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■オープニング本文 「先日の神村菱儀と鈴々姫の討伐作戦への協力、感謝する。皆のお陰で賞金首を打ち滅ぼす事が出来た。……これで、少しは石鏡も穏やかになる、かな」 「……ああ、そうなるといいな」 開拓者ギルドに集まった開拓者達に、真顔で切り出した星見 隼人(iz0294)。 少し表情を緩めて続けた彼に、開拓者も笑顔で頷く。 開拓者達は先日、賞金首・神村 菱儀(iz0300)と上級アヤカシ鈴々姫の討伐を成功させた。 石鏡に頻発していた瘴気の噴出事件を引き起こしていたのは菱儀であることも判明しており、今後は、そういった事件もなくなるはずだ……。 「それにしても、今日は何があるんだ?」 「わざわざ呼び出したということは、何か用事があるのよね?」 「ああ。神村菱儀討伐の慰労を兼ねて、祝勝会でもどうかなと思ってな」 「へえ。それはいいな」 「勿論、酒も出るんだろうね」 隼人の提案にはしゃぐ開拓者達。 そんな中、1人の開拓者がおずおずと口を開く。 「あの……昭吉さんのお怪我は、その後いかがですか?」 「ああ、それも報告しようと思ってたんだ。お前達が凄い勢いで回復させたから、傷はもう癒えてる。ただ……」 「ただ?」 「心に問題を抱えてる、と言うのかな。事情聴取には応じるが……それ以外は殆ど喋らない。ぼんやりと過ごしている状態だ」 ため息をつく隼人に、顔を見合わせる開拓者達。 ――主と共に死ぬ。そう覚悟していた少年。 しかし、結果は……主は黄泉地へと旅立ち、彼は生き残った。 彼の人生において大半を占めていた……忠誠を捧げていたものを失ったのだ。 落ち込むのも無理もないのかもしれない。 「……昭吉、これからどうなるんじゃろうか」 「処遇については検討中だが、かなりの情状酌量が認められそうだ」 不安そうな開拓者の肩を安心させるように叩く隼人。 菱儀の討伐を願ったのが昭吉である点や、誘拐された穂邑(iz0002)の手紙を開拓者ギルドに届け、結果として重大事件の解決に手を貸したこと、穂邑や人妖達の証言で、彼が一連の事件について何も知らされていなかった事情などを鑑み、再犯を防ぐ取り決めをした上で、信頼できる身元引受人が現れれば身柄を引き渡しても構わないという裁定が下りそうだと言う。 「そうですか……。良かった……」 「まあ、肝心の本人の希望が聞けていないが、何なら俺が身元を引き受けても良い。一応、『菊』の星見家の端くれだしな。その辺、昭吉に話してやってくれないか。俺が話すより、お前達が話した方がいいだろう」 「分かった」 「あと、人妖達と、ヨウとイツはどうしてる?」 「ああ。あいつらなら呼んであるから、直接話を聞くといい」 隼人の返答に目を見開く開拓者達。 それって大丈夫なのか……? と言いたげな仲間達の目線を受け止めて、彼は続ける。 「さすがに外に出したら色々とマズいから、祝勝会の会場は開拓者ギルドの中にしてある。……まあ、難しいことは抜きで楽しんでくれ」 笑う隼人に、笑顔を返す開拓者達。 まだ、残された課題は色々とあるけれど、ひとまずの区切りはついた。 戦いを制し、勝ち残ったことを祝おう――。 開拓者達は、隼人が示した会場へと足を運ぶのだった。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 柚乃(ia0638) / 倉城 紬(ia5229) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / ユリア・ソル(ia9996) / 无(ib1198) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 緋那岐(ib5664) / 春吹 桜花(ib5775) / 灯冥・律(ib6136) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121) |
