|
■オープニング本文 ●雪景色をあなたと 「もうすぐ聖夜がやってきますね〜。皆さん何かご予定はあるんですか?」 「うーん。遊島へ行ってみてもいいかなとは思ってるんだけど」 「そうだなあ。事件があればそこに急行するかなぁ」 開拓者ギルド職員、杏子の問いに頭を巡らせる開拓者達。 その返答に、杏子は深々とため息をつく。 「皆さん、色気がないですね……。聖夜と言ったら大切な人とのお出かけのいい機会じゃないですかっ!」 「そういう杏子はどうなんだ?」 開拓者のツッコミにうぐ、と言葉に詰まる彼女。 しゃがみこみ、床に「の」の字を書いているところを見ると、聞いてはいけないことだったらしい。 「あー。すまんすまん」 「私達に声をかけたと言うことは、何か用事があったんじゃないですか?」 宥める開拓者達にそうでした! と顔を上げた杏子。 はいっ、と彼らに一枚の紙を渡す。 「ん? 何だ? 白谷郷の雪見宿?」 「はい。この場所、この季節のお出かけにはぴったりなんです!」 紙に目を落として首を傾げる開拓者に、杏子が頷く。 白谷郷は雪深い場所で、この季節になると降り積もる雪を利用して雪像を作って楽しんだり、雪で様々な形の灯篭を作る。 夜には雪灯篭に灯りが点され、幻想的な光が真っ白い雪に華を添え――。 宿の中から雪が見られる他、外には沢山のかまくらが用意され、その中から雪を楽しむことも出来るのだそうだ。 また、近くには白谷の社と呼ばれる神社があり、そこに想い人と共に作った雪うさぎを奉納すると、社に住まう精霊の祝福を受け、より絆が深まるのだそうだ。 その伝説が嘘か誠か定かではないが……片思いの人のみならず、それにあやかろうと言う恋人達も足を運ぶ場所らしい。 「雪像もですが、雪と氷に包まれた樹々が雪灯篭に照らされて、とても綺麗だそうですよ〜」 「ふーん。なかなか良さそうな場所だな」 「でしょでしょ!? 折角ですし皆さんも行っていらしたらどうですか? たまには息抜きも必要ですし、気になる人とか、恋人とかと一緒に行くといいことあるかもですよ!」 目をキラキラさせながら続けた杏子。 開拓者達は、その言葉にちょっと考えて……頷き、出立の準備を始める。 そんな彼らの脳裏には、想い人の顔が浮かんでいた。 |
■参加者一覧
水鏡 雪彼(ia1207)
17歳・女・陰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
黎阿(ia5303)
18歳・女・巫
由他郎(ia5334)
21歳・男・弓
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎 |
■リプレイ本文 社までの道はとても静かで、灯篭の光とさらさらと降る雪が白と黒の鮮やかな陰影を作り上げる。 纏めた雪に、形の良い葉と綺麗な南天の実を埋め込み作り上げた雪うさぎを大事そうに抱える弖志峰 直羽(ia1884)。 その手元を、水鏡 雪彼(ia1207)がぴょこ、と覗き込む。 「直羽ちゃんの雪うさぎは何だか美人さんね」 「うん♪ 雪彼ちゃんのは……何だか凛々しいね」 「そうよ。男前に作ったから」 ふわりと笑う雪彼。 彼女が作った雪うさぎは、目も耳も大きくて立派だが、身体は直羽のものより、ほんの少し小さく出来ている。 釣り合いが取れるようにとそうしたのだが……結果、美人な雄うさぎと、凛々しい雌うさぎの夫婦が出来上がって、二人はくすりと笑う。 そんな話をしながら歩いていると、目に入る小さな社。 沢山の雪うさぎ達が行儀良く座っている中に、二人もそっと、雪うさぎを並べる。 ――直羽ちゃんと二人で、ずっと仲良くいられますように。 ――死が二人を分かつまで。いや、死が二人を分かつとも……幾久しくこの幸福が、雪彼ちゃんと共にありますように。 続く沈黙。直羽が目を開けたそこには、瞼を伏せ、手を合わせる愛しい人の姿。 彼女は何を願ったのだろう――。 そんな事を考えた刹那、雪彼の手が赤くなっていることに気付いて、彼はそっと両手で包み込む。 「手、冷たくなっちゃったね。長い事雪を触ってたから……」 「うふふ。宿の庭にも沢山雪うさぎの親子並べて来たもんね」 「大丈夫? 手、痛くない?」 「うん。直羽ちゃんの手が暖かいし……。でも、直羽ちゃんの指先もまっかっかだね」 はーっと息をかけて、指先を暖めようとする雪彼。 