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■オープニング本文 ●昔話 事の起こりは数年前。 石鏡に、理穴より使節団が来る事となった為、案内役の巫女達が急遽呼び寄せられた。 そして使節団は彼女達の案内により、恙無く石鏡に到着するはずだったのだが……突如消息を絶った。 この事態を収束させる為、石鏡の貴族五家である斎竹(いみだけ)家の桔梗と椎乃、そして当時の星見家の当主――星見 隼人(iz0294)の母が調査に乗り出した。 「お勤めを終えたら、直ぐ戻るわ」 そう言って出かけて行った彼女。 その事件が石鏡の貴族五家の一つ、香散見(かざみ)家が起こした双子王失墜を目的とした謀反である事、そして巫女達の身に危険が迫っている事を察知した隼人の母は、桔梗と椎乃に援軍を呼ぶように頼むと、単身救出に向かい……二度と戻って来る事はなかった。 そして彼女の努力空しく、理穴の使節団と、同行していた巫女達は山賊によって惨殺された。 たった一人、穂邑(iz0002)を除いて――。 現場に駆けつけた椎乃から、母は道を塞ぐように……まるで巫女達を守るかのように、立ったまま絶命していたと聞いた。 身体中に沢山の傷を受けていたのにも関わらず、その顔はとても穏やかであったとも。 その理由を、隼人は理解していた。 母は以前から、穂邑の事を口にしていたから。 「あの子はね。希望なの。この石鏡の国だけじゃないわ。この世界の……理由は分からないけれど、そう思うのよ」 そう言って、笑っていた母。 その時は何を言っているのか分からなかったけれど――それから数年の後、穂邑は本来、帝が持つはずの『神代』の力を発現した。 ――彼女の勘は当たっていたのだ。 母は『希望』を守り抜いて、死んで行った。 悔いなどなかったのだろう。 そんな母が、今自分とババ様が抱えている計画を知ったら激怒するかもしれないが。 他に、いい手立てがない。 だから――。 「母上。どうか『希望』を、お守り下さい」 目を閉じ、墓前に手を合わせる隼人。 流れる沈黙。春の風がふわりと、行過ぎるのを感じた。 ●囮 「囮……ですか?」 「そうだ。件の古代人、亞久留を誘き寄せる」 きっぱりと言い切った隼人に、目を丸くする穂邑。 ――亞久留。濃い紫色の髪に、銀色の瞳を持つ細身の男。 先日、『生成姫の子供達』4人の誘拐を企て、開拓者達に阻止された後、今度は穂邑を誘拐し、大アヤカシ黄泉の元へと連れ去った。 そして迎えた黄泉との合戦。 穂邑の救出に向かった開拓者達は彼と交戦したが……開拓者達を嘲笑うかのように一瞬にしてその場から姿を消した。 それ以降現れてはいないが、亞久留が『神代』である穂邑と、『生成姫の子供達』を狙っているという事実は変わりなく。 それは、今後の進軍の計画などにも、大きな影を落としていた。 こうした状況が長く続くのは宜しくないと判断した開拓者ギルドの長、大伴 定家(iz0038)は各国の国の重鎮と話し合い、逸早い亞久留の討伐を決断したのだ。 しかし、敵がどこにいるか分からない以上、向こうから出て来て貰わなければならない。 そうして思いついたのが、囮作戦だった。 『生成姫の子供達』の後見を勤める封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)は、子供達を囮に使う事に当然ながら強い難色を示した。 子供達は志体持ちである。それ故、一般人よりは頑丈な身体を持っているが、子供である事には変わりがない。 それでなくとも何かと不安定な子供達に、これ以上の心痛を与える訳にはいかない。 あまりにも危険だと判断が下され……結果として、『神代』の力を持ち、開拓者としても実績のある穂邑に白斑の矢が立ったのである。 そんな事情があり、石鏡の国を始め、星見家の者達も全面的に協力を申し出て……この状況がある。 「先日も恐ろしい目に遭ったばかりなのに……こんな事を頼んで本当にすまない。だが、これしか方法がないんだ。……母上が命懸けで守ったお前は、俺が命に代えても守る。頼む。協力してくれ」 「星見さん……」 額をこすり付けんばかりの隼人に、困惑する穂邑。 ――星見さんのお母さんが亡くなったのは私のせいなのに。 どうしてこの人は、こんなに一生懸命頭を下げるのだろう……。 「私は大丈夫ですから……。そんなに頭を下げないで下さい。……私は……私も戦います。皆が助けに来てくれた時、決めました」 『神代』の力を持つとは言え、その力の制御の方法も知らない。 開拓者としての力も十分とは言えない。 だけど――最後の最後まで、決して諦めない。 それが、私を信じてくれている友人達に、返せる全てだと思うから。 「やりましょう。今度こそ、亞久留をぶっ飛ばしちゃいましょうね」 「……ああ。そうだな」 明るく笑う穂邑に、笑みを返す隼人。 ――母が何故、彼女を『希望』と言ったのか。 今なら分かるような気がした。 ●罠 「……明らかに罠だぞ。行くのか?」 「ああ。神代の娘を取り戻す為だ。手段を選んではいられん」 「そうか。向こうも神代の娘を渡すまいと必死になるだろうからな。精々精鋭を揃えて行く事だ」 「お前に言われるまでもない」 くい、と片眼鏡を上げた神村 菱儀(iz0300)に、冷淡に受け答える亞久留。 菱儀は手元の調査資料を放りながら肩を竦めた。 ●討伐 石鏡の三位湖。そこに作られた大きな舞台。 穂邑はそこに、独り佇んでいた。 ――石鏡の国で断続的に続く異変が収まるよう、三位湖にいる精霊に『神代』が祈りを捧げ、儀式を行う。 そういう情報を流した。 『神代』を欲しがっている亞久留なら、きっと現れる――。 穂邑が祈りを捧げ始めて暫くして、異変が起きた。 「敵襲! 敵襲ーーー!! すごい数の鵺です!!」 「ふむ。どうやらかかったようじゃのう」 見張り台からの報告に、ニヤリとする星見家当主、星見 靜江。 厳かに立ち上がると、徐に開拓者達に向き直る。 「よいか、お前達。今回は亞久留の討伐が目的じゃ。捕縛ではない。必ず滅せよ」 「……え。でも、どうしてですか?」 亞久留を捕縛して尋問すれば古代人や敵側の情報を得られる。 そう考える開拓者も少なくない。 だが、靜江は『討伐せよ』と断じた。 