■リプレイ本文 「さーて。一応の片が付いたことだし、お祝いといこうか」 「うむ! 今がこの場と変わらずある今日は皆が為したことあればこそ! さあ、共に祝い飲み明かそうぞ!」 ニヤリと笑う火麗(ic0614)。続いた音羽屋 烏水(ib9423)の声におーーーー!! と歓声を上げる仲間達。 その様子を見ながら、无(ib1198)がため息をつく。 「……収めたとはいえ、問題は山積、か」 「難しいことは後! さあ、まずは食べて飲みましょー!」 ひとりごちる彼ににっこり笑顔を返すユリア・ヴァル(ia9996)。 緋那岐(ib5664)も頷くと、杯を手にする。 「うっし。勝利を祝して乾杯しようぜ! ……って、その前に言っておくことがある! 全ての陰陽師が変態な訳ではないので、そこだけお間違えなきよう!」 「え。それ、わざわざ言うことですか……?」 「ええっ。大事なことじゃねえか! 陰陽師の沽券に関わるぞ!」 呆れたように言う柚乃(ia0638)に、ガビーンと衝撃を受ける緋那岐。 可愛らしい浴衣ドレスにアクセサリーでばっちりおめかしして来たリィムナ・ピサレット(ib5201)がおざなりにハイハイ、と頷く。 「もう陰陽師の一部は変態ってことでいいじゃない。早くご馳走食べようよー」 「じゃあそういうことで。皆、杯持ちなー!」 「全てのものの未来に……乾杯じゃ!!」 杯片手に強引に纏めた火麗に、烏水が桃の果汁が入った杯を天高く捧げ……。 彼の一声が、祝勝会開始の合図となった。 賞金首の討伐成功とあって、石鏡の国や開拓者ギルドからも差し入れが届いたらしい。 机には三位湖の魚の刺身の盛り合わせや、鹿の炙り肉、夏野菜の田楽など豪華な食事が並び、未成年向けに果汁やお茶が、酒も米酒に芋焼酎、果実酒など色々なものが取り揃えられていた。 「わあ……すごいお料理!」 「これ、全部食べてもいいでやんすか?」 「私も色々お持ちしましたよ! 宜しければどうぞ」 豪華な食事に目を丸くするリト・フェイユ(ic1121)に、じゅるりと涎を垂らす春吹 桜花(ib5775)。 そこに、灯冥・律(ib6136)がどーんと置いたのは、世界各地の甘味。 甘酒、甘刀『正飴』、陰殻西瓜、泰国産『めろぉん』……並ぶ高級品に、桜花の目がキラキラと輝く。 「他にもあるでー。お手製の料理やけど」 そこに芦屋 璃凛(ia0303)が蜜豆と、黄金色の飲料を差し出す。 「この飲み物は何でやんすか?」 「生姜の飴汁……というのが近いんやろか。ジルベリアでは『ジンジャーエール』って呼ばれてるらしいんよ」 璃凛の説明に、ふおお! と歓声をあげる桜花。 ああ、ここはこの世の天国でやんす……! そんな事を呟きつつ、料理を片っ端から試す彼女に、璃凛はほっと胸を撫で下ろす。 「喜んで貰えて何よりや。うち、出来ること少ないし、料理でもと思ってな。せやかから……せめて、楽しもうで」 「そうね」 ワイングラスを揺らしながらウインクするユリア。その後方で、黙々と倉城 紬(ia5229)が料理に舌鼓を打っている。 「神村菱儀……何だかあっけなく退場した気がしないでもないなー」 ぼそりと呟き、杯を傾ける緋那岐。 独自のスキルは開発する、人妖はぼこぼこ生み出す……と陰陽師としてはド級の実力者だったはずなのに。 「ふふふ。それは、私がいたからよ☆」 「手練揃いでしたしね。あの最悪な状況下に置いて、冷静に対処出来たと思いますよ」 悪戯っぽく笑うユリアに、頷く无。緋那岐がガクガクと怯えて見せる。 「本当、げに恐ろしきは開拓者、だよなー。あっさり始末しちまうんだからよ」 「そうだな。開拓者は恐ろしいな」 手元の杯を見つめながら呟く竜哉(ia8037)。 ――道が違えば、きっかけがあれば。 ここにいる誰かも……いや、全ての開拓者達が『神村 菱儀』になりえたという事を、どれだけの人が気づいているだろう。 己の為に何かを成すこと自体が悪な訳でもない。 理想を追い求める事も、罪ではない……。 誰しも持ち合わせている――合わせ鏡の向こう側に過ぎないのだ。 「残念だよ。そういう意味では」 「そうだなー。正しく力を使ってりゃ、他の道もあっただろうにな」 ため息をつく竜哉に、頷く緋那岐。 あれだけの力があれば、世界の謎や、様々な事象の究明に貢献できたはずだ。 同じ陰陽師として、それだけは勿体ないと思う。 火麗はぐいっと冷酒を煽ると竜哉と緋那岐に酌をして、ついでに己の杯にもなみなみと酒を注ぐ。 「……仕方ない。あれは、ヒトとしての心ってものがなかった。ヒトの形をした何かだったんだよ」 「だよねー。怪物に良識を求めるのは無理なんじゃないかな。