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■オープニング本文 昔話を少し、語ろう。 その男は、鬼族の村に生まれた。 何不自由の無い生活を送っていた男だったが、ある日、訪れた先で禁忌に触れた。 男は、幼くして角を失い、家族を奪われ、村を壊した。 子供の所業であるが故、村人達は男を責めることが出来なかった。 加えて、生死の境を彷徨う男に、村の権威者であった祈祷師の老婆がかのような言葉と五つの予言を託した。 この者は、黒白の運命を負い、陰徳の覇者を断つ者である。 Episode.1 砂真珠のアセリア 陰穀の根来寺から少し南下した場所に、知る商人ぞ知る、商人達の合流地点がある。遺棄されたシノビの集落を再利用したものだ。 北部には僅かに緑の森が残り、南部は白色の茫漠とした砂漠が広がる。 緑と白の交差点――故に、この場所は白緑宮(はくろぐう)と呼ばれている。 大した産業のない陰穀にあって、商人たちはこの場所で宝石類を交わすのだ。 「よう、敦彦。良い天気じゃねぇか。今晩は満月だな」 不意に商売仲間に声をかけられ男は振り返った。浅黒い肌に藤色の瞳を持つ精悍な体つきの青年は、ずんぐりした仲間を見下ろした。 「ああ。今日は明るい夜を送れそうだ」 「こんな日は一杯やるに限るなぁ。で、まだ砂真珠は見つからないのか?」 「そうだな……まあ、のんびり探すよ」 「そうかい。見つけた暁には、『積む』から場所を教えてくれよ」 「ああ」 「っと。そうだ、おめぇ、今回はいつまで白緑宮にいるんだ?」 「もう二、三日は。その後、一度都へ戻るよ」 「そうかい。なら、明日にでも一杯やろうや」 そう言った仲間は、ふと彼の頭を見上げた。 「ところでおめぇ、この暑い日に……頭巾ぐらい取れや」 敦彦は、いつも頭に布を巻いていた。某国で仕入れたという美しい藍染の布が、彼の背中に流れている。 鬼族であるというと何かと面倒なことが多いので、折れていることを幸いに敦彦は素性を隠していた。 だから、敦彦は気心知れた仲間にも笑ってごまかす。 「隠したいものもあるんでね」 「なんでい、その歳で禿か?」 「そんなところだ」 軽く答えると、商人仲間は腹を抱えて笑った。 「まあ、深くは聞かねぇよ。またな」 「ああ」 仲間と別れた敦彦という青年は、仕入れた宝石と当座の金を換えるために交換所へ入った。 「……あの」 ここでも声をかけられて敦彦は声の主の方へ視線を向けた。長身の敦彦から見れば小人のような高さの少女が彼を見上げている。 抜けるような白い肌に蒼い瞳、流れる金の糸は交換所内の僅かな空気の流れにもなびくほどだ。 この辺りに住む者の服装ではないから、ジルベリア人か何かなのだろう。それにしても見かけない服装ではあったが。 ただ、首から下げた青白色の宝石の首飾りが目を惹いた。 「俺に、何か?」 「『星の商隊』の敦彦さま……とは、貴方のことですか?」 随分と大仰な名前だ、と敦彦は肩を竦めた。 訳あって、敦彦の組む商隊は夜空に星の海が現れる日だけ移動する。その不思議な行程と、にも関わらず素早く商品を届けることへの尊敬から、彼らは『星の商隊』と呼ばれているのだ。 鬼族の敦彦さま、と再度尋ねられて敦彦は怪訝そうに頷いた。 途端に女の顔が輝く。 「ああっ。やっとお会いできました。私……アセリアと言うのですが、頼まれて貴方をずっとお待ちしていたのです」 「俺を……? 誰から?」 「それは……いえ、名前も、知らないので」 徐々に声が小さくなる女は、本当に何も知らないように見えた。 「で、俺に何か?」 