嘆きのロザリオ
マスター名:成瀬丈二
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/19 18:39



■オープニング本文

「姉を止めて下さい。姉は殺戮と復讐の区別がつかなくなっているのです!」
 神楽の街で悲痛な声が響く。開拓者ギルドで依頼がないかと思案していたものは、その声にいち早く気づいていたであろう。
 ひとりで、開拓者ギルドに来た二十代はじめの女性、銀髪を靡かせた彼女はザインと名乗った。
 昂ぶった彼女を、開拓者ギルドの受付係が、落ち着かせて話を整理する。
 彼女の姉『ローザ』は開拓者であった、過去形なのは、適当な稼ぎを手に入れて、辺境の領主と契約を交わし主君と仰ぐ、有り体に言えば、騎士の位を金で買ったのである。
 戦いにおいてはモーニングスターを振り回し、自分のダメージも気にしない──最後に自分が立っていれば勝ち、という非常に漢らしい戦い方をしていた(近場の吟遊詩人なら彼女の武勲に関する歌も聞けるかもしれない、ジルベリアの首都や、神楽にまで名が響いている訳ではないが)。
 一応、盾も装備しており、紋章は赤地に金で蝶が描かれている。
 騎士となった姉と違い、ザインは志体を持っておらず、小村で非常につましい生活を送っていた。
 しかし、ローザはザインが恋をして、その相手と結婚したい、とはいえ持参金が無い、という事を察すると(ザインが自分から無心した訳でない)、笑って少なくない金を渡し、更に結婚式に身の付ける風習のある銀のロザリオも手渡し、ふたりの前途を祝福してくれた。
 結婚式当日に、ザインの婚約者がアヤカシに襲われるまでは。
 別にこの夫婦を狙ったわけではなく、村自体を襲った悲劇の巻き添えである。
 とはいえ、常人がアヤカシにかなう事はなく、ザインは寡夫となった。
 もちろん、ローザは素手でアヤカシを殴り殺し、そのまま群がるアヤカシと戦った。
「近場の村でも、全身を甲冑で覆った姿を見た、という話を聞きます、紋章も間違っていません」
 重装備で全身を覆い、少し見た程度では、個人の見分けのつかない騎士にとって、盾の紋章は少ない個人認識の手段である。
 とはいえ、甲冑を長期間着続け、更に盾などの武具を持っているのは体力特化の成長をしたのだろう。
 常人では絶対不可能な戦い方である。
「しかし、人を見ると、お前はアヤカシが?」
 と、問いながら襲ってくる。
 もし、聴いた者が馬に乗っていなければ、そして、ローザが徒歩で無ければ、悲劇の種はまた生まれただろう。
 帰還例は三度。殆ど都市伝説である。
「姉に私の笑顔をもう一度見せたいのです。人生はひとつの悲劇で全てが終わる訳じゃないと」
 ザインは結婚が無効になった事で、戻ってきた持参金をそのまま、旅費と依頼料に当てていた。
「開拓者の皆さんには常人の痛みは判らないかもしれないし、開拓者ならではの葛藤も私は理解できないかもしれません」
 そういって、掌のロザリオを握りしめる。
「それでも、姉の顔を見る事が出来なければ、私も一歩も前に進めません。力を貸して下さい」
 開拓記第六章開幕。


■参加者一覧
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
儀助(ia0334
20歳・男・志
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
紙木城 遥平(ia0562
19歳・男・巫
月城 紗夜(ia0740
18歳・女・陰
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
パンプキン博士(ia0961
26歳・男・陰
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
フィー(ia1048
15歳・女・巫
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
 鈴 (ia2835
13歳・男・志
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ


■リプレイ本文

 ──静寂。否、小さな音が響く。
 ぽりぽり。
 フィー(ia1048)が魚の小骨を囓る音。
 自己主張しない所も、音源である少女に似たのであろうか?
「汝の聞き込みは限度なのであーる。疾く撤収して合流地点に戻るのであーる」
 このザインが暮らしていた土地は、もはや、住む人の殆どいない小村である、聞き込みを終えたパンプキン博士(ia0961)が、頭飾りを外し、顔を大気に直接さらしているが、その素顔を描写する事は一記録係の手には余るので、あえて描写しない。
「‥‥」
 フィーが無感情に、パンプキン博士の記録をのぞき込む。
 そもそもこれが──、
「やあやあ失礼致します御婦人。私神楽の都に名高い天才的陰陽研究家、プロフェッサーパンプキンと申しますが
少々お話をお伺いしても構いませんでありますかな?」
 と、年配の女性に声をかけてつくった記録である。別に後に全員に公開するので、隠し立てする必要もない。