ところで皆、あたしの活躍みた〜?」 鹿肉片手に、葡萄の果汁をごくごく飲みながら言うリィムナに、ピクリと反応する柚乃。 祝勝会での様々な出来事を記録する気満々の彼女は、ずずいっと身を乗り出す。 「柚乃は残念ながら見られてないので、是非詳しく教えてください」 「あのね! まずね、ユリアと火麗がね、菱儀の肩をざくーっと地面に縫い付けてね」 「ほうほう。それでどうしたんです?」 「そこに満を持して飛び込んだのがこのあたし! 菱儀の頭をこーやって太股で挟んで、ヨミデルちゃんどっかーん♪ ってしたんだよ!」 「ふむふむ。随分大胆な作戦に出たんですねえ」 「うん! あいつも滅多に見られないものを顔面で感じられたんだから本望だよね♪ 感想聞いてみたかったな♪」 「……というと?」 「うん、はいてなかった♪」 首を傾げる柚乃に、満面の笑顔で平たい胸をえっへん! と張るリィムナ。 その瞬間、律以外の仲間達が凍りつく。 「あの……その件については、止めたんですけどもね……一応」 「……まあ、お飲みよ」 「お、お疲れ様です……」 何故か申し訳なさそうな律に、酒を勧める火麗。リトが律の背を慰めるようにさすっている間も、リィムナのノリノリな実況は続く。 「でね、零次の拳がごーんって……あ、今はちゃんとはいてるよ♪ 見たい〜?」 「あああ。駄目ですよっ!」 ひらひらなスカートを捲ろうとするリィムナを慌てて止める柚乃。 2人のやり取りに、仲間達から笑いが漏れる。 そんな中、クロウ・カルガギラ(ib6817)と輝羽・零次(ic0300)が部屋の片隅で話し込んでいた。 「……これでようやく黒狗の森も平和になるなぁ」 「そうだな。紗代みたいなのが、襲われるなんて事はあっちゃならない事だもんな」 「もうこの件は紗代さんに伝わってるんだっけ?」 「ああ、この間会って来たからな」 「そうか。元気だったか?」 「相変わらずだったよ。ギルドの手伝いに目覚めちまったみてえだ。もう少ししたら村に帰してやれるだろうが、それはそれで寂しがるかもな」 「ハハハ。紗代さんらしいな」 笑うクロウ。一生懸命で素直な少女のことだ。きっとギルドでも頑張っていたのだろう。 零次がふと視線を感じて隣を見ると……兎隹(ic0617)の金色の瞳がじっとこちらを見つめている。 ……あ。痛い。視線が痛い。 何も悪いことはしていないはずなのだが、零次は狼狽えて目を反らす。 「……紗代と会って来たのだな。なるほど。では、詳しく聞かせて貰おうか?」 「な、何だよ。ちょっと買い物に連れてっただけだって」 「ふむ。それだけか?」 「……その後、黒優と佐平次達んとこにも連れてったけど」 「ほーう? 他には?」 不機嫌そうに耳を動かしながら尋問する兎隹に、零次の言い訳のような台詞が続く。 紗代のことになると冷静さを欠くと言うか何と言うか。 この2人も相変わらずだなぁ……とクロウは苦笑しながら刺身を口にする。 「俺、これからイツと話して来ようと思ってるんだが。兎隹さんは?」 「うむ。我輩もヨウ達と話をするつもりだ」 「そっか。んじゃ、あいつらは任せた。俺、人妖達見てるわ」 酒を少しづつ飲む零次に、クロウは首を傾げる。 「……零次は話をしないのか?」 「ああ。あいつらも俺の顔なんざ見たくないだろうしよ」 「そうか? そんなに恨んでる風に見えないけどな」 続いたクロウの声に肩を竦める零次。ふう……と大きくため息をつく。 「……あいつらには情がある。考える頭もある。それが分かったところで、アヤカシだ。どう頑張ったって結果は変えられない。恨み言を最後に聞いて、刻み付けるくらいが丁度良いんだよ」 「零次……」 呟き、目を伏せる兎隹。 ――これが、零次なりの誠意と覚悟なのだろう。 紗代のことはさておいたとして、筋の通った男だとは思う。 「なーに面倒臭い話してるのよ。楽しまなきゃ損よー」 「ひゃあっ!?」 後ろからがばっと兎隹に抱きつくユリア。驚いてじたばた暴れる白兎の少女に、烏水が同情の眼差しを向ける。 「……ユリアよ。あまり兎隹をからかうでないぞ」 「分かってるわよー。あ、そうだわ。烏水、折角だから何か弾いて頂戴。明るい曲がいいわ」 「うむ。そうじゃな。勝利を祝して一曲捧げさせて貰うぞ!」 「じゃあ、柚乃、紫陽花ちゃんに変化して踊りまーす」 「はーい! あたしも白面ちゃんと一緒に踊るー!」 