【花嫁修業】石鏡料理修行編
マスター名:猫又ものと
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/06 02:06



■オープニング本文

●星見家当主の策謀
「彰乃。おぬし、嫁に行かぬか?」
「嫁……でございますか?」
 食事後のお茶を差し出した山路 彰乃(iz0305)は、星見家当主、靜江の突然の言葉に首を傾げる。
 靜江は枯れ枝のような手で湯呑を受け取ると、ふう……とため息をついて――。
「斎竹家の長女と、封陣院の狩野殿の縁談は恙なく進んでおるそうじゃ。我が星見家もそろそろ……と思うのじゃが、跡取りがアレではのう……」
「……隼人様、お見合いなさる気はないと、この間仰っておられましたものね」
「うむ。この通り、見合いの姿絵は用意しておいてるんだがの。見ることもなく早々に逃げていきよるわ」
 そう言う靜江の手元に置かれる、姿絵の束。
 最近、星見家の孫息子が屋敷に寄りつかないのはこれが原因であるのかもしれない。
 靜江はもう一度、深々とため息をついて……。

 孫息子も頼りにならぬ。そして己も年老いてゆく。
 しかし、星見家……何より、石鏡の国を確固たるものにしなくてはならぬ。
 が、星見家の直系に妙齢の女子もいない――。
 そんな状況の中、靜江は考えた。
 そう。いないなら、作り出せばいいのである。
 そこに、白羽の矢が立ったのが彰乃だった。
 彰乃は分家の娘。星見家の養子としても何の問題もなく。
 何より16歳という妙齢で、嫁がせるには最適であった。

「五行には行き遅れの男どもが沢山おるゆえ、星見家縁の者とあれば、縁談もあろう。……とはいえ、相手を捕まえる為の器量も必要じゃ。その為には料理、裁縫、礼儀作法……覚えることは色々ある」
「……要するに、花嫁修業をせよと申されるのですね?」
「うむ。彰乃は賢い子じゃの。……出来るか?」
「はい。ご当主様の命とあらば、全身全霊を込めて遂行させて戴きます」
 きっぱりと言い切った彰乃。その緑の目に迷いはなく。
 靜江は目を細めて、満足気に頷いた。

●石鏡料理の勉強をしよう
「皆さま、花嫁修業を致しませんか?」
「花嫁修業……?」
 彰乃の声に、ビックリした顔をする開拓者達。
 彼女は、こくりと頷いて続ける。
「はい。ご当主様に『嫁に行け』というお言葉を戴きましたの。ですので、その準備をしようかと思いまして」
「え。彰乃ちゃん、好きな人いるんですか?」
「いいえ?」
「へ? でも結婚するんでしょ?」
「はい。まだお相手は決まっておりませんが、いずれご当主様が最適な方を見つけて下さるかと思いますわ」
 彰乃と話が噛み合わず、顔を見合わせる開拓者達。
 結婚というのは、好きな人がいて、お互いに思いが通じた結果としてあるものではないのだろうか。
 開拓者は恐る恐る、思っていた疑問を口にする。
「えーと。それって政略結婚ってこと?」
「そういう事になるのでしょうか」
 さらりと答えた彰乃。開拓者は心配そうに彼女を覗きこむ。
「彰乃ちゃん、それでいいの……?」
「構いません。ですから、皆さまをこうして花嫁修業にお誘い申し上げているのですし」
 きっぱり。
 何だか迷いなく言いきられて、言葉に詰まる開拓者達。
 それを肯定と受け取ったのか彰乃は話を続ける。
「ご当主様が、石鏡の文化を広める為に、開拓者さまを花嫁修業にお招きしたいそうですの。それで、皆さまにお越し戴けないかと思ったのですわ」
「ふーん。……彰乃ちゃんには色々ツッコミたいところがあるけど、花嫁修業自体は面白そうだね」
「一体どんな修行をするんですか?」
「今回は、石鏡のお料理のお勉強を行うそうですわ。修行を希望される方は是非、銀泉の星見家までお越し下さいませ」
 ぺこりと頭を下げる彰乃に、どうしようかなと考える開拓者達。
 仕事の合間に、花嫁修業をするのもいいかもしれない――。

