【迎春】もふもふ品評会!
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/27 11:13



■オープニング本文

●突然! もふもふ品評会!
「つまらないわ……」
「仕方ないよ。僕達は遊びに来た訳じゃないんだから……」
 眉根を寄せてぼそりと呟く香香背(iz0020)を、困り顔で宥める布刀玉(iz0019)。
 いつもの光景。
 違うのは、ここが神楽の都であるということか。
 石鏡の双子王は、新年を祝う神事と国王会議に参加する為この地にやってきていた。
 各国王が一堂に会する稀な機会に、神楽の都はお祭り騒ぎ。
 道は露天で埋め尽くされ、あちこちから賑やかな音楽が聞こえて……香香背はいつものようにお忍びで街に繰り出す気満々だったのだが、今回はそれが叶いそうになかった。
 巨勢王は街中を堂々と闊歩する、春華王はバレバレな格好で失踪する、酒天童子は逃げ回るという各国重要人物の惨状に、我が国の王の出奔だけは阻止せねばと、側近達が躍起になっていたので……。
 折角神楽の都まで来たと言うのに、割り当てられた控え室でお茶を飲むだけと言う現状に、香香背が不機嫌になるのも仕方のないことかもしれなかった。
「香香背、機嫌直しなよ。後で買い物に行けるように頼んであげるから」
「どうせお供つきでしょう? つまらないわ」
「……香香背様、あまり布刀玉様を困らせてはいけませんよ」
「もふら男は黙ってなさい」
 苦笑する布刀玉に、ぷいっと顔を背けた香香背。
 その脇に、もふら男……星見 隼人(iz0294)が控えている。
 何故か彼はもふらの着ぐるみ姿。
 この姿で先日、万商店で店番をしていたところをうっかり香香背に見られ、ころころと笑われた後、『あたしがここにいる間は、ずっとそのままでいなさい』と命じられてしまったのだ。
 死んだ魚のようなどんよりとした目で佇む隼人に、ごめんね……と小さく呟く苦労症の兄王。
 双子王を交互に見ていたこもふらさまは、トコトコと妹王に歩み寄る。
「香香背ー。元気出すもふよ」
「ありがとう。紫陽花は本当に可愛いわね」
 こもふらさまの気遣いに、少し表情を和らげた香香背。
 紫陽花を抱き上げ、その毛並みに頬ずりしたところで、弾かれたように顔を上げる。
「……そうだわ。ただここにいてもつまらないし、もふもふ品評会をしましょう」
「なんだい? それ」
 妹の突然の言葉に、首を傾げた布刀玉。香香背はすました顔で続ける。
「開拓者の相棒達には、紫陽花みたいにもふもふの子が沢山いるでしょ? その子達で品評会をするの。審査員はあたしとお兄様、隼人と紫陽花ね。上位入賞者は、お茶会にご招待すると言うのはどうかしら」
「それは面白そうだね。だったら、もふもふの耳や尻尾をお持ちの獣人の開拓者さんや、隼人みたいに着ぐるみを着た人も出場していいことにしたら?」
「あら、素敵ね。じゃあ、そうしようかしら」
 ようやっと笑顔になった妹に、布刀玉もホッと安堵のため息をつく。
 これなら妹も退屈しないし、外に出ないで済むし、開拓者も多く呼べるし……隼人や側近達の心労も少しは和らぐかもしれない。
「隼人、申し訳ないけど、手配を頼んでもいいかな」
「可愛いもふもふさん達を沢山集めて来てね?」
「……確かに拝命仕りました」
 双子王に深々と腰を折る隼人。
 ――もふらさまの着ぐるみの上に陣羽織姿では、その真面目さも台無しだった。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 明王院 千覚(ib0351) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 神座早紀(ib6735) / サフィリーン(ib6756) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) / ジョハル(ib9784) / 火麗(ic0614


■リプレイ本文

「あ、隼人さまだ! こんにちはー!」
「……おう」
