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■オープニング本文 ●石鏡からの招待状 その日、五行王・架茂天禅(iz0021)は石鏡からの勅使が来たと知らせを受け、隣国とは言えそうあるわけでもない事態を鑑み五行国の警邏隊総指揮官である矢戸田平蔵を伴って面会に赴いた。 ――が、勅使と紹介された『彼女』の顔を見た途端に五行王の眉間の皺が増えた。 平蔵に至っては目を丸くした後で五行王を見遣り、思わず吹き出しそうになってしまって慌てて顔を背けるという状態。 五行王は問う。 「……此方が勅使か」 そう彼に伝えた役人は頭を垂れて「はっ」と肯定の意を示すが、王の様子がおかしい事には気付いていた。何か問題があっただろうかと内心で戦々恐々としていた彼に、王は深い溜息の後で告げた。 「隣国の王の顔ぐらい覚えておけ」 役人、固まる。 再び溜息を吐く五行王に、勅使――そう自ら名乗った女性はとても楽しそうに笑った。 石鏡の双子王が片翼、香香背(iz0020)。その背後では側近であり護衛でもある楠木玄氏が強面に呆れきった表情を浮かべていた。 役人達を下がらせ、五行王と石鏡王、平蔵と玄氏が向かい合って座す応接間。 「王自らのお越しとは火急の用か」と尋ねた五行側に対し、石鏡は「『あの』五行王が可愛らしくなられたと聞いたので直にお目に掛かりたくて」と笑顔。ゆえに場の空気はピリピリしている。……五行王が一人で不機嫌を露わにしているだけなのだが。 おかげで話は彼を除く三人で進められていた。 真面目な話をするならば、石鏡側は先の戦――五行東を支配していた大アヤカシ生成姫との大戦において様々な傷を負った五行の民を、数日後に控えた『三位湖湖水祭り』に招待したいというのだ。 もちろん招待と言うからには石鏡側で飛空船を準備し送迎を行う。 これから開拓者ギルドにも話を通し、当日の送迎警護や現地警備を依頼して来るつもりだ、と。 それ故に五行王の許可を得るため石鏡王は自らやって来たようだ。 「湖水祭と言えば三位湖畔に咲く彩り鮮やかな花の美しさも見どころの一つでしたね」 「ええ。今の時期は、特に鈴蘭の慎ましやかな美しさが湖の青と合わさって……」 平蔵の言葉にそう返した石鏡王は、しかしふと気付いたように意味深な笑みを覗かせた。 「そういえばこんな話を御存知? 鈴蘭は恋人達に幸せを運んでくれる花なのですって。五行王も矢戸田様も意中の方がいらっしゃるのでしたら、是非」 十四と言う幼さで王になった少女もすっかり年頃の娘になったかと思いきや、他人をからかう笑顔は一端の女性である。 平蔵が笑って誤魔化す傍らで、五行王はふんっと鼻を鳴らして一蹴だ。 その後、生成姫の消失によって起きた異変の件で石鏡の貴族、星見家の助力を得た事への感謝や、調査の進捗状況。神代に関しての話題もありつつ、王達の会談は恙なく(?)終了したのだった。 ●三位湖湖水祭り 石鏡を天儀において尤も豊かな国とした最大の恵み――それが国土の約三分の一を占める巨大な湖、三位湖である。 毎年6月の上旬に催される湖水祭りでは、水辺を散策してその恵みに感謝し、特設舞台では音楽隊や踊り手達が楽しい演舞を披露する。 また、首都安雲から安須神宮へと掛かる橋の上、巫女達が舞い踊る中央をもふら牧場の大もふ様をはじめとしたもふら様達が大行進するという。 例年は石鏡の民が楽しむための行事だが、今年は五行の民にも笑顔をという願いを込めた招待状が送られたことで、この警備、警護の依頼が開拓者ギルドに張り出された。 時は折しも鈴蘭の季節。 三位湖の畔にも美しく咲き誇るこの花が恋人達を幸せにしてくれるという伝説が実しやかに囁かれる昨今、あなたも仕事の合間に乗ってみるのは如何だろうか――。 ●遠望の庵 「湖水祭りを見るのにいい場所があるんだ。案内しようか」 「え。どこどこ?」 星見 隼人(iz0294)の声に身を乗り出す開拓者達。 三位湖の畔の少し高台にある優美な庵。 年に一度、初夏の頃に催される湖水祭りに風流を求めて人々が訪れるその場所は、眼下に三位湖を抱き、阻むものが何もなく。安須神宮と、周辺に植えられた鈴蘭が素晴らしく良く見えるのだそうだ。 庭に咲き乱れる鈴蘭。檜の香りのする庵内に臥し、見るは三位湖。夜にもなれば、輝く月が湖面に映り。 それは、とても雅な光景で――。 「へえ。良さそうなところじゃないか」 「ああ、で、案内するに当たってだな。お前達に折り入って頼みがある。こいつの名前を考えて欲しい」 真顔で言う隼人の手の中には、ちょこんと鎮座まします小さな子もふらさま。 