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■オープニング本文 その男は朝から頭を抱えていた。 町のお偉いさんの腹心として、長く働いてきた彼は普段何か用事のあるときには使いの者を走らせる。この日も町はずれの林を抜けた場所にある小屋に届け物をしなければいけなかったのだが、今回に限っては使いの者が帰省だの病欠だので、動ける者が一人もいなかった。 「ああ、こんな時に限って!」 「それなら私が行くわ!」 本日何枚目になるのかわからない書き損じの書類をぐしゃぐしゃと丸め、いらいらしたように投げ捨てる彼の耳に、かわいらしい甲高い声が入った。 「‥‥は?」 彼の目の前にいたのは、ほかでもない彼の娘。 「だから、お父さん困ってるんでしょ。私が行ってきてあげるって言ってるのよ」 少女は自信満々に胸をたたいた。 「だだだだめだ!」 その声に男はあわてて反対する。 最近十二になった娘はまだ一度も一人で外に出たことがない。人に付き添われて外にでたことだって、数えるくらいしかなく、それもほんの短時間。そんな彼女が一人で町を抜け、林を抜け、あの怪しい小屋へ行くと? 当然、彼からすればありえないことだった。 「あら、わたくしはいいと思いますわよ?」 そこへ登場したのが男の妻であり、少女の母だった。 「朱里もいつまでも世間知らずのお姫様ではいられませんよ」 上質な着物の袖で口を覆いながら、彼女は言う。 「な、何を言っているんだ!お前まで‥‥」 「ほら、お母さんもいいって言ってるんだから!」 二対一になり、ますます男は焦り始めた。 彼からすれば、娘――つまり朱里はそれなりの階級の家庭に生まれているのだから、世の中のあれこれを知る必要などない。いずれはもっと上の、それこそ領主の息子だとかと結婚させて幸せになればいいと思っていた。 しかし、妻からしてみればそれは馬鹿げたこのなのだという。 「これからは女性も強くなければなりませんのよ、あなた。何一つ世間を知らずに生きていけるほどこの世界は甘くありませんわ」 「しかし、朱里にはまだ早い!」 「いいえ、この子ももう十二。世間を知るには遅いくらいだと思いますわ!」 目の前で始まった言い争いに、当の本人である朱里は目を白黒させていた。 そして。 「ああ、わかったよ!朱里に行かせればいいんだろ、行かせれば!」 いつの時代も女性は強い。折れたのは男の方だった。 |
■参加者一覧
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
シルフ・B・シュタイン(ia9850)
17歳・女・騎
藤吉 湊(ib4741)
16歳・女・弓
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
烏丸 紗楓(ib5879)
19歳・女・志
伽壇 互助(ib6200)
20歳・男・魔 |
■リプレイ本文 今回の依頼は、初めてのおつかいに行く娘の護衛ということで、集まった面々はさまざまな感想を抱いていた。 「愛娘を心配なさる親御さんの気持ち、よくわかります」 シルフ・B・シュタイン(ia9850)は依頼内容を思い出しながら言った。 「箱入りすぎるのも本人のためにはよくないと思うから、こ〜ゆ〜機会はいいんじゃない?」 親ばかであることは否定できないが、と烏丸 紗楓(ib5879)が言う。 「そうだね、箱入り娘とは言え世間を知るにはいい機会かもね」 新咲 香澄(ia6036)も同意した。 そんな二人の横で藤吉 湊(ib4741)が苦笑を浮かべた。 「もっとちいちゃい子やったら、わからんでもないんやけどな」 今回の護衛対象の娘――朱里は齢十二。幼いとは言えない年齢である。 「何事もなく終わればいいんだけど」 龍水仙 凪沙(ib5119)は到着した町を見回しながら言った。 「何事も体験せねばわからぬもの。彼女のためにもしっかりせねば」 紬 柳斎(ia1231)は一見平和そうに見える町を眺め、気を引き締めた。 「ネックさん」 伽壇 互助(ib6200)が音もなくいつの間にか現れていた人物に気が付き、声をかける。 「一通り、町を見てきました」 先行して町に到着したライ・ネック(ib5781)は仲間たちが到着するまでの間に町をざっと回り、治安の悪い場所等を記録していた。 