 遠目からでも良く目立つもふらさまの着ぐるみを見つけて、ぴょこぴょこ飛び跳ねながら一生懸命手を振るサフィリーン(ib6756)。
 彼女に応えた星見 隼人(iz0294)は、会場の入り口で『品評会会場はこちら』と書かれた立て看板を持ち、疲れた顔をしていて……。
 色々大変ですね……とか思いながら、こんにちは、と丁寧に頭を下げる神座早紀(ib6735)。
 彼女の相棒のからくりは、その横で何だか怖い顔をしていた。
「……月詠さん、どうかした?」
 心配そうなサフィリーンに、無言で首を振る月詠。
 その間も、隼人と紫陽花、早紀の会話は続いている。 
「……こちら、私のお友達の神音さんです」
「早紀のお友達もふか。よろしくもふ!」
 彼女に手招きされた蓮 神音(ib2662)は、ぴょこん、と可愛らしくお辞儀をする。
「初めまして! ……それにしても早紀ちゃん、もふら男さんと知り合いなんてすごいね♪」
「はっ!? 良くできた着ぐるみだなあって思ったら……星見さんじゃないですか! 星見さんの正体はもふら男だったのですね! 柚乃覚えた!」
 友人にキラキラと輝く瞳を向ける神音。
 柚乃(ia0638)はもふら男を二度見すると、星見さんは愉快な人……と手帳に認める。
 その様子に、月詠がぶふぉっと噴き出した。
「ごめ……早紀、俺もう無理……!」
 今まで怖い顔をしていたのは、どうやら笑いを堪えていたかららしい。
 笑い転げる月詠の頭に、スッパーン! と早紀のハリセンが見舞われる。
「月詠、笑うんじゃありませんっ! 神音さんも柚乃さんも、それ言っちゃダメ! 気を使って言わないでいたのが水の泡じゃないですか……!」
「……早紀、無理しないでいいぞ。笑いたければ笑え」
 そう言いつつ、ふるふると肩を震わせる早紀に、どんよりとした目を向ける隼人。
 そこに、ラグナ・グラウシード(ib8459)が満面の笑みで歩み寄って来る。
「隼人殿、なかなか似合っているではないか! 素晴らしいぞ!」
「そうですよ。折角似合ってるんだから笑顔の方がいいですよ?」
 こくこくと頷くサフィリーン。隼人の姿を見て何か思うところがあったのか、かすかに眉根を寄せる。
「あのね、うちのミラにもふらの着ぐるみ着せたら、隼人さまと同じ目をしてどこかに行っちゃったの。可愛かったのになー」
「えー。連れて来られなかったの? 残念」
「柚乃も見たかったです」
「ねー」
 和気藹々と語り合う神音と柚乃、サフィリーン。
 ラグナはぽっと頬を染めて、もふら男に熱い目線を送る。
「あの、隼人殿。ちょ、ちょっともふもふしてもいいだろうか?」
「ん? ああ、構わんが」
「ありがたい! ……おお、この手触りがまた……!」
「ちょ、お前どこ触って……」
 もふもふもふもふ。もふら男を撫で回すラグナ。
 その背中に、エルレーン(ib7455)が思い切り飛び蹴りを入れる。
「あだー!?」
「ちょっとラグナ! あんたいくら女にモテないからって星見さん襲ってるんじゃないわよ!」
「はぁ!? 何を言うか! 俺はただモフモフを愛でてただけだ!」
「何言ってるのよ! 着ぐるみ着ただけの大男が可愛い訳ないでしょうが!」
 容赦のないエルレーンの言葉にいよいよ目が死んでいる隼人。
 そこに丁度やって来た明王院 千覚(ib0351)が、目を丸くする。
「……何でしょうか、あれは」
「えーと、お邪魔でしたかね……?」
 ぽりぽりと頭を掻く菊池 志郎(ia5584)に、音羽屋 烏水(ib9423)は何とも言えぬ笑みを浮かべる。
「ほほう。隼人にそういう趣味があったとはのう……」
「もふら男が一方的に襲われてるように見えるんだけど。違うのかしら?」
 くすくすと笑う火麗(ic0614)は明らかに面白がっている様子。
 ジョハル(ib9784)は知り合いの少女を見つけると、徐に声をかける。
「サフィリーン。あれは一体何の騒ぎだ?」
「あ、ジョハルさん。あのね、ミラが着ぐるみ似合ってたのに逃げちゃってね。それで、ラグナさんが隼人さまをもふもふしてるの」
「……??」
 どういう話の繋がりだろうか。話がサッパリ見えず、首を傾げた彼。
 その様子を黙ってみていたからす(ia6525)が、ぽつりと呟く。
