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■オープニング本文 ●からくりの想い ――主様。ごめんなさい。 私は変わってしまいました。 あなたの好きだった『卯乃花』では、なくなってしまった……。 茫然と、自分の手を見下ろすからくり。 そこに、べったり広がる赤い染み。 彼女の白い髪も、主が選んでくれた着物にも――。 彼女の無機質な瞳に映るのは、辺りを染めるどす黒い赤い色。 人形のように転がる手足。 それは、元々ヒトだったもの。 ……どうしてこうなったのだろう。 確か主様に夕餉をお出ししようと思った時に、賊が押し入って……。 賊が、主様を殴りつけたから――主様を、守ろうと思った。 途端、身体に急激に力が湧き上がって……。 それから……。 ああ。そうだ。 この目の前に広がる惨劇は。 間違いなく私が――。 消えなくては。主様の前から。 壊れてしまった私が、主様を傷つけてしまう前に。 これ以上、人を殺めてしまう前に……。 ――主様。ごめんなさい。 もう、お傍にはいられません。 卯乃花は、あなたを……お慕いしておりました。 ●主の想い ――ワシも歳じゃし、引退することにしたんじゃ。 それでな、一つ頼みがあるんじゃが……この鍵を受け取ってくれんか。 人形師であるお前さんなら、からくりも大事にしてくれるじゃろ……? ……数年前。知り合いの開拓者が、そう言って鍵を置いて行った。 それが、からくりの少女との出会いだった。 真っ白い髪に、金色の瞳。 その様子が卯の花のようだったから、『卯乃花』と名付けた。 最初はぼんやりしていたけれど、色々話しかけているうちに言葉を話すようになり、笑うようになり――。 その様が、とても愛らしくて。 いつしか彼女は、私の家族となっていた。 そして、先日、事件は起きた。 私の家に、賊が押し入ったのだ。 ――やめて! 主様を傷つけないで……! 賊に殴られ、遠のく意識の中で、卯乃花の声を聞いたような気がする。 目が覚めた時には、賊は無残に殺され。 殴られた頭には包帯が巻かれ。 ――そして、卯乃花は消えていた。 ……あの賊を屠ったのは、卯乃花なのだろうか? もし、そうだとしたら……いや、そんなことはどうでもいい。 ――ただ一つ、気になるのは。 今、あの子はどこでどうしているのだろう? どこか壊れてはいないだろうか。 独りで寂しい思いをしていないだろうか。 ――卯乃花。私の可愛い卯の花。 どうか、無事で……。 ●卯の花の行方 「皆様に、人探し……いえ、からくり探しをして戴きたいんです」 手元の資料をひらひらさせながら言うのはギルド職員の杏子。 最近、とある村で殺人事件が発生したのだと言う。 「それはまた穏やかじゃないな。一体どうしてそんなことに?」 「それがですね。全く分からないんですよー」 開拓者の疑問に、困り顔で答える杏子。 ――事件の現場は、蓮水(はすみ)という名の人形師の家。 そこで、三人の男の死体が発見された。 背格好や持っていたものから、その死体が最近出没していた盗賊であることは調べがついたのだが……あまりにもむごい有様だったので、家の主である蓮水に事情説明を求めると、『自分がやった』と、自供したらしい。 「……蓮水さん、それ以上は何も語ろうとしないそうで、お役人の方もほとほと困ってしまっているんです」 「……その、蓮水さんという方は開拓者なんですか?」 「いいえ。一般の方で、志体持ちではありません。人形師という職業柄、屈強という訳でもないですし。何より、頭を怪我されていて、発見された時は家の中で倒れていたそうなので……」 続いた杏子の言葉に、眉を上げる開拓者。 殺害を自供したという男。あまりにも状況が不自然過ぎる。 「その男は、何かを隠している……ということか」 「それで、これから探すからくりが、事件に関わりがありそうだと判断されたんですね?」 「さすが皆さん、察しがいいですね」 こくこくと頷く杏子。資料をめくり、『卯乃花』と書かれた項目に指を置く。 「蓮水さんのお宅には、『卯乃花(うのか)』というからくりの女の子がいるんですけど、その子が事件後、行方不明になっているそうです。