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■オープニング本文 安積寺から南へ、海路を行くと辿り着く小さな離島がある。 その名は、黎森島。 人口三百にも満たない小さな島は、ゆったりとした生活には最適であろうが、都会的な空気とは明らかに何かが違う。故に、大都会の華やかな生活を夢見る者は、島を出て行くのが普通である。 もっとも、島に残るという人々も、そう少ないわけではないのだが。 ☆ 「お父さん、起きて! 船が出るよ!」 久しぶりに自宅に帰って来ていた父親を叩き起こした燈子の一日は、朝食を手早く作り、父親の脱ぎ捨てた衣服を洗濯桶に突っ込むことから始まった。 安積寺に行くから、と昨日の夜に言った父親は気怠そうに布団から起き上がった。 「もう、あんまりだらしない格好しないの!」 「うん、ごめんね」 「はいこれ、おにぎりっ。ちゃんと安積寺に着いたら、手紙を寄越すこと!」 「うん」 「変な女の人に引っかからないこと!」 「うん」 「あと、お金は無駄遣いしないことっ!」 「はぁい」 子どものような返事をした父親は、のろのろと愛娘お手製のおにぎりを手に、港へと出発した。 掃除を終えた燈子は、相棒で羊の梅々と伴ない月に一度の市場へと繰り出した。島市、と名付けられたこの催しは、普段ならば定価のものが少し安く買える。 つまり、燈子にとっては絶好の機会なのだ。 「梅々。つまみ食いしないようにね」 本来ならば人の往来に羊が混じることは無いのだが、なにせ小さな島だ、もはや燈子の相棒に驚く者はいない。それどころか、 「梅々ちゃん。梅はいかが?」 「おばちゃんっ。あんまり餌付けしちゃ駄目っ」 相棒の好物を無償で与える婦人を叱って、燈子は息を吐いた。 梅々――売れなければ処分場に送るしかないという値段で叩き売られていた相棒を買い取ったのは、同じく二束三文の土地を譲り受けてから少し経った頃だ。名前が無いのは不便だからと、たまたま梅を食べた羊の顔が面白かったから、梅々とつけた。 今では梅をパクパク食べる、とても変わった動物だ。 「……さて、梅々。そろそろ帰るわさ」 馬のように荷籠を背に乗せた梅々を連れて、燈子は牧場への帰路を行く。 ☆ 「来ましたわね、燈子!」 「わっ。……なんだ、ユズか」 「ユズじゃないですわ! ……こほん、貧乏生活を笑いに来てあげましてよ。喜びなさいっ!」 牧場に帰った燈子を待っていたのは、綺麗に結った栗毛をなびかせ、ジルベリア風の高級そうな服を身につけた少女だった。腰に巻いた刃幅の異なる小刀を何本も収納できる帯を、正面で精巧な蝶番を使って繋いでいる。彼女が動く度に、髪に差した緻密な作りの金簪がか細い音を立てた。 いかにもご令嬢という雰囲気の少女の名はアリス――ジルベリア贔屓の両親によって『有寿』と名付けられた。 ユズと誤読して以来、燈子とは十年の付き合いになる。彼女の家の繁栄も没落も、全て見てきた仲だ。 「まあ、あたくしの家は順風満帆でしてよ! ジルベリアに別荘も構えましたし、安積寺での商売も順調ですわっ!」 「そっかー。良かったねー」 厭味ではなく、真実良かったと思っている燈子を相手に二の句が繋げない有寿である。 「……と、とにかく、ですわっ」 「ですわって似合わないわさ。お父さんも、ユズは昔の話し方が良いって言ってたけど」 「伊織さんが言っても、こんな喋り方け嫁の貰い手にゃなっじゃっ!」 酷く訛った言葉を発した有寿は直後、真っ赤になって「恥ずかしいですわ!」と叫んだ。 「ともあれ、燈子。あなた、全然まったく、これっぽっちも牧場開拓が進んでいませんのね」 「えー、そんなことないわさ。ちょっとは広くなったよ」 「これで……広いってあなた……どんな感覚してるんですの……」 有寿は燈子が黎森島一と呼ばれた家に生まれたことを知っている。その影に隠れ、織物問屋から金物問屋に転身せざるを得なかった父親の苦労も、伊織に求婚して玉砕し、父親と結婚した母親の妥協も気づかない年頃ではない。 だが、燈子の家が没落すると同時期に、安積寺に大きな店を構える為に島を出ることになった時、有寿は本音を言えば寂しかった。