開拓者達の目線を受け止めて、靜江は重々しく口を開く。 「古代人らしき存在は複数確認できておる。連中の行動を探るのは別所で行うとして……現状、最も各所に有害な影響を与える亞久留は殲滅せよ、というのが開拓者ギルドの意向じゃ」 今後の作戦への影響。穂邑や『生成姫の子供達』への影響――。 尋問の機会より、殲滅を優先させるには十分過ぎる理由だった。 「……総員配置につけい! 狙うは古代人亞久留! 良いか! 必ず討ち滅ぼせ!!」 靜江の、高齢とは思えぬ地を震わす号令。 「神代の娘を渡して貰うぞ! 開拓者共……!」 空を埋め尽くすアヤカシ……そして、不敵に笑う亞久留。 開拓者達と、古代人亞久留との戦いの火蓋が切って落とされた。 |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / 劉 天藍(ia0293) / 俳沢折々(ia0401) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 葛切 カズラ(ia0725) / 酒々井 統真(ia0893) / 玲璃(ia1114) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / キース・グレイン(ia1248) / 八十神 蔵人(ia1422) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 水月(ia2566) / 黎乃壬弥(ia3249) / 孔雀(ia4056) / 倉城 紬(ia5229) / 叢雲・暁(ia5363) / 菊池 志郎(ia5584) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 郁磨(ia9365) / 劫光(ia9510) / リーディア(ia9818) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / サーシャ(ia9980) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 雪切・透夜(ib0135) / ヘスティア・V・D(ib0161) / リディエール(ib0241) / 十野間 月与(ib0343) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 明王院 千覚(ib0351) / ティア・ユスティース(ib0353) / ニクス・ソル(ib0444) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 尾花 朔(ib1268) / 蓮 神音(ib2662) / 九条・亮(ib3142) / 九条・颯(ib3144) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 針野(ib3728) / 紅雅(ib4326) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 九条 炮(ib5409) / ウルシュテッド(ib5445) / エラト(ib5623) / ローゼリア(ib5674) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / ヘイズ(ib6536) / 玖雀(ib6816) / レムリア・ミリア(ib6884) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / 伊吹童子(ib7945) / ジェーン・ドゥ(ib7955) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 呂宇子(ib9059) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 弥十花緑(ib9750) / 葛切 サクラ(ib9760) / 二香(ib9792) / 戸隠 菫(ib9794) / 宮坂義乃(ib9942) / 草薙 早矢(ic0072) / 九条・奔(ic0264) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 御鏡 咲夜(ic0540) / 蛍火 仄(ic0601) / 嘉瑞(ic1167) / 徐 昴明(ic1173) / 衛 杏琳(ic1174) / 樂 道花(ic1182) / 遼 武遠(ic1210) / 白鋼 玉葉(ic1211) / 斯波・火懿李(ic1228) / 三郷 幸久(ic1442) |
■リプレイ本文 三位湖。その上空はアヤカシで埋め尽くされていた。 アヤカシの大群の中に見える、痩身の男――薄く笑いを浮かべているように見える。 これだけの開拓者の数を見てなお、笑っていられる理由があるのだろうか――。 「うむ。アヤカシの数と質、どちらも申し分のない構成だ。実にいい」 「感心してる場合じゃねえだろ」 「いやいや。こちらを侮らず、さりとて臆病風に吹かれたわけでもなく。不退転の決意で決戦の場に臨んだであろう、亞久留の心意気や良し。なればこそこちらも全身全霊を以て、その野望を叩き潰す!」 「ああ、そうかよ」 グハハと豪快に笑う鬼島貫徹(ia0694)に、肩を竦める酒々井 統真(ia0893)。 罠であると理解した上で飛び込んできた以上、ただの力押しとも思えない。 が、相手が何を考えていようと、やることは一つだ。 「……移動しましょう」 穂邑(iz0002)の声に、こくりと頷く護衛達。 開拓者達が猛然とアヤカシの群れに向かう中、彼女と護衛の者達が舞台から降りようとしたその時、異変が起きた。 「……!! 皆、舞台から離れて! 早く!」 戸隠 菫(ib9794)が叫ぶが間に合わない。急速に凍る湖面。分厚い氷の板がメキメキと音を立てて持ち上がり、無数の氷柱が舞台の周囲を取り囲み始める。 「な……氷の檻……!?」 「なんてこと……!」 閉じ込められた白鋼 玉葉(ic1211)と玲璃(ia1114)が檻を叩くが、簡単に壊れそうもない。 