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■オープニング本文 六月のジルベリアは、いい季節である。しかし、皆が皆、季節の良さを共有している訳ではない。 本題はそれを共有している思っている人の元から始まる。 「あらあら大変ね」 手間暇かけて作られた、それが素人目でも判る安楽椅子に体を埋めるヴォルカお婆さん──典型的な優雅に年を経た太った貴婦人である──が、編み棒を動かす手を止める。 膝掛けの上で先住権を独占していた太った猫が、午睡を中断させられ、大きな欠伸をした。 「ひょっとしたら、もう六月じゃないの?」 それを脇で聞いていた執事ガーランドは胸に手を当てて、静かな声で肯定する。 「その通りでございます」 慇懃たる口調、隙の一部も見せぬそぶりは、執事という言葉をこねくり回して擬人化した様に感じられる。 「人を集めて、軽く楽しみたいわ。花を見る、という口実で。六月ならライラックなどにはいい季節ね、ひねりがない所が、如何にもジルベリアらしい、と言われるかも知れないけど」 「かしこまりました。ですが──」 「そうね──花もいいけれど、茶会ね。立食会で季節を楽しむ宴を──ガーランド、何か浮かない表情ね?」 「奥様、残念ながら、宴はこの時期には見送る方がよいかと」 そう言って、ヴォルカの縁戚、血縁を様々な形で主張する人物の名をあげていく。 「──以上の方々が、奥様がお亡くなりになる事により、この時期に益がある、あるいは損失を補填できる立場で、人が集まった機会に乗じて、自分の都合のために色々と危険なことを考える可能性が大きいです」 「それを言ったら、宴の席を設けるどころか、ガーランドとコック長の手を通った料理以外食べられないわ」 「過大なご信頼ありがとうございます。では、次の宴はしばらく日をおくという事では──」 「それではライラックの花は見られないわ。宴には──場所柄を弁えた方々、そう開拓者に護衛になってもらいましょうね。ガーランドはギルドに話を通しておいてね。後、宴はいつもの面々で」 ガーランドの言葉をまともに解釈したのか、ヴォルカは危険と見なされる人物も排斥せずに、宴に招く趣旨を告げた。 宴は180メートル四方の庭園で開かれ、ライラックの花は四方の隅と中央──ヴォルカが客人を歓待する場所である──に位置する。立食会形式である。 およそ、15名ほどの人物が招かれ、それぞれの従者として合計20人程度がつく。 その内でヴォルカが亡くなった場合、財産相続の申し立てが出来る立場の者が4名いた。 南方への投資に失敗して事業の再展開を目論む弟のグラン。 商業ギルド内で権力闘争の為、まとまった資金が必要な、娘の婿養子のベリル。 幾らでも金を必要とする放蕩息子のライオット。 貴族階級に名を売り込むための資金を必要としている孫のリトファー。 なおヴォルカの夫は死亡している。 ガーランドの読みは、彼らが手を組んで収益を分け合う事はないだろう、というもの。 うまくいけば、互いにつぶし合うかも知れないが、そこまでご都合的ではないだろう。 そして、開拓者ギルドで幾人かの者が苦笑いを浮かべた依頼が出た。 パーティーの護衛者募集。必須事項──ジルベリア様式の盛装。貸衣装あり。目に見える武装、一切不可。 幾人かの開拓者は自分の自慢の装備を持ち込めない事でげんなりした表情を浮かべる。 第36の開拓が始まる。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
四条 司(ia0673)
23歳・男・志
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
九条 乙女(ia6990)
12歳・男・志