「もふら男を巡る修羅場なのであろうかの」
「わぁ。ミハイル、見て下さいよ! あれがかの有名なホモォって奴みたいですよ!」
「お前、意味分かってて言ってんのか……?」
 興奮気味なアーニャ・ベルマン(ia5465)に、彼女の相棒の仙猫は呆れたようにため息をついて……。
 その言葉を聞いた途端、ラグナがビクッと慄き、突然背中のうさぎのぬいぐるみに縋りつく。
「いやあああ! うさみたんうわあああああ!!」
「ちょ、ちょっと何よ、急に!」
「ラグナさん、どうしたんです?」
「ホモォいやああああああああああああああ!!」
 エルレーンと志郎の声も耳に入らないのか、泣き叫ぶラグナ。
 ……何やら、触れてはいけない傷に触ってしまったらしい。
 烏水は肩を竦めると、ため息をつく。
「……とりあえず会場に行こうかの。王達を待たせてもいかんし」
「そうですね。……ラグナさん、落ち着いたら来て下さいね」
 頷く千覚。見捨てずきちんと声をかけるあたり、優しい。
 開拓者達は、床に蹲ってさめざめと泣く大男を避けると、双子王が待つ会場へと足を踏み入れた。


「はーい! 皆さん、こんにちはもふ!」
 舞台上。白いもこもこのやぎさんの着ぐるみを着て、観客に向けてぺこりとお辞儀をするサフィリーン。
 ぴょこ、と首を傾げた彼女は、耳に手を当てる仕草を見せる。
「あれー? 『もふ』が聞こえないよー? こんにちはもふー!」
 観客達から、こんにちはもふー! という声が返って来て、満足気に頷いた彼女。
 隣に立つ烏水が、こほんと咳払いをする。
「さあさ、此度行われますは開拓者と固き絆で結ばれし相棒達のもふもふ品評会っ! 
普段は見れぬ愛らしくも和む姿をご覧あれっ♪ 司会はサフィリーンと、この儂、烏水が勤めさせて戴くのじゃ!」
「よろしくお願いしますもふ!」
 歌うような烏水の口上に、くるりと回ってポーズを決めるサフィリーン。
 観客達から自然と拍手が沸きあがる。
「それでは、審査員長の布刀玉殿より挨拶を頂戴するぞい」
 烏水に促されて、立ち上がる布刀玉。観客に目配せをすると、深く一礼する。
「今日は急な呼びかけにも関わらず、お集まり戴いてありがとうございます。皆さんの素晴らしい相棒さんを香香背共々楽しみにしておりました。今日という佳き日を、皆さんも是非、楽しんでいらしてください」
 続いた大きな拍手。志郎は感心したように頷く。
「うーん。さすが布刀玉さん。堂々とした、そつが無い挨拶はさすが一国の王という感じですね」
「……というか、審査員長は香香背さんじゃなかったでしたっけ?」
 小首を傾げる千覚の目線の先は、からすと柚乃からお茶とお菓子を受け取っている妹王――。
「……お茶どうぞ」
「柚子の皮入りクッキーもありますよ」
「ありがとう」
 香香背は、こもふらさまの紫陽花と烏水の相棒いろは丸、柚乃の相棒伊邪那、審査員として参加したはずのもふらさま、浮舟に囲まれて、とても幸せそうな顔をしていた。
 どうやら、もふら達をもふもふするのにお忙しいようですね。
「では、登録番号1番、アーニャと仙猫のミハイルじゃ!」
「だぶるのもふもふをお楽しみくださいもふ!」
 司会者二人の明るい声と同時に、飛び出して来たのは大きな毛玉。
 ごろごろごろごろごろ……ぱっ!
 大きな毛玉はどうやらアーニャだったらしい。にっこり笑って立ち上がる。
「はいっ。皆さん、こんにちはー! アーニャでーす!」
「ふっ。真打は俺だぜ……!」
 アーニャのもふもふ着ぐるみの隙間からするりと現れたのは、黒白の毛並みに、黒いサングラス姿の仙猫。
 冷たく醒めた印象の彼が、徐にサングラスを外すと……。
「いやあああああ! かわいいんですけどおおおおおお」
 突如現れた、ミハイルのまんまるパッチリな可愛いお目目と目が合ってしまい、悶絶する火麗。
 ――火麗は、今日の日の為に会場の下見を繰り返し、良い席を確保するたゆまぬ努力をした結果、最前列かぶり寄りの一番いい席を確保していた。
 そのお陰で、仙猫の必殺胸キュン目線もバッチリ戴きである。
 ああ、素敵。努力の甲斐があったと言うものよ……!
