【瘴乱】瘴気の気配【震嵐】
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/04 09:53



■オープニング本文

●客人
 主が『客人』だと言って連れて来たのは、年若い女性だった。
 朱袴姿であるところをみると巫女だろうか。
 黒い長い髪を結い上げた愛らしいひと。
 さすが主様、女性の趣味もいいなあと思ったけれど……何だか、表情が暗いのが気になる。
 ――出会いの少ない主様のためにも、ここは僕が頑張らないと……!
 少年はぐっと拳を握ると、思い切って女性に声をかける。
「……あの。こんにちは。チョコレート、召し上がりますか?」
「ひゃあっ!?」
 その声に飛びずさる女性。
「あっ。驚かせてごめんなさいっ」
 大事なお客様を驚かせてしまったらしい。少年は慌てて頭を下げる。
 その問題のお客様……穂邑(iz0002)は、声に驚いたというよりは、ここに幼い少年がいること、そして何よりチョコレートを薦めて来たことに驚いた。
 だって、『あくる』とか言う謎の紫髪の男に誘拐されて来たばかりだったので。
「あああ。そうか! チョコレートの前にお茶ですよね! 今お持ちしますね!」
 独りで納得してドタバタとお茶の用意を始める少年に一瞬身構えた穂邑。
 ……でも、彼は本当に素直に客人を持て成そうとしているように見える。
 人懐っこいし、邪念を持っているようにはどうしても見えなかったし……。
 生来の楽観的な性格も作用したのか、彼女はおずおずと口を開く。
「えと、えと、……いくつか質問してもいいですか?」
「はい! 僕で分かることでしたら何なりと!」
「私は穂邑と言います……あなたのお名前をお聞きしても良いですか? ここはどこなのでしょうか……?」
「お客様、ここにいらっしゃる間お休みだったんですね? ええと……僕は昭吉って言います。こちらは僕の主様のお屋敷ですよ」
「主? あの、あくる……と言うヒト?」
「いいえ。亞久留様は主様のご友人です。僕の主様は神村菱儀ですよ。やだなー。お客様もご存知でしょ?」
 ――カミムラヒシギ?
 どこかで聞いた名だ。どこだっただろう?
 ――今、分かるのは。
 ここは自分を攫った人物の息のかかった場所だということ、そしてこの少年は自分のことを何も知らされていないらしいと言うこと。
 遠い目をする穂邑。
 目の前にいるこの少年が、どこまで信用できるか分からないけれど……。
 今、自分の出来る限りのことをしよう、と。彼女は決意した。


●黄泉への道
「……神代の娘はどうしている?」
「今のところ問題ないですわぁ。大人しくしてますわよぅ」
「ええ。引き渡す手筈も調ったと、亞久留が言ってたわ」
 黒髪の男の周囲を舞う、赤、青の髪の少女達。金色の髪の少女が、浮かない顔をして主の耳元に口を寄せる。
「主様。召使のヒトの子が、神代の娘と何だか親しげに話していたようですが……大丈夫ですかしら?」
「ああ、構わない。アレは何も知らんからな」
「菱儀様がそう仰るのでしたら……。余計な口を挟んで申し訳ございませんでした」
 頭を下げる金髪の少女。菱儀と呼ばれた男は鷹揚に頷くと、思い出したように口を開く。
「ああ。そうだ。引き続きアレを蒔いておいてくれ。ここで開拓者に邪魔をされてはかなわんからな。場所はお前達に任せる」
「分かりましたわぁ」
「ヒトがたくさんいるところ……だったわよね」
「早速ヨウに頼んでおきますわね」
 三人の少女達は深々と頭を下げるとその場を辞し……それからまもなくして、亞久留は穂邑を伴い、黄泉の元へと旅立って行った。


●瘴気の気配
 数日後、昭吉は日用品の買出しに出ていた。
 ――自分の気付かぬうちに、お客様はお帰りになったと主から聞いた。
 とても楽しい方だったのに。
 チョコレートもとても喜んでくれたし。
 またお会い出来るといいのだけど……。
「と。そうだった。この手紙を出してこなきゃ」
 穂邑さんに頼まれた手紙。開拓者ギルド宛だって言ってたっけ……。
 昭吉は何の疑問も抱かず、飛脚にその手紙を託し――。