「あの……私と、一緒に来て下さいませんか……?」 「何のために?」 「……」 言い淀んだアセリアに敦彦は気長に返事を待った。別に急いでいるわけではないので、無理に女性を急かすのも良くない。 しばらく待っていると、ようやくアセリアは唇を僅かに震わせながら言った。 「……砂真珠の、ために」 敦彦の表情が変わった。 白緑宮を訪れる商人たちの間で、伝説と化した話がある。 この辺りは昔、豊富な鉱脈に恵まれ、砂の中から美しい宝石が取れた。それらは国一つ動かすほどの価値があると言い、『砂真珠』と呼ばれた。 常識的な商人ならば、そんな高価値のものがあるはずがないことは分かっているし、今では笑い話の種となっている。 それを、敦彦は探している。 理由はひとつ、彼の幼少期に与えられた予言だ。 「この辺りでは、昔、砂真珠が沢山あったそうです」 女の声で敦彦は思考の海から顔を上げた。女の青白色の首飾りがぱっと目に入ってくる。 言うとおりに女に誘われて敦彦が来たのは、白緑宮から更に南下し、茫漠とした風の吹く廃墟だった。砂塵にまみれ、放棄された集落からは近年の生活感は見受けられない。 「こんな場所があったのか」 「ええ。……昔、とても正直で、そして、物を知らない幼子がいたそうです」 突然始まった話に、敦彦は口にくわえようとしていた煙管を指の上で止めた。 アセリアは、灰色の空を見上げたまま、何かを思い出すように続ける。 「幼子は、人の夢を見る力を持っていました。故に、異端者として故郷を追われ、この集落に流れ着いたそうです。月日は流れ、幼子は少女になり、愛する者ができました」 「幸せな展開だな」 「ええ。ですが……愛してくれたと思っていた者は、少女の力を利用したかっただけでした。ある日、鉱山から帰った鉱夫の夢を見た少女は、この村に砂真珠が蓄えられていることを男に話しました」 翌日、と言葉を切ったアセリアは敦彦を見た。 「村は、盗賊の集団に襲われ、少女を含む全ての村人が惨殺されたのです」 「……」 煙管が吐き出す煙が、音もなく空にたなびいていく。 何故、この女は俺にそんな話をするのだろう。砂真珠への畏怖を唱え、夢物語を忘れるよう忠告したいのか。 「敦彦さま」 女は美しいくらい残酷に笑った。 「そんな悲しい宝石、無くなってしまった方が良いと思いませんか?」 白色の廃墟に、砂を踏む音。 そして、隠そうともしない、自分への殺気。 「……話は後にしよう。お客さんらしい」 背負った銃を脇に抱えた敦彦は、アセリアの肩を押して自分の背中に隠す。 程なくして、砂と足の繋がった見窄らしい服装の男達が現れた。身なりから見て盗賊だろう。 だが、尋常ではない顔色のそれが、明らかに人と異なる存在ということを示している。 「怖がらなくて良い。俺が、ここは収める」 「……」 アセリアは敦彦の背中の布を細い指で掴んだ。 「……繰り返されるのね、また」 誰にも聞こえぬ程の小さな声で呟いたアセリアは、敦彦の銃口の先にいる男を見る。 男の腕に幾重にも巻かれた鎖と、その先に提げられた青白色の宝石が目についた。 ☆ 祈祷師は、五つの予言を幼子に託した。 砂真珠の惨劇―― 満月の夜、彼の者は古き想いを託し、相反する運命を手放す。 すなわち、そなたを弑虐せしめんとし、また、破邪の者達と邂逅せしめんとするだろう。 |
■参加者一覧
水月(ia2566)
10歳・女・吟
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
帚木 黒初(ic0064)
21歳・男・志
蔵 秀春(ic0690)
37歳・男・志
ミヒャエル・ラウ(ic0806)
38歳・男・シ |