血まみれで歩いているところを目撃されているので、恐らく何らかの事情を知っていると思うのですが……」 「いよいよもって怪しいな」 「恐らく、蓮水さん自身も何かを知っていて、黙っているんだと思います。しきりに、からくりの女の子の心配をなさっているそうですし……」 「そのからくりの子がどう事件に関わってるか分からないですけど、早急に保護した方がよさそうですね」 「はい。卯乃花さんですが、途中からぱったり目撃情報が途絶えています。恐らく人目につくのを恐れて近くの沢に入り込んだのではないかと」 「近くの沢ですね。分かりました。そこを中心に捜索してみますね」 立ち上がり、出立の用意をしようとした開拓者。 それをもう1人の開拓者が制止して、杏子に向き直る。 「一つ確認したい。このままだと、蓮水はどうなる?」 「そうですね……。三人は盗賊と言うことは分かっていますので、情状酌量はあるかもしれませんが……殺害を自供していますし、何も教えてくれない今の状況のままでは、何らかの処罰を受けることになるかと思います」 「……そうか。分かった」 「お忙しいところ申し訳ありませんが、よろしくお願いします!」 開拓者達に勢いよく頭を下げた杏子。近くの机に頭を打ちつけ――がつっという鈍い音がギルドに響いた。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
火麗(ic0614)
24歳・女・サ |
■リプレイ本文 ……やっぱり何か隠してるねぇ。 牢に臥す細面の男を見つめて、火麗(ic0614)はため息を漏らす。 卯乃花の主である蓮水と面会にやってきた開拓者達。 彼は時候や日常の話には応じるのに、事件に関わる話になると途端に口を噤む。 柚乃(ia0638)は、彼に何とか喋って貰おうと、事件と直接関わりのない話を振り続けていた。 「蓮水さん、からくりがお好きなんですね」 「ああ。私のからくりもね、とても良い子だから」 「卯乃花、だよな。今どこにいるか心当たりはないか?」 「分かりません……」 「卯乃花の行きそうな場所とかさ。分かる事があったら何でも良い。教えてくれ」 続いたルオウ(ia2445)の問いかけに無言を返し、俯く蓮水。 ……彼女の行き先を知られると困る、と言う事なのだろうか。 柚乃は少し考えた後、思い切って口を開く。 「あの……。すみません。卯乃花さんの持ち物をお借りできませんでしょうか?」 「持ち物……?」 「ええ。『時の蜃気楼』を使えば……あの時、何が起きたのかはわかると思いまして。調べてみませんか?」 その言葉にビクリと肩を震わせた蓮水。慌てて首を横に振る。 火麗は仲間達と顔を見合わせると、もう一度溜息をついて……。 「あたしには、あんたみたいな優男が、盗賊相手に立ち回れるようには見えないんだけどね。……何なら役人に話をつけて、手合せしてみるかい?」 刀を引き寄せ、鯉口を切る彼女。 火麗の蒼い隻眼から発せられる眼光と、蓮水の目線がぶつかる。 ――この男は、あの時、何があったか理解している。だから黙っているのだろう。 「……黙ってたって何も良い事はない。あんたもいい加減気付いてるんだろ?」 「あなた方は騙せませんか……」 弱々しく溜息を漏らした蓮水。ルオウは彼の顔を覗きこんで続ける。 「あのさ。二人がきちんと証言すりゃ、情状酌量だってあると思うんだ」 「……そうでしょうか。私にとって卯乃花は家族ですが……他の人から見れば、彼女は『からくり』です。『からくり』でしか、ないんです」 蓮水の震える声から、伝わる苦悩。 彼は人形師であるからこそ、大切にされる人形も見て来たし、逆に『モノ』として惨い扱いを受ける人形も多数見て来た。 それ故に、思う。 人を傷つけるような『からくり』は、危険因子として廃棄されるのではないか――と。 そんな彼の不安が分かるような気がして、柚乃は隣に立つからくりの天澪を見つめる。 それに応えるように、天澪は柚乃の手をぎゅっと握り……そうしている間も、蓮水の言葉は続く。 「私が罪を犯したというのは全くの嘘ではないのですよ。……卯乃花が罪を犯したのであれば、それは主である私の罪です」 「だから罪を被るって言うのかい? 