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■オープニング本文 夏たけなわ──水に恵まれた石鏡のとある地方では、この時節になると精霊と一緒に先祖の霊が現世に帰ってくると言われていた。 民間信仰の類だろう。少なくとも先祖の霊と言葉を交わしたという記録は残っていない。 それでも人々は小さな蝋燭に願いを託し、木で造った小船に鎮魂の思いを込めて河の下流に流すのであった。 13になる、この村では次の正月で成年として扱われる事になる茂少年が流した小船が河の中にある何かに引っかかったらしい、炎の明かりが不定期に明滅する。 提灯を掲げてみると、茂少年が生まれて始めてみる大きな魚が背びれを突き出して、浅瀬に乗り上げていた。 背びれも、まるで一塊の棒の様、鱗の輝きは無い。 茂少年が沈思黙考していると、長老が杖と松明で両手を塞がれながら、茂少年の下に近寄ってきた。 「ほう、珍しい──イルカか」 「イルカ? アヤカシとかではないのですね」 「海に住み、魚を喰らい、卵ではなく仔を産む」 「長老様、お言葉ですが、海に住む、と仰りますが、ここは海じゃありませんよね? なぜ?」 「問う無かれ──とは言っても、気にはなるのは確かじゃろう。まだ子供の様じゃから、親からはぐれたのじゃろうな」 その時、イルカが少し身動きした。 「ふむ、海に帰りたいようじゃな」 「どうすればいいのでしょうか?」 「このまま命を落としても、腐りゆき、水を汚すのみ。少々手間は掛かるが開拓者の方にお願いをするとしよう」 「開拓者──というと、あの龍に跨った!?」 「龍が出るような依頼は、金がかかる。ギルドに支払う金としても、龍を運用する金としても、そんな依頼をしたら、この村の財政は傾く事になるであろう。まあ、単純に開拓者というだけで常人ではない、彼らの手柄話を聞くだけで、十分に珍奇な体験だろう。まあ、明日の朝一番で庄屋さまの風信術の所に走っていって──」 「僕がいきます」 「──いいだろう。あまり金を出せないこと、イルカを海に返したい事、このふたつを確実に伝えるのじゃぞ」 判りました、と茂少年は応え、太陽が出ると同時に庄屋の家へと走り始めた。 依頼はひとつ、仔イルカを海に返すこと。 正直、あまり金にはならないだろう。 それでも開拓者たちは集まってくる、いつかここではない何処かに旅立つことを求めて。 ──開拓記第5幕開幕 |
■参加者一覧
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
癸乃 紫翠(ia1213)
20歳・男・泰
天水・夜一郎(ia2267)
14歳・男・志
天水・紗夜(ia2276)
18歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
馬超(ia4600)
26歳・男・サ |
■リプレイ本文 フェルル=グライフ(ia4572)は神楽に位置する開拓者ギルドで、この依頼を見るなり、決意した。 「お父さん、お母さんを探して、そんなところまで‥‥今行くねっ」 慣れようのない場所で、寂しく苦しい思いをしているらしい、そんなイルカは昔の自分を見るようで、他人事には思えなかった。 彼女は依頼の集合場所を確認するや、一も二もなく村へ駆け出す。 鋼の意志力と、疾風のような行動力、それがフェルルのフェルルたる所以であった。 「あらまぁ、先に来なさった方もおるねんか?」 とりあえず、自己紹介を村側、開拓者側で行うと、藤村纏(ia0456)が依頼主である、村の長に話を切り出す。 「あんな。イルカさん還す為に、道具と人手が必要なんやけども、貸してくれるやろか?」 彼女の顔の大半を隠す、大きなメガネの中に、好奇心たっぷりの瞳をきらめかせつつも、おっとりと西国なまりで、邪気がかけらも感じられない太陽のような笑みを浮かべた。 「構わんよ。まあ、出来る戻せるものは戻してくれ。まあ、あんな所でイルカに死なれても、寝覚めが悪いし、後始末にも大変のでな」 「まあ、最後のは聞かへん事にして、話がまとまりましたな。せや、開拓者の仕事させてもらいますわ」 その言葉に──。 「誰しも、ひとりは辛く苦しいものです。 それは人もイルカも同じでしょう。 村の人も協力してくださるからには、協力してイルカを無事に帰してあげたいですね」 紅玉を思わせる赤い瞳の、癸乃 紫翠(ia1213)が穏やかな笑みを浮かべた。 「では、水路を掘りましょうか。あまり、開拓者が全力で掘っても、村の器具を徒に傷つける事になるかもしれませんけれど」 「俺の開拓者としての人生の最初が、ヒトの、まあイルカですけど、の自由を切り開く事ですか、悪くないと思いますよ」 自由の価値を既に知っているモノの言葉、それを発したのは、やや、身長に伸び代を持つ、十代前半(?)に見える天水・夜一郎(ia2267)は、皆の土盛り作業の細かい、経路を測定しつつ──。 (「イルカは違う種の生き物でも、弱っている者を助けるらしい。 なれば、同じ世界に生きる仲間として、俺もこいつを助けねばな。お天道様に顔向けできないな。 