【お心】開拓者への道。
マスター名:夢鳴 密
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/14 23:54



■オープニング本文

●道場にて。
「え‥‥? 開拓者になりたい‥‥?」

 突然告げられた言葉にお心は目を丸くした。
 北面の北方に位置する村、そこの地主の一人娘であるお心は、理由あって小さな道場を切り盛りしている。
 既に一度半壊させられた道場を修繕し、今は少ない門下生と共に細々と剣を振るだけの場所。
 だがそれでもお心にとっては思い出深い場所である。
 そんな道場の門をとある一人の少女が叩いた。
 そして開口一番、開拓者になりたいと発したのだ。

「どうしても‥‥強くなりたいの!」

 強い決意を秘めた瞳で見つめてくる少女。名をお幸と言うそうだ。
 昔はともかく、現状では特に有名でもないこの道場に剣を習いに来るだけでも珍しいことなのに、開拓者になりたいからと人が来たのは初めてのことだ。
(他の道場では相手にしてもらえなかったのかもしれないわね)
 お心はお幸の目線に合わせるように屈み込むと、柔らかな笑みを浮かべてその小さな肩にそっと手を乗せた。

「強くなってどうするの?」
「‥‥兄様を‥‥兄様を‥‥斬るの」
「えっ‥‥」

 きゅっと唇を結んだまま俯いたお幸。
 少女が発するには余りに物騒な言葉だ。

「‥‥どうしてお兄様を斬るの?」
「兄様は‥‥悪いことをしているの。本当は『しざい』なんだって、母様はいってた。でも兄様はすごく強いの。だから誰も勝てないんだって。勝てるとしたら開拓者の人だけだって。だから私が開拓者になって兄様を斬るの」

 どうやら自分の兄が悪事に手を染めたことを嘆いた母親の言葉が、お幸の行動理由になっているようだ。
 それにしても捕まえるではなく斬るというのは随分飛躍している。

「捕まえるじゃダメなの?」
「‥‥捕まえてもどうせ斬られるの。だから私が‥‥」

 そこで少女はぐっと言葉を飲み込む。
 捕まれば死罪確定。それはかなりの罪を背負っていることになる。
 お幸がその結論に至るまでには様々な葛藤があったのだろう。その小さな頭で悩みに悩んで、辿り着いた結論が、自分の手でということだったのだろう。

「そう‥‥でもどうしてうちに? うちには‥‥開拓者なんていないわよ?」
「えっと‥‥開拓者になりたいなら開拓者に聞けって言われて。ここのお姉ちゃんなら開拓者の人とお知り合いだから聞くといいって聞いたから‥‥」
「‥‥‥‥」

 今度はお心が押し黙る。
 確かにお心はギルドを通して開拓者に依頼を投げたことがある。
 だがそれは全てにおいて良しという結果には終わっていない。
 それ以来開拓者とは接点を持っていなかった。

「お姉ちゃん‥‥?」
「あ‥‥何でもないのよ。そうね‥‥じゃあ一度聞いてみましょうか」


●ギルドにて。
「それでここに来たってことか」

 苦笑を浮かべながらそう言ったのは、捻じりハチマキを頭に巻き、『粋』を背負った半被を纏ったギルドの受付係の男。お心とは依頼の度に顔を合わせていたため顔馴染みではある。

「できればそんな危ないことはしてほしくないのですが。私がいくら言っても聞かないもので、皆さんの力をお借りしようかと」

 そう言うお心の表情はどこか暗い。
 どうやら余り良くないことを思い出したようだ。
 それを見た受付係も思い当たる節があるのか、頭をガシガシと掻き毟る。

「あー‥‥まぁ開拓者ってのが危険だってのがわかれば、諦めもついてくれるかもしれねぇな。簡単な依頼にでも同行させるかい? 例えば‥‥ん、このケモノ退治なんかがちょうどいいかな。これなら開拓者が数人いればすぐ片付くモンだ」

 言いながら受付係は手元にある依頼書の束から一枚の紙を取り出した。
 見ればとある村の近くの森で巨大な狼型のケモノが暴れているので退治してほしいというものだ。
 依頼自体は駆け出しの開拓者でも卒なくこなせるモノだろう。勿論子供同伴ということになれば、それだけで難易度は上がってしまうが。

「‥‥今回は私も同行させていただいてよろしいでしょうか?」

 お心の申し出に若干眉を潜める受付係。
 ただでさえ子供という護衛対象に、もう一人対象が増えることになる。護衛対象が増えれば増えるほど難易度は上がる。出来る事なら避けたいところだが―――

