も阿吽の呼吸で巧みに乗り越えて行く。
 始まる前に神に祈った。瞑想もした。
 まさに完璧な心身の状態である上に、この2人、(もふらの)愛を語り合い、押し倒したり押し倒されたりといった裸の付き合いもあり、バージンロードを歩いた仲である。
 そりゃあもう息ぴったりに決まってますよね! 主にカタケット的な意味で!
 向かうところ敵なしと言ったところでしょうか!
「この調子なら行けますよ!」
「よし! このままゴールを目指……!?」
 焔が固まったので不審に思い、振り返るエルディン。
 ――前方に邪魔者がいればスキルで対応するつもりだった。
 が、後方、しかも上空から降って来るのは計算外である。
「「ぎゃあああああああああっ!!」」
「あ。ごめんなさいなの〜」
 どーーん! と降ってきた水月と舟に見事に潰された2人。
 無常にもぶくぶくと沈んで行く。


「音、……大きい。……流れ、速く、なる、かも、しれない」
「わかった! こっち、ばーんするよー」
 結咲(ic0181)の声に頷きながら、岩を櫓で押して勢いをつける麗空(ic0129)。
 舟が揺れる度に、麗空の茶色の長い尻尾もゆらゆらと揺れる。
「……麗空、こっち」
「うん。少し体重かけるよー」
「いい調子、だね……」
「このままゴールにいけるといいねー」
 あまり表情の変わらぬ結咲に、にへ、と笑い返す麗空。
 声を掛け合い、2人は傾きを極力抑えて上手に進んでいく。
「エイサー!」
「ホイサー!」
 張りのある声を出すラシュディア(ib0112)と岩宿 太郎(ib0852)。
 この掛け声をすると、絆と連携力を高め、テンションが上がり、チームワークが極限まで高まった時、速度は無限大になるらしい。
 ……本当ですかね?
「本当だ! 障害物も、俺達の前には敵ではないッ!!」
「開拓者の力を見せつけてやる!」
 激流には、一瞬お椀が浮くほどの難所が存在するという。
 そこで浮いたお椀をぶん投げ、俺達は空中でドッキングし加速、お椀に着弾することで空中で距離を稼ぐ! これぞ、ドッキングジャンプ!
「よし! 難所だ! 行くぞ太郎!」
「任せろ! 必殺の……!」
「「ドッキング!!」」
 ……計画通りなら、上手く行くはずだった。
 そこにするりとリィムナが滑り込んで来なければ。
「ちょっ……!? なによ!?」
 ぼたぼたと落ちて来る太郎とラシュディアを間一髪で避けた彼女。
 咄嗟のことで、スキルを使う暇もない。
 2人が落ちた事で波が立ち、無人の船がぶつかる。
「きゃああああ!」
「うわあああ!!」
「麗空……! 捕まって……!」
 そして、そこを流れて来た琴音と麗空、結咲が巻き込まれ、濁流に飲まれた。
 そこに凄い勢いでやって来たのは時雨。仲間達と舟が濁流の中に点在している。
 まずい。このままでは避けきれない……!
 その時、前方に見えたのはカジャの舟。
 よーし。こうなったら!
「行くわよ!」
「うおああああああああ!?」
 掛け声と共に、カジャの舟目掛けて大きく飛躍した時雨。
 飛び込んで来た妻を、彼は慌てつつも何とか受け止める。
「あっぶねーな! 落ちたらどうするつもりだ!」
「あら。でも受け止めてくれたじゃない?」
 カジャの抗議にくすくすと笑う時雨。
 でもこうなると、この2人、勝負はつかないのではないだろうか?