言うや否や、自身の波長を書き換えて見慣れたこもふらさまの姿に変化する柚乃。 リィムナも白面式鬼を召還すると、烏水が軽快に三味線をかき鳴らし、会場内から自然と手拍子が沸きあがる。 響き渡る楽しげな音楽と、仲間達の声。 紬はそっと会場を抜け出し、昭吉の元へと向かった。 ――ざっと見る限り、怪我はきちんと回復している。 ただ、この間見かけた時より、何だかやつれているような気がする……。 「……声かけなくていいんですか?」 「はい。様子を見に来ただけですので……。それより、ちょっとお伺いしてもいいですか?」 「ええ。私で分かることでしたら何なりと」 部屋の入り口からそっと昭吉を覗く紬に頷くギルド職員の杏子。彼女をここまで案内してきた杏子は、紬をじっと見つめる。 「あの。昭吉さん、お食事はきちんと摂っているでしょうか?」 「それが……。あまり。少しは食べてくれますが、育ち盛りの少年にしては全然足りないですね」 「やっぱりそうですか……」 ふう、とため息をつく紬。昭吉がやつれたように見えたのは気のせいではなかったようだ。 「……贈り物をする事は許されていますか?」 「どういったものですか? 刃物とかだとさすがに無理なんですが……」 申し訳なさそうな顔をする杏子に、あー……と呟いて頷く紬。 確かに、今少年に刃物なんて差し入れようものなら、きっと悲劇が待っている。 彼女はごそごそと懐を探ると、お守りとお香を差し出す。 「お渡ししたいのはこれです」 「えっと。内容を検めさせて戴いて宜しいですか?」 「はい。お願いします」 紬から品を受け取り、まじまじと見つめる杏子。 御守「あすか」は、『明日への希望』を与えるという謂れのある品である。絶望的な困難に直面してもこのお守りを握り締めると、心なしか勇気が湧いて来るそうだ。 お香「新緑」は、心を落ち着かせる森の香りがする。 この御守とお香が、昭吉に先を歩める希望と勇気を与え、冬から春になる様に新しい事を見つけられるといいな……と思う。 「紬さんはいい子ですねえ……。ええ。これなら大丈夫そうですよ」 「本当ですか!? では、お手間をかけますが……渡してください。お願いします♪」 紬はにっこり微笑むと、杏子に深々と頭を下げた。 「あら。これ美味しいですわよ」 「本当ー? どれどれ」 「あっ。ふう! それ私のですわぁ!」 「少しくらいいいじゃない!」 「ふう、みい。ケンカは止めなさいよ」 「ヨウ! ふうが私のお菓子取ったんですのよぉ!」 「ちょっとだけだもーん!」 「……だったら、イツのあげる。イツが食べても意味ないし」 「そうね。あたしのもあげるから静かに食べなさい」 「「はーい」」 「イツ、ヨウ。申し訳ないですわ……」 兎隹から貰った季節のお菓子と、律と璃凛からの差し入れを手にきゃあきゃあと騒ぐ人妖三姉妹とアヤカシ達。 「人妖達の方が姉、だったよな」 「これじゃどっちが姉だか分からないじゃねえか……」 「……ったく、こいつら人妖ってより人幼だよなあ」 その様子を見てぼやくクロウと零次、緋那岐に、ユリアがころころと笑う。 「これなら逃亡の相談なんてしてる暇なさそうね。……ひい、身体の具合はどう?」 「ええ。大分良いですわ」 「どれ、ちょっと診てあげましょうかね。こちらへ」 无の声に頷く金髪の人妖。 兎隹は人妖達を見つめて、己の心配が杞憂であったことに驚きと、そして問題を感じていた。 ――神村菱儀がどんな男であれ、主人であった事には変わりない。 それゆえ、『祝勝会』というものは彼女らにとって複雑であるはずで……。 人妖達に配慮をせねばと考えていのだが……どうやらふうとみいは、この会がどういった主旨のものであるのか、あまり理解していないようだった。 さすがにひいは長く主と一緒にいただけあって年の功があるようだが、他の2人は命じられた時以外、外に出ることもなく。 教えられたのは、菱儀に対する絶対の忠誠のみ――。 これは、彼女達が外で生きて行くのに、大きな障害となるであろうことは明白だった。 緋那岐はため息をつくと、青い髪の人妖の頭をつんつん、とつつく。 「これからどう転ぶにせよ、きちんと良識や知識を与えないとなんねえわなあ」 「失礼ね。あたしだって色々知ってるわよ」 「あら。じゃあ、この兎隹から貰ったお菓子の名前知ってる?」 「ぐぬぬ……!」 