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■オープニング本文 ――東房国南部、黎森島。 天輪宗の恩恵を受け、北部の農業地帯を主な生活拠点とする南北に長い楕円形の島である。 人口三百にも満たない小さな島には、開拓者ギルドが遠くて足を運べない人々のために天輪宗の黎森支部がある。 全員が顔見知りと言っても過言ではない、この小さな島の寺でちょっとした騒ぎがあった。 「力を貸せないってのね? あたしが金を持ってないから、受け付けられないってのね? 貧乏人ナメんじゃないわよ!」 「いやいや、待ちなさい、燈子。そういうことではないんだよ」 相談事の窓口を任されている初老の尼は困ったように笑った。 この子はいつも、二言目には『金』だ。生い立ち故に仕方がないのだろうが、年頃を考えるともう矯正しなくてはならないだろう。 まあ、父親がアレでは、思うようにいくまいが。 その燈子という小さな少女は、柔らかそうな頬を精一杯膨らまして、今にも地団駄を踏みかねない勢いである。 少女の腰に巻いた長い布の先についた大きな鈴が、暴れる度に透き通った音を立てる。 「もう良い! 頼まない!」 「これ、燈子」 尼が止めるのも聞かず、少女は凄い勢いで寺を飛び出した。 ● 翌日。 まさか島外には出ていない――出ようとすればすぐに分かる――だろうが、少女から音沙汰はなかった。 代わりに、寺に異様に顔の整った痩身の男がふらりと現れた。 昨日に続いて窓口をしていた尼は、彼の顔を見るとすぐにピンと来た。なにせ、島民全員が知り合いである。むしろ余所者の方が目立つ。 ただ、この男は島民にも関わらず目立っているのだが。 「すみません。こんなくらいの娘を探しているんですが」 「ねぇ、誰? 子ども?」 「うん、私の子どもだよ」 「えー、嘘ー。見えなーい」 ちなみに連れているのは、尼が先週見た女ではないし、ましてや島民でもない。 甘ったるい声の女と共に入ってきた男に、尼は溜息をついた。 「また変えたのかい‥‥探しているのは燈子の方だろうに」 「あは、すいません。安積寺に出かけていたもので」 「まったく‥‥。今から誰か行かせるよ。心当たりはあるのかい?」 「んー‥‥朝から、見てないかな」 この馬鹿、という尼の説教が寺に響いた。 燈子が何も無しに出かけるわけではない。 それはこの島に生まれてから今まで見続けている尼達の共通認識である。 ボロ屋もボロ屋の自宅を引っ掻き回して、尼と坊主はその紙切れを見つけた。 彼女の生い立ちが伺える、年齢に似合わない流麗な筆跡。 ――梅々を探しに、黎(くろ)いの森へ行ってきます。午後には戻る。 「こりゃ大変だ。すぐに安積寺のギルドに連絡しておくれ」 慌てて尼が弟子に指示を飛ばす。 昨日、燈子は尼にこう言ったのだ。 ――梅々がいなくなったの。探して欲しいの。 しかし、尼は取り合わなかった。 梅々とは何か、知っていたからだ。 「まさか一人で行ってしまうなんて‥‥無事なら良いが」 尼は心配そうに家の北側に鬱蒼と広がる森を見やった。 黎森島は東房国でも数少ないアヤカシの影響力があまりない島である。 だが、アヤカシの数は徐々に増え、魔物の足音が聞こえ始めているのも事実だ。 そして、燈子の向かった『黎いの森』は、つい最近猛毒を持つアヤカシが発見されたばかりであった。 ● 背丈を超えた長さの三本爪フォークがガサガサと周りの木々を鳴らす。合わせるように腰元の鈴も葦の長い草を撫でながら音色を奏でる。 「廃れたなぁ‥‥ここ」 辺りを見渡しながら燈子は呟いた。小さい頃はもっと綺麗な緑だったが、今はどこか紫がかった嫌な色合いだ。陽の光が薄くなったせいか、朝方に入ったからまだ昼前だろうが、ずっと真夜中のように感じる。 「梅々!」 