 その間も、仙猫とアーニャの可愛い演技が続く。
「うなあぁあぁん!」
「にゃー! ですよー!」
 ふさふさの毛並みを見せ付けるように尻尾を揺らして、くるっと回ってビシっとポーズを決める。
 愛らしい動きに、観客からため息が漏れる。
 アーニャは流れる動きでミハイルを抱き上げると、ぎゅーっと引き寄せ……。
「ちょっ、アーニャ、やりすぎだっての」
「ふふふ。今日のミハイルさんは決まってますよ!」
 こそこそと語り合うミハイルとアーニャ。
 着ぐるみのもふもふと、仙猫のもふもふが重なり、そこに生まれる柔らかそうな天国。
 その絶景に、観客達から歓声が上がる。
「「ありがとうございましたー!」」
 全てを出し切り、ぺこりと可愛らしくお辞儀した主人と仙猫に、烏水が拍手をしながら歩み寄る。
「素晴らしい演技、感謝するのじゃ! ミハイルは、猫エージェントなんだそうじゃの」
「はい。そうなんですよー」
「ふ。……人を誘惑するのも仕事のうちだ」
「なるほど、だから手馴れてるんですね〜! 審査員の柚乃さん、いかがでしたもふ?」
 アーニャとミハイルの談に、頷いたサフィリーンは司会席にマイクを向ける。
「お目目が……お目目が可愛いです……!」
「毛並みはまあ、まあまあじゃない? 私には叶わないけ……」
「……伊邪那!」
 あまりの愛らしさにふるふるしていた柚乃は、突如口を開いた襟巻き状態の相棒の口を慌てて塞いだ。


「そういえば、紹介を忘れておったのじゃ。今日は特別審査員として柚乃と、からすの相棒、もふらさまの浮舟が参加してくれたぞい」
「お二人とも、一言お願いしますもふ♪」
 烏水とサフィリーンの明るい声。
 二人共芸事に従事しているだけあって、こういう盛り上げも得意であるようだ。
 司会達に促され、柚乃と浮舟が立ち上がって一礼する。
「柚乃です。のんびり見学しようと思ったのですけど……飛び入りで審査員をすることになりました。宜しくお願いします」
「浮舟であります! もふもふマイスターたる浮舟の審美眼に狂いはないでありますよ!」
「柚乃さーん! がんばってー!」
「浮舟ちゃんかわいいー!!」
 そこに続いた、早紀と火麗の声。観客達からも拍手が沸き上がり、品評会の興奮は、更に高まっていく。


「では、登録番号2番。志郎の宝狐禅、雪待の登場じゃ!」
「荒ぶるもふもふを是非ご覧下さいもふ♪」
 司会の紹介に促され、舞台に上がり優雅に一礼した志郎。反して雪待は、胸を張ったまま動じる様子もない。
「綺麗な子ねえ……」
 うっとりと呟く火麗。
 雪のような白銀色の、つやつやふさふさの3本の尻尾。
 そして、どことなく漂う気品に、観客からもため息が漏れる。
「では、雪待による芸、参ります!」
 そう言って、少し相棒と距離を取った志郎。
 そして徐にお菓子を出すと、ひょい、とそれを空へと放り投げた。
 すると、雪待が素早く移動し、見事に口で受け止める。
 雪待はごっくんと飲み込むと、更に距離を取る。
「ん。うまい」
「ではこれは……?」
 更に宙に舞うお菓子。それも見事に受け止める雪待の姿を見てどよめく観客達。
「次は少ししょっぱいものがいいな。どんどん投げてこい!」
 相棒の声に応えるように、志郎はお菓子をどんどん宙に放り投げる。
 雪待はそれを一つも落とすことなく、全て綺麗に食べて見せ……観客から、上がる驚きの声。
 烏水が両手を広げて、観客達を更に盛り上げる。
「皆の衆! 素晴らしい芸に最大の拍手をお願いするのじゃ! 志郎。雪待は利き甘味が出来るんじゃな」
「ええ。他に利き酒と利き菓子も出来ますよ」
「……ああ、忘れていた。もう1つくらいは芸を見せねばな」
「え……?」
 ぼそりと呟いた相棒。
 聞いてないですよ、と言いかけた志郎だったが。言い終わる前に雪待が光となって消える。
 次の瞬間、彼に白い狐の耳と尻尾が生え、観客達からどっと笑いが起き――。
 サフィリーンも大喜びで、審査員に聞き込みに走る。
「わ。すごいもふー! 香香背さん、ご覧になっていかがですか?」
「ええ。とーっても可愛い。素晴らしいですわ。……志郎と雪待。後で、もふもふさせて下さいませね?」
 ……後で、ということは、ずっとこのままで居ろと。そういうことですね? そうですね?