■リプレイ本文 もう、御伽話に近いから、根拠となるものは何も残っていない。 産業に飢えた陰穀国にあって、その村は宝石を売買することで生き長らえていた。 白砂の中に潜む青色の粒を集め、そこに砂を混ぜて作られるため、その青白色の宝石は『砂真珠』と呼ばれた。 しばらくして、遠い異国から流れ着いた少女がその村に住み始めた。白い肌に蒼い瞳、金の髪の美しい少女は、村では砂真珠と並ぶ宝として大事に育てられたらしい。 首から提げた砂真珠がよく似合う少女であった。 その少女が盗賊であった恋人に裏切られ、四肢を絶たれて死んだという話は、白緑宮に長年住んでいる老人ならば何度か耳にしたことがある話である。 盗賊の襲撃で壊滅して以来、その村は白砂による害が増え始め、事件の影響もあり放棄され、今では手付かずの廃墟となっているというのが、有力な説だ。 ギルドで竜哉(ia8037) の応対をした初老の職員は穏やかな声で語った。 なるほど、よくできた陳腐な昔話だ。 だが、情報としては悪くない。 「それでさ、依頼主は誰か分かる?」 「それは、私も気になるところですね」 依頼内容も不明瞭ですし、と続けたミヒャエル・ラウ(ic0806)に初老の職員は困惑した。 そして、若手の職員を読んで依頼内容の記された紙を見せて問いかける。 この依頼、依頼主が書いていないが誰からだ。 「……ええと」 若手の職員は依頼の受領日にはずっと窓口にいたが、どれだけ記憶を辿っても誰が出したのか思い出せないという。 代わりに、彼は例の村に向かった敦彦のことはよく覚えていた。 「敦彦さんなら、金髪の女が一緒だったって聞いたよ」 「そう、でしたっけ……あれ? その女の人、別の風体の悪そうな男といませんでした?」 「馬鹿だねぇ、この子は……どう見たら敦彦さんが悪い男に見えるんだよ」 そうですよね、すみませんと項垂れる職員から、それ以上有力な情報は得られそうになかった。 「大体分かった……とは思うけど、とにかく今は急ごうか」 「そうですね。内容がどうであれ、気にはなります」 詳しい話は敦彦と合流すれば分かるだろう。 二人は先行する同行者の後を追って、ギルドを出た。 ☆ 「緑と白の交差点とは、よく言ったものさね」 白緑宮の入口を中から眺める蔵 秀春(ic0690)は耳の脇にさした簪を長い指で撫でた。 ここに足を踏み入れてから、実に色々な話を聞く。主に秀春の興味を惹くのは簪の材料にどうかと差し出される真っ白な石だが、その値段はちょっと高価な宝石並だ。 「今は遠慮しとくかね。ところで……砂真珠だって?」 店先で石を進めた老人を捕まえた秀春は聞き慣れない単語を鸚鵡返しした。 知らないのかい、と髭を撫でる老人は滔々と話し始めた。 昔、夢物語のような宝石があったこと。 それによって集落が一つ失われたこと。 そして――、 「へぇ。ずっと砂真珠を探している男がいるのかい? 敦彦さん、か」 「敦彦なら、随分前に女を伴ってその集落の方へ行ったがね」 「ふぅん」 白緑宮に来てからよく聞く名前と、謎の女と、幻の品。 その三つは、秀春の好奇心を充分に刺激した。 ☆ 砂の弾け飛ぶ音。 敦彦の腕の先からまっすぐに伸びた砲身から放たれた弾丸が、盗賊の頭を射抜いた。 ギィ、と掠れた音を立てて、盗賊の一人が砂に還る。真白の地面を黒の砂が汚した。 「……これは、少し数が多いな」 敦彦は歴戦の猛者でも、名を馳せた開拓者でもない。 十二という数を相手にするには、アセリアという枷が重すぎる。 じりじりと迫る盗賊団に包囲され始めた時だった。 「――……」 道の向こう、盗賊たちの隙間から白髪の少女が見えた。