呼べばすぐに駆け寄ってくる友人の名前を呼び、燈子は耳を澄ます。 声一つしない。 「喰われたりしたら承知しないんだからっ」 ぶん、とフォークを振り回した燈子だったが、そこではたと気がついた。 帰り道を、覚えてきただろうか。否、覚えてこそいるが、目印がないと迷いかねないこの黎いの森で、その行動をとっただろうか。 そして、ここにアヤカシがいるという事実を、忘れてはいなかったか。 「‥‥まぁ、アヤカシの一匹や二匹、蹴散らしてやるわさっ!」 フォークを振り回す燈子だが、そのフォークは宝具でも立派な武器でもない。 ただの畜産用フォークにすぎない。 「さっさと見つけて帰らないと――」 夕御飯に間に合わなくなる、と続けようとした少女の背後を不穏な風音がなぞった。 |
■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
エレイン・F・クランツ(ib3909)
13歳・男・騎
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
久郎丸(ic0368)
23歳・男・武
パロワン(ic0703)
13歳・男・陰
黒憐(ic0798)
12歳・女・騎 |
■リプレイ本文 すん、と羊は鼻先を上げた。 敢えて言葉に換えるならば、「随分と遠くまで来たものだ」というところか。 羊の目の前には、太い朱の紐が幾重にも絡まった門があった。厳重に閉じられた門の先にも黎いの森は続いている。 入る隙間は無い。だから、これ以上奥には進まない。 獣の本能で、この先は『駄目』だとも分かっている。 けれども、羊は知っていた。 侵された森の中で唯一、この辺りだけが昔と変わらぬ甘美な草を有していることを。 ★ 立入禁止区域ですか、と尼は渋い顔をした。 「無理に入ることはしませんが、最悪の場合は、ということです」 「あの子に限ってそんなことはないと思いますが、承りました」 尼の心配そうな顔を思い出して菊池 志郎(ia5584)息を吐き、黎いの森の入口を見つめた。 森というものに門は不要だ。だが、何かから守るように黎いの森は門扉が設けられている。入口を守る僧兵は開拓者達を見ると、さっと扉を開けてくれた。 そして、彼らが入るとすぐにその扉は固く閉ざされる。 「なんだか異様な雰囲気だね。状況が状況だから、仕方ないのかもしれないけど」 そよ風にふわりと揺れる金髪の先を撫でたエレイン・F・クランツ(ib3909)が言った。 開拓者さえ閉じ込めてしまっても構わないと言わんばかりに閉じた扉――それほど、この島はアヤカシを過敏に避けたがるのだろう。 「さて、どうやって探しますか……。聞いた話では、燈子さんは腰元に鈴をつけているようですが」 「拙者が聞き取れるかもしれないでござる」 志郎の言葉に返した霧雁(ib6739) はそれに、と続けた。 「羊にせよ子供にせよ、森に入ったなら痕跡を残しながら進んでいく筈……島の者ならば、尚更でござろう」 幼い時からこの森と付き合ってきた少女ならば、無意識にそれはできていて然るべきだ。 「……と、ところで、め、めいめい、とは……か、蛙、か?」 「えっ」 思いがけない久郎丸(ic0368)の一言に、パロワン(ic0703) が長い耳をぴょこんと跳ねさせた。 「お、俺、は……変な事を、い、言った、だろうか……」 「う、うーん……蛙ではないと思うけど」 「めいめい……とは、鳴き声で……よく使われますし……」 真顔で言った久郎丸にパロワンと黒憐(ic0798) が言う。 字はともかく、音だけ聞けば、余程のことがないかぎり動物という枠の中では羊以外あり得ない。 あり得ないのだが、現物を見てみないことには何とも言えない開拓者達であった。 ★ 蝶がひらりと羽を動かす。降る鱗粉は瘴気であるが必要な彩りに見えるほど黎いの森は疲弊しているようだ。 