しかし、檻の中の穂邑は微かに笑っていて……。 「雑種が紛れたか……。まあいい。後で始末してやる。そこで待っていろ、神代の娘」 巨大な檻を作り出した男……亞久留は、冷ややかな笑みを浮かべた。 ●正面 「くそっ。いきなりやってくれたな」 舞台の方を見やって呟くグリムバルド(ib0608)。ネネ(ib0892)は瞳に静かな決意をこめて前を見る。 「あちらも気になりますが……私達の仕事をしましょう」 穂邑の周囲には、彼女を守る仲間達がいる。自分達は、目の前の敵を叩く。 それが出来なくては亞久留討伐など夢の話だ。 ――生成姫の子。 幼い頃に誘拐され、アヤカシを家族とし、生成姫の為に命を擲つよう育てられた……悲しい運命を持つ子供達。 そんな彼らにヒトとしての常識と知識を教え、ようやく少し落ち着いて来たと思っていた矢先に――突然、亞久留という男が現れ、子供達の誘拐を企てた。 彼を野放しにしておいては、いずれまた同じ事が起きる。子供達の未来はない。 だから、負けられない。あの男をここから帰す訳にはいかない……! そして、ウルシュテッド(ib5445)もまた、子供達の顔を思い浮かべていた。 自分は、彼らに恥じぬ人間か。真っ直ぐ向き合う資格はあるか? ――奴にはぶつけてやりたい事も山とあるが、今は……。 「さあ、ジルベール。子らの未来へ続く道だ、全力で切り拓くぞ!」 「せやな、邪魔する奴にはとっととご退場願おうや!」 「皆さん、ご武運を……!」 「支援します!」 親友の言葉に頷くジルベール(ia9952)。 倉城 紬(ia5229)が素早く軽やかな舞で仲間達に精霊の加護を、エラト(ib5623)はゆったりとした歌声で抵抗力を分け与える。 これで皆、戦い易くなったはず……! 鵺を守るように立ちはだかる以津真天。 彼らも己の役目を理解しているのか。 「充填完了! いきまーす!」 迫るアヤカシ。その間に精霊力を充填していた礼野 真夢紀(ia1144)の武器から眩い白い光が放たれ、何体かの以津真天が消えて行く。 「これを食らって立っていられるかしら?」 空龍に跨り飛び出した胡蝶(ia1199)。彼女の詠唱に応えるように、三位湖の水が盛り上がる。巨大な蛇は空へと駆け上がり、アヤカシ達を飲み込む。 かろうじて2人の攻撃をすり抜けた以津真天。 そこに鬼神の如く立ちふさがるのは龍に乗った明王院 浄炎(ib0347)と紫ノ眼 恋(ic0281)。 「悪いが、ここから先に行かす訳にはいかぬのでな」 「……道を開けさせてもらう!」 叫ぶ2人。浄炎の八尺棍と恋の刀が閃き、アヤカシを叩き落として行く。 そして大振りの太刀に炎を纏わせて以津真天を斬りつける刃兼(ib7876)。 彼も子供達の育成に関わる者として……彼らの歩む道に暗雲をもたらす存在を、放っておくつもりは毛頭ない。 小隊【九条一家】の者達は、攻撃によって場が乱れ、隊列から外れたアヤカシを誘き出して対応していた。 「そっち行ったよー」 「はーい!」 鷲獅鳥で空を切る九条 炮(ib5409)の声に元気にお返事した九条・奔(ic0264)。 駆鎧の上から礫をぶつけようとして……迫ってきたアヤカシをギリギリのところで避ける。 「ちょっとー! 近づけすぎだよ!」 「文句を言わずに狙撃しろ」 奔が避けたアヤカシに、九条・颯(ib3144)が苦笑しながら一撃加える。 「次の行くよー!」 滑空艇のギアを上げ、アヤカシを挑発するように空を舞う九条・亮(ib3142)。 それをまた、仲間達が迎え撃つ。 そんな事を繰り返しているうちに前を塞いでいた以津真天の数がかなり減り、鵺に接近できるようになっていた。 「……鶫、あれが狙いだ。討ち墜として手早く決めるぞ」 「微力ながら、お力添えを」 フードを目深に被り、甲龍に指示を出す雪切・透夜(ib0135)に、駿龍に跨った弥十花緑(ib9750)が続く。 穂邑には世話になった。だからこそ、彼女が望まないことをさせる訳にはいかない。 突撃する2人に放たれる雷撃。身体に痛みが走るが何とか堪える。 すぐさま覚戒で回復を試みる花緑。鵺が、彼の相棒が吐いた火炎に包まれる。その隙をついて音もなく肉薄し、透夜が急所を確実に狙い、打ち抜くが……鵺も落ちずに堪えている。やはり一筋縄ではいかない。 「よーし! たくさん狩っちゃうぞ!」 滑空艇を駆り、縦横無尽に走り回るルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)。 一撃加えて離脱する……というのを繰り返しているが、鵺は以津真天のようには簡単にはいかない。 近づくということは、雷撃の範囲内に入ると言うことだ。 ドン! という音と共に閃光が走り、ルゥミの身を焦がす。 「いったああああい!」 「大丈夫ですか!? 今回復します!」 叫ぶ紬。切り返した彼女を傷を癒す光が包む。 「させるか……!」 辺りに響く鵺の悲鳴。追い討ちをかけるべく、雷撃を放とうとしていた鵺の目に、篠崎早矢(ic0072)の放った矢が突き刺さる。 「あらあら♪ 逃げられると思っているのかしら」 そして駆鎧に騎乗したサーシャ(ia9980)は、仲間達が打ち落とした以津真天や鵺を片っ端から止めを刺しに回っていた。 「透夜! ぶっ放すで! 避けえや!」 「範囲攻撃いきますよー!」 ジルベールとネネの声に反応して、即離脱を図る透夜。 追いすがる鵺達に、衝撃波の爆発と冷気を纏う白銀の龍が襲いかかる。 「もう一発いくぞ!」 「あなた方の野望は阻止しますわよ……!」 そこに加わる、ウルシュテッドの一撃と、エラトの魂を原初の無へと還す歌が辺りに響き……。 「最後の1匹まで続けるわよ!」 胡蝶の叫びと共に再び湧き上がる巨大な蛇。開拓者達の猛攻が続く。 ●右翼 「捕らえるのではなく倒せ、とは……。朝廷もギルドも余裕がないのですね」 「そうですね。話し合うこともせず、存在を潰しあうだけで本当に良いのでしょうか……」 ふう、とため息をついた菊池 志郎(ia5584)に、戸惑いがちに頷くアルーシュ・リトナ(ib0119)。 でも、穂邑さんを、あの子達を奪うと言うのなら……。 「穂邑さんの未来も、私達の未来も、この1戦にかかっているのでしょう……きっと」 リディエール(ib0241)の呟きに再び頷くアルーシュ。 