奇妙な交換条件に、開拓者達は顔を見合わせる。 「……この子、確か先日の依頼で行った蕨の里で保護した子ですよね?」 「名前、決めてなかったのか?」 「いや、これには色々と事情があってだな……」 三人三様に首を傾げる開拓者達に、隼人は遠い目をして――。 「子もふらさま、本当に愛らしいですわね! ねえ、隼人。この子を私に下さいな」 輝くような笑顔を見せるのは石鏡国の国王、香香背。 何故彼女が、星見家にわざわざやってきたかと言うと……隼人が子もふらさまを入手したという噂を聞きつけたらしい。 国王の片翼が筋金入りのもふらさま好きなのは知ってはいたが、まさかここまでとは――。 隼人は背筋に冷たいものを感じつつ、口を開く。 「……香香背様。申し訳ありませんが、この子もふらさまはあくまでも預かりもの。差し上げる訳には参りません」 「……ふぅん? 隼人はあんなこと言っているけど、どうなのかしら……? もふらさま、ご尊名をお聞かせ戴いてもよろしくて?」 「もふ? 名前? ないもふ!」 香香背に優しく問われて、胸を張って答えた子もふらさま。 彼女はにっこりと笑って隼人に向き直る。 「……隼人。これはどういうことかしら?」 「ですから、預かりものゆえ、私個人が決めていいものでは……」 「……隼人?」 「はい」 「もふらさまを真心こめてお世話をするのは勿論ですが、ご尊名がないままでは失礼だと思いませんこと? 即刻ご尊名を献呈差し上げて下さいな。……良いですわね?」 笑顔なのに有無を言わさぬ迫力。 隼人は黙って頷くしかなく――。 「……ということがあったんだが、俺はどうにも名づけの資質がなくてな……」 深々とため息をつく隼人に、なるほど……と唸る開拓者達。 ちょっとだけ同情したのか、開拓者がぽつりと呟く。 「まあ、お名前つけた方が良いかとは思ってましたしね……。良いですよ」 「助かるよ。名づけに協力してくれるなら食事くらいは奢らせてもらう」 「本当に!?」 「ついでに酒もつけてくれ!」 続いた隼人の言葉に、一気に色めき立つ彼ら。 そんな開拓者達に隼人は苦笑して……。 「ともあれ、それはついででいい。庵の主人には話をつけてある。是非、湖水祭りを楽しんでくれ」 それぞれの、色々な事情を乗せて。 今年も、湖水祭りが始まろうとしていた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 珠々(ia5322) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / 果林(ib6406) / 神座早紀(ib6735) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 遊空 エミナ(ic0610) / 火麗(ic0614) / 兎隹(ic0617) / 蔵 秀春(ic0690) |
■リプレイ本文 三位湖の畔。水を湛えた三位湖。光を受けた湖面がキラキラと輝き、周囲を彩る鈴蘭が華やかで――。 「我輩はもふらである。まだ名前はない……か。いい名前を考えないとな」 むう、と唸る羅喉丸(ia0347)に頷く開拓者達。 集まった彼らは、周囲の景色を堪能する事なく、庵の中で顔を突き合わせていた。 祭りを楽しむ前に、今回の依頼主である星見 隼人(iz0294)の悩みを解決しようと言うのだ。何と優しいことか。 まあ、今日の食事がかかっているから……とか、面白そうだから……とか、そんな理由が大半かもしれないが。 「簪なら得意なんだが、こいつはちぃとばかし難題さね」 腕を組んで考え込んでいる蔵 秀春(ic0690)。 常人には簪を作る方が難しいと思うのだが、彼にとっては名づけの方が難しいらしい。 簪職人である秀春は良い簪を提供したいと思うあまりに採算度外視。 懐に冷風が吹く事も多い彼にとって、今回は御馳走にありつける絶好の機会。これを逃す手はないのだが……。さて、どうしたものか。 「もふ? 何で難しい顔してるもふ?」 「何でって……あなたの名前を考えてるんですよ」 秀春を見てキョトンとする子もふらさまに、頭にでっかい冷汗を浮かべてツッコミを入れる礼野 真夢紀(ia1144)。 そのやり取りに、柚乃(ia0638)がくすくすと笑いながら、和紙と筆を用意する。 「とりあえず、皆さんが考えて来て下さった名前を挙げて行きましょうか」 「そうですね。じゃあ『美星』、とかいかがですか? 預かられている星見さんに因みつつ、可愛い響きが良いかなと思うんですが」 「良い名だな。俺が考えて来たのは『郁希丸』だ。