 それからまもなくして。
 石鏡の開拓者ギルドに、その手紙は届けられた。


 開拓者の皆様

 三位湖近くの村に、ヨウという名のアヤカシの主導の元、瘴気の木の実が蒔かれるそうです。
 アヤカシも連れて行くと言っていました。
 被害が出てしまう前に、どうか阻止して下さい。お願いします。

                   穂邑より


 その内容と差出人に、石鏡の開拓者ギルドに衝撃が走り――即刻開拓者達が対応に呼び出される事態となるのだった。


■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
アルフレート(ib4138
18歳・男・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
幻夢桜 獅門(ib9798
20歳・男・武
輝羽・零次(ic0300
17歳・男・泰
火麗(ic0614
24歳・女・サ


■リプレイ本文

「あぁ、隼人ってあんたか。副業はもふら男なんだってな」
 星見 隼人(iz0294)の肩をぽん、と叩き、からからと笑う緋那岐(ib5664)。
 挨拶代わりの軽口に、隼人が返答を……する暇もなく、火麗(ic0614)のゲンコツが緋那岐の頭にめり込む。
「いっでーーー!?」
「ちょっと、あんたね、ふざけてる場合じゃないでしょ! ぶん殴るわよ!」
「もう殴ってるじゃねえか!」
「何か言ったかい……?」
「イイエ。ナンデモアリマセン」
 棒読みで答える緋那岐に、満足気に頷く彼女。
 隼人は苦笑しながら続ける。
「ここは火麗に従っておくべきだな」
「へいへい。……それにしてもまた瘴気の実かよ。いったいどれほど残ってるんだ」
「そうね。瘴気の樹のでっかいのは、この間倒してきたはずなんだけど……」
 頷きつつ、一瞬で真顔に切り替わった緋那岐に、考え込む火麗。
 五行国。生成姫の魔の森にあった瘴気の樹は、先日処分したのをこの目で見届けて来た。
 あんな樹が、他にもまだあるのかねえ――?
 その疑問に答えられるものはなく。
 菊池 志郎(ia5584)は、ここに来るきっかけとなった手紙の送り主を思い浮かべてため息をつく。
「穂邑さん、自分は捕らわれているのに、アヤカシに狙われた村のことを案じて知らせてくださったのですね……」
 彼女の勇気ある行動によって届けられた手紙。その書かれていた内容に、輝羽・零次(ic0300)は苛立ちを隠せなかった。
「また、アイツか……!」
 白い髪のアヤカシ――ヨウ。
 先日、見送るしかなかったアヤカシの背中を思い出し、零次は唇を噛む。
 そして、クロウ・カルガギラ(ib6817)の頭の中には、いくつもの疑問が渦巻いていた。
 ――囚われている穂邑はどうやってこの情報を得たのだろう。
 『ヨウ』というアヤカシの名前。瘴気の木の実。
 これまでの経緯を考えても、齎された情報は確かなものだろうと思う。
 情報が正確であるということは――彼女を誘拐した人物と、一連の事件は何か繋がりがあるということなのだろが……。
「この手紙がどんな経緯で来たのかも気になるが……襲撃を食い止めるのが先だな」
「うん。村を守らないとっ! がんばろ!」
 クロウの言葉に握りこぶしを突き出したリィムナ・ピサレット(ib5201)。
 彼女の全身を包む大鎧。その隙間から覗く包帯が痛々しい。
 ……身体中傷だらけで、こうして立っているだけでも辛いだろうに、変わらぬ強気を見せる彼女を、アルフレート(ib4138)がちらりと見る。
「……大丈夫?」
「だいじょーぶ、大丈夫! いつものあたしだよっ」
「空元気もいいが、くれぐれも無理はするなよ」
「うん。分かってるって!」
 気遣いを見せる幻夢桜 獅門(ib9798)にどこまでも強気に頷くリィムナ。
 アヤカシ達を出し抜く為には、相当な速度で突き進まねば間に合わない。
 相棒達には、かなり無理をさせることになりそうで……アルフレートは己の駿龍を軽く撫でる。
「奴等より先に村へ着かなくちゃならない。……悪い、頑張ってくれるか?」
 主の言葉に応えるように羽ばたく駿龍。緋那岐の空龍も負けじと嘶き、彼はくすりと笑うと、その首をぽんぽん、と叩く。
「おう。頼りにしてるぜ、月牙」
 気合十分の相棒達。そして、開拓者達は彼らに乗り、空を走り……。
 向かうは一路、狙われた村――。


