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■オープニング本文 物語は神楽から始まる。お約束通りにだ。 その姿はあからさまに保護欲を無くす風体であった。 男である。しかも、ごつい。 だが、頑丈そうである。 名を岩作という。 岩坂村の出身である。 「そう言えば、岩坂村からの頼りは聞こえないな」 彼が呼吸を落ち着けている間に、ギルドの受付は茶を勧めるのみで、岩作からの依頼を待っていた。 潮が満ちて、岩作はおもむろに茶をあおる。外の冷気と、今飲み込んだ暑気は絶妙なハーモーニーを奏で、彼の心身を落ち着けたようだ。 「依頼を査定していくれ」 「ご予算は?」 「先に状況を聞いてくれ。それからでも駆け引きには遅くない」 「失礼いたしました」 そこで話は切り出される。岩坂村で最近珍事が起きた。鳥形のアヤカシが村に攻め込てきたのだ。とはいえ、大きな損害を出して撃退した、というより向こうが一方的に『飽きた』のであるが。それをのぞけば人民に大きな被害はなく──つまり被害は合った訳だが──村長の家に設置されていた風信術が破損したという。 近くの村に救援を頼んで、神楽から取り寄せようという案も出たが、風信術を盗聴されたりして、山賊などに途中で風信術を奪取されれば、大きな被害となる。 もちろん、風信術を一個依頼して、更にそこの仮想的との相手に、始終他の村の人々を用いる訳には行かないだろう。 そこで岩作が思いついたのは、高速な駿龍か、火力龍を護衛にして、比較的遅い甲龍が荷物を持つというシフトである。 「しかし、そんな敵本当にいますかね?」 「次にアヤカシに襲われたときのことを考えると、歴然たる保険だよ」 「そうなるとアヤカシ対処も村の予算からお出しで?」 「龍を動員するだけでそれなりの金が出る。この冬にせめて、寒い思いをさせてやりたくはないものだ」 一応、能動防御に回る龍が4体、受動防御に回るのが6体が適当ではないか? という形で話がついた。 「深追い厳禁、風信器の荷物を二回に分けて運びますから、そうですね、二週間は見てください」 とは現状を知らない、受付の言葉。 「敵のアヤカシは軍艦鳥ていどのが2羽だそうです。特に遠距離攻撃はしませんが、突撃速度は莫迦に出来ない者があるようですから」 ただし、倒しても村としては開拓者を称えこそすれ、恩賞はない。 ──開拓記十六編開幕 |
■参加者一覧
霞・滝都(ia0119)
16歳・男・志
当摩 彰人(ia0214)
19歳・男・サ
皇 輝夜(ia0506)
16歳・女・志
暁 露蝶(ia1020)
15歳・女・泰
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
空音(ia3513)
18歳・女・巫
シエラ・ダグラス(ia4429)
20歳・女・砂
九条 乙女(ia6990)
12歳・男・志
一心(ia8409)
20歳・男・弓
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂 |
■リプレイ本文 風はかすかに獣のにおいをはらんでいた。獣と言っても地を駆けるそれではない、天を翔けていく龍たちのそれである。 更に鼻の利くものならば、斉藤晃(ia3071)の背負うた舌を楽しめるための様々な荷物がその源である事に気づいたかもしれない。晃の駆る炎龍である『暖かい悩む火種』はそんな、自称エロ親父にも動じた様子はなく、丁寧に飛んでいた。慣れているのか、諦めているか、そのどちらかであるだろうが、晃にして見れば、空中戦の可能性もある中、冬の中、体を温めるための格好の嗜好品、湯豆腐のための豆腐を持ってくる気にはなれず、たこ焼きは肝心のタコが生鮮品であるため、長旅で持ち歩くのは妥協していた。