桜色に染まった小さな唇。白磁のように透き通った綺麗な指と手は、自分のより随分華奢で、可愛らしくて――。 ずっとずっとそばにいて、護りたいと思う。 彼女の淡い金色の髪も、薔薇のような頬も触れたら壊れてしまいそうで……躊躇いがちに手を伸ばす。 直羽の指がそっと雪彼の顎に触れ、重なる影。 羽が撫でるような、雪が舞い降りるような……触れるだけの、本当に優しい口付け。 暖かくて、くすぐったくて、切なくて……でも、雪彼は、こういうのもすき。 直羽ちゃんが……直羽ちゃんが与えてくれるもの全てが、すき。 「……雪彼ちゃん」 「んー?」 「そろそろ、かまくらに行こうか。ここ寒いし」 雪彼を現実に引き戻す直羽の声。 こうしている間もしんしんと降り積もる雪。 ずっとこうしていたいのはやまやまだけど、二人揃って雪像になってしまいそうだ。 まあ、二人一緒ならそれも悪くないのかもしれないけれど……。 そんな事になった暁には、彼女を目に入れても痛くないほどに可愛がっている父君に、直羽が斬り捨てられるかもしれない。 「ね、おなか空かない? 雪見しながら食事とかどうかな」 「賛成ー! 雪彼、お餅食べたい!」 行こ? と笑顔で手を差し出す雪彼。直羽も笑顔でその手を取って、来た道を引き返す。 「……あまり冷やすな」 「大丈夫よ。ふふ、雪いじりなんて何年ぶりかしら」 社に奉納した雪うさぎの出来栄えに、満足気に頷く黎阿(ia5303)。 がっしりと大きめの、夫に良く似たうさぎが出来たからちゃんと見て欲しいのに。 当の由他郎(ia5334)は、傘を肩で支えて雪がかからないようにしながら、両手で自分の手を暖めていて……。 夫は、本当に良く気がつく人だ。 自分の事は自分で出来るし、今までずっとそうして来たけれど。この人になら世話を焼かれても抵抗を感じない。 それもこの人の魅力ゆえだろうか……と、考えながら由他郎を見る。 「葉や南天の実、用意してくれてありがとう。どうしてすぐに見つけられたの?」 「野山育ちだからな、俺は。大体ある場所が分かる」 「……そっか。そうだったわね。由他郎の故郷も、こんなに雪が深かったの?」 「ああ。……そういわれてみれば、ここは何となく郷里に似ているな」 黎阿の言葉に頷きながら、目を細める由他郎。 ――故郷の山里も、冬になるとこうして雪で真っ白に塗りつぶされたものだ。 それは楽しいというより、雪の深さに悩まされたことの方が多かったし、こんなに人が多くもなかったが……。 無数に立つ雪の灯籠。その灯りで浮かび上がる木々や、仄かに輝く雪は素直に綺麗だと思う。 視界を埋め尽くす一面の白。その中で、童女のように無邪気に、くるくると軽やかに舞う黎阿。 普段通り、何も変わらないと澄ましていた妻が、こんなに嬉しそうにはしゃいでいるのを見ると何だか嬉しくて、自分の心にもぽっと、明るい灯が点ったようで……。 「ん……。流石に冷えるわね」 ふと立ち止まり、震える黎阿を、無言で懐に引き入れる由他郎。 小さく震える彼女の背を、暖めるように擦る。 「うー。もっと雪景色を堪能したかったけど、現実は厳しいわね」 「風邪を引いては困る。暖かい場所に行こう」 「そうね。……ああ、何か暖かいものでも飲みたいわ」 「熱燗を用意してある。呑むだろう? 君は」 由他郎の言葉に、目を丸くする黎阿。 君の事なら何だって分かると言うのに。一体何を驚く事があるのだろう。 寒くないように身を寄せ合って歩いた先。 由他郎が案内してくれたかまくらには、暖かな火鉢に、湯銭にかけられた徳利、湯気が立ち上る汁粉……。 身に沁みる寒さから開放されて、黎阿は安堵のため息をつく。 「ほら、座って温まるといい」 「ええ」 導かれるままに腰掛けた黎阿。 火鉢の暖かさより由他郎の体温が恋しくて、彼の身体にもたれかかる。 差し出される杯に注がれる燗酒。ちょっと高めの温度の酒が、冷えた身体に行き渡る。 かまくらの出入り口から見える雪灯篭の仄かな明かり。 その奥に広がる一面の雪。吸い込まれそうな美しさ。 さらさらと己の髪を漉く、唯一の男の優しい手――。 とても心地良くて。何だかふわふわとして、夢の中にいるよう……。 「うん、言うことないわ……」 「それは何より」 小さくため息を漏らす黎阿に、汁粉を啜りながら頷く由他郎。 彼女はふと、と思い出したように顔を上げる。 