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■オープニング本文 ●少女への手紙 「紗代。開拓者様からお手紙だよ」 「えっ。本当!?」 父から手紙を渡されて、ぱあっと顔を明るくする紗代。 差出人に、大好きな開拓者の名前を見つけて、大急ぎで封を切る。 紗代、大事ないか? 最近何かと物騒なことが起きている。なるべく皆と一緒にいる様にしろよ。 何か気になることを見つけたら、すぐに知らせてくれ。 あと、少しでもおかしいと思ったらすぐ逃げるんだぞ? ……また、会いにいくからな。 ――色気も素っ気もない、単刀直入な手紙。 それを読んで、紗代はぷうっと頬を膨らませる。 「もー。お兄ちゃんったら心配症なんだから」 もう紗代はお姉さんだから大丈夫なのに――。 ……早く大人になりたいな。 そうしたら、子ども扱いされなくなるかな……。 そんな事を考えていた紗代。最近物騒だと言う一文を読み返して、お友達の黒狗の顔を思い出す。 「……そうだ。黒優達にも注意してって、知らせた方がいいよね」 思い立ったら即実行。 紗代は黒狗の森へと走っていった。 ●異変 黒狗の森。黒くて身体の大きな……心根の優しい狗が住まう森。 紗代は、友達である黒狗に会いに森へ入って、見た事がない女性が佇んでいることに気付いた。 ここで、珠里の村の者と開拓者以外のヒトに会ったことがない。 迷子かな……? と思った彼女は、足を止める。 見た事のない――黒髪に黒い瞳の綺麗な女のヒトは、こちらに目を向けると音もなく近づいてきた。 「……あなた、サヨね?」 「そうだけど……。お姉さん、誰?」 「……良かった。こちらから行く手間が省けた」 「お姉さん、迷子?」 「いいえ。あなたを探しに来たの」 「……?」 噛み合わない会話。 どうしてこの人は、紗代を知っているんだろう――? 首を傾げる紗代。 その時、ガサガサと大きな音がして、木々の間から黒い大きな狗が飛び出して来た。 「黒優!」 黒優と呼ばれた黒狗は、紗代と女性の間に立ちはだかり、威嚇を続けている。 ――おかしい。黒優が突然こんなに怒るなんて。 もしかして、このヒト、人間じゃない……? ――何か気になることを見つけたら、すぐに知らせてくれ。 あと、少しでもおかしいと思ったらすぐ逃げるんだぞ? ふと、開拓者からの手紙の内容を思い出した紗代。 お兄ちゃんが言っていた『おかしいこと』は、このことではないだろうか。 でも、黒優を置いて逃げられない……! 「……そう。邪魔をするのね」 威嚇を続ける黒狗をチラリと見て、酷く面倒臭そうに呟く黒い女性。 紗代は黒狗もろとも薙ぎ払われ――意識を手放した。 ●少女の行方 「すみません。娘がどこに行ったのかご存知ありませんか」 開拓者ギルドでそう切り出したのは、紗代の父親である佐平次。 「あれ。佐平次じゃないか。どうした?」 「今度はどうしたんだ?」 彼を見知った者がいたらしい。声をかけて来た開拓者に、彼は深々と頭を下げる。 「それが……紗代が戻って来ないのです」 「……え? どういうこと?」 「それが私にもさっぱりでして……開拓者様から手紙を受け取った後に出かけて行きましたので、またこちらにお伺いしているのかと思ったのですが……」 ため息をついた佐平次に、開拓者の顔が強張る。 「……それ、いつの話だ?」 「え?」 「いつから紗代は戻ってないんだ!?」 声を荒げる開拓者に、驚く佐平次。そこに、慌てた様子でギルド職員がやって来る。 「お話中すみません。先ほどこんな手紙が届きまして……確認して戴いても良いですか?」 差し出された一通の封書に、開拓者達は目を通す。 紗代という娘は預かりました。 無事に返して欲しければ、みいとヨウを開放なさい。 従わない場合は、彼女の命の保証はありません。 ひい、ふう、イツ 「紗代……」 呻いて、封筒を取り落とす開拓者。その隙間から一房、黒い髪が出てくる。 「これは……」 「……紗代の髪?」 突然齎された手紙に、開拓者達と佐平次は言葉を失った。 ●誘拐 目を覚ました紗代が辺りを見渡すと、そこは見覚えのない場所だった。 少し痛む手足。そこには包帯が巻かれている。誰かが手当てしてくれたのだろうか……。 少女が目覚めたことに気付くと、件の黒い女性が近づいて来る。 「……お腹空いてない?」 「黒優はどこ? 黒優達を苛めたら許さないんだから!」 睨み付ける紗代を、黒いアヤカシは不思議そうに見つめる。 「私が怖くないの……?」 「こわくない! お前なんて、お兄ちゃんとお姉ちゃんがやっつけてくれるもん!」 「……そう。そこで静かにしていて。……逃げ出したら殺すから」 黒い女性はそれだけ言うと、部屋の外へと消えて行く。 独り残された紗代は、その場にへなへなとへたり込む。 「……お兄ちゃん。お姉ちゃん。黒優……」 ――怖くないなんて、嘘だ。 本当は叫びたいくらい怖いけど……きっと、お兄ちゃんとお姉ちゃんが来てくれる。 ……でも。気をつけろって言われたのに。 