「では、拙者達が先に行くでござる」 「お願いします」 霧雁達が先導し、一行は森の中を進み始めた。薄紫の木々が黒々とした葉を重ね、彼らの頭上を淡黒に染めていく。 「は、早く、み、見つかると、良いが……」 「大丈夫です……きっと、無事ですよ……」 心配そうに頭巾を深く被った久郎丸に黒憐が言葉少なに、けれどもしっかりとした声で返す。 「では、行くでござる」 息を吸った霧雁は一転、殺していた足音を大きく踏み鳴らした。そして松明を片手に、敢えて物音を立てて進み始める。 久郎丸と黒憐も後に続き、三人はあっという間に後続から離れて行った。 「燈子さ〜ん、どこでござるか〜?」 耳を済ませ、声を張り上げる霧雁に声らしい声は返って来ない。少し前に出た久郎丸は大声こそ出さなかったが、草を踏み、土を蹴りずかずかと歩を進める。 「霧雁さん、何か目印みたいなものはありましたか?」 「ないでござる。人の気配も、音も無いでござるよ」 やや後方を歩く志郎の声を拾って霧雁は呟くように言った。超越聴覚とは便利なもので、姿が見えない志郎達の小声の会話もよく聞こえる。 だが、どれだけ遠くの音を拾おうと、人の発する音が拾えない。 「ここはアヤカシが出て危険でござるー!」 そう、霧雁が叫んだ瞬間だ。 ――ざわり、と森が蠢いた気がした。 それは、彼らの声に応えたのではない。 明確に、獰猛に、彼らを侵入者と認めた気配だった。 「よい……っしょ、これで良いかな?」 目近な木に剣先で傷をつけたエレインは松明の火を少し放した。随分と蓄えた木なのか、火を近づけると傷つけた幹から樹脂が溢れてくる。 先行する三人と離れ、別方向を探す志郎、エレイン、そしてパロワン達は足音を殺し、息を潜めて移動していた。 森の気配が変わったことは彼らも感じていた。薄紫の森は、はっきりとその色を紫へ変えたのが証拠だろう。おそらく、この色はアヤカシの蝶が見せているのだろう、興奮した状態のアヤカシが変色したのだ。 「皆さん、大丈夫ですか?」 「平気だよ。少し、嫌な臭いはするけど」 鼻頭を擦ったパロワンの言う通りだった。少し嗅覚が優れているものならば、森の空気が徐々に悪くなっている事に気がつくだろう。 それだけでは特に害はないが、気にはなる。 もやもやとした状況下に置かれて、しばらく経った頃だ。 「……あっ」 屈んで辺りを探していたエレインが弾んだ声を上げた。 「どうしました?」 「これ見て。多分、燈子ちゃんのじゃないかな」 エレインが指したのは、不自然に抉られた地面だった。細い直線が平行に三本。 辺りの草むらの一部が円形に凹んでいる。 「当たり、かな?」 パロワンの言葉に、志郎は深く頷いた。 「近いですね。――霧雁さん、俺達の近くにいそうです」 「承知したでござる」 遠方の仲間に志郎が言葉を投げた時だった。 「こっちかっ!!」 細かな枝が次々折れる音と少女の声がしたかと思うと、突然彼らの目の前にフォークが突き刺さったのである。 直後、茂みから真っ黒な蛇がフォークの隙間を縫うように這い出した。細い――だが、異様に長い蛇だ。 「アヤカシッ」 表情を固くしたパロワンが符を構えた。 獲物を認識した蛇が鋭い牙を剥き出しにして跳びかかる。体重を片足に傾けて躱した志郎の刀が、その頭部に突き刺さった。 「まだだよっ!」 霊剣を振り上げたエレインが叫んだ。仲間を追うように飛び出した蛇の体を刻み、瘴気を放って、体を分断された黒い蛇が砂のように消え去る。 「残りはぼくに任せて。全部屠ってみせるからっ」 指に挟んだ符をパロワンが蛇へ投げた。小型の式へ姿を変えた符が、蛇の細い体を締め上げる。 息を止められた蛇が牙を剥いたまま、地面で痙攣した。 不利と認めてか、顔を出したばかりの蛇が茂みの奥に消えていく。追うように蝶の群れが開拓者達の目前を横切っていった。 