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■オープニング本文 ●桜の季節 吹く風は仄かに暖かく、春の薫りがする。 少し高いところに作られた神社から、輝く海と、満開の桜が見えて……母猫又は目を細める。 「よう、美色。ご飯食べたか?」 「食べたのにゃ。休憩も終わったし、これから交代に行くところにゃ」 「そうか……。いつもありがとな」 「こっちこそ、いつもお腹いっぱい食べさせてくれてありがとにゃ」 子供達も大分大きくなってきたし、自分だけだったら養いきれなかったかもしれない……。 そう続けた三毛の毛並みの猫又に、村人の顔も綻ぶ。 この猫又達がやって来てから、この村はとても明るくなった。 色々な建物が増えて。色々な人たちが訪れるようになって……。 猫又達は、村を変えてくれた恩猫だ。 彼らがここにきてもうすぐ1年。何か、お礼をしてやれないものかと考える。 そんなことを考えていた村人が1人増え、2人増え……。 そして夜な夜な、こっそり恩返しの方法を相談するようになるまで、そう時間はかからなかった。 ●猫又の休日 「お願いします。猫又達にお礼がしたいのですが。お手伝い願えませんか」 開拓者ギルドにやって来たのは、『猫又神社』がある村の村長だった。 「へ? お礼?」 「……どういうことですか?」 「はい。実は……」 首を傾げる開拓者達に、村長は静かに話始める。 ――1年ほど前だっただろうか。 開拓者達はとある漁村で盗みを働いた母猫又を懲らしめ、5匹の仔猫又と共に就職先を世話したことがある。 彼らの就職先であるその村は、猫又達の住まいと働く場所を提供する為に『猫又神社』を建立し、更にその後、『猫又喫茶』を開店した。 その後、ちょっとした混乱があったものの、開拓者の薦めもあり、宿屋や海釣りの体験場、食事処にお土産屋などが次々に整備され、今では6匹の猫又を祀る村として、すっかり観光名所となっていた。 そんなことを続けて早半年。 猫又達も順番に休みを取り、疲れたりはしていないけれど。 6匹が全員揃って、休日を過ごす時間があまり取れていないことが、村人達はとても気になっていた。 どうにかして数日間、全員にまとまった休日を取らせてやれないものか――。 しかし、『猫又喫茶』はひっきりなしに予約が入っている状態。 長期休暇のお知らせも出し辛く、ずるずると来てしまい……。 このままではいかんと、村人達は決起した。 お客様に迷惑をかけずに、猫又達に長期休暇を与えるにはどうしたらいいか。 猫又達に秘密で話し合い、協議を続けた結果……開拓者達が連れている愛らしい相棒。 彼らに猫又喫茶の手伝いをお願いできないか、という結論に達したらしい。 「それで、こうしてお願いに伺った次第でして……」 「ああ。なるほどな……」 「確かに、開拓者なら猫又やもふらさまを連れてる人沢山いますものね」 「いかがでしょう。猫又達が休んでいる間、お客様のお相手をして戴けませんか? もちろんその間のお食事などは全て提供させて戴きます」 村長の言葉にふむふむと頷く開拓者達。 そこに、開拓者がおずおずと口を開く。 「あの。お手伝いじゃなくて……村に観光しに行ってもいいのかしら?」 「ええ。勿論です! 開拓者様に来て戴けたら村の皆、猫又達も喜びます。今は丁度、桜が満開を迎えていて、観光にも丁度良い季節ですよ。是非、いらしてください」 そう付け加えて、深々と頭を下げる村長。 猫又神社の店員になって、村を助けるか。 村を観光し、散在という形で村を助けるか。 桜が満開の季節。 猫又達の休日は、開拓者達の手に委ねられた。 |
■参加者一覧 / 神町・桜(ia0020) / 柚乃(ia0638) / 葛切 カズラ(ia0725) / 海神 江流(ia0800) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 弖志峰 直羽(ia1884) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / ユリア・ソル(ia9996) / 明王院 千覚(ib0351) / アリシア・ヴェーラー(ib0809) / 蓮 神音(ib2662) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 音野寄 朔(ib9892) / ユエン(ic0531) / リシル・サラーブ(ic0543) / 紫上 真琴(ic0628) / クリス・マルブランシュ(ic0769) / 黒憐(ic0798) / リズレット(ic0804) / リト・フェイユ(ic1121) |