「村長の家に集まるんじゃ! 急げ!」
「必要なものだけ持っていくんだよ!」
「婆ちゃん、足腰が弱って動けないんだ! 誰か手伝ってくれ!」
 お互いに声を掛け合い、足早に集まってくる村人達。
 相棒達の頑張りで、アヤカシ達に先んじて現場に到着することが出来た開拓者達。
 瘴気による汚染も始まっていないことを確認した彼らは、即刻村人達の避難誘導を開始した。
 無闇に恐怖心を煽り、恐慌状態に陥るのは避けたいと考えたアルフレート。
 彼の発案で、瘴気の木の実のことは伏せ、アヤカシが近くにいるので用心の為に固まって隠れていてほしい……と村人達に説明した。
 その気遣いが功を奏してか、大きな混乱もなく誘導が出来ていた。
「ああ、恐ろしい。アヤカシが出るなんて……」
「本当に大丈夫なんでしょうか……」
 不安を訴える村人達。その背を、リィムナが元気づけるように叩く。
「大丈夫だよ。あたし達が必ずやっつけるよっ♪」
「心配かもしれないですが、外に出ると返って危ないですから。危険があったら、これを吹いて知らせて下さい」
「笛が聞こえたらすぐに駆けつけるからね。……ちゃんとここに隠れているんだよ。分かったかい?」
 志郎と火麗に言い含められ、呼子笛を受け取りながら頷く村人達。
 アルフレートは駿龍の上から村を見渡し、ため息をつく。
「村に近付けず押さえたい所だけど……。俺達が足止めされてる間に、抜かれる危険性を考えると、水際阻止しかないってのは厄介だな」
「ああ。待ち伏せして対応したいところだが……」
 呟く獅門。彼の言うことを実現する為には、接近するアヤカシに逸早く気づく必要がある。
 相棒に跨った緋那岐と零次、クロウも村の上空を旋回し、警戒を続けていた。
「いたか?」
「いんや。見えねえな」
 緋那岐の声に、望遠鏡を覗き込みながら答える零次。
 どの方角から来るのか分からない以上、手分けして広範囲に見張りを続けるしかない。
 村人達と話を終えたリィムナも、重傷の身体とは思えぬ素早さで建物の屋根に駆け上がり、望遠鏡を手に周囲の探査を始める。
 志郎と火麗も相棒に跨り、見張りに加わろうとしたその時――。
「……来た!」
 それに気付いたのはクロウだった。
 バタトサイトで極限まで高めた視力は、はっきりと以津真天に跨る白いアヤカシを捉えている。
 その周囲に舞う数体の眼突鴉と……更にその下には、十数体かの鬼系アヤカシの姿が確認できた。
 スキルを使っている為、すぐにこちらは見えないだろうが……今気付かれてると、逃げられる可能性が高い。
 彼が腕を振って合図を送ると、リィムナは滑空艇に飛び乗り急起動させていつでも飛べるように待機し、他の者達は高度を下げて物陰に隠れる。
 続く沈黙。アヤカシ達は比較的早い速度で進軍してきている。
 彼らの出鼻を挫く為には、もう少し引き付けてからでないと――。
「零次、まだだ。飛び出すなよ」
「分かってる……!」
 静かな獅門の声に、アヤカシ達から目を離さずに頷く零次。
 折角の情報。自分が先走って台無しにする訳にはいかない。
「来たぞ! 取り囲め!」
「あいよ!」
「任せろ!」
 目視出来るようになってきたアヤカシ達の姿に、鋭く叫ぶアルフレート。
 火麗と緋那岐が一団の後ろに回り込み、零次が行く手を阻むように立ち塞がる。
「ヨウ! そこまでだ!!」
「あら? レイジ……だったわよね。久しぶりね」
「この先には行かせねえぞ!」
「何を怒ってるのか分からないけれど……あなたの相手をしてる暇はないの。またにしてもらえる?」
 怒りに燃える零次に小首を傾げるヨウ。踵を返そうとした彼女の前に、クロウが迫る。
「動くな! お前の主、神村菱儀の命令か。連合軍の後方を撹乱しようっていう目論見はお見通しだ」
 彼の言葉に銀色の瞳を見開くヨウ。次の瞬間、ころころと笑い出す。
「あの男、そんな目的でこんなことやってたの? それは初耳だわ」
「……? お前、神村菱儀に生み出されたんだろ? 配下じゃないのかよ」
「……その話、どこで聞いたの?」
「ちょっとした情報通と知り合ってな」
 ヨウの鋭い目線を臆することなく受け止めて、淡々と答えるクロウ。それに彼女は大きなため息を漏らす。