希望が馨しき香りとなってもふらさまを常に纏う様に……な」 笑顔の佐伯 柚李葉(ia0859)にうんうん、と頷く玖堂 羽郁(ia0862)。 「『春樹』というのはどうだろう。見つけたのが春だった事と、この子が大樹のように大きくなるよう願いを込めた」 「私が考えたのは『ひかり』です。子もふらさまは、瘴気の中より生まれし新たな精霊の光ですから」 それに続いた羅喉丸と神座早紀(ib6735)の言葉。それに真夢紀がはいっ! と挙手をする。 「あたしの名づけも早紀さんのに近いですね。『希望』って言うんですけど」 龍脈の事。精霊の事。瘴気の事。 調査はしているが、まだまだ分からない事が多い。 里から救出した子供達に関わるようにはしているが……傷跡も、多く残っている。 だから。大アヤカシの言う絶望を、開拓者が希望に変える事が出来ればいい。そう思う。 そんな真夢紀の独白に、菊池 志郎(ia5584)も頷く。 「俺も似たような事を考えていましたよ」 志郎が考えたのは、心に星と書いて『ここせ』と読む名前。 生成姫を打ち倒し、終わるかと思いきや……次から次へと出て来る異常な事象。 開拓者達ですら、どう動けばいいのか分からなくなる状況で、この子もふらさまが、自分達の心の星……何かしらの導きになれるようにと願って――。 「皆さん、素敵なお名前ですね」 「そういう柚乃さんはどんな名前を考えて来たんですか?」 机から顔を上げて溜息をついた柚乃に、優しく問いかける志郎。 名づけ苦手だし。もう考えて来なかった事にしようかなぁ……とか思っていたところだったので、ギクリとする。 「えっ? 柚乃は……その。『鈴蘭』とか、どうかな……って。ほら、鈴蘭みたいに白くてころころしてるじゃないですか……」 何の捻りもないですが……と続いた柚乃の消え入りそうな声。 その肩を励ますように叩いたのは珠々(ia5322)。キリッとした表情で口を開く。 「だいじょーぶ。私だってねーみんぐせんすというものは皆無ッ!! でも考えて来ましたよっ」 恥ずかしさで轟沈している柚乃から筆を借りると、珠々は達筆な字で『紫陽花』と書き添える。 「雅さは換骨奪胎で、貰ってきました! 全体像似てません? もふもふで丸いところとか」 「あはは。珠々ちゃんらしいね。じゃあ、あたしのもついでに書いてよ」 くすくす笑う遊空 エミナ(ic0610)が告げた名は『リムセ』。 彼女の故郷の言葉で『風』という意味があるらしい。 「そのくらい自由でありますように、ってね。どうかな?」 「良いですね〜。あ、次から柚乃さんが書いて下さいね! はい、兎隹さんお願いします!」 真っ赤な顔を何とか鎮めた柚乃を書記に戻すとキビキビと仕切る珠々。 指名された兎隹(ic0617)は笑顔で頷く。 「我輩が考えた名は『瑞鈴』と言う」 出会いは奇なる縁。子もふらさま自身にも、縁あり出会う全ての人々にも、佳き繋がりとなるように祈りを込めて――。 「縁起の良さと、鈴蘭咲き誇るこの季節を名に織り込んでみたのだ」 「さすが兎隹さん、良い感性してるなぁ! 羨ましい!」 「では、次の方」 ちょっと本音を漏らした珠々。柚乃が火麗(ic0614)を呼ぶも、反応がない。 アレ? と思い彼女を見ると、何だか遠い目をしていて――。 ――もふらってあれだよね、何で居るか分からない相棒だよね。 でもね。可愛い。可愛いは正義だよ。 でもって、子もふらさま……可愛い、なんて愛らしいの……! もふらさまが可愛いんだもん。もっと小さい子もふらさまが可愛くない訳がなかった! いやいや。落ち着け、あたし。あまり取り乱した姿見せる訳には……! 「……火麗殿? 火麗殿、聞いておるか?」 「ファッ!?」 兎隹にちょんちょん、と突かれ、飛び上がった火麗。 仲間達の目線が自分に注がれているのに気が付いて、咳払いをする。 「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたの。何だったかな?」 「子もふらさまのお名前、お考えを教えて戴けますか?」 「ああ。名づけね。『もふもふりん』……というのはどうかな?」 首を傾げた柚乃に、彼女は艶やかな笑顔で答えた――までは良かったが。 周囲が、しーーん、と水を打ったように静かになる。 火麗は自他共に認める、匂い立つような色気のある鯔背で粋な姉御である。 その口から、『もふもふりん』。 鯔背で粋というのは何と奥深いのか……! と、誰もが肩を震わせる。 これは断じて笑っているのではない。感動しているのである。そういう事にしておこう。 微妙な沈黙を破ったのは、べべん、という三味線の音。 