 色々な事情と思惑を乗せて。
 佳き花嫁になるための、修行が始まろうとしている。


■参加者一覧
/ 新崎舞人(ia0309) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / リーディア(ia9818) / 明王院 千覚(ib0351) / 神座真紀(ib6579) / スレダ(ib6629) / サフィリーン(ib6756) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / ファラリカ=カペラ(ib9602) / リト・フェイユ(ic1121


■リプレイ本文

「ようお越し下さいました。感謝しますぞ」
「靜江おばあちゃん、こんにちは!」
「お招き戴いてありがとうございます」
「今日はよろしくお願いします」
 深々と礼をする星見家当主に、にっこり笑顔のサフィリーン(ib6756)。
 新崎舞人(ia0309)と神座真紀(ib6579)は丁寧なお辞儀を返す。
 早々に挨拶を済ませた柚乃(ia0638)は、子もふらさまの紫陽花をもふもふしつつ、和紙の束を眺めて唸っていた。
「柚乃さん、それは何です……?」
「星見さんのお見合い相手ですって。ご当主様が見ても良いと言うので……」
 首を傾げるリト・フェイユ(ic1121)に、姿絵を見せる柚乃。
 沢山あるそれは、小さな子どもから妙齢の女性まで、どれも華やかで麗しく描かれていて……。
 こんな美人と見合いが出来るというのに、星見家の嫡男は何が不満なのだろう。
「えっと……きっと何か理由があるんじゃないでしょうか」
「もしかしたら心に決めた人がいるとか?」
 あまり詮索するのもどうかと思うのか、軽く話題を流そうとしたリーディア(ia9818)の心遣いを見事に打ち砕くラヴィ(ia9738)のほえほえとした笑顔。
 その一言に、ファラリカ=カペラ(ib9602)も目を輝かせる。
「あらー。それは素敵ね」
「障害のある恋ってやつですか」
 続いたスレダ(ib6629)の言葉に、柚乃はぽん、と手を打つ。
「あ、分かった! 紫陽花ちゃん一筋なのですね!」
「ええっ。そうだったんですか!?」
「もふ?」
 ガビーン! となるリトに、突然名を呼ばれ、小首を傾げる子もふらさま。
 彼らの様子に、柚乃の相棒の宝狐禅がでっかい冷汗を流す。
「ちょっと柚乃、あんたと一緒にしたら失礼でしょ」
「星見家嫡男ともふらさまの禁断の愛……」
「次の流行になりそうですよね……」
 礼野 真夢紀(ia1144)と明王院 千覚(ib0351)が不穏な言葉を囁けば、突如ラグナ・グラウシード(ib8459)が立ち上がる。
「なぁにぃ!? 禁断の愛だァ!? うおお! リア充滅っせ……」
「うるさいよ」
 『愛』という言葉に脊髄反射した彼は、言い終わる前にエルレーン(ib7455)の鉄拳で轟沈した。



「皆様、こちらへどうぞ」
 割烹着姿の山路 彰乃(iz0305)の声に、はーいと返事をする開拓者達。
 銘々、用意された調理台へと散って行く。
「それでは、花嫁修業を始めるとするかの。今日は、石鏡の郷土料理をお教えするぞえ」
 開拓者達の前に立った靜江に、リーディアがすっと挙手をする。
「あの、すみません。教わった料理法、書き留めてもよいでしょうか? 全ての料理法を頭に叩き込める自信はないので……後で本にして纏めたいのです」
「構わぬぞ。料理は人に喜ばれてこそ。正しい石鏡の料理を、世に広めて下され」
「……はい!」
 その言葉に笑顔を返す彼女。靜江は開拓者達に向き直り、口を開く。


 石鏡は古くに神託を受けたと伝えられる神殿を抱え、精霊が還る場所と言われる国である。
 国の中央に巨大な三位湖があり、そこからウナギ、ドジョウ、シジミ、ワカサギなどの他、三位湖固有の魚であるサンミアユとサンミマスが存在する。
 サンミマスは二尺程の大きな魚で、鮮やかな赤身に上質な脂がのっており、刺身にすると口の中でとろける味わいが楽しめる。
 味に癖がないので、塩焼き、煮付けにも向いている三位湖で人気の魚である。
 サンミアユは湖の中だけで成長する為、普通のアユより小ぶりで骨が柔らかいので、佃煮や天ぷらにして丸ごと戴く事が多い。
 また、三位湖の周辺では様々な野菜が収穫でき、豊富な水源を利用して山葵なども栽培されている。
 そして献立。
 古くから精霊に仕える修行中の巫女が多く存在する為、修行の一環として食事も質素なものにする習慣が根付いた。
 基本は一汁三菜。濃い味付けはせず、ニラやニンニクなど香りの強いものは避けるといった独自のものが構築されている。
 宮廷においてもこの習慣は根付いており、質素な献立の中、せめて王達に目で楽しんで貰おうと野菜の飾り切りの文化が始まった。
 これが、主な石鏡の食文化である。


