【儀式】ぬめりひょん。
マスター名:夢鳴 密
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/06/17 11:42



■オープニング本文

 長閑な風景の広がるとある村。
 川の恩恵を受けるこの村では、毎年水の神への感謝とその年の豊穣を願って水鎮祭と呼ばれる一つの祭りが開催される。代々の風習で村を治める者の血脈に連なる巫女と神の使いであるもふらが、川の上流に設置された祠に入り祈りを捧げ、その後村の代表数名と巫女で神々との交信を行うために水鎮交霊儀式を行う。その結果次第で水鎮祭に供える神々への貢物が決定するのだ。
 そして今年もその季節がやってきた。

「なぁ‥‥本当に大丈夫か?」
 心配そうな声で問いかける男に女はにっこりと微笑を返した。
「もう、心配性なんだから速雄はっ」
 怒って見せるもののどこか嬉しそうなのは微妙な女心なのだろう。
 とはいえ男の心配は冗談で言っているわけではないのはよくわかる。
「そうだけど‥‥何か最近あの水辺でもふら様の姿が消えたりしてるみたいだし」
 言いながら背筋に寒気を感じた男―――速雄はぶるっと身震いした。
 彼らがいる場所は件の水辺より半日ほど歩いたところにある村だ。
 にも関わらずビビりまくる速雄に、女は困ったような表情を浮かべる。
「大丈夫よ! いざとなったらこのもふら様が護ってくれるわ」
「もふー☆」
 女の声に反応して鼻息をふんと吐き出したのはおよそ七十センチ程のもふら様。
 どうやら任せろという意思表示のようだ。
「それじゃ行って来る。二日後の水鎮交霊儀式で会いましょ♪」
 そう言って女は村を後にした。


 一週間後。
 神楽の開拓者ギルドに一人の男の姿があった。
 男の名は速雄というらしい。
「それで、開拓者に何を頼みてぇんでい」
 頭に「粋」と書かれたハチマキを巻いた半被姿の男がぶっきらぼうに言い放つ。
 どう見ても街火消しのようにしか見えないその風貌。
 しかし彼はどうやらギルドの受付のようだった。
「あ、はい。実は‥‥‥‥」
 男が話した内容はこうだ。
 村で行われる伝統の水鎮祭、その祭のために祈りを捧げる巫女は速雄の知り合いなんだとか。
 巫女は祭より前から河原の祠に篭り、お供のもふら様と一緒に祈りを捧げる。
 その後祭を主催する村の代表が巫女と共に祈りを捧げる水鎮交霊儀式というのが行われるのだが、その儀式を行いに行った村の代表たちが戻ってこないという。
 村人の有志による捜索隊が結成されて捜索を開始したが、その捜索隊までもが帰ってこない。
 更に祠付近の河原では人の二倍はある巨大な謎の生物が目撃されているそうだ。
 消えた村人や巫女が無事なのかの調査、そしてもし何かあったのだとしたらその原因の根絶。
 それが速雄の持ってきた依頼内容である。
「怪しいのはその謎の生物って奴だな。そいつの特徴とかねぇのかい?」
「は、はぁ‥‥実は、私たちの村で奉っている神様というのがいるのですが」
「うん?」
「その謎の生き物というのが‥‥その神様の姿にそっくりなんだそうです」
 首を傾げる受付係の男に、速雄は取り出した一枚の巻物を広げた。
 見事な程繊細に描かれた水墨画。
 木々や水の流れなどが細やかに描かれており、見る人の心を虜にする、そんな画だ。
 その中心に描かれていたのは、のっぺりとした顔立ちに少し光沢感のある身体、そして長い尻尾の生物。
「こりゃ‥‥サンショウウオかい?」
 受付係の言葉に頷く速雄。
「僕たちの村では神聖な生物として代々奉られています。その中でも特に大きなオオサンショウウオ様が、水の神様とされています。そして、私たちは神様のことを畏怖の念と親しみやすさを込めてこう呼びます」
 そこで速雄をどこか遠くを見つめるように視線を中空に泳がせ、呟くように言った。

「ぬめりひょん様―――と」


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
風間・月奈(ia0036
20歳・女・巫
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
梟某(ia1033
28歳・男・志
灰斑 御背(ia1056
21歳・男・サ
龍深城・我斬(ia1304
19歳・男・泰