「今の訂正。言うことあったわ。……由他郎って本当にイイ男ね」 「そうか?」 「ええ。私にとって、この世界で唯一の男ですもの」 「褒めても何も出んぞ」 「もうお酒出してくれたじゃない?」 「……それもそうだな」 これは一本取られた、と呟く由他郎にくすくすと笑う黎阿。 由他郎自身は甘党だし、五感が鈍るのが嫌だと言って酒は嗜む程度だ。 ただ、人が美味そうに飲んでいるのを見るのは嫌いではないらしく、飲めばこうして相手をしてくれる。 お互い、話しているだけで楽しい。 友として、生涯を共に生きる者として……こういう相手というのは、とても貴重だと思う。 「……遠出するのも久しぶりよね」 「ああ」 「たまには、こう言うのもいいわね」 「そうだな」 黎阿の黒い艶やかな髪は、白い雪に映えてとても綺麗で――梳く度に、さらさらとした手触りが心地良い。 ――郷里を出て早幾年。その後、この人と出会って、一緒になって……今回迎える冬は何回目だろう。 楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと……ふと蘇るさまざまな出来事を数えながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。 「今年も、もう終わるか……」 「早いわよねえ」 「来年はどんなことをしたい?」 「そうね。また、ここに来たいわ。ね、いいでしょ?」 夫の腕に自分の手を絡めて、悪戯っぽく微笑む黎阿。 一面の白の中。感じるお互いの微かな鼓動。確かな温もり。 交わすのは未来への約束。 今年も、来年も、再来年も。雪に残る足跡のように、消えない痕跡を積み重ねて――。 この先も、二人で歩いていく。 「はーい。お餅焼けたよー。これ、雪彼ちゃんの分」 「ありがとー! これ、直羽ちゃんの分ね。磯辺巻きにしたのよ」 「わぁ。ありがとう! あ、熱いから気をつけてね」 「はーい。雪彼、あんころ餅にするー!」 己の言葉に素直に頷いて、手元の餅をふーふーしている雪彼が可愛らしくて、直羽の顔が綻ぶ。 直羽と雪彼の二人は、かまくらに移動して仲良く七輪を囲んでいた。 「お餅って、ぷーっと膨れるところが可愛いよね」 「そうだねー。……うん。磯辺焼き美味しい! 雪彼ちゃんが作ってくれたからかな」 「本当? 良かった。直羽ちゃん、お茶も甘酒もあるよ。飲む?」 「じゃあお茶を……あ、雪彼ちゃん、ほっぺに餡子ついてるよ?」 「え? どこ? とってとってー」 くすりと笑いながら言う直羽に、アワアワと慌てる雪彼。 差し出された頬に、直羽がそっと口付ける。 「おいしかった?」 「うん。ごちそうさま♪」 頬にキスされた事にも気付かず、笑顔で小首を傾げる雪彼。 ――本当は、餡子なんてついていなかったんだけど。 君に触れられる機会を逃したくなくて……無邪気な彼女に、降り積もる雪のように、愛しさが募る。 「直羽ちゃん、どうしたの?」 「ううん。……外、雪がすごいなと思って」 「本当だ。灯篭の光でキラキラしてる」 外を見れば、ひらひらと音も無く舞い散る雪。 白銀に染め上げられた世界に、たった二人だけでいるような感覚になる。 ――それでも構わない。 傍にいてくれるのなら。 ――目の前にいる愛しい人が、自分だけのものになってくれるのなら。 自分に、こんな我侭な気持ちがあるなんて知らなかった。 この気持ちを言葉にしたら。 あなたは、どんな顔をするのだろう……。 口に出す勇気が持てなくて、雪彼は直羽の腕に己の手を絡め、そのまま顔を埋める。 「……直羽ちゃん、だいすきよ」 「うん。ありがとう……」 直羽は俺もだよ、と囁いて。 流れる沈黙。暖かな時間。 今日の事は、一生忘れないと思うけれど。 こんな素敵な時間を二人で、何度も何度も重ねて、思い出を増やして行きたい――。 寄り添う温もりに、二人はそっと瞳を閉じた。 「まったく……いつまで経っても気が抜けんな……」 「うふふ。油断するニクスが悪いのよ♪」 「ユリアは俺が油断してなくたって全力でやるだろうが」 「ええ、そうね」 にーっこりと深い笑みを浮かべるユリア・ヴァル(ia9996)に、雪まみれのニクス(ib0444)はガックリと肩を落とす。 社に雪うさぎを奉納しに行った二人。 