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■オープニング本文 ワトリンという小村がある。このジルベリアの村は山がちではあるが、薬草や山菜などの山の幸に恵まれている──ただし、殺生は駄目。 何故なら、ケモノの王様『白くのたくるオルレーゼ』が好まない体。この白蛇ときたら10メートルはあるかと思われる巨体である。そして、この山で殺生をする事を拒否する代わりに害獣を追い払ってきたのだから。 オルレーゼは、子供が好きだが、人とあまり接しない。だが一年に一度だけ、里に下りてきて子供達の成長を確認するというお祭りがある。 皇帝至上主義者の領主(正確には代官であろうか? ジルベリアの大地は全て皇帝陛下の所有物なのだから)からは色々と含む所のある意見──有り体に言えば、皇帝陛下以外を信仰の対象にするのはけしからん──が村長に寄せられたが、村長は一度目を通すと、手紙を暖炉で燃やしてしまう。 「今、何かあったのかね?」 と、言って安楽椅子に身を委ねる。この村長も何十年も昔には、オルレーゼから年々に背の丈を計ってもらったものだ。 それからまもなく子供が消えた。大体十二三程度を上にして、立って歩けるものは全ていなくなったのだ。 村人の中には、オモチャを巧みに見せて、子供の気を惹いていた黒ずくめの人物の姿を見たという。 当て身を入れた子供をひとりを、大きな袋に詰め込む場面を見た村人もいたが、それだけのハンデがあって尚かつ逃げられる。 村長は責めもしない。 「しかし、オルレーゼは悲しむだろう。きっと自分が子供に嫌われていると思うに違いない。子供を抱えて山を振り切るなど、只人では無かろう。風信術で開拓者を呼んで子供を取り返してもらおう。もちろん、交渉もあるかも知れないが、その際にはオルレーゼ様を生きたまま祭るという一点以外はどこまでも譲歩していい──もうすぐオルレーゼが山から下ってきそうなのでな」 開拓史第三十四幕の幕が上がる。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
ジェシュファ・ロッズ(ia9087)
11歳・男・魔
ベルトロイド・ロッズ(ia9729)
11歳・男・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔
今川誠親(ib1091)
23歳・男・弓
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟 |
■リプレイ本文 酒場で何杯目かのヴォトカを飲み干した所で、ブローディア・F・H(ib0334)は事件の裏に潜むひとつの手がかりを得た様に感じた。 もちろん、ブローディアが魔術師だからといって、酒場でヴォトカを飲んだから情報を得た訳でない。代官の手下が勝手に声をかけてくる──これは炎の蓮を思わせる、彼女の容姿がもたらす、副作用のひとつであるが──そこへ聞き込みと称して、酒杯を合わせて、向こうはブローディアを酔い潰そうとした所だが、開拓者である彼女の前に手下は沈没。 意識が混濁している内に、情報を聞き出す。 「むにゃむにゃ‥‥ガキのおもりはもう沢山だ‥‥」 「他には?」 「親戚が南方で、反乱軍の方に付いていしまったので、そのとばっちりを避けようと、予め手を打とうという寸法だろう」 「つまりは保身か」 近くでサポートをしていた今川誠親(ib1091)は、代官を黒に近い心証を持っているが。余談も、一言で言えば『どうにも不可解な事が起きている』であり、黒ずくめに関しても──予測をするのみ。 彼が代官は多忙を盾に面会を拒まれている。何か口実を考えておくべきだったかも知れない。 村長からの情報聞き込みも、どういう論点で斬り込むか、という側面がなければ、先の情報を繰り返すのみとなる。 情報収集に協力する事になったジークリンデ(ib0258)は流れる様な銀髪と、数ヶ月前までジルベリアを支配していた氷雪の如き瞳で、様々に憂えていた。 