島で数少ない同世代の友人と離れるのは、とても辛かった。 なので、こうして顔を見に来ては厭味を言って帰っていく。今日も元気そうだ、今日も幸せそうだ。そんなことを確認して、嬉しくなる。 絶対に、燈子には言ったりしないが。 「燈子。あなた、午後は暇でして?」 「まあ、お父さん送り出しちゃったし、暇かなぁ」 「なら、あそこを掃除しますわよ」 そう言って有寿が指さしたのは、廃材置き場と化している牧場の南東部分だった。 いつのものか分からない廃材が山のように積み上がり、土地は一段と痩せている。恐らく人手があればあっさり片付くのだろうが、牧草地帯になりそうにないことから開拓を後回しにしていた場所だ。 言われた燈子としては、片付けられるのであれば願ってもない話である。 「良いの?」 目をキラキラさせて言った燈子にたじろいだ有寿は、勿論ですわっと高い声で言った。 「こう見えてあたくし、あなたみたいなちんちくりんと違って、ちゃんと鍛えてますの。お父様の商売を手伝うには、当然の嗜みですもの」 「へー、すごーい」 「別に燈子の為さなっじゃ! ……い、伊織さんの力になりたいだけですわ!」 「物好きだね……」 男の趣味が悪いこと、素直じゃないことを除けば、最高なのに。 頬を紅潮させて言った有寿に、燈子は何とも言えない顔になる。 二人の間を取り持つように、梅々がくしゅん、とくしゃみをした。 |
■参加者一覧
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
エレイン・F・クランツ(ib3909)
13歳・男・騎
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
獅子ヶ谷 仁(ib9818)
20歳・男・武
黒憐(ic0798)
12歳・女・騎
リュドミラ・ルース(ic1002)
18歳・女・騎 |
■リプレイ本文 「いいねえ。いかにも開拓者の仕事、って感じで」 のびをして言ったクロウ・カルガギラ(ib6817) は、いつも通り囲まれている少女と、いきなり現れた人々に目を丸くしている少女と、貰った梅干しを一心不乱に食べる羊の方を見る。 「おいしい?」 言葉が返ってくるわけではないが、梅々の横にかがんで食べる姿を眺めるエレイン・F・クランツ(ib3909)は思わず笑みがこぼれた。 「そういえば、燈子ちゃんの牧場にお邪魔するのは初めてだね」 「まだ何もないけど……ゆっくりしていくと良いわさ」 すっかり作業モードの燈子に黒憐(ic0798) が言った。 「……イオりんは……もう放流してしまったのです?……」 「イオ、りん……? あ、あーっ。うん、放流、放流」 誰、という顔に一瞬なった燈子がちょっと面白かった黒憐である。折角、友人が挙動不審になってくれるかと思ったが、今回はお預けのようだ。 その挙動不審を期待された友人、リュドミラ・ルース(ic1002) は新顔の少女と話していた。 「へぇ、ジルベリアに家あるんだ……どの辺?」 「ジェレゾの南方あたりですわ。金物を作って売ってますの」 「金物?」 「うちが扱うのは工芸用の刀や鍵類ですわよ。どれも一級品で、お客様に好評ですの」 商人の娘らしく、その口上は営業のようだ。 ふんふんと話を聞くリュドミラと有寿の姿は、傍目に見れば意気投合した友人同士に見えた。 「友達は幾つになっても良いもんだよな」 「ちょっとうるさい友達だけども」 真顔で言う燈子に獅子ヶ谷 仁(ib9818)が噴き出す脇で、唯一怪しく目を光らせた黒憐がぼそりと呟いた。 「ライバル……あらわる」 ★ 「さってとー。時間もねーし、とっととやっちまおうな」 羽喰 琥珀(ib3263)の言う通り、今回は思った以上に作業時間がない。 燈子と有寿に昼食の用意を頼み、開拓者達は早速南東エリアに足を踏み入れた。 母屋の残骸だろうか、梁のような頑丈そうな黎木――真っ黒な木材で、加工前は刺がある種類だ――が山のように横たわっている。手つかずとは良く言ったもので、見事に釘やら何やら、色々なものが取り残されていた。 