好ましい生き物だ‥‥助けてやりたいな」) イルカに詳しい者はさすがに村にはいなかったが、日中の休みを縫って、手伝いをしてくれる人々はいた。少なくとも、夜一郎の呼びかけがなかったら、動きはしなかっただろう。 もっとも、開拓者のペースに合わせるには無理があったが、夜一郎はそれを一度踏まえると、新しく計画案を堅実に練った。 夜の中、頭を捻る夜一郎に、笑みを浮かべる姉である天水・紗夜(ia2276)はいつも、いつもの様に苦しい時にかけてくれた言葉を柔和な笑みとともに囁きかける。 「あんまり無茶しちゃ駄目よ、やっちゃん」 「やっちゃんと呼ぶな!」 「姉さん、でしょ? ほらほら、そんな事じゃ、イルカさんを海に帰すことも、やっちゃんが大人になるのも難しいよ、やっちゃん?」 以下、リピート10回。 そこへこの自分まで、何かをしてきたのか、馬超(ia4600)が、空っぽの魚籠を下げて戻ってきた。 釣りは俗にポイントを選ぶ知性派遊技としての側面と、あくまで自らの幸運を信じるというふたつの側面があるらしい。 残念ながらこのふたつに関して馬超は人並みであった。人間としての尺度を見れば人並み。開拓者としてなら最低レベルであった。 「ま、こんな事もあるか、ボウズだ」 翌日。 「初めましてや。この浅瀬から出したるから、暫く大人しくしてるんやで?」 イルカが乗り上げた浅瀬で、纏が優しく、問いかけると水路造りに向かっていく。 そんな一同の上を日輪が痛いくらい照りつける。 紗夜もこの日差しを危惧しており、ふたり、いや村の様々な人々がイルカに水を浸したサラシを巻いていき、肌の露出を抑え、体力の消耗を抑えていった。 しかし、夜一郎がまだ安心感を抱いていない、イルカの腹部の部分を掘り下げようとすると、もちろん、善意の事であるが、イルカが体を震えさせようとする、それを見て、紗夜がたしなめた。 「まだ、やっちゃん。少し早いかも」 「やっちゃんと呼ぶなー!」 弟のやんちゃを紗夜は笑って受け流しつつ。 「姉さん、でしょ?」 手から紗夜が光を発する。柔らかな光。 「もう大丈夫よ‥‥だから、もう少し我慢してね」 神風恩寵の力を以て、紗夜はイルカをリラックスさせようとする。 (「紗夜にまかせておいて良かった」) 紫翠が流石とも言うべき姉弟のやりとりと、その主導権をやんわり握っている紗夜に感服した。 もっとも、夜一郎も自分が姉の手のひらの上にいるという事は判っているのだろう。 姉の手のひらから飛び出せるか、それがいつかは判らない。 それは少年が男になる日だろう。 河までイルカを送り出しに行く、一同の乗る小舟の準備と河の危難場所(幸か不幸か、存在しなかった。あればイルカがここまで遡上する事もないだろう)の確認を終えたフェルルが、金髪に陽光を照らし出す。 開拓者に髪の、色も目の色も関係ない、という信条であったが、それでも尚、彼女の金髪は美しかった。 それでも愚痴のひとつも出る。 「あれも、これも──という訳にはいかない」 馬超が先頭に立って、水路掘りの仕上げをする。 「ここ掘れワンワ‥‥ゴボゴボ‥‥」 「はあ、モノホンの体力系にはかなわへん」 纏が常人からすれば超越した、しかし体力勝負の馬超などと比べると、見劣りする自分に少しだけ苛立ちを覚える。 そして馬超の最後の一掘りが、イルカと河をつなぐ。 「馬超さん、村の皆さん、お疲れでっしゃろ。手を洗ったら、ちょっと祝い代わりに、甘味がありますわ」 真っ先に懐から、和菓子を取り出していく。 どう見ても、纏の懐が減った様には見えない。 さすが開拓者である。 「茶を出しても、あまり美味しう飲めそうにありまへんので、堪忍や」 纏が申し訳なさそうに言う。 開拓者の限界はどこまであるのだろうか? まあ、逆にアヤカシの限界は何処まであるのか? という疑問も生まれないではないが。 声とともに流れ込んでいく水がかすかに──だが確実にイルカに浮力を与えていく。 再び水流にイルカは身を躍らせていく。 紫翠は本流に合流すると、同じく単衣に着替えて、夜一郎と一緒に体を浸す。 (「お前には自由に泳ぐ力も帰る為の場所もある。さあ、行こう。お前が生きる世界へ」) 「夜一郎、気をつけてね」 姉の声も耳に入らぬかの様に水と戯れる夜一郎。 「ほら、お帰り。もう、はぐれちゃだめだよ」 河口が見えてきたところで、幾つもの魚状にして魚にあらざる陰が見えてきた。 「‥‥やっぱ、親子って良いものだねぇ」 海風に巨体を晒しつつ、馬超がしみじみと語る。 船上からフェルルがイルカの背中に優しく手を置く。 「無事見つかってよかった‥‥よしっ、私もお父さん、お母さんに心配かけないよう文を書こうっと」 決意は強かった。 その声が聞こえたのか、イルカは海へと戻っていった。 一同の間に満足感が流れた。 そして船を巧みに操り、村へと戻っていった。 「村の皆さんの御協力を、心から感謝します」 紫翠は一同を代表として締めくくった。 太陽は燦々と照っていた。まもなく夏は終わるだろう。 そして、彼らは神楽へと踵を返し、依頼書の執筆に勤しむのだろう これが開拓紀第五幕の終幕であり、とある開拓者たちの最初の事件である。 |