 パンプキン博士が問いただした質問事項は──。
・ローザが結婚式で行った行動の詳細。
『騎士として、恥じない様に正装である、甲冑に身を包んでいた。妹からブーケを投げられる約束をしていたようだ』
『アヤカシの大群に襲われたが、志体を持つ者がひとりしかいなかった為、彼女だけで殴り込んでいった』
・ローザの現在位置、あるいはそれを推測できるような一番最近の目撃情報。
『判らない。でも、腐臭のする所を探せば犠牲者が見つかるかも。特に足跡とか』
・ローザとザイン縁の物品や場所。
「ふたりが子供の頃住んでいた家だろうけど、アヤカシとの戦いで焼かれてしまった」
・昔の二人の様子
『志体を持たないザインに対し、ローザは一方的に庇護を与えていた』
『やっかみかもしれないが、ザインはあえてローザに庇護させる事で、姉だけ志体というアンバランスな関係の補正をしていたような気がする』
 もっとも、ローザは偶然の範疇で生まれてきた志体である。親に開拓者がいた訳ではない。
「急がねばいかんの──」
 丸石に座っていた輝夜(ia1150)は立ち上がる。
「似た戦い方だから判る事もある。この闘法──自分がどんなに傷つこうと、最後に相手を倒す、というスタイルの前提条件は、戦いが終わった後に仲間が絶対のフォローを入れてくれると信じる事じゃ」
 それなりに長身の儀助(ia0334)は特にかける言葉を見つけられなかった。
 姉を思う妹、良い事じゃないか、と。

 “咲かぬ華”と揶揄されている樹邑 鴻(ia0483)はローザの勤めていた城を訪れていた──鴻がそう揶揄されている所以は当人に聴いた方が早いだろう。そこまでして聴く勇気があるのなら。
「‥‥──」
 城門で鈴(ia2835)は、衛兵と視線も合わせられない程、心臓が高鳴っているが、生真面目さという使命感が頭を上げさせる。
「あの、ここで仕えていたというローザ卿に関してお伺いしたいのですが」
「ああ、開拓者ギルドの方、ですか?」
「はい、開拓者ギルドの方です」
「あかんあかん鈴はん、少し肩の力抜いた方が、ええでほんまに」
「はい、うんもざかさん」
「鈴はんもまちごうとるか。うちは『きららざか』や」
 雲母坂 優羽華(ia0792)が手の甲を口に当ててほほえむ。
 頬を赤く染める鈴少年。
「まあ、時間の都合で吟遊詩人の歌はうちが聴くは。でも、あまり期待しないでや。来なかったイケズの代わりやから、ほな、あんじょうよろしゅう」
「はい! がんばります。でも、あんじょうよろしゅう、ってどういう意味ですか?」
 真面目に聞き返す鈴少年。
 ローザは聞く所によると、咆吼、強力、成敗の三拍子が売り物で、あくまで開拓者としての行動は道徳心ではなく、業務と売名の行為であった。
 後にパンプキン教授の情報と合わせて分析すれば、年老いて尚、命がけの戦いをしない為に、若い内に長いものに巻かれておこう、という考えだった様だ。
 そして、ここの城主も、アヤカシ百匹から城塞を三日間守りきった。一騎打ちなら常に勝つ。等と言ったまあ、熟練した開拓者なら手が届く範囲での強さを見せつけられた。
 鈴少年は怖かった。それでもほほえむ。
「大丈夫です。輝夜さんならきっと──勝てます」
 当人が聞いたら憮然としそうな言葉であった。

 恵皇(ia0150)のセルフシミュレーション開始
「ローザって女を捜してるんだ。銀髪を靡かせた鎧の女さ。知らないか?」
「銀の髪の女なんてここには沢山いるからねぇ。悪いなぁ、他当ってくれよ‥‥アンタ、あの娘の(吟遊詩人同好会の手により抹消)」
 そこまで妄言を吐いた所で。
「──と言った感じで捜査開始だな」
 さらりと流す惠皇。
 開拓者ギルドで定型型の、重装備のサムライの戦い方を参考にならないかと調査したが、つるむ人数、気心の知れた仲間の編成、不確定要素が多すぎる。
 当人に会えないのは紙木城 遥平(ia0562)も同じである。ローザにあって生きていた、生存者から話を聞こうと考えていたが、犠牲者は犠牲者なりの営みがある。一応、報告の書類があったので、それを頼りに現場を再考する。
 ローザを発見した場所はいずれも昼間、ふたりが森の中であった。
 馬で獣道を疾走した。とにかく、危険なにおいを感じた。逃げなかった奴とは会えなかった。

 主兵装は大盾、重甲冑。鎖帷子の上から着込む板金ではなく、板金の隙間を鎖で繋いだものだ。
 得物はモーニングスター。短い柄にやや長めの太い鎖、その先にトゲが植えられた鉄球がぶら下がっている。
 使いこなすのは難しいが、当たれば大きい。
 当たれば儲けものという思想か、自分の腕に絶対の信頼を置いているものでなければ使わないだろう。
 しかし、これで出没地点が予測できる。 
 情報を再確認した月城 紗夜(ia0740)は悽愴な笑みを浮かべる。
 消耗戦ならば──そして、相手が精神鍛錬を怠っていれば。
「必ず、正気に、戻す。脚の、一本、無くなっても、狂気、よりは、いい」