「知らねえじゃねえか」 ユリアの問いかけから、流れるような零次のツッコミ。 緋那岐はそれを眺めつつ、同じ人妖の――五行国の封陣院分室長が所有している人妖、樹里と対面させたら面白いんじゃなかろうかと考える。 「みい、おいで」 「何ですのぅ? 兎隹」 呼ばれて、ふわふわと寄って来た赤い髪の人妖。 兎隹は彼女を抱えると、膝の上に乗せる。 「……この間の決戦の時は、助力をしてくれてありがとう」 「別に兎隹の為じゃないですわぁ。ひいとイツを助けたかったんですものぅ」 「うむ。それで良い。心を決めるのは、皆いつだって大事なものの為なのだ。それはヒトも変わらぬよ。……良く頑張ったな」 褒められ、ぽふぽふと頭を撫でられて、目を瞬かせるみい。 それは決して、心地の悪いものではなかったようで……彼女は少し頬を染めると、兎隹の胸に身体を預ける。 「……大分良いですね。どれ、念のため」 ひいの身体を確認しつつ、瘴欠片で瘴気を分け与える无。 アヤカシではない為、効果はないだろうが……大部分を瘴気で生成されている人妖なら、気休め程度にはなるかもしれない。 それを素直に受けつつ、ひいは戸惑いの表情を見せる。 「……どうしてここまでして下さるんですの?」 「罪を憎んで人を憎まず、と言う言葉を知っていますか? 我々は、君達のこれからを信じたいんでしょうね、きっと」 无の独白じみた呟き。それはきっと、仲間達の思いでもあり――。 「……お前、そんなとこで何やってんだ?」 「……座ってるの」 「そりゃ見れば分かる」 「その子、部屋の隅が好きなのよ。いつもそんな感じよ」 部屋の隅で膝を抱えて座っているイツに気付いて、声をかけるクロウ。 続いたヨウの言葉で、黒いアヤカシの習性を知る。 色々とあったが、ヨウとの約束は何とか叶えてやれそうだ。 だから……今度は、イツの願いも何か叶えてやれないかと思う。 「ねえ、イツ。私達に何かして欲しいことはない?」 「俺に出来る範囲なら何でも良いぞ! ハグでもキスでも何でもござれだ!」 フハハハハと笑うクロウに生暖かい目線を向けるユリア。そんな2人を、黒いアヤカシは首を傾げながら見つめる。 「……イツ自身は良くわかんないけど。できたら……ひい達に『スキ』と『アイ』をあげて」 「……ん? 何だって?」 言われたことがすぐに理解できず、イツを見返すクロウ。 膝を抱えたままのイツを、ユリアはハッとして見つめる。 「……ひい達は、ずっと『アイ』を求めてた。菱儀に『スキ』って言われたがってた。でも、イツは……『スキ』も『アイ』も分からないから……あげることができなかった」 「お前……」 「……クロウ達は『スキ』と『アイ』を持ってる? ……持ってたら、あの子達にあげてほしい」 「お前、馬鹿だなぁ……」 イツの思いも寄らぬ願いに、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でるクロウ。 彼女の持つその思いこそが『情』だということを、誰も教えてやれなかったのか。 哀れな人妖崩れ。それを教えてやろうにも、あまりにも時間が足りない――。 ユリアにも、大切な幼馴染達がいる。それだけに、彼女の願いは他人事には思えなかった。 「イツ、良く分かったわ。任せて頂戴」 「俺達の力の及ぶ限りは、与えるように努力するよ」 「……うん。お願いね」 イツは相変わらずにこりともしなかったけれど。 真剣なユリアとクロウに、こくりと頷いて見せた。 「律がお前達と話したいらしいんだ。ちょっと聞いてやって貰えるか」 「初めまして。灯冥律と申します」 「……イツだよ」 「畏まって何かしら。……あたし達に気を使う必要はないわよ」 「いえ! ここは折り目正しく行きませんと!」 星見 隼人(iz0294)に連れられて来た律。 深々と頭を下げる彼女に、素直に返事をするイツ。そんな2人に、ヨウが苦笑する。 ――残念ながら彼女が先に渡した甘味は全て人妖達に渡ってしまったようだが、喜んで貰えたようなので良しとする。 律はこほん、と咳払いすると、真っ直ぐにアヤカシ達を見つめる。 「あの、今日はお2人にお伺いしたいことがあって参りました」 「……なに?」 「どうしたの?」 「決戦の際、神村菱儀は自分の姿を見た時、どう思ったでしょう?」 「……菱儀、小さい子がいい。ヨウは賢いけど、見た目がよくないって……言ってた」 「そうねー。