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■オープニング本文 「やーい、弱虫毛虫!」 村の子供たちが口をそろえて言った。 そう言われて言葉を返すことすらできない、少年――隼人は唇をかみしめた。 「嘘じゃない、僕は弱虫じゃない‥‥!」 何度そう言っても誰も聞きやしない。子供たちは隼人が見た地獄など少しも信じていなかった。 悔しさに顔をゆがめながらも、彼は森の祠の方向にちらりと目をやった。 ◆ 事の始まりは数週間前。 村やってきた数人の旅人が付近の森にある祠を見たいと言うので、偶然にも近くにいた隼人がそこへ案内した。 森へ入り、旅人たちを案内しながら彼は祠への道をいつものように進んだ。道は決して複雑ではなかったが、案内を引き受けたのは初めての者は心細いだろうと思ったからである。 その後、頼まれた仕事があった隼人は祠の付近まで案内したところで、引き返したのだが―― 「ぎゃあああああっ!た、たすけてくれえええ!!!」 その悲鳴が聞こえたのは、隼人が道を引き返してからしばらくしないうちだった。 何があったのだろうと振り向くと、木の隙間から遠くに見える祠で、旅人たちが何やらもがき苦しんでいた。 目を凝らしてみると、そこにいたのは四本足の獣。距離があったため、はっきりとしたことは彼には見えなかったが、獣に噛みつかれた旅人がたちまち消えて行った。丸呑みだった。 「な、なんだこいつ!速すぎて‥‥うがあっ」 旅人が次々に食われていく様子をそこまで見たところで、隼人は我に返った。――逃げなければ。 そう思った時には彼の足は自分でも信じられない速さで動き出した。 なんとか村に戻り、人々に森の祠にいた恐ろしい獣の話をした隼人だったが、子供だからと言って大人は話をまともに取り合ってくれなかった。なぜなら不幸にも、旅人に会った一番最初の村人が隼人であり、ほかの誰も彼らの訪問を確認していなかったからである。 彼の話は何かの間違いだとか、見間違いだとか、さらには森が怖くてでっち上げた話だとかいう者まで現れた。今となっては村の隅から隅まで彼の噂が広まり、ほかの子供たちが隼人を弱虫だと、毎日のようにからかうようになってしまった。 「僕は、弱虫なんかじゃない‥‥!」 それが彼の口癖となった。だけど、誰も信じてくれなかった。 ◆ 「このままじゃあの子がかわいそうだわ。なんとかしてあげないと」 両親は息子が子供たちにいじめられるのを見るに見かねて、村長に相談することにした。それに、もしも隼人の話が本当であれば、それは村に危険が迫っているということになる。 「そうじゃのう‥‥何とかせねば」 村長もうなずいた。 彼もまた最近の村人たちの様子が目に余るようである。 「開拓者を雇ってみましょう」 父親が口を開いた。 「私は息子が嘘をつくとは思えない。村のためにも、彼の名誉のためにも‥‥」 必要な資金の半分を出すと、父親は村長の目をまっすぐ見て言う。 「‥‥それが一番じゃろう」 隼人が嘘をつくような子でないと、村長もわかっていた。 「村のためじゃ、資金のことは心配せんでもよい」 こうして、開拓者ギルドに新たな依頼が掲示されたのだった。 |
■参加者一覧
由里(ia5688)
17歳・女・シ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
一 千草(ib4564)
19歳・男・シ
アル・アレティーノ(ib5404)
25歳・女・砲
赤い花のダイリン(ib5471)
25歳・男・砲
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 村の入り口は開拓者がやってきたと野次馬でかなりの混雑だった。開拓者が珍しくてたまらない様子から、いかにこの村が平和だったかをうかがい知れる。 「みなさん、よくおいでくださいました」 村長が人当りの良い笑顔で背丈も年齢もバラバラの8人に挨拶をした。 「おう、森にアヤカシが出たと聞いて退治に来たぜ!」 赤い花のダイリン(ib5471)が開拓者ギルドの依頼書の複製を取り出しながら言った。 その言葉に村人がざわつく。 「森の祠はどちらですか?」 準備してすぐに出発します、と御調 昴(ib5479)が言う。 「開拓者だって‥‥?じゃああの話は‥‥」 「何言ってるんだよ、もしかしたらでっち上げかもしれないだろ」 何人かの村人がこそこそと小さな声で話す。普通ならば開拓者が来た時点で状況を理解するはずなのだが、何せ平和ボケした村である。