■リプレイ本文 桜満開。春麗らかな村。 その一角。準備中の猫又喫茶には、村人達も驚くほど沢山の開拓者と相棒達がいて――。 「観光って聞いたのに……騙したわねサク!」 音野寄 朔(ib9892)を睨みつける相棒の猫又。 どうやら騙される形で連れて来られたらしい。 怒る霰に、朔は悪びれず続ける。 「猫又喫茶だもの。猫又のあなたが頑張らないでどうするのよ。たまにはいいでしょう? 終わったらご褒美買ってあげるから、ね?」 「うぅ〜。しょうがないわね……」 主の言葉にがっくり肩を落とす霰。その横で、神町・桜(ia0020)も頷きながら相棒の背を撫でた。 「……と、いう訳で桜花も頑張るようにの?」 「何がどういう訳にゃ!? 何も聞いてないにゃよ!?」 「おぬし、スライムに襲われて酷い目に遭った主を労わろうとは思わぬのかっ!?」 「にゃー!? それこっちには関係ないにゃ!!」 「いいから働くのじゃ!」 主人に八つ当たりされた上に謀られた仙猫がもう1匹。相棒も大変ですね! そして、葛切 カズラ(ia0725)の相棒、初雪が着替えに四苦八苦していた。 「あのさ……僕ひとりで着替えられるんだけど」 「大丈夫! 気にしないでいいのよ!」 「というかさ、カズラ。何でいちいち撫でるの……?」 「んー! 巫女服可愛い! 似合うわあ!」 人妖と主のズレたやり取り。カズラは初雪の着替えを手伝いながら、せっせとセクハラに精を出していた。 「これは相談役! ようこそお越し下さいました!」 「……お久しぶりですね……」 村人達に頭を下げられ、こくりと頷いた黒憐(ic0798)。クリス・マルブランシュ(ic0769)とユエン(ic0531)も店の中に駆け込み、見知った猫又達を見つけて突撃する。 「あぁ、久々に逢えました!」 「猫又さま達、元気してましたか?」 「相変わらず可愛いですね愛らしいですね最高ですねモフモフですね!!」 「本当に猫又さん達は素晴らしいのです至高なのですふかふかなのです!!」 わしゃわしゃと猫又達を順番に撫で回す彼女達。ハッと我に返り、こほんと咳払いした2人に、リシル・サラーブ(ic0543)と紫上 真琴(ic0628)がくすくすと笑う。 「お2人共相変わらずですね」 「私もちょうど猫又さん達どうしてるかなって思ってたんだよ」 こくこくと頷く黒憐。 ……村人達が猫又達の事を大切にして、長期休暇まで考えてくれた事がとても嬉しい。 これだけ仲良くやっていけるなんて、猫又達を捕まえた時には思いもしなかった。 本当に、良かったと思う。 「と、兎も角、今日は私たちに任せてゆっくりしてくださいね」 「そうです。休むといいのです。お店は、ユエン達がちゃんと営業しておきます!」 「……猫又さん達の為に……えんやこらなのですよ……」 「でもにゃ……」 久しぶりに触れた可愛い成分に鼻血が出そうなクリスに、にっこり笑うユエン。 表情がないように見える黒憐だが、瞳はとても穏やかで……。 突然休みを言い渡されて困惑している母猫又を、真琴が宥める。 「大丈夫よー。前にも手伝った事あるでしょ?」 「そうよ。ほら、実績のあるくれおぱとらも連れてきたし」 「そうそう! 今回もうちのミハさんがいますし!」 どーんと相棒達を差し出す蓮 神音(ib2662)とアーニャ・ベルマン(ia5465)。 この2人とユエンの相棒は、以前猫又喫茶をお手伝いした事があった。 見知った顔を見て、美色もようやく安心したらしい。 アーニャの声にピクリと耳を動かした白黒の仙猫は、じろりと主人を見る。 「……なんだよ、俺だけ働くのかよ」 「私も手伝いますよ? ミハイルさんの魅力でお客さんをメロメロにしてください」 「仕方ねーなぁ。いっちょまた必殺技繰り出してやるか」 「妾の魅力を振りまいてやろうぞ」 あっさり煽てに乗るミハイルにくすりと笑う神音。