あの男の嗜好的に、嫌だったんじゃないかしら」 「ヨウさんは大人の女性型ですね……。ということは、この露出度の高い格好は……?」 「「嫌がらせ?」」 声を揃えたアヤカシ達に、小さくガッツポーズをする律。 菱儀が自分を見た時の舌打ちは、きっとそういう事だったのだろう。 間違いなく己の格好は不快感を与えられたのだ! 「気になっていた疑問がスッキリしました。ありがとうございました」 「……リツは随分妙なことを気にするのね」 「作戦に貢献できたか否かに関わることですから。気になりますよ」 「……そう……良かったね」 くすくす笑うヨウに、不思議そうな顔をしているイツ。 律はもう一度、深々と頭を下げる。 「……あともう一つ。貴方がたは誰かの未来を繋げてくれた。それは感謝します。伝えたかったのはそれだけです」 「アヤカシに感謝するなんて、おかしな子ね」 再び目が合ったヨウは肩を竦めていたが、何だか穏やかな顔をしていた。 「さて、ヨウ。やるべきことは済んだ。約束を果たすよ」 「……リィムナも以前言ってたけど、アヤカシ相手に約束を果たす必要はないんじゃない?」 徐に腕を差し出す竜哉に、小首を傾げるヨウ。 彼は首を横に振りながら続ける 「そういう訳にはいかない。俺はアヤカシと開拓者に、大した差を感じていないしな」 「タツヤの認識は変わってるわね」 「そう言われると思ったよ。……なぁ。俺の身体の大半は、一度『上級アヤカシの手で』治されてる……と言ったら信じるか?」 「……タツヤがわざわざそんな嘘をつくようにも思えないけど」 本当だ、と頷く竜哉。 ――あの、氷の上級アヤカシにどんな思惑があったにせよ、満足に動く事の叶わなかったこの身体は、彼女によって再生された。 それは変えようの無い事実。 ……そのアヤカシを、この手で討ったことも。 それ以来、アヤカシと人の『差』というものに自信が持てなくなった。 捕食するものとされるもの。それだけじゃないような気がして――。 「知恵のあるアヤカシなら気まぐれに人を生かすことだってあるわ。そこに深い意味はない。わたしだって、利害が一致したから協力しただけ。……そう思っていた方が幸せよ。お互いにね」 「君はあえて線引きをするんだね」 「食べるのに、いちいち知り合いかどうか確認するの面倒くさいじゃない」 「だから、俺の腕なら食べても構わんよ」 変わらぬ竜哉に、深々とため息をつくヨウ。彼女は白い髪をかき上げて彼を見つめる。 「タツヤの片腕は私のもの。その気持ちは変わらない?」 「ああ。約束だからな」 「だったら……そうね。少し約束の形を変えてもいいかしら」 「内容による。聞こうか」 「『あたしの腕』で、あの子達を守って頂戴。あたしはもうすぐ消えるわ。そうしたら、あの子達を守れない」 「……なるほど。それは俺が生きている限りかな?」 「勿論。長い契約になる。嫌なら断ってくれていいわ。返事は……あたしが処刑される前にお願いね」 「断ったら?」 「そうね。タツヤの腕と一緒に黄泉地に行くのも悪くないわね」 ――自分は肉親を知らない。 だから、己の身体の一部を作ったアヤカシが『親』に当たるのかもしれない。 ……そんな、ある意味『親』を殺した自分に、今度はアヤカシの片腕になれと言う。 随分と業の深い話だ……。 くすくすと笑い立ち上がるヨウに、竜哉は考えておくよ、と短く答える。 彼女は頷くと、近くにいた兎隹をひょい、と抱える。 「兎ちゃんも食べたかったんだけどねえ」 「ひゃああああああっ!?」 相手が違うとはいえ再び抱きつかれた上に、白い兎耳をぱくり、と甘噛みされて飛び上がる兎隹。 慌てて振りほどいて距離を取る。 「よ、ヨウ!? な、何をするのだあああ!!」 「あらー。一口くらい良いじゃない」 「我輩は美味しくないぞ! 多分……」 「美味しいかどうかはあたしが決めることよ」 悪びれる様子もない白いアヤカシに、がっくり肩を落とす兎隹。 己の髪を弄ぶ彼女の細い手を見つめながら、考える。 ――滅びを受け入れるか、抗い戦うのか。 彼女はどちらを選ぶのだろう……。 「ヨウ。いずれにせよ決着には必ず立ち会おう。……だが、こんな事言うべきじゃないのかもしれないが、こんな出会いでなかったなら……良き友になれたような気がするのだよ」 「……兎ちゃんは甘いわねえ。