こんなことになって、お兄ちゃん達怒るかな。 ああ、黒優達はどうしているだろう。 紗代のせいで酷い目に遭っていないといいけど……。 少女は部屋の隅で蹲ると、簪とネックレス、お守り……大事な宝物を握り締め、声を殺して泣いた。 ●慟哭 紗代と黒いアヤカシが去った後。 黒優は、己の住処でぐったりとその身を横たえていた。 ……サヨ。サヨがいない。 オイラの力が足りなかったから、あの変なアヤカシに連れて行かれてしまった。 ――身体が痛い。思うように動かない。 でも行かなきゃ。オイラがサヨを守らなきゃ……! 「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」 吠えながら起き上がる黒優。 彼の仲間達も怒りに満ちた咆哮を上げる。 幾度となく続く慟哭。 黒狗達の遠吠えが、森に木霊した。 |
■参加者一覧 / 海神 江流(ia0800) / 天河 ふしぎ(ia1037) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / ルーンワース(ib0092) / ヘスティア・V・D(ib0161) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / 无(ib1198) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 宮坂義乃(ib9942) / 草薙 早矢(ic0072) / 輝羽・零次(ic0300) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / 黒憐(ic0798) |
■リプレイ本文 開拓者ギルドに設えられた牢。 その中で静かに座っている白いアヤカシに声をかけると、ユリア・ヴァル(ia9996)は徐に鍵を開けて中に入る。 「久しぶりね、ユリア。今日の用事はみいのことかしら?」 「こんにちは、ヨウ。確かにそれも聞きたいんだけど……今日は大事な用事があってね。……あなたの姉妹達が動き出したわ。あなたとみいを返しなさいって。ご丁寧に人質までとってくれたわよ」 「そう……」 バカな子達ね……と囁いたヨウ。 暫し俯いていたが、すぐに顔を上げてユリアを見る。 「わざわざその話をしたという事は、あたしの出番ね?」 「ええ。話が早くて助かるわ。姉妹の説得をお願いしたいの」 「勿論、タダでとは言わない。……これでどうだろう」 ヨウの前で膝をつき、するりと手袋を外す竜哉(ia8037)。 目の前に腕を差し出され、ヨウは首を傾げる。 「……タツヤ。これはどういうこと?」 「腕一本までなら構わんよ」 「言っている意味が分かっているの?」 「勿論。……何より君に願うのだ。対価は必要だろう」 開拓者が、己の腕を食糧として差し出して来るとはさすがに予想していなかったのか、ヨウが戸惑いを見せる。 「対価なら、姉達の身を守ることで話はついているはずよ」 「それは情報提供の対価だろう? これは別件だと思うがな」 「……そう。分かったわ。じゃ、タツヤの腕はあたしのものね」 艶やかな笑みを浮かべて、竜哉の腕に噛み付く彼女。 すぐに身を離したヨウに、今度は竜哉が首を傾げる。 「……今はこれだけでいいわ。あの子達を守るのにタツヤの力が必要になるかもしれないから」 「今回必要なのは口と頭だ。腕一本無くしたくらいで遅れは取らんよ」 「タツヤならそうかもね。ただ……姉達はともかく、イツは手強い。万が一のことを考えたら、ね」 「なるほど。では後払いにするとしようか」 「……それじゃ、行きましょうか。ああ、その前にあなたの姉妹達の詳細を教えてくれる? みいの話も聞かせて頂戴」 クククと笑う竜哉に確認するユリアの声。 それに、ヨウはこくりと頷いた。 一方、黒狗救出班の面々は、仲間達がヨウと話をしている間に黒狗の森へと出発していた。 こうしている間にも、黒狗達は暴走を続けているかもしれない。 一刻も早く彼らに接触しなければ――。 「嫌な予感ほど良く当たるってか。全然嬉しかねえ!」 翔馬の背の上で頭をぐしゃぐしゃと掻き毟るクロウ・カルガギラ(ib6817)。駿龍を駆る黒憐(ic0798)もため息をつく。 「……紗代さんがいる廃村……かつて黒狗さん達が滅ぼした村なんじゃ……」 「そういえば、そんな伝承があったね」 滑空艇を操縦しながら、遠い目をする天河 ふしぎ(ia1037)。 仲間達の頭を過ぎるのは、紗代の住む、珠里の村に伝わる伝承。 珠里の村の程近く。黒狗の住まう森の傍に、かつて村があった。 その村の人間達は黒狗の森と黒狗を金に換えようとし……森に火を放ち、あろう事か黒狗の仔を浚い、見世物にしようとした。 森を傷つけられ仔を奪われた黒狗は、怒りに我を忘れ、破壊の限りを尽くし、村は滅亡した――。 そんな悲劇が、また繰り返されようとしている。 「黒優……」 ぽつりと呟いたルーンワース(ib0092)を見上げる黒い猫又。 頼むね、と続けた主に、珊瑚は目を細める。 