「本格的な歴史、文化についてお話が伺えるとは……興味深いですね」
 しきり頷く舞人。
 この世界には、色々な料理がある。
 石鏡の料理も気になるし、何か一品覚えられた良いと思って参加したのだが……こうして背景を知ると、更に興味が沸いてくる。
「さて、退屈な話はここまでじゃ。実践と行こうかのう」
 にんまりと笑う靜江。
 ここからは個別に指導しながら、実際に料理を作ってみる事となった。


「スレダさん、佃煮の餡が焦げないように気を付けてね」
「はいなー」
 ファラリカの声に、軽く受け答えるスレダ。
 二人は並んでサンミアユの佃煮の下拵えをしていた。
 並んでいる……と言っても、かなりデコボコ。
 スレダは踏み台に乗り、カペラは身を屈めているにも関わらず、だ。
 1m近く身長差がある為、どうしてもこうなってしまう。
「わ、カペラさん! お鍋煮立って来たですよ!」
「よーし、いくわよ〜!」
 威勢のいい声に反して、そーっとした優しい動き。
 魚を初めて扱う彼は、必要以上に慎重にな動きで魚を全て鍋に入れる。
「ふう。これで大丈夫かしら。味付けにスパイスは使わないのね」
「やっぱり故郷とは全然違いますね」
 二人の故郷はお国柄か、料理にスパイスを使う事が多く、醤油や砂糖が味付けの主になるというのは新鮮に感じられた。
「あとは焦がさないように……だったかしら」
「はい。ちょっと弱火にして、飾り切りの方に移りましょうか」
 頷き合うファラリカとスレダ。仲良く胡瓜を手にする。
 宮廷から始まったという飾り切りは、松や木の葉、桶の形を作って味噌を乗せたり、お花にしたり……本当に色々あって面白い。
「難しいですけど、結構おもしれーですね」
「そうねぇ。……ああっ。お花が歪んだわー!」
「あっ。カペラさん、鍋、鍋!!」
「きゃあーっ。スレダさん火止めてー!!」
 飾り切りに夢中になっていて鍋が煮詰まっているのに気付かなかった二人。
 慌てて火から降ろして……幸い佃煮は焦げる事もなく、程よい照り加減に仕上がった。
「やったですよー!」
「上手に出来たわー」
 思わずハイタッチする2人。スレダはハッとして、照れたように笑う。
「……ふふっ、やっぱりこうして誰かと料理するのは楽しいですね」
「そうね」
 にこにこ笑顔のファラリカ。スレダがその背をそっと撫でる。
「カペラさん、ずっと屈んでて辛かったですよね? 皆の料理が並ぶまでマッサージしてやるですよ」
「あら、そう? 悪いわねー」
 椅子に座ったファラリカの肩を、スレダは踏み台に乗ったままトントンと叩く。


