【瘴乱】狂気の人妖師
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 40人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/26 15:07



■オープニング本文

●遠い記憶
 ――僕は捨て子だったらしい。
 らしい、と言うのは僕自身にはその記憶がなく、旦那様と奥様にそう聞いていたから。
 旦那様と奥様……主様のご両親はとても優しい人達で、僕にも教育と愛情を与えてくれた。
 ――主様は、旦那様と奥様の一人息子。
 主様は幼くして陰陽師としての才能を開花させ、研究機関でも頭角を現していたそうだ。
 でも、お2人は主様の話になると、いつも顔を曇らせていた。
「あの子は研究ばかりで身の回りの事は何も……もう少し人としての礼儀や、常識を学んで欲しいのだけど」
「大丈夫ですよ。菱儀様は陰陽師として立派な方なのでしょう? 身の回りの事でしたら……僕がお傍にいますから」
「……昭吉、お前は素直ないい子だ。お前が傍にいてくれたら安心だな」
「……はい!」
 亡くなられた、旦那様と奥様との約束。
 そう。何があっても。
 僕は、ずっと主様のお傍に――。

●決意
「……ひいさん、あまり動いてはダメですよ。イツさんと一緒にここに隠れて居てください。もうすぐ、開拓者の皆さんが迎えに来てくれる筈です」
 顔色の悪いひいをひざ掛けで包んで、イツに渡す昭吉。
 ひいは彼の顔をそっと覗き込む。
「昭吉。あなたはこれからどうするんですの?」
「僕は、やらなくちゃいけない事があるので……。色々教えてくれて、ありがとうございました。主様が酷い事をしてごめんなさい。……どうか、お元気で」
 悲壮な顔で頭を下げる昭吉。
 ――この子も、覚悟を決めたのだ。
 でも、主様に対抗するには、絶望的に力が足りない……。
「イツ……。あの子を止めて。殺されてしまいますわ……」
「……それには従えない。イツは、ひいを優先する」
 静かに言う黒いアヤカシに、驚いた顔を向けるひい。
 去っていく少年の背を、見送る事しか出来なかった。


 目の前で書物に目を落とす主。
 それが、あまりにもいつもと変わらなくて――。
 昭吉は揺らぐ気持ちを抑えるようにぷるぷると首を振って、神村 菱儀(iz0300)の前に立つ。
「どうした? 茶の時間か?」
「いいえ。主様。今日はお願いがあって参りました。ここで僕と一緒に死んでください」
 言うや否や、部屋に油を撒き、蝋燭を落とす昭吉。
 あっという間に燃え広がる火に驚く様子もなく、菱儀は酷く冷淡な目を従者に向ける。
「……何をしている。私の長年の研究を灰にしようとは、万死に値するぞ」
「可哀想な人妖を生み出して、犯罪に加担させる事が主様の研究ですか!? そんなもの燃えてしまった方が良いんです! ……もう終わりにしましょう、こんな事」
「……お前、誰に何を吹き込まれた?」
「真実を、教えて貰っただけです。……主様がご希望なら何度でも死にます。でも……」
「そうか。そんなに死にたければお前独りで死ね」
 人妖達にした時と同じように。昭吉を紙切れのように切り裂く菱儀。
 倒れて、血の染みを広げていく従者を見る事もせず、彼は空中を見つめる。
「……鈴々姫、いるか? ここは廃棄する。離脱するぞ」
「ここにおる。話が違うではないか。全く……。どうするのじゃ?」
 呼ばれて、ふわふわとやってきたのは金髪の少女。菱儀は片眼鏡を上げながら答える。
「まだアヤカシ達が揃い切っていない。今開拓者共に打って出ても自滅するだけだ。一旦身を隠そう。集めたアヤカシは護衛に回す」
「仕方がないのう……」
 ため息をつく鈴々姫。そうしている間にも燃え広がる炎……。
 ――旦那様、奥様。ごめんなさい。
 ……僕は、お2人の……主様の役に立ちたかったのに。
 そして、独り残された昭吉は、血と一緒に涙を流した。


●少年からの手紙
 神村 菱儀の討伐作戦実行まであと僅か。
 最終調整で忙しい石鏡の開拓者ギルドに、難しい顔をした星見 隼人(iz0294)がやって来た。
「早速で悪いんだが、これを確認して貰えないか」
 そう言って差し出されたのは一通の封書。開拓者達は首をかしげながら、それに目を通す。



 開拓者の皆様

 僕は神村菱儀の従者、昭吉と申します。
 突然のお便りをお許しください。

 ――僕は罪を犯しました。
 僕の主である神村菱儀は人妖を操り、アヤカシや古代人と手を組み、世に混乱を齎しました。
 そして僕は……主様が何をしているのか知ろうともせず、結果的に犯罪に加担し続けていました。
 僕がしてきた事は、決して許される事ではありません。
 だからせめて、主様と、僕の罪を告発します。

 これ以上、主様に罪を重ねて欲しくない。
 でも、主様は生きている限り罪を重ね続けるでしょう。
 だったらせめて、人として死んで行って欲しいんです。
 僕はこれから、主様と対峙します。
 主様は、御一人で逝かれたらきっと身の回りの事に困ってしまうから。
 僕も地獄まで一緒にお供するつもりです。
 ただ、主様は頭が良いから、僕の計画など簡単に見抜かれてしまうかもしれない。
 お願いです。その時はどうか、主様を止めてください。

 開拓者様に出会うまで、僕は何も知りませんでした。
 旬の食材や、季節の花。美味しいお菓子の事。
 主様が僕の世界の全てで、外の世界がある事すら知らなかった。
 ……以前の僕だったら、主様と自分の罪を理解できず、受け入れる事が出来なかったかもしれません。
 皆様のお陰です。本当にありがとうございました。

 勝手な事ばかりお願いしてしまい、本当にすみません。
 穂邑(iz0002)さんにも、僕が謝っていたとお伝え戴けませんでしょうか。
 これが、僕からの最後のお願いです。
 どうか、主様をお願いします。