 ――正直、可哀想だと思いつつ、星見さんのことをどこか他人ごとのように考えていました。これはその報いなのでしょうか……?
「志郎……。元気出せ」
「ほら。お茶だ。美味いぞ?」
 もふら男・隼人とからすから送られる同情の眼差し。
 志郎は狐獣人姿のまま、がっくりと膝をついた。


「まだまだ続くぞ、皆の衆! 次は登録番号3番。神音の仙猫、くれおぱとらの登場じゃ!」
「高貴のもふもふにご注目下さいもふ♪」
「ふ。皆、妾の高貴さの前にひれ伏すがよいぞ!」
 司会達の声が聞こえているのかいないのか。舞台の上でフフンと胸を張る相棒に、でっかい冷や汗を流す神音。
 くれおぱとらは根拠もなく自信満々だけど、そう上手く行くのかなぁ……?
「神音さーん! がんばってー!」
「くれおぱとらー! 本気見せろよー!」
 そこに聞こえて来た早紀と月詠の声。
 ――お友達が応援してくれるし、頑張るしかないか。
 神音は頷くと、改めて観客と審査員に向かってお辞儀をする。
「蓮 神音と、くれおぱとらです。ええと……一口食べるだけでどんな食べ物でも産地、製造店舗等ぴたりと当てる、『利き食べ物』をします」
 そう言って、観客と舞台を二分するように運ばれてくる机。
 その上には箱が3つ並べられていて、観客にだけ見えるように、食べ物の名前と製造店舗が書かれている。
「じゃあ、布刀玉様。どの箱の食べ物でもいいので、くれおぱとらの前に運んで貰っていいですか?」
「ええ。いいですよ」
 神音のお願いに、穏やかな笑みを浮かべて頷き、立ち上がる兄王。
 よく見るとイケメンだなーとか、そんな事を考えた彼女。ふと相棒を見ると、口元からたらーりと輝くものが見えて……。
「ちょっと! くれおぱとら、よだれよだれ!」
「はっ!? わ、妾としたことが……っ」
 主の指摘にアワアワと慌てる仙猫。その様子に、観客からどっと笑いが起きる。
 神音は救いを求めるように友人達を見ると……早紀は下を向いて肩を震わせているし、月詠に至っては手を叩いて笑い転げているし。
 絶望的な気分で布刀玉を見ると、彼もくすくすと笑いながら歩み寄って来る。
「お待たせしてしまいましたね」
「いえ。食いしん坊ですみません……。ほら、くれおぱとら!」
 神音に促された仙猫は、前に出された食材を一口食べると、尻尾をぱたぱたと振る。
「これは、万商店のチョコレート。まあまあの味であるな」
「正解です」
 布刀玉の声に、おおおおお! と盛り上がる観客達。月詠と早紀の声援にも、ますます力が入る。
「いいぞー!」
「がんばってー!」
 その甲斐あってか、食材当ては無事全勝。
 最後には、その気品と毛並みを見せ付けて観客達を魅了した。
「利き食材もいいけど、モフらせてもらえないかしら……」
「ぐおおおお! モフりたいいいいい!」
 恋する乙女のように高鳴る胸を抑えつつ、仙猫に熱い目線を送る火麗。
 いつの間にか立ち直り、観客席にいたラグナも悶絶。
 その横で、ふう、と月詠がため息をつく。
「あーあ。俺も出たかったなぁ」
「え? 月詠の場合はもふもふというより、ぱふぱ……いえ。なんでもありません」
 言いかけて慌てて首を振る早紀。その目線は、どうしても相棒の胸元に行ってしまい……。
「……胸で人の価値は決まらぬ。元気を出すがいい」
 いつの間にか隣に居たからすが、励ますようにお茶を差し出していた。


「皆の衆! 盛り上がっておるかー!? 次に参るぞー!」
「登録番号4番。ジョハルさんのもふらさま、ちびちゃんですよ! 小悪魔もふもふをお楽しみ下さいもふ♪」
 烏水とサフィリーンの紹介を受け、アル=カマル風の最敬礼をしたジョハル。