「おっとー! 玉突き事故が発生したわ! これはレースに大きく影響しそうよ!」
 予想外の展開に沸きあがる実況席と観客達。
 そんな血湧き肉躍る戦いを日陰から観戦していた緋桜丸(ia0026)は、焼いた稚鮎を骨ごとバリバリ囓り終えると「……あきたな」と言って立ち上がった。
 先ほどから河童の川流れならぬ、野郎の川流れが目立つばかりで、麗しき美女に余りお目にかからない。
 それに引き替え、熱狂する観客席はどうだろう。
 あっちにもこっちにも。
 着飾ったお嬢さんたちがいっぱい。
 緋桜丸は即座に観戦をやめて、女性陣を口説く事にきめた。
 水面にうつる自分の髪を整えると、暑い中で一人、道端でウロウロしている依(ic0751)を口説く。
「お嬢さん、何かお困りですか?」
 努めて紳士に振る舞う緋桜丸を見上げた依は、逞しい腕をがっしりと抱き込んだ。
「丁度良かった。私、依と申します。是非手伝ってください」
 積極的な女性と運命の愛による逃避行……かと思いきや、緋桜丸には切ない未来が待っていた。
 負傷者達を救護所へ運搬する為に、依は逞しい男手を探していたのだ。


 ゴール付近の日陰には救護所が設けられ、次々と溺れた者や怪我人が運び込まれている。
「新しい負傷者だ! 玉突き事故があったからドンドン来るぞ! 宜しく頼む!」
「か、看護……員。緊急……はい」
 壁沿いの椅子に座って両手を握り、静かに待機していたルース・エリコット(ic0005)は満面の笑顔を浮かべて立ち上がった。救急箱を持って、どこか誇らしげに皆の元を回る。まずは玉突き事故の犠牲者の怪我を真水で洗い、薬を塗って、包帯を丁寧に巻いていく。
「ふぅ。あ、あの……痛く、あ、ありませ、んか?」
「いたくないです。むしろお腹がいっぱいなのです」
「うぇぇ……」
 溺れて大量に水を飲んだ……と思しき琴音や麗空がぐったりしている。
 暫く寝かせておいた方がよさそうだ。
 ルースが『お大事、に』とおずおずと頭を下げて振り返った先には、……なんと蒼白で横たわるラシュディアの姿があった。
「わ、……ぱ、パパー!?」
「全力で、やりきった、ぜ……は、太郎、はどこに」
 彼の戦友もまた、仮設寝台で精根尽きていた。
 生ける屍累々の天幕。
 元々熱中症で倒れた者も多く、依が大量に作った氷を布で包んで首筋や脇の下にあてたり、症状が回復した者には冷えた甘酒を出していく。
「暑さ対策には甘酒が有効です」
「おおお、魂の水!」
「おちつきましたら向こうで着替えを」
 動じない依が、しなやかな指で天幕の中央を指出す。
「治療や手当の終わった人は、あたいのところに仮の着替えを取りに来て〜」
 甲斐甲斐しい十野間 月与(ib0343)は、手当で水に濡れても涼めるように……という理由から涼しげな姿で働いている。色香漂う水着に女神の薄衣を纏った艶姿で男達の視線を集めていた。
 一方、救護所で休んでいたふしぎの様子を見に来たのは妻のリズレットだ。ずぶ濡れの彼を見るなり、銀色の瞳に涙を溜めて「ふしぎ様ぁ!」と叫びながら抱きついた。
「ご無事で、ご無事で良かったです! ふしぎ様に何かあったら、リゼは……リゼはっ」
「うん。心配かけてごめん。応援有り難う」
 ふしぎは囁きながら震えるリズレットを抱きしめた。