「うーむ。名前はない、と言ったのじゃろ? なら、そのまま『ナイ』と名付けてはどうじゃろうかっ?」 「あはは。面白いですね〜。私は『もののふ』とかどうかな〜と思ってるんですよ。格好よさげですし。字面が柔らかいですし」 「わはは。何だかもふらっぽいのう」 「そうでしょう?」 音羽屋 烏水(ib9423)と和奏(ia8807)の談笑に答えるものはなく。 代わりに向けられるのは奇異なものを見つけたような眼差しで――。 「……な、なんじゃいな、その目は」 「皆さん、どうかされましたか?」 「……いや、格調高すぎてどう評言したものかと思ってな。で、蔵殿はどうだ? 考え付いたか?」 羅喉丸の問いかけに、考えていた秀春。暫くの間を置いて頷く。 「……ああ。『もふ丸』というのはどうかな」 「これこれ。相手は子供じゃぞ? もう少し若々しい名をつけてはやれんのかのぅ? 『もっふる』などはどうじゃ?」 己の肩に召喚されたままの状態でひょっこり乗っているジライヤに、秀春はそれもどうなんだ……とぼやいて、ぶるぶる、と首を振る。 「いや、忘れてくれ。自分でもいまいちだと思う。……すまん。詫びに草むしりでもしてくる」 逃げるように席を立つ秀春。 その肩を、隼人が押し留める。 「待てって。こんな時にまで働くなよ。名前は考えてくれたんだ。奢らせてくれ」 「あんた……イイ奴だな」 「そうでもない。奢ると約束したまでは良かったが、皆どれくらい喰うのかと内心冷や冷やしてる」 感動する秀春に、ぼそりと本音を漏らす隼人。そんな2人に和奏がくすりと笑う。 「ふふ。皆遠慮なさそうですもんね」 「足りなかったら言って下さいね」 隼人を見上げて、ぐっと拳を握る真夢紀。 幼さが残る少女に援助されるのもいかがなものかと思うが。 彼女とて腕の立つ開拓者なのだ。こういう考え方自体が失礼に当たるな……と思い直した彼は、素直に礼を述べる。 「まあ、お酒とか、飲み物は各自自腹なんでしょ? 何とかなるんじゃない?」 のほほんと言うエミナに、それもそうだと頷く仲間達。 そこに、うさぎのぬいぐるみを引きずったエルレーン(ib7455)が凄い勢いで滑り込んで来る。 「皆ー! 今日のお酒はこのヘナチョコが奢ってくれるって! どんどん飲んじゃってー!」 「いやああああああああ!?」 庵に響くラグナ・グラウシード(ib8459)の悲鳴。 それに反して、仲間達から喜びの声がこだまする。 「え。本当!?」 「飲まなくちゃ損ね!」 「飲み放題じゃー!」 「親父さーん! どんどん持ってきてー!」 どうしてこんな事態になったかと言うと――。 時間をちょっと遡る。 ――ラグナは、可愛いものが好きだ。 背中にいるうさみたんは勿論愛しているし、目の前でちんまりと座っている子もふらさまも大好きだ! ……という訳で、彼は人目も憚らず子もふらさまときゃっきゃうふふと遊び、至福の時を過ごしていた。 「可愛いねえ。まるでぽわぽわの綿菓子のようだ。よーし。君の名前は『わたがし様』だ!」 「何それ。変なのー!」 背後から聞こえて来た声。 この声は聞き覚えがある。そう、これは……アイツ。貧乳の悪魔。 いやいや。まさか。アイツがこんな所に来ている訳が……。 恐る恐る振り返ると、そこには――。 「くっ。やはりか! また出たな貧乳娘ッ!」 「誰が貧乳か! シバくわよ!」 そういう前に、ラグナの脳天にエルレーンの拳がめり込んでいる訳だが。 彼が悶絶している間に、エルレーンは子もふらさまを抱え上げる。 「わぁ〜。白くって、ころころしてて、かぁいいねぇ……。そうだ! 名前は『白玉』ってのはどうかなぁ?」 「何だそれは。俺のわたがし様に珍妙な名前をつけるんじゃない!」 「ちょっとー! いつアンタのものになったのよー!」 言い合う2人。それを交互に見ていた子もふらさまは首を傾げて口を開く。 「2人共、ケンカはダメもふよ?」 「「はいっ。分かりましたっ」」 「なによ。真似してるんじゃないわよ!」 「何だとー!? 真似してるのはそっちだろうが!」 子もふらさまの仲裁で収束を見るかと思いきや、再炎上。 ラグナは憎しみを込めた目でエルレーンを睨む。 「今日と言う今日は容赦せんぞ! 覚悟しろ!」 「あら。私に勝てた事あったかしら?」 薄ら笑いを浮かべ、挑発するエルレーン。 怒りに任せて飛びかかってきた彼をひょい、と避けて。通り過ぎざまに背中のうさみたんを奪い取る。 「あっ。ちょっ。うさみたんを返せ!」 「いーやーよー」 追いすがるラグナを避けて、庭に走り出たエルレーン。 散歩に出た主の帰りを待つ龍達に声をかける。 