 彼の脇には、マカロンのような色鮮やかな毛並みを持つ小さなもふらさまが控えている。
 その優雅な動きと、女性的と見紛う美しい顔立ちに、女性達から黄色い声が上がり……。
「ちっさ! かわゆっ!」
 中央の火麗からは、別な声が上がる。
「お初にお目にかかります。ジョハルと申します。暫しお付き合いく……」
「やっほー☆ かがたーん! ふっちゃーん!」
 主の声を遮るように聞こえた能天気な声。
 めきょっとちびに鉄拳を食らわせると、ジョハルは再度一礼する。
「……お聞き苦しい発言、大変失礼致しました」
「いいえ。構いませんよ」
「ふふふ。可愛らしい。……ちびちゃんは、今日は何を見せて戴けるのかしら?」
 どうやら、石鏡の双王は寛大な心の持ち主であるらしい。
 この幸運に深く感謝しなければならんな……とため息をついたジョハル。
 そんな主の気持ちに気付く様子もない小もふらさまは、にこにこ笑顔の布刀玉と香香背を見て、えっへんと胸を張って見せる。
「きょうは ゆうしゃごっこするですよ」
「勇者ごっこ? もふらさまなのに勇敢なんですね」
「元々この子は誘拐されたもふらでした。犯人を罠にかける為に協力してくれたのがこの子で……」
 ――びしびしっ。ばしっ。
「まあ。そうだったんですの……」
「はい。もふらの中でも勇気はあるようでして……」
 ――べしべしっ。どごっ。
 布刀玉と香香背に説明する間も、ちびの『ゆうしゃごっこ』と称した飛び蹴りやパンチが飛んでくる。
 段々強くなる攻撃に、ジョハルはもう一度相棒に鉄拳を食らわせる。
「じょはる! いたいー!」
 続いた相棒の抗議を、咳払いで封じ込めたジョハル。
 そろそろいいことを言って締めるとしよう。
 彼がそんな事を思い、口を開くと――。
「まぁ、こんな子でも時々支えにな……」
「ねえねえ。かがたんとふっちゃん、そっくりですね〜。どうしてです?」
 再び遮るようなちびの言葉に、凍りつく場。
 観客までもが静まり返り、司会の二人もどう補佐すべきか言葉に詰まる。
 何ともいえぬ気まずい雰囲気の中、双子王だけがにこにこしている。
「ちびさん。僕達はね、『双子』って言うんです」
「二人一緒に生まれて来たんですのよ」
「ふーん。ふたご……。ちび、おぼえたですよ」
 布刀玉と香香背の返答に、うんうんと頷くもふらさま。
 双子王の様子に、会場の雰囲気も一気に緩む。
「ちびちゃんとジョハルさん、ありがとうございました。あの……」
「本当にすみません! 失礼致しましたっ!」
 相棒を抱えると青ざめたまま、双子王に一礼するジョハル。
 仕切り直しとばかりに声をかけたサフィリーンに対応する余裕もなく、逃げるように立ち去ろうとしたが……足元に感じた違和感。
 見ると、忍犬が『大丈夫?』と言わんばかりに、己の足をつついている。
「あ、こら! ぽち、ダメよ!」
 己の相棒を追って、慌てて舞台に上がってきた千覚。
 それを見て、烏水がにんまりと笑う。
「丁度良かった。今呼ぼうと思っておったところじゃ。登録番号5番。千覚の忍犬ぽち、ここに推参であるぞ!」
「麗しのもふもふをご覧下さい! ジョハルさんは元気出すですもふ!」
 場を盛り上げつつも、ジョハルを慰めることを忘れないサフィリーン。、
 ぽちは、名を呼ばれて、ワン! と鳴く。
「いやあああああ!! かわいいいいいいいいいいい!!」
 その姿に、がぶり寄りで見ていた火麗は卒倒寸前だった。
 粋でいなせな姐さんと呼ばれている自分がこのままではいけないと思う。
 思うが……もふもふの前にそれも無力だ。
 ああ、恐るべしもふもふ……!
