可視の悪意
マスター名:成瀬丈二
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/05 14:30



■オープニング本文

 ある辺境村で争いが終わった。
 立松村と、長月村村同士の諍いという天儀を揺るがすには如何にも力不足の小村同士な出来事である。事実、両方村からは戦いに開拓者を呼ぼうという動きはなかった。
 初めは小さな事だった。長月村の狩人が村境いの山を超えて立松まで獲物を追ったのに、取った獲物の分の税を払うかどうか──束ね役の書状は、酒精を得て論戦となり、村根性の腕ずくの威嚇は、互いの威信をかけての抜刀沙汰となった。
 先に抜いたのはどちらか、つまびらやかにはされていない。
 どちらにしても、天儀で暮らす開拓者にしてみれば、鼻で笑うしかない微少な事である。
 しかし、もつれ込んだ戦いは規模こそ数十人であったがり、季節も相まって戦線は膠着した、どちらかが志体持ちに介入を願えば、話は楽に済んだだろう、いや『かもしれない』である。
 結果として戦いは立松村が攻勢を耐え抜いた。そこで形だけの進撃をして勝利を宣言。それに異を唱えた主戦論を唱える長月村の若い衆にして、長月村の束ね役の三十初めの弟であり、勇猛さを知られる──ただし、有能さは知られていない──長月孝充(ながつき・たかみつ)は不服を大っぴらに出した。
 彼に続く若い衆も納得はしていない様に感じる。
 それは判っている。束ね役である兄は、彼を立松村へ人質として出した。
 違約出来ぬよう、飼い殺しである。
 兄である長月名典(ながつき・みょうてん)は三十半ば、妻も側室もおらず、子を為してはいない。
 故事に倣って父母を──という声もあったが、いずれも他界している。
 この弟だから──ではなく、これしか名典には選ぶものが無かったのだ。
 とはいえ、名典は自分たちが負けた訳ではない、という若い衆の奮発を押さえるのに、辟易していた。
 もし、ここで孝充の身に何かあれば、暴発しかねない。
 さすがに受け入れ先である立松村の束ね役、立松裕也(たてまつ・ひろや)に、無事を確約させるにも、筋が違うと名典は感じた。
 自分たちが違約をしなければ、なにも疚しい事はないのであるのだから。
 少なくともこちらが暴発しそうなので、よろしく御願いします、とは『人として』言えなかった。
「情けない話だ」
 孝充は酒に溺れようかと考えたが、理性がそれを遮る。
 人質の護送の間、迂闊な手を打てないような、抑止力が必要であろう。
 ならば──。

「判りました、長月村から、護送される若い衆を如何なる危害からも三日間守り通し、立松村で村長の花押を得て、引き渡しを確認まで護送する事ですね」

 天儀の都で新たな依頼が張り出される。
 それは新たな開拓の一幕、第二十五幕の始まりであった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
蒼零(ia3027
18歳・男・志
雲母(ia6295
20歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
アルクトゥルス(ib0016
20歳・女・騎
エシェ・レン・ジェネス(ib0056
12歳・女・魔