当人はアヤカシが風信術を標的にしたのは、金属が光っているから──ではないか? という仮説を立てていたが、それに関する言及は他人にされる事もなかった。 もし、それが真実だとすれば、光り物を大量に持ち込んでいる開拓者は格好の獲物だろうが、残念ながら空中を行く反射物というものは天儀ではレアな部類に入り、それらが一々襲撃を受けていれば、話しの種になろう類の話であった。そんな人には見せないものの、様々な状況を想定して、リーダーからの命令で風信術の上で眠って、最後の砦になるよう申し渡されて日々、神経を磨り減らしている晃と違い、霞・滝都(ia0119)は愛龍の甲雷の背にまたがり、荷物を運んでいた。 しかし、スキルの選択ミス、あるいは龍というモノに過信があったのか、空中戦が想定されている状況で、荷物を持った自分と甲雷が相手に対して肉弾戦をしかけ、そして荷物を死守する、という本末が転倒した戦法を準備していた。 当然、一同からリーダーとして目され、『自称』統括りーだーと称している九条 乙女(ia6990)はまだ年及ばぬ、若干12歳に見える出で立ちであった。非常食からパートナーへ事故進化を遂げた愛龍である龍馬とともに一同を指揮していた。生真面目さが評価されたのか、いじられ要員としてかは一同にブラインドリサーチを取らなければ、はっきりしないだろうが。 ともあれ、乙女は滝都に対して、そういう肝心の荷物を犠牲にするような行為には断固たる態度。 ありていに言えば──。 「良いですか。規律を乱す者にはお尻ぺんぺんを科しますぞ」 と、宣言していたのであった。 とりあえず、どれだけの実効力があるかは別として、お尻ぺんぺんをされたものはいない。 鋭い五感を持つ皇 輝夜(ia0506)が雲間に紛れて、近づいてくる影に気づく。彼女の愛龍である誇鉄もその感覚を共有したのか、わずかに緊張する。鮮やかな朱金の鱗に、紫水晶の瞳を持つ気高き炎龍であった。単なる乗騎ではなく、深い信頼と友情で結ばれた大切な相棒であると、輝夜は確信していた。 とはいえ、肉弾戦に持ち込むことが事実上の道であり、輝夜と誇鉄は空を飛ぶ何か、おそらくはアヤカシのそれであろう、とのエンゲージポイントの概算を出し、もっとも効果的な突撃地点を割り出す。 「珂珀、行くぞ」 その声に自身も連力を高めて確認し、己のなす事は、出会いがしらに一撃を加えること、そう確信した、弦を張り詰めたが如き、一心(ia8409)が、鍛え上げた理穴弓に一矢を番える。 初めての一心と珂珀の開拓の旅路であったが、人龍は揺るぎがなかった。 軍艦鳥といわれている、龍ほどの大きさではないが、それなりの巨体を持ったアヤカシが二体、雲間から滑り出てくる。 一心と弓はひとつとなり、矢はアヤカシとひとつとなった。自然に機が満ちる。 弓を射たのが因として、空中に肉と血の混合物が舞い散る。 「がんばったな‥‥えらいぞ。だが次を」 一心の声に珂珀は奮い立つ。 ともあれ、耳当たりのよくない怪声が天空に木魂していった。 その声に割り込む、輝夜! 「──斬! 貴様に蒼穹を汚す資格などない」 輝夜が愛用しているグレートソードで、アヤカシは首を半ばまで断たれて、通常ならばありえない方角へと曲がっている。 当麻 彰人(ia0214)も、パートナー・スカーフを靡かせる愛龍『朱鷹』の鞍に立つ。 この龍は朱く先端が淡く、黒いウロコ、そして、対照的な白い腹をした炎龍であった。翼の裏の柔らかくさわり心地がよく、様々なものに頭を許していた。過去に神楽の貴人への献上品であったが、様々なドラマチックないきさつを経て、幼い──といっても、まだ二十歳には彰人は見えない。もっとも、開拓者の実年齢と外見年齢は様々な幅があるものだが──彼を主としていると、彰人は思っている。 「彰人、貴様は先に行け。私は荷物を守る。