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■オープニング本文 ──そろそろ、春一番も吹く頃合いだろうか? そんな事を思いながら、志士の少年、風祭均(かざまつり・ひとし)は神楽の都で、開拓者として実力をつけるべく、眼鏡の硝子越しに依頼を探す。 紺の作務衣に身を包み、形のいい脚に黒髪がまとわる。 均は駆鎧を見た事はないが、(それどころか、最近になって初めて聞いた)騎士になりたかった。だが、今から反乱鎮圧に赴いても、あまりにも功名を望んでいるのが見え見えすぎて、正直恥ずかしかった。 何より実力がない。 少なくとも自分自身の認識では、均は自分が他人に認められて騎士になるには、力がいかにも足りなかった、という思いこみである。 最近、前より幼く見えてきた風評もある。 そんな自己否定スパイラルの均が選んだ依頼は単純だった。 宿場町で花見の席取り。 そろそろ桜の咲く頃合い、楽しむために良い席を準備する必要があるだろう。 すこし考える──あれ? 志体持ちにする依頼か? アヤカシでも出るのだろうか。とはいえ、わざわざそんな所で花見をするのか? そもそも撃退する依頼が筋では無かろうか。 つらつらと依頼を眺めていくと、依頼人は『任侠集団:音無組』の類らしい。対立する集団として、『任侠集団:天満衆』にひとり、訓練されてはいないが、志体持ちがいる。 十代の陰陽師、しかし少女。 名は『櫻(さくら)』。 呪符は発動すると、無数の花びらに見えるという。うっすら血を滴らせた如き桃色。 一般人に相手をするだけなら実力は確かであった。 その為、花が散るまで桜の下を占拠去れ、音無組は酒を肴に一杯たしなむ事も出来ない。外部のものに頼むのは、恥を忍んでの事である。 志体持ちには志体持ち──開拓者をぶつけようという腹であろう。 花見の場所を取るのに、一番単純な方法は櫻を撃破する事であり、依頼を読み進めていくと、その様な依頼となっていた。 短い任務で、報酬も悪くはない。 しかし、心、技、体を平均して、鍛えた均は、特化したタイプの達者と比べるとは、常に二線に甘んじる傾向にあった。 「後、4人いれば、どうにか──なるよ。絶対大丈夫だよ」 他力本願な言霊が切り開くのは開拓史第二十八幕であった。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
四条 司(ia0673)
23歳・男・志
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
エシェ・レン・ジェネス(ib0056)
12歳・女・魔
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
四方山 揺徳(ib0906)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 桜の花が綻ぶ頃、四方山 揺徳(ib0906)は徐に音無組の依頼人達に話を切り出した。「拙者の思う所──」 年の割に長身な少女である。初めての依頼であった。 「思う所‥‥で、ご──‥‥今の無し! ノーカン! 独り占めは良くないんじゃないかと思う」 ござる言葉を意識して抜こうとする彼女、強面相手は志体持ちならでは心身の強靱さがなければ、尻込みしていったかもしれない。もっとも、常人離れした志体持ちでもドジはいる、という事だろう。別に全ての志体持ちがドジ持ちという訳ではない、あくまで『例外もいる』という事だ。 「独り占めは良くない──? そうだな──天満衆の連中に占拠されるのはメンツに関わる事だ」 「い、嫌──拙者、荒事は苦手なので、陰陽師さんと天なんとか衆の人を説得というか宥めてみようかと、考えて──ご」 ドシュ! 