アヤカシを見たことがある人などほとんどいないだろう。 「ちゃんとギルドの印もありますよ」 一瞬不安そうな村長を見て、エグム・マキナ(ia9693)が依頼書を指さしながら言った。これで全員とは言えなくても大半の村人が、彼らが正式にギルドから派遣された開拓者だということを理解しただろう。 「森のことなどについてお話を伺いたいのですが‥‥」 「おお、そうですな!」 いつまでたっても野次馬が取り囲んでいてはどうにもならない。由里(ia5688)が村長にそういうと、彼も心得たとばかりにうなずき、集まった村人に一喝。ようやく身動きが取れるようになったところで、ほっと一息ついた。 「本当に、ギルドの開拓者さんたちですか‥‥?」 隼人が信じられないような顔をして言葉を漏らす。 「お主が隼人か」 バロン(ia6062)がしゃがんで隼人に目線を合わせる。 「皆はお主を弱虫と言う。だがそれは決して悪いことではない」 その言葉に隼人が首をかしげる。バロンは続けた。 「勇気もむやみに振りかざせば無謀となる。それと同じく弱気であるということは危機に敏感で、慎重であることだ。今回お主がすぐに逃げて危険を知らせてくれたからこそ、わしらが間に合ったのだからな」 彼は微笑んだ。 「ところで隼人君。いくつか聞きたいことがあるのですが、いいですか?」 エグムが尋ねると、隼人はこくりとうなずいた。 「アヤカシ討伐中は危険だ。森周辺に近づかないようにしてくれ」 準備が整った開拓者たちはいよいよ森へ出発する。 一 千草(ib4564)がどこか不安げな表情の村長に伝えた。無力な一般人が巻き込まれてしまっては困る。 「あまり大きな物音を立てないようにもお願いしますね」 作戦に支障が出るので、とアル・アレティーノ(ib5404)も付け加えた。 「では出発でございまする!」 村のために。隼人のために。寿々丸(ib3788)が言った。 ◆ 森の入り口に到着し、鏡弦を発動させたエグムが森の様子をうかがう。これで敵の情報を手に入れようとしているのだ。 「いますね」 彼は目をそらさずに言う。 「隼人くんの話では旅人が襲われたのは森の祠の手前にある広場のようなところ。その周辺にいると踏んでいましたが‥‥当たりのようですね」 由里があらかじめ村長から聞いていた森の地形等と照らし合わせると、確かにアヤカシは祠の方向にいるらしい。 そうしているエグムがもう一度弦を鳴らす。アヤカシが常に動いているかを確認するためだ。 「‥‥動いてはいません。寿々丸君、人魂をお願いできますか?」 「了解」 寿々丸が人魂を発動させた。符が蝶になってひらひらと森の中へと飛んでいく。 「敵は祠から少々離れた場所で何かを待っている様子‥‥周辺は木々があり戦うのにはあまり適しておりませぬゆえ、祠の前の開けた場所へ誘導するのがよさそうでございまする」 寿々丸は人魂を通してみたことを報告しながらさらに周囲に注意を巡らせていく。 「ここはあたしの出番かな」 広場へ誘導、と聞いてアルが申し出た。事前に用意した生肉のぞかせてにっこりと笑う。 と、そのとき。 「ああ!あたしの子が!」 「うちの子もいないわ!」 村の方から何やら叫び声が聞こえてくる。開拓者たちは互いに顔を見合わせた。いったい何が起きたというのだろうか。 「すみません!」 しばらくしないうちに村の若者が息を切らせて走ってきた。 「どうやら村の子供たちの何人かが森へ‥‥本当にすみません‥‥!」 その言葉で彼らは一斉に状況を把握した。 「行こう!」 由里がすぐに行動に出る。千草も心得たとばかりにうなずいた。 仲間に先行して子供たちを探しに行くと伝え、了承を取って森へと入っていく。抜足を発動させ、ゆっくりと音もなく二人は進んだ。 「その間に僕たちも準備を進めましょう」 昴が言うと、残った面々もうなずいた。 エグムが隼人から聞いた話からして、アヤカシはあまり目がよくないことが予想される。つまり、それ以外の感覚により獲物を見分けている可能性が高い。アルが生肉を用意したのもそういう理由からであるが、逆に肉を仕掛けるまでに気づかれないよう細心の注意を払わなければならないのだ。 広場で取り囲みやすい場所を選び、肉を設置したアルは小さく物音を立てる。 まだ何かが動いた気配はない。その間にダイリンが素早く木に登り、敵に見えないようにする。そしてシノビの二人がまだ子供たちを保護できていない様子のために、慎重に敵の様子をうかがった。 ◆ そのころ、森へ入ってしまった子供たちを保護するために仲間と離れすぎない距離を保ちながら探索していた由里と千草は木の根元に座り込む子供を見つけていた。 「こら」 「うわっむぐ‥‥」 気を張っていたらしい様子の彼らの肩をぽんと叩くと悲鳴が上がりそうになる。それを千草が素早くふさいだ。ここで大声を出されては危険である。 「ここは危険だから隠れててもらえるかな?」 あっちにアヤカシがいるんだ、と由里。子供たちの中に隼人がいることに彼女が眉をしかめる横で、千草も危険であることを告げる。 一瞬食い下がろうとした子供たちだったが、二人の真剣な目に押された。 とにかく子供たちだけで行動するのは危険だということで、子供たちを保護し仲間に合流することにした。 由里と千草が合流したころには、すでに仲間たちがアヤカシの周囲を取り囲んでいた。子供たちにそれ以上動かないよう指示し、静かにするように伝えると二人も抜足で包囲に加わる。 8人はそれぞれ目線を交わし、準備が整ったことを確認する。 そして。 「!?」 今までが静かだっただけに派手に音が森に響き渡る。肉のにおいに気を取られていたアヤカシがびくっと轟音に飛び上がった。 その一瞬の機を逃すことなくバロンが敵の前へと踊り出る。 あわてたアヤカシは目の前に現れた彼に大きく口を開けてとびかかるが、とっさの動作である。余裕を持って動いたバロンはそれを見切っていた。最小限の動作で完璧に避け、振り向きざまに一撃。飛びかかった勢いで彼の弓が程よく当たる場所に移動したアヤカシに矢が吸い込まれるかのように刺さる。 それと同時にアヤカシを混乱させるべく、ほかの7人もそれぞれ一斉に四方八方から攻撃をする。 明らかに有利な状況に持ち込めたことにより、バロンの口元がわずかに緩む。それでも油断することなく六節で素早く装填、次へつなげる。 しかし、その時だった。 ほかの敵がいないか気を張っていた寿々丸が異変に気が付く。それと同時に千草が小さく舌打ちをした。 「千草殿!」 「わかっている」 早駆を用い、一気に子供たちとの距離を詰める。 「何で出てきた。いても邪魔になる」 彼は見てわからないのか、と隠れているはずの子供たちに向かって厳しい声で言った。 「俺も手伝うぜ!」 アヤカシを目の前にして何もしなかった隼人とは違う、ということばかりが頭にあったガキ大将が見当違いのことを堂々と言いながらどこかで拾ったらしい長い木の枝を握りしめた。 「おい!さっきからやめろって言ってるだろ!」 危険を危険と思わない、勇気というよりはただの無謀、もしくは馬鹿な子供に千草の周辺の空気が冷え込む。そこに隼人がもう見てられないとばかりに声を上げた。 「化け物がいるのはわかっただろ!俺はあいつが人を丸呑みにしたところを見てるんだ‥‥!本当に危険なんだよ」 「その通りだ」 隼人が突っ込んでいこうとするガキ大将を引き留めるのを見て、千草は面の下でかすかに口元を緩めた。 「とにかくそこを動くな」 今からもともと隠れていた場所へ戻るのは危険。とにかくその場を動かぬよう彼は伝えた。 子供たちの出現により、味方側に一瞬の隙ができてしまった。それのわずか一瞬の間にアヤカシは体勢を立て直し、動き出す。 それを見た昴が空に向かって銃を発砲。大きな音でアヤカシをひきつける。さらに追加してアルも動きながら次々に発砲する。 またしてもあちこちから飛んでくる攻撃にアヤカシは再び焦りを感じ始めた様子で、あたりをきょろきょろと見回した。そして、その隙に寿々丸の呪縛符が発動。小鬼型の式が敵にまとわりつき、その動きを削る。 「今だ!」 木の上から攻撃の機会をうかがい、呼吸法でしっかり狙いを定めていたダイリンがフェイントショットを発動し、アヤカシに向かって引き金を引いた。動きを制限されていたアヤカシの前足をかすり、攻撃は胴に当たる。 このままではいけない、と思ったのだろうか。アヤカシは急加速をする。そして包囲をかいくぐり、子供たちへと向かっていく! 「危ない!」 アヤカシが子供たちへ到達する直前、隼人がとっさにほかの子供を引っ張った。それにより子供たちは転倒、そのまま後ろへと転がっていく。 そこでできた一瞬の間。由里が滑り込み、彼らをかばった。 「大丈夫?怪我はなかった?」 攻撃を受け、痛みをこらえた彼女の声に子供たちがひっと声をあげる。腰が抜けたらしい彼らはそこにへたり込んで動けなくなった。 「二度も同じ手は通用しません!」 加速したアヤカシを瞬脚で追った昴が、二度目の加速をしようとするそれの行動を事前に阻止した。そして続けざまに泰練気法を発動、脚を狙い撃つ! 「ウギャオッ」 