馬鹿だね、あんた」 肩を竦める火麗。柚乃も首を傾げて続ける。 「最近、からくりに関する事件が急増しています。卯乃花さんも、その影響を受けたんじゃないかと思うんです」 「……それじゃ、あの子が、処分されずに済む道があるのですか?」 「はい。蓮水さんが、諦めなければ……きっと」 「仲良し、離れちゃだめなのよ。天澪も一緒に探すの」 「……そうか。そうだね。君は、良い子だね」 柚乃に寄りそう天澪の姿に、己のからくりが重なって見えたのか。何度も小さく頷く蓮水。 「心配すんな。必ず連れ戻すからさ。……知ってる事があるなら、言えよ」 「……卯乃花さんは決して悪いようにはしないよ。分かったら、あんたの大事な子に伝えたい言葉でも考えるんだね」 迷いのないルオウ。そして穏やかな火麗の声に、彼は何かを言おうとして……堪えきれず嗚咽を漏らした。 「全く。無茶をするな。マスターは……」 「だってさ。その子、きっと主人を守りたいだけやったと思うんよ。それやのにどうしてこんな目に遭わなきゃならへんの? おかしいやないの」 「おかしくない。俺達はただの『道具』なんだよ、マスター」 「だーかーらー! その考え自体がおかしいんや!」 がるると吠える芦屋 璃凛(ia0303)の隣で、ため息をつくからくりの遠雷。 彼女はここに来る前、開拓者ギルド等の各種関係機関に寄り、蓮水と卯乃花の情状酌量を求めていた。 その際、若干熱くなり過ぎて職員を怯えさせてしまい……。 まあ、二人の話をきちんと聞く事、卯乃花の身体に異変があるようなら調べるという約束を取り付けて来たので結果は上々であるのだが。 遠雷が、感情的になる主に意見するのも頷ける。 「まあ、璃凛ちゃんの言う事も分かるよ。からくりにだって、意思があるもんね……」 まあまあ、と2人を宥める天河 ふしぎ(ia1037)。 彼の脇に控えるからくり、HA・TE・NA−17も、今回の依頼の話を聞き、同行を自ら志願したので来て貰った。 そう、彼女達は、自分で考えて行動する事が出来る。 からくりが『道具』だと言うのなら、何故意思を、心を与えたりしたのだろう――。 「……ともあれ、急いで見つけてあげないとだよね」 「ん……。このまま離れ離れになってしまったら、お二人とも悲しい事になっちゃうの……」 考えを振り払うように首を振るふしぎに、こくこくと頷く水月(ia2566)。 事件の真相はハッキリとは分からないが、今までの経緯を聞いただけで、胸が痛くなってくる。 恐らく、からくりは主を守りたくて。 主は、からくりを守ろうとしていて――。 お互いを想う事で呼ぶ不幸。 そんな事はあってはいけないと思うから……。 「彩颯ちゃん、お願いね」 水月の声に、小さく鳴いた白い迅鷹。主の声に応えるように、空へと飛び立って行く。 「あーもー! 絶対探し出したるわ! こんな理不尽許せへん!」 「マスター落ち着いて。人魂の視界をきちんと確認してよ。見落とすよ」 「分かっとるわ!」 手慣れた動きで黒狗の仔の式を作り出した璃凛に、すかさず入る遠雷のツッコミ。 「よし。僕達も行こう」 「ん……」 ふしぎの声に、こくりと頷いた水月。 そして、彼の生み出した小鳥型の式が、沢に生えた木々をすり抜けるように飛んで行く。 「ん……。柚乃さん達、戻ってきたみたい」 足音に最初に気付いたのは水月。聴覚を極限まで研ぎ澄ませ、辺りを伺っていたので仲間達の足音にすぐ気付いたらしい。 その声からまもなくして、木陰から柚乃がひょっこり顔を出す。 「遅くなってすみません」 「火麗さんは?」 「龍に乗って卯乃花を探すって言うから、先に行って貰った」 修羅の姐御の姿が見えず、キョロキョロとする水月に、ルオウが上空を指差しながら答える。 本当は、彼も相棒の迅鷹に空から探索して貰う予定だったが、破龍を連れて来てしまったので叶わなかった。 「お疲れ様や! ……どうやった?」 急ぎ足でやって来た璃凛。その問いに、柚乃はそっと目を伏せて……。 「……蓮水さん、全て話して下さいました」 「状況的に考えても、盗賊を殺したのは卯乃花って事になるな……」 「やっぱりそうなのか……」 腕を組んで続いたルオウに、落胆の溜息を漏らすふしぎ。 