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■オープニング本文 「頼む、娘を助けてくれ!」 その叫び声に、開拓者ギルド内の空気が緊張した。 ギルドに駆け込んだ男は、町から少し離れた場所にある山麓の村から一日かけて走ってきたのだと言う。息も絶え絶え、血の気の失せた蒼白な顔から、誰もがただ事ではないと悟った。 「どうなさったんですか」 ギルドに駆け込んで、力尽きたように動けなくなっている男にあわてて受付役が駆け寄り、水を手渡しながら尋ねた。 「娘が、生贄に‥‥早くしなければ‥‥」 その村は、しばらくの間ずっと平和だった。 安定した食料と収入があり、めったに大きな問題が起こることもなかった。 人々は村の裏にある山を霊峰として祭り、そこに住む主が豊かな資源と平和を維持しているのだと信じていた。 それだけに、今回の事件は彼らにとって衝撃的なことであるのだが―― 「しばらく前から、たびたび山頂の祠へ参拝に行った者たちが行方不明になるという事が発生するようになった。山道には何かから逃げようとした形跡があり、それが途中で途切れていたことから何かに襲われたのではないかと」 さきほどよりは少し落ち着いてきた男が説明する。 「そのすぐ後にまた何人かが同じように行方不明になり、人々は山に近寄らなくなった。山で襲われているだけに、主のお怒りだ‥‥とほとんどの人が思っている。その矢先に村のはずれでまた一人‥‥」 思い出すだけでも忌々しいその記憶を引きずり出しながら、男は続ける。 「俺は、見たんだ‥‥あれは明け方だったが、大きなフクロウのようなものが村の入り口にいた人をくわえ、山へ飛んで行ったのだ」 そのことを村の重役に相談すれば、彼らはおびえた様子で口をそろえて「山の主だ」と言った。 山の中ならばまだよかったが、人里周辺でも人が襲われたとすると、緊急事態である。村の重役たちは相談し、主の怒りを鎮めるために儀式を行うことが決まった。 「その中で、生贄を出すことになってしまい、娘が‥‥娘がくじでその生贄に決まってしまったんだ」 男はくわっと受付役に向かって身を乗り出した。 「もう時間がないんだ!あんな奴が山の主だなど俺は信じられない!」 その言葉に受付役もうなずいた。 「そうですね。もう何人もの犠牲者が出ています。私どもにお任せください」 状況を聞く限り、『山の主』はアヤカシである可能性が高い、と受付役は告げた。アヤカシとは知らずにわざわざ生贄という餌をやりにいくとは。これでは娘があまりにも不憫である。とにかく一刻も早く解決しなければ。 「もしかすれば‥‥儀式が始まってしまっているかもしれない‥‥頼む、なんとかしてくれ!」 男の絞り出すような声に、すぐそばで一緒に話を聞いていた開拓者たちが顔を見合わせた。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
マーリカ・メリ(ib3099)
23歳・女・魔
言ノ葉 薺(ib3225)
10歳・男・志
大泉 八雲(ib4604)
27歳・男・サ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
丈 平次郎(ib5866)
48歳・男・サ |