「それにしても……」 突然の襲撃をいなした志郎が残されたフォークに怪訝そうな視線を向ける。 その志郎の耳に――否、エレインやパロワンの耳にも、はっきりとその声は聞こえた。 「迷ったと思ったけど、やっぱりこの道であってるじゃないのさっ!」 再び、小枝の折れる弾むような音。 茂みから小柄な少女が勢い良く出てきて、フォークに駆け寄った。身の丈よりあるであろうフォークを掴んで地面から引っこ抜く。 何に憤っているのか、少女の眉間に深々としわが刻まれていた。 そして、彼女は目を丸くしている開拓者達を見て、同じように目をぱちくりとさせた。 「……誰? 島の人じゃないわよね?」 「えっと……もしかしなくても、君が燈子ちゃん?」 首を傾げたエレインと目線が同じ高さの少女は更にあんぐりと口を開けてエレインを見つめた。 「梅々……あんた……」 「え?」 妙な間があった。 少しして燈子がハッとしたように髪をぶんぶんと横に振った。 「え……っ、ううん、なんでもないっ」 大きな飴色の目を瞬かせている燈子を見て、志郎はくすりと笑って肩を竦めた。 「どうやら無事そうですね、良かったです」 「ぼく達は迎えに来たんだ。一緒に帰ろうっ」 にこりと笑ったパロワンの耳がぴくりと嬉しそうに動いた。 彼らが自分を探すために派遣された開拓者であることをようやく察した燈子は、フォークを背負ってぺこりと頭を下げた。 「世話をかけました。お代は出せないけど、世話ついでに一匹探してくれると助かるの」 そう言った少女の腰元の鈴が、高く澄んだ音を立てた。 ★ 「はぁ……、ンメェエエエエエエエエ!」 息を吸い、突然叫んだ霧雁に黒憐がビクッと肩を震わせた。打ち鳴らしていた盾とバグナグが微妙な音を立てる。 囮班の三人の音が功を奏したのか、今のところ燈子達が襲われたという話は聞かない。代わりに、彼らは道中で蝶のアヤカシに視界を塞がれたりと妨害は受けていたのだけれども。 「そ、そろそろ、聞いていた、も、門のところ、だろう、か」 「そう……ですね。かなり……奥まで、来ましたし……」 茂みから這い出た蛇の頭を斬り飛ばした霧雁が二人を振り返った。その背中は微動だにせず、頭だけを僅かに擡げる。 「どうしましたか……?」 「しっ。耳を澄ますでござる」 声をかけた黒憐を遮って、霧雁は口元に指を立てた。 そうしてしばらくして、静かに周囲を伺っていた久郎丸もハッと顔をあげる。 茂みの向こうから、わずかだが、何かの鳴き声が聞こえていた。 草を食べ終わって満腹になったは良いが、帰り道を見失ってしまった。 背中には門、正面には鬱蒼とした森。飼い主の姿は見えない。 「メェ……」 寂しそうに呟いた時だ。 ガサガサと草むらが鳴った。生来怖がりと脳天気をかけ合わせたような性分だ、ものの見事に震え上がり、何故か茂みの方へ突進した。「死にたくなかったら敵地に飛び込んで暴れてやれ」という飼い主の言葉を信じたのだ。 「……わっ」 女の子の声と共に、固い感触があった。飼い主だ!飼い主に違いない!と頭をぐりぐりとしたが、反応は薄い。 おかしい。 恐る恐る顔を上げた梅々の目に、黒い髪の少女の覗き込んでいる姿が映った。 「……怖いへびは突然頭の上から襲ってくる……と小唄にも歌われています……」 盾を頭上に掲げ、梅々をかばうように立っていた黒憐はぽつりと言った。その言葉を追うように、ボトボトと木の枝に絡まっていた蛇が落ちてくる。ドスン、という音が鳴るから、それなりの重さなのだろう。 「黒憐さん!」 駆け寄ってきた霧雁が忍刀を振るう。バッと紫の血が散って、黒い砂のようになって蛇が消えた。踏んづけた蛇の頭に刀を突き立て、彼は猫の耳をヒクリと動かす。 「梅々さん……で、ござるか?」 当然、答えなど返ってくるはずもない。ただ分かるのは、その体は絶対ふかふかであろうということだ。 