「……あれが黒狗が棲む森か?」 「ああ。そうだ」 眼下に広がる森を見つめて首を傾げる篠崎早矢(ic0072)。 クロウの返答に、彼女は眉根を寄せる。 「想像以上に広いな……。黒狗達の居場所は検討がついているのか?」 「……はい。黒狗さん達の……住処の場所も分かっています……」 「そうか、だったら……」 こくこくと頷く黒憐に言いかけた早矢。相棒の翔馬の耳がピクピクと動いたのを見て言葉を止める。 ――ウオォーーーーー。 次の瞬間、響く遠吠え。 間違いない。あれは黒狗の……。 ふしぎの滑空艇から身を乗り出すルーンワース。 黒狗とは長い付き合いになるが、今まであんな悲痛な声は聞いたことがない。 ――凄く、嫌な予感がする。 「……急ごう。皆、飛ばすよ!」 叫んで、滑空艇のギアを上げるふしぎ。 その後を、仲間達を乗せた相棒が追う。 「こんな事をして済まないが……君は捕虜という扱いなんでね」 「分かってるわ。この程度で外に出られる方に驚いてるわよ」 竜哉が持つ鎖の先は、手枷で両手を封じられたヨウ。 「悪いけど、みいはお留守番ね。……あなたを逃がす訳にはいかないから」 「……そう。良い手なんじゃないかしら」 にっこりと笑って言い放つユリアに、白いアヤカシは苦笑して目を伏せる。 交渉の舞台となる廃村へ向かう道すがら、その様子を憮然とした表情で見つめていた輝羽・零次(ic0300)が、徐に口を開く。 「……一番最初に言っておく。今回の作戦は紗代の身柄が最優先だ。最悪、ヨウを渡す結果になっても、紗代は必ず取り戻す」 「ああ。了解している。そうならんようにこちらも細心の注意を払うが……交渉中は手出し無用だ。邪魔をしないで貰いたい」 「……分かった」 淡々と受け答える竜哉に、唇を噛む零次。 苛立ちを隠さない彼に、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)首を傾げる。 「零次は随分と紗代って子にご執心みたいだな?」 「そりゃあ、紗代は零次のお嫁さん候補であるからな。必死にもなろう」 呟きながらじっとりとした目を向ける兎隹(ic0617)。 姉代わりの身としては、紗代の好きなようにさせたいとは思うけれど。 少々心配と言うか何と言うか……。 彼女の一言に、泉宮 紫乃(ia9951)とイリス(ib0247)が目を丸くする。 「ええっ。そうだったんですか!?」 「知らなかったです! それは是非紹介して戴かないと!」 「なるほどねえ。道理で必死に手伝いを頼みに来た訳だ」 身を乗り出す女子2人とくすくすと笑うヘスティアに、零次の顔がみるみる赤くなる。 「ちょっ! 兎隹! 余計なこと喋るんじゃねえ!」 「余計じゃないのだ。重要なことなのだ」 フンと鼻の先であしらう兎隹に、火麗(ic0614)がニヤリと笑う。 「そういう事なら気合入れて助けてやんないとね。さて、まずは話を整理しようか」 「そうね。まずはみいの事だけど……こちらに協力の意向を示しているそうよ」 「ヨウの説得の成果というところかな」 「あたしは殆ど何もしてないわ。事実を指摘しただけ」 ユリアと竜哉の声に、肩を竦めるヨウ。 「そうか……。決断をしたのだな、あの子も」 しみじみと呟く兎隹。前回、説得に関わっただけに、彼女の意向の変化が純粋に嬉しかった。 ヨウ曰く、みいは生み出されてから創造主である菱儀より、姉妹達といる時間の方が長かったらしい。 それ故に、『菱儀の配下』ではなく、『みい』自身として考えることに、さほど抵抗を感じなかったのかもしれない。 ……逆に考えると、菱儀と共に過ごした時間の長い姉達程、説得が難しくなるのかもしれぬな――。 兎隹がそんな事を考えている間も、紫乃の声が続く。 「では、今回紗代さんを誘拐した人妖達については何か分かってるんですか?」 「うん。ひいとふうはごく一般的な人妖で、イツは吸血鬼なんだって」 元気に頷いて報告するリエット・ネーヴ(ia8814)に、无(ib1198)が腕を組んでため息をつく。 「はてさて、吸血鬼ですか……。厄介ですね」 吸血鬼は強さの程度で能力の差はあるが、彼らに血を吸われ、殺された者はアヤカシ化して支配下に置かれることで知られている。 紗代に万が一のことがあれば……想像を絶する恐ろしい結果が待っている。 どうあっても、奪還しなければ……。 「とはいえ、応じられる条件じゃないんだから、交渉は決裂前提で考えるべき……だな」 顎に手を置き、考え込む海神 江流(ia0800)に、頷く宮坂 玄人(ib9942)。 ……交渉の決裂。それは、きっと向こうも予想しているはずだ。 さすがにヨウが開拓者の元に下っていることは想定外だと思うが。 「交渉決裂が目に見えている状況で、手札をすぐ見えるようなところに置いておくだろうか……?」 「そうですね。私だったら……極力隠しておきたいと思いますね。最悪、今回がダメでも、次の交渉の材料に使える訳ですし」 玄人の言葉に、しきりに頷く无。リエットがうーんと唸りながら続ける。 