                        神村菱儀の従者 昭吉



「昭吉さんって、あの昭吉さん……ですよね」
「そうでしょうね。こんなに恐ろしく可愛くて、馬鹿な子他にいないわ」
 顔を上げて不安そうな顔をする開拓者に、もう1人の開拓者が凄惨な笑みを浮かべる。
 その様子に隼人は苦笑を浮かべつつ続ける。
「手紙には菱儀の屋敷の場所や鈴々姫の詳細が添えられていた。不審な点はない。信じて良さそうだ」
「そうか。だとしたら……」
 呟きかけた開拓者。そこに、ばたばた足音を立ててギルド職員がやって来る。
「大変です! 賞金首、神村菱儀の屋敷から火の手が上がっています……!」
「……急ごう。瘴気の木の実は胡桃に似てるけど、胡桃と違って恐ろしく衝撃に弱いし、燃えたところで瘴気は消えない。実に火が着いたりなんかしたら……あっという間に弾けて周囲が瘴気に塗れるぜ」
 続いた開拓者の声に戦慄する仲間達。
 主と対峙すると言っていた昭吉。
 瘴気の樹も燃やせば何とかなると思ったのだろうか――。
「くそっ。……討伐作戦を前倒しで実行するぞ。皆、急いで準備しろ! 準備が出来次第出発だ!」
 隼人の声に、大急ぎで出立の準備をする開拓者達。

 動き出した歯車。
 それぞれの命運をかけて、狂気の人妖師の討伐作戦は決行された。


■参加者一覧
/ 志野宮 鳴瀬(ia0009) / 北條 黯羽(ia0072) / 芦屋 璃凛(ia0303) / 鷲尾天斗(ia0371) / 奈々月纏(ia0456) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 倉城 紬(ia5229) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 亘 夕凪(ia8154) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / ルーンワース(ib0092) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 雪切・透夜(ib0135) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / ニクス・ソル(ib0444) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / アルフレート(ib4138) / 宮鷺 カヅキ(ib4230) / シータル・ラートリー(ib4533) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 緋那岐(ib5664) / 春吹 桜花(ib5775) / 灯冥・律(ib6136) / 神座早紀(ib6735) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 弥十花緑(ib9750) / ジョハル(ib9784) / 戸隠 菫(ib9794) / 宮坂義乃(ib9942) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