■リプレイ本文

 そんな予感は精霊門を潜る前から存在はしていた。
 開拓依頼を請け負ったのは──8名の志体持ちと、その朋友であった。
 しかし、初依頼の少女である魔術師、エシェ・レン・ジェネス(ib0056)が開拓者ギルドの待合室で(冬場に特に集まる場所は無かった)鴉の濡れ羽色の髪、雪のように白い肌の細面に、緊張の色がにじんでいた。
 アルクトゥルス(ib0016)は陽が落ちてなら、常人の目には七つの輝きと映る星辰にも似た煌めく瞳でエシェの髪に手を置くと。軽くぽんぽんと叩いた。
「なーに、戦場で往生できない程度の奴の護送だ。それにさ、アヤカシが出るような場所なら、狭い一帯で、命を的に獲物の取り合いをしている余裕なんかないだろうからね。ま、ジルベリアなら判るだろう? 独立を護る戦いに負けても、今では私は騎士様だ、自分が生きるだけが勝利じゃないのさ。ほんと、獲物の税を払うかどうかで殺し合いになるなんて、大丈夫、ぱっと見に殺気立ってる様に見えるけど、実は結構余裕がある、と思いたいよ。本当に危ないなら──翔んでいくからな」
 言って、アルクトゥルスは、これも最初の開拓仕事となる、朋友である甲龍のアスピディスケの翼のあたりを掻いてやる、このスキンシップに甲龍は満足げに低いうなり声を発し、更に体をすり寄せる。
 硬質の鱗が適度な手触りを与える。それはふたりの絆。共に蒼穹を翔ける旅路のかけがえのない灯火。
 そんなアルクトゥルスのアスピディスケと比較すると、エシェの朋友である炎龍の姿がある。如何にも鋭敏な印象を与えるシルエットと、未発達な甲殻を帯びる姿はウシャスと名付けられていた。
 それが少女が開拓者として魔術師としての欠けた部分を要求した結果のペルソナなのかも知れない。
 事実、その攻撃性は機動を活用しての戦いというより、よりパワーを要求される肉弾戦で発揮され、様々な力が目覚める事で、彼女同様にしたたかな開拓者として成長するのだろう。
 エシェは遠方にいる護衛対象を思い、思わず呟く」
「負けて尚かつ、それを判っている人かな‥‥タカさん」
 その言葉に恋慕の思いはかけらたりともなかった。
「会いもしない内からタカさん‥‥ですか。
 まあ、堅苦しそうな苦手みたいなのでしょうかエシャさんは? その言い丈はともあれ、多分、判っていないと思います、それでも、少しばかり互いが折れて、内輪の手打ちですます所を村同士の争いに発展させ、あたら愚かに命を落とし、戦いも膠着状態で、信用という形を得る為、人質を取る、取らないの話にまで発展してしまうのですから‥‥。
 皆が納得するように話し合いをするのは、きっと簡単なようで難しいのでしょうね。日限を切るとか、限定付きならあるかもしれませんけど」
 アルクトゥルスの言葉を聞いていて尚、空を見ているかのように焦点が今ひとつ定まらぬ和奏(ia8807)の表情。
 ふたりの初冒険に出た女性達の会話から拾った言葉に対し、多分和泰当人としても彼なりの葛藤があって、それを言語化する事をためらっているのだろう‥‥。
「事が荒立てば、開拓者の介入があり得る事を──例え、些細な事でも、ギルドも『損得勘定』が成立したら公開されますからね」
「そうなったら、お金を持っていて、強い開拓者に共感を得られれば、村同士の戦いでも開拓者が戦うの?」
 エシェが和奏の言葉に衝撃を感じる。
「共感できる依頼、というのが大事だと思います。それで最初に戻って皆が納得するように話し合うのは、という所に戻ります」
 開拓者が権益を代表して戦いあう状況は終末的な状況かも知れない。
 玄 隻舜は青紫──群青色の瞳で一同を見ていた。朱い色が多い傾向と思われがちな、炎龍だが隻舜は半透明の硝子細工の様な、きらめきを周囲にもたらしていた。翼は曇りがちな空からさし染める日光をその翼端ではほぼ完全な明るさのまま主を照らしていた。隻舜が主の蒼零(ia3027)の元から頻繁に脱走するのは、自分が朋友として必要なのかを確かめ合っているかも知れない。それはさておき最初の議題に話を戻そうとする。
「アルクトゥルスさんの言葉を補足するならば、以前からアヤカシが出ていれば、確実でしょう? 人だけでなく、アヤカシの相手も考えると、色々と備えをしておかなければいけないが──それは忘れた。
 これで何かアヤカシに関する事項があって、村同士の諍いがきっかけで動きがあっては、戦死した人も納得できないだろう。備えだが──」
「はい、はい、はい。提案あるぜ!」
 と、ルオウ(ia2445)が飛び跳ねながら手を挙げる。
「提案ならあるで、ほなら、一人頭百文で虎の巻の開帳を──」
 ちょっとアンニュイっぽく天津疾也(ia0019)が手をひらつかせる。
「待てよ。お前、ルオウ坊主と相談していただろう?」
 全身を鋼でよろう巨漢、北条氏祗(ia0573)が、さりげなく鉄の爪をかます。
「ああ、頭が割れるかと思ったで、ホンマ」
 眼鏡(といっても伊達だが)のフレームが、歪んでいないか確認する疾也がぼやきをもらすが、ひとり欠けた分をシフトを組む事に落ち着いた。
 そして、いざ、出立という段でルオウが龍を連れてきていない事が判明した。連れてきた朋友の猫又は『雪』。
 さすがにルオウの体格では乗れないだろう。
 その新雪を連想させる純白の毛並みと、ジルベリアの春を思わせる若芽の緑。
「そこいらの龍に負けるような様な奴じゃないぞ──雪は」
 本当の名前は帝国出身という彼の父の命名である『ズィルバーヴィント──和風に言えば銀風』だが、それでも長いのかルオウは略している。
 単純に龍より早い(!)足行きを持っているのだが、知性という強力な力、尻尾さえごまかせば怪しまれにくいという様々なメリットを秘めている。