ふふん! と胸を張るくれおぱとらに心配そうな目線を送る。 「じゃあ、皆、着替えよっかー」 「はーい!」 手際よく巫女装束を配る真琴に元気に頷くアーニャ。クリスは渡されたそれを見つめて固まる。 「……あの。私もこれを着るのですか?」 「……勿論。猫又喫茶の……制服ですし……」 こくこくと頷く黒憐に遠い目をするクリス。 ――私には似合わない気がする。……というか、巫女装束は可愛らしくて、ちょっと恥ずかしい。 普段可愛いものとは無縁の生活をしているので、抵抗を感じる。 「え、えぇい! 師匠も最近はずっと巫女装束と聞くし、私も負けてなるものか!」 「その意気だよ! 着替え、手伝うね」 「えっ。あの、やっぱりちょっと待って下さい」 決意をしたものの、神音に背中を押されて慌てるクリス。 そこに、仔猫又達がたたた……と駆け寄ってくる。 「ねーにゃ、にーにゃ、お休みとお手伝いありがとうにゃ」 美色に、開拓者と相棒達にお礼を言うように言われたらしい。一列に並んでぺこりと頭を下げる。 「……お前なぁ。こんな事で泣くなよ」 「だってええ。仔猫又さんがああ。今回は愛々と一緒にお手伝いなのも嬉しくてええええ」 「俺は別に離れても寂しくないぜ。……って。だから泣くなっつーの」 感極まって泣き出したユエンにツッコミを入れる猫又の愛々。クリスに至っては鼻を押さえて蹲っている。 「ええと……手当てはしますから安心して下さい」 リシルはでっかい冷や汗を流しながら、微妙にズレたフォローをしてみたり。 「仔猫又さん、かわいい……あ。ローレル、よく似合いますよ」 「そうか? 天儀の衣装……神職とは程遠いが悪くはないな」 猫又達の愛らしさにほっこりしていたリト・フェイユ(ic1121)。 神主姿……浅葱色の袴が涼しげな色合いがローレルに良く似合っていて、トクン、と心臓が踊る。 そして、彼同様神主姿の菊池 志郎(ia5584)が、山路 彰乃(iz0305)とこもふらさまに挨拶をしていた。 「志郎、久しぶりもふ!」 「ええ。山路さんも紫陽花さんもお元気でしたか」 「はい。お陰様で……」 「星見さんは忙しくて大変そうですが、山路さんは大丈夫ですか?」 「はい。ご当主様のお手伝いはありますけれど、今のところ問題ない範囲ですわ」 「そうか。あやつが来られぬのは残念じゃが……民のため、何より身体動かす方が性に合っておるじゃろう」 音羽屋 烏水(ib9423)の言葉に、そうですね、と頷く志郎。 その横では、神主の衣装に身を包んだクロウ・カルガギラ(ib6817)が考え込んでいた。 「うーん。またこの格好か……」 彼の目線の先には、談笑する彰乃。 確か彼女は石鏡の国……巫女の国の人。 そんな人の前で神社風な営業とかして良いんだろうか……? いや、待て。これはむしろいい機会なのかもしれない。 クロウは意を決すると、彰乃に声をかける。 「彰乃さん」 「はい。なんでしょう?」 「こう、巫女や神主らしい立ち居振る舞いっていうのかな……そういうの教えて貰えないか?」 「立ち居振る舞い、ですか?」 「ああ。今までは見様見真似でやってたけど、ここは猫又神社を名乗ってるしさ。そういうのも本格的に習っておいた方がいいかなと思ったんだけど」 「……本物に近づこうというお心持ち、素晴らしいですわね。畏まりました。わたくしで宜しければお教えしますわ」 頷く彰乃。 開店前に、急遽『巫女神主の振る舞い講座』が開催される事となり――。 「まゆちゃん。食材これで全部ですか?」 「えーと。あともう三箱あるので、それも台所に持ち込んじゃって下さい」 明王院 千覚(ib0351)の声に、包丁片手に答える礼野 真夢紀(ia1144)。 箱を引きずって運ぼうとし始める千覚の忍犬のぽちを、真夢紀の猫又、小雪が慌てて止めに入る。 「ぽちにはちょっとむりなの」 「そうね。でもありがとう。……烏水さんもお手伝い戴いていいですか?」 「うむ! いろは丸も手伝うがよい」 「報酬は桜餅で手を打つもふ」 箱を持ち上げた烏水に当然とばかりに続けたもふらさま。 相変わらずの相棒にため息をつきかけた彼は、自分が巫女装束の乙女達に囲まれている事に気付いた。 