状況から見るに、姿を消した卯乃花が一番怪しいのは分かっていたけれど。 何かの間違いであってくれれば……と。 主である蓮水も、開拓者達も、心のどこかで思っていたのかもしれない。 「……マイキャプテン、元気をお出し下さいませ」 主の肩にそっと触れるハテナ。 目に見えて萎んで、ガックリと肩を落とした璃凛に、遠雷が橙色の瞳を向ける。 「マスターも落ち込んだって仕方ないだろ」 「人にはなぁ、分かっていても希望を持ちたい時があるんよ!」 「それは希望じゃない。都合のいい想像」 「ぐぬぬ……!」 どこまでも現実的な相棒に、歯ぎしりする璃凛。二人を見ていた天澪が、カクリと首を傾げる。 「ケンカ、だめよ?」 「天澪、それはケンカじゃないと思うの……えっと。捜索の方はどうです?」 キョトンとする相棒を宥めながら言う柚乃に、水月が思い出すように頭を巡らせる。 「璃凛さんとふしぎさんの人魂が、からくりらしき足跡と、着物の切れ端を見つけたの」 「そんなに足跡も散ってへんかったし、この辺に潜んでいそうなんやけど……」 「岩や樹が多くてね。順番に探してるけど時間がかかってるんだ」 続いた璃凛とふしぎの報告に、ルオウが待てよ……と呟き、記憶を辿る。 「この辺りに、蓮水が良く卯乃花を連れて川魚を釣りに行った小さい滝があるらしいんだ。もしかしたらそこに……」 「滝、見つけたわ! ただ、上空からは人影が分からない。手伝って!」 遮るように聞こえて来た火麗の声。仲間達は弾かれたように顔を上げる。 「黒狗! 川を遡るんや!」 大急ぎで式に号令を飛ばす璃凛。水月は再び、聴覚を極限まで研ぎ澄ませる。 聞こえるのは川のせせらぎ。葉が風に揺れる音。そして――。 「ん……。からくりの駆動音……ここから北東の方角なの。ふしぎさん、見える?」 「了解。ちょっと待って……」 彼女の声に応えて、バダドサイトで視力を上昇させるふしぎ。 北の方角に滝がある。そこにからくりの姿はない。 視線を更に移す。 大きな岩々が連なり、出来た隙間。そこに見える、白い髪……。 「……いた!」 「……行きましょう!」 「足音立てるなよ!」 彼の鋭い声に、駆け出す柚乃。 同様に走り出したルオウに、仲間達は頷き。 ふしぎの式が導く先へと急ぐ……。 小さな滝が、止めどなく落ちる音が聞こえる。 主様と、良く聞いた音。 あの方は、ここで釣る川魚を、焼いて食べるのがお好きで……私には食べ物など必要ないのに良く薦められたっけ――。 「……ここでなにしてるの?」 突如聞こえた声。ぼんやり空を眺める彼女の視界に入る蒼みがかった銀髪。 良く見ると、10歳程のからくりが、こちらを覗きこんでいて……。 「……私に近づいてはダメ!」 天澪に驚き、後ずさる白い髪のからくり。 ルオウは音もなく駆け寄ると、咄嗟にからくりの白い腕を掴む。 「落ち着け! 俺達は開拓者だから、お前に殴られたくらいじゃ壊れねえよ」 「開拓者……様?」 「そうだ。……大丈夫だから、落ち着いて話を聞いてくれ」 彼の言葉に応えるように、卯乃花の身体から力が抜ける。 逃げる様子がないのを見て取って、柚乃がそっと声をかける。 「卯乃花さん。あなたを迎えに来たんですよ」 「おうちにかえろ?」 「ダメです。私は主様に……人に近づいてはいけないんです」 柚乃と天澪の言葉に、首を振る卯乃花。 膝をつき、懺悔をするように頭を垂れる。 「開拓者様。私は人を殺めました。『からくり』ではない、化け物になってしまいました……」 「……蓮水の家に押し入った賊を殺したのは、お前なんだな?」 「はい。間違いありません。……ですから、お願いです。どうか、私を壊してください」 ルオウの確認するような声に、はっきりと頷いた彼女。続いた言葉に、璃凛が愕然とする。 「あんた、何言っとるんや……!?」 「……まあ、『道具』としては妥当な線だね。主が存命で、許可がない以上、勝手に壊れる訳にもいかない」 「遠雷も納得してるんやないわ!」 うんうん、と頷く相棒の頭をペシッと叩いた璃凛。卯乃花は、悲しげに顔を歪める。 「その方の仰る通りです。これ以上人を傷つける前に、どうか御慈悲を……」 「待って、卯乃花。