「鈴々姫でしょ。……そんな余計なこと喋るのあいつくらいしかいない。確かに、あたしはあの男の手によって生み出されたわ。けど、従ってる訳じゃない」
「じゃあ、何でこんなバカみたいなことしてんの?」
「ははーん。さては弱みを握られてて渋々ってやつ? あんた、弱そうだもんね」
 ズケズケとしたリィムナの物言い。そして白いアヤカシを上から下まで眺めて、フフンと鼻で笑った火麗に苛立ったのか、ヨウは顔を顰める。
「何ですって!? そんな訳ないじゃない! あたしは、あたしの意思であの子達の為に……」
「あの子達、なぁ。……詳しく聞かせて貰えねえか?」
「お断りするわ。……お前達。始めなさい!」
 じわじわと距離を詰める緋那岐に気付き、動き出すヨウ。
 彼女の声に応えて、眼突鴉と鬼達が動き出す。
「させませんよ……!」
 大きく翼をはためかせた嵐龍と共に一気に肉薄する志郎。
 忍者刀から清らかな梅の香りを漂わせ、瘴気の木の実を持った眼突鴉を両断する。
「な……木の実が!」
 アヤカシと共に浄化され、ただの黒い塊と化した木の実に愕然とするヨウ。
 次の瞬間。
「閃光よ、走れッ!!」
 叫びと同時に、クロウの銃から炸裂する眩い閃光。
「グァーー!!」
「ギッ! ギギッ!!」
 その光に視界を奪われたアヤカシ達は、混乱しあちこちに散り始める。
 無効化された瘴気の木の実。統制を失ったアヤカシ達。
 形勢不利と判断するには十分だったのだろう。
 ヨウは一気に高度を上げると、そのまま飛び去ろうとしたが――。
「……逃がすかってんだよ!!」
 風のような速さで突撃した零次。鷲獅鳥の鋭い一撃を食らい、以津真天が悲鳴をあげる。
「嫌ねえ……。しつこい男は嫌われるって前も言ったわよ? レイジ?」
「お前に好かれようなんざ思ってねーよ!!」
 バチィッ!!
 零次の拳を軽々と手で受け止めたヨウ。
 ヒュッという風を切る音がして――火麗の一刀を、寸手のところで躱す。
「あたしの一撃を避けるとは、雑魚にしちゃなかなかやるじゃないか」
「後ろから来るなんて卑怯なことするわね」
「瘴気の木の実をばら撒くド外道に言われたくないね!」
 憎まれ口を叩く火麗。
 対峙してみて分かったが、ヨウはなかなかの手練のようだ。
 1対1では分が悪い。ここは連携して隙を突かねば――。
「よし、行くぞ、火麗! クロウも加勢してくれ!」
「しかし……」
 零次の声に迷うクロウ。自分の放った閃光弾で敵の霍乱には成功したが、問題の木の実はまだそのままだ。
 早いところ奪って、何とかしなければ……。
 そこにふわりと漂う梅の香り。志郎が木の実とアヤカシを次々と浄化していく。
「木の実はこちらで何とかします!」
「援護する! 行け!」
 力強い志郎の言葉。そして、軽快なリズムを打ち鳴らし始めるアルフレート。
 その楽曲のお陰か、力が沸いて来て……頷いたクロウは、金色の鬣を持つ翔馬を駆って空へと舞い上がる。
「アヤカシが村に逃げ込むぞ!」
「おいおい。そっち行くんじゃねーって! 結界黒招来! 急々如律令!」
 続いたアルフレートの鋭い声。緋那岐の短い詠唱で現れる黒い壁。
 混乱し、村の内部に逃げ込もうとしたアヤカシは突然現れた壁にぶつかって転び、炎を纏った獅門の精霊槍に次々と貫かれて消えて行く。
「そーれいけ這い出る者ー! どっかーん♪」
 そして、滑空艇を見ているこちらが楽しくなるくらい自在に操り、打っては離れ、離れては打ちを繰り返しているリィムナ。
 周囲からは見えないが、小さな拘束具が取り付けられた怨霊を呼び出して、器用に瘴気の木の実を持っていないアヤカシだけを狙い撃ちしていた。
「重傷であれだと言うのだから末恐ろしいな……」
「俺も負けていられませんね」
 リィムナの獅子奮迅の働きを見て呟く獅門に、くすりと笑う志郎。
 彼はリィムナに反して、瘴気の木の実を持っているアヤカシを狙い撃ちしていた。
 何しろ敵は既に烏合の衆と化していたし。仲間達がヨウに話しかけて気を引いてくれている間に、瘴気の木の実を持っているアヤカシは特定できていたので近づくのも楽だった。
「問題は、あそこの木の実だな……」