別な場所で戦う友の為にも、穂邑や子供達の為にも……戦わなくてはいけないと思う。 「……ええと。なるべくアヤカシを一箇所に集めればいいんだな?」 「合図があったらすぐ距離を取って総攻撃……と。これで合っているな?」 「ええ。すぐ離脱しないとアヤカシと一緒に死ぬことになるわよ」 作戦を確認する三郷 幸久(ic1442)と宮坂 玄人(ib9942)に、5人を率いる小隊【幼馴染】隊長、ユリア・ヴァル(ia9996)がさらりと不穏な事を言う。 縁も力も無い。けど、少しでも手伝いたい……と、真剣な顔をする幸久。 やられっぱなしは嫌だと、にこりともせずに言う玄人。 2人共可愛い子だ。どうせなら長生きして欲しいと思う。 「無理でなく無茶なら構わないよ、ユリア」 「ええ。頼りにしてるわよ、ニクス。皆もね」 相変わらずの妻にため息をつくニクス(ib0444)に、ウインクを返すユリア。 「皆様のご武運を祈って歌います……!」 「気をつけてね!」 アルーシュの軽快な『泥まみれの聖人達』の楽曲と、フラウ・ノート(ib0009)の短い詠唱。聖なる光が仲間達を包み……それが、作戦開始の合図となる。 エアリアルに跨り、空を翔るユリアをシックザールに乗ったニクスが追う。 すごい勢いで迫る彼女達を、妖天狗達は標的と定めたらしい。 アヤカシ達が飛来するのを見て取ると、急旋回して戻り始める。 妖天狗には標的を的確に狙う性質がある。それを利用すれば上手く集められるはず……! 「追ってきています! そのまま離脱して下さい!」 式神で敵の動きを探る尾花朔(ib1268)。その声に泉宮 紫乃(ia9951)が頷いて仲間達に大きく手を振る。 「皆さん! せーので行きますよ! せーの……!」 「行きますよ……!」 「冷たき嵐よ! 行け!」 紫乃の声に真っ先に反応したリディエールと志郎。ほぼ同時に、激しい吹雪を呼び起こす。 「計画通り、かな」 「まだまだ。これからよ♪」 氷の嵐に巻き込まれた妖天狗達を眺めるニクスにくすりと笑うユリア。ニクスが生み出した風の刃と、ユリアの召喚した火炎弾が叩き込まれ、大爆発を起こす。 「紫乃さん、行きますよ!」 「任せてください……!」 かろうじて逃れたアヤカシに、朔と紫乃が召還した雷獣が襲いかかる。 「まだまだですよ!」 「逃がしません……!」 更にフラウの真空の刃が混じった竜巻とアルーシュの魂を原初に還す楽曲が追加され……。 攻撃するどころか、逃げる隙すら与えない範囲攻撃の応酬。 死に切れなかったアヤカシ達がボトボト降って来るという恐ろしい光景に、幸久があんぐりと口を開ける。 「うわ……。えげつねえ。……確かに逃げ遅れたら確実に死ねるなぁ」 「ボヤいてないで残りを始末するぞ!」 「任せろ! 皆殺しにしてくれる!」 「……無理はするなよ」 落ちてきたアヤカシ目掛けて矢を放つ玄人。うおおお! と燃える羽妖精の十束に、彼女は苦笑して……。 この攻撃で妖天狗の大半を処分した彼らは、以津真天も同様にサクサクと対応し――。 こうして右翼班は、この作戦の中でも最短のスピードで、敵を撃破することに成功した。 ●左翼 「数押しかと思ったんですけど……あの氷の檻が策だったんですかね……」 「本当にえげつない手を使うよね」 氷の檻と化した舞台を見つめる柚乃(ia0638)に、怒りを堪えるアルマ・ムリフェイン(ib3629)。 「まあ、誘拐を企てるくらいだ。亞久留もそう簡単に穂邑を傷つけたりはしないだろ」 「そうだね。皆も一緒だし、きっと大丈夫だよね」 玖雀(ib6816)の言葉に、己を納得させるように呟くアルマ。それに、六条 雪巳(ia0179)も頷く。 志体ではなく、『神代』でもなく。明るく前向きな心根、それこそが彼女の「力」なのだろう。 同じ戦場には立たずとも、目の前の敵を倒す事が彼女を守る事に繋がるはず……。 「私は私に出来る事を。ここで、食い止めます」 「うん。亞久留に直接物申したかったけど……兎に角まずはこのアヤカシの団体さん、どうにかしないと、ねっ!」 ぐっと握りこぶしを呂宇子(ib9059)。その前方から迫ってくるアヤカシに目を細めた竜哉(ia8037)が口を開く。 「……さあ、始めようか。事が済めばユリア達も来てくれるとは思うが。俺達も討伐を進めておこう」 「そうだね。我が主殿、うまく使ってくれよ?」 「ん。じゃ、敵引き付けてきて」 「了解!」 竜哉の大雑把な指示に不敵に笑うヘスティア・ヴォルフ(ib0161)。 「妖天狗は知恵が回るとの事ですので……自由にさせない方が、賢明でしょう。甘藍、宜しくお願いしますね」 「御意」 紅雅(ib4326)の言葉に恭しく頭を下げるからくりの甘藍。ヘスティアもからくりのD・Dを伴い飛び出して行く。 「まずは範囲攻撃! 柚乃! ユウキ! 行け!!」 「はーい!」 「了解! 行きます!」 竜哉の号令に頷く柚乃と空龍に上昇を命じるユウキ=アルセイフ(ib6332)。 轟く雷鳴と共に現れた光の束で薙ぎ払い、召還した火炎弾が大爆発し、妖天狗達を吹き飛ばす。 「風天、久々に暴れようか」 「一匹たりとて逃しはせぬ……!」 夜色の龍に乗った无(ib1198)と大樹の様な風格を持つ甲龍を操るリンカ・ティニーブルー(ib0345)。 2人は空へ一気に駆け上がると、妖天狗に『黄泉より這い出る者』と複数番えた矢を暴風雨のようにぶつけて行く。 そしてヘスティアも、長柄の雷槌を舞うような動きで投擲し、範囲攻撃で討ち漏らされたアヤカシを確実に潰し、D・Dは彼女の盾として、その役割を十二分に果たしていた。 それぞれ駿龍と鋼龍に騎乗し、以津真天に迫る雪巳と呂宇子。 呂宇子が巨大な海蛇を呼び出しアヤカシを襲わせると、雪巳が蛇から逃れたものを白い光弾で打ち抜く。 その隙間を縫って、2人に突撃する以津真天。そこに過ぎる、一陣の風――。 「残念、だったな……?」 くすりと笑う玖雀。急所を突かれた以津真天は、血を噴き出して音もなく崩れ去る。 ――以津真天にとって、炎龍に乗って迫ってくる玖雀は脅威だった。 何度なぎ払っても、毒をお見舞いしても、血まみれで戻って来る。 血を滴らせた顔に笑顔を浮かべたその様は、命を狩り取って行く死神のよう……。 