逃げないで……君が消えても何の解決にもならないんだよ」 からくりの前に膝をついたふしぎ。卯乃花はその言葉に首を振り、己の身体を拘束するように抱きしめる。 「どうしてですか? こうしている今だって、どこからか力が溢れてくるんです。もう、どう制御して良いのか……」 己の変化に戸惑い、恐れ……それでも、主への思慕を捨てる事が出来ず――もがき苦しんでいる。 そんなからくりの姿に、火麗は深々とため息をつく。 「主もバカだけど、あんたもバカだねえ……。いいかい、良くお聞き。あんたの大事な蓮水はね、今牢屋の中だよ。三人の盗賊の殺害を自供してさ」 「……何故、主様が?」 「分からないのかい? あんたを守る為に決まってるだろ」 「殺害を自供しているし、このまま君が消えるような事があれば……蓮水が大変な罰を受ける事になるかもしれないんだ」 「このままじゃ蓮水さんが、殺人犯にされちゃうの……」 吐き捨てるように言う火麗。続いたふしぎの言葉に、こくこくと頷く水月。 卯乃花は、その事実に目を見開いたまま言葉を失う。 「蓮水は、あんたがやった事を全部知ってるよ。その上でこう言ったんだ。あんたの罪は自分の罪だって。とにかく生き延びて、幸せになって欲しいって……」 「教えて下さい。卯乃花さんの『幸せ』って何ですか……?」 「このままで、本当にいいの?」 卯乃花に降り注ぐ、火麗が伝える主の言葉。そして、柚乃と天澪の問いかけ……。 私の幸せ……。 それは、主様にお仕えすること。 出来ることなら、ずっとずっと。 優しいあの方のお傍にいたかった。 でも――私は変わってしまった。壊れてしまった。 あの時以来、今まで普通に出来ていた事が出来なくなってしまった。 代わりに、溢れて来るのは膨大な力……。 役に立たない、罪を犯したからくりは、傍にはいられない。 離れさえすれば、主様を守れる。 そのはずだったのに――。 溢れて来る卯乃花の言葉。その深い苦悩。 そんな卯乃花を、璃凛は押し黙ったまま見つめていた。 言いたい事は沢山あったはずなのに。 嘆き苦しむ彼女を見ていたら、何を言うべきか分からなくなってしまった。 からくりは『道具』だと言うけれど。 それぞれに何かを想い、それ故に悩む彼らを、『道具』だと割り切る事なんてできない。 ヒトである自分には、からくりの気持ちは分からないけれど。 それでも。同じからくりを相棒として持つ自分に、分かる事が一つだけある。 それは……。 「なあ、一緒に帰ろ。お願いやから。うちも何もできずに遠雷が……家族が消えてまうなんて、嫌やから。だから蓮水さんも、やってもいない殺人を自供したんやと思うし」 「そう……なんでしょうか」 悲愴な面持ちの璃凛を見上げる卯乃花。 遠雷も、肩を竦めながら続ける。 「ああ。蓮水は一般人だからその程度で済んだが……マスターだったら、俺の為に人の道すら平気で踏み外すんだろうなぁ」 「そやね。別に、ええやない。家族の為やったら」 「だから、困るんだ……」 軽口を叩き合う主人とからくり。そこから感じる深い信頼関係。 「……そう言われてみれば、私……守る事で頭がいっぱいで、主様の気持ちを考えた事がなかったかもしれません」 いよいよからくり失格ですね……と自嘲気味に呟く卯乃花。 彼女の血に染まったままの手に、水月はそっと己の手を重ねる。 「変わったって言うけど……わたしには、変わったようには見えないよ。蓮水さんの事を想って泣く卯乃花さんは、卯乃花さんのままなの」 「でも、私……人を殺めてしまいました」 「それは良い事とは、確かに言えないけどさ。……でも、主人を守りたかったんだろ? お前がそうやって、力を使ったから守りきれたんだよ。それは誇るべき事なんじゃないのか」 「ん……。そうしようと思ってした訳じゃない。こんなに後悔してる卯乃花さん見れば分かるよ。なんにも変わってなんかない……」 言い聞かせるようなルオウに、こくこくと頷く水月。 「守りたかった……本当、それだけの事なのよね。でもね、それがお互いを傷つける事になる事を知って欲しいの。二人なら、何があったって……傷を分け合って生きられるでしょ。