 だんだんと迫る黒煙。あの煙の立ち上る先が、賞金首、神村 菱儀(iz0300)の屋敷――。
 開拓者達は大急ぎで準備を終えると、騎乗系相棒に飛び乗り現場へと急行していた。
 勿論そうでない相棒を連れて来た者もいたが、音羽屋 烏水(ib9423)が馬を手配したり、仲間の相棒に同乗させて貰ったりと工夫を図った為、大きな遅れもなく移動できていた。
「昭吉君の主人が、あの神村菱儀だったなんてな……」
「全くでやんす。あっしも、昭吉の坊ちゃんの主を一目見ようと思いやして」
 ぽつりと呟く弖志峰 直羽(ia1884)に頷く春吹 桜花(ib5775)。
 リト・フェイユ(ic1121)も弱々しくため息をつく。
「昭吉さん、何時もあんなに一生懸命で……。だから今回も、思い詰めてしまったんでしょうか……」
「そうなんじゃろうの。せめて、一言儂らに相談してくれりゃ良いものをの……」
 遠い目をする烏水に、桜花が頭をぽりぽりと掻く。
「研究の内容を知らずに手伝ったのは、あっしも同じでやんすのにね」
「あら。そういえば、そんな事もあったわね」 
 その言葉に、ユリア・ヴァル(ia9996)が思い出したように顔を上げる。
 そう。開拓者達も、昭吉の主の研究の素材集めという名目で、少年を手伝ったことがあり……結果的に、賞金首の手伝いをしてしまった。
 ――昭吉が、『何も知らずに手を貸していた』ことが罪だと言うのなら。
 それに手を貸した開拓者達は……?
「ふむ。だったら、儂らも同罪じゃな」
「そうでやんす。……でなきゃこんな火事現場になんて来ないでやんすーーー!」
「思い出させるでないわ! 儂だって怖いんじゃあああ!!!」
 ひいいいいいい! と悲鳴をあげる桜花と烏水に苦笑する緋那岐(ib5664)。
 そうこうしている間に、炎に巻かれつつある家屋が目に入って――。
「……もう結構火が回ってるじゃねえか」
「うわ。まずいよ、これ……!」
 彼の焦りが滲む呟きに、息を飲む戸隠 菫(ib9794)。
 この火が瘴気の木の実に燃え移ったりしたら。
 瞬く間に実が弾けて大惨事になる……!
「あそこに人が残っていらはるんやね……」
「急ごう!」
 燻る家屋をじっと見つめる奈々月纏(ia0456)に頷くシータル・ラートリー(ib4533)。
 その声に応えるように、相棒の速度を上げた開拓者の前に、空を滑るようにアヤカシがやって来る。
「鵺……!」
「……ということは、早速お出ましかな」
 露草(ia1350)の鋭い声に、くすりと笑うジョハル(ib9784)。
 鵺の奥に、金髪のアヤカシを見つけると、御樹青嵐(ia1669)の目がすっと細くなる。
「ここは引き受けました。皆さんは先に進んで下さい」
「……畏まりました。青嵐さん、皆さん、ご武運を……!」
 その声に頷き、甲龍の手綱を強く引く志野宮 鳴瀬(ia0009)。
 アヤカシ達の隙間を縫って進む仲間達を見送って、尾鷲 アスマ(ia0892)は、前方にふわふわと浮いている鈴々姫を見つめる。
「……神村の従者だったか。実に健気な話だ」
 己にはとても真似出来ない。
 故に――主に尽した事を恥じるなら、同情しよう。
「そこの姫君はどうだろう。誰かの配下と聞いたが……」
「妾は亞久留様の忠実な僕じゃ。唯一絶対のあのお方を空に還したおぬしらが憎い……! ここで臓物を撒き散らして死ぬが良いわ!」
 怒りに燃えた目でアスマを睨む鈴々姫。そこに、響くバシュッと言う乾いた音。
 太い杭のような大型の魔槍砲を構えた鷲尾天斗(ia0371)が、瞳に狂った笑いを宿す。
「それは出来ない相談だなァ! さァ! 首置いてけェ!」
「忌々しい開拓者共め……! 鵺! 奴らを葬り去るのじゃ!」
「そんなことさせません……!」
「挨拶代わりだ!」
 その一撃を舌打ちと共に避けた鈴々姫。彼女の号令で鵺が動き出し……露草が呼び出した白銀の龍から吐き出される凍てつく息と、ルーンワース(ib0092)が湧き起こした激しい吹雪に、鵺の群れが巻き込まれる。
「皆、来ますよ!」
「……雑魚に用はない。狩るべきものは、ただ一つ」
「援護する!」
 彼らの先制攻撃を辛うじて避けた鵺を見つけて、軽快なリズムの楽曲を奏で始めるイリス(ib0247)。
 フードを目深に被った雪切・透夜(ib0135)を、直羽の祈りが篭った加護結界が包む。
「いつきちゃん、ここからは乱戦になります。私の背中から離れないで!」
「わかったのー!」
 露草の声に頷く人妖。一生懸命仲間達に守護童を付与して行く。
「命も意思も……取りこぼさない」
 鵺を見据えるルーンワース。
 昭吉は、自分の友人である紗代と黒狗を助けてくれた。
 ならば今度は、自分達が彼を守る番だ――!
「分かっているよ、ルーン。まずはあれから行こうかね」
 頷く亘 夕凪(ia8154)。迫ってきた鵺に素早い動きで投げつけたのは、巨大化させた手裏剣。それは弧を描いて見事に鵺に突き刺さり、遠目から見ても目印になる。
「なるほど。あれなら分かり易いね」
「ああ、ちゃんと当てておくれ。さーて。ちと頑張っとくれな、竜胆?」
 にこりともせずに言うルーンワースに笑みを返して、甲龍の首をぽんぽん、と叩く夕凪。
 2人は一瞬目配せをすると散会し、目標の鵺へ襲いかかる――!
「やれやれ。大量の鵺とはこれまた厄介だが……やるしかないね」
 ふう、とため息をつくアスマ。
 鈴々姫も気になるが………助勢? まさか。
 此方は鵺で手一杯だ。鵺を誘い、姫君から引き離さねば……。
 大きく翼をはためかせた炎龍が一気に間合いを詰めると、炎を纏わせた大振りな太刀で、鵺の目元を狙う。
「ギィイイイィ!」
 手応えと共に響く悲鳴。鵺が瞬時に身を翻した為、目標は外れたが……片腕をごっそり削ぎ落とされ、苦しみにもがく。
「毒蟲招来! 急ぎ律令の如くせよ!」
 そして露草は、猛毒を持つ小さな虫型の式をひたすら敵にぶつけ続けていた。
 ダメージこそ受けないが、動きを阻害し続けられて、鵺も苛立ちを感じたらしい。
 鬱憤を晴らすかのように、露草に向かって雷撃を放つ。
「きゃあああっ」
「だ、だいじょうぶー?」
「大丈夫です……! 続けましょう……!」
 オロオロと心配しつつ、風の精霊の力を借りて主の傷を癒す衣通姫。
 露草はふう、と息を吐いて呪本を握り締める。
 雷撃をまともに喰らった。通常状態だったら辛かったかもしれないが……イリスが高らかに歌い続けているゆったりとした響きが精霊を揺り起こしてくれたお陰か、何とか耐えられている。
「女性に手を上げるとは感心しないな」
 言うなり、露草と鵺の間に滑り込み、太刀を振るい真空の刃を放つアスマ。
 接近と離脱を繰り返し、鵺に確実にダメージを与えていく。
「ぐっ……!」
 目印がついた敵を倒したルーンワースと夕凪。近くに居た鵺から放たれた雷撃を避けきれず、ルーンワースの身が傾ぎ……相棒と共に落ちかけた彼を、夕凪が甲龍と共に支える。
「ルーン、大丈夫かい!?」
「……ああ。雷撃勝負でアヤカシなんかに負ける訳にはいかないしね」
「そうかい。頼りにしてるよ!」
「……轟く雷撃よ、一条の光となりて敵を貫け!」
 すぐさま体勢を立て直したルーンワース。
 短い詠唱と共に、閃光が放たれ……奔る雷撃が、アヤカシを貫く。
「甘いねぇ。アヤカシ如きが開拓者に勝とうなんて思うんじゃないよ」
 ルーンワースの攻撃をまともに喰らい、体勢を崩した鵺に迫る夕凪。
 炎を纏った紫の魔刀が、鵺の身体を両断する――!