翠の瞳と藤の瞳が交わる。 頷いた――そう思った瞬間に、敦彦はアセリアの頭を押さえ、自身も地面に伏せた。その前に、ふわりと布を翻して水月(ia2566)が舞い降りる。 飛びかかってきた盗賊が踊るように舞った水月の布に押し返された。 「……ん」 間に合って良かった。 そう言わんばかりの頷きに、敦彦も小さく頷いた。 「はてさて……これはどういう事なのでしょうかね」 最初の一発が開拓者達の道標になったのだろう、続けて帚木 黒初(ic0064)が刀を手に姿を現した。すっと目を細め、状況を一瞥する。その目に映る怪しげな気配が、この場を掌握しているものの正体はアヤカシだと告げていた。 「アヤカシ、か……それにしても、随分なモノを下げている者がいるようですが」 目に飛び込むのは青白色の宝石を提げている盗賊だった。 黒初の視界の脇では、現場に追いついたクロウ・カルガギラ(ib6817) が短銃を構えていた。 やはり彼も銃声に引き寄せられた口なのだろう。バダドサイトを発動して最短距離を走った彼の後から、次々と開拓者達が戦場に足を踏み入れた。 「妙な状況だな。それに、なんだってこんな所で待ち合わせなんだか」 ぼやいたクロウが引き金を絞った。足元で弾けた砂が賊の頭から降る。 「おいおい、また随分な所に出くわしたな」 敦彦の足取りを追って歩いてきた秀春が、状況に目を丸くした。 「どうやら他にも人がいるようだね。これだけいれば手早く終わりそうかな」 「さてさて……急いで駆けつけた甲斐がありましたね」 最後に合流したのはギルドで話を聞いていた竜哉とミヒャエルだった。 この時点で、賊に取り囲まれた敦彦とアセリア、二人を護る水月、そして賊の背後に開拓者達という布陣が整った。 「……たすけて」 か細い声で呟いたアセリアは、青白色の首飾りをぎゅっと握りしめた。 ☆ 俺のために、夢を見てくれないか。 愛した人が言った。 言われるままに誰かの夢を見た。 青白色の宝石が沢山見えた。 翌日――、 どうして、どうしてこんなことをするの。 泣き叫んだ私に、彼は「馬鹿な女だ」と嘲った。 そして、するどい刃を私に向けて。 集落は焼き落ち、人は灰になった。 なのに、私は、いつまでも朽ちないまま――。 砂真珠があると聞いた。 そんな宝石はないと言っても、男は退かない。 どうして欲しがるの。 あんな、『惨劇』を見せないと分からないの。 そう思った時、彼が悲鳴を上げた。 顔をあげると、彼は血塗れになって倒れていて、そして。 そして、『彼』がいた。 馬鹿な女だ。 あの時と同じ声、同じ顔で嘲って、彼は私に刃を振り下ろした。 血塗れの男は誰かに助けられた。 なのに、私は、誰も助けてくれないまま――。 ☆ 「――っ」 背筋を這う感覚に水月は背にかばうアセリアの方を反射的に見た。 「あ、敦彦、さんっ」 布で賊を叩き払った水月は一足で敦彦の元に戻る。銃を構えていた敦彦は驚いたように動きを止め、鮮やかな髪飾りの少女を見下ろした。 「どうした?」 「……」 アセリアと敦彦を見比べて、水月は何とも言えない感覚を胸に抱えたまま、首をふるふると横に振った。 今、感じたのは、確かに――いや、でも。 疑心を拭えないまま、水月は再び戦線に戻る。 「っと。その攻撃、単調すぎて俺には効かないね」 賊を背から奇襲した竜哉の刃が閃く。懐中した刃を相手の死角から抜き、一閃で腕を斬り飛ばす。 あまりにも軽い感触と共に、黒い砂を撒いて賊の腕が落ちた。 「へぇ……やっぱり人じゃないね」 怯むこと無く突進した賊の体を真っ二つに薙いで、竜哉は剣についた黒の砂を振り落とした。 