子供達が心配である、皆、帝国の臣民。皇帝陛下への信仰を誤解した形ではなく、明らかに故意に、保身の為に臣下同士の衝突に発展するのは非常に残念であり、それに巻き込まれた人々も哀れ。 「黒ずくめが子供達を引きつけていたのはゼンマイ細工の玩具。この辺りにそう数があるものではないでしょうね」 黒ずくめは文字通り痕跡を隠すための、没個性化なのだろう。村ではパーソナリティに関する情報はない。 「ふーむ、消えた子供たちに、オルレーゼを厭う代官の存在か。まあ、普通に臭いって言えば臭いっちゅう話やなあ。身内の厄介毎の穴埋めで、上に媚びを売るのに、手段は選ばない──っちゅうのは、色々な意味であれやな──」 天津疾也(ia0019)は眼鏡の位置を直し。 「まあ、逃走経路が絞り込めんのは、悪事をやっとると自覚しておるんやろうな」 言って疾也は、ジークリンデに視線を合わせる。 「ちっこい連中を囮に出すのは、姐さんは既定みたいやな。せやけど、俺は最後の手段と考えとる」 「見解の──深刻な──相違ですわね。でも、こうしている間にも浚われた子供たちは不安に思っているのではないでしょうか?」 「加えておかんに、おとんもやな──フォローを万全に、最悪の事態とは思えないけど、積極的な手も出ないならば護りきる、という前提で反対を取り下げるわ、こまいのに傷ひとつつけさんでー」 「そ〜いないすってりらんにっそりそやそぉー♪」 糸目の少年、平野 譲治(ia5226)が意味があるのか、不明の言葉を発しつつ、扉を開けて現れる。 一瞬凍り付いた現場へBGMのリュートが冴え渡る。 それは青系統で整えられた衣装と、幅の広い帽子を被った、少年吟遊詩人の琉宇(ib1119)のつまびく調べだ。 「あはは、凄くレヴェルの低い陰謀だよ。子供だけでも大丈夫だよ、仲良しお子様探偵団四号、琉宇だよ、あはは」 「議論は踊り、お子様は立つなのだっ! 仲良しお子様開拓者! 参号見参!」 「弐番と書いてVと呼ぶ、ロッズ家五代目、ベルトロイド・ロッズ(ia9729)。やるぞ!」 との青い目と赤い目でアイコンタクトする。 「ふー、みんな張り切りすぎだよ、ジェシュファ・ロッズ(ia9087)。壱番参上」 山の中を歩いていたのか、白い髪に葉っぱが乗っている。 「ノリノリやな。フォローはするから、命は大事にせえよ」 疾也の言葉にベルトロイドは真摯な瞳で。 「子供をさらうなんて許せないよ。どんな理由があってもやっちゃいけない手段だ。その段階で皇帝陛下の御心から離れているはずだし」 感情的になった少年にジークリンデはさらりと注意を促す。 「皇帝陛下の名前を出して、自分の感情を正当化するのは、崇拝としては王道かも知れないけれど、真に皇帝陛下の勅を受けた訳でもないのに、皇帝陛下の威厳を振り回す行為になる。もっとも、皇帝陛下の善良な臣民を傷つけた代官に、皇帝陛下の名に於いて、如何なるさばきがあるか、興味はありますけど──けど、私は灰色の決着を望んでいます。白も黒も、最終的には破綻に至る‥‥誰かが」 「絶対正義なんて都合のいいものはあらへんな。賛同したるわ」 そして、逢魔ヶ時、足下の影が東へと長く伸びていく頃合い。 平装にした少年探偵団は石蹴りで遊んでいる(どこまでがフリか、どこまでが真剣勝負かはエスカレートしてしまい、当人達にも見当もつかない)そこへ撓められた金属板が元に戻る円運動を利用した玩具、いわゆるゼンマイオモチャがユーモラスな音と共に譲治の足下に走っていく。 「ぐるぐるくるりん?」 見た第一印象をストレートに口にする譲治だが、木の陰から手招きする影がある。 さり気なく近寄るフリをしつつも、周囲に注意を喚起する。 誠親が動きを止めようと、アーバレストを射ようとする、しかし、黒ずくめはその殺気を感じ取り、譲治の陰に入り、少年を盾とする。 「しまった」 「──!」 しかし、ブローディアが素早く、火の柱を呼び出し、牽制する。 動きを封じた所で疾也が足を射貫く。