■リプレイ本文

●跡を辿れ。
 今回依頼があった速雄の村から問題の川原の祠への道を、開拓者たちは地に視線を落としながら進んでいた。
 村人の情報から周辺に潜んでいるのは巨大なサンショウウオで更にぬめりがあると聞いた一行、ならば必ず通った跡が残っていると探していた。
「それにしても水神様にそっくりなアヤカシですか。何とも罰当たりなアヤカシですねぇ」
 異国の血が混じった証である煌く金色の髪をかき上げて、万木・朱璃(ia0029)は言った。
 神と奉る存在が姿を見せて村人が消えた―――村では神の怒りだと恐れ戦く者もいる。が、開拓者たちにはそれがアヤカシの仕業であることに気付いていた。
「ふふ‥‥楽しませてくれそうじゃない」
 心底楽しんでいると言わんばかりに川那辺 由愛(ia0068)は口元に妖艶な笑みを浮かべる。そんな由愛の顔を見た相川・勝一(ia0675)は困ったように苦笑する。
「もう、由愛さんってばまた‥‥でも、巫女の方や捜索隊の人たちが無事だといいですけれど‥‥」
「絶望的にゃ違ぇねぇが‥‥可能性がねぇわけじゃねぇ。俺たちが諦めちゃおしめぇだろ?」
 にかっと笑いながら勝一の頭をぽんぽんと優しく叩くのは灰斑 御背(ia1056)。頭を優しくされると弱い勝一は顔を赤らめてふにゃ、と呟く。
「だが既に一週間だ‥‥急がねばなるまいな」
 真剣な顔で言う柄土 仁一郎(ia0058)に応えるは龍深城・我斬(ia1304)。
「もふら様がその巫女さんを守ってくれてるといいんだが‥‥ちと時間が経ち過ぎているか」
 顎に手を当てて考える我斬はちらりと仁一郎の方に目を向ける。
 洋装を纏った仁一郎は今回滑り止めにとブーツに藁を巻いている。更に事前に敵を誘き寄せるために買った肉塊を手にしているため―――かなり奇妙な外見になっていた。
「あー‥‥持とうか、それ」
「‥‥すまん、頼む」
 堪らず申し出た我斬に礼を述べる仁一郎。どうやら本人も気にしていたようだ。
「うぬ‥‥見つけたのである」
 そう言って梟某(ia1033)は自分の足元を指差した。見ると陽光に照らし出されて煌く一本の筋が蛇行しながら先の川へと伸びている。
「ぬめりはここで途切れてるね‥‥と言う事は今は水の中?」
 辿った先を確認した風間・月奈(ia0036)は残ったぬめりを指先で少し触る。まだ比較的新しいもののようだ。
「しゃぁねぇ。作戦通りやるか」
 御背の言葉に一同は力強く頷き返した。

●誘い出せ。
 今回万が一敵が水中にいる場合にと購入した肉塊。勿論餌として使うのだが、ここで一つ問題が。
「えっと‥‥これって川原に置いて様子見るの?」
「出てきたら目の届く位置に置いとけば、陸にあがったとき喰らいついてくるんじゃねぇか?」
 首を傾げる月奈に我斬が応える。
「じゃあ来なかったら‥‥?」
 一同の動きがピタリと止まる。
 囮にするには相手に見つけてもらう必要がある。かと言って川原の傍に肉を置いておけばこちらが包囲する前に水中へと逃げられる危険性がある。逃げられないように自分たちが近くに寄ればアヤカシは生きている開拓者を真っ先に狙うだろう。
「うぬ‥‥餌の意味がなくなってしまうのであるな」
「肉塊は無駄か‥‥頑張って持ってきたんだが‥‥」
 呟く梟に項垂れる仁一郎。
「まぁ仕方ねぇな。じゃあやっぱ俺が囮になるしかねぇか」
 首をコキコキと鳴らしながら気合を入れる我斬。一同もそれに賛同し、いざどう動くかを話し合おうとしたそのとき。
「ふふ‥‥それならいい方法があるわよ」
 不適な笑みを浮かべる由愛に全員の視線が集まる。由愛が立てた作戦、それは―――