「……鵺、大分減っちゃったね。どうする?」
「おぬしらを1人残らず切り裂くまではここから立ち去れぬ」
 仲間達の奮闘振りを見て、金のアヤカシに目線を移すジョハル。
 鈴々姫は鋭い目線を彼に向ける。
 鵺も殆どが倒れ、分が悪いと分かっていながら、ここまで強気なのは自棄になっているからか、それとも……。
 ジョハルはくすりと笑うと、ゆっくりと口を開く。
「そう。まあ、君が姿を消す前に会えてよかったよ」
「……どういうことじゃ?」
「いや、君に興味があってね。先日斃れた……亞久留とやらの配下なんだろう? 君は。彼は思っていたより大した事ないアヤカシだったね。口だけのアヤカシに付き従っていた君の力量はいかがなものかな、と思ってね」
「おのれ……! 妾はともかく、亞久留様の侮辱は許さんぞ! ……亞久留様は妾のような位の低いアヤカシとは違う」
「そういえばそんな事を言っていたね。……彼は『護大の意志に従いしもの』だったっけ?」
「そうじゃ。亞久留様は、我ら『下』に住まうものの希望。大事な使命を帯びた方だったと言うに……!」
「……へえ? 『下』ね。興味深い話だ。もう少し詳しく聞かせて貰えないかな?」
「今から死ぬお前に語ることなどないわ!」
 言うなり、ジョハルに襲いかかる鈴々姫。
 彼は、その瞬間を逃さなかった。
「行け! リリ!」
 炎龍と共に体当たりを仕掛ける彼、姿勢を崩した鈴々姫をすれ違いざまに斬りつけ……そして続いた衝撃に、顔を顰める。
 振り返るとそこには、青嵐が2人……いや、1人は白面を被っているところを見ると式か。
 それを見て、金のアヤカシは舌打ちし……青嵐とジョハルめがけて瘴気で出来た刃をぶつける。
 近距離でまともに攻撃を喰らい、姿勢を崩した2人の背後から現れたのは、蒼と黒の影。
「目標確認。滅殺する」
「さァ! 盛大に楽しませてもらうとォするかァ!」
 酷く冷たい声の透夜と、とても楽しげな天斗はとても対照的で……。
 透夜の太刀と天斗の銃撃をすんでの所で回避した鈴々姫。
 続いたジョハルの一撃は避けきれず、大きな悲鳴が響き渡る。
「妾の……妾の顔が……! おのれえぇえぇ……!」
「おいおい、ジョハルよォ。えげつねェことすんな、お前」
「趣味が悪い? 結構さ。あの子は美しいけれど、俺の好みじゃないからね」
「ハハハ。違ェねえや」
 豪快に笑う天斗に、肩を竦めるジョハル。
 次の瞬間、開拓者達の視界が光に支配される。
 バリバリバリバリ! ドーーーーーン!
 嵐のように襲い来る雷撃。鵺のそれとは比較にもならない。
 それを喰らいながらも、すぐさま体勢を立て直した直羽は、傷を癒す光を周囲へ開放する。
「青ちゃん! 皆! しっかり……!」
「すみません。手間かけますね」
「何言っちゃってんの。水臭いなー。後ろは俺が引き受けるから、どーんとヤっちゃえよっ」
「痛いですって」
 己の背を笑顔でバシバシと叩く直羽に、苦笑を返す青嵐。
 親友がいれば、安心して戦える――。 
「ねね、お前ェもキリキリ回復しやがれェ!」
「もー! 天斗は人妖扱いが荒いのじゃ!」
「天斗。……あれをもう1回喰らったらこちらも持たない。次で決める」
 天斗の命に頬を膨らませる人妖。ぼそりと呟いた透夜に、彼はニヤリと笑い……。
 再び白面式鬼を召還した青嵐。式を鈴々姫の前に送り込むと、『かかって来い』と言わんばかりの手招きをする。
 目に見えず、避けることも出来ない式の攻撃を喰らい、怒りで冷静さを失った鈴々姫。
 再び雷撃を放とうとしたその時……勝負が決した。
「透夜! 行くぜェ、合わせろォ! ……灰になり、空に水面に浮いて漂えェ!」
 飛び込み、鈴々姫に魔槍砲を穿ち立てた天斗。次の瞬間、大きな爆音と共に吹き飛ばされる。
 そして……透夜の周囲の動きが、ぴたりと止まる。
「散々好き勝手やってきたのだろう? もう死んでもいい時だ」
 彼だけが動ける時間。顔から崩れ始め、驚きで金の目を見開いたままの鈴々姫に、聖なる精霊力を宿らせた太刀を突き立てる。
 再び時が動き出した瞬間……響く断末魔。
 金のアヤカシは塩となって、さらさらと崩れ落ちた。


「こんな街中に瘴気の樹が……」
 呆然と呟くアルーシュ・リトナ(ib0119)の目の前には、炎に撒かれつつある小屋――。
 瘴気の樹は、庭の一角に立てられた小屋の中にあった。
 元々、深い魔の森の中で、瘴気を栄養分として育つ樹だ。
 暗い小屋の中でも、問題なく成長することが出来たのかもしれない。
 それで、今まで気付かれなかったのだろうか――。
「ここに火を放ったのは、昭吉さん……なんですよね」
 ぽつりと呟く神座早紀(ib6735)。
 燃え盛る小屋を見て、何とも言えない気持ちになる。
 主と共に住んでいた家。様々な思い出があったはずだ。
 彼は一体どんな気持ちで火を放ったのだろう――。
 少年の事は知らないが、必死の訴えを無視する事はできない。
 大丈夫。彼の命は仲間が必ず救ってくれる。
 今は、この中にある瘴気の樹に集中しないと……!
「聖なる光よ、かの者を守れ……!」
 そんな中、仲間達を順番に聖なる光で包んで行くフラウ・ノート(ib0009)。
 瘴気の樹が建物の中にあったのは予想外だったが……幸い、小屋の周囲にアヤカシはいない。建物だけが燃えているなら、いっそ崩してしまった方が延焼は防げるかもしれない。
 ブリザーストームで消火……いや、闇雲に建物に打撃を与えると、衝撃で瘴気の木の実が弾ける可能性がある……。
「これは……まずいな」
「玄姉ちゃん、どうするの!?」
「浄化する為には、建物の中に入るしかない。扉を蹴破るぞ!」
 アワアワと慌てる人妖の輝々に、淡々と答える宮坂 玄人(ib9942)。
 それにこくりとアルーシュが頷く。
「分かりました。中から瘴気が噴出するかもしれませんから、私も演奏を始めます。フィアールカ、お願いね」
「グオ!」
 主の声に答える空龍。
 歌い始めたアルーシュの周囲を舞う輝く燐光。
 この周囲にいる、不安な心を抱えている人々にもこの歌と、想いが届きますように――と。
 願いの篭った瘴気を祓う精霊の曲が、周囲に響き渡る。
 こうなると、アルーシュの意識は暫く戻る事はない。
 瞑想状態に入った彼女の前に立ち、フラウが微笑む。
「アルーシュは私が守るよ。皆は実に集中して!」
「ああ、頼む」
 頷いた玄人は徐に頭から水を被ると、扉を蹴破る。
 その途端、もわっと噴出す煙と熱気。
 アルーシュの歌が効き始めているのか、瘴気は微かだ。
 玄人はそのまま迷わず踏み込んだが……とにかく視界が悪いし、息苦しい。
「すごい熱気でやんす……! この中で浄化作業は厳しいでやんすよ!」
「……そうや!」
 続いて中に入ろうとして、ひいいい! と悲鳴をあげる桜花。芦屋 璃凛(ia0303)は何かを思い立ったのか、頭から水を被ると中に飛び込む。
「黒壁招来! 急々如律令!」
 小屋の壁に添うように黒い壁を立て続けに召還する璃凜。
 熱や煙は防ぎ切れないが、これがあればブリザーストームを当てても建物の崩落を防ぐことが出来るかもしれない。
「よし。これなら火を消せる!」
「桐ちゃんも水持ってきて、消火活動手伝って!」
「分かった」
 アルーシュを気遣いながら、激しい吹雪を巻き起こすフラウ。
 菫の指示に頷いたからくりは、すごい勢いで水の運搬を開始する。
「ぐぬぬぬぬ……! こんな怪我ごときでええええええ!!」
 包帯だらけで叫ぶフィン・ファルスト(ib0979)。
 先の依頼で負った怪我のせいで、身体が思うように動かない。
 瘴気の樹を、燃やせば何とかなると思った少年。
 これ以上、被害を出したくなかった、その一心だったのだろう。
 だったら、その通りにしてあげないと……!
「グゥ……」
「ごめん。小屋の中だとバックスに乗るの無理なんだ。君も消火活動手伝ってあげて」
 心配そうに首を傾げる駿龍の背を、ぽんぽんと叩くフィン。
 主の命を理解したのか、バックスはバケツを咥えて空へ舞い上がる。
 それを見送ったフィンも、頭から水を被って小屋の中へ飛び込む。
 ――小屋の中の瘴気の樹は、開拓者達の身長を遥かに超えて、禍々しい果実をたわわに実らせていた。
「実を回収している時間はなさそうですね……」
「片っ端から浄化する。行くぞ!」
 小屋を見渡す早紀に、頷いて叫ぶ玄人。
 瘴気の樹の根本から浄化出来ないかと考えた桜花は、ふと樹の根元を見て……その禍々しさに息を飲む。
 無数に飛び出している小さな手足。おかしな姿勢で取り込まれている小鬼。
 苦悶の表情で樹と同化しているのは、人妖だろうか……。
「酷いことをするでやんすね……」
 この樹は、一体どれだけのアヤカシと、何の罪もない命を吸収して来たのだろう。
 こんな……こんな恐ろしくて悲しいものは、一刻も早く滅さなくてはならない。
 梅の香りと白く澄んだ気を纏わせた黒い刀身を、樹の根元に突き刺した桜花。
 暫く待ってみるが、実や樹に変化は見られない。
「やっぱり、実を一つ一つ浄化して行くしかないでやんすな」
「そうだね。よし、皆、頑張ろう!」
 ぐっと拳を握り締めた菫。清浄な気を纏わせた大振りの棍を器用に操り、実を確実に打ち抜いて瘴気を浄滅させて行く。
「負けませんよ!」
「その意気だ!」
 そして、早紀の生み出した清浄なる炎が次々と木の実を包み込み、梅の香りを漂わせた純白の刀を握りしめた玄人が、舞うような剣技を見せる。
「うおりゃああああ!」
 フィンも、痛む身体を鞭打って魔剣を振るい、木の実を塩に変えていく。
「ブリザーストームもう1回行くよ!」
「水! もっと運んで来てや!」
「かしこまりました」
「グォ!」
 その間も、フラウや璃凜、相棒達によって小屋の消火活動が行われ……最後の実が消滅するその時まで、開拓者達の攻撃は繰り返し続き……。
 そして、アルーシュの優しい柔らかな歌声が終わることなく響き渡る。