しかし、まだ状況は安全ではない。 「……来る」 蛇の気配を感じた久郎丸が槍を構えた。腕に力を込め、目に見えぬ相手めがけて闇の中へケラノウスを投擲する。 地面に深く突き刺さる音と、霧のような黒砂が散った。 「こ、ここは、俺が、引き受ける。さ、先に、行けっ」 「頼むでござる。さぁ、梅々さん。こっちでござるよ」 相手は蛇が数匹、充分久郎丸でも対応できる。 黒憐に頭を守られ、霧雁に胴体を守られて、ようやく怖がりの梅々は爪で地面を蹴った。ゆっさゆっさと茶色混じりの白い毛が揺れる。 彼らが音を殺して去っていくのを横目に念珠に持ち替えた久郎丸は、目深に被った頭巾の裾をしっかりと下ろして呟いた。 「…………羊、だったか」 あんなふさふさの蛙がいたら、きっとそいつもアヤカシだ。 ★ 「梅々っ!」 志郎達の誘導に従って、森の入口付近まで戻ってきた霧雁達は、猛烈な勢いで羊に抱きつく少女を見た。 「ぶ、無事だったか。よ、良かった」 一歩遅れて、蛇の始末を終えた久郎丸が姿を見せた。自身の肌の色故に怖がらせまいと、燈子から少し離れた所に立つ。 開拓者が全員揃ったところで、僧兵が再び門を開く。その向こうに待っているのは、寺の尼だけだったが、探し人が無事であることに酷く安堵した表情を見せた。 「ほれ、燈子。挨拶なさい」 「何言ってんのさ、おばちゃん。とっくに挨拶なんて……」 言いかけた燈子が「あっ」と声を上げる。ややして、恥ずかしそうに頬を染めて、少女はフォークを地面に置き、開拓者達を見た。 「あの……助けてくれて、ありがとう、です」 「いいえ。無事でなによりですよ」 あどけなさの残る言葉遣いに志郎が口元を緩めた。少女の隣で梅々が再び草を探してきょろきょろとしているのが、何とも滑稽に見える。 「……無謀で危険な行いですが…よっぽど、梅さんを家族のように思っているのですね……」 「あ、あぅっ」 黒憐に頭を撫でられた燈子が頭を手で覆う。明らかに撫でられ慣れていないのか、ふるふると僅かに震えていた。 「あの……あの、私、燈子って言うのね。黎いの森からちょっと行ったところで、父さんと牧場をやってます」 とは言っても、大したものじゃないけど、と燈子は自嘲気味に付け加えた。 「梅々も、ありがとう。大事な子だけど、寺に言っても助けてくれなくて……助かった」 その言葉の端に微かに覗く刺に、エレインは新緑の瞳を細めた。 「オトナは、信用できない?」 「……」 答えないのは、それ相応の理由があるからなのだろう。エレインも、そこを問い詰めるつもりはない。 代わりに、自分よりも少し低い燈子に目線を合わせて、にこりと微笑んだ。 「じゃあ、次からはボク達を頼ってよ」 「……そんな、私、お金も用意できないし」 「そんなもの、最初から気にしてないでござる」 「そうだよ。こんな小さな子から何か毟り取ろうなんて、そんなこと思わないよっ」 呟いた燈子に霧雁とパロワンが明るく言う。 それでも、本当に少女は、人に物を頼む時は礼をすべきだと頑として譲らなかった。そういう教育を受けているわけでもなさそうだったが、これもまた、何かしらの理由があるのだろう。 夕時が近づき、父が帰ってくるからと開拓者達に深々と頭を下げて、燈子と梅々は帰路についた。 その姿を見送っていた尼が、ポツリと呟いたのはそんな時だ。 「……こんなことを言うと、あの子は怒りますが、可哀想な子なのです。母に捨てられ、父に恵まれず、一度全てを失っているのですから」 言葉を切った尼は、開拓者達に頭を下げた。 「二言目には『金』という子です。ですが、悪い子はでないのです。どうか、あの子をよろしくお願いします」 子を持てない尼でも、これほどの母性が宿るものなのか。 彼女を捨てたという母よりも余程母らしい姿に、開拓者達はしっかりと頷きを返した。 了 |