「いやはや、これはなかなか……」 「……烏水殿も男子もふね」 「じ、神社に桜と共に、風情を感じただけじゃぞっ」 ニヤリとするいろは丸に、烏水は慌てて言い返した。 「……こう言う衣装を着ると背筋と気持ちがぴんと伸びるわね」 箒片手に巫女装束で深呼吸をするリト。そんな主に、ローレルは首を傾げる。 「そうなのか? 服が変わっただけだと思っていたが」 「もう。ローレルったら。そうね。気持ちが新たになるっていうのかしら」 「ふむ。そういうものか」 しきりに頷く相棒に、苦笑するリト。 ローレルにそういう感覚を理解できるのかしら……と気になっていたけれど。ある意味予想通りの反応だった。 リトの言葉をひとつひとつ覚えて、積み重ねていく彼。 こうしていく事で、からくりである彼はヒトに近づいていくのだろうか……。 そんな話をしながら、店の周囲に落ちた花弁をせっせと箒で集める2人。その近くには、黒憐の駆鎧、さいべりあんが『猫又喫茶営業中』という看板を首から下げて佇んでいる。 駆鎧を猫又の代わりに手伝わせる……のはさすがに無理だが、何とか役立てないかと考えた末の結果らしい。 何だかシュールな光景ねえ……と、ユリア・ヴァル(ia9996)の口角が上がる。 「あ、ユリアさんいらっしゃいませ」 「ようこそお越し下さいました」 「こんにちは、リト、ローレル。精が出るわね。……今入っても大丈夫かしら?」 「はい。丁度お一人様空いてますよ」 「お客様、入られるぞ」 ローレルの声に早足でやって来たクロウ。早速習いたての立ち居振る舞いを見せる。 「猫又喫茶にようこそお越し……って。何だ。ユリアじゃないか」 「うふふ。気にしないで続けて?」 「そうだな。何か、仲間相手にやるのは気恥ずかしいけどな……」 くすくすと笑うユリアに、ぼやきながらもしっかり猫又喫茶の仕組みを述べるクロウ。 店内に案内されると、既に沢山の客が座席に着いており、猫又や仙猫、もふらさま達が好きな所でのんびりと寛いでいた。 そして、聞こえて来る烏水の穏やかな三味線。 桜を意識しているのだろうか。とても雅やかな曲で……。 志郎の相棒、天詩がその曲に合わせて即興で歌をつけつつ踊っていた。 「いらっしゃいませ〜。ご注文をどうぞ」 ふわふわとやって来たのはカズラの相棒、初雪。主の姿が見当たらず、ユリアは首を傾げる。 「あ、あのね。カズラお酒飲みに行っちゃったんだ」 「あら。そうだったの。大変ね」 「ううん! 普段の、如何わしいばかりのお仕事とは違っていい職場だもん! 頑張るよ! あ、お水持ってくるね!」 ……この人妖が普段どんな仕事をさせられているのか少し疑問に思ったが、大人なユリアはあえて聞かずに、近くにいた黒憐に今日のおすすめを訊ねる。 「今日のおすすめは……こちらです……」 すっと、横からお品書きを差し出す黒憐。 今日は開拓者達による特別メニューらしい。 神音考案の猫又の似顔絵つきオムライスと肉球型マシュマロ。 真夢紀考案の松花堂弁当ならぬ桜花堂弁当。 黒憐は、桜にちなんで桜茶や桜餅、桜ういろう。相棒やペット達にも食べられるよう、味付けを控えたものも用意されていた。 「どれも気になるわね。どの種類もちょっとづつ試せればいいのだけど……」 「なるほど……そういうメニューも喜ばれそうですね……。早速対応させて戴きます……」 こくこくと頷く黒憐。ユリアの呟きから、『お試しセット』と『全部盛り』がお品書きに追加された。 「お試しセットの注文入ったよー」 「ありがとうなのじゃー!」 初雪の声に元気に応える桜。 注文を一手に引き受ける厨房は、まさに戦場と化していた。 「はい! オムライスできましたよ!」 「まゆちゃん。次は、桜花堂弁当です!」 「はーい。その次は?」 「桜茶と桜餅ですね。桜茶を先にお出しします」 「お願いしまーす」 すごい勢いで料理を完成させ、次々と来る注文を手際よくさばいていく真夢紀と千覚。 神音がケチャップで猫又の顔を描いてオムライスを完成させていると、奥からがっしゃーーん! と大きな音がした。 「……大丈夫ですか?」 「ううう。すみません……」 盛大に転んでボウルや櫃に埋もれているクリスを救出する志郎。 彼女、最初は接客に当たっていたのだが、慣れぬ接客に緊張したのか食事をぶちまける事1回、飲み物を頭から被る事2回。 