「お前はアヤカシか?」
 出現地点を予測して、森の周辺を進む一同に、血の錆が浮いた女傑ローザが徒歩で軽やかに、しかし、金属のきしむ音を響かせて、姿を現す。
 赤地に金の蝶の紋章が描かれた盾、しかし、面頬はおろされている。
「俺がアヤカシに見えるかい?」
 と回答する儀助。
「‥‥ボクは‥‥・アヤカシ‥じゃ‥‥ない‥よぅ‥‥」
 フィーが涙目を浮かべる。
 一瞬の間をおいて、飛びかかるローザ。
 しかし、優羽華はその刹那に前衛に攻撃力をブーストする。
「うちのスキルは、攻撃の補助だけなんどす。ほんまごめんやっしゃ、あんじょうお気張りやすぅ」
 ほにゃとした笑みと引き換えに漲る力。
 力を受けた儀助、彼女の攻撃を防御に徹する事でいなそうとするが、場数が違いすぎる。
「妹さんがお前に会いたがってるぞ。会ってやったらどうだ?」
 あばら骨が軋むのを感じる儀助。二三本は逝っているかもしれない。すかさず、巫女達が癒しの術をかける。
「お前が暴れたって、死んだ奴は帰ってこないんだぜ」
 それでも、鉄球は弧を描いて、儀助の脳天をたたき割ろうとする。
 遙平は自らの力を共に与える、同時に与えられた惠皇が氣を練って、ローザにぶつける。物理的な足払いならば、耐えきったかもしれない。
 しかし、この攻撃は鍋屋をひっくり返した様な、大音声を立ててローザを転倒させる。
「あんたの顔はいまアヤカシと同じだ。悲しみを撒き散らすことしか出来ない。妹の顔にも悲しみしか与えない!」
「復讐に走る余り、自分が悲劇を振りまく側に回りつつある事に気づけ‥‥!」
 鴻が気を叩きつける! 遠距離からの二連弾。甲冑を通して、染み渡る。
「ザインの心まで砕く気か、貴様は!」
「あの子は死んだ。もう失うモノはない」
 紗夜は呪うかの様に、歌うかの様に、言葉を紡ぐ。
「全ては、世に、組み込まれた、摂理、見るは、胡蝶の夢」
 彼女の掌の呪符が美しくも艶めかしい翼を拡げる。
 毒もちて放たれる数多の蝶。黒、玄、黎、黔、黯。
 立ち上がったローザがモーニングスターを振るおうと、千切れ飛ぶものではない。すべては毒物。
「世の理からは、誰も、逃れ、られない。幸あれば、憂いあり、そして陰陽、巡る」
「続いて我の出番であるな、三方向同時の式に耐えられで有ろうか?」
 パンプキン博士が扇の様に呪符を拡げた。
「別段貴女に恨みは無いが、人を襲うとなれば止めぬ訳にもいくまい、凡夫を抑えるのも天才の務め、カットカットカット――!」
 呪符をばらまく、ローザに向かい、飛び散る無数の刃。甲冑を浸透し、女傑に肩で息をさせる。
 これらの戦闘にフィーはバックアップに徹し、ローザの動きを確実に止めるべく、数多の力で押し切った。
「汝は何のために戦っておるのじゃ? ザインの悲しむ顔を見るためではあるまい?
 今のままでは、ザインは悲しみこそすれ喜ぶことなど決してありはしないぞ?」
 応じて立ち上がりながらもローザが血も凍る様な絶叫をあげた。
 咆吼を輝夜もあげる。絶対の挑戦状。ふたりだけの世界。
 肉弾戦の単純な殴り合い。近寄れば巻き添えの剣風だけでも、寿命を縮みかねないのではないかと、一同は危惧する。
 無数の金属音が轟く。
 しかし、ローザは殺す気であり、輝夜は足下を狙い、行動を封じる事だけが問題であった。
「ザインさん待ってます‥‥こんな事やめて一緒に帰りましょう‥‥」
 言って鈴少年が預かっていたロザリオを渡す。歴代の皇帝の名前が刻まれたそれが、結婚祝いに自分の妹に渡した品であると、ローザが気づいた瞬間。
 彼女の目は安らいでいた。
「笑いましょうよ、ね?」

「姉は正気を半ば取り戻しました」
 ジルベリアから帰る一同に、ザインは告げる。
 開拓者一同は適度に時間を空けて、ローザと輝夜、といった者の手傷を治していた。

「しかし、騎士としての位も剥奪。少なくない人数の人間を殺害した事実は、姉は武装には危険すぎると判断されるのに十分でした」
「そうですか、ザインさん。このロザリオをお返しします」
 鈴少年が小さな掌で銀のロザリオを手渡す。
 初めて、ザインからロザリオを受け取った時の真摯な表情とは別の決意に満ちた表情であった。
「大丈夫です、願いは叶いますよ。きっと、次にブーケをお姉さんに投げられる様に祈っています」
 こうして一同は神楽に戻った。
 開拓記第六章閉幕。