「‥‥‥‥本来なら断るところなんだけどな。今回ばかりはこっちも強く言えねぇ。ただ‥‥危険伴うから、そこはしっかりわきまえてくれよ?」
「えぇ、わかっています。お邪魔にはならないようにしますので‥‥」

 しっかりと頷いたお心。気が変わる気配を感じなかった受付係は、大きな溜息と共に新たな依頼内容を掲示板に張り出した。


■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔


■リプレイ本文

●森にて。
 酷な事をと男は吐き捨てた。
「‥‥誰だか知らないけど、『開拓者の事ならお心に』だなんて、酷な事を‥‥」
 苦い想いを噛み締めて、時任 一真(ia1316)が独りごちる。
 お心は確かに開拓者とは浅からぬ縁がある。ただし因縁の方だ。そして彼女の複雑な心の内を作り上げた原因は自分達開拓者にあった。
 不幸の元凶を頼らざるを得なかったお心の表情は硬い。並んで歩くお幸の幼い表情にも同じものを見て、高遠・竣嶽(ia0295)は痛ましく思った。
(‥‥幼き子供にそこまでの決意をさせてしまう状況と言うのも、悲しいものですね‥‥)
 竣嶽は滅びし冥越の出だ。家を家族を失う辛さ哀しさを知っている。出来る事なら、命の遣り取りをするような場には踏み込ませたくはなかった――お幸も、お心も。
 別行動で所用を済ませてきた中原 鯉乃助(ia0420)も子供に命の奪い合いをさせたくはないと考える一人だ。しかしお幸の心境を思えば一概に否定する事もできなかった。
(おいらがお幸と同じ立場なら、きっと同じ事考えたと思う。それに‥‥)
 鯉乃助は無意識にお心を見た。
 お心は硬い表情のまま、お心に話し掛けている。ずっとあんな顔で過ごしてきたのだろうか――又差と太一、宇衛門を野辺送りして以来、彼女は。
(たとえ重罪人だとしても、他人に殺されたとなりゃ‥‥少なからずそいつを恨むと思う)
 さぞ自分達を恨んでいるであろうお心の心境を慮ると苦い思いがこみ上げる。

 身近な人間を他者に殺されたお心。
 許嫁をアヤカシに、親しい者を開拓者に殺されるという過酷な運命は、通常ならば一生に一度も遭うものではない。
(できたら手を汚す事なく暮らして欲しいと思うのは、自己満足でしょうか)
 自身もまた、常では経験し得ない過酷な半生を送って来た巫 神威(ia0633)は、だからこそお幸の決断を危うく思う。
(あんなに思い詰めて‥‥)
 幼い少女の硬い表情は見ていて辛い。あんな状態で人生の選択をして欲しくはない――見上げてきた恋人の想いは柄土 仁一郎(ia0058)にも伝わっただろうか。
 仁一郎は護衛がてらお幸に近付くと、兄が妹に語りかけるような口調で問いかけた。
「お幸。開拓者は、何をするのが役目だと思う?」
 大男から突然降って湧いた質問に、お心の表情が強張る。かつての出来事を思い出したのやもしれなかった。
 事情は聞いているから二人の遣り取りの裏側も察せられる。何と声を掛けようか言葉を捜していた滝月 玲(ia1409)は、二人の遣り取りを聞き漏らすまいと耳を傾けた。
 小さなお幸は大きな仁一郎を目一杯見上げて言った。
「‥‥ケモノやアヤカシ、悪い人‥‥から‥‥みんなを守る、のでしょう?」
 兄様のような凶悪な重罪人を斬るのも開拓者の仕事でしょうと続けたげに、お幸はお心の内心など気付く事なく仁一郎に答えた。
「お幸‥‥お前の気持ちは解らないでもないが」
 肉親を斬ろうとしている幼子に、風雅 哲心(ia0135)は伝えたい事があった。その思い詰めた気持ちは理解できるものの成就は悲劇にしかならぬ。哲心はお幸に伝えたかった。
「人を斬る為だけに強さを求めてはいけない」
 敢えて『死罪級の悪人』とは言わなかった。斬ろうとしている相手は彼女の実の兄なのだ。兄の非道を止めたい妹の気持ちは解らなくもない、だがその為だけにお幸が自らの手を血に染める必要はない――哲心はその事をお幸に解ってもらいたかった。
 哀しい連鎖を増やしたくない、その気持ちはきっと皆同じ。
 お幸の幼い心は偏った使命に凝り固まっている。できる事なら――お幸にもう一度考えるきっかけを与えたいと、改めて玲は思わずにはいられなかった。