音無組の兄貴分が畳に長ドスを突き立てた音である。 「ほーう──やれるんだろうな? 確認するぞ、金を払っただけの成果を上げろよ」 「あの、櫻とかいう志体持ちを、数で落とすでござる、志体持ち八、いや九人で攻める、と脅しをかける策でござるよ」 揺徳はついついござる言葉が抜けなくなった。 そこへぶれぬ冷静さな声、琥龍 蒼羅(ib0214)出会った。 「一案ある。客分──というより、雇われの自分達が櫻を倒して、それで天満衆が、納得するか──そこは保証できないからな。やはり櫻を口説き落として、その上で酒を互いに飲み交わし──」 畳に突き刺さった長ドスが跳ね上がる様に、蒼羅目がけて切り上げられた。前髪に触れる寸前と見きり、微動だにしない、蒼羅。 「あの連中と酒を飲む──? こちらが金払ってまで、メンツつぶれな事をした助っ人が言い出す事が天満衆と酒を飲むだと、それくらいなら開拓者なんざ雇うか、連中と酒を飲むなら自分のションベン飲む方がました!」 「せっかく桜も綺麗なのに──」 紅玉の如き赤き瞳の少女エシェ・レン・ジェネス(ib0056)が太陽の様な顔立ちと雰囲気でつげる。 「お兄さんも、話し合いを最初から考えていないのね? ならば代表者で勝負とどうかな」 ──大食い競争とか飲み比べ、とかを述べようとしていたが、先ほどの酒席へ反応からしては、エシェは押し切る気持にはなれなかった。 「でなければ、桜の咲いている間だけ、停戦とか?」 「ほう、で話し合いをする気がこちらにあったとして──だ。向こうが花見の席を分け合う義理なんぞ何処にある? 向こうは志体持ちを使ったんだ。さっきのノッポの姉ちゃんは脅しをかけると言った、志体持ち同士でこちらが勝つ、だろうな。まあ、確証はない、で、そこで連中に桜を見せる必要がどこにある?」 (野蛮人だなー) エシェは脳裏で浮かんだフレーズを口にはしなかった。 (まったく、これだからヤクザ物は嫌いなんだ。 ま、私もヤクザ物と言えばヤクザ物なんだろうな) 暗い色の肌に、白いとも見える髪と、銀色の瞳。それらを越して尚、幼児に見えるほど、小柄な身に不似合いな煙管をくゆらせながら、雲母(ia6295)が瞬時に間合いを詰め、手首に鉄拳を叩き込み、若い衆の手から長ドスを落とさせる。 「くっ!」 肩を竦めながら雲母は──。 「一応、下調べはしたよ──貴様ら程度の昔話などつまらん。百年も前から、二三年に一度しか死人を出さない程度の出入りで、いきがるな。井の中の蛙ども。どうせメンツを詠うなら互いにひとり残らず、つぶし合う様な思いきった事も出来ないから、外様に頼る。で、櫻とやらでいきなり3人斬られた。まあ普通に戦えば、お陀仏だろうね」 煙管から吸い出された、紫煙が雲母の唇よりはき出される。 「その程度の根性とはな。ならば、少し平和的な解決というのをしてみる気はないのか? まあ、無いか、先ほどのやりとりを見てみれば──私もらしくない事を言ったが。今なら『助言』してやるぞ」 「きらちゃんの助言は色々と──発想の転換が必要になりそうですが、悪くない」 天満衆と交渉に出た藍 舞(ia6207)と九法 慧介(ia2194)、四条 司(ia0673) が引き戸を開けると、殺気だった空気の中に踏み込んでくる。 一般人なら入るのを非常に躊躇わせる空間。余裕で進むふたり。 「いいんじゃない? うちの見た所『あちら』にも勝ち馬に乗っている勢いがあります。こちらが花見に来たら皆殺しにし、桜の根元に埋めるとの事。櫻の顔は見なかったけど、向こうもやる気はある様です」 彼女は目を細めて──。 「誇りがあろうが意地が有ろうが、桜の下での抗争なんてただの無粋よ」 「この連中は意地の為、メンツを捨てて、私らを雇った。