「全く。少しは御身を労わってくださいね?」 「そーですよ。玖雀ったらすぐ周り見えなくなるんだから」 「あー。はいはい。ちゃんと見てるっつーの。いいからとっとと残り倒しちまおうぜ」 ふう、とため息をつく雪巳と呆れ顔の呂宇子に、 その間に、再びユウキによる火炎弾の大爆発が起きて……仲間達の救援を待つことなくアヤカシ達は全て空気に溶けて消えて行った。 ●最後の砦 アヤカシの数は大分減ったように見えるが、上空に旋回している鵺を見ていると事態はあまり好転していないように見える。 遠い目をする針野(ib3728)を、俳沢折々(ia0401)が宥める。 「そう悲観することもない。目的もって動いているのは、逆に言えば御し易いとも言えるかもよ」 「そうだね。古代人のことはよう分からんけど……こんな大軍のアヤカシをけし掛けてくるよーな輩の思い通りには、させないさね!」 頷きあう2人。 「あの子達は苦しんでる……」 ぽつりと呟くフェンリエッタ(ib0018)。 人は、今が苦しければ遠い明日の事なんて望めない時もある。 母に見捨てられたと思い、開拓者にはその気持ちも言えず……。 あの子達はいまどれだけ、深い水の底にいるのか。 「……子供達がのびのびと生きていける未来を作りたいよな」 俺が戦う理由なんて、それだけだよ……と続ける郁磨(ia9365)に、頷くフェンリエッタ。 愚かでも、自分達が今できる最善を尽くして、繋げていく。 その為にもまず、この敵を屠らないと……! 「良いか。『空』『地』に分かれて、協力して鵺を落とし一体ずつ殲滅するぞ」 きっぱりと言い切るのは、小隊【衛魏】隊長、衛 杏琳(ic1174)。 本当はとても怖いが……その恐怖は隠しきれているだろうか。 今あるべき私の姿を見失うな。同胞の為に。 ――彼らがいて、何を恐れる。 「殿のご命令は以上です。……各人、くれぐれも無理はしないように。あなた方の為というよりは、殿が悲しみますからね?」 管狐を肩に乗せ、淡々と言う斯波・火懿李(ic1228)。徐 昴明(ic1173)がうぐ、となったのを見てほくそ笑む。彼らを言い聞かせるには、これが一番の方法だ。 「承った。殿の為に、武を奮うのみ」 「任せとけ! フルボッコにしてやるよ!」 「殿もお気をつけ下さいませね?」 三人三様の反応を見せる遼 武遠(ic1210)と樂 道花(ic1182)、二香(ib9792)。 それに嘉瑞(ic1167)がくすりと笑う。 「……火懿李、性格悪いね?」 彼の一言に、火懿李はただ微笑を返した。 戦端を開いたのは、空龍に騎乗したフェンリエッタだった。 「……喰らいつけ!」 高速移動で鵺に接近し、巨大な九尾の白狐を召喚する。 白狐は鵺に襲いかかると、食い尽くさんと言わんばかりに貪欲、かつ執拗に食らいつく。 郁磨は亞久留が騎乗している鵺を狙おうと考えていたが、若干アテが外れた。 亞久留はそもそも鵺に乗っておらず、自力で飛行していたからである。 ともあれ、鵺の数を減らさねば亞久留には到達できない。 炎龍を駆り、上空から急降下した彼は、鋭い氷の刃を放つ。 氷の刃が突き刺さった途端、炸裂し、鵺の身体に深手を負わせる。 そして、鷲獅鳥を駆るジェーン・ドゥ(ib7955)。隊列の端に居る鵺を狙うよう、相棒に指示を出す。 極限まで詰め寄り、鵺の下側に回るとすれ違い様に喉を切り裂く。 これですぐは落ちないまでも、呪詛の鳴は封じられるはず……! 劫光(ia9510)は、心底楽しそうに笑いながら滑空機を操っていた。 久しぶりに弟の噂を聞いて来てみれば、陰陽師として正気を疑うような行動をとっている。 これが笑わずにいられようか。勿論後でぶん殴るが。 滑空機のギアを上げる劫光。狙うは敵将、亞久留。 鵺達がその動きを察知して集まってきたのを確認した彼は急反転し、『悲恋姫』を召還する。 途端、周囲に響き渡る全てを呪う悲鳴。 鵺達が怒りに任せて雷撃を放つ。 「随分集まったね。さあて、それじゃ切り崩していくとしようか」 「うわっ。劫光さん無茶なんよー!」 空龍を操りながら、『黄泉より這い出る者』を召還する折々。 雷撃を食らいつつも攻撃をやめない劫光に冷や汗を流しながら、空龍に現状維持を命じる針野。彼を追い縋る鵺目掛けて矢を放つ。 その瞬間、響き渡る女性のような甲高い音。『悲恋姫』の呪いの声と相俟って最強な不協和音である。 「殿。大丈夫ですか!?」 「大丈夫だ」 心配そうな昴明に即答する杏琳。 そう言いつつも、聞くに堪えない音に杏琳の顔が引きつっているように見える。 殿の為にも一刻も早く終わらせなくては……! 頷きあう昴明と二香。 駿龍を駆り、雷撃の範囲外で銃撃する二香。 昴明が、矢が確実に当たるギリギリの距離まで引き付けようと、駿龍に命じて移動を開始したその刹那、急降下してきた鵺から雷撃が放たれる。 「昴明、危ない……!」 「殿! いけません……!」 咄嗟に甲龍に命じて駆け寄る杏琳。引き戻そうとした二香も一緒に雷撃に巻き込まれる。 「殿! 大丈夫ですか!? 殿ーーー!!」 地上から叫ぶ武遠。同じく、地上から相棒の闘鬼犬と共に鵺を狙い撃ちしていた叢雲・暁(ia5363)は、小隊【衛魏】の面々の雰囲気が一気に変わったことに気付く。 「天の雷……といっても、アヤカシのものなら鬱陶しいだけだね」 「殿を傷つけるとか鬱陶しいどころでは済みませんね」 「そうだね。……巫。あの鵺落として来い。今すぐ」 ビキビキと青筋を浮かべる火懿李に、笑顔で駿龍に命じる嘉瑞。 「あの鵺絶対ぶち殺すーーーー!!」 「1匹たりとも生きて帰すな!!」 道花と武遠の咆哮に、相棒の龍達も応えて吠える。 「あーあ。厄介な人たち怒らせたねー」 ぼそりと呟く暁。 彼女の言う通り、小隊【衛魏】の面々は鬼神の如く働きを見せ、鵺の数をみるみる減らして行った。 ●『神代の娘』 周囲を守っていた鵺達も大分数を減らした。 残存したアヤカシと戦う仲間達の声が、遠くに響く。 そして開拓者達は、不敵な笑みを浮かべた宙に浮く男――亞久留と対峙していた。 「さて、いい加減そこを退いて貰おうか」 「断る。主張どうこう以前に……お前のやり方は、許容できん」 きっぱりと断じたキース・グレイン(ia1248)に頷いたリオーレ・アズィーズ(ib7038)。 