 ふわふわの茶色の毛並みに、くるんと丸まった尻尾。
 つぶらな瞳はうるうると潤み、愛らしく遊んで! と主張するその様に、観客達もメロメロである。
「そういえば、千覚。さっき、ぽちがジョハルの足をつついておったようじゃが……何をしておったんじゃ?」
「あれは……ジョハルさんを励まそうと思ったんだと思います」
「励まし、ですか?」
 烏水の問いに、笑顔で答えた千覚。サフィリーンが首を傾げると、彼女は頷いて続ける。
「周囲の人を気遣う子なんですよ。元気がない人見ると励ましに行くんです」
「優しい子なのねええええええ」
 可愛さと感動で滂沱の涙を流す火麗。そこに、再び現れたからすがすっとお茶を差し出す。
「……大丈夫か。これを飲んで落ち着くが良い」
 からすさん、審査員の方だけでなくお客様の相手までして戴いて、本当にお疲れ様です!
 その間も、ぽちは舞台の上できゃっきゃと遊んでいて、審査員の浮舟がむむむと唸る。
「芸は可愛らしい仕草のみ……これはなかなか判定し甲斐があるであります!」
「審査員の浮舟さん、判定は難しいですか?」
 すかさずマイクを向けてくるサフィリーンに、浮舟は頷く。
「ごまかしがきかない事なんてもふらでも解るでありますよ。こういった事こそ、しっかり見ないといけないであります」
「なるほどの〜。もふらさまにしてはしっかりしておるの。他に、評価基準などはあるのかの?」
 首を傾げる烏水に、浮舟はかけてもいない眼鏡をくいっと上げる仕草をする。
「そうでありますね。浮舟の評価基準は美しさであります。普段どんな手入れをしてるか一発で解るでありますよ。ちなみに浮舟はお風呂とブラシと日光浴と散歩は欠かさないであります! 美しさに、健康が大事でありますから」
「そうだったの。だから浮舟はふっかふかだったのね」
「そうであります! って、香香背さん、苦しいでありますよ〜!」
 香香背にぎゅーっと抱きしめられて、アワアワと慌てるもふらさま。
 その様子に、会場から笑いが漏れる。


「さて、いよいよ最後の一組! 登録番号6番、エルレーンのすごいもふらさま、もふもふじゃ!」
「魅惑のもふもふを是非ご鑑賞下さいもふ♪」
「さあっ、もふもふ! むげーたいしょくのもふもふが活躍できる場がやってきたよっ!」
「グォ……」
「……って、アレ?」
 意気揚々と舞台に上がったエルレーン。後方から聞こえて来たのは、申し訳なさそう、かつ聞き覚えのある声。
 振り返るとそこには、もふらさまではなく、轟龍が鎮座ましましていて……。
 あれ? なんで? 今日はもふもふを連れて来たはず……なんだけど。
 記憶を必死に手繰り寄せる彼女。
 どうやら、急いで会場に向かった為に、連れてくる相棒を間違えてしまったらしい。
 真っ白になるエルレーンに、ラグナのプギャー! という笑い声が聞こえて来る。
「ふはははは! 連れて来る相棒を間違えるとは、どこまでも馬鹿だな、貴様は!」
「な、なんですってーー!? 非モテのアンタに言われたくないっつーの!」
「何だとーー!?」
「非モテは非モテらしく、引っ込んでなさいよね!」
「黙れ貧乳がーー!!」
「何ですってええええ!?」
「お、何だ何だ!? ケンカか!?」
「いいぞー! やっちまえーー!!」
 にらみ合うエルレーンとラグナに、煽る観客達。
 一触即発の事態に、千覚が慌てて舞台に上がる。
「大変……! お願い、ぽち。二人を止めてきて!」
「わう!」
 元気に返事をしたぽち。大急ぎで二人の間に割って入る。
「はああああああああん! ぽちたん、かわいいでしゅねええええええええええ!!」
「隙ありーーーーー!!」
「ぐあっ。卑怯だぞーーー!」
 それにメロメロになったのは可愛いもの大好きなラグナ。
 一瞬の隙を突いて、エルレーンが襲いかかり――あっと言う間に乱闘になる。
「そこだー! いけー!」
「やっちまえー!」