それでなお、顔を潰される位なら──まあ、雇われた方には不適切な発言だな」 「えーと。命の取り合いなら応じるが、命の奪い合いに応じる覚悟がなければ、とっとと宿場町から出ていけ、まあ、こちらは、向こうさんもあまり本心じゃなくて、適当に言っただけみたいだけどね、やれやれ」 「ちなみに向こうはタイマンで被害を少なくするってという考えはないようです」 司はどこか不機嫌そうな表情を崩さず、言葉を続ける。 「つまり、櫻さんを連戦で使う心づもりと思われます──これで倒せば、勝利条件はみたされます──」 金色の目が細められた。 「──それでよけりゃな!」 つい、司は激高する。 深紅のローブとフードで姿を判別しづらくしているカンタータ(ia0489)は、舞に裁定を求めようとしたが、彼女を裁定役と見なしているのは彼女だけであった。 それでも、彼女は警邏を煩わせなくて済むようなケンカレベルの対決で決まるようにした勝った。 音無の組員さんたちには兜と鍋蓋でもいいので盾を装備してもらうよう要請するも納れられない。 むしろ、殺気の度合いが大きくなった、天満組だけでなく開拓者への悪意も比例す。 「いいですかー? お酒の席を獲り会うんです。死ぬのも殺すのも無粋ですよー。勝負に勝って美味しいお酒にしてくださいねー」 カンタータが詠う様に依頼するその足下へ、唾が吐きかけられる。 その次の瞬間から、懸命に依頼しても、彼女には何か『モノ』を見る様な視線が通り過ぎるのみ。 「──!」 そこへ雲母が愛刀を抜き、地面に線を一本書く。 「光物を出すのはいかんなぁ‥‥もう少し穏便に済ませられないのか‥‥私は覇王だからいいのだよ。ここから先に進めば‥‥──判るか? それとも、手足の二三本も飛ばさないと理解できないか」 煙管をくわえたまま流暢に語った。 だが、そこへ白無垢の衣装を着込んだ少女が現れた。 左手に呪符の束、右手に守り刀。 「私が櫻です。意地の為に死んでこい、と言われました」 「そんな拙者は戦いは避けたいでござる、命を捨てるのはダメ、絶対!」 揺徳が懸命に少女に向けて叫ぶ。 遠巻きに人々が集まった。 「いざ尋常に──勝負」 呪符が膨れあがると、砕け散り無数の花びらと化す。 「ひとつお相手願おう」 彗介が愛刀『乞食清光』に念をこらす。 同時に表情が無機的になっていく──否、表情がない、全ての喜怒哀楽から超越した司。 そこへ大斧をゴーレムに持たせた舞が、叫ぶ。 「何かすれば桜の木を全て刈り取る。それを承知か?」 何かを櫻は呟いた。 薄紅色の刃が司を襲うより早く、鞘走る刃。 司が叫んだ、この立ち会いに割ってはいるいくつもの影に。 とっさに音無組の動きの大半を止める。 しかし、それより早く動く影、と止めきれなかった音無組の影。 彗介と櫻の間にいる雲母が乞食清光を鎖骨に深く食い込ませ、同時に彗介を呪符から護る形となる。 「光物振るうなら‥‥」 されど、煙管は落とさない。 次の瞬間に止めきれなかった天満組の長ドスが櫻に突き立つ。 三本ほどが、はらわたをぶちまけた。 駆け寄る開拓者達が天満組を制し、揺徳が懸命に櫻の生命力を賦活する。 「死んではだめでござる、生きるでござるよ」 結局、早咲きの櫻は散ったままであった。 揺徳は雲母にその無念の分も力を振るう。 「若い者から──死ぬ、か。順序が逆だろう」 雲母は呟いた。 傷は癒える。 死者は蘇らぬが。 舞のゴーレムに斧を苅らせるははったりであった。 結局、開拓者達は交渉で何かの効果を上げた、と見られず中途半端に抗争を悪化させただけ、とされ開拓者ギルドでは報酬が無かった。 単純に言えば、統一された交渉方針が無く(両陣営ともに)、各人が思う事をやっただけであり、状況に寄与すべきものなしという扱い。 櫻は無縁仏として、呪符と守り刀と共に眠る。 これが開拓記28幕の結末であった。 |