「んじゃあ、俺は適当に斬っていくな」 皮手袋を嵌め、手斧を担いだ琥珀は、廃材の中からひときわ長い木材にあたりをつけた。白墨で金属部分を丸で囲んでいく。粗方の目印がついた時点で、斧でその部分だけを切り離すのだ。 「畑に釘はいらねーよな。踏んだら危ねーし」 「釘類はあっちへ持って行ってくれ。それ以外の腐食していない木材はこっちだな」 加工できそうな木材を南西エリアとの境界へ運ぶクロウが仲間に声をかける。 黎木という種類の木を初めて詳しく触るわけだが、思ったよりも軽い。年輪部分が白く見えるのも特徴的だろう。 これなら下手に装飾するより、そのまま使った方が見栄えしそうだ。 「……どうだろ、使えそうか?」 「悪くないんじゃありません? ボロですけど、刃を磨けば使えますわね」 「そうだな。じゃあ、こっちは――」 仁と、燈子を手伝いに行く前の有寿は農具の点検をしている。昼食後に使うであろう鍬が耐え切れるか、金物問屋の娘である有寿に意見を仰いでいるのだ。 「あとは柄との付け根の強度を……針金で縛れば今日のところは大丈夫ですわね」 「なるほどな。助かったよ、ありがとう」 「お礼には及びませんわよ」 礼儀正しくぺこりと頭を下げた有寿は、燈子がいる厨房へ戻っていった。仁は手早く鍬類の付け根に針金を巻き、補強した農具を脇へ寄せて立ち上がった。 「ん……」 一方の黒憐は、大きな廃材から運び始めていた。持っていく先は、リュドミラが粉砕作業をしている南東エリアの北部だ。 もともとは、 「燃やすの? 灰なら畑に撒いちゃえば?」 という彼女の言葉が始まりで、使えない木材は燃やして畑の肥やしにすることになったのだ。 「あとどのくらい?」 「いっぱい……」 黒憐の運んできた廃材を受け取ったリュドミラがふぅ、と息を吐く。思ったより重労働だ。 「お水、持ってきたよ」 開拓したばかりの井戸から水を汲んできたエレインが桶を置く。いつでも着火できる状態になったわけだ。 「もう少し溜めてから燃やす?」 「そうだなぁ……もうちょっとやろっかな」 「憐も……手伝うのです……」 「じゃあ、俺は運ぶのを手伝うかな」 合流した仁とエレインが再び崩れかけた廃材の山へ向かい、残ったリュドミラと黒憐が廃材の処理を続ける。 「りゅどみー……一気にやりますよ……」 言うや否や、黒憐は斧を振り下ろした。大きな音が鳴って、廃材が瞬く間に粉々になる。 体の半分以上もある斧をドカドカと振り回す黒憐のおかげで、リュドミラ達の作業速度は驚くほど上がるというものだ。 選り分けていた仲間たちも、数が減るに従って徐々に砕くのを手伝い始めた。 そうして全ての廃材を処理し、一部の木材が灰になり始めたのは、既に太陽が真南にあろうかという頃だった。 ★ 昼食を作った燈子と有寿が開拓者達のところへお膳と共に帰ってきた。 「わぁ、美味しそうだねー♪」 ふわふわの髪を揺らしてエレインが膳を褒める。 料理全般を体に叩きこんでいる燈子と、お嬢様ながら手先が器用な有寿の合作である。 一汁三菜の昼食だった。漁師から貰ったという海苔と浅利を使った味噌汁に、炊きたての玄米、黎草というほうれん草に似た黒い葉を巻き込んだ厚焼玉子に、豚肉とじゃがいもの煮物。 「仕事した後の飯はやっぱウメー」 茣蓙を敷いた上に座る琥珀が舌鼓を打つ。体力仕事の後のご飯程美味しいものはない。 「味噌汁もウメーな。なんか味が違う」 「魚のあらで出汁を取ってるんだけど、島の外じゃやらない?」 「どーだろー。けど、ウメーよ」 味噌汁の味が気に入った琥珀は「ウメー」と繰り返した。 「卵焼きは私が作りましてよ。遠慮無く頂きなさいなっ」 お嬢様気質の有寿の豪語に苦笑して、クロウは望みどおり一口卵焼きを食べる。 確かに美味い。料亭ほどの洒落た味ではないが、家庭料理としてはまず問題ない。 食べながら、クロウはふと思ったことを口にした。 「そういえば……先日まで親父さんがいたんだっけ?」 燈子が何か言うより先に有寿が食いついた。 「なに!? 伊織さんいたの!」 「送り出したって、言ったじゃんかー」 肩を揺さぶられる燈子の声が揺れる。