 先程までいたはずの伊邪那がいない。
 楽しそうじゃない♪ なんて浮かれていたのに。どこに行ったのだろう?
 まあいいか……と振り返った柚乃。
 何だか舞人と彰乃がこちらをまじまじと見つめている気がして――。
「……どうかしました?」
「いいえ、別に」
「……彰乃さん、鍋を用意しましたよ」
 笑顔を返す彰乃と、目を反らしつつ彼女を補助する舞人。
 柚乃の身体に白い狐の耳と尻尾が生えていたりするのだが、あえて指摘しなかった辺り優しいというのか何というのか。
 柚乃と舞人、彰乃の3人は、煮物料理が習いたいという舞人の希望を受けて五目煮を作っていた。
 大豆、人参、牛蒡、蓮根、蒟蒻など野菜をたっぷり入れて、出汁や醤油などで味付けするそれは、石鏡の家庭で良く食べられているものなのだそうだ。
「この料理って、作る際の注意点は何でしょう? なかなか要領をつかむ事が難しいので……」
「そうじゃな。人参等の野菜を、大豆と近い大きさになるようにさいの目切りする事じゃの。味が同じように染みるし、見た目も美しくなる」
「なるほど」
 舞人の問いに、ゆったりと答える靜江。それに柚乃はうんうん、と頷く。
 ――神楽に出てくるまでは、家事なんてさっぱりだったけれど。
 今は人並みになら出来るし、料理は楽しい。
 お友達と一緒にする料理は、もっと楽しい。
 柚乃は、心の友をじっと見て続ける。
「彰乃ちゃん、お嫁に行っちゃうんですか」
「はい」
「何か寂しい気もしますが……お式には呼んで下さいね」
「勿論。それに別にお嫁に行っても、柚乃様とはお友達ですわよ?」
「それはそうなんですけど……柚乃をお嫁に貰ってくれる奇特な方はいるのでしょうか」
 はふぅ、とため息をつく柚乃に、彰乃は大丈夫ですわ……と拳を握りしめて。
「ちょっと味付けが薄いような……? いや、石鏡の料理的にはこれで合ってるんでしょうか……?」
「どれどれ……」
 一口味見して首を傾げる舞人に、靜江がどっこいしょと腰を上げて。
 女子二人がそんな話をしている間、彼は至極生真面目に、師範の師事を受けていた。


「そういえば、今日は千覚さんが来られたんですね」
 ふと首を傾げる真夢紀。
 こういった場には、彼女の姉と同行する事が多かった為、珍しいなと思ったらしい。
 千覚はそれに、こくりと頷く。
「姉が嫁入りしましたので……今のうちに私も修行しておかなくてはと思いまして」
 千覚の実家では、民宿兼小料理屋を営んでいる。
 今は彼女の姉が若女将として店を切り盛りしているのだが……そういった事情から、いずれ手伝いから離れなくてはならず……。
 今度は千覚が若女将となり、父母を支えつつ店を切り盛りして行かなくては……と、普段から色々と経営に関する事を学んでいたらしい。
 そんな時に、この花嫁修業の話を聞き、勉強させて貰おうとやって来たのだ。
「だから、今日は色々覚えて帰りたくて。まゆちゃんは、味付けとかいつもどうしてるんですか?」
「うーん。その人の好みの味に合わせるのが一番大事な事だと思うんですけどね。まぁ、基本が出来てないとどうしようもないし……。まずは基礎からですよね」
 千覚の問いに思わず熱弁する真夢紀。その袖を、しらさぎがくいくいと引っ張る。
「マユキ。これ、おおきい」
 しらさぎが指差すのはサンミマス。
 今日は、サンミマスの煮つけを作る事になったのだが……二尺というだけあって、なかなか大きい。
「これ、捌かないといけませんね。私やりますので、千覚さんは生姜を切って貰ってもいいですか?」
「分かりました。その前に……」
 頷きつつ、手帳を開く千覚。テキパキと魚を捌いて行く真夢紀の手際を見て、気付いた事を記して行く。
「色々なコツがあるのですね」
 呟く千覚。
 手順や目配り……真夢紀だけでなく、今この場で料理している人全てが教師だ。
 そして。
「マユキ。あじ、うすい……おダシもっとコクしたい」
「しらさぎ、駄目だよ。石鏡の料理は薄味なんだって」
「なんで?」
 真夢紀の言葉にキョトンとするしらさぎ。
 彼女の家は基本農作業や漁業の力仕事の炊き出し多く、味付けが濃い目で……。
 それに慣れているしらさぎに、文化の違いを説明するのは若干難しそうであった。