「‥‥で、こうなるわけか‥‥」
 どこか背中が寂しく見える佇まいで呟く我斬。
 彼は今囮となるために川の浅瀬に立っていた―――肉塊を背負って。
「これなら肉塊も無駄にならないし、相手もきっと出てくるわ」
 嬉しそうに言う由愛に、決してこの人だけは敵に回しちゃいけないと心に誓う勝一。
「あー‥‥ま、人生色々っつーしよ?」
 慰めなのか何なのかよくわからない言葉を我斬に投げる御背。
「骨は拾ってあげるからねー?」
「ボクもしっかり応援するから!」
 思い思いに声を掛ける朱璃と月奈。若干我斬が遠い目をしているようにも見えたのはきっと気のせいだろう。
 そんな励ましの中、我斬のいる位置にゆっくりと巨大な影が近付きつつあった。

●戦え。
「ぬおぉぉぉぉぉっ!!」
 大声で叫びながら疾走する影は我斬。その後ろからべちゃんべちゃんと音を立てながら迫り来る巨大なサンショウウオ、のようなもの。姿は一見サンショウウオに見えるものの、その顔は醜悪そのもの。目鼻がなくただ口があるだけ。どう見ても普通の生き物ではない―――アヤカシだ。囮となった我斬と肉塊は見事その役目を果たし、現在水辺から陸地に向けて全力疾走中である。
「我斬、来るぞ!」
 仁一郎の掛け声と同時に我斬は前を向いたまま左に跳躍。さっきまで我斬のいた場所をサンショウウオの口が飲み込む。
「っだらぁぁぁぁぁっ!」
 我斬反転、そのままサンショウウオに高速の蹴りを放つ。仰け反るサンショウウオ。そこに更に飛来する御背の矢。練力を使い自らの力を高めた上に狙い澄まされた御背の矢は、動きを止めたサンショウウオに命中。刺さった場所から血にも見える黒い霧のようなものが吹き出す。恐らく効いたのだろう、口を大きく開けて鳴くサンショウウオ。
「ふふ、お口がお留守よ!」
 由愛の指から放たれた符が鏡のように薄い円形を模って変形。そのまま鋭い音を立てながらサンショウウオの口内に吸い込まれる。鈍い音と共に切り裂く音だけが響く。よろめくサンショウウオ。
「さぁ皆さん、キリキリ頑張ってくださいよ〜! 終わったら美味しいご飯作りますからねー!」
「そいつぁ楽しみだ!」
 神楽舞・攻を舞いながら声を掛ける朱璃に笑みを零す御背。増加させた筋力で目一杯弓を引き、再び発射。先程と寸分違わぬ位置に命中。堪らず川の方へと身を翻すサンショウウオの前に梟が躍り出る。
「うぬ、逃がしはしないのである!」
 紅い炎を纏った薙刀をぶんと振り回し横殴りに斬りつける。柔らかい粘土を斬りつけるような感覚が梟の手に残る。銀閃。再び吹き上がる黒い霧。口を歪めて咆哮するサンショウウオ。薙刀の先にサンショウウオの体液らしきぬめりがへばりつく。しかし気にしていられない。
「勝一殿!」
「このまま一気に‥‥の前に仮面を‥‥」
「勝一どのぉぉぉぉぉ!?」
 呼び掛ける梟、応えて飛び出る勝一だったが、仮面を探して懐ごそごそ。少し涙目で訴える梟。その隙に再び身を翻すサンショウウオ。だがそこには既に太刀を冗談に振りかぶった仁一郎の姿が。
「お前に恨みはないが‥‥アヤカシとあらば仕方ない。――覚悟」
 言葉と共に太刀の刃に紅蓮の炎が宿る。仁一郎は長身をしならせ全体重を乗せて上から下へと振り抜く。炎の筋が宙を舞いサンショウウオの腕を胴から切り離す。腕はそのまま黒い霧となって霧散。
 オォォォォォォォォォン
 奇妙な声を上げながら二足歩行状態で上空に咆哮するサンショウウオ。
「ふははは! 滅せよアヤカシ!!」
 いつの間にやら仮面をつけた勝一が高笑いをあげながら太刀を横薙ぎ。サンショウウオの腹部を鈍い音で斬りつける。サンショウウオ、口から吐血するかのごとく体液を噴射しながら背中から地に崩れていく。勝一の全身をぬめりが覆い尽くし、同時に仮面が外れる。
「うわわっ‥‥べとべとだよぅ‥‥」
 泣きそうになりながら振り向く勝一。近寄った月奈、途中で停止。距離を置いたまま月奈の手から優しい風が流れ出し勝一を包み込む―――風の精霊の力を借りた神風恩寵だ。
「‥‥あの‥‥」
「ボクぬめっとしたのはちょっと‥‥」
 苦笑しながら言う月奈に勝一はがくりと肩を落とした。
 倒れたサンショウウオ弱りながらものそりと起き上がり、這いつくばったまま勝一と月奈の方へと動き出そうとする。が、そのすぐ横に躍り出る紅い影―――由愛だ。
「そうはさせないわよっ!」
 叫んだ由愛、残りの符にありったけの練力を込め解き放つ。蛭に模られた符はサンショウウオの体中にべったりと張り付き、その生命力を根こそぎ吸い取っていく。
 数刻後―――
 形を保てず瘴気の霧と成り果てたサンショウウオが存在した場所から符を取り出した由愛。
「『喰われる』って感覚がどんな感じか‥‥吸われて思い知れ」
 にやりと笑いながら 呟いた。