だったら船着場で入れ違いだったんじゃないのさー、と悔しがる有寿は、傍目に見ても随分年上に恋焦がれる女の子の姿だ。 「……やっぱ顔か……」 顔が良いと得するよな、と一人零す仁はじゃがいもを齧った。 がっくり項垂れる仁を横目に、黒憐は燈子に次のリクエストを投げてみる。 「今度は……カレー、とか……?」 「かれー……って何?」 「知らんっが!?」 思わず訛った声で突っ込んだ有寿である。だが、その反応は他の開拓者も同じだ。 皆に目を丸くされて、逆にうろたえたのは燈子である。 「え、何? そんな有名……?」 「有名だなぁ。黎森島には無いの?」 リュドミラのこの言葉は有寿に向けられたものだ。有寿は首を横に振り、 「燈子の家は、昔から懐石中心でしたし……貧乏になってからは食べられないから、知らないのかも……」 「カレー、ウメーけどな」 「嫌いな人があまりいない料理だよね。万能っていうか、特に子どもは好きそうな料理だね」 琥珀とエレインの言葉だけでは、想像するにはあまりにも未知の料理だ。 「……さて、頃合いだし、作業に戻るか」 「えー。かれーってなんなのさーっ!」 立ち上がった仁に続く開拓者と有寿を、燈子のもやもや感を残したような声が追ってきた。 ★ 後半線は二手に別れ、柵作りと畑作りになった。 休みの間も燃えていた廃材は、殆どが綺麗な灰となっていた。黒い木だったが、灰になると真っ白になるのが不思議である。 「先に灰を運んじまうか」 手箕で灰を掬った仁が動物小屋の方へ走る。しばらく干した方が良いものになるのだ。 少し離れたところでは、黒憐とリュドミラが耕作を始めていた。 「くっ、こんなことなら駆鎧を持ってくるべきであったか」 思ったよりも固い土に苦戦しながら、リュドミラが鍬を打ち込む。将来井戸から水を引きやすいように、長い一列の畑になるように耕していく。 その隣をのっそりと牛が横切るのを見て、彼女の手が止まったのは仕方がないことだろう。 「憐ちゃん、何やってるのー!?」 思わず声を上げたリュドミラには答えず、黒憐は赤いマントを翻し、簡易の犂を取り付けた牛と睨み合っていた。闘牛のつもりか。 はらはらする友人の前で、黒憐はすぅ、と息を吸った。 吹くのは、やや強めの南西の島風。追い風だ。 「……かけっこしたいんですか…まけませんよーー……」 いや、その前に赤いマントに牛は食いつくのか。 素朴な疑問を持つ友人を尻目に、黒憐は全力で走り始めた。なんだか訳が分かっていなさそうな牛も、とりあえずのっそりと追いかける。 ……一応、耕せて、る? 首を捻ったリュドミラが友人を呼ぶ前に、お約束通り黒憐がマントを踏んづけて転ぶ。顔面を固い土にぶつけたのが痛そうだ。 しかし、牛の前進は止まらない。 「黒憐ちゃああああああああん!?」 リュドミラの悲鳴が木霊した。 ★ 「あっちは楽しそーだなー」 助けなくて良いのかな、というエレインに琥珀は「いーだろ。死なないってー」とあっけらかんと答えた。 別働隊は、南西と南東を区切る柵を作り始めていた。長さ350メートルの柵を一日で作るのは難しいが、動物が入って来ないようにはしておきたい。 木材の先端を削る琥珀の手にも気合が入るというものだ。 「北が牧草地ってことで良いのかな?」 エレインが提案した構図は、北が牧草地で南が畑。南側に扉をつければ出入りも簡単だろう。 「出来るところまでではあるけど、いつかは完成させたいね」 「いない時もちょっとずつ進めるわさ。打ち込みとかはお願いしないとだけど」 木材を打ち込み位置に運ぶために抱えて立ち上がった燈子はエレインに言った。 「よーし、打ち込んでいくぞー」 掛矢を担いだ琥珀が声を上げる。仲間たちが手を上げたのを見て、彼は浅く地面に刺した木材を叩く。固い地面を割るように刺さる杭が壊れる様子はない。まだまだ現役の木材だ。 「悪くねーな」 ニッと笑った琥珀が次々と杭を打ち込む。彼を追うように、仁とクロウが荒縄で杭を繋いでいく。 ものの一時間程度で、南西部分と畑が接する場所に簡易な柵が出来上がった。一度要領を得れば簡単で、畑と牧草地を区切る柵も手早く作っていく。 「もっと時間あって材料も沢山あれば、もっといーの作れるんだけどな」 「だな。