そんな事言ってるといつか寝首を掻かれるわよ」 「己が信じた上でその結果なのであれば、後悔はしないのである」 「本気で言ってるの? じゃあもう一口くらい良いかしら」 「……!??」 にっこり笑うヨウに不穏な空気を感じて、両耳を慌てて押さえて飛びずさる兎隹。 そこに通りかかった火麗が、からからと笑う。 「……ったく。よっぽど兎隹が気に入ってるんだね」 「まあね。美味しそうだし」 「兎隹も災難だねぇ……。で、どう? 菱儀の討伐は終わったけど」 「産みの親ではあったけど、面倒な男には違いなかったから……消えてよかったんじゃない」 「そうだね。確かに面倒だった。その上変態だし。……まあ、色々あったけどさ。人妖達が生きながらえる事が出来たのは、間違いなくお前さんの働きのお陰だよ」 「そりゃそうよ。その為に無茶な要求にも応えたんだから」 「言ってくれるね」 クククと笑う火麗。そこに、むくれた顔をしたリィムナがやって来て、ヨウに突撃する。 「ねえ、ヨウ。イツも……2人共、何とか生き残れないのかな」 「……どうしたのよ、急に。貴方らしくないわね」 「だって、一緒に戦ったじゃない。同胞のアヤカシも倒してた!」 「それは利害が一致していたからよ」 「でも……!」 「これ以上は貴方が辛いだけよ。賢い貴方なら分かるわね」 「でもヤダったらヤなんだもーん!」 「……困った子ねえ」 駄々っ子のように手足をバタバタするリィムナの頭を己の膝の上に乗せるヨウ。 その不思議な感覚に、暴れていた少女が大人しくなる。 「ねえ。アヤカシって冷たいんだねー」 「そりゃあね。ヒトと違って瘴気でできてるもの」 「そっかー。何か変な感じ」 アヤカシに膝枕して貰ったなんて恐らくこれが最初で最後だろう。 ――向こう側で、クロウとイツが話し込んでいるのと、仲間達と人妖達が璃凛の持ち込んだ盤双六に興じているのが見える。 酷く、穏やかな時間。 ヨウやイツと、このまま友達になれればいいのに……という言葉を、リィムナはぐっと飲み込んで目を閉じた。 「……昭吉さん」 恐る恐る声をかけるリト。 暫く見ないうちにやつれてしまった少年は、ゆっくり首を動かしてこちらを見る。 こちらを見ているようで見ていない……心ここにあらずと言った様子の昭吉に、リトは気丈に笑顔を向ける。 「お見舞いに来ました。お怪我の具合は如何ですか? はい。これ、クッキーです。一緒に食べましょう」 「……リトさん」 「はい。なんでしょう?」 「僕、分からないんです」 「何が……ですか?」 「慌てず、ゆっくり話してみましょうか」 无のゆったりとした声。リトも頷いて、昭吉の背をさする。 「……主様は、人の道を外れたんですよね」 「そうよ。だから、賞金首として手配されていたの」 頷くユリア。昭吉は、小さく震えながら続ける。 「そうですよね。道を外れた賞金首であったならば、処刑されるのも仕方ない。頭では理解しているんです。……でも、僕は悲しい。主様が死んで悲しいんです。どうしようもなく……。おかしいですよね、僕が死を望んだのに。もっと早く気付いていれば、他に道はあったかもしれないって……思って……」 「そんな、昭吉さんの大事な人だったんですから、悲しいのは当たり前ですよ……」 「そうですよ。その気持ちまで否定する必要はないんです。気付けなかったのも罪じゃない。どうか、自分を責めないで……」 少年から漏れ出る苦悩と後悔に悲壮な表情でいいすがる柚乃とリト。 そこに、桜花がぼそりと口を開く。 「賞金首を手伝った事については同罪でやんすけど、あっしは後悔してないでやんすよ」 「え……?」 「自分で決めた行動に嘘はついてないでやんすしね。皆、そうやって道を決めて生きてるでやんすよ」 「桜花さん……。でも、僕は……」 「道を間違えたなら引き返して、また別の道を歩けばいいんでやんす。間違いは無駄じゃないでやんす」 きっぱりと断じる桜花。戸惑う昭吉に、みたらし団子を1本押し付ける。 「このみたらし団子も、食べる相手にこん畜生と恨みながら作ったのと、喜んでほしいと心を込めて作ったもの……どっちが食べる人を幸せにしてくれるか。まあ、食べてみれば分かるでやんす!」 「……昭吉君。食べて御覧なさい。きっと美味しいですよ」 无に促され、団子を一口齧る昭吉。本当だ……と言う彼の小さな呟きに、桜花は満足そうに頷く。 