彼女は小首を傾げて、そういえば……と続ける。 「自分から古代を名乗って時代遅れを自称するなんて、案外謙虚な方なんですね」 「ナマナリのようにおかしな呼び名をつけるな! 我らは護大の意志に従うものだ」 「……護大の意思?」 苛立ちを隠さぬ亞久留に、訝しげな顔をする弖志峰 直羽(ia1884)。 護大に意志があるなんて聞いたこともない。 ――過去の人間が何かを知り、真実を隠蔽してきたのか。 目先の益の為に先送りにした問題があるのか――? 「……お前達は何かを救済しようとしているのかもしれない。が、こんな手段を取る以上、それはお前達の利益と理屈を押し通しているだけだ。家畜の安寧を得て、何が人か」 「ヒトの子如きが随分と大きな口を叩くものだな。護大を、大アヤカシを作る為の道具とでも思っているのだろう?」 直羽の言葉にクククと笑う亞久留。どこか陶酔した表情で続ける。 「護大こそ世界の意志。世界そのものだ。護大に逆らうは自然の摂理に逆らうに等しい大罪と知れ」 「俺達に罪があるというのなら……それが何なのか。語れよ、古代人」 「……生成姫の子供たちが『希望』とはどう言う事ですか? 子供達に何をさせようとしているんです?」 「今ここで死ぬお前達に話してやることなど何もない。時間の無駄だ」 「言ってくれるね。生憎と一方的に蹂躙されて終わってやるつもりは、毛頭ないんだぜ」 問いかける直羽とリオーレに冷たい目線を向ける亞久留。 そこでふと、直羽は違和感を感じた。 こちらを見ていた亞久留の目線が、つつ……と下に向かったのだ。 どこを見ているのだろう。水面……? その時、亞久留が小さく呟くのを耳にした。 「……そんなところから見物とはいいご身分だな」 「何を……」 「隙あり! とりゃああああ!!」 直羽の声は、ドン! という衝撃波の音でかき消され、次の瞬間、蓮 神音(ib2662)が飛び込んで来る。 亞久留はチッと舌打ちすると、彼女の渾身の一撃をひらりとかわし、神音は湖に落ちそうになって……。 「大丈夫か?」 「うわわわっ。ありがとうございます」 「なーに。もうちっと様子見ようぜ。多分、何かあるはずだ」 神音を受け止めたのは小隊【華夜楼】を率いる黎乃壬弥(ia3249)。彼女を無造作に己の皇龍に乗せてニヤリと笑う。 「……質問に答える気がないのなら、死になさい」 「俺の友人達を怒らせたのが、お前の運の尽きだな」 自らの生命力と引き換えに式の力を大幅に強化させた御樹青嵐(ia1669)と、上空から急降下してきた劉 天藍(ia0293)。 2人が同時に呼び出した『黄泉より這い出る者』が音もなく襲いかかる。 「……あくまでも逆らうか」 開拓者達を睨みつける亞久留。 今、確かに呪いを送り込んだのに。微かに眉が動いただけだ。 それぞれの龍に命じて、もう一度攻撃に転じようとした瞬間、突如として現れる鋭い氷の飛礫。それが無数に飛来して……。 攻撃に転じようとしていた直羽とリオーレ、キース、そしてそれぞれの愛龍を駆り、亞久留を包囲しようとしていたケイウス=アルカーム(ib7387)とゼス=M=ヘロージオ(ib8732)も氷の嵐に巻き込まれた。 「亞久留って自力で飛べるんだ……」 「ああ。しかも制限なく飛べるみてぇだな」 目の前の光景を呆然と見つめる神音に、厄介だな、こりゃ……と呟く壬弥。 「くっ……これでは……」 穂邑が閉じ込められた氷の檻の傍で歯軋りをする伊吹童子(ib7945)。 飛行系相棒を持たぬ者達が攻撃に参加するには、亞久留を何とか地上に引きずり降ろさなければならないが……近づこうとすれば、氷の嵐に巻き込まれる。 何の策もなく突っ込めば自滅を招くだけだ。一体どうしたら……。 「大丈夫ですわ。必ずチャンスは来ますわよ。その時を待ちましょう」 そう言いながらも悔しいのか、唇を噛むローゼリア(ib5674)。 頭上から、亞久留の声が聞こえて来る。 「……神代の娘。お前の仲間が苦しんでいるぞ? いいのか? この間と、同じことをもう一度問おう。私の元に下れ。そうすれば仲間達は見逃してやる」 返って来る沈黙。穂邑は、暫し考えると深々とため息をつく。 「……分かりました。あなたと一緒に行きますから、仲間達だけでもここから出して貰えませんか」 「ふむ? 今日はやけに素直だな。まあ、いいだろう」 その言葉に満足気に頷いた亞久留。すーっと降りて、檻へと近づいて行く。 「……!? 穂邑、何をバカなこと言って……!」 穂邑の、はっきりとした声に耳を疑ったキース。 どうしてヘイズ(ib6536)が黙っているのかと氷の檻を見て……ある事実に気付いた。 あの、年中穂邑にくっついている男の姿がない。 長い付き合いだから分かるが……この状況で、アレが穂邑の傍を離れるとも思えない。 ――と言うことは、あの檻の中にいる彼女は……! そうしている間に、パキーンという軽い音を立てて壊れる檻。 それを見て穂邑……いや、穂邑と摩り替わっていた水月(ia2566)がくすり、と笑った。 「かかりましたね……」 「へっへー。皆でいめちぇん作戦や! どや! 上手く変装できとるやろ!」 水月を見て、怒りに顔を歪める亞久留。 八十神 蔵人(ia1422)の提案で、護衛の者達は揃って穂邑と似たような格好をしていたこと、水月が『ラ・オブリ・アビス』で波長を変えて穂邑を真似ていたとはいえ、こんな簡単なことに騙されるとは……! 「おのれ、謀ったな……! 死ね!!」 「水月さん、危ないっ!」 「失言は、行動で贖う……!」 水月を守るように立ちはだかる菫と玉葉。 湧き上がる巨大な氷柱は、物凄い速度で迫り……無常にも3人を貫く。 しかし、囮達が身を挺して作り出した『間』は、確実に隙を生み出していた。 「今だ! いっくぜーーー!!」 「言われるまでもないわ!」 その間を突いて、肉薄する統真と貫徹。 叩き込まれる拳と太刀に感じる確かな手ごたえ。 口の端に血を滲ませる亞久留に、統真がニヤリと笑う。 「……へえ。古代人の血も赤いんだな。初めて知ったぜ」 「ちぃっ……!」 氷で腕を包み込み、刃を作り上げた亞久留は、それを振るって応戦する。 「ここにいると穂邑さんの身が危ないですね……」 「そうね。今のうちに早く安全なところへ……!」 