■リプレイ本文 緊急性の高い任務のためギルド馬を借り大急ぎで到着した村は、生贄の儀式のためか祭りのような、だけどそんな明るいものではない雰囲気に包まれていた。 「ギルドで馬を借りて正解だった」 村の様子に眉をしかめながら、風雅 哲心(ia0135)が言う。 「この状況は良くない」 うなずきながら淡々と状況をつかむ海神 雪音(ib1498)と哲心、さらにその横にいる無口な男、丈 平次郎(ib5866)らがギルドに事情を話し、馬を借りたおかげで迅速に村に駆けつけることができたのだ。 「あの、山の主について聞きたいんですが‥‥」 そう言って通りかかった村人にさっそく聞き込みをするのはマーリカ・メリ(ib3099)である。 「ではさっそく作戦通りに二手に分かれよう」 山の入り口を見つけた様子の蓮 蒼馬(ib5707)が言った。 そこはたくさんの村人が集まっており、なんやらよくわからないことを口々に叫んでいる。異様な風景だった。 「ちょっと、兄ちゃんたち何をするつもりだ!」 当然近づいていけばよそ者であることに気づかれ、変に興奮した村人たちに取り囲まれる。 「お前たちはこの山におきている異変が本当は何なのかわかっているのか」 立ちふさがった村人に、大泉 八雲(ib4604)が静かな声で言った。 「ああ?」 「あなた方はアヤカシという存在をご存知ですか?」 言ノ葉 薺(ib3225)が言った。 「ああ、あの危ないやつらだろう?人を食らうとかって」 「そう」 薺は続ける。 「私たちは開拓者ギルドの依頼を受けた開拓者。この山に起こっている異変の原因は山の主などではありません」 「山の主の怒りだ!お前たちよそ者にはわからねえ!」 しかし、村人はそっぽを向いたままだった。 「‥‥なぜ話を聞かない」 八雲がつらそうに顔を歪める。 「時間がありません。壱班の皆さんは先に山へ。ここは私がなんとかします」 村人の説得に時間がかかりそうだと踏んだ薺がほかの仲間たちに小声で言った。 「わかった」 急がなければ娘がアヤカシの餌食となってしまう。一刻を争う状況だけに、壱班のメンバーはうなずいた。 「お、おい!」 邪魔をする村人を弐班で食い止め、薺は山へ入っていく壱班の仲間たちの後姿を見送った。 ● 「さて」 気を取り直して、今やらなければいけないことは村人の説得。残った開拓者たちはいつの間にか集まった村の重役たちに向き直る。 「お話を聞いていただけるようですね」 厳しい表情の重役たちが無言で返事を返す。 「私たちは開拓者ギルドの開拓者です。つまりはアヤカシ退治の専門家ということですが」 彼女は責任感を持った表情ではきはきと言った。 「あなた方の目的は村の安全の確保ですよね」 「あ、ああ‥‥」 堂々とした薺の態度に、重役たちが押されている。 「ならば私たちに任せるといい」 雪音も言った。 「しかしほんとにどうにかなるのかね?」 村人たちがざわついた。不安そうな声が上がる。 「‥‥心配することはない」 平次郎がうなずく。 「炎魂縛武!」 平次郎の視線を受け、薺がそう言った瞬間に彼女の武器に炎がまとわりつく。 「お、おお!!」 一瞬にして村人のざわめきが変化した。 「これで、わかったか」 雪音の言葉に村人たちはただうなずいた。 「では、いつまでも外にいては危険です。皆様は家屋に入り吉報をお待ちください」 薺の言葉を最後に、開拓者たちはきびすを返した。 ● ようやく村人の説得を終えた弐班は壱班が出発してからさほど時間が経たないうちに山へ入ることに成功した。 捜索を開始するなり、地面を注意深く観察する平次郎にほかの二人が首をかしげる。 「‥‥娘は重石につながれているのだろう」 「なるほど」 その言葉に納得し、二人も同じように周囲の様子を注意深く観察する。娘が重石につながれているということは、彼女が通った場所には必ず重いものを引きずった形跡が残されるはずだからである。 「上空も気をつけておこう」 平次郎と薺が地面やそのほか木々の様子に気をつけるなら、と雪音が鏡弦を発動させ、上空を観察する。鳥はそれほど見かけなかったから、ある程度は役に立つはずである。 それにしてもうっそうとした森である。空を見上げようにも木々が視界をさえぎり、ときどき隙間から見える程度でしかない。 「あれ」 と、雪音が何かに気がついたように声を出した。 「ん?」 