「ちょっとー! そこのカッコいい龍さん達ー。このうさぎのぬいぐるみ三位湖に投げ捨てて来てくれない?」 「いやああああああああああ!?」 「あ。こんなの投げ入れたら三位湖が穢れるか……」 「う、うさみたんは綺麗だぞ! 昨日心を込めて洗ったばっかりだ!」 「じゃあ、これ連れて、ちょっと空中散歩して来てよ。うっかり捨てて来ちゃってもいいからさ」 「やーーめーーてーーー」 「返して欲しい?」 「当たり前だろうが! 何すんだこの貧乳!」 「ほー? 自分の立場が分かってないみたいだねぇ……?」 「あ。いやごめんなさいすみません」 「んー。今日の食事は星見さんが奢ってくれるんだっけ。じゃあ、酒代はアンタが出しなさい」 「え゛?!」 「皆ー! 今日のお酒はこのヘナチョコが奢ってくれるって! どんどん飲んじゃってー!」 「いやああああああああ!?」 ……というやり取りがあって、さっきの状況がある。 身から出た錆というか。いつもの事と言うか。 ラグナ、君に幸あれ! そんな騒ぎが一段落すると、気付けば日が傾く頃になっていて――。 三位湖に沈む夕日。開拓者達は庵や庭で、のんびりとその光景を眺めていた。 「素晴らしいのう……。歌にしたくなる光景じゃな♪」 「ああ。次の簪は夕日を基調にしたものにするか……」 庵の縁側に並んで腰掛ける烏水と秀春。 芸術を生業とする2人は、この景色に大いに刺激を受けたようで……。 「詩吟って言うのは、ただ歌えばいいってもんじゃないんだろ?」 「うむ。アレは詩ありきでな。歌を詩の方に合わせるんじゃよ。ところで簪と言うのは……」 詩吟の話や三味線の事、簪の塗り方、作り方――お互いの得意分野を話し込む2人。 その横で、一心不乱にご飯を食べ続けるもふらさまが1匹。 「今日は隼人殿とラグナ殿の奢りもふ。じゃんじゃん料理を持ってくるもふ」 「……いろは丸。その大食には風情もなにもない気がするんじゃが」 烏水のツッコミをさらっと無視して、料理に手を伸ばすいろは丸。 そのやり取りに、秀春は笑いをかみ殺しながら、もふらさまに声をかける。 「まあ、美味いご飯も幸せだよな。いろは丸、何が美味かった?」 「湖水祭り弁当がおススメもふ」 「そうか。じゃあそれを戴いてみるかな」 「わしもそれにしようかの……。いや、こっちの松華堂弁当も美味そうじゃな……」 酒の選定に入る秀春と、弁当で目移りする烏水。 食べるもので悩めるというのは、とても贅沢な事なのかもしれない。 「……しかし、本当に御馳走になってしまって良いのだろうか」 御馳走を前に、難しい顔をしているのは羅喉丸。 彼の相棒である人妖の蓮華は、深々とため息をつく。 「お主は少し真面目が過ぎるぞ。名づけの礼だと、隼人殿が申しておられたであろう。無暗に遠慮するのは失礼というものだ」 「ああ、気にしないで食べてくれ。……お前の相棒の方がよっぽど分かってるみたいだな」 腕を組み、説教をする蓮華に頷いた隼人。 人妖の方が人生について悟っているという状況が可笑しくて、羅喉丸は肩を竦めて苦笑する。 「ハハ。2人共手厳しいな」 「飲め、羅喉丸。少し肩の力を抜くのじゃ。……人生も楽しめぬ者に碌な者はおらん」 「そうかもな」 頷く彼。盃を受け取りながら、相棒の言葉を噛みしめ……ふと顔を上げて隼人に向き直る。 「星見殿。先日の依頼では世話になったな」 「ああ、こちらこそ」 どうにも、我が相棒は真面目でいかん。まあ、それが持ち味なのかもしれんが……。 隼人と主の対話を聞きながら、もう少し説教と酒が必要そうだと蓮華は思うのだった。 「湖が綺麗に見える……。晴れて良かったですねえ」 「そうですね〜。鈴蘭もとっても綺麗……」 「むむ。見た目もいいけど、この味再現できないかしら……」 まったりと湖を眺める和奏に、鈴蘭の美しさに目を細める柚乃。 真夢紀は、手元のお弁当をまじまじと見つめていて――。 三人三様に祭りを楽しむ乙女達に、小さいもふらさまが割って入る。 「むー。おいら腹減ったもふー。何か食べたいもふー!」 「あ。ごめんね、八曜丸。子もふらさまもこれ食べていいよ」 そう言って、相棒と子もふらさまに御馳走をお裾分けする柚乃。 嬉しそうに食べる2匹を見て、乙女達から笑いが漏れる。 「スズランきれい、かわいい。まゆきはすき?」 からくり特有の動きで、カクリ、と首を傾けるしらさぎ。その問いに、真夢紀はこくりと頷く。 「観賞用としては好きだけどねー……。毒があるから食べたり調理に添えたりは出来ないのよねー」 「毒? では、摘んではいけないの? 可愛い私に似合うと思ったのに……」 「ええ。