これだけの近距離では命中精度を捨てている誠親のアーバレストでは危険だったろう。 次の瞬間に黒ずくめは悲鳴を上げる。 その他、様々な遠距離攻撃のエキスパートがそろっており、一人働きのこの『泰拳士』は情報交換と引き替えに、助命を願った。 「ふーん、プライドの切り売りって楽しいかな?」 琉宇がさらりと問いただす。 「同じ目に遭えば判るかな」 「残念、お子様少年探偵団は、仲良しだからね、ひとりで動くなんて真似はしないんだよ♪」 そして、子供達は川沿いの洞窟から解放された。 いつ解放されるとも知れずとも閉じこめられてた子供達が琉宇の歌声が耳に入ったとき、どれだけの希望が生まれたか。その言葉は開拓者と言えども、知るものは少ないだろう。 翻って、疾也は、泰拳士の爪印まで取った情報を盾に、オルレーゼの事を今後不問にする策を、代官に申し出た。 譲治はこのタイミングで代官側から秘策、あるいは悪あがきを想定したが、幸か不幸か、地方の一代官で動かせる人材はそうはいない。金もないのだろう。 更に弦が音階をはき出し、旋律が作られ、声変わり前の少年の声が響く。 琉宇の吟じるトッカータだ。 「臣(おみ)の子の、背丈見守る白龍を。 讃(たと)うが由(よし)は、御(おん)の懐(ふところ)。 皇帝の子でもある村人達が成長するのを見守るオルレーゼは崇められています。 これも勿論陛下のものですし、容姿は朋友に然り。 村人がありがたく思うのも頷けます。 これをお認めになることこそ、臣民の御親でもあらせられる陛下の懐の広さではないでしょうか」 「龍と蛇は甚だ違う、朋友と似ているからと言って、崇拝の対象にしていい事があるか? 開拓者は朋友を信仰しているのか? だが、蛇が獅子でも、私の保身の為には──」 それが本音か、と琉宇は悲しく思った。 「──そう、オルレーゼの事は書かない。何も報告ないもんを皇帝陛下やてどうこうしようとおもわへんやろ。インク代も浮く、一石二鳥や」 代官の言葉を疾也が継ぐ。 「黙認を。皇帝陛下の怒りを買うよりは──計画が失敗した今となっては、大した譲歩ではないはずです」 ジークリンデは後押しをした。 幾つかの書類が破棄される。 山から、琉宇の歌に誘われたかの様に、名残雪の如き白さの巨体が降りてきた。『オルレーゼ』である。 長老が短い、しかし思いのこもった歓迎の言葉を述べると、オルレーゼは嬉しそうにふるえて、子供達をみやる。 「おや、見馴れぬ子ですね?」 譲治が挨拶をすると、オルレーゼは目を細めた。 そう言って背を測る。 (身長高くなっているかなっ!?) 直立した譲治の前で、地に這ったオルレーゼが譲治の頭の天辺まで首をもたげて、譲治の背丈の柱に名前と、年号を刻ませる。 「その年で、背丈は少々足りません。良いものを食べさせてもらいなさい。牛乳がいいでしょう。ただし、新鮮なものを」 当たり前の様に言い放つオルレーゼ。 牧畜か運輸が盛んな土地柄でなければ、新鮮な牛乳を手に入れるのに苦労するだろう。 譲治がやっているのを、何となくジェシュファと、ベルトロイドが丸太に座って見やる。 人外の存在を当たり前の様に受け入れ、近況と成長をともに見守るオルレーゼは、何年経ってもこの村を見守っているのだろう。 琉宇が自分の背丈を刻んでもらうと、ロッズ達に呼びかける。 君たちの番だよ。 「別に崇拝している訳でも──」 「うん、遠くから見ているよ」 譲治はふたりを見上げ、声を張り上げる。 「そんな事はないのだっ。仲良し少年開拓者団はみんなで仲良くやるんぜよっ!」 「‥‥でも、アヤカシに支配も信仰も──」 「何を言っているのだっ? オルレーゼはケモノ、獣の王であって不の思念とか残留瘴気等では無いのだっ!」 ケモノとアヤカシは全く違う存在──それを改めて思い知らされて、ジェシュファとベルトロイドはその声に笑みを交わし、勢いよく立ち上がった。 ワトリン村にある子供達の背比べの後に今年は新たな傷がよっつ増えた。 そして、開拓史第三十四の幕が下ろされた。 |