羊飼い(ib1762)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 (何故!?) 青いドレスを纏った水鏡 絵梨乃(ia0191)の視界内にある、立食パーティー会場には芋羊羹は存在しなかった。 パーティーを行われているのがジルベリアである。その現在地からすると理不尽な事は欠片もないのだが、絵梨乃には全世界からの自分に対する挑戦に思えてきた。 「どうかしましたか、お嬢さん」 言葉をかけてきたのは執事のガーランドが容疑者に挙げていた一番手であるグラン。ヴォルカ老の弟で、身だしなみの良い実年である。 「まあ、異国の方には馴染みのないメニュー‥‥」 グランは続いて、様々な国家の食事に関する蘊蓄をべらべらと並べるが、さすがに絵梨乃の求めるメニューが芋羊羹である事までは察していないようであった。 「では、あなたにとってジリベリアが楽しい土地でありますように」 そのまま談笑する相手を求めて杯を片手に、パーティー会場をグランは動き出した。 「ふむ。危険を承知して立食会ですか──貴族の考える事は良く判りませんね」 四条 司(ia0673)は、愛人役としてのエスコートを完全に断られた。 少なくとも実子のいる場所で、元来、浮き名を流していた訳ではない立場の人間には唐突な愛人は適当ではない。 そう伊達眼鏡を借りた席で明言された。 とりあえず立場を明言せず、自分がガーランドに叩き込まれた紳士としての振る舞いで微妙な笑みを浮かべる。 観察者が愛人と勝手に連想する所までは、ガーランドは否定しなかったのだから。 しかし、司の元来持つ不機嫌そうな視線は、周囲にはマイナスのイメージを感じさせ、客人達の足を一歩遅らせる。 (情夫というのも難しいものですね、まったく) それを横目で見た鴇ノ宮 風葉(ia0799)はドレスを着込みながら、袖の中の精霊符を数えていた。普段とは違いゴーグルつきの帽子はしていない。 (さってと‥‥アタシの出番がなければ、それが一番いーんだけど、ね、月緋?) ブラッディ・D(ia6200)の耳元に知られざる本名をささやく。十五歳以前が知られていないブラッディのそれを知る風葉はにんまりと微笑む。 司は幸せそうな雰囲気を感じ取る。 (恋人持ちはうらやましい──まあ、性別には選択の自由があるとして、ですが) 四条は非常時以外喋らない事を条件に、側にいる事を許された。 相手が勝手に情夫と想像しようが、勝手だ。こちらは何も言っていないのだから。 そんな四条の思いをを知ってか知らざるか、ブラッディは風葉の夫役として立ち回り(つまりそういう関係なのだ)、ドレスと対になるようにした盛装に白い肌を包んでいた。 (さて、毒を警戒したものの、あまり老い先の長いとは思えないヴォルカ婦人に毒を仕込むのは、名前のある、つまり出所がはっきりしたプレゼントが便利。呑む吸うだけとは限らない、仕込まれた毒針が手を掻く、それだけの事でも婦人を冥府に旅立たせるのは難しい芸当ではない‥‥旦那、どう思う?) 風葉は聞かれて小声で返す。 (平地に乱を期待するような事はしていない。文字通りこのパーティーが無事に終わればいいのだ)。 とはいえ、布石を惜しまない事は、癒し手でもある彼女の行動指針としては当然だった。 メイド服を身に纏い、それに相応しい立場として、ヴォルカ婦人への親戚各位からのプレゼントに気を配っている鈴木 透子(ia5664)も、先程提案した九条 乙女(ia6990)を偽の相続人として立てる作戦で、婦人への危険を反らそうとした。 そして却下された。 「あなた方は余程、私が浮き名を流していた女性にしたいのですね」 赤い瞳を輝かせながら乙女は──。 「仮、仮でござる。後でフォローはするでござる」 「残念ですけど、未亡人でも相手を明らかにしない不義密通というのは、私の氏族ではいい目では見られません。例えば噂としてパーティーの前に流していた、というならパーティーの場に身一つの姿で現れる事で『噂』という事に出来る。でも、衆人の前で宣言するのは別」 アルネイス(ia6104)も黒髪をひっつめて、メイド服に身をつつみ、婦人の説得にかかる。 「自分の手は汚さず、金は手にしたい‥‥。 そんな小汚い考えをしてるような黒幕が居るなら確実にひと泡吹かせてやりたいですね。 ただ防ぐだけではなく出来るならその人物の犯行だと立証したい‥‥ただ、皆様結構な地位をお持ちの方ですので決定的な物証を出せない場合には諦めざるをえませんけれども」 冷静なアルネイスの発言に婦人はにっこり笑い。 「手段を選ばない相手に対して、こちらは手段を選んで勝つ必要があるというのが、お判りかしら? 