幸い客に被害はなかったものの、危険という事で裏方に回ったのだが……。 ここまで失敗できるのもある意味才能ですね……とか考えた志郎。 彼はそんな思考を顔に出さず、にっこりと微笑む。 「誰にだって初めてはありますよ。それ、俺が洗いますからクリスさんはモップで床を綺麗にしてもらっていいですか?」 「分かりました。頑張ります……」 「憐も……手伝います……」 流れるような動きで手際良く食器やボウルを洗い、次々と片付けていく彼。 見せ付けられる違いに泣きそうなクリスの肩を、黒憐がぽふぽふと叩いた。 「お客様、2名様お帰りよ。2番席に3名様ご案内するわよ」 「ありがとうございました。いらっしゃいませ」 朔の声に元気に返事をする真琴と羽妖精のラヴィ。 帰ってゆく客を見送った後、予約客をすぐに案内する。1人であれば時々飛び入りで入れるようだが、いっぱいの予約表を見て盛況なのね……と朔は思う。 ふと店内を見ると、相棒の霰が可愛らしい動きで客を魅了しており、朔は満足気に頷く。 霰はツンデレだけれどそこがまた可愛いし、やれば出来る子。 接客もばっちり! さすが私の相棒! 「朔さん、配膳お願いしまーす!」 「分かったわ」 相棒馬鹿な思考を遮る神音の声。お土産屋に置いてある商品を見につけ、さり気なく宣伝しつつ丁寧に接客する。 「もふもふ品評会優勝者の妾の毛並み、じっくり堪能するがよいぞ!」 「へえ……。あなた優勝したんだ」 「確かにいい毛並みしてるものね〜」 客に会うなりどーーーん! とふんぞり返る神音の仙猫、くれおぱとら。 今回は自信満々、ツンデレ女王様キャラで行くらしい。 そんなもの需要があるのかなぁ? と激しく不安だった神音だが、『賞を獲得した』という箔があったからか、怒る客もおらず。むしろくれおぱとらにお供えものをする者が多かった。 「にゃーん♪ いらっしゃいませにゃ♪ お客様、何がご所望かにゃ?」 「あの……なでなでしてもいいかしら」 「はいにゃーん♪」 お客様の要望に応えて、ころりと寝そべる桜の仙猫、桜花。 「にゃーん♪ じゃと。いらっしゃいませにゃ♪ じゃと」 猫をかぶり愛嬌を振りまいている姿が、あまりにも普段と違って面白すぎて、桜はこみ上げる笑いをぐっと堪えていた。 「頑張っておるのじゃから笑ったら失礼であろう」 「そうなんじゃが……」 肩を震わせる桜を嗜める烏水。 真面目に働くだけで、ここまで主を笑わせる仙猫。普段の生活ぶりが伺える。 ――まあ、自分とていろは丸が大真面目に働いているのを見たら、多分噴飯するので気持ちは分かるのだが。 そのいろは丸はどうしているかと言うと……。 「今日はもふらさまがいるのね。かわいい〜!」 「忍犬もいいわね〜。触ってもいいかしら?」 「うむ。某らにご飯をご馳走してくれたら好きなだけモフっていいもふよ。のう、ぽち?」 「わう?」 「……本当!?」 千覚の忍犬、ぽちを巻き込んで客に賄賂を要求。 烏水は迷わず鉄拳制裁を下し……その様子を見ていたユリアがころころと笑う。 「烏水達も相変わらずねえ。ねえ、小雪ちゃん?」 「そうにゃの?」 「そうよ〜。うーん。可愛いわねえ。一緒にご飯食べる?」 彼女の膝の上には、お腹を出して転がっている真夢紀の猫又、小雪。 真っ白な毛並みに小さな身体が愛らしく、ユリアもめろめろだった。 「……うん。客の質も向上してるみたいだなぁ」 「そうですね。良かったです」 そっと店内を覗き見て、安堵のため息を漏らす仙猫、ミハイルとアーニャ。 同じく休憩時間になった仲間達を、柚乃(ia0638)が笑顔で出迎える。 「皆さんお疲れ様です! お弁当用意してありますから食べて下さいね。美色さん達も良かったらどうぞ」 そう言って柚乃が差し出したのは大きなお重。 山菜おこわやおかかのおにぎり、出汁巻卵に鮭の煮つけ。 菜の花のおひたしに大根の梅酢漬け……旬の具材をふんだんに使った料理が詰め込まれている。 「わーい! 戴きますにゃー!」 それに大喜びで飛びつく母猫又と仔猫又達。 その様子に、真琴が目を細める。 「美色さん、子供達何か立派になったねえ」 「もうこの子達も1歳になるからにゃー」 「そっか。もうそんなになるのか」 頷くクロウ。