「昭吉君は黒髪に黒い目の少年。ひいは金髪の人妖、イツは黒髪のアヤカシ……これで間違いないかな?」
「うむ。間違いないのである」
 確認する无(ib1198)に頷く兎隹(ic0617)。
 彼らと面識がある者達は、詳細な特徴を无に伝えて行く。
「精霊よ……。皆さんに力を貸してください」
「シータルはん、担架の用意できとる!?」
「うん! 止血剤の用意もしたよ! 水と清潔な布もいるよね!」
 その間に、倉城 紬(ia5229)がせっせと仲間達に精霊の加護を与え続け、纏とシータルが要救助者の受け入れ準備にどたばたと忙しそうに駆け回っていた。
「昭吉さんがいるのは離れと屋敷、どっちかしら?」
「昭吉が主と対峙するならば、よく籠もっていると聞いた書斎のはずじゃな。……みいと言ったか。書斎があるのはどっちじゃ?」
 落ち着かないのか、そわそわしつつ首を傾げるリトと、みいに確認する烏水。
 返事がないので振り返ると……赤い髪の人妖は、ガクガクと震えている。
「どうして……どうしてこんなに燃えてるんですのぉ!? ひいは? イツは無事なんですの……!?」
 住み慣れた屋敷が炎に包まれている。そして、ここにいるはずの姉妹達が見当たらない……その状況に耐えられなかったのだろう。
 ぼろぼろと涙を流すみいの肩に手を置いて、兎隹はまっすぐ彼女を見据える。
「落ち着くのだ、みい。良いか。大事なものの為に、己の力で状況を変えろ」
「でも……こんなに燃えてるんですのよぅ?」
「君が信じてやらんでどうするのだ。……君の努力で姉妹達の未来は護れる。後悔しない為に立ち向かえ」
 強い兎隹の声。どこか、己に言い聞かせるような響きがあって……。
 みいは震えながらも頷くと、書斎は屋敷の左奥ですわ……と続ける。
「屋敷の左奥……ね。了解した」
 言うや否や、屋敷に人魂を放つ无。
 ――入口は、まださほど燃えていないが煙が酷く、視界が悪い。
 昭吉が火を放ったと言うのなら、より炎が激しいところにいるはずだが……。
 更に奥に進もうとしたが、廊下の角を曲がったところで落ちてきた木材に式が潰され、燃えてしまい……視界が途切れた。
「……崩落が始まりつつありますね。急いだ方がいい」
 无の言葉にガバッと立ち上がった烏水。頭から水を被ると屋敷の中に飛び込む。
 その途端、むわっと襲い来る煙と熱気。息苦しさに一瞬怯んだが、すぐさま立ち直って突き進む。
「昭吉ーーっ! どこじゃっ。返事をしてくれぃっ! 昭吉ーーーー!」
 叫ぶ烏水。聴覚を極限まで研ぎ澄ませ音を拾うが、聞こえるのは轟々と家が燃える音ばかり。
 奥に進めば進む程熱気と煙が酷くなり、彼の足が止まる。
「……嫌じゃ! 儂は諦めんぞ! あいつは友達なんじゃ! まだ儂の三味線も聞かせてないと言うに……!」
 そんな烏水の前に、ふわりと飛んで来た赤い髪の人妖。驚く彼に、泣き腫らした目を向ける。
「……案内しますわぁ。書斎はこちらですぅ」
「我輩も一緒に行くのだ」
「おう、俺と无で道を作るぜ。崩落は防げるはずだ」
 ずぶ濡れの兎隹に、頷く緋那岐。
 彼と无が次々と黒壁と白壁を召還して並べて行く。
「俺も行こう。リトは戻って消火をしてくれ」
「……分かった。ローレル、ごめんなさい。お願いね……」
「気にしないでいい。行ってくる」
 表情を変えず、静かに言うからくり。
 そんな相棒を、リトは心配そうに見送った。