単に自分の命を守るだけなら、怪しいだけで4人を先に討ってしまえばいい、無論私の関与が疑われないようにね。 涙を適当に流してから養子縁組などで、私が愛し夫と共にもり立てていったこの家系を継いでもらう相手を選ぶ。 そういう思考ゲームもできるのよ」 「『ゲーム』に物証は必要ない、という事でしょうか」 アルネイスが婦人に尋ねる。 「『ゲーム』なら、ね。でも、これは現実の世界」 「チェスの様なゲームと違い、人はどう動くか判りかねますからね」 「このゲームがチェスだとしたら私のサイドはクイーンだけよ」 黒い肌に色味を合わせた黄色い正装で、藍 舞(ia6207)は考えていた。 婦人を殺害するには第三者からの襲撃による毒、暗器、間合いが長い武器での投擲が有効だろうか? (人を殺すのに、シノビばかりが有効とは限らない) 自分がやろうとすれば、他の開拓者の護衛という要素を除外できれば、何もシノビだけが絶対的な殺害行為に繋がると判断できない。 倒す対象である婦人が開拓者であるという事はない。老人故五感も衰えているだろう。その気になれば大抵の開拓者が容易に殺害圏内に潜り込めるだろう。 殺人に必要なのは、得物を当てる手管よりも、得物を必殺の間合いに捉える手管という説もある。シノビは後者に優れているだろう。 しかし、腕の立つ開拓者ならば魔法的な手段を含めた様々な手段で、かなりの確度で殺害を実行できると判断した。 自分がこの一団では『羊飼い(ib1762)』という謎めいた少女をのぞけば、最も下の実力しか持っていない、それでも、だ。 それでも相手の暗殺者が後先考えない殺害のための殺害は可能であり、その上で逃走を含めて行動を起こしてもかなり分がいい成功率だろうと判断する。 もっとも、得物や装具などの調整をかなり行い、技術も磨いているのが前提である。 されど、気になるのは雲母(ia6295)であった。風の噂では口から煙管を離さず、離すと、後々悪夢に見るような惨状を興すというものであった。 ポニーテールに髪を纏めた、現在の雲母は巻きたばこを口にしている。 (遺産巡って‥‥か。子とは思えないな。多少なりと気遣って親の気持ちを理解すればいいものを) 思考が、雲母が自身ながらに無愛想だと思えるのは、弓や狩猟服といった武装に加え、手慣れた得物までもないからであった。 無論、彼女が投げれば、フォークの一本とて常人には耐えきれない一撃となるだろう。 どこから見ても、美形であるが、まるで竜が爪を研いでいるかを思わせる雰囲気であった。 それも知ってか知らずか含めてか、警戒感を露わにした彼女は、寄らば切るとばかりの闘気の塊であり、いつ炸裂するか判らない風情であった。 あくまで噂レベルだから人々は関わらない。 婦人の元を辞したアルネイスがばらまいた策であった。 もし噂ではない所まで行けば、血統を確認されるだろう。 あくまで噂のみの女であった。確認されれば雲母は『うわさ話』と否定できる、だが誰がそれを確認するのか? それは一種、勇者であろう。 場を違えて羊飼いが有形無形な噂の種を仕込んだ後、ラッキーライラックを作りたくなり、ライラックの下に赴く。 「ところで羊がどんな卵を産んで、それを巣に運ぶか知らないか? 十年に一度の事らしいが自分はまだ見た事はないんだ」 西の隅のライラックの大木の根本に座り込み、花々を見上げながら少女『羊飼い』は呟き続ける。 そのライラックの枝に跨りしは、濃い灰色のマントにフードで体格を隠し、長いマスケット銃を構えた、あまりお目にかかる事のない職業『銃士』であった。 羊飼いはガーランド氏に心づくしのラッキーライラックを渡そうと、ライラックを眺めただけであった。 殺気も何もない。 銃士も、銃声を轟かせる訳にも行かず、かといって自分を発見した『凄腕の(主観である)相手』が、何をしかけてくるか判らずに、更に意味不明の言葉で判断が出来なくなっていた。 ようやく状況を把握した絵梨乃が、とっさにテーブル上の酒をあおると、酒聖モードに入り、肩口からライラックに激しくぶつかった。銃士も落ちてくる。衝撃で引き金が引かれ爆音が轟き、更に銃そのものが損壊した。 とっさに一同は次の攻撃に備えて、婦人の周りに集まる。 雲母は葉巻を捨てると煙管の吸い口に唇をあてた。 