仔猫又の成長を感じて、思っていた事を口にする。 「そうだ。いざという時に身を守る訓練も兼ねて、ネズミ捕りの訓練でもやらないか? 猫又としての野生が失われるのは困るだろ」 「そうにゃね」 「じゃあ、訓練の前に猫又喫茶にも寄ってよ。黒憐ちゃんが皆をお客様として招待したいって」 「そうにゃの? じゃ、寄らせてもらうにゃ」 そんな話をしているうちに、あっという間に食べ終わった仔猫又達。毛繕いを始めた彼らに、リトがそわそわしながら話しかける。 「あの……抱っこして良いですか?」 言い終わる前に、膝に乗ってくる仔猫又に、リトの胸がきゅーんとなる。 「皆お名前の系統が違うんですね。可愛い……」 「そうなんです。私達が名前を考えたから……ね、ゴイシちゃん」 「へえ〜。皆、素敵な名前ですね」 「そうでしょう?」 自分が名付けた仔猫又を撫でて、えへへと照れるアーニャ。 あれから猫又喫茶に大きな問題も起きていないそうで、本当に良かったと思う。 「リトは相棒を増やさないのか?」 「……私? 今はいいの」 猫又を可愛がる主を見て、疑問に思ったらしい。首を傾げるローレルに、リトは微笑を返す。 そう、今はローレルがいてくれるから。それで十分だ。 「彰乃ちゃん、お疲れ様でした! さ、お茶しましょ!」 仔猫又を撫でくり回しながら言う柚乃に、笑顔で頷く彰乃。 彼女の膝の上には、柚乃の提灯南瓜がどーんと座っている。 ……頭の次は膝ですか。そうですか。 漬物石のように動かない相棒に、彼女はでっかい冷や汗を流す。 「ごめんなさい。重くないですか?」 「大丈夫ですよ。人懐っこくて可愛い子ですね」 頭を撫でられて嬉しそうなくとぅるー。ごろりん、と猫の真似をして仲間達の笑いを誘う。 「……そろそろ時間だな。次、休憩するやつは……神音とくれおぱとらか。アーニャ、呼んで来て貰えるか」 「えー。もう休憩おしまいですか?」 「いいから早く行ってこいよ」 時計を見ながらアーニャを追い立てるミハイル。さすがエージェント、しっかりしている。 更に、その近くでユエンが謎の声を発しながら悶えていた。 「桜花ちゃん可愛いです。小雪ちゃんはふわふわだし、ミハイルさんはカッコいいし。くれおぱとらちゃんは毛並みが綺麗だし、霰ちゃんは青い目が素敵だし……猫又ではないけどぽちちゃんといろは丸ちゃんも可愛い……!」 「あんたさ、ちったあ静かに休憩できないのか?」 「だってみんな可愛いじゃないですか……! あ。もちろん愛々が一番ですよ!?」 「分かった。分かったから落ち着けよ」 可愛い相棒達を前にテンションが上がりすぎて大興奮のユエン。 そんな主を宥めようとする愛々だったが、あまり効果はないようだった。 「猫又の村へようこそ。ただいま、猫又神社おみくじと猫又饅頭の移動販売を行っております。観光名所のご案内もしておりますよー」 走龍のラエルの背中に沢山名産品を積んで、移動販売するリシル。 今丁度桜の見頃なせいか、村の中には沢山の観光客がいて、お土産が面白いように売れる。 そこに、ほろ酔いのカズラが寄って来る。 「ねえ。ここの名産で酒の肴になるものって何かしら。お土産に出来ると嬉しいんだけど」 「そうですね。ここは海産物がおススメですよ。日持ちするものでしたら、スルメやエイヒレでしょうか」 「なるほど。それはいい事を聞いたアル」 「キャラ。突然声をかけたら驚かれるであろう。ご挨拶は?」 気がつけばずもーんと浮いている提灯南瓜。 近くにからす(ia6525)がいるという事は、彼女の相棒だろう。 その手には『猫又神社グルメガイド(相棒用)』と書かれた冊子を持っており、リシルの目がギラリと光る。 「提灯南瓜さん、それはどこで入手されたんですか?」 「これは自作アル。村中の食べ物を食べて、味を評価したアル」 「へー。提灯南瓜なのに面白い趣味があるのね」 「キャラは料理精霊名乗っておってな」 目を丸くするカズラに、肩を竦めるからす。それにキャラメリゼはこくこくと頷く。 「先ほど食べたつみれ汁は美味かったでアル。出汁に鯛の頭と昆布を使った上品な味だったアル。是非、料理人に伝えて欲しいアル! 『美味であった』ト!」 どこから出したのか、おたまをフリフリびしぃっ! とポーズを決める提灯南瓜。 リシルはその手をがしっと掴む。 