「繁華街ではやはり、ある程度強引な客引き等はあるようですね。それから、貧民街側の大通りから少し外れた場所は怪しい者が多く見られました」 彼女は記録を仲間たちに伝えていく。これをもとに特に注意すべき場所や、あらかじめ計画していた噂を流す場所を調整することでより効率的に依頼任務を進めることができるだろう。 ライの話した内容を把握した仲間たちは、そのまま町の中へと歩みを進めた。 ● 仲間たちが流す噂は、簡単にまとめると「開拓者が治安維持のため町を巡回したりおとり捜査をしたりする」といった内容である。具体的にどのように流すかは個人によるが、これによって強引な客引きや犯罪行為は減るだろう。 ライは旅人を装って、先に記録した内容に従って繁華街を回る。 「そういえば、ここに来る前の宿で聞いた話ですが、ご存知ですか?」 あちらこちらにいる客引きにわざと捕まり、そう尋ねる。 「話?いや、何も聞いていないな‥‥」 彼女の言葉に客引きをしていた男が首をかしげた。 「なんでも、お上がこの町の治安維持を図るとかで開拓者たちに依頼を出して、強引な勧誘や客引き、治安悪化の実態を調査するためにおとり捜査を行うらしいんですよ」 ライが言葉を続けていくにつれて、だんだん男が真面目な表情になっていく。うまくいきそうだ、とライは思いつつも話を続ける。 「ちなみにここから先は漏れ聞いた話なんですが、開拓者たちは何も知らなそうな子供に変装しているとか」 そのような子供を見かけたらご用心を、と最後に一言添えれば、彼女を勧誘していた男だけでなくその周りにいたほかの客引きたちも互いに顔を見合わせて、店へと戻るべきかと打ち合わせを始めた。そして、しばらくしないうちに彼らはそろって大通りから姿をけすこととなる。 ● 「それじゃ、行ってきます!」 正午を過ぎ、いよいよ朱里が両親に見送られ家を出発した。 香澄が父親に念を押した通りに、両親からあれに気をつけろ、ここには近づくなと言われた朱里は多少うんざりした様子ではあったが、いざ町に出ると一気に機嫌を良くして鼻歌を歌いながら歩いていた。 「いい天気だなあ」 一応大事な役目を請け負ったのではあるが、やはりどこか遊び気分が抜けない。 だから、後ろから近付いていた不審な人影にはまったく気が付いていなかった。 「‥‥怪しい」 高級住宅街を巡回していた香澄はその状況にいつでも行動ができるように気を引き締めた。朱里に話しかけるでもなく、後ろをこっそり尾行していりようにも見える以上、人さらいである可能性が高い。 朱里が家を出発するまでに高級住宅街で噂を流した香澄であるが、完全に広まっていなかったのか、それともそれを承知でやっているのか。 そして、その人物が後ろから朱里の口に手を伸ばそうとした瞬間。 「はい、ストップ」 さらにその後ろにいつの間にか移動していた香澄がその手をつかんだ。 「開拓者だよっ!」 悪事はこれまで、と彼女が言うと捕まった男が顔を青くする。 「な、何のことだ?」 あくまでもしらを切るつもりらしい男は、朱里が去った方向を見ながら言った。 「かわいいお嬢さんだから気を付けてと言おうと思って――」 そこまで言って、彼は言葉を止めた。 「それより、君。ちょっと遊ばない?」 急に口調を変えてそう言った。 そんな彼に香澄はふっと笑みを浮かべる。 「ボクはもうきみには用はないよ」 朱里が去った時点で、彼女が男を足止めする理由はなくなった。男はどうやら変な趣味を持った者らしく、怪しげなことを言ったが、誘拐は未遂。むやみに捕縛もできないので、香澄はしつこく食い下がる相手に武器をちらつかせて、冷たい笑みを浮かべた。 ● ここまで異変に気が付くことなく道を進んだ朱里は、高級住宅街を通り過ぎて繁華街へと差しかかった。 「わあ、賑やか!」 彼女は大通りの両側にある店をきらきらとした目で見ていたが、しばらくして本来の目的を思い出したのか、また歩き出した。 「む、繁華街に出たか」 朱里に気づかれない距離を保っていた柳斎が小さくつぶやいた。彼女自身もライの報告した場所などを中心に例の噂を流したため、ある程度の安全は確保されたと思われるが、それでも人が多い場所では何が起こるかわからない。改めて気を引き締めた。 「この先、だな」 まだのんびりとした様子の朱里から目を離さず、柳斎は慎重に彼女の後ろを追い、周囲に気を配る。