 むせ返る熱気と煙の中を、どれほど進んだだろう。
 冒険者達は、燃え盛る炎の中、血を流して地に臥した少年……昭吉を発見した。
「昭吉! しっかりせい! 昭吉!」
 熱いのも、恐怖も忘れて駆け寄る烏水。
 助け起こすと、昭吉はうっすらと目を開ける。
「あ……主……様は……?」
「今、皆が向かってますよ。心配要りません」
「……それ以上喋るでない。もう、大丈夫である。良く頑張ったのだ」
 无の声と、兎隹の慈母のような微笑に安堵のため息を漏らした昭吉。烏水は彼を助け起こす。
「馬鹿者! こんなに思い詰めておるなら儂らに一言相談せんか! ……と言いたいところじゃが、脱出が先じゃわい」
「もう言ってるっつーの。……无、ここに結界呪符頼むわ」
「分かりました」
 すかさずツッコんだ緋那岐に応えて、白壁を召還する无。
 次の瞬間、緋那岐が氷の龍を呼び出し屋敷の壁をぶち抜く。
「皆、大丈夫ですかー!?」
「はい、お出口はこちらだよー!」
「早よ! 急ぐんや!」
 穴の外から手を振るリト、シータルと纏。
「俺が昭吉を運ぼう。皆は先に外へ」
 昭吉を担ぐローレルに、頷く仲間達。
 外へ出ると、シータルが担架を持って待機していた。
「皆、お疲れ様。怪我はない?」
「昭吉さん……! 酷い怪我……!」
 ローレルの腕の中でぐったりしている昭吉を見て、顔を覆うリト。
「うあ……本当や。急いで手当てせな」
 ローレルに担架に降ろすよう頼み、手当ての準備を始める纏に、昭吉は首を振る。
「……手当ては……いりま……せん」
「何いうてはるの?!」
「このままだと死んじゃうよ?」
 驚く纏とシータル。そこにやって来た紬は怖い顔をしたまま続ける。
「あなたは死を望んでいる。そうなんですか?」
「……は、い……」
「そうですか。でも、私は貴方を死なせません。生きて……贖罪方法は、貴方自身がみつけてください。それから謝罪したい方がいるなら、自分でその方に言いなさい!」
 問答無用とばかりに、完治させる勢いで治療を開始する彼女。
 昭吉は抵抗することもできず、ぼろぼろと涙を零す。
「だって……僕は罪人で……生きている……資格なんて……」
「四角も三角もあるかいな! 死んで詫びるなど儂が許さん!」
「そうですよ。昭吉さん、何一つ悪くないじゃないですか。そんな事言わないで……直羽さんも、『これから先も、ずっと友達でいるんだから最後にはさせない』って言ってましたよ? 桜花さんだって、心配してました。私も、昭吉さんに生きて欲しい」
 泣きそうなのを我慢しているのか、しきりに頭を振る烏水。
 リトがぽろぽろ涙を零しているのを見て、兎隹は昭吉の手を握る。
「昭吉。死ぬのはいつでもできる。良く考えるのだ。本当に死ぬことが詫びになるのか。こんなに友人を悲しませてまですることなのか……」

 ――僕は、罪を犯した。
 だから、主様と共に死ななければならない。
 それなのに。
 『生きて欲しい』と言われて、その気持ちが揺らいでしまうのはどうしてだろう……。