黒いサングラスをした大きな雪うさぎの背に、小さな雪うさぎを乗せて、可愛い夫婦うさぎが出来て良かったなぁ……なんて和んでいたら、突然ユリアに雪の中に蹴倒された。 やった本人は『雪に人型が描けた!』なんて大喜びしているから困る。 こういう悪戯も毎度の事で、ニクスも都度文句を言うが、彼女が聞く耳を持たないのも恒例で……最後には溜め息に変わっていたりする。 まあ、それも嫌じゃないと思うのは、惚れた弱みなのかもしれない。 「それにしても、だ。天儀でもこれだけの雪が降るのだな」 ジルベリア育ちで雪は当に見慣れているつもりだったが、趣が違うと言うか、これはまた別物に見える……と。 そう続けたニクスに、ユリアも頷く。 「そうね。両方に共通してるのは美しいところかしら。寒いのは嫌いだけど、この無垢な雪原だけは美しいと思うのよ、ね……!」 いきなり踏み込み、抜刀したユリア。 辺りに響くキィンという乾いた金属音。 ニクスもすぐさま飛びずさり、居合で抜き放ってその剣撃を受け流す。 「……本当に君と言う人は気が抜けんな!」 「さすがニクスね。やるじゃない」 「何となく、来るんじゃないかと思っていたのでね」 「そう。なら話は早いわ。さあ、踊りましょう」 「俺に拒否権はないんだろう?」 「美しい雪原には美しい舞が似合うと思わない?」 噛み合わぬ会話。艶やかに笑う妻に、ニクスは深々とため息をつく。 ユリアが言っているのは、剣舞のことだ。 剣舞とはいえ、本気で打ち込む真剣勝負。 本気を出さねば失礼に当たる。 やるからには気合いを入れ直さないとな……。 そんな事を考えたニクスが顔を上げた途端、ユリアと視線がぶつかって――それが、開戦の合図となった。 キィン! キィーン……。 雪原の上、舞う二人の剣士。挿入歌は、剣が奏でる美しき歌と、二人の息遣い。 ユリアのドレスが動くたびに大きく広がる。苛烈ながらも華のある剣技は、まるで地上に降りた天女のよう。 ニクスの迷いのない剣筋。翻るマントが風圧に揺れ、美しい濃淡を生み出している。 「こういうのも久しぶりだな」 「ねぇ、ニクス。覚えてる?」 一面の赤のリコリスの中で交わした謡。 生と死と喜びと悲しみ……重ね戦わせた剣と想いを――。 そう。二人は幼馴染で、互いに何度となく剣を交えてきた仲であり、剣を交えて約束を交わしあった。 「ああ、覚えている。覚えているとも!」 「私を守るなら、私より弱い事なんて許されないのよ? だから、負けるのは許さないわ!」 「負けるか……ッ!」 ユリアから放たれる容赦ない突きを紙一重でかわして、一瞬の隙をついて薙ぎ払う。 ニクスの渾身の一撃も空を切り、代わりに彼女のドレスがふわりと広がって揺れる。 キィーン! キィン! 雪灯篭の明りに反射して、キラキラ光る二人の剣。 何度となく繰り返して来た剣舞。 お互いの手の内は手に取るように分かっている。 呼吸を、思いを感じて。相手の技量を信じているが故のギリギリのやり取り。 剣が交じり合う音と共に高揚する心。それに合わせて、太刀筋がどんどん苛烈に、そして速くなっていく。 ――今だ! そう思ったのも、相手の懐に踏み込んだのも同時。 お互いの狙いも同じ――。 お互いの剣は、お互いの武器によって弾かれ、宙を舞い……一回転して、雪へと突き刺さる。 永遠に続くかと思われた剣舞は、あっさりと終わりを迎えた。 「……あーあ。今回も引き分けね」 「そのようだな」 そう言いながら、全く残念そうな響きのないユリアの声。 ニクスがふと彼女を見ると、妻が、ガチガチと歯を鳴らしていて……。 「全くもう、寒いのが苦手なくせに無理をするからだぞ」 「大丈夫よ。ニクスが暖めてくれるんでしょう?」 「ご名答だよ、奥さん」 苦笑しながら、ユリアを己のマフラーで包み込むニクス。 そのまま力強く彼女を引き寄せて、唇を奪う。 「んっ……もう! 本当にこういう時だけ手が早いのよね、いつも!」 「そうじゃなかったら君の夫は務まらないだろう? それとも嫌だったかい?」 「そんなことは……ないけど。もう少しこう、ロマンチックに口説いて欲しいわね」 くすりと笑う彼女。 雪に浮かぶ青銀の髪。剣舞の為か上気した頬。額に滲む汗すら美しい……。 「愛しているよ、ユリア」 サングラス越しのニクスの目は、どこまでも真剣で。 冷たくなった手を、彼の背に回して……愛しい人の胸に身体を預ける。 二人の剣もまた、雪の上で重なり合うようにして主を見守っていた。 |