土地柄なのか、それとも別の何かなのか、賊達は負傷する度に黒の砂をまき散らした。瘴気を帯びたそれは確実に人の害になるものだが、数秒後には風に吹かれて跡形もなく消え去っていく。 「動きが鈍っていますよ。固まっている分には、こちらも助かりますが」 不敵に微笑んだ黒初が刀を振るう。風の力を纏った一刃は、複数の賊を巻き込み、その胴を払った。 「……で、お前さん達、本当はなにがしたいんさね」 怪訝そうに太刀で賊の剣を受け止めた秀春が呟いた。 ただのアヤカシならば、何も考えない。 それなのに、この賊は異様に敦彦やアセリアに執着する。水月が前線で護っていなければ、クロウが敵を引きつけていなければ、安々と二人に近づかれていたはずだ。 「何が……とは、おそらくこれを倒せば分かりましょう」 賊の懐に一足で飛び込んだミヒャエルが黒の剣を賊の銅に突き刺した。やはりこれも黒い砂を吐いて、地面に崩れ落ちる。 「残りはお前だけだ」 青白色の宝石を腕に提げる賊に銃口を向けたクロウが冷たく言った。 黒の砂となって散った仲間たちには目もくれず、そして、クロウの銃口すら意に介さず、その男はアセリアに剣先を向けた。布を正面で交差するように構えた水月が彼女の前に立つ。 「理由は分からないけど、その宝石……気になるから斬らせて貰うよ」 一瞬の隙を突いた竜哉が、男の腕ごと宝石を斬り上げた。アヤカシや瘴気に効果を持つその剣技に、男の腕は蒸発するように消え去り、行き場をなくした宝石が白い砂の上に落ちる。 宝石を拾おうともう片方の腕を伸ばした男の背を、黒初が深く薙いだ。 「死んでも欲は残るもの、ですか」 随分と業の深いことだ、と息を吐いた黒初の足元で黒い砂となっていく男が微かに動いた。 アセリアの方へ首を捻って、そして口を小さく動かす。 ――馬鹿な女だ。 確かに、そう言った気がした。 ☆ 大丈夫か――とは、開拓者の誰も聞かなかった。 「アセリアさんはさ、敦彦さんをここまで案内したんだよね」 「ええ」 口火を切ったクロウが話し出すのに合わせて、水月が敦彦を近くへ手招きして彼女から徐々に引き離す。 「砂真珠のことも、村のことも、説明したんだよね」 「ええ」 「村人が皆殺しになって、盗賊一味以外に真相を知る者も伝える者も居ない筈の話にさ。どうやって知ったんだい?」 「……」 口を噤んだアセリアに何か言おうとしたクロウを制して、秀春が単刀直入に切り込んだ。 「俺が疲れてるんでなければ、あんたからはアヤカシの気配しか感じられんな」 「……」 「アヤカシの頭……ってぇのは、案外あんただったりして、ねぇ」 手に持つ簪の先を彼女に向けた秀春の目は笑っていない。 「――……」 ぺたり、とアセリアが地面に膝を突いた。その虚ろな表情は、この場の誰の発言も否定しないことを示している。 「誰も……見つけてくれないんです。何度も、何度も、私は殺されるの」 やっぱり、と小さく呟いたのは水月だった。 「砂真珠の昔話……その少女は、アセリアさんで……」 アセリアさんは、もう。 地面に落ちた青白色の宝石を拾った黒初が、それをアセリアの前に投げる。 「砂真珠というものがどういうものかは知らないのですが、これがそれで間違いないのでしょうね」 頷いたアセリアが、ぽつぽつと話し始めた。 この村は砂真珠を売ることで生活していた。 私の愛した人は、砂真珠を作る修行のために村に流れ着いた人で、とてもよくしてくれた。 けれども、それはまやかしで。 「……彼に殺されても、彼に似合うと言われたこれだけは離せなかった。こんなに憎い、消したくて堪らない宝石なのに……」 砂真珠の首飾りを握ったアセリアが絞り出すように言った。 