●説き伏せろ。
「ですから‥‥あれはぬめりひょん様ではなくアヤカシだったんですって」
 どこか疲れたような勝一の声が部屋に響き渡る。
 アヤカシを退治した一行は周囲を隈なく探索し、消えてしまった村人たちの物と思われる刀数本を発見。その後報告に村へと戻って説明していたのだが、サンショウウオのようなアヤカシを退治したという報告に大激怒。神殺しだ祟りだと騒ぎ出しこちらの話を全く聞いてもらえない。
「まいったな‥‥」
 頭をガシガシと掻きながら呟くのは御背。彼はこういう説明が苦手なので仲間に任せていたのだが、更に面倒な事態に困惑を隠せない。
「間違ってはいないはずなのだがな」
 仁一郎もふぅと溜息をついた。その間にも村人たちの興奮は冷めやらず、特に依頼人の速雄は完全に敵意を剥き出しにして開拓者に怒鳴り声を上げる。
「村の神様になんて事をしてくれたんだ! こうなったらあんたたちが責任をとって川に身を捧げぐばはぁっ!?」
 怒りが最高潮に達し、勝一に掴みかかろうとした速雄に、なにやら白い物体が高速でぶつかりそのまま速雄は吹き飛んだ。
 唖然とする一行がその白い物体に視線を移すと、そこには―――
「もふ!」
 鼻息をふんと吐き出したもふらがいた。
「こ、これは‥‥巫女のお供の‥‥」
「何の騒ぎですか」
 村人の驚きの声。その後に女性の声が飛び込んでくる。振り向くと白い装束に身を包んだ女性が立っていた。どうやら行方がわからなくなっていた巫女のようだ。
「な、なんでお前‥‥」
 口をパクパクさせながら言う速雄に、女性は溜息をつく。
「ぬめりひょん様に助けてもらったのよ」
「え‥‥?」
 驚く村人に巫女はそっと外を指差した。皆が視線を移すと、そこには体長一メートル程のくりっとした目のサンショウウオが。
「いやん、らぶりー!」
 頬に手を当て目をキラキラと輝かせる朱璃。サンショウウオは声に反応したのか、ちらっと朱璃を見たがすぐにふいとそっぽを向いた。
 聞くと祈りの途中にぬめりひょん様が姿を現し、もふら様と一緒に避難していたんだとか。言葉は通じないので逃げろと言ったわけではないだろうが、何となくそんな気がしたそうだ。ただ、残念ながら他の村人は例のアヤカシに食べられてしまったようで、その姿を見つけることはできなかった。
「では‥‥その方々のご冥福だけは祈らせてくださいね」
 にこりと微笑んで言う月奈。
「疑ってすまなかった‥‥」
 バツの悪そうに謝る速雄に開拓者一行も気にしないでくれと伝える。と、そこで我斬が仲間が一人足りないことに気付く。
「あれ? 何か足りねぇな‥‥?」
 キョロキョロと見回す一行の前に両手一杯に荷物を抱えた梟が姿を現した。
「うぬ、美味そうなお土産がいっぱいあったのである‥‥ん?」

 帰りの道中、梟のお土産は全て仲間の胃袋の中へと姿を消した。

〜了〜