 何という事はない容易なケモノ退治の仕事で、手馴れた者達が請けている。しかし護衛対象がいるとなっては話が変わってくるものだ。開拓者達は不測の事態に備えて、慎重に森を進んでいった。
「身の上は抜きにして、俺は開拓者が増える事に関しちゃ反対しないぜ」
 オラース・カノーヴァ(ib0141)の言葉が陰鬱とした森の空気を変えた。
 お幸の目的はともかく、彼女は志体を持っていて開拓者への道を歩む資質を備えている。オラースは大人の分別と少年の如き天真爛漫さで開拓者志望の少女へ話しかけた。
「それで、クラスは決めてあるのか?」
「くらす?」
 専門は決めてあるかと問い直してやる。
 まだそこまで考えが及んでいなかったらしいお幸に、オラースはお心の渋顔などお構いなしで「剣術を遣うならサムライや志士、騎士が一般的だぞ」お幸に勧めて茶目っ気混じりに己の話も交える。
「ちなみに俺が魔術師を選んだのは、不利な戦況を覆す革命的なスキルが多かったからだ」
 自慢じゃないが俺は危機的な状況によく陥る、と結んだ美丈夫に、お幸は初めて笑顔を見せた。それは事情が事情でなければ頼もしくも微笑ましい光景だったのだが。
 ――急に開拓者達の空気が変わったと、お幸は思った。
「お幸様」
 竣嶽に促され退避したお幸を庇うよう立ち、仁一郎はアヤカシが居る方向を見据えたまま少女に言う。
「人々に害をなすモノ‥‥アヤカシやケモノの退治も確かに、開拓者の仕事のひとつだ」
 仁一郎の声が硬かった。お幸に背を向けたまま仁一郎は言った。俺達開拓者を知る、ひとつの機会になるだろうから、と。
 気配を探るように一点を凝視する仁一郎が何をしているか、知らぬ仲間はいない。
「お幸、命を奪うと言う事の重大さをその眼でしっかり見ておくんだ」
 玲の声が真剣味を帯びて、お幸に今一度の覚悟を問うた。
 ケモノはアヤカシとは異なり命ある存在だ。神ならぬ開拓者達に生殺与奪の権利など本来ありはしない。人に仇なすモノの討伐とは言え、開拓者達は罪と責を負うて遂行するのである。お幸は神妙に頷いた。

 先手必勝。ケモノが此方に気付くよりも早く、真っ先に一真が動いた。
(お心君達がいる以上、ケモノには何もさせない!)
 急降下する猛禽を思わせる勢いと気魄で一真が飛び込んだ、茂みの辺りから咆哮が聞こえた。
「来ます!」
 一言、恋人へ護衛対象の安全を託した神威が、怒声と咆哮が交じり合う地点へ一気に間合いを詰めた。瞬間、茂みから頭を出したのは巨大な、大人の背よりも大きかろうかという狼。
(おおきい‥‥)
 狼型と聞いていたから、野犬のようなものだと思っていた。獣ではなくケモノと称されるものが如何に危険なモノであるか、お幸はこの時初めて知ったのだ。
「お幸、前に出るな!」
 ふらふらと前へ歩みでかけたお幸を哲心が叱咤して引き戻した。お幸自身も無意識だった行動に、危うさを感じた竣嶽は利き手を刀の柄にかけたまま、お幸が動かぬようぎゅっと抱え込んだ。
「俺の後ろには、通さん」
 気丈に見据えているお心の厳しい視線を背に受けて、仁一郎は戦闘班と護衛対象との間に立ち塞がった。
 素早く狼の腹に潜りこんだ鯉乃助の拳がしたたか殴りつける。大振りな拳の攻撃は時折空を掻いたが当たれば大きい。
 玲は敢えてケモノの姿や力量をお幸に見せ付けるかのように動いた。決して気を抜くのでなく、お幸に戦いというものを見せたかった。
『ギャッッー!!』
 見せつつも押さえるべきは押さえる。狼の移動を阻むべく玲が放ったカマイタチに正確に脚節を断ち切られ、狼が悲鳴を上げた。逃げに転じたケモノへオラースが電撃を浴びせ続けた。
 多少の負傷はものともせずに一真が両刀を繰り出した。大狼とて開拓者数名がかりでは敵ではない。ほどなく巨狼は肉塊と化した。