これから朱里が向かう場所は繁華街の中でもさらに多くの人でにぎわう場所である。 「ねえ、そこのきみ‥‥」 「もし」 一人で無防備な様子の朱里に声を掛けようとしていたナンパ男を目ざとく見つけた柳斎が、すかさず妨害を入れた。 「ああん?」 せっかくの標的を逃がし、不機嫌そうな様子の男に、彼女はひるまずに続ける。 「この町に来たばかりで道がよくわからないのだが‥‥」 そう言った彼女に、男はめんどくさそうな顔をしながらも、道案内をしたのであった。 さて、仲間たちの作戦によりうまい具合に何の問題もなく順調に進む朱里だったが、ふと自分の横を歩く女性に気がついた。 あまり見かけない服装をして馬を連れた女性は、朱里と目が合うとにっこりと微笑んだ。 「あの、見かけない服装ですがあなたは?」 好奇心からか、朱里が女性――シルフに話しかける。 「あたしは騎士です。旅の途中でこの町に立ち寄ったのです」 騎士らしくを心がけ、シルフははきはきと話す。 そんな彼女の言葉に朱里は顔をほころばせた。 「すごい、私騎士の方にお会いするのは初めて!」 興奮気味の彼女に、シルフもまた微笑む。しかし、その直後に表情を変える。 「危ない!」 後ろから突進してきた影から彼女を守るべく、シルフは腕を引いた。 「あ!荷物が‥‥!」 「任せてください」 驚いた様子の朱里が、ふと気が付いた時には大事な荷物がなくなっていた。突進してきた人物が彼女の手からひったくったのを、シルフは見ていた。 シルフが実際に行動をするまでの時間はほんの一瞬。まだひったくり犯は見える範囲にいた。 人が多いためか、思ったよりも遠くに逃げられなかったひったくり犯の手から荷物を取り返そうとシルフは動く。人ごみ、とまではいかないもののそれなりに人が多い状態ではむやみに剣を抜くことはできない。 「どいてください!」 彼女は大声で叫んだ。もともと目立つ姿であったために、思いのほか簡単に空間ができる。 「返してもらいます」 そして、彼女は剣を抜き、まだ逃げようとする犯人の手元を狙った。子供が見ている以上、流血沙汰は避けた方がいい。 「はあっ!」 その一撃は犯人の持つ荷物へとのびていく。剣で斬ることなく、手首をつよくたたくようにして荷物を手放させた。しかし。 「あっ!」 思ったよりも犯人はすぐに立ち直り、落とした荷物を素早く拾った。 「ここからは私に任せてください」 ライである。 早駆と超越聴覚を発動させた彼女は電光石火のごとく、犯人に迫っていく。 と、突然犯人が立ち止まる。 「一応言っとくと‥‥当たったら痛いですよ?」 現れたのは、互助である。 ライが、荷物を持った人物を猛スピードで追っているのだ。それで状況を瞬時に理解し、彼はサンダーを発動させた。 両側を挟み撃ちにされた犯人は逃げ場もなく、おとなしく捕縛されたのであった。 「これ、荷物。気を付けるんですよ、世の中はいい人ばかりじゃありませんから」 取り返した荷物を朱里に返し、フードで顔を隠した互助が言った。 「あ、ありがとうございました!」 大事な荷物を危うくなくしそうになった朱里は顔を真っ青にしながらも必死に礼を言った。 ● 時間は朱里がひったくられた荷物を取り戻すほんの少し前にさかのぼる。 凪沙は作戦通り、貧民街を絡んでくれとばかりに無防備な様子でぶらぶらと歩いていた。 もちろんここにもすでに開拓者の囮捜査の噂は流してある。 「おーおー、子供がこんなところに一人で」 それにもかかわらず、面白いように作戦に引っかかったことに彼女はこっそり苦笑を漏らした。 「‥‥ただの子供がこんなところ歩くと思って?」 ぎん、と強気な視線を上に向ければ、相手が一瞬ひるむ。その時を見逃さず、凪沙は呪縛符を発動。 「んな!」 式がごろつきの手足に絡みついて、その動きを束縛する。その間に、凪沙は手際よく彼らを縛り上げた。偶然にも近くに手ごろな縄を見つけ、ラッキーと笑う。 「噂、聞いてなかったの?」 にやりと笑い、足を振り上げた。その数秒後に男の悲鳴が上がることになる。 ちなみに、朱里がその現場を通過するのもこのすぐ後であった。 ようやく町の入り口も見えてきたころには、朱里も遊び気分は消えていた。両親に言われたことを何度も心の中で繰り返す。 「ん?」 そうしていると、服の裾がくいっとひかれた。 振り向くと、そこにいたのは朱里よりも小さな女の子。