受け攻めをはっきりさせておけ」 久我・御言(ia8629)は自分よりベテランの彰人をも貴様よばわりである。 「俺は自分の役割を果たす。ただ、それだけだ」 「‥‥すまん」 「謝る筋があるなら、いずれ物理的に返してくれ」 「精神的では駄目なのか?」 「聞くまでもないだろう? 聞きたいなら答えるが、却下だ」 「まったく、容赦のない」 「私も付き合います。あなたを信頼していないのではなく、あなたの戦いぶりを『パティ』に見せたいからです、よろしいですか?」 ジルべりア生まれの女性志士であるシェラ・ダグラス(ia4429)が親指を立てて合図する。 冬空の中のシェラの髪は雪でも被ったかのように白く見える。しかし、すこし見直すと、見事なプラチナブロンドである事を発見する。 彼の愛龍『パトリシア』もそれに誂えたかのように白い。突然変異なのだろう。一流のいくさ人の戦い振りを見せておきたいのだろう。見取り稽古に近いものがあるかもしれない。 「そうか」 「龍に跨っての空中戦‥‥まるであの頃に戻ったかのよう──」 独白する彼女を会えて彰人は止めない。 人それぞれに過去があり、それとどう向かい合うかは当人次第だからだ。 「神楽の都で手に入る『槍』は穂先がこんなにも細いのですね。大丈夫──いえ、大丈夫にするのが腕というもの」 不安を感じた御言は正直な所を告げる。 「おい、無理なら代わるぞ。自分で選んだ得物に自信を持てない奴が‥‥死に急ぐな。地面にたたきつけられた死体を見た事があるのか?」 御言も見たくはなかったが、ジルベリア風でない獲物でジルベリア風の、重装騎兵による蹂躙戦術を再現しようとしているのではないか、と疑惑が出てしまう。 「すみません、今日使うのが初めてなので、色々予算を遣り繰りしているのですが」 ──重くなったな、と。背負うものを確認して、それでも彰人が攻勢に転じようとする。しかし、妨げる声がした。 「お、どうした? ちびっ子り〜だ〜☆」 「‥‥駄目です。これ以上、俊龍も戦力として割けません」 暁星のふたつ名を持つ、彰人の言葉を真っ向から応えたのは誰あろう、リーダーである乙女その人である。 彼女の沙汰は、軍艦鳥に対して、炎龍一匹、俊龍を多めに以上を割く事を戒めていた。警戒を厳重にする、という意図もあったかもしれないが、表面に現れていた事を言えば、これ以上の攻勢に出るわけには行かない。 そして、実際に輝夜が傷も負わずに、軍艦鳥を順調に撃破していた。残る一匹は一心がきっちりと牽制している。 「荷物が守れれば、別にええやろ? わざわざ、みんなでタコ殴りに行かんでも──」 晃が戦いが事実上、終焉に向かった事を確認して一堂に問い合わせる。 「ま、勝利の美酒は輝夜の特権やな。後は一心か。まあ、細かい事を考えんでええやろう? ま、腹が立つと思ったら、このヨッパライにぶつけてくれや。でもな、炎龍一匹っていうのは皆で決めたリーダーの支持やで。自分の都合の悪い指示出したから、逆恨みに思うのはどうやろなあ? ま、戯言や」 戦いは無事すみ、一心の矢が幾らか無くなった段階で済んでいた。落ちたアヤカシの遺体までは確認していない。 そして、小さな村に宿をとりつつ、その度毎に自分たちの荷物の大きさに驚嘆せざるを得なかった。 黄昏に追いつかれぬ内、宿を取る。とはいえ、龍が一度に10匹も止まれるような宿屋は多くない。大抵の場合、龍は分散。荷物は集中して警備という形になってしまう。 加えるに、もうひとつの開拓者の頭痛の種は『子供』であった。物心ついて、龍は危険かもしれない──と思える年代でなく、単純に普通でないもの、わからないけど、何か判らないけど、とにかく凄いモノ、という、まるで毎日が宝物のように煌めいて見える子供には、まさしく祭りそのものであった。 開拓者たちはあの手、この手で龍に触れようとする子供たちと争う事になる、一瞬、彰人なども本気になってしまった。