 暫くの間――否、ほんの僅かな間だったかもしれぬ。
 誰も声を発さぬ森の中で、湯気立ちそうな息遣いだけが響いていた。
 最初に声を出したのは誰だったろう。極度の緊張で声も出せなくなっていたお幸の様子に気付いた皆が駆け寄って、時は再び動き出した。
 ケモノの血を付けたまま自身の傷もそのままで近付いて来た神威にお幸が一瞬身じろいだのが、腕越しに感じ取れた。
「お幸様、もう終わりました。戦いは終わりましたよ」
 髪を撫でて、あやすように語りかける竣嶽の腕の中で、お幸は硬くなったまま狼の死骸を凝視していた。懸命に目を逸らすまいとしている幼子を痛ましく思う。
「お幸さん、怖いですか」
 戦いが、死が――私が。
 敢えて戦いの名残を隠そうともせず、神威は静かに語りかけた。命を奪うという行為はとても重く辛いものだ。
「相手がアヤカシであれケモノであれ、またはそれ以外の何かであれ。退治と言う名目ではあっても、命を奪う事に代わりはない。とても覚悟の要る事だと、俺は思っている」
 神威の問いかけを受けて、仁一郎が穏やかに言い添えた。
 覚悟。その重みを開拓者達は知っている。
(お幸君のような子が‥‥戦う事を意識する事‥‥それ自体がとても怖い事だと思うよ、俺は‥‥)
 自分が傷付く危険だけでなく、目の前で誰かが傷付いて死ぬかもしれない惨劇を見届ける覚悟など、子供には持って欲しくはないと、一真は思う。
 一方、鯉乃助はお幸に覚悟を問うた。
「おめぇ、これでもまだ兄貴を斬る覚悟はあるか?」
 他者の命を奪う行為の重大さ。それが肉親ともなれば別の覚悟も生じてくる。
 幼いお幸にも理解できるよう言い直す。
「おめぇに斬られたとして、兄貴は死んでもおめぇを恨み続けるだろうし、世間は兄貴を斬った事実を忘れやしねぇ。『実の兄を殺した娘』って目で見続けるだろう」
 おそらくは、決心の発端となった母親にも累は及ぶ。お幸と兄だけの問題ではない、周囲も影響を受けるのだ。
「そいつはみんな、おめぇが考えてるよかずっとつれぇ事だろう。それに耐えていく覚悟はあんのか?」
 言葉なく見つめ返してくるお幸の真意を測るように厳しく見つめる鯉乃助。
 お幸が実際に開拓者への道を歩み始めるかどうかはわからない。しかし生半可な覚悟では乗り切ってゆけない過酷な運命をお幸は背負っていた。
(お心様‥‥)
 そっとお心を見遣る竣嶽。
 もしお幸が開拓者を目指す事になったならば、その時は出来ればお心の道場で面倒を見てやって欲しいと願う。お心には酷な事もあろうが、心身共にお幸の鍛錬を託せるのは、やはりお心の道場以外には考えられない。
 鯉乃助とお幸の間を取り成すように玲が口を挟んだ。
「君や両親に対しても酷い兄だったのかい?」
 ううん、とお幸。
 正確には共に過ごした時間が短すぎて印象に残っていないようで、死罪級の悪人云々は母親の嘆きから得た印象のようだ。
「嘆く母を見たくないから原因を取り除く、という考えは解る。しかしお幸が兄を殺して母の哀しみは晴らされるかな?」
 オラースの言葉に頷く神威。お幸自身が望んでいても、彼女の母親が納得していなければ新たな悲しみを生み出しかねない。

 開拓者になるならないはともかく、と鯉乃助が話を引き取った。
「‥‥ま、な。自分で手を下すのは無理だと思ったら、早めに信頼できる開拓者に頼め。見ず知らずの奴にやられるよかずっといいだろ」
 そんな結びに収まったのは、ここに居る開拓者の幾人かは同じ予感を持っていたからかもしれない。
 ずっと黙っていた哲心は厳しい表情で遠くを見つめた。
(俺の心当たりが間違ってなければ‥‥)
 きっとお幸の兄を倒すべきは自分達なのだから。

 〜了〜

(代筆 : 周利 芽乃香)