すぐ近くで戦いを始めた亞久留達から庇うように立ちはだかる葛切 サクラ(ib9760)。壁となるように黒壁を招来しつつ言う葛切 カズラ(ia0725)に玲璃とヘイズは頷くと、穂邑に手を伸べる。 「穂邑さま、こちらへ!」 「来い! 早く!」 「玲璃さん、ヘイズさん、ダメですよ。水月さん達を放っていけないです……!」 「ダメです、穂邑さま!」 「水月達の決意を無駄にしてやるな、分かってくれ……!」 「でも、でも……!」 ――水月が自分の身代わりになると言い出した時も必死に止めた。 いつも無口な彼女がすごい勢いで喋っていたので圧倒されて頷いてしまったが……こうなると後悔しかない。 ……穂邑ちゃん、自信を持っててね。君は守られる時も守り、背を押してるんだ。 アルマさんにもそう言われた。 大丈夫だと。強くなると誓ったのに。 やっぱり仲間が傷つくのは嫌――! 泣き叫ぶ穂邑。 その背に、亞久留の声が追いすがる。 「……神代の娘。お前がそうやって抵抗を続ける限り、これは繰り返されるぞ」 「うっせーな! 神代とか訳わかんねー名前でよんでんじゃねえよ、この野郎! 穂邑は穂邑だ!」 そう。心配性で一生懸命で、泣き虫な……ただの女の子。 その身に何を宿していようと、世界がかかってたって関係ない。 穂邑の身と引き替えなければならないものなんて、クソ食らえだ……! 「ものの価値を正しく理解しようとせぬとは、愚かの極みだな」 「愚者で結構。穂邑さまや穂邑さまが大切に思われる方々を傷つけ、命を奪うのが正しい未来など不要です!」 「そんな事ぁ知った事じゃねえんだよ! こちとら惚れた女を守ってるだけだ!」 玲璃の叫びとヘイズの告白に泣く事も忘れて固まる穂邑。みるみるうちに赤くなる彼女を見て、小隊【アルボル】隊長、十野間 月与(ib0343)がくすくすと笑う。 「そういうことは後にしよっか、ヘイズ? 穂邑ちゃん、水月ちゃん達のことはあたいらに任せて!」 「穂邑さんは無事でいることがお仕事ですよ? さあ、お行きなさい」 そして、慈母の微笑を浮かべる小隊【縁生樹】隊長、明王院 未楡(ib0349)。 2人に手を握られ、こくりと頷く穂邑。孔雀(ia4056)はやれやれと肩を竦める。 「ほんっとに、こんな泣き喚く小さな娘のどこにそんな力が宿ってるのかしらね。不思議よねえ……。ま、いいわ。ほら、さっさと離脱するわよ!」 「よっしゃ、雪華。道案内頼むで!」 「はい! こっちですよ!」 主の言葉に頷く天妖。 蔵人の相棒、雪華の先導で、穂邑とその護衛達は戦線を離脱する。 そして、小隊【アルボル】と【縁生樹】の隊員達は、小隊長が明言したように怪我人の救護に当たっていた。 「皆を連れて来たわよ」 「水月さんの出血が特に酷いようなんです。診てあげて下さい」 シルフィリア・オーク(ib0350)と共に怪我人を運んで来た蛍火 仄(ic0601)。 彼女の相棒の駿龍に背には、亞久留の氷柱に貫かれてぐったりとしている3人がいて……シルフィリアの相棒、小鈴も心配そうに周囲をふわふわと飛んでいる。 リーディア(ia9818)と明王院 千覚(ib0351)は急いで怪我人を寝かせると、その有様に眉根を寄せた。 「酷い傷……。でも今なら助かります」 「急いで治療をしましょう」 2人は頷きあい、急いで治療を開始する。 「レムリアさんと一緒に、皆さんの援護に行ってまいります」 「私は重篤な人は対応できないけど……傷を回復することならできるから」 「私も現場対応しかできませんが、怪我人を運ぶ人間も必要になるでしょうし」 真剣な眼差しのティア・ユスティース(ib0353)とレムリア・ミリア(ib6884)。そしておっとりと続けた御鏡 咲夜(ic0540)に、月与は強く頷く。 「うん。こっちは任せて!」 「気をつけてね。何かあったらすぐ戻って来るのよ」 未楡の言い聞かせるような言葉に、頷くレムリアとティア、咲夜。 向こうでは、仲間達が亞久留と戦っている。これから怪我人も増えるはずだ。 それぞれの愛龍に跨り、戦場へ向かっていく3人を、小隊の者達は祈るように見送った。 亞久留との戦いは、混迷を極めていた。 「行かせませんよ……!」 飛行して上空に戻ろうとする亞久留を、式を手足に組み付かせて阻害するリオーレ。 そこに、駿龍に騎乗したフィン・ファルスト(ib0979)が進撃する。 「……あの子たちは、断じてあんた達の物なんかじゃない!」 「あれはナマナリとの契約。お前達が決めることではない」 「うるさいうるさいうるさーーーい!!」 クク、と嘲笑を浮かべる亞久留を遮り、フィンは輝くオーラの光をまとい、巨大な一本の槍となって突撃する。 足を絡め取られている彼は避けきれず、肩に重い一撃を食らう。 「調子に乗るな、小娘……!」 フィンはもう一撃加えようとして氷の刀になぎ払われ、距離を取る。 ――実際攻撃を加えてみて思ったが、この男は接近戦が苦手なように思う。 懐にさえ飛び込んでしまえば、何とかなるかもしれない……! 滑空艇と鋼龍を駆り、滑り込んで来た小隊【光翼天舞】の面々。 ファムニス・ピサレット(ib5896)は大急ぎで隊長、リィムナ・ピサレット(ib5201)に合図を送る。 「姉さん、やるなら今ですよ!」 「よーし! ヨミデルちゃんいっけー☆」 「……仔猫ちゃん。ヨミデルちゃんって誰だい?」 「ん? 『黄泉より這い出る者』に決まってるじゃん」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)の問いにケロリと答えるリィムナ。 『黄泉より這い出る者』。略してヨミデル。うん。かわいい。 しかもファムニスの舞によって精霊の力を与えて貰っているのでダメージも倍率ドン。 遊んでいるように見える彼女達だが、百戦錬磨の余裕とも言えようか。 こんな攻撃をまともに何度も食らってはさすがの亞久留も身が持たない。 彼は苛立たしげに舌打ちすると、短く詠唱し……途端に、周囲に氷の蝶が無数に舞い始める。 「何だ、これは」 「くっ。身体が……」 フランヴェルが氷の蝶を両断すると、音もなく消える。 これは、幻影……? それにしても身体が重い……。このままでは不味い。 そこに響く三味線の音。安らぎをもたらす曲が辺りに響いていく。 「ええい! 