「何かいる」 彼女が発動させている鏡弦に生き物の反応が引っかかったらしい。 「まずい!」 平次郎が空を見上げたとき、木々の隙間から見えたのは巨大なふくろう――アヤカシだ―が山頂の方向へ向かうところだった。 ● 一方、先に祠へ向かった壱班は順調に祠への道を進んでいた。 「誰かいるかー?聞こえたら返事をしろー」 哲心が周囲に向かって呼びかけながら進む。 「生贄なんぞ胸糞わりい‥‥元凶叩き切って、スカッとしてえな」 八雲が心底嫌というような様子で言った。 「あ、今‥‥」 待って、とマーリカ。 「今何か聞こえた」 そう言って彼女は物音が聞こえたほうへと歩いていく。娘が哲心の呼びかけに応答をしたのだろうか。ほかの仲間もその後ろについていった。 「あ、あなたは‥‥」 そして、案の定そこにいたのは。 「どなた、ですか?」 疲れた表情の、村娘だった。 「お前が生贄とやらか?」 蒼馬が問いかけると、彼女は小さくうなずいた。 「ええ。そうですが」 「どうにか間に合ったか‥‥」 哲心がほっとした表情を見せる。次はアヤカシ退治だな、と付け加えて。 「すぐに枷をはずそう」 娘が答えるとすぐに、八雲が申し出た。 彼はまだ何がなんだかわかっていない娘をよそに、手際よく足枷と重石をはずす準備をしている。 「あなたは生贄になる必要なんてありません!主なんてうそ。私たちが退治しますから、安心してくださいね」 マーリカが微笑むと、娘が突然瞳を潤ませた。 「ほ、本当ですか?」 よかった、と彼女は涙をこぼした。 村のためとはいえ、やはりこのように突然生贄に選ばれ、怪物に食べられて死ぬのは恐ろしかったのだろう。 と、一瞬の安心の直後に響くのは。 「笛だ!」 はじめに気がついたのは周囲に気を配っていた哲心。甲高い音は間違いなく呼子笛の音である。 「娘は保護して‥‥ということは」 蒼馬が深刻な表情で言う。ほかの面々もうなずいた。 「アヤカシだ!」 ちょうど娘の重石がはずれ、八雲は彼女を蒼馬に渡す。マーリカが了解したと呼子笛を鳴らした。 娘を渡された蒼馬は軽々と彼女を背負い、瞬脚を発動する。一刻も早く彼女を村に戻さなければならない。 「危ない!」 一瞬の間だった。 巨大な嘴が現われ、娘へと襲い掛かる! 「ぐっ」 とにかく仲間を、と八雲が切磋に飛び出して、その嘴が彼の背中に食い込む。 その一瞬を見逃さず即座に秋水を繰り出した哲心により、アヤカシが再び後ろへ後ずさっていく。 「悪い!」 蒼馬が言う。 八雲がかばったおかげで、娘に怪我はなかった。 「怪我しないのが一番ですよ!」 敵を警戒していたマーリカが間髪入れずにブリスターを発動する。 「すまねえ」 傷がふさがっていくのを感じながら八雲が言った。 何とか娘を安全に村に送り届けるために、一行は蒼馬を先頭に猛スピードで山を下っていく。幸運にもアヤカシは狭い道のために思う存分翼を広げることができず、走り出してからは追いつかれるに至っていない。 「こっちだ!」 まもなく少し開けた場所へ出る。万事休す!といったときにいいタイミングで雪音が現われた。 彼女はうまく攻撃を繰り出し、アヤカシを壱班から引き離していく。 「行け!」 後ろからやってきた平次郎が咆哮を発動した。その雄たけびにアヤカシの注意が彼に注がれる。 「助かった!」 こうして、娘を保護した壱班は無事に山を降りたのであった。 ● 「お父さん‥‥!!」 村に到着すると、娘は一目散に父親の胸へと飛び込んだ。 「ち、生贄が」 その様子をほかの村人が見て舌打ちをする。 薺の説得によりある程度理解した村人もいれば、その場にいなかった者や、よくわからなかった者もいる。 それにしても村人のひどい反応に、蒼馬が眉をしかめた。 「まだ山の主がいると思っているのか!‥‥それがたとえ存在するとしても、お前たちに犠牲を強いるようなものであるはずがないだろう!」 彼の強い口調に村人たちがひるむ。 