 大会は予想外の展開と様々な犠牲者を出しつつ、優勝は嶺子、準優勝は羅喉丸、3位は真紀という結果を残した。


 大会は終わっても、それぞれの時間は続く。
「暑くなってきましたねぇ」
 太陽を見上げる六条 雪巳(ia0179)は岩に座って足を流水に浸していた。
 一方のセリ(ic0844)は藍地に花柄の浴衣の裾を摘んで、浅瀬に手足を浸してはしゃいでいる。
「雪巳、雪巳っ、すっごく冷たーい! そーれ!」
 盛大な水飛沫が六条に飛んだ。
 勿論、黙っている六条ではない。
 久々のお出かけで水遊びに熱中していた二人は、急接近する船に気づくのが遅れた。
「セリさん!」
 雪巳がセリの腕を掴んでグッとひいた。
 小舟は瞬く間に遠ざかり、尻餅をついた二人が残される。
「ご、ごめんね。雪巳。怪我してない?」
「平気です。セリさんに怪我がなくて良かった」
 雪巳の端正な顔立ちが迫る。驚きで息を止めたセリの額に、薄い唇が触れた。
 まるで何事も無かったかのように遠ざかる恋人の微笑み。顔を真っ赤にしたセリは暫く雪巳を見つめて口をぱくぱく動かしていた。やがて雪巳の縞柄浴衣に視線を落とす。
「セリさん? 私、何か変ですか」
「ううん。こうやって浴衣着てると、初めて会った時のこと思い出すね」
 無邪気に微笑む。
 乳灰色の髪が薫風に揺れた。
 今は恋人同士なんて、まるで夢のようだ。
「そうですね。セリさん、また船が来て濡れるのもなんですし、川縁を散策しませんか」
「そうね!」
『……手、繋げるかな。繋いで歩けたら、嬉しいな』
 葛藤するセリの快諾を聞いて、立ち上がった雪巳が手を差し出す。
「次は転ばないように、ゆっくり手を繋いで行きましょうか」
 セリはうん、と答えて華奢な手を重ねた。


「うん。やっぱり似合うな」
「ちょっと……あんまりまじまじと見ないでよ」
「いいじゃねえか。脚線美が自慢なんだろ?」
「どうせ胸が薄いですよーだ!!」
 白いビキニ姿の時雨を見つめるカジャ。
 2人の賭けは結局、両方勝ちと言う結果になったので、お互いに褒美を与え合っていた。
「で、俺は何をすりゃいいんだ?」
「そうね。じゃあちょっと目瞑って、静かにしてて」
 言われた通りにするカジャ。
 唇に、ふわりと柔らかいものが触れる。
 驚いて目を開けると、そこには妻の嬉しそうな笑顔があった。
「ビックリした?」
「ビックリってか……急にどうした?」
「だって……一緒になる前からずうっと、私が押されてばっかりってのもシャクじゃない?」
 だから、偶には、照れさせたいのよ……。そう言いながら、徐々に赤くなる時雨。
「そんな事気にしてたのかよ……」
 笑うカジャ。ちょっとだけ、彼の顔が赤いような気がした。


「鮎のせごし、出来たよ」
「おおきに」
 蒼にせがまれるままに包丁を振るう奏。
 彼女の濡れた髪をもう一度拭いてやっていると、徐にお酒に手を伸ばし……。
 その手を、奏がペチリと軽く叩く。
「お酒はダメだよ」
「なんでどすか? うち、飲める歳になっとりますぇ?」
「……ああ、そうだったね」
 蒼が元服したのは知っているし、忘れる訳が無い。
 が、酒が入るとこう、理性を保つのが難しくなる訳で……。
 愛しい人を前に、どれだけ堪えられるだろうか。
「どないしはりましたん?」
「いや、何でもないよ」
 キョトンとする蒼に、優しい笑みを返す奏。
 まあ、その時はその時だし。
 嫌なら彼女もそう言ってくれるはずだ。うん。
 何だか顔が赤い奏に首を傾げる蒼。
「何はともあれ、乾杯しよう」
「よろしおすえ」
 2人は笑い合うと、杯を高く掲げた。


「うーん。残念ながら負けてしまったな」
「うん。でもね、すっごく楽しかったよ! すーてぃる♪ ありがと、ね?」
 ため息をつくスティルスの頬にぴょん! と飛び上がってキスをする灯。
 彼は驚いて仰け反ると、一回り小さい灯をまじまじと見る。
「あのね、灯。そういう事は気軽にして良いことじゃないぞ?」
「そうなの? あたしスティル好きだよ?」
 その指摘にキョトンとする灯。
 身体は大きくなったが、まだまだ子供だ。
 その『好意』が何であるのかすら、理解してはいないのだろう。
「ねえねえ。また、あたしと遊んでね♪」
 幸せそうに、にぱーっと笑う灯。
 ――まあ、こび笑顔が見られただけでも成果はあったか。
 最高の報酬に確かな達成感を感じて、煙草を咥えるスティルスだった。