 最終的にはルオウが龍を貸し出してもらう事になった。ペースを整えるためとはいえ、イレギュラーな自体に、保証金を預けたり、保証書にサインしたり、血判を押したりといったルーチンな作業を終え、引退寸前の龍が引き出されてきた。馬に例えるなら、そろそろ馬刺しもいいかもね? というくたびれようである。ルオウの愛龍の様には行かない。
 その老龍も氏祇のの『炎龍』大山祇神の骸骨もかくや──という外見には正直退いた様だ。大山祇神とはその異形故の悲しみと、氏祇との絆の強さは比例しているかのように思えた。
「あれ、もう皆さん発つんですか?」
 言いながらも、旅支度は万全の颯。
 颯にしてみれば、準備は出来ているのに、何故自分の背に乗らない。自分が開拓者ギルドから貸し出されているのは、開拓のためだぞ──と、思ったかは判らない。
 そして7人と8匹の開拓者は精霊門を超えてく。

 最終的には何の葛藤もなく村に着いた。
 東屋に起居していると説明のあった孝充の前に一行は通され。白無垢に身を包んで尚かつ傲岸にして不遜。
 世の中には少ない、評判通りの人間が開拓者の前に通された。
 確かに、隆起した筋肉の輪郭から伺える体格の良さ、相手に向ける闘志の高さは、腕っ節だけでお山の大将を気取る集団には丁度良いかもしれない。
 しかし、村を納めるためは、にお山の大将は関係ない当然の事ではあるが、村に必要なのは人の輪を大事にして、意見の調整ができるものだ。
 この人物に対して好感を抱くのはアヤカシと同じくらいに難しかった。
「ふん、これが開拓者とか言う連中か──ガキばかりではないか?」
「旦那、これはお目が高いでんな、若いという事は可能性でっせ。この連中が世界を変えまっせ」
 反射的に商人根性を爆発させてしまう疾也。
 疾也が『えー護衛というものは、護るもの、護られるもの双方深い理解が──』と調子づけて村人をさりげなく表に出し。
 教育を始める。
 氏祇は場数を踏んだモノの気迫で迫る。
「立松が憎いのは分かる。が、貴殿が暴れれば、対立は更に深まり死傷者が出る事になろう。
 どうしてもと言うのなら‥‥拙者を倒してから復讐する事だな」
 言い終わる前に孝充は飛びかかってきた。
 それより早く、割り込む影、隼人の発動と、泰風の戦闘服の相乗効果でもあったのだろうか、通常では反応できるモノではない。
 掌底だけで孝充の動きを封じている。うっすらと煙が立ち上っているかのような誤解を感じる。
 自分より頭ひとつ半は小さい赤毛の少年は握り拳から親指を立てる、サムアップサイン。
「こう見えても俺だって強いんだぜーしっかり護衛するな!」
 金色の目が爛々と輝いた。
 蒼零は心中で舌を出し、取り繕う。
 それでも散らした村人は集まってくる
「この程度の事、開拓者ならできて普通。もっとも、こちらの力を見せるためにアヤカシ相手ではなく、抑制している」
 この場で必要なのは真実ではなく、勢いだ。
「────なるほど、今度の戦いの時は開拓者ギルドに派遣を頼むか」
「判ったんだ♪ ねえ、タカさんって読んで良い?」
「うるさい、ガキ」
 エシェが小首を傾げる。