 呟くアルフレート。彼の目線の先には、仲間達と切り結ぶヨウの姿――。
「あら。もうおしまい?」
「まだだ……っ!」
「ナメんじゃないよ……!」
 涼しい顔をしたヨウに反し、切り傷だらけで肩で息をしている零次と火麗。
 ヨウは瘴気で生成された鋭い刃を縦横無尽に飛ばして来る。
 以津真天が放った毒旋風でじわじわと体力を削られているのもあって、2人は消耗して行く一方だった。
 ――くそっ。早いとこ決着をつけないと……!
「はああああああああ!!」
 駿龍を疾らせ、一気に距離をつめて斬り込む火麗。彼女を嘲笑うかのように、肩を瘴気刃が貫く。
「火麗! 大丈夫か!?」
「……当ったり前だよ!!」
 零次の叫びに、口の端に血を滲ませて笑う彼女。
 ――長期戦は不利になるだけ。
 それは分かっているが、踏み込めない理由があった。
 ヨウが騎乗している以津真天も、一際大きな袋……瘴気の木の実を持っているのだ。
 志郎の白梅香を持ってしても一度にあれだけの量を浄化出来るか分からないし、何より彼はまだ他の瘴気の木の実の浄化に当たっている。
 今うっかり攻撃を仕掛けてあれを一気にバラ撒かれでもしたら、今までの苦労が水の泡になる。
 クロウが銃撃を繰り返しつつ、隙をついて奪おうとしているが、なかなか上手く行かない。
 そうしている間も、リィムナは必死に解術の法で、仲間達の解毒を試みていた。
「……あたしも加勢したい」
「気持ちは分かるぜ。ただ、あいつは厄介だ。今回は俺達に任せろよ」
 概ね敵をぶちのめしたこともあってか、いてもたってもいられない様子のリィムナを宥める緋那岐。
 ――負傷如きで参るようなあたしじゃない。
 でも、勇気と無謀は違うのも分かるから。
 自分の今出来ることを、精一杯やろう。そう思う。
「以津真天! こいつらを倒してから村に向かうわ。木の実は持ったままよ! いいわね!?」
 聞こえて来るヨウの、少し焦りが混じった声。
 以津真天も零次と火麗、クロウや相棒達によってじわじわと打撃を与えられ、苛立っていたのかもしれない。
 ヨウの命令を無視して、ポイ、と。無造作に瘴気の木の実を投げ捨てた。
「しまった……!」
「させるか……!」
 クロウの叫び。咄嗟に竪琴を爪弾くアルフレート。
 袋が落下すると同時に、『精霊の聖歌』を奏で出す。
 辺りに響く清らかな聖歌。
 これで、瘴気汚染の心配はないが……これが始まってしまったら、彼が暫く意識を取り戻すことはない。
「本当に忌々しい子達ね……!」
 その歌で、最後の切り札が無効化したことを知ったのだろう。
 苛立たしげにアルフレートに向かって瘴気刃を飛ばすヨウ。
「お前の目論見は潰す! 全てな!」
 不敵に笑うクロウ。避けることのできないアルフレートの代わりに、彼が身体を張って刃を受け止める。
 歌の主を始末することに失敗して舌打ちする彼女。
 ――これが、白いアヤカシの命運を分けることとなった。
「今だよ! 零次!!」
「……!?」
「うおりゃああああああ!!!」
 その隙を逃さず、アヤカシの身体めがけて全力で刀を振り下ろす火麗。
 その一閃をまともに受けて体勢を崩したヨウ。
 以津真天も一緒に斬られ、絶叫をあげる。
 その隙を逃さず、零次が突き進み……瞬間、彼の脇腹を抉る瘴気刃。それに怯むことなく前進し、渾身の肘鉄を叩き込む――!
 ぐらりと傾ぐヨウの身体に、すぐさま切り返して打ち付ける拳。
 一撃、二撃、三撃……。
 まだだ。まだ足りない……!
 黒狗達と、紗代と――故郷を汚染された村人達の分も……!
 零次は、もう一撃加えようと腕を振り上げて……そのまま、クロウと火麗に押さえ込まれる。
「なにすんだ!」
「……そこまでだ! もう勝負はついた」
「あんたの気持ちは分かる。けど殺したらダメだよ……!」
 その声で我に返った零次。
 ぐったりとしたヨウを見た瞬間――身体から力が抜けて……。
「おい、しっかりしろ! 零次! 火麗!」
 縺れるように倒れ込む2人を、必死で受け止めるクロウ。
「……あばよ」
 そして、既に虫の息だった以津真天を、緋那岐の氷の龍が噛み砕き……。
 消える喧騒。アルフレートの奏でる竪琴の音だけが、辺りに響いた。