皆、それぞれに毒に対する対処、更に風葉などは落命した場合まで考えて技を準備している。 それこそ開拓者の中に裏切り者でもない限り、突破するのは事実上不可能である。 仮にマスケット銃が無事だったとしても銃身の清掃、再度の火薬装填、弾丸の装填といったプロセスが必要となる。銃士はこれらを火器類を主力に出来ない要素である手数のかかる作業を短縮、手早く行う事もできるらしいが、この銃士、技はあっても銃はない。 銃士は逃走に入る。 「やられた〜」 羊飼いを突き飛ばして、銃士は急いで逃走し、銃士の最後の痕跡はマスカット銃の残骸のみであった。 それでも絵梨乃は追撃。 「右、右、左、と見せかけて実は後ろ回し蹴りっと♪」 連打を絡める。その度に赤、白、ロゼのワインが飲み干され軌跡を見破らさないイレギュラーな攻撃が襲う。 とはいえ、逃げる事に徹する相手には逃げられた。 向こうも相当な気力を消耗したらしい。 残念な事に人種も性別も判らない。 ガーランド氏に酒をあおった事でドレスに汚れが出た事を絵梨乃は謝るが、かえって婦人を守りきった事を褒め千切られた。 「まあ、皆さんがあそこまで密集していれば、少し時間を持てあました自分が向かうのは仕方のない事です」 舞が咄嗟に隣の帽子を拝借して胸に当てると── 「この度、このような素敵な立食会に呼んでいただきましたお礼に、不作法な開拓者ならではの、騒がしい余興を企画させていただきました。 前振りもオチも不十分ですが、皆様驚いていただけたでしょうか?」 と、有耶無耶にしようとするが、半数は舞の言葉に拍手で応えるが、およそ半数は納得がいかない風情であった。 「それでは拍手をもう一度お願いできないでしょうか?」 舞の確信に満ちた言葉に拍手が巻き起こる。 結局、首謀者は誰か判らずじまいだった。 宴の後、乙女は残った食事を味わう。育ち盛り+旨い食事の行き着く先である 透子はさり気なく相続人たちの様子を伺うが、皆予想される範疇であった。 「慌てふためくほど肝の座っていない相手は居ない‥‥」 そして、全てが終わった後、他の開拓者もいない所でガーランドに切り出してみる。 一瞬、あなたを疑ったと。 ガーランド氏は確かに今回の婦人側の情報を全部関与できる立場である、と認めた上で、この家の紋章を押捺した封蝋が破られた封筒の中身を見せた。 それは書簡。 婦人からガーランド氏へ、遺言として自分の死後十年間、館の維持に努める人を選び、特に年俸としてガーランド氏に、年俸二十年分を渡す、という文面にサインがされたものである。 結局、犯人は取り押さえられなかった。 とはいえ、ガーランドは警邏に依頼して、マスケット銃などの入手ルートを追ってもらう、と断言した。 マスケット銃は頻繁に出回っている品ではない、地道な捜査があれば、いつかは犯人に、そして首謀者にたどり着く。 少なくともこれほどに重大な遺留品を残した上で、逃走した段階での反応から、事実上、犯人は絞り込めた。首謀者はグランである。 開拓者にガーランドはそう断言。 後に透子が彼に接近して、余人を交えぬ場所で語りかける。 「結果だけで判断するなら、確かにあの乙女さんが唐突な相続人として立てば、場は混乱して、狙撃の手間はなかったでしょうね。 一般人の婦人と違って、開拓者同士では一撃で相手を討ち取れるとは限りませんし。 でも、刺客はそれを知らない筈ですね。 それでも乙女さんの偽後継者を否定したのはガーランドさんでは、なかった」 透子の言葉にガーランドは頷く。 「もし、自分が刺客を放つ立場かも知れないとお考えならば、この遺言状を見れば、考え方が変わるかも知れませんね」 内容は期間を切っての、この屋敷の存続と、それに伴う俸給であった。 「自分がこの遺言状に従う人間だと思っていただければ、犯人は別の誰かです。 従わない人間と見られたら、自分がこの首謀者と取られても仕方がない。 ですけれど、私はこの立食会に反対していた人間というのを知れば、見方が変わりますかな? 婦人が我を通した上がると知ってあえて通した。 いや、させた、という見方もあるでしょうが?」 貴女はどう考えます? 透子は無言で微笑んだ。 ガーランドは透子を送り出した。 これが開拓記36番目の顛末である。 |