「はいー。女子の方に賭ける人は赤、男子の方に賭ける人は青い札を買ってねー」
「ちなみに、倍率は赤1.2、青は4であるぞ。さ、張った張ったー」
 会場内に響く歓声と怒号。そんな中、賭博の元締めを始める火麗とからす。
「危ないですから、舞台に上がらないで下さいねー!」
「下がれって、危ねえって言ってんだろ!」
「はーい! 下がってー! 下がって下さいー!」
「下がらないと俺の尻尾が火ィ噴くぜぇ?」
 早紀と月詠、アーニャとミハイルは客が乱闘に巻き込まれぬよう必死に誘導する。
「本当に、うちのちびが大変失礼を……!」
 その間、ジョハルが双子王に土下座せん勢いで詫びていた。
 いよいよ混沌と化して来た品評会会場。
 おろおろとしているサフィリーンが、隼人の着ぐるみを引っ張る。
「隼人さま、どうしよう。大丈夫かな……」
「まあ、あの二人は心配ないが、会場がなあ。烏水。あれ、止めなくていいのか?」
「舞台上でケンカしとるようだし、余興の範囲じゃな。あまり酷いようなら儂が後で眠らせるぞい。と言う訳で、柚乃。この隙に審査員結果の集計をしようぞ」
「分かりました。浮舟ちゃんはどうですか?」
「いつでも大丈夫であります!」
 頷き合う仲間達。大急ぎで集計結果を出し……。


「エルレーンとラグナ、そこまでだ」
「ほらほら、もう止めないか」
「ばーか! ばーーーーか!!」
「おたんこなすー! でべそーーーー!!」
 非常に低レベルな争いになりつつあったラグナとエルレーンは、からすとジョハルに引き剥がされ、ずるずると引きずって行かれ……。
 烏水の三味線と柚乃の歌、そしてサフィリーンの即興の舞で、会場は別な方向で多いに盛り上がり、ようやく静けさを取り戻した。
「それでは、審査結果を発表するぞい」
「審査委員長の布刀玉さん、お願いしますもふ」
 司会の二人に促され、布刀玉は舞台に上がると、丁寧にお辞儀をする。
「それでは、発表致します。もふもふ品評会、栄えある優秀賞は……」
 デケデケデケデケ……デデン!
「神音さんの仙猫、くれおぱとらさんです! おめでとうございます!」
「すごーい! 神音さんおめでとうございます!」
 続いた兄王の声に、大喜びの早紀。神音は、すぐに理解できなかったらしい。一瞬の間を置いて飛びずさる。
「ええええええええええええええ!? うっそおおおおおおおおお!!!」
「ま、妾の実力とあらば当然じゃな」
 そして、くれおぱとらはやっぱり理由もなく自信満々だった。
「特別賞は、志郎さんの宝狐禅、雪待さんです」
「本当に僅差だったんですよ。惜しかったですわ」
「ありがとうございます……!」
 微笑む布刀玉と香香背に、志郎は狐獣人状態のまま、深々と一礼し――。
 もふもふの相棒達、そしてその主達の健闘に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。


 こうしてちょっとした波乱を巻き起こしつつも、もふもふ品評会は無事に閉会した。
 閉会式後、我慢しきれなくなった火麗が相棒達に飛びつき、香香背も負けじと志郎の尻尾をもふもふ始めた為、そのまま相棒達と交流するもふもふお茶会が開かれた。
「ミハイルちゃーん、もう一度サングラス外して見せてー!」
「あたしも見たい!」
「んー? エージェントはなぁ。そう簡単に素顔晒しちゃダメなんだぜぇ」
「いいじゃないですか。今日はもう皆さんに披露したんですし」
「仕方ねえなぁ……」
「「かわいいーーー!!」」
 大盛り上がりの火麗と香香背、ミハイルとアーニャ。
「ま、たまにはこういうのもいいかもね」
「そうですねえ」
 からすと柚乃は、お茶とクッキーを提供しながら、その様子をまったりと眺めて――。
「もふもふと 触れ合い思う ふくらもち」
 烏水の相棒、いろは丸がもふもふされながら一句詠み上げた。


 余談。エルレーンとラグナの争いは引き分けとなり、賭博は儲けが出ませんでしたとさ。