彼女は欠けた茶碗を差しだし、大きな目で朱里を見つめた。 「‥‥あなた、食べ物がほしいの?」 こんな子供がかわいそうに、と思い持たされた小銭を取り出そうと彼女は荷物に手を伸ばす。しかしその瞬間にさらに何人かの人が現れる。これではきりがない。 その様子を互助は遠くから見守った。 ここで出て行ってしまっては朱里のためにならない。 「もう少し、な」 朱里が子供に小銭を与えるのをやめ、「すみません」と言ったのを見て、彼は口の端を緩めた。先ほどのローブを脱いで、手に持つ。それによって、全くの別人のようになった。 「少々お尋ねしますけども、ちりめん問屋はどっちですかいね?」 互助は数人いる物乞いに話しかけた。そして、親指と中指で丸を作り、手のひらを上に向ける。 「教えてございしたら少しほど、お渡ししますけれども」 そう言って、朱里に向かって目配せをした。 ● 父親から朱里に渡した地図の写しをもらった紗楓は、あらかじめ朱里が通ると思われる道を把握し、周囲に危険がないかをチェックした。 そのときに湊はケモノ避けのために、ケモノが嫌いそうな匂いをしみ込ませた水をまいた。 「看板はこんな感じ、かな」 林の脇道に通行止めと書かれた看板を立てて、準備は完了である。 その後、湊は貧民街のあたりから狩人のいでたちで、やってきた朱里を追った。貧民街では多少のトラブルはあったものの、仲間たちの協力により無事に切り抜けたことにホッと一息。 林の前に着いて、彼女は鏡弦を発動し、アヤカシがいないことを確認した。 「アヤカシは感じひんな。ケモノも出んとええんやけど」 ひとまず準備をしていた時に、ケモノに出くわすことはなかった。このまま何事もなく小屋にたどり着くことができれば一番である。 「‥‥にしても、地図逆やと思う‥‥」 見えるギリギリの距離から朱里が手に持っている地図を眺めると、どうも地図が逆になっているように見える。 案の定、その後朱里は間違った道へと進んでしまった。看板があったが、あいにく彼女は自分が進んでいる道が正しいと信じていたために、それを無視した。 「この先、しばらく通れないから戻ってね」 看板を指さしながら、紗楓が言った。 「あ、はい」 それを聞いて素直にうなずいた朱里に紗楓が微笑む。 「良い子ね、また同じ看板があったら入っちゃだめよ」 朱里が引き返したのを確認し、彼女は次の脇道へと移動した。 しばらく歩いていると、朱里がぴたりと立ち止った。 「え‥‥」 彼女の目の前にのっそりと現れたのは、彼女の身長の二倍ほどもあるクマ。普段はめったに人前に姿を現すことがないが、どうやら腹を空かせているのか、牙をむき出して朱里をじっと見つめている。 呆然と立ち尽くす朱里の後ろからクマに向かって矢が数本飛んだ。 「おいたはあかんで!」 突然飛んできた矢により、今度はクマが動きを止める。 「嬢ちゃんこないな場所でどうしたん?あんま子供が来る場所やないで?」 狩人を装い、自然に話しかけた。 そして、続けざまに急所を外して矢を射ればクマは怯んだように後ろへ数歩下がった。すでに五文銭を発動していた彼女の矢はきれいにクマを射抜く。 「私も手伝います!」 クマが現れたことに気が付いた紗楓が刀を抜いた。 空腹を満たすために襲いかかるクマに、紗楓は刀を鞘に収めたまま構えた。そしてクマが彼女に向かって飛びかかってきたその瞬間に、鞘から刀を高速で抜き打つ! クマはそのまま後ろへ倒れ、力尽きた。 ● それから朱里が小屋へたどり着くにはそう時間はかからなかった。 いつの間にか集合していた仲間たちに遠くから見守られながら、彼女は無事に小屋の主に書類を届けることができた。 その際に凪沙が人魂を発動させ、小屋の中で何が起こっているのかを把握し、何事もなく小屋を出発した。 こうして、箱入り令嬢の初めてのおつかいは幕を閉じたわけであるのだが、彼女をしっかりと守り、さらに成長させたことを両親はたいそう喜び、開拓者たちに宿と食事を提供した。 「なんとかうまくいってよかったわ」 紗楓がホッとした表情で言った。 このことはおそらく朱里本人の自信にもつながり、また世の中を知りこれからのさらなる成長につながることだろう。 「親さんもやっと安心。どちらも、嬉しさげな顔しとらいましたね」 互助もまた親子の嬉しそうな表情を思い出し、顔をほころばせた。 |