「♪──私なら素手でも倒せるかも知れないよ?」
 大男とは行かないまでも体格の良い程度の一般人では志体持ちと相手にならない。
 その言葉を聞いた孝充の表情は深淵をのぞき、のぞき返されたモノのそれであった。
「でも、開拓者ギルドって途中で組織として動くため、依頼者から仲介料を、開拓者への依頼料とは別に取っているし、あまり知らないけど、開拓者だって依頼を受けたくない、嘘の依頼を出せば、ある程度の自由裁量は開拓者にはあるよ、初めての依頼だし、聞きかじりの事を教えて、あとでゴメンナサイって言いたくないから、エシェが依頼で聞いた事だけ。隠し事はしないって約束してね、エシェもしないから」
「約束か──便利だな、約束を破れば意表をつける」
「‥‥」
 倫理観はまるで違っていた。
 三流の冒険的政治家の言葉であった。共感は得られない。
 ともあれ、彼は驢馬に載せられ、周囲を龍達で包囲しながら、道々を進んでいく事になる。
 ルオウが最近、この一帯を少人数の軽装の十名程度の人間が動いた痕跡に気付く。
 道中で、山沿いの道で予想通り、襲撃があった。一般人が多少、狩人の業などで足跡を消しても、根本的な基礎が違いすぎる。
「痛い目見たくなかったら、自分の村に帰った方がいいで。今なら通り過ごしで終わらせたる。でなければ──開拓者相手にガチンコやるか?」
 疾也が見下ろす。その隣で氏祇が双刀を抜く二丁の『乞食清光』に視線が集中した、威圧感を感じた。斧は鉞となって、木を斬れる。槍は海にあって魚を捕る。しかし、刀だけは戦闘以外に使い道のない、人とアヤカシを斬るためだけの武器である
 乞食宗光──全長二尺4寸の刀。天儀最高峰の刀工の一人、加賀清光の手による刀である。反りの緩やかな薄手の刀で、氷のような刀身は凄まじい切れ味を誇る。
 更にいくさ人との相性は悪くない。
 刀工清光は殺人剣しか打たぬと憚らず、彼自身の性格の問題もあって、世人からの評価は著しく悪い──だが、悪名などというものは氏祇は歯牙にかけない。
「我は三嶋大社の武神、北条氏祇──二刀流の錆になりたい者はかかってこい、北条の武、教えやろう」
 怒号が収まった瞬間に、襲撃を見越していたルオウは強力の奥義と共に巨岩を放り投げる。質量攻撃は動く目標に対して、有効ではないがこうして、威嚇には使える。
「悪ぃけど、ケンカするってんなら俺が相手になってやるぜ!」
 隻舜は孝充の直衛に入る。万が一という言葉は常にある。
「不義理の代償、命で払う用意があるならかかってきな! 嫌なら、その前に腰のモノと、背中の弓は置いていきな、これから平和をつくるんだ、じゃまはさせないよ」
 手勢は退いていく。
 それを見たエシェは孝充の顔を見る。
 蒼白であった。
「暴力で解決、は良くない事。力が強ければ良いという在りようのは、ケモノやアヤカシと一緒だもの。
 もちろん、力も必要だが、その前に深呼吸し、自分が相手の立場ならどう考えるか、それを思えば判るんじゃないのか?」

 それからしばらくして後、の花押を頂いた開拓者は、夕餉を共にし、朝日に向かって飛び立っていくのであった。
 これが冒険記第24幕の幕引きである。