「素敵なお嫁さんか……。いつかなれたらいいな」
 そんな事を呟くエルレーン。
 彼女とて恋にあこがれる乙女なのだ。花嫁修業だってしてみたい。
 ……が。
 料理の腕は芳しくなく、五分五分の確率で大失敗。
 今日はそれを何とか出来たらいいなと思いながら、栗の炊き込みご飯に挑戦している。
「ふはははっ! 貴様のような貧乳女が料理など勉強しても、結婚などできるわけなかろうが馬鹿め!」
 聞こえて来た声の主は、紫陽花を抱えているラグナ。今日も子もふらさまと戯れに来たらしい。
「お前の作った料理を喰わされる男が気の毒だ、卒倒するわ!」
 続くラグナの口撃。
 普段なら、百倍くらい言い返されるか、既に鉄拳が飛んできているのだが、今日は不自然に静かだ。
 ふと見ると、エルレーンがぽろぽろと涙を零していて……。
「な、な!? 何を泣く!?」
「わ、私だって女の子なのに……ううっ、ひどいよぅ……」
「エルレーンさん、どうしました?」
「ラグナ……ラグナがああああ」
 異変に気付いた柚乃が声をかけると、エルレーンは彼女にうえええと泣きつく。
 そして、集まって来た者達から注がれる冷たい目線に、ラグナは更に動揺する。
「料理を食べずに文句言うなんて、酷いわよねえ」
「サイテーですよ」
 ファラリカとスレダに責められ、居心地悪そうに目を反らすラグナ。
「いや……わわわ私は当然の事を言っただけだぞ!?」
「女の子泣かすなんて、やっちゃいけない事ですよ?」
「だから彼女が出来ないのでは……」
 お母さんのように叱るリーディアに、ぼそりと事実を呟くリト。
「……人の料理をけなすという事は、腕に自信があるんですよね?」
「えっ。そうなの!? 私、食べてみたい!」
 冷たく言い放つ舞人に気付かず、目をキラキラさせるサフィリーン。
 逃げるが勝ちと踵を返したラグナだったが……。
「じゃあ、作って貰いましょうか」
 残念! 柚乃に退路を塞がれてしまった!
 さて、ラグナさん。何を作ってくれるんでしょうね?


「ローレル、エプロンが良く似合ってますね」
「リト。お世辞はいいから、火傷や刃先に気を付けるように」
 相棒の姿に笑うリトに、ピシャリと返したからくり。
 彼の変わらぬ世話焼きっぷりに、リトは小さく溜息をつく。
「ふふ。仲が良いのですね」
 くすくす笑うリーディアに、乾いた笑いを返したリト。
 人参を切って行くリーディアの手際の良さに目を輝かせる。
「お料理お上手なんですね」
「子どもが沢山いますから……毎日やっていますし」
「え。結婚なさってるんですか!?」
 目を丸くするリトに、顔を赤らめて頷くリーディア。ラヴィも目を輝かせる。
「いいなぁ〜。ラヴィは今、花嫁修業中なんですよ」
「婚約者がいらっしゃるの?」
 リーディアの問いに、ラヴィはえへへ……と頷きながら続ける。
「はい。旦那さまは旅が大好きな方なので、色々な国のお料理を作れるようになりたくて……」
「素敵な目標ですね〜」
 うんうんと頷くリトに、今度はラヴィが頬を染めて……。
 きゃっきゃと語り合う3人だが、しっかり手は動いている。
 彼女達は、リトの希望でほっこり温まる汁物を作っていた。
 人参、牛蒡、大根などの根菜類に、生姜と葱をたっぷり入れて、出汁と味噌で味付をする。
 生姜は身体が温まるのだと言う靜江の談を、熱心に書き留めるリトとリーディア。
 ラヴィが牛蒡の水を切りながら、口を開く。
「あの、リーディアさん、よいお嫁さんになるコツってありますか?」
「あ、私も聞きたいです」
 メモをしまい、大根を笊に上げたリト。その言葉に、リーディアが首を傾げる。
「そうですね……。思いやりと包容力が大事って、よく聞きますが……相手の理解し辛いところも受け入れられるかも重要ですよね」
 彼女の言葉に、考え込むラヴィ。
 ――ラヴィと、彼女の旦那様は駆け落ち同然で家を飛び出してきた。
 今は大分色々分かるようになったけれど……箱入り娘として育ち、何も知らなかった自分に色々教えて行くのは、大変だっただろうと思う。
「ラヴィは旦那様に戴いたものを返せているのでしょうか……」
「まだだったとしても、これから返して行けば良いんです。……誠実に、対等に、向き合い続けたいものですよねぇ」
 笑顔のリーディアに、頷いたラヴィ。
 そんな二人を見ていたリトは、ふと思う。
 ――今すぐはお嫁さんになれなくてもいいけれど。
 いつか素敵な人と出会って、好きな人とずっと一緒に居られたら素敵ね……。
「……鍋。噴き零れるぞ」
「ひええっ」
 ローレルの声に我に返ったリト。慌てて火加減を調整して溜息をつき……ふと、気になっていた事を口にする。
「ローレルは、好きな味はあるんですか?」
「そうだな……。柔らかい甘さのものは何かが和らぐ気がする。あとは、先程入れた……ミソ、と言ったか。これは良い香りがするな」
「確かにいい香り! 出来上がったら一緒に食べてみましょうね」
 ――ローレル、気に入ってくれるといいな。
 コトコト煮える鍋を見つめて、そんな事を考えるリトであった。