「ごめん……ごめんなさ……」
 昭吉は何度も詫びながら、小さな子供のように泣きじゃくった。


 ユリアの肩の上で、青い髪の人妖が震えている。
 主と対峙するのが怖いのか、それとも、燃えている屋敷が怖いのか――。
 屋敷と人妖を一瞥した弥十花緑(ib9750)は、小さくため息をつく。
 ――神村菱儀。狂気の人妖師の異名を持つ男。
 彼がここまでこの道を究めることが出来たのは、人と袂を別ったからなのか、別たずとも彼の才は成していたのか……。
「今はもう、詮無い話ですね」
 ぽつりと呟く花緑。
 そう。彼は人の道を大きく外れてしまった。もう、戻れないほどに……。
「ちょ、ちょっとリィムナさん。もう少しお洋服着た方がいいんじゃないですか?」
「ん? へーきへーき」
 そして、心配そうな灯冥・律(ib6136)にひらひらと手を振るリィムナ・ピサレット(ib5201)。
 リィムナは何とタンクトップ一枚という格好。そう。はいてないのである。
 そういう律も露出度の高いローライズを着用している。
 何でも彼女の友人曰く、菱儀のような趣味を持つ男は二十歳以上の女性は醜い老婆にしか見えないらしい。
 つまり、今の律の姿は健全な男には目の保養でも、菱儀にとっては正視に耐えない悪夢になるはずだ……と。
 その言葉を信じてこの格好をして来た訳だが……友人の言葉が本当なら、幼女であるリィムナの格好は逆にご褒美にならないだろうか?
 まあ、それはそれで心理戦が挑めるのかもしれないが……。
 そんな2人のやりとりに苦笑する泉宮 紫乃(ia9951)。
 次の瞬間、ハッとして仲間達を振り返る。
「アヤカシがいます……!」
 瘴索結界「念」を使用していた彼女は、アヤカシの位置を正しく認識できていた。
 今回は、比較的狭い場所での戦闘だ。他の班の動きにも気を配らないと、お互いの行動を阻害することになる……。
「もうちょっと、距離を取った方がいいように思うんですけど」
「じゃあ、私が引き付けて来ますね。要、行きますよ!」
 言うや否や、甲龍と共に飛び出して行く律。
 ――グオオオオオオ!!
 続いた要の咆哮を聞きつけた妖天狗達が、彼女目掛けて移動を開始する。
「皆さん、お気をつけて!」
「支援する!」
 後方へ下がる鳴瀬に頷き、ゆったりとした曲で精霊を揺り起こすアルフレート(ib4138)。
 鳴瀬は支援に専念する為、戦う為のスキルは一切持って来なかった。
 ある意味凄い割り切りであるが……いざ戦いに巻き込まれたら、その時は相棒の甲龍に頼る他ない。
「時雨には無理をさせてしまいますが……ごめんなさいね」
 気遣う主に、『任せろ!』とばかりに嘶く甲龍。
 アルフレートの曲が続いている間に、戦端が開かれた。
「いつも通り油断せず行きましょう、橘」
「……ああ。手早く行こうか」
 宮鷺 カヅキ(ib4230)の声に頷くからくりの橘。
 彼女達の狙いは、駿龍ただ一つ。
 主である菱儀の元に向かおうとする龍の前に立ち塞がる。
「散会!」
 カヅキの声に応え、走り出す橘。
 かしゃん、かしゃん……という軽い音は、彼の機闘術が起動した証拠。
 素早い動きで接近するが、橘が攻撃を仕掛ける様子はない。
 駿龍が彼をなぎ払おうとして……駿龍は、突然襲って来た痛みに身をよじらせる。
 気付くと、耳が斬られている。
 駿龍は怒りに身を任せ、橘をなぎ払おうとしたが上手く行かず。更に己が動けないことを悟る。
 見れば、カヅキの足元から影が伸び、龍をがっちり拘束していて……。
「……気付くのが遅いんですよ。肉を切らせて骨を断つ。……橘、任せましたよ」
「了解」
 一度動きを拘束してしまえばこちらのもの。だが、カヅキは油断せずに龍の動きを拘束し続ける。
 その間に、橘の巨大な鋏が、駿龍の翼を落としにかかり……駿龍の絶叫が、辺りに響く。
「おっと。龍を狙うまでもなかったようだね」
 迅鷹のの友なる翼を使い、駿龍の真上を取ろうとした竜哉(ia8037)。
 目標が既にカヅキと橘によって解体されていたことを知り、身体を反転させて化け鬼の上に落下する。
 足元から、グキッという嫌な音と共に悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだろう、多分。
 白いアヤカシ、ヨウはそんな竜哉に苦笑すると、化け鬼を踏みしめたまま首を傾げる。
「さて、あたしは何をすればいいのかしら。アヤカシ遣いの荒い開拓者さん?」
「そうだね。鬼と天狗の相手をお願いできるかな」
「分かったわ」
 言うや否や足元の鬼に瘴気刃を飛ばし、瘴気に還すヨウ。
 ヨウにとってアヤカシは仲間だ。同士討ちに迷いがないということは、開拓者に協力すると言う言葉に偽りはないのだろう。
「さて、俺も負けていられないね」
 呟く竜哉。濃い灰色の銃を構えるや否や、素早い動きで銃撃を繰り返す。
 洗練された無駄の無い動きによって敵を圧倒し、次々と化け鬼を屠って行く。
 それにしても、問題の菱儀の姿が見えないが、どこだろう。
 自己紹介と行きたいんだがねえ……?
 竜哉がそんな事を考えている間、紫乃は必死に氷の龍を召還していた。
 倒せなくてもいい。行動さえ妨害出来れば……!
 妖天狗に向けて吐き出される凍てつく息。身体が凍り、アヤカシの動きが鈍くなる。
「花緑さん! クロウさん! お願いします!」
「承りましたえ……!」
「任せろ!」
 紫乃の声に答え、駿龍と共に強襲をかける花緑。
 彼の相棒が、翼を力強くはためかせて突風と共に衝撃波を放つ。
 妖天狗も負けじと幻覚を仕掛けて来るが、あらかじめ戒己説破で己の体内に精霊力を満たしておいたので何とか耐えられている。
 そして、駿龍の攻撃をすり抜けて近づいて来るアヤカシを、精霊力を纏わせた巨大な大薙刀で薙ぎ払う。
 クロウも、怒りを胸に秘めてアヤカシ達を次々と狙撃していた。
 神村と言う男は、あれだけの力を持ちながら己の為にしかそれを使わない。
 それはまあ良い。個人の自由だと思う。
 ……だが、心を持つ存在を生みながら、それを道具の様に扱い、踏み躙る。
 それは、それだけはどうしても許すことが出来なかった。
 紫乃の術で動きを鈍らせたとはいえ、何しろ手数が多い。
 押され気味の仲間達を見やり、アルフレートは支援から、魂を原初の無へ還すといわれる楽曲へ切り替える。
「……これ以上、誰の命も奴の手には渡さない!」
 誓いとも言える呟き。その言葉の通り、広範囲に渡るアルフレートの攻撃で、次々と妖天狗が瘴気へと還ってゆく。
 運よく生き延びたアヤカシ達も、漏れなく竜哉と花緑、クロウの攻撃で倒されて行った。