「そーすると……まず真っ先に交渉現場に紗代さんがいるか確認しないとだよね」 「いなかったら即時探索に出る……と言う流れでしょうか」 「なるべく早く見極めて、居なかった場合は交渉中に見つける必要がある。……時間勝負だな」 「どちらにせよ、私達が上手に気を引かないといけないってことね。責任重大だわ」 難しい顔をするイリスと江流。そう言うユリアだが、どこか楽しげな雰囲気である。 「状況としては厳しいが、実現できない訳じゃない。……零次、くれぐれも先走るんじゃねえぞ」 「分かってる!」 ヘスティアにくしゃくしゃと頭を撫でられて、言い返す零次。 そうしている間に見えてくる廃村。作戦の決行まで、あともう少し――。 ――ウオォーーーーー。 ――グオォオオオオーーー。 森の中。断続的に聞こえて来る黒狗の遠吠えと巻き上がる土埃。 黒狗達の暴走は、探すまでもなく上空からでもハッキリと見て取れた。 先に降ろしてもらい、地上から探そうかと思っていたルーンワースだったが、その必要もなさそうだ。 しかし、森の中で静かに生活している彼らが、こんな行動に出るなんて……。 「どこにいるのか分かり易いのだけが救いだな……」 「……移動を……始めていますね……」 「早いとこ止めねぇとマズいな、こりゃ」 ルーンワースの呟きに頷きながら土埃を目で追う黒憐。 クロウは焦る心を押さえ込んで、土埃が向かう先を見つめる。 ――その先に、紗代が囚われている廃村はない。 怒りに任せてただ闇雲に走っているだけなのか……。 「黒狗達の前に出るよ」 「分かった!」 ふしぎの声に頷く早矢。開拓者達は相棒に指示し、黒狗達の進軍方向に舞い降りる。 相変わらず薄暗い森。ルーンワースがマシャエライトで周囲を照らすと、黒狗達の遠吠えが迫って来る。 「勢い良く走って来るようだが……止める手段は考えてあるのか?」 「黒優達を傷つける訳にいかない。身体張って止めるしかねえな」 首を傾げる早矢にきっぱりと答えるクロウ。 策とも言えぬ策にあんぐりと口を開けた彼女に、ふしぎが胸を張る。 「大丈夫! ほら! こんなこともあろうかと蒼い衣を身に纏ってきたし!!」 「……何か、効果が……あるんですか……?」 「うん。蒼はこう言う時に気持ちを安らがせるって昔聞いて……」 カクリと首を傾げた黒憐に説明するふしぎ。 ルーンワースの肩の上で、目をキラリと輝かせて森の奥を見つめていた珊瑚は、黒狗達の動きを察したのかぺちぺちと主の頬を叩く。 「ルーン」 「ん。……皆、来るよ!」 彼の声をかき消すように聞こえる遠吠えと大地を蹴る足音。 樹をなぎ倒さん勢いで現れる黒狗の群れ。 彼らの顔は怒りのあまり皺が寄り、瞳孔が開き深い黒になって……久しぶりに見たその姿は、普段とあまりにも違う姿だった。 クロウとふしぎは迷わず進路に立ちはだかり、両手を手を広げる。 「黒優! 止まれ!!」 「黒狗達も止めるんだ! ……怒りに任せて暴れても、紗代は戻ってこない!」 進行方向に突然現れた人間。黒狗達は2人を知っているはずだが、怒りのあまり思い出すことが出来ないのか、歯を剥いて威嚇する。 「……黒優さん……落ち着いてください……!」 赤い首輪をした黒狗に声をかける黒憐。見れば、彼の背中がぱっくりと割れ、血が出続けている。 あんな傷で走り続けたら、命に関わる。 「痛いだろう? 手当てをしよう」 敵意は無い、と示すように両手を広げて歩み寄るルーンワース。 とても冷静に話が出来る状況ではなく……怪我した仲間を守ろうと思ったのか、1匹の黒狗が飛びかかってきた。 「頼むから落ち着いてくれ……!」 「……クロウさん……!」 その間に割って入るクロウ。黒狗は怒りに任せて彼の腕に食らいつき……慌てて駆け寄ろうとした黒憐と早矢を、ふしぎが制止する。 「2人共下がってて。こういうのは男の仕事だからね」 唸り声と共に噛み締められる腕。クロウは噴出す血を気にすることなく叫ぶ。 「腕の一本で気が済むならお前達にくれてやる! 俺達はお前達を傷つけたりしない。頼む。話を聞いてくれ……!」 ――噛まれた腕は正直言って、痛い。 痛いが、黒優達はもっと痛くて、怖い目に遭ったはずだ……。 そんな事を考えながら、己の腕を噛みちぎろうとする黒狗の瞳を見つめるクロウ。 その目から、だんだんと怒りの色が消え……口からも力が抜ける。 「クゥ……。キュゥーン」 ぺろり、ぺろりと。申し訳なさそうに己が噛んでいた場所を舐め始める黒狗。 他の黒狗達からも、だんだんと怒気が消え。彼らはその場に座ると、開拓者達に向けて頭を垂れる。 それはまるで、恩人に無礼を働いたことを悔いているようで……。 「これは……詫びているのか?」 「ああ。思い出してくれたんだね……! 良かった……!」 目の前の光景に目を丸くする早矢に頷くふしぎ。ルーンワースは血みどろで毛並みがボロボロになっているの黒優の頭をぽんぽん、と撫でる。 「……やあ、黒優。災難だったね。早速だけど、君の治療をさせてくれ。君が傷つくのを、君以上に悲しむ子がいるからね」 「ちょっと、お前らくすぐってえ! 俺なら大丈夫だって。