眺めるだけにしておいてくださいね」 真夢紀と主の言葉に、ぷうっと膨れた相棒を宥める和奏。 人妖である光華は小さい。迂闊に摘んで、何かあってからでは遅すぎるから。 「恋人達を幸せにするっていうけど、出所も今一よくわからないし知らないし……どうせ白い花なら、ジャムや砂糖漬けに出来る薔薇や実が美味しい蓮の方が好きかなー」 「まゆきは、たべられるほうがすき?」 「うん」 相棒の問いに、きっぱりと迷いなく答えた真夢紀。 これも色気より食い気というのだろうか。どうしても料理する、という基準で考えてしまうらしい彼女に、柚乃はくすくすと笑う。 「幸せ運ぶ花……こんな愛らしいのに、毒があるんですね」 「鈴蘭の花を持って帰りたかったのに……」 「光華姫ったら……。分かりました。生花じゃなければいいですよ。後で雑貨屋さんに寄ってみましょうか」 どうしても鈴蘭が欲しいらしい光華に、困ったような笑顔を向ける和奏。 その言葉に、柚乃の顔がぱぁっと輝く。 「あ。いいなあ……。柚乃も鈴蘭の形を模した装飾品が欲しいと思ってたんですよ」 「あら。じゃあご一緒しましょうか」 「そんな事より、この茶巾寿司ですよ! 中身を調べないと! お2人共協力してください!」 にっこりと頷き合う柚乃と和奏に、別な意味で御馳走に夢中な真夢紀。 穏やかな時間が過ぎて行く。 「「「「かんぱーい!」」」」 聞こえてくるのは乙女達の笑い声。 兎隹、珠々、火麗、エミナの4人は庭の一角を占拠して、仲良く食事を楽しんでいた。 「うん。絶景だねえ……。酒も進むわあ」 「本当に、実に良い景観だな」 見える三位湖、そして鈴蘭。絵に描いたような景色に、うっとりとため息をつく火麗と兎隹。 エミナはと言うと、お祭りで買ってきた色々な料理を並べていた。 「あれもこれも美味しそうでね。つい色々買って来ちゃった」 「分かりますー。お祭りの雰囲気ってつい財布の紐緩みますよね」 言いながら、料理を手際良く取り分ける珠々。 彼女がこんなに働くのには理由がある。そう。彼女の天敵、忌々しくも禍々しい橙色のアレを徹底的に排除する為だ! 「ん? 珠々は人参大好きなんでしょ? 自分の所に入れないのかい?」 「ちょ! どこから出ましたかその間違った知識!!」 杯片手に首を傾げる火麗に、がるるると吠える珠々。 もくもくとイカ焼きを食べていたエミナは、その反応で真相を察する。 「珠々ちゃん、にんじんダメなんだ……」 「不思議なのだ。あんなに甘くて美味しいのに……」 押し寿司を食べながら、ご機嫌でぴこぴこと兎耳を揺らす兎隹。 彼女は兎獣人なので、人参は勿論、野菜も大好きである。 大切な友人だからこそ、その素晴らしさを是非、分かって欲しいと思う。 「大丈夫であるぞ。人参は噛み付いたりせぬ」 「分かってますよ! そんな事は! 味が嫌なんですよ味が!」 「そんな事言わずに食べてごらんよ、ホラ。この煮物、本当に旨いよ? 好きになるかもしれない」 涙目の珠々の口元に、人参を運ぶ火麗。 偏食を心配しているように見えるが……目が笑っている。 これは絶対楽しんでいる。あたしには分かるッ!! 人参は此の世から滅されるべきしろもの! あたしは! 絶対に! 食べないっ! 「嶺渡、代わりに食べて!」 「ギッ!!」 決意も新たにした珠々。 大嫌いなアレを、相棒である迅鷹に押し付けようとするも、即答で断られる。 「ホラ。嶺渡も偏食は良くないってさ」 「うむ。人参好きになるように、今度ぬいぐるみを作ってやろう」 「いーらーなーいー!」 ニヤニヤと笑う火麗に、あくまでも親切心から薦める兎隹。 にゃー! と悲鳴をあげる珠々を、エミナは饅頭をぱくつきながら眺める。 「弱点がばれてるって大変だよね……。と、そうだ。ねえ、カント。後で子もふらさまをなでさせて貰おうよ」 カントと呼ばれた羽妖精は、机に腰かけたまま主人を見る。 「構わぬが……。エミナはもふもふが好きなのか?」 「ん? カントも髪の毛もふもふ出来るよ。負けてないから大丈夫」 「そんな心配はしておらん」 「そう? あ、この饅頭、美味しいよ。カントも食べな」 「饅頭? エミナ、ご飯はどうした。菓子を先に食べてはいかんぞ」 「はーい」 最早どちらが保護者なのか分からない状況に、くすりと笑う兎隹。 そんな彼女に、エミナが明るい笑顔を向ける。 「あ、兎隹ちゃん。人参のぬいぐるみ、私も欲しい」 「そうか。ではエミナの分も作るとしよう」 続くやり取り。あたしも……と、そっと火麗が挙手していたり。 珠々はというと、人参責めに遭ったお蔭で床とお友達になっていた。 「お話の通り、本当に良い景色ですね。