「どこの料理が美味しかったのかもっと詳しくお聞かせ願えませんか。ええ。是非!」 「いいアルよ。その代わり、この村の隠れた名店を教えて欲しいアル」 この子の情報を元にグルメガイドを作れば、村の観光の更なる貢献になる……! これでさらに美味しいモノが見つかるアルな……! 利害が一致した2人を、からすとカズラが生暖かい目で見守っていた。 「この間の梅も良かったけれど……桜も素敵ね」 「そうだな」 桜の樹を見上げるからくり、波美の歩みを見て満足気に頷く海神 江流(ia0800)。 うん。今日の調整もなかなか上手く行った。 そんな主の目線も慣れているのか、波美は気に留める事なく、風に流れる花弁をそっと拾い上げる。 「舞い散る花びらは綺麗だけれど儚いものね……」 「だからこそ美しい、なんて言うけどな。アリシアはどう思う?」 「え?! 桜綺麗ですよね!」 突然話を振られて飛び上がったアリシア・ヴェーラー(ib0809)。 江流とのお出かけに緊張しまくって、桜をロクに見ていないとかそんな事口が裂けても言えない。 ――今日のお誘い。こ、これはデートというやつでしょうか? と、とりあえずおめかし……あああ! こういう場所に合う服とか持ってませんでした! ど、どうしよう……。 もう、こうなったらいつものメイド服でいいかな。 見た目は変わらないけど、新品でパリッとしているし、きっと大丈夫……! 沈黙は気まずいと焦るアリシア。ふと、言い忘れていた事があったのを思い出す。 「あ、あ。あの。今日はお誘いありがとうございます」 「ん? ほら、この間約束してただろ」 彼女に笑みを返す江流。ふと、身体が傾いで……彼女が慌てて腕を支える。 「……海神様、お疲れですか?」 「あー。すまん。昨日ちょっと波美の調整に夢中になってしまってな」 「一晩中私の足を弄ってたものね」 疲れた顔の主を見つめる波美。アリシアはなるほど……と頷く。 「だったら、折角桜が咲いてますし、ゆっくりするのはどうでしょうか」 「そうさせて貰うか……。悪いな」 「いいえ。……ああ、石が枕というのも何ですし、どうぞ?」 「うん」 桜の樹の下で横になった江流。アリシアが照れつつ膝枕に誘うと……襲い来る眠気で深く考えられなかったのか、素直に頭を乗せて目を閉じる。 「お誘い、ありがとうございますね」 あっという間に眠ってしまった彼。 誘ってくれて本当に嬉しかったから。夢の中でお礼が届くといいと思う。 彼の頭をそっと撫でて、アリシアは呟く。 「……好きなんですよ?」 返って来るのは彼の規則正しい呼吸。 ……いつか、この言葉を伝えたいけれど。 そうしたら、あなたはどんな顔をするのだろう――。 そんな2人の様子を見つめて、穏やかに微笑む波美。 仲が良さそうな主とアリシアを見ていると、とても暖かな気持ちになる。 ―――だけど、何だろう。胸のあたりがおかしい。 「……不整脈かしら」 何かあった時に主のお役に立てないのは困る。帰ったら、調整して貰わなくては……。 からくりである彼女には、その胸の疼きが何であるのか理解できないようだった。 「この中ならリズはどれが好き? 好きなの選んでいいよ」 「そんな、ふしぎ様……。申し訳ないです」 「いいのいいの。僕があげたいんだから」 色とりどりの髪飾りをリズレット(ic0804)の髪に合わせる天河 ふしぎ(ia1037)。 今日は2人が恋人になってから、初めてのデート。 折角の記念に、リズレットに何か思い出を残してあげたいと、ふしぎは思う。 「そうそう。あっちにね、海と桜が一望できる場所があるんだって。これから行ってみようよ」 「海と桜ですか。素敵な組み合わせですね」 「そうでしょ。あ、その前に食べ物買っていく? ここは魚が名物なんだよ」 「ふしぎ様、この村にお詳しいんですね」 「うん。名物の猫又さんが村で働く切っ掛けに、僕も関わってたんだよ」 リズレットの手を引きながら、にっこり笑いかけるふしぎ。 その嬉しそうな様子と、笑顔が眩しくて、リズレットの胸がきゅん、と高鳴る。 何気ない話をしながら髪飾りを選んで、食べ物と飲み物を買って――。 ふしぎの話はどんな事でも楽しいし、彼が自分を一生懸命楽しませてようとしてくれているのが嬉しかったし、何より助かった。 