「アヤカシ♪ アヤカシ♪ どうしましょ〜♪」
 アルフレートが意識を取り戻すと、傷だらけの零次と火麗が獅門に包帯を変えて貰っていて……。
 そしてリィムナが謎の歌を歌いながら、縛り上げられ地に伏したヨウを眺めていた。
「お疲れ様です。気付かれましたか」
「……ああ。これは一体どうしたんだ?」
 労いの言葉をかける志郎に、頷いたアルフレート。彼の問いに、緋那岐が肩を竦める。
「いやなー。こいつに改めて話を聞こうかと思ったんだけどよ……この有様でなぁ」
 彼が指差すのは、件のアヤカシ。
 それに、志郎がふぅ……とため息をつく。
「これじゃ話も聞けませんし、捕縛して連れ帰ろうという話になりましてね」
「……そんなことして大丈夫なのか?」
「そうでなければ、ここで止めを刺すという選択肢になりますが、どうしますか? 今ならさして抵抗もなく倒せると思いますよ」
 驚くアルフレートに、抑揚なく答える志郎。
 そこにはいっ! とリィムナが挙手する。
「ねーねー。連れて帰ろうよ。折角あたしが芸術的に縛ってあげたんだし。こいつ、色々知ってるんでしょ?」
「……俺も連れて帰りたい。今まで一方的にやられたんだ。その分色々吐いてもらわんと気が済まん」
 続いたクロウの言葉に、そうだな、と頷いた獅門。
 手当ての手を止めて二人を覗き込む。
「……零次と火麗もそれでいいか? ああ、無理に喋るなよ」
 身を起こして口を開こうとした零次と火麗だったが、獅門に静止され、黙って首を縦に動かした。
「じゃあ、決まりだねー♪」
「……となると、開拓者ギルドに、アヤカシを拘束できる場所とか頼まないとマズいんじゃね」
「そうですね。傷が治って暴れられても厄介です。星見さん、早速ですが手配をお願いしても良いですか?」
「ああ。分かった」
 テキパキと話を進めるリィムナと緋那岐、志郎。
 それに、隼人も頷いて……。
「……一緒に来てもらうぞ。ヨウ」
 そして、白いアヤカシを見下ろすクロウ。聞こえているのかいないのか――ヨウはじっと目を閉じたままだった。


 こうして、瘴気に襲われるはずだった村は救われた。
 討ち漏らしたアヤカシが潜んでいないか、村に被害が無かったか。
 きちんと安全を確認した後村人に報告した為、彼らからとても感謝されることとなった。
 そして。残った切り札。
 白いアヤカシ、ヨウは事件を知る重要参考人であるとして、開拓者ギルドの監視下に置かれ、厳重な警備体制が敷かれることとなった。
「あいつの意識が回復したら、尋問をする予定だ。その時は皆にも立ち会って貰いたいと思ってる。構わないか?」
 隼人の問いかけに、勿論、と頷く開拓者達。
 ――捉えられた白いアヤカシは、彼らの手に委ねられた。