「おかしい。あの腐れ外道がどこにも見えないよ」
 苛立ちを隠さずに言う火麗(ic0614)。
 顔色の悪いふうを、ユリアはそっと覗き込む。
「……やっぱり戦うのは嫌かしら」
「ううん。大丈夫……だと思う。少し、怖いけど」
「そう。ねえ、ふう。菱儀の姿が見えないのだけど、どこか隠れていそうな場所を知らない?」
「隠れる場所……あ! 主様、確か姿を隠す術をもっていたわ。気付かずに逃げられるかも」
「何ですって……?」
 青い髪の人妖の言葉に目を見開いたユリア。咄嗟にニクス(ib0444)に目配せすると、彼はこくりと頷いて意識を集中させる。
 姿を隠していていても、気配までは消せないはずだ。
 どこだ……。どこにいる……?
「……いた! 裏門の近くだ!」
「逃がすもんですか……!」
 ニクスの声に応えるように、裏門めがけて激しい吹雪をぶち当てるユリア。
「ぐっ……」
 くぐもった声と共に、賞金首が姿を現す。
 ついに、神村菱儀を追い詰めた……!
「隠れてこそこそするなんて、随分卑怯な賞金首ですねー?」
 叫び、挑発するように己の身体を見せつける律。
 菱儀の表情が変わったようには見えなかったが、ちっと小さく舌打ちしたような気がする。
 ちょっとは効いているのだろうか……?
 北條 黯羽(ia0072)は、艶やかに笑うと一歩前に歩みでる。
「あんた、神村って言ったっけ。俺は、手前を一切合財の躊躇無く滅相できる。何故なら初対面の敵と認識した上で手前の言動全てに些かの共感をも覚えねェからな。だから……殺す気で来い。俺が下手に感傷に流されて手加減する輩と思ったら大間違いだ。生きるか死ぬかの陰と陽、喰い合おうぜィ?」
「……言われるまでもない。私はお前達に価値などミジンコ程にも感じないからな」
 涼しげな表情のまま続ける菱儀。火麗は太刀を抜いて、彼を睨みつける。
「ああ、そうかい。だったら遠慮なくぶった切れるってもんだ。……そこの腐れ外道。死ぬ前に懺悔したいことがあったら聞いてやってもいいよ」
「……そんなものはない。いずれここは落ちる。……どうせ皆死ぬんだ。善人も、悪人も問わず……1人残らずな。その前に、私の研究を完成させたい。それだけだよ。分かったら邪魔しないで貰おうか……!」
「それは一体どういう……」
 首を傾げる火麗。次の瞬間、菱儀の手から放たれる無数の風の刃。
 すぐさま黯羽が黒い壁を招来し、その刃を弾く。
 防ぎきれなかった刃が、彼女と火麗の身体を切り裂いたが……黯羽は、それに構うことなく斬撃符を叩き込む。
「お前だけは絶対に倒す!」
「どりゃあああああああああ!!」
 そして、輝羽・零次(ic0300)が鷲獅鳥と共に突撃し、火麗もまた思い切り踏み込み、放たれる上段斬りを放つが、菱儀が黒い壁を召喚し、攻撃を阻害される。
 ニクスも隙を作るべく切り込むが、召還される壁に阻まれて思うように行かない。
 そして壁の隙間から幾度となく放たれる無数の風の刃が、じわじわと開拓者達の体力を削っていく。
 一進一退を繰り返す戦況。
 ニクスと律が壁役となって攻撃を弾くが、それでも防ぎきれない。
 気付けば、零次も火麗も黯羽も血だらけで……。鳴瀬が必死に回復するも、追いつかない。
 しかし、じわじわとではあるが……菱儀も消耗し、戦況が覆りつつあった。
「ユリア、そろそろいい?」
「ええ。お願い」
 リィムナの問いに、頷くユリア。
 多分、菱儀が飛ばしてくる風の刃は彼が開発した独自のものだろう。
 だから、きっと餓縁では打ち消せない。
 でも、黒壁なら間違いなく打ち消せる……!
 菱儀の召還しようとした黒壁を、リィムナが餓縁で打ち消すと、精霊力によって俊敏性を上昇させたユリアが一瞬の隙をつくと槍を投擲し、菱儀の肩を縫い付けるように貫き、そのまま自身も飛び込んで彼を押さえつける。
「残念だったわね! 怪我を負わせるだけが戦いじゃないのよ!」
「この女……!」
 ユリアを怒りに燃える目で睨みつけた菱儀。至近距離で風の刃を喰らい、彼女の身体が一瞬にしてボロボロになる。
「……ユリア!」
「この程度で死んだりしないわよ! ホラ! 皆続けなさい!」
 ニクスの悲痛な声に、口の端から血を滲ませて微笑むユリア。
「貰ったああああ!!」
 そして、火麗もまた遠慮なく菱儀の反対側の肩に刀を突き刺し、動きを阻害する。
 槍と刀に縫い付けられ、ユリアに組み伏せられて生まれた隙。
 リィムナは、この瞬間をずっと待っていた。
「さーて。変態さんで遊んじゃうよー!」
 ニヤリと笑ったリィムナ。その途端、彼女以外の時が止まる。
 大きくジャンプすると、菱儀の顔を太股で挟み、頭を掴み固定する。
 リィムナ、はいてないのでちょっとしたご褒美状態だが、まあ冥土の土産にちょっといい思いするのもいいんじゃないかと思う。
 そして……。
「ヨミデルコレダー!!」
 時が動き出した瞬間、襲いかかる『黄泉より這い出るもの』。
 これをまともに喰らって、動ける人間はそういない。
「さて、トドメと行こうか……!」
 血を噴出しながら凄惨な笑みを浮かべる黯羽。
 白面式鬼を召還し、菱儀の元へと送り込む――!
 ……実はこの白面式鬼は、ただの囮だった。
 その背に隠れる様にしていた零次が、同時に瞬脚で間合いを詰め、菱儀に襲いかかる。
 ――ユリアや黯羽にはかなうべくもねえけど……この一撃だけは、絶対に……!!
「神村……ひしぎぃいいい!! うおおおおおお!!」
 零次の血に塗れた拳が、憎き賞金首の顔にめり込む。
 一撃、二撃……! 幾度となく打ち込まれる拳。
 そして黯羽に良く似た白面式鬼によって、賞金首・神村菱儀は、冥府へと旅立つことになった。


「さて、後はひいとイツ、ですね。どこにいるのやら……」
「疾風。この辺にまだ救助者がいるはずなんだ。探してくれるか」
 ため息をつく无に頷き、相棒に指示する緋那岐。
 彼の又鬼犬は暫く周囲の匂いを嗅ぎ、探索していたが……凄い勢いで戻ってきて主の顔を見上げる。
「……見つけたのか? よし、案内してくれ」
「わうっ!!」
 疾風が案内した先は、菱儀の屋敷の門から少し離れた木立。
 そこに、黒い少女がひっそりと座っていた。
「君は……確か、イツだったかな?」
「……イツは約束をまもる。だから、この子をお願い」
 无の声にこくりと頷くイツ。彼女から差し出された布には、ぐったりとした金髪の人妖がいて――。
「わ。この子も怪我してる!」
「紬はーん! 怪我人増えたでーー!!」
 ひいをそっと受け取ったシータルと纏は、慌てて手当てを開始した。


 こうして、賞金首・神村菱儀とアヤカシ・鈴々姫は開拓者達の手によって無事討伐された。
 彼の従者である昭吉は一命を取りとめ、投降して来た人妖・ひいとアヤカシ・イツと共に開拓者ギルドへ収容された。
 今後、少年や人妖達の処遇を考えなくてはいけないけれど……。
 まずはこの勝利を祝おう、と思う開拓者達だった。