古代人か何か知らんが、じゃがいもなんぞに負けてなるものかっ!」 己を奮い立たせるように叫ぶ音羽屋 烏水(ib9423) 正直、アヤカシは恐ろしいし、震えも止まらない。 だけど、友が何かを為さんと助け求めたのに。 臆病風に吹かれて逃げ出すなんてどうしてもできなかった。 「芸の道とはな! いついかなる時でも前向き歩む力を与えてこそじゃ!」 「その通りですわ。祈りの歌声と癒しの音色が絶えぬ限り、人は悪しき夢に屈しはしません」 そこに重なる、ティアの安らぎをもたらす音色。 増幅され、戦場へと響いて行く。 「今回復します!」 そして、駿龍に乗ってやって来た咲夜。印を結んで法具をかざし、リィムナ達の呪詛を祓おうとするが……その後方に、巨大な氷柱が迫る。 このままでは避けきれない……! そこに割り込んだフランヴェル。氷柱が、彼女の脇腹に突き刺さる。 「フランさん……!」 「私は大丈夫。子猫ちゃん達は攻撃を続けるんだ……!」 「……分かった。咲夜さん、フランさんをお願い」 小さく悲鳴をあげるファムニスに、笑顔を返すフランヴェル。 どう見ても大丈夫そうには見えないが、身を挺してくれた彼女に応える。 そう決めて、リィムナは再び滑空艇を駆り――咲夜はレムリアを呼ぶと、急いで応急処置を開始する。 その混乱に乗じて、再び上昇しようとした亞久留。その背に、忍犬が食らいつこうとしたのを避け……その代わりに、足をチェーンブレードで絡め取られる。 「……残念ながらお引取りいただく訳には参りませんな」 「そうか、ならば死ね……!」 忍犬の主である伊吹童子に向けて氷柱を繰り出した亞久留。 それは、突如として出現した白い壁に阻まれる。 「何度も同じ手は食わないぜ……!」 不敵に笑う天藍。亞久留はクク、と笑うと今度は凄まじい冷気を振りまき、氷の刃を縦横無尽に走らせる。 これは壁では防ぎきれない。 冷気の暴力に耐えながら、チェーンブレードを握り締める伊吹童子。 ――逃がすものか。逃がすものか……! 彼を庇うように『黄泉より這い出るもの』を召還する青嵐。亞久留は少し顔を歪めたが、吹雪がやむことはない。 神音や貫徹、キースも間合いに踏み込もうとしているが氷の刃に邪魔されて上手く動けない。 体力だけがじわじわと奪われていく中……烏水の声が響いた。 「まだ立てるものはおるか!?」 「ここにいる!」 「とーぜん! 何言っちゃってんの!」 「……よし。ではわしが一曲興じよう。これがわしのできる最後の曲じゃ! その手で、希望を灯してくれいっ!」 キースと神音の声にニヤリと笑った烏水。 彼の短く、激しい曲は心を揺さぶり、力が沸いて来る。 これなら、行けそうだ……! 「後悔するがいいですの! 貴方の言う未来など、戯れ言と証明いたしますわ!」 そこに聞こえたローゼリアの声と共に、バシュッという乾いた音。見ると、亞久留の腕を銃弾が貫通し、血が噴出している。 彼女を睨み、氷柱を作りかけた亞久留。 ――あの女を直接狙うには、相棒の空龍が邪魔だ。 再び冷気を振りまいた彼。 その瞬間、起きる強い共鳴。白い光暈が出現し、亞久留に襲いかかる。 「舐めるなって、言っただろ……!」 いつの間にか『暈影反響奏』を奏でていたケイウス。 思わぬ反撃を食らって、亞久留の銀の目が怒りに燃える。 「この雑種共が! 調子に乗るな!」 「その雑種にやられ放題なのは誰だよ!」 叫ぶゼス。ケイウスを標的に替えた亞久留に銃撃の雨を降らせる。 「さて、そろそろ終わりにしようか。これまでの借り、返させてもらうぞ!」 「古代人の出る幕なんかじゃないんだよ! 欠片も残さず砕け散れ!」 叫んで、踏み込むキースと神音。 大地を蹴り、上段から思い切り拳布できつく固めた拳を打ち付けるキース。神音の青い閃光と雷雲のような鳴き声を轟かせる強い蹴り。 間髪入れずに、見舞われる貫徹の衝撃波を伴った一撃。 そして黄金の光を纏った統真の全てを破壊する拳が叩き込まれる――! 開拓者達の想いと、願いと……そして祈りが篭った総攻撃。 亞久留と呼ばれた古代人は、抗い切れずに地に臥した。 「正直、ここまでとは……な。まあ、いい。後は同志達に……」 「何も言わないで去るなんて勝手にも程があるでしょう! さあ、キリキリ言いなさい!」 「残念ながら時間切れだ。……そんなに知りたければ……神村にでも……聞け……」 食ってかかるリオーレ。次の瞬間、亞久留の身体が一瞬にして炎に包まれる。 「な、燃えた……!?」 目を見開く直羽。 彼の身体は枯れ木のように燃えて、燃え尽きて……さらさらと灰になって――。 あまりにもあっけない最期に、開拓者達はただ呆然とする。 「……終わった、んだよね」 「多分な。これから復活するたぁ思い難い。しかし、これは自決か……それとも」 ぼんやりと呟くフィンに頷く壬弥。 死んだら自動的に荼毘に臥されるとか、あんまり嬉しかねえ能力だわな……と彼は呟いた。 「ばかばかー! 水月さんのばかー! 死んじゃったらどうするつもりだったんですかー!」 「生きてるから良いじゃないですか……」 わあわあと泣く穂邑を包帯だらけで宥める水月。そんな彼女を、穂邑はキッと睨む。 「生きてるって言ったってギリギリじゃないですか! こんなに怪我してもおおおお!!」 「そんなに怒ってやるなよ。上手く行ったんだからさ。……穂邑も良く頑張ったな」 ヘイズに頭を撫でられて、再びぼろぼろと涙を零す穂邑。 ぽんぽん、と肩を叩かれ振り返ったヘイズは、そのまま劫光にぶっ飛ばされる。 「いっでーー!? 何しやがる!」 「ははははははは! 世界より女だってか! 聞いて呆れる! たが面白い男になりやがったなあ!」 「殴るか笑うかどっちかにしやがれバカ兄貴!」 「バカにバカといわれる覚えはないな!」 言い合う兄弟のやり取りが何だか熱くて面白くて……少し落ち着きを取り戻した穂邑は、空を見上げる。 ――もっと、もっと強くなろう。誰も傷つかなくて済むように。 誰も死なせなくて済むように。 それがきっと、皆も……星見さんのお母さんも望んでいると思うから。 彼女の祈りに似た誓いが、夏へ向かう空へと溶けていく。 ――古代人亞久留。 彼は何も語ることなく、大きな謎を残したまま消滅した。 討伐成功の報せは、神楽の都を始め、各国に安堵と希望を齎すものとなった。 |