風が気持ちいいです」 三位湖を見下ろして、ふう……と安堵の溜息を漏らす志郎。 水を見ていると心が落ち着く。こんなに良い光景なら、尚のこと――。 嬉しそうな主に、彼の足元で控える忍犬の初霜も、嬉しそうに尻尾を振る。 その隣には、ちょこんと座る子もふらさまがいて……。 掌に乗るくらいの小ささに、手毬のようだな、と彼は思う。 「子もふらさま、お久しぶりですね。元気でしたか?」 「うん! 久しぶ……もふ! くすぐったいもふ!」 ふんふんふん。 初霜に匂いを嗅がれてくすぐったそうな子もふらさま。 それをひょい、と持ち上げる白くて細い腕――。 「もふら様、お元気そうで何よりです!」 「あっ。えっと、顔は覚えてるもふ! 名前なんだったもふ?」 「早紀ですわ。またお会い出来て嬉しいです」 子もふらさまは、蕨の里から自分を連れ帰ってくれた早紀と志郎を覚えており、再会をとても喜んだ。 「もふらさま、初物の陰穀西瓜を用意して来たんです。菊池さんも初霜ちゃんも、一緒に召し上がりませんか?」 「いいですね。初物は寿命が延びると言いますし。是非戴きましょう」 早紀に導かれて、近くの席に座る志郎と初霜、子もふらさま。 彼女の相棒である鋼龍のおとめも近くに伏せて……何だかとても賑やかだ。 「早紀、とっても美味しいもふ!」 「それは良かったですわ」 「そんなに慌てなくても誰も取りませんよ」 一生懸命食べる子もふらさまと相棒達を穏やかに見守る早紀と志郎。 早紀は特に、子もふらさまを一番最初に見つけたという縁もあり、今日の再会をとても楽しみにしていた。 姉から様子を聞いてはいたし、元気なのは分かっていたけれど――。 この小さなもふもふの身体を直接感じるのは、やはり嬉しい。 折角お会い出来たのだし、これから滑り台に、球蹴りを楽しんだ後、三位湖上空を遊覧飛行……! と、彼女の頭を駆け巡る今日の予定。 まるで恋人とデートをするかのような勢いだ。 「ねえ。お食事が済んだら、いっぱいいっぱい遊びましょうね」 「もふ!」 「わん!」 輝くような笑顔の早紀に、元気よくお返事した子もふらさまと初霜。 志郎はやれやれ、と肩を竦めて。 「……初霜。神座さんはお前に言ったんじゃないぞ」 志郎の忍犬はまだ幼い。勿論主である自分に絶対服従するが、人懐っこい性質はどうしても隠しきれない。 「ふふ。良いですよ。初霜ちゃんも一緒に遊びましょう。おとめ、子供が大好きですし優しくしてくれますよ」 ね? と相棒に笑顔を向ける早紀。 彼女の脇に控える甲龍は、返事をするように低く喉を鳴らした。 「付き合ってもらってしまって……ごめんなさいね」 羽郁を申し訳なさそうに見上げる柚李葉。 2人の周囲を埋め尽くすのは、一面の鈴蘭。 彼が多忙な身であるのは良く分かっていたけれど。 名前が変わる前に、婚約者とどうしてもこの景色を見ておきたかったから――。 「謝ることはない。こんな良い景色を見られて、俺の方が感謝しないといけないくらいだ」 柚李葉が誘ってくれなければ、こんな祭りがある事すら気付かずに終わっていただろう、と笑う羽郁。 その笑顔に、柚李葉の心臓がとくん、と跳ねる。 ――この人と出会って、恋人になって、婚約して……。 沢山の同じ時を過ごして来たというのに、未だに隣にいるだけでドキドキする。 こんな事では、養母の様に落ち着いた素敵な奥方になれるか心配だけれど――。 でも、この焦がれる気持ちを。 好きと言う気持ちを、ずっと、忘れずにいたい……。 「どうした?」 ぼうっとする柚李葉を覗きこむ羽郁。彼女はぷるぷる、と頭を振ると、聞きたかった事を思い出す。 「あの……聞きたいんだけど。羽郁の名前の由来は? えと、何時か……考える時の参考、に……なるかな、なんて……」 消え入るような柚李葉の声。頬を赤らめる彼女も可愛いな……と思いながら、羽郁は続ける。 「俺の名の由来か。“羽のように軽やかに馨しい香りを纏う男になれ”って事らしいな」 羽郁の家は長く続く氏族であるが、名付けに決まりはなく、ほぼ直感で決められるらしい。 由緒ある旧家にしては、珍しい命名方法かもしれない。 「まあ、本当にそうなれたのかは分からんがね」 「なれてます! なれてますよ!」 首を傾げる彼に、ムキになる柚李葉。本当にこの娘は、どこまでも愛らしい。 「ありがとう。……俺達の未来の子供にはとびきりの名前を贈ろうな♪」 「えっ……。あ、はい……!」 ああ。もう、羽郁に顔が真っ赤なのがバレバレだ。 でも、もう一つだけ言わないと――。 「あの……あのね羽郁、忙しいのにありがとう。嬉しかったの」 彼の頬を、掠めるように口付ける柚李葉。