気にすんな。……こいつら、あの時の仔狗か? 随分デカくなったな」 「クロウ、動くな。止血が出来ない。あと私は怪我していないから舐めんでいい……」 白き精霊に呼びかけ、黒優の傷を塞ぐルーンワース。 黒狗達もクロウを癒そうとしているのか。腕から顔からべろりべろりと舐められ続ける彼。手当てをしていた早矢までそのとばっちりを受けていた。 「……憐は……黒狗の皆さんに……お願いがあります……」 そして、文字盤を広げてビシッと正座をする黒憐。 彼女が正座をする時は、真面目な話をする時だと知っている黒狗達も、座って耳を傾ける。 「……紗代さんが……誘拐されたのは知っていますよね……?」 「紗代は、捕虜解放の為の人質にされたんだ。今、仲間達が彼女の救出に向かっている」 続いた黒憐と早矢の声に、頷く黒狗達。 開拓者達は、紗代を無傷で助けたい事。 そして、再発を防ぐ為に誘拐犯も生かして捕えたい事……作戦の内容を根気強く説明した。 「……仲間を傷つけられて……大事な人を奪われたんですから……黒狗さん達の怒りは……正当なものであるのは、憐達も理解しています……」 「ああ、お前達の気持ちは良く分かる。でも闇雲に暴れたんじゃ却って紗代さんが危険だ」 「お前達は鼻がいいだろう? だったら紗代の居場所もきっと見つけられると思う。……俺達を手伝ってくれないか」 頭を下げる黒憐とクロウ、ふしぎにこくこくと頷く黒狗達。 黒優が、目の前に広げられた文字盤に大きな手を滑らせる。 ――クロ。アヤカツ。レン。ニラル。 「ええと……黒いアヤカシ、って言いたいのかな? 黒憐さんに似てるのかい?」 確認するルーンワースに、首を縦に振る黒優。 黒優は、紗代を誘拐したアヤカシを見て覚えているようだ。 その情報は、救出の際に役に立つかもしれない。 「……黒優さん、良くできました……。ただ……『シ』はこちらで……『テ』はこちらですよ。……確かに似ていますし……もうちょっと練習が必要ですね……」 「いやいや。文字盤で意思表示できるだけでもすごいから!」 ぽふぽふと黒優の頭を撫でる黒憐にツッコむふしぎ。 しかし、ここで諦める黒憐先生ではない。彼女の理想は高いのである。 「よし。そうと決まれば善は急げだ」 「そうだね。急ごう!」 立ち上がり、相棒に騎乗するクロウとふしぎ。黒憐と早矢もそれに続く。 「俺達が先導する。黒優達はついてきてくれ」 ルーンワースの呼びかけに、黒狗達はワン! と大きく吠えた。 廃村は、とても静かだった。 視界に入るのは、朽ち果て、打ち捨てられた家々。 そして金髪と青髪の人妖……。そして、2人に守られるように、紗代と思わしき少女が蹲っていた。 「初めまして……だね。俺は竜哉だ。君達はひいとふうだね? さて、ヨウはこうして連れて来た。紗代を返して貰おうか」 ヨウとリエット、火麗を伴い、歩み出る竜哉。ひいは彼らを一瞥した後、周囲を見渡して彼に目線を戻す。 「……みいはどこですの?」 「みいは人質だ。君らが紗代を捕えているようにね」 「話が違うわ……!」 「みいが戻るかどうかはあなた達次第よ。……紗代。久しぶりね。この間、一緒にお菓子を食べたわね。覚えている?」 「…………」 食って掛かるひいを涼しげにかわして、紗代に声をかけるユリア。しかし、人質の少女は何も答えず顔をあげようともしない。 ――あの明るい子のことだ。自分を助けに来た開拓者なら喜んで受け答えをするはず。 ……様子が変だ。 ちらりと後方の仲間達の様子を伺う彼女。 建物の影に隠れた江流と、からくりの波美と目が合う。 その様子を見て、心眼「集」を使う江流。意識を集中して、蹲る少女を見つめる。 ……あれは紗代じゃない。 そう、身振り手振りで伝える彼、それにウインクを返したユリアは、にっこりと微笑む。 「そこにいる子は、紗代じゃないわね?」 「……もうバレてるわよ。顔をあげなさい、イツ」 ヨウに言われて、顔を上げるアヤカシ。それはヨウよりは幾分幼い、美しい顔立ちの女性だった。 「イツ。人質の元へ向かってくださいな。きっと開拓者が向かっているわ」 ひいの指示に頷き、立ち上がるイツ。 その背に、火麗が追い討ちをかける。 「この場を離れたら、ヨウの命は保障はできないけど。それでも追うかい?」 「……ひい。どうする……?」 「……仕方ありませんわ。ここにおいでなさい」 黒いアヤカシに問われ、ため息混じり呟くふう。ヨウはそんな姉達をじっと見つめる。 「……ねえ。ひい、ふう。イツはともかく……あなた達は菱儀にあたしの処分を命じられたはずね。どうしてこんなことしてるの?」 「……みいに聞いたの?」 「聞かなくたってあの男の考えることくらい分かるわよ」 ギクリとして、暗い顔をするふうに、ため息をつくヨウ。青い髪の人妖は、泣きそうな顔で続ける。 「だって。ヨウは作戦の為に力を尽くしてくれたし……殺されるなんて嫌だったから」 「お黙りなさい、ふう。……開拓者に命じますわ。みいとヨウを返しなさい」 「その前に……君達と一つ、交渉をしたい」 「2人を返さぬ開拓者の話など聞く理由はありませんわ」 「そう怖い顔をしないでくれないか。