しかし、脇腹に子供たちを寝かしつけて、和んでいる『朱鷹』などをみると、ついつい笑みが浮かぶ。 「やれやれ、誰が主だろうと思ってるかな」 とはいえ、身命を惜しまず、といった源八流の使い手としては自分がなすべき事のため、最後の武器である、命(あるいは勇気)を用いて、散った後、『朱鷹』が己に殉じてしまうのは寂しいものがあった。 「今はいいか。今だけだぞ」 しかし、うらやましくも思えた。 ──自分が寝ころんでも『朱鷹』は受け入れてくれるだろうか? 多分、受け入れてくれるだろう。彰人は確信を持っていた、根拠はない。 ともあれ開拓者は宿屋を独占して、晃がご当地料理とご当地銘酒を、徹底的にむさぼろうとしているのを和んだ空気の中で見ながら、眠気が襲うのを待つ。 もっとも、二回往復するので、いきなり全部を頼む蛮勇は晃にもさすがになかった。 船乗り風に言えば、港毎に酒樽あり、と言ったところか? もちろん、夜番をする関係もあったが、それはそれ、自分の体力を過信せず自制が出来てこそ開拓者である。 食事が終わり、甘物を平らげると、開拓者は寝台に、そして夜空の下へと三々五々散っていく。 雲の切れ間から数えるように、星を見上げる暁 露蝶(ia1020)。 彼女はは自分と愛龍の月麗(ユエリィ)の分担を考えていた。もちろん、担当が荷物運びであることは幾重にも認識していた。 それでも、分散して持っていたのものをひと固まりの存在として見せられと、龍たちがどれだけの重さを受けて飛んでいるかを再認識する。自分は甲龍だったので、前線には行かなかったが、月麗にかかる負担を考えると。多分、ショートボウならいざしらず、隠し武器程度のダートでは、あまり有効な戦果は上げられなかったかもしれない。 と、考えている内に時間が体感したそれより長く流れていたらしい、女性のおっとりした声が聞こえてきた。 「露蝶さん。野営そろそろ代わりましょうか? これ以上、起きているのも‥‥明日に差し支えますから」 空音(ia3513)は愛龍の歩知(ぽち)と共に現れた。 彼女がどういうインスピレーション、あるいは論理に基づいて、命名したかは知られていない。とはいえ、龍の名前としてはあまり無い事だけは確かであるが。 星が見える空の一空間を切り取ったかのような美しく流れるような黒髪。 僅かな酒精が露蝶の嗅覚を刺激する。 「甘酒です。少し体を温めるのに、どうかと思いまして」 先ほどまでお湯に漬けていた、竹筒を取り出す。 ふくよかな香りが栓を抜くと、あふれ出る。 空音に露蝶は一礼する。それは空音も驚くほど、見事な作法であった。 逆にそういう躾を受けて、尚かつ喧伝しない人材という事は、開拓者としてはあまり嗅ぎ回らない方がいいのでは? と空音は思う。貴種は珍しくもないが、ポピュラーでもない、強いて言うなら氏族に属せない人間はどこにでも貴賤を問わずに存在しているのだ。 そして、一往復半で、風信器の巨大な荷物はそろった。圧巻である。すでに丸太を切り出して作った枠組みを作り出して、集めた部品の機能を統合する作業に移るのだろうが。自分たちとは別の開拓者により開拓者とは別に技師が村には送られており、采配はそちらとなるようだ。 ちなみにスケジュール通りなので、風信術は年末に完成し、新年の祝詞が初中継だとされるという見込みだ。 そして、一同は神楽に戻り、各々が報告書を記す。 滝都をはじめとした面々の口から、乙女をねぎらう言葉が口に出されていく。 「よくやった。この年でそれだから、後が楽しみだな」 「本当?」 一心がうなずく。 「ああ、という事でリーダー作業完了だ、また組みたい」 みんなの祝福を受けて、乙女は新たな開拓への道を踏み出そうと決意するのであった──『蒼穹の志士』のふたつ名と共に。 これが開拓記十六幕の閉幕である。 |