羽郁はちょっと驚いた顔をして……。 「あう。つい……。はしたなかったかな……」 「いいや。でも、続きは祝言の後で、な」 羽郁の言葉の意図を理解して、とうとう耳まで赤くなった柚李葉。 この調子じゃ、待たせている相棒達に心配をかけてしまうかもしれない。 頬の火照りが治まるまで。もう少しだけ咲き誇る鈴蘭を見ていよう。 気が付けば、空には月。 青白く輝く鈴蘭を、手を繋いで見つめる2人だった。 日はとっぷりと暮れて、代わりに顔を出した月。鏡のようになった湖面のおかげで月が2つあるように見える。 天河 ふしぎ(ia1037)と果林(ib6406)は、彼が操縦する滑空艇で、三位湖上空を回遊していた。 「湖面に映る月が綺麗だって聞いてたんだけど、本当に綺麗だ」 「あ、ふしぎさん、見てください。ほら……」 「鈴蘭……。あんなに沢山」 「綺麗ですね。……私達にとって、鈴蘭は特別な花になりましたね♪」 月明かりに照らされて、ぼんやり光って見える鈴蘭を見て、笑顔になる2人。 そう。鈴蘭は、2人にとって特別な花。幸せを運んでくれた花――。 そうだ! と突然我に返った果林。がさごそとバッグを探ると、清酒と杯を取り出す。 「折角ですし、月見酒でもいかがですか?」 「いいね! あ。でも、もう従者じゃないんだから、遠慮はなし。果林も一緒に飲むんだよ?」 「……はい。分かってます」 杯に酒をなみなみと注ぎ、乾杯する2人。 ふと、果林は湖に目線を落とす。 「月が2つに見えるなんて、不思議な光景ですね」 「果林、ちょっとこっち来て」 ふしぎに手招きされるがままに寄って行く彼女。彼に抱きすくめられる形になって、アワアワと慌てる。 「ふ、ふしぎさん……?」 「ここにも月があるよ。ほら」 彼が指差したのは杯。その中に、月が映って――。 「まあ、本当。全部で月が4つですね」 嬉しそうに笑う果林。彼女はそのまま、ふしぎに寄りかかる。 「この平和が、いつまでも続けばいいのに……」 愛しい彼の温かい腕。 月明かりに照らされる、美しい彼女。 お互いを独り占めできる、2人だけの幸せなひと時。 でも。こうしている今もアヤカシに襲われている人がどこかにいる……。 そんな人達を救うのが、自分達の勤めなら――。 「私達『夢の翼』で、これからも人々を救いましょうね、あなた♪」 「うん……ん?」 彼女の言葉に頷きかけたふしぎ。何か違和感を感じて果林を見る。 そうしている間も、腕の中の彼女は、みるみる赤くなって行く。 「す、すみません。何言ってるんでしょう。私……」 酔っちゃったかな……と、手でパタパタ仰いでいる果林。 そうか。今、彼女に『あなた』って呼ばれたのだ。 愛しい人にそうと呼ばれるのも、悪くない。 むしろ心地いい――。 「ねえ、果林。もう1回呼んでみてよ」 「ええっ。こ、心の準備してからでいいですか……?」 大慌ての彼女に、頷いてみせるふしぎ。 果林の口元に耳を寄せて、次の言葉を待つ――。 「で、結局お前さんはどれがいいと思ったんだ?」 「そうだな……。どれも良くて、正直決めかねてる」 「これだけ揃うと選ぶのも確かに大変だな」 秀春の言葉に、腕を組む隼人と羅喉丸。 宴もたけなわ。空には月も登る頃になったというのに、子もふらさまの名前はまだ決まっていなかった。 このまま帰る訳にもいかない……と考える仲間達。早紀がぽん、と手を打って仲間達に向き直る。 「では、もふらさまにくじ引きで決めて貰うというのはどうでしょう?」 「確かに、子もふらさま本人が決めたとあれば、苦情も出ないかもしれませんね」 「苦情が出ないのは、非常に助かる……」 続く志郎の言葉。隼人の頭を過ぎるのは双子王の片翼の顔……。 じゃあそういう事で、と。 柚乃がくじ引きを用意し、選ばれた名前は――。 「紫陽花、と書いてありますね」 「えっ。私!?」 「良かったねえ、珠々」 「おめでとー」 まさか選ばれるとは思っていなかったらしい。茫然とする友人の肩を叩く火麗とエミナ。 人参責めを乗り越えた甲斐があったかもしれない。 「我輩も名前をくれた人がいたから、我輩になれたのだ。素敵な名前が決まって良かったな、紫陽花」 子もふらさまの名を呼んで、そっと頭を撫でる兎隹。 紫陽花は、何だか誇らしそうで――。 「一件落着、ここで一句。遠望の 庵に涼し 銭袋。……隼人殿。お代わりもふ」 「おぬしまだ喰う気か!?」 綺麗にまとめたいろは丸にツッコむ烏水。 庵に、仲間達の笑い声がいつまでも響いていた。 余談。強制酒飲み放題でお財布がピンチ。皿洗いに従事しそうだったラグナさんですが、同情した仲間達からカンパが行われました。 |