あんた自身と、蓮水を信じる勇気を持ちなさい」 そして、続く火麗自身の想い。 驚きと戸惑いが混じっていた卯乃花の表情が、悲しみへと変わり……己の手に重ねられた少女の手にすがりつく。 からくりは涙を流す事は出来ないが――彼女が泣いているのが分かる。 「卯乃花さま。主を思っての行動なら、逃げる必要はございませぬ。堂々といたしませ……。今はその溢れる力に怯えても、主へのその想いがあれば力が主に向く事は決してありませぬ」 「力の使い方は、これから訓練すればどうとでもなります。だから、諦めないで……」 ハテナのからくりとしての想い。そして柚乃の願い。 ふしぎも、頷きながら卯乃花の顔を覗きこむ。 「あの時何かあったのか……君が戻ってきちんと話してくれれば、きっと蓮水も許して貰える。まだ間に合う」 「璃凛が話つけて来てくれてるしさ。悪いようにはしねえよ。蓮水も心配してる。……一緒に帰ろうぜ」 ホラ、と己の手を差し出したルオウ。 その手を取りながら、卯乃花は何度も頷き……。 水月は、ほっと安堵の溜息をつくと、そうだ! と己の荷物から着物を取り出す。 「着替えましょ! 戻るなら、汚れた服のままは良くないの」 「そうやね。近くに川もあることやし、身体も綺麗にしたらどうやろ」 「あの。でも、良いんでしょうか……」 言うが早いか水浴びの用意を始めた璃凛に、戸惑いを見せる卯乃花。 その肩を、火麗がぽん、と叩く。 「着てた着物を証拠品として持って帰れば役人も煩く言わないでしょ。麗しい乙女に血みどろのままでいろ、なんて言う奴がいるならあたしがぶっ飛ばすよ」 「やめとけ。お前が殴ったらタダじゃ済まん」 「手加減くらいするわよ」 「いや、そういう問題じゃないんじゃないかなー」 茶々を入れるルオウとすかさず入ったふしぎのツッコミに、仲間達から笑いが漏れ……曇っていた卯乃花の表情が少し穏やかになったのを見て、水月も微笑みかける。 「いつもと変わらぬ、綺麗な姿で蓮水さんのもとへ戻りましょう、ね?」 「柚乃もお手伝いします……と言う訳で。はい、男性陣はあちらでお待ち戴けますか?」 にっこり笑顔で、容赦なく男性陣に退席を促す柚乃。 俺、からくりなんだけど……という遠雷の呟きも空しく、彼も一緒に連れて行かれた。 開拓者と共に神楽の都に戻った卯乃花は、あの時起きた事、そして己の罪状を全て正直に話し、蓮水の無罪を主張した。 殺した相手が盗賊であった事、卯乃花が突如覚醒した力の制御が難しく、不可抗力が認められる事、そして開拓者達からの必死の嘆願と口添えもあり――。 今後、力の制御を訓練し、彼女を『覚醒からくり』として、開拓者ギルドが管理を行っていく事を条件に、主と共に三日間、強制労働に従事するというごく軽い刑罰を受ける事で、事件の収束を見ることになった。 「卯乃花さんも蓮水さんも……良かったの。ね、ルオウさん」 「ああ、幸せそーに働いてたもんなぁ。あれ、罰になってないんじゃねえの」 「ええやないの。二人とも十分苦しんだんやし。ねー、遠雷?」 「俺に聞くなよ、マスター」 「お互いがお互いを想い合う、か……。ちょっと羨ましい気もするわねぇ」 「うん。天澪、柚乃すき。柚乃も天澪すき」 「あはは……。火麗さんならそういう方、すぐ見つかるんじゃないですか?」 「えっ。あたしは別に……!」 わいわいと談笑する仲間達を見ていたふしぎ。相棒が、遠い目をしているような気がして振り返る。 「どうしたの?」 「……上手く言えませぬが、ハテナと卯乃花は何処か違う気がいたしまする……いつかハテナも、マイキャプテンの為、彼女の様になれる日が来るのでしょうか?」 「うーん。そうだね。ハテナが頑張ってくれるのは嬉しいけど……無理しないでいいよ。今でも十分助けてくれてるしね」 「ありがとうございます。マイキャプテンはお言葉もお上手ですね」 ハテナに褒められ、ふしぎは耳まで赤くなった。 こうして、開拓者達の尽力により、主とからくりは再び共に暮らせることとなった。 彼女は、事件をきっかけに『覚醒からくり』と呼ばれるものに変わったけれど。 心が変わらなければ、きっと。共に歩んで行けるはず――。 二人の変わらぬ幸せを、そっと願う開拓者達だった。 |