「以上、あっしの独り言でやんす! あー。慣れないこと喋ったらお腹空いたでやんすよ〜。まだ肉残ってるでやんすかねー」 そういい残し、そそくさと去っていく桜花。そんな彼女に、烏水が苦笑する。 「やれやれ。桜花も素直じゃないのう。……のう、昭吉。わし、思うんじゃが。……あの男の実力を考えたら、昭吉のことは殺そうと思えば殺せたはずなんじゃ。それでも殺さなかったのは……決別の意味もあったんじゃなかろうか」 「そうなんでしょうか……。僕、主様に恨まれても仕方ないことをしてるのに」 「恨んではおらんと思うぞ。多分、じゃがな」 俯く昭吉の肩を励ますように、ぽんぽん、と叩く烏水。 真意はもう、問うことも出来ないが……。 少年に、最後まで真実を教えなかったのは、彼の主としての優しさだったと思いたい。 そう呟く彼に、柚乃もこくりと頷く。 「柚乃も、そんな気がしてます。昭吉くんが側で見てきた彼は、全てが偽りではなかったと思うんです。もしかしたら……誰も知らない、昭吉くんだけが知る一面があったかもしれません」 「そうですよ。昭吉さんの主は、確か苺が好きだったんですよね」 「うむ。さんどうぃっちも気に入ったのではなかったかの」 「はい。意外と偏食で……子供っぽい方だったんですよ」 リトと烏水の言葉に、微かに表情を和らげる昭吉。 主に振り回された、少し大変で、そして幸せだった生活。 それはもう戻っては来ないけれど――。 ヒトの心を持たぬと言われた賞金首が、ヒトであったことを証明できるのは彼しかいないのだ。 「彼がどのように生きて、どんな研究をしていたのか……知りうる限りのことでいいんです。痕跡を残すのも生者の勤めですよ」 「そうです。……生きて遺さなきゃ。彼を敬愛していたならば。そして、柚乃達にそれを教えて下さい」 「ねえ、昭吉さん。……知らなかった事は、ある意味罪かも知れない。でも、昭吉さんが支えていたのは生活と心に根ざした事じゃないですか。誰も傷つけていないし、気付けなかった私達も同罪です……だから一緒に生きましょう?」 无と柚乃、リトの訴えに、ビクリとする少年。 ふるふると、子供のように首を振る。 「でも、僕、何をしていいか……。主様が僕の世界の全てだったから。一緒に死ぬつもりだったから……主様を失って、生き残った後のことなんて、考えてもみなかった」 ユリアは少年の顔を優しく手で包み込みこちらを向かせると、目を合わせたまま続ける。 「……昭吉、逃げないで。菱儀が何をしたか、私達は教えないわ。伝聞ではなく、自分の目で正しく知りなさい。その上で何をするのか、しないのか……自分で考えて決めなさい」 「わしと共に天儀を旅をするという手もあるぞい。このまま無為に時過ごしては、主への土産話にもならんじゃろう?」 まだ、わしの三味線も聞かせておらなんだしな……と呟く烏水。リトがそっと、昭吉の手を握る。 「星見家の隼人様が昭吉さんの身元を引き受けて下さるそうです。ご厚意に甘えて……もう少し後に、考えましょう? 気持ちが少し、元気になったら恩返しを考えてもいいし、穂邑さんに会いに行ってもいい……ね?」 「うむ。隼人がおれば、わしらも責を負えよう。ひとつの道と思えば……考えてくれな」 どこまでも穏やかな開拓者達の声。それに、昭吉は目を潤ませる。 「……どうして皆さん、そんなに親身になってくださるんですか?」 「どうして……って、友達なんじゃから当たり前じゃろうが!」 「私達は昭吉さんに生きて欲しかったし……こうして今、生きてくれて本当に良かったって思ってますよ」 「……本当に、生きていてくれて良かったわ。あまり心配させるものじゃないわよ」 目を三角にして叱りつける烏水をまあまあ、と宥めるリト。ユリアは以前より細くなってしまった少年を抱きしめる。 ――生きたくても生きられないものもいる。 生きていれば、出来ることがあると……胸に顔を埋めて泣きじゃくる少年が、いつか分かってくれることを、ただ願う。 祝賀会が、賑やかに、そして優しく過ぎていく。 リィムナが、アヤカシ達にご馳走だと言って己の血を提供しようとしたり、クロウもそれに続こうとしたりしてちょっとした騒ぎにはなったけれど。 開拓者達は、ずっとずっと忘れずにいようと、この光景を胸に刻みつける。 そして昭吉が、隼人の元へ行く決断をしたと知らされたのは、それからまもなくのことだった。 |