「……流されちゃったね」
「どんぶらこってながれるのは〜ももだったんだよ〜」
「……おいしい?」
「うん! おさかな、おいし〜!」
 首を傾げる結咲に、頷く麗空。
 麗空は水を飲んで溺れかけるし、優勝は出来なかったけれど、鮎を食べられて良かったと思う。
「ね〜、こーもり、たべないの?」
「うん。食べられないから……」
 凄い勢いで鮎の塩焼きを平らげる麗空にこくりと首を縦に振る結咲。
 もったいなーい! と叫ぶ麗空に、彼女は少し考え込む。
「持って、行ったら……喜んで、くれる、かな」
 お世話になっているあの人の顔を思い浮かべて、結咲は微かに微笑んだ。


「兎隹、大丈夫かい?」
「へ、平気であるぞ」
 顔を覗き込む火麗に、勢い良く頷いた兎隹。
 だが、ずぶ濡れで毛布に包まって震えていて……説得力がない。
 火麗は苦笑しつつ兎隹のふわふわな髪を撫でると、焼きたての鮎の塩焼きを差し出す。
「転覆したのはあたしの失敗だから気にするんじゃないよ。付き合わせて悪かったね」
「そんなことないのだ! 我輩も面白かったのだ!」
「そうかい? なら良かった。これでも食べて元気をお出し」
「うん。有難く戴くのだ!」
 笑顔で鮎の塩焼きを頬張る兎隹。火麗も隣に座って鮎に齧りつくと、ぐいっと酒を煽った。


「さ、真紀さん。私、もう食べられない……」
「あー。嶺子はん、しっかりしなはれ。お茶持ってきましょか」
「うう。ありがとう……羅喉丸さん、ちゃんと食べてます?」
「ああ、思う存分喰った。しかしここの鮎は脂が乗っていて美味いな」
「ほんまに。せごしも美味いわぁ」
「さすがにこれだけあると食いきれんな」
「お土産に持って帰ってもいいのかしら」
「そこは優勝者の特権でええんちゃいますの?」
 鮎尽くしに舌鼓を打つ上位入賞者達。酒や飲み物が差し入れられ、村人達からは『ご利益を』と次々に握手を求められ、何だか忙しそうだった。
 それ以外の者達は琥珀やからすから分けて貰い、鮎にありつく事ができた。
「わふぅ〜! 美味しいですぅ!」
「あ。お土産にしたいんだけど、鮎の塩焼き1本包んでくれない?」
 幸せそうなルースに、鮎を頬張りながら頼む幸久の横で、エルディンがため息をつく。
「酷い目に遭いました……」
「本当に。尻尾捕まれるし……」
「咄嗟だったので……すみません」
「過ぎたことです。何はともあれ、鮎を戴きましょう!」
 笑い合うエルディンと焔。ああ、何と言う美しい友情! いや、愛?
 そんな中、真夢紀が鮎の塩焼きを仲間達に差し出す。
「水月さん、お疲れ様でした。鮎どうぞ」
「ありがとーなのー」
「真夢紀ちゃん、俺にも1本ちょうだい」
「私にも……戴けますか?」
「私もー!」
「はーい、戒留さんも紅葉さんも菫さんも……はい、どうぞ」
「いただきまーす!」
 元気な開拓者達の声と、辺りに漂う鮎の焼けるいい匂い。
「あそこで人が降って来るのは誤算だったよ……。優勝狙ってたのに!」
「転覆しても船に捕まっておけば問題ないはずなのですよ」
「懲りないね……」
 何やら反省会を繰り広げるリィムナと无に苦笑する月与。
「ああああ! ごめん! うさみたんごめんよおおおお!」
 そしてラグナは、戻って来たずぶ濡れのうさみたんを抱えて号泣していた。


 様々な悲喜こもごもを孕み、川下り大会は幕を閉じた。
 開拓者達は心地よい疲れを感じながら、帰路についたのだった。



(一部代筆:やよい雛徒)