君達にも悪い話じゃないと思うが」 睨み合うひいと竜哉。彼は笑顔を崩さぬまま続ける。 「交渉の内容は……君達の創り主、神村を討つ時に不干渉を、出来れば協力を願いたい」 「何ですって……!? そんなこと出来る訳ないじゃない!」 「よくもそんなことが言えますわね。わたくし達が神村菱儀の人妖だと知っているのでしょう?」 開拓者達を睨みつけるふうとひい。その目線を受け止めつつ、ユリアは頷く。 「勿論知っているわ。ねえ? 火麗」 「ああ。ヨウは、あたし達に協力するって言ってるよ。それでも同じことが言えるのかい?」 鋭い目線を向ける火麗に、言葉を失う人妖達。2人はヨウに向き直る。 「ヨウ、どういうことですの?」 「この開拓者達が言ってるのは本当なの……?」 「ええ。本当よ。みいも開拓者に協力すると言っているわ」 淡々と答えるヨウに、愕然とするふう。わなわなと震えながら続ける。 「何言ってるのよ、ヨウ……。開拓者達に騙されてるのね? 大丈夫。ちゃんと全員揃って、主様に謝ればきっと許してくれるわ」 「……本当にそう思う? あたしはそうは思わない。あの男は自分の意に沿わない存在には酷く冷淡よ。一度裏切った存在を許すはずが無い」 「……おだまりなさい、ヨウ。いくらあなたでも、主様を侮辱することは許しません」 ピシャリと跳ね除けるひい。ヨウは意に介さず語り続ける。 「ひいだって気付いてるんでしょう? 気に入らないっていう理由だけで、どれだけの妹達が瘴気の樹に喰われて来たか」 「おだまりなさい!」 「ひい! 駄目よ……!」 怒りのあまり、ヨウに向けて手を上げるひいに、悲鳴をあげるふう。 そこにリエットがすかさず割り込んで、その一撃を受け止める。 「ヨウには手出しさせないよーだ!」 敵であるはずのアヤカシを庇う開拓者。 それは協力関係を示すには十分で……。 明らかに動揺している人妖達に、火麗は言い聞かせるように声をかける。 「……ヨウはね。あんた達を死なせたくないって。あんた達の為に犠牲になる覚悟を持って、あたし達に協力してる。……それがどれだけのことか分かる?」 「……美談みたいに言うの止めて頂戴。あたしは退屈したくないだけよ」 「そういうことにしておいてあげるわ」 肩を竦めるヨウに、くすりと笑うユリア。リエットもうーん、と考え込んで口を開く。 「あのね。言っちゃ悪いけど……菱儀は、君達が便利だから傍におくだけで、認めているわけじゃないんじゃないかな」 冷たい現実を突きつけられて、言葉を無くす人妖達。 それまで黙って座っていた黒いアヤカシが、こくりと頷く。 「……その子の言うこと、あたってるとおもう。……イツは吸血鬼だから。面白いから残してるって……菱儀言ってた」 「イツはそう言われて何とも思わなかったの?」 「……べつに」 ユリアの問いに、無表情で答えるイツ。 このアヤカシは、他の姉妹に比べて感情が薄いようだ。 そういう意味でも利用価値があったのかしらね……。 顔色が青いまま、何も喋らなくなった人妖達に、竜哉が声をかける。 「交渉の対価について、まだ話していなかったね。……対価は、神村にこれ以上姉妹を犠牲にさせない保証。自由については、これから上に交渉せねばならんとは思うが……」 「その条件を、みいは飲んだのね……」 「ええ。『菱儀の人妖』としてではなく、『みい』自身として考えて、そういう結論を出したわ。今のままならいずれ、あなた達は間違いなく殺される。姉妹と生きる未来の為に、私たちに協力して」 ぽつりと呟くふうに、頷くユリア。彼女は暫く考えた後、顔を上げて開拓者を見る。 その目には、今までのような険しさはなく――。 「……本当に、ひいとみいを助けてくれるんだったら、あたしも協力する」 「ふう!?」 「……ごめん。ひい。あたし、主様も大事だけど……ひいとみいに死んで欲しくない。ヨウとイツも……生まれて、ずっと一緒だったんだもの」 驚いて目を見開くひいに、苦しげに答えるふう。その言葉に、ヨウは深々とため息をつく。 「あたしについては諦めなさい。イツもそう。あたし達の命は菱儀の討伐が終わるまでよ。……アヤカシを見逃すほど、甘い世の中じゃないわ」 「どうしてよ?! ヨウもイツも、好きでアヤカシに生まれた訳じゃない……! 人妖に生まれたかったはずなのに……!」 涙を零して叫ぶふう。 ――人妖と、アヤカシ。 似ているようで、大きな隔たりのある存在。 その差が、こんなにもハッキリと明暗を分けるなんて――。 「イツはどうするの?」 「……イツは、どちらでもいい」 「じゃあ、私達に協力なさい。いいわね」 火麗の問いにぼんやりと答えたイツ。すかさず協力を取り付けたユリアに苦笑しつつ、竜哉はひいを見る。 「さて、ひい。残るは君一人だが。どうする?」 穏やかだが、有無を言わさぬ響きにため息をつくひい。暫く考えた後……顔を上げる。 「……確かに、命令違反をしたわたくし達を、主様が許すとも思えませんわ」 「そうだろうね。俺もそう思うよ。