「アヤカシって、瘴気の魔物なんですよ」 マーリカが諭すように言う。 「主でも何でもなくって、生贄を差し出したら永遠に襲われ続けちゃいます。それを退治するのは開拓者の役割」 まかせちゃってください、とにっこり微笑んだ。そして、その後に「主はあのもふもふとした‥‥!」と興奮したように付け加える。 「ああ、開拓者さま!すみません」 うちの村のものが、とかけつけたのは村の重役だった。 「わかってもらえたようだな」 哲心が、重役がまだ状況を理解していない村人たちに説明するのを見ながら言った。 「もしよければだが、協力を頼めないだろうか?」 蒼馬はようやく態度を変えた村人たちに声をかけた。 ● そのころ、アヤカシを引き受けた弐班の3人はというと。 「いくよ」 鷹の目と即射を発動させた雪音が次々と矢を放っていく。その数にアヤカシが一瞬の隙を見せる。 「はあ!」 その隙を見逃さず、平次郎が飛び出した! 不意をつかれた敵が逃げるようにして別の方向にいる薺へと襲い掛かるが、心眼をすでに発動した彼女はアヤカシの行動を見切っていた。渾身の攻撃を叩き込む。 さすがにこのままではまずいと思ったのか、アヤカシは翼をばさばさと動かし、上空へとあがっていく。そのときに逃がしまいと、向かってきた平次郎を嘴にくわえる。 「くっ」 宙にぶら下がったような形の平次郎はそのまま渾身の力でアヤカシの体や顔を殴る。攻撃の手段である嘴が使えないアヤカシは反撃できずにその攻撃を一身に受け、苦しげではあったものの彼を放すことなくさらに上昇しようと羽ばたく。 「させない!」 村から戻った哲心が持ち替えたレンチボーンを構えた。そのままアヤカシを叩き落す。その際に翼を狙い、また逃げられることのないようにして。 翼を射抜かれたアヤカシはその衝撃に平次郎を放した。空中に投げ出された彼は切磋に受身を取る。 「任せろ!」 間に合わない。そう思ったときには駆けつけた八雲が、平次郎を受け止めていた。 「恩に着る」 礼を言う平次郎を見て、マーリカがにやりを笑い「アヤカシを倒すのを優先にするんじゃなかったですか?」というと、八雲はほのかに顔を赤くしてそっぽを向いた。 「お前の相手は俺だ!」 その一方で、アヤカシの嘴攻撃を紙一重で、だが無駄な動き一つない余裕の動作で避けながら蒼馬が言った。 「援護する」 後ろから雪音も矢を射る。動く仲間に矢を当てることなく、うまい具合に敵に命中させていくのは彼女の腕前である。 「隙だらけだな」 蒼馬がそのこぶしを大きな目につきたてた。 天地を揺るがすような悲鳴が上がる。 彼はもう一度がら空きになった胴へ攻撃を叩き込んだ。 さらにそこに哲心が背後から現われる。反応ができないアヤカシはまるであせったかのように翼を動かしたが、穴の開いたそれでは羽ばたくことはできない。 「‥‥こいつで決めてやる。すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」 鮮やかな一撃が決まった。 ● 蒼馬が村人に頼んだのは、アヤカシを狩りつくしたと開拓者たちが判断した後に万が一のことを考え、山を捜索することだった。 そのほか、マーリカが鍋蓋などをたたいてみようかという提案をしたが、まもなくそれは彼女自身によって取り消された。 とにかく、かなり短時間でアヤカシが一体のみで、ほかの仲間がいないことが判明したのだった。 「本当にありがとうございました」 開拓者たちによって救われた娘とその父親は深々と頭を下げた。 「いえいえ。これが私たちの役目ですから!」 にっこりと微笑んでマーリカが言う。 「今日は村で平和になった祝いの宴をしますのでぜひご参加を!」 あなた方のおかげです、と感激した様子の父親が言った。 「そうだな、せっかくだから参加させてもらおう」 哲心の言葉に一同はうなずいた。 |