「花嫁さん、憧れるですぅ」
「本当、素敵だよね〜! けど……やっぱりお料理ちょっとは出来たほうが良いんだよね」
 ほわほわしている真紀の相棒、春音に頷いたサフィリーン。
 料理が苦手だと、しょぼんとしている彼女の頭を、靜江はそっと撫でる。
「誰しも初めから出来るものはおらぬよ。ワシとて最初はとんでもない料理を作って夫を泣かせておったわ」
 ふぇっふぇっふぇっと笑う靜江。その笑い声が和やかで、萎んでいたサフィリーンも自然と笑顔になる。
「靜江おばあちゃんもそうだったなら、私も大丈夫かな。じゃあ、石鏡の美味しいおにぎりを教えてください。天儀のお米好き♪」
 うむうむと頷く靜江に、真紀が出汁巻卵の材料を混ぜながら真剣な顔で切り出す。
「……なあ、靜江さん。当主として大変な事って何やろか?」
「それを聞いて何とする?」
「あたしも、いずれ一族の当主になるさかいに……そういう事があるようやったら聞いておきたいと思ったんや」
「ふむ。当主になるというのはな、伝統と信頼を背負うという事じゃ」
「伝統と信頼……? 代々の当主と、一族の者が築き上げたもの、という事やろか」
「うむ。それら全てじゃな」
 重い靜江の言葉。
 代々続く家が継いで来たものは、技術や知識だけではない。
 それをまた次の世代へ繋いで行くのは当主としての務めで……だからこそ、彼女も、彰乃の政略結婚を決意したのだろう。
 いつか自分も、一族の者に対してそういう決断を下さなければならない日が来るのかもしれない……。
「そう考えると、血というのも一つの財産なのかもしれへんね」
「そうじゃ。それが分かる聡明なお前さんなら、当主として良い決断を下せるじゃろう。……頑張りなされ」
「おおきに」
 靜江に深く礼をした真紀。ふと、相棒の羽妖精が目に入って――。
「コラ! 春音、つまみ食いしたらアカン!」
「おばあちゃーん! おにぎり上手くにぎれないよー!」
 続いたサフィリーンの悲鳴。彰乃が笑いながら、彼女の手に己の手を添える。
「上から抑えるようにするといいですわよ」
「こうかな……? うーん。皆すごいな。魔法使いみたい。私何時もやりすぎちゃうみたいなんだよね」
「諦めずに、繰り返しやっていれば加減も分かって来ますわ。大丈夫ですよ」
 宥めるような彰乃の声に、そうなのね……と頷いた彼女。
 ふと、思い出したように口を開く。
「そういえば、彰乃お姉さん結婚するの?」
「ええ。ご縁があれば、ですが」
「会った人を運命の人に出来ちゃうんだね 凄いなー」
「ある意味、星見家にとって運命の人には違いありませんもの」
「そっかぁ。でもね、お姉さんが好きになった人だともっと良いと思うよ」
 にっこりと笑うサフィリーンに、彰乃が驚いたように目を見開く。
「生涯を共にするのなら、お互いを大切にしなきゃいけないって、リーディアお姉さんが言ってたの。ラヴィお姉さんも好きな人と一緒で幸せなんだって」
 家同士の結婚とか、難しい事は良く分からないけれど。
 彰乃お姉さんが幸せになってくれるといいと思う。
「良いご縁があるといいね♪」
「ありがとう、ございます」
 囁くように答えた彰乃。
 真っ直ぐなサフィリーンの笑顔を、何故か直視できなくて……。
 彼女はそっと目を伏せた。


 次々と完成する石鏡の郷土料理。
 花嫁修業の成果物から、とてもいい匂いが漂っている。
「……うむ。一人を除いて皆合格。良い出来じゃぞ。さて、出来上がった料理で食事会と行こうかのう。彰乃、お茶を頼むぞ」
「畏まりました」
 靜江の声に、開拓者達から歓声が上がり。
 星見家の屋敷に、いつまでも賑やかな笑い声が続いていた。


 余談。ラグナさんの料理の出来はあまり芳しくなく、仲間達にけちょんけちょんに言われて、紫陽花に慰められたようです。