……神村と付き合いが長い君は、『命令違反』で消された妹達を見ているんじゃないのかな? だからあんなに怒った。違うかい?」 首を傾げる竜哉に、目を伏せるひい。明確な返答はないが、否定しないということはそういうことなのだろう。 「……一つ、お願いがあるんですの。わたくしとイツを、一度主様のところに戻らせて下さいませ」 「えっ。どうして戻るの?」 驚くリエットに、ひいは静かに答える。 「一度に全員が消えたら不審がられますでしょう? ……それに色々と、持って来たいものもありますの」 「その条件さえ飲めば、協力してくれるのね?」 「そう思って戴いて構いませんわ。この条件を飲んで戴けないのなら協力することは出来ません」 ユリアの問いかけに、きっぱりと答えるひい。 姉妹達の中でも、一番長く菱儀と一緒にいた彼女だ。 簡単に決別するのは難しいのかもしれないが……ここは彼女達の絆を信じるしかない。 想定外の申し出に、ユリアがため息をつく。 「出来れば、あなた達も連れて帰りたかったけど。仕方ないわね……」 「ひい。あたしも一緒に戻ろうか?」 「あなたは開拓者のところにお行きなさい。……決めたのでしたら、迷っては駄目ですわ」 心配そうなふうを言い聞かせるひい。 彼女は、酷く苦しげな顔で、妹達を宜しくお願いします……と。開拓者達に頭を下げた。 竜哉達が交渉を始めてまもなく、紗代の救出班は廃村の中へと潜入していた。 「輝々、紗代殿を覚えているな?」 「もっちろんだよ。この間一緒に遊んだもんね!」 「彼女を助けに行く。……できるか?」 「うん! 任せて!」 玄人の言葉に元気に頷く人妖の輝々。その先をイリスの又鬼犬、ゆきたろうがくんくんと匂いを嗅ぎながら進む。 「ゆきたろう、こっちで合ってますか?」 「わうっ!」 イリスの声に元気に吠えて答える又鬼犬。 ゆきたろうには、事前に紗代の匂いを覚えさせておいた。 そのお陰か、迷うことなく村の中を突き進む。 そんな彼らを、瘴索結界「念」を発動させ、周囲を探索していた紫乃が呼び止める。 「ちょっと待って下さい。アヤカシが数体いますね……。村の中を移動中なのと……あと、一箇所に固まってます」 「本当だ……。動いてるのが4体、止まってるのが5体……かな。止まっているのは比較的近くに固まってるな」 心眼「集」を使い、情報を補足する江流。 それにふむ、と无が考え込む。 「動いているのが見回り、止まっているのが見張り……というところでしょうか」 「なるほど……そう考えるのが自然ですね」 彼の言葉に頷くイリスに、ヘスティアが不敵に笑う。 「んじゃ、ちょっくら行って蹴散らして来ようかね。皆はさっさと紗代を見つけてやってくれ」 「俺も行こう。行くぞ、輝々!」 「はーい! 頑張るよー!」 「朔姫も行って手伝いをしてくれるか? 手筈通りにやるのだぞ」 「分かった。兎隹も気をつけて……!」 走り出したヘスティアを追う玄人と輝々。兎隹は、相棒である羽妖精の背を見送る。 ヘスティア達が建物の間をすり抜けると、そこには小鬼達がいた。 「……瘴気の木の実は持っていない、か」 瘴気の木の実の存在を警戒し、観察をしていた玄人に、頷くヘスティア。傍らにいるカラクリに声をかける。 「よし、D・D。能力すべて全開で使っていいぜ。全力で叩き潰しな!」 「了〜解!」 軽いノリで答えるD・D。 そこに朔姫がすーっと飛んで行き、小鬼達の頭上から手から光る砂を振りまくと彼らはたちまち眠り始める。 「おや。眠らせちまうのかい? 手応えなくてつまんないねえ」 「だって、騒ぎを大きくする訳にいかないって兎隹が言ってたんだ!」 「これなら僕でもサクっと倒せちゃうもんねー!」 「まあ、早く片付くし、いいんじゃないか」 ヘスティアに、主の命令を必死に訴える朔姫と大喜びの輝々。それに玄人がでっかい冷や汗を流して……。 アヤカシ達は、眠っているうちに次々と瘴気へ還っていく。 そうしている間も探索を続けていた仲間達。 ある建物の前で足を止めたゆきたろうの顔を、イリスが覗き込む。 「ゆきたろう。ここから紗代さんの匂いがするの?」 「わうっ!」 返事をする又鬼犬に、顔を見合わせる仲間達。 江流が再び心眼「集」を使うと、そこには確かに何かがいる。 「うん。生体反応があるね……」 「どれ。ちょっと中を見てみましょうか」 无が小さな動物の式を作り出し、滑り込ませる間、零次が壁に取りすがって呼びかける。 「紗代! 聞こえるか!? 紗代!」 「……零……兄ちゃ……?」 微かに聞こえた声。間違いない、紗代のものだ……! この壁の向こうに紗代がいる。 ――扉。扉はどこだ? それを探すのすらもどかしい……! 紗代は……紗代だけは必ず守ってみせる、絶対に……! 「確かにこの中にいますね。ただ……」 「くそっ。紗代! ちょっと下がってろ!」 「ちょ、ちょっと! 零次君待っ……」 式の情報を伝える无の声を遮り、拳を握り締める零次。 イリスの制止も聞かずに、いきなり壁をぶち破る。 白壁が崩れ、もわもわと上がる埃と土煙の中に飛び込んで、少女の姿を探し……。 ――いた! 紗代の姿を見つけ、すぐさま抱き抱える彼。 その勢いのまま外に飛び出す。 「……紗代、大丈夫か?」 「……零次お兄ちゃん。くるしい」 「あ。悪ぃ……って、うああああっ!?」 思いの他、腕に力がこもっていたらしい。紗代を解放してまじまじと見ると、紗代が肌着しか身につけていないことに気付いて零次が後ずさる。 「ですから。女性が向かった方が良いと言おうとしたんですがね……」 「最後まで話聞かないから……」 首を振る无に、ため息をつく江流。 兎隹が慌てて駆け寄って、紗代を抱きしめる。 「紗代……。その格好はどうしたのだ?」 「あ、あのね。黒いお姉さんが着物貸してって持ってっちゃったの」 イツが紗代に成りすます為に、彼女の着物を持っていったと言うことらしい。 兎隹は納得したというように頷くと己の上着を紗代にかけ……彼女の手足に、包帯が巻かれているのに気がつく。 「紗代。怪我をしたのか?」 「うん。でも大丈夫。小さい子達が手当てしてくれたよ」 「念のため、傷を見せてもらってもいいですか?」 優しく微笑む紫乃に、こくりと頷く紗代。 包帯の下は擦り傷と切り傷だらけで……兎隹は頭を下げる。 「怖い思いをさせてすまなかったのだ」 「どうして? お姉ちゃん達のせいじゃないでしょ」 「いや……お前が狙われるかもしれないって予想はついてたんだ。ごめんな」 兎隹の横で頭を下げる零次に、紗代は首を振る。 「ううん。紗代は平気。お兄ちゃん達来てくれると思ってたし。……それより、手大丈夫? 壁殴って痛かったでしょ」 「俺は開拓者だからこれくらい何でもねえよ」 こんな時まで人の心配をする紗代に、苦笑する兎隹。 それがこの少女の良いところではあるが……少し、我慢しすぎなのではないかと思う。 「……紗代。怖かったら怖いと言っても良いのだぞ? 我輩達の前で、無理をする必要はないのだ」 「紗代ね。お姉ちゃん達から貰った宝物があったから、大丈夫だったの。怖いの我慢できたよ」 「……そうですか。偉かったですね。もう大丈夫ですからね」 兎隹に頭を撫でられて、みるみる涙目になる紗代。 紫乃が包帯を巻き終えたところで、突然騒がしくなる周囲。无の玉狐天の耳がピクピクと動いて……黒狗達の到着を告げる。 「おや。黒狗達が来たようですね」 「よう、お疲れさん。そっちも無事に済んだみたいだな」 「黒優……! お兄ちゃん達!」 无の声に振り返った江流は、駆け込んできた仲間達と黒狗達に手を振り、紗代は喜びのあまり駆け出して行く。 「急いだつもりだったんだが……遅くなってすまない」 「紗代、無事だったんだな! 良かった!」 「よう。久しぶりだな。怪我しなかったか?」 「紗代は平気。……って、クロウお兄ちゃんこそ怪我してるじゃない!」 「……これは名誉の負傷だから、叱らないであげてくれるかな」 「……そうです。黒狗さん達も頑張ったのです……」 再会を喜び合う仲間達と黒狗。そして紗代……。 それを見て、自分が守るべきものは何なのか、と。改めて兎隹は考える。 ――本当に護るべきものの為……我輩も心を決めなければ、な……。 彼女がそんな事を思っていた頃。零次はイリスにがっつりお説教されていた。 「ちょっと零次くん! いきなり壁殴ったりして建物が倒壊したらどうする気だったんですか!」 「あ? えーと。うん。まあ、倒れなかったんだからいいじゃねえか」 「ハハハハ。壁ブチ破るなんざ、よっぽど余裕なかったんだな」 「うっせー!」 ヘスティアに爆笑されて、頬を赤らめる零次。そこに、ひょっこり紗代と黒狗がやって来る。 「零次お兄ちゃん、叱られてるの?」 「くう?」 「あー。自業自得ってやつだよ。お前達は気にしないでいい」 ヘスティアにわしわしと頭を撫でられて笑う紗代。短くなってしまった髪を見て、零次がため息をつく。 「髪……切られちまったな」 「うん。零次お兄ちゃん、ごめんね。暫く簪つけられないかも」 「……は? そんなん気にすんなよ」 「でも、零次お兄ちゃんがくれた宝物なのに……」 「あーもー。分かった。分かったよ。今度別なの買ってやるからよ」 しょぼくれている紗代に、理由もなく慌ててしまった零次。 兎隹を除く仲間達から向けられている目が何だか生暖かい。 ちなみに兎隹の目は痛い。 当分何か言われそうな気がして……零次は深く深くため息をついた。 こうして、開拓者達は無事に少女と黒狗を救い出した。 ふうの身柄を託し、『必ず連絡する』と言い残して主の元へ戻っていったひいとイツを見送った開拓者達は、人妖とアヤカシ達について、神村菱儀を討伐するまでの間は身の安全を保障できるが、その先のことは確約できない状態であることに気がついた。 「……彼女達は事件に大きく関わっていることだし、さすがにその先のことは、開拓者ギルドや石鏡の国の上層部の意見も聞かなければならないな。……確認を取って来るから、ちょっと待っていてくれ」 星見 隼人(iz0294)の言葉に、頷く開拓者達。 その結果を聞くことになるのは、それから数日後のことだった。 |