それは今後の課題って感じか」 汗を拭う琥珀に仁が言う。 最後に、彼らが手をつけたのは扉だ。畑の南側につけるものだ。 時間が足りないからあまり凝ったものはできないが、基礎の形だけは決めておきたいところである。 「使いやすい方が良いんだよな。燈子ちゃんの事も考えてさ」 農耕具を持って出入りするには、できるだけ簡単に開き、そして簡単に破られないものが良い。 「観音開きとか?」 琥珀の言葉にクロウが頷いた。 「良いな。あとは、動物防止用に鍵だな」 そこまで言って、彼は杭の表面を薄く削って艶を出している途中の有寿の方を見た。 「有寿さん、金物問屋の娘さんだっけ」 「そうですわよ」 「どんなのが良いと思う?」 「えー……牧場のは専門外ですわよ」 ぶつくさ言う有寿だが、島出身ということもあって、黎木の扱いは教え込まれている。適切な意見をくれるはずだ。 「黎木は平板にすると湿気に弱くなりますの。だからメンテナンスのことを考えると、固定は取り外し可能ななつめ蝶番で、鍵は南京錠。うちの工房で作れますわ」 「えー、やだよ。ユズのとこ高いし」 「生言ってんじゃなっじゃ。……コホン。と、とも、友達価格で良いですわよ」 良いの? と目を輝かせた燈子から視線を外した有寿は、何気なく時計を見た。 気づけば出港一時間前だ。 「船の時間ですわっ。私、帰りますわよ、燈子!」 「うん、ばいばーい」 「ちょっと! もうちょっと惜しむとかしないんですの!?」 耕作の一段落したリュドミラが、ぷるぷるしている有寿の肩をぽんぽんと叩く。 「有寿ちゃん。燈子ちゃんを大事にしてあげてね」 「も、勿論ですわ……ともだ、いえ、顧客ですもの」 「あははー、言い直しちゃうかー」 苦笑したリュドミラである。 「でも、このまま有寿ちゃんがあの人にホの字だと……、有寿ちゃんが燈子ちゃんのお母さんになる、とか」 「ないない」 笑って否定した燈子である。妻にしたいと言った時点でぶっ飛ばす。 「も、もうっ。本当に帰りますわよ! またね、燈子!」 小走りに走りだして、入口で振り返って開拓者達にお辞儀をして、慌ただしく走り去っていく有寿の背中を見ながら、リュドミラはどこか遠い目で呟いた。 「友達、大事よ。ほんと」 「ん……りゅどみー、憐達も……船……」 「あ、そっか。そっちの方が早いか」 じゃあ、一足先に、と有寿を追うように黒憐とリュドミラが牧場を後にする。時間からすると、船を利用した方が安積寺まで早めに着けそうなのだ。 「んじゃー、俺達もそろそろ帰るか。一段落だしなー」 「うん、そうだね」 琥珀が伸びをして言った。日が傾いて来るのを見つめながら、エレインも頷く。 あ、そうだ、と、見送りをする燈子の前に来て、思い出したように琥珀は足を止めた。 「あと。農家から藁と籾殻に米ぬか、貰っとけな。農家の知恵は大事だからさ」 「ありがとう。聞いとく」 「じゃあね、燈子ちゃん。梅々も」 「ワッフル、ありがとう。梅々も梅、喜んでたわさ」 いつの間にか燈子の隣にいる梅々の頭を撫でて、エレインは彼女に手を振りながら船着場の方へ向かう。 「俺も行くか。今度は親父さん、捕まえておけな」 仁が続いて牧場を出る。それにしても、顔かぁ、と呟く仁の姿が印象的だった。 「親父さんだが」 「ん?」 最後に残ったクロウが帰り際に口を開いた。 「燈子さんに何をしてあげれば良いか分からないんじゃね?」 唐突に出た父親の話題に、燈子はきょとんとして、それから「かもしれないわさ」と言って笑った。 「できそうなこと、して欲しいこと……そういうの、遠慮なく言ってみたら良いんじゃないか?」 「うん。言うだけはタダだもんね」 できなかったらその時だよね、と言う燈子に「そうだな」と肩を竦めて、クロウは彼女に手を振り港へ歩いて行った。 「……さて、と」 開拓者たちを見送った燈子は、梅々と作りかけの南東部分を見渡した。 畑に、牧草地。 動物小屋に、井戸。 やることは、まだまだ沢山だ。 「でも、やっと牧場らしくなってきたわさ。梅々、もっと頑張ろうね」 メェ、と小さく鳴いた梅々がふるふると体を飼い主にすり寄せた。 了 |