だって。繋いだ手から伝わる体温や、彼の優しい声。それら全てにドキドキしてしまって、何かを考える余裕なんてなかったので……。 「はい。到着。リズ、見てごらん……ほら」 「わあ……!」 ふしぎの声に、顔を上げたリズレット。 いつの間にか歩いていたらしい。そこには青く輝く海と、淡い桃色の花が幾重にも重なり、空を覆っている。 「この間一緒に見た夜桜も綺麗だったけど、昼の桜も素敵でしょ」 「本当に、綺麗ですね……!」 彼女の喜色に満ちた顔。そして艶やかな銀色の髪に降り積もる花弁をそっと手で払うと、そのまま腕の中に引き寄せる。 彼女の笑顔を見るのが嬉しくて、ずっとずっと見ていたい。そう思う。 「リズ、愛してるよ……」 「……リゼも、お慕いしております」 囁く声。頭を撫でる彼の手。近くに感じる息遣い。 全てが愛おしくて、そっと唇を重ねる。 ――この日以来、リズレットとふしぎにとって、桜はとても特別な花となった。 「お供え物喜んでくれるといいね」 「うん。ご神体は猫又さんでしょ。きっと喜ぶの」 猫又神社に鰹節とマタタビ酒をお供えしてお参りを済ませた弖志峰 直羽(ia1884)と水鏡 雪彼(ia1207)は、桜の樹の下でゆったりと食事を楽しんでいた。 ここの村は近くの海で獲れる魚が特産らしい。 でも、雪彼が屋台で買い求めたお団子、べっこう飴、どらやき、鳥串なども、どれもとても美味しくて……。 2人で並んでご飯を食べて、見上げる桜は何とも言えず美しい。 そうしている間も、舞い散る花弁。 雪彼は立ち上がると、風に揺れる花弁を一生懸命追いかけ始める。 その姿は、舞い踊る花の精のようで――。 直羽は眩しさに目を細めながら、口を開く。 「……雪彼ちゃん、何をしてるの?」 「舞い散る桜の花弁を捕まえられたら願いが叶うんだって。……本当のお父さんが生きてた頃言ってたの」 「そっか」 花弁を目で追ったまま言う雪彼に続いて、立ち上がる直羽。 彼女に倣って手を伸べて……ふわり、と舞い降りた花弁を両手で包む。 「わあ。直羽ちゃんすごい! お願いごと、何にするの?」 「……ええと。お願いと言うよりは、今後の予定っていうのかな。一線を退いたら、医師として各地を巡る旅に出ようと考えてるんだけど。その時は、雪彼ちゃんも一緒に来てくれるかい?」 「……旅? ここを離れるの?」 「そういう事になるね」 神妙な面持ちの直羽に、キョトンとした顔を向ける雪彼。 ――雪彼は、ずっと彼女に甘い養父と、拠点の皆の傍で生きてきた。 安心できる場所から離れる事を、どう思うのか……。 不安に揺れる雪彼の瞳。 続く沈黙。 目を閉じて少し考えた後、彼女はまっすぐ直羽を見つめる。 「……うん。いいよ。雪彼、直羽ちゃんと一緒に行く」 「えっ!? ……本当にいいの?」 「うん。雪彼は直羽ちゃんのお嫁さんになるの。お嫁さんっていうのは旦那さんを支えるんだよ」 「それは嬉しいけど……。でも、雪彼ちゃんの気持ちを大事に考えたいんだ」 「雪彼ね、願いが変わったの。花弁捕まえるのできてないけど……直羽ちゃんが大事。だから、ずっと一緒にいたいの」 恥ずかしさからか、仄かに朱に染まる雪彼。直羽は彼女の手を取ると、そっと花弁を掌に乗せる。 「じゃあ、これは雪彼ちゃんにあげる」 「え? 直羽ちゃんのお願いは?」 「俺の願いも、雪彼ちゃんと同じだからさ。ずっと、君の傍にいるよ」 君が一緒なら、恐れるものは何もない。 そう囁く彼の胸に、雪彼は寄りかかって目を閉じる。 ――掌の花弁。願いの欠片。 これは持って帰って、押し花にしてとっておこう。 愛しい人の温もりを感じながら、雪彼はそんな事を考えていた。 猫又達の休暇の間、せっせと働く開拓者達。 キャラメリゼとリシルの手によって、急遽グルメガイドが刊行される事となったり、黒憐と猫又達の提案で相棒やペットに優しい喫茶メニューが常時営業時にも追加されたり。 猫又達がちゃんと長期休暇を取れるよう、定期的に手伝いに来たらどうかという提案もなされた。 「花満ちて 腹満ち足りぬ 桜餅。お腹が空いたもふね」 「お前は相変わらずじゃな、いろは丸」 いろは丸の一句に、ため息をつく烏水。 猫又神社の村。それぞれに賑やかで、穏やかな時間が過ぎていった。 |