「それで、この賊はどうしたのさ」 黒砂の残骸を足で突いた竜哉が言った。 アセリアが昔話の少女――つまり幽霊の類なのだろうが――だとして、それとアヤカシの賊、ましてや彼女を殺した相手が再び現れることには結びつかない。 尋ねられたアセリアは酷く驚いた、それでいて訳が分からないように首を傾げた。 「私はただ、ここに来ると色々思い出すから……」 「なるほど……地縛霊の一種、と言えば良いのでしょうか。厳密には違うのでしょうが」 話をずっと聞いていたミヒャエルが頷いた。 この地はアセリアにとって惨殺された場所であり、死してなお強烈に想いを残す地だ。 その想い故に、アセリアは砂真珠を求める人々をこの地へ誘う存在となり、当時の一部始終を彼らに体験させる者になるに至ったのだろう。 彼女の無意識化に潜んだ救済への渇望が満たされるその日まで、彼女は旅人を誘い続け、そして何度も愛した男に惨殺されてきたのだ。 アセリアが、はたはたと静かに涙をこぼした。だが、それは透明な美しいものではない。 真っ黒な砂のような涙だった。 「俺は……その旅人の一人というわけか?」 沈黙を守っていた敦彦の言葉にアセリアは首を振った。 「分からない。私はただ、『敦彦』という人が来るから、この場所に案内しろと言われただけで。でも……」 でも、それが誰に言われたのか分からない。 かぶりを振るアセリアにミヒャエルが言った。 「では、この依頼は君が?」 頷いたアセリアは、そうしろと言われたからと続けた。 「……アセリア、さん」 彼女に歩み寄ったのは水月だった。 跪く彼女の傍に屈んで、少女は静かに話しかける。 「あなたは、人に害をなす存在なの……だから、見逃すことは、できないの」 「……」 「でも、砂真珠の存在を消し去りたいと願うなら……」 後は、続けなかった。 黒い涙を流すアセリアが、水月に向かって首飾りを差し出していた。 お願いです、と彼女は言った。 もうこれ以上、愛する人に殺されたくない――。 ☆ 二つの砂真珠が確かに砕かれるのを見た後、アセリアは微笑みながら静かに消えていった。 「分からないな」 アセリアの最期を見届けた敦彦がふと呟いた。 「彼女に俺を誘うように言ったのは誰なんだろう」 「心当たりはないのかい?」 「全くない……と、思う」 「はっきりしないねぇ」 からかうように言った秀春に敦彦は肩を竦めた。 「職柄、色々と関わりがあるもんでね」 煙管を離して煙を吐いた敦彦は、白緑宮の入口まで来ると立ち止まった。 「開拓者の皆さんには感謝する。ありがとう、おかげで命拾いしたよ」 「構わないよ。やや消化不良ではあるけどね」 苦笑した竜哉が戦闘で受けた些細な傷は、すっかり塞がっているようだった。 「またどこかで会えることを祈るよ。こう見えて、縁は信じる方だからね」 敦彦は開拓者達にもう一度礼を述べて、彼らに背を向けた。 「……満月、か」 ミヒャエルが呟いて夜空を見上げる。 星々の散らばる美しい空に、明るく満月が輝いていた。 ☆ ――アセリアの記憶に埋没した時間。 「アセリアというのは君だね?」 構えた少女に男はにこやかに笑った。 笑顔とは反対に、少し悪そうな風体の男だった。 「君に、頼みがあるんだが」 「私に……?」 「そう。敦彦と言う男が砂真珠を探してここに来るから、『いつものように』してやって欲しい」 浅黒い肌に藤色の瞳を持ち、布で髪を覆い隠した『鬼族』の男だよ。 待ち合わせは必ずギルド、ちゃんと依頼文も出して欲しいな。 そう言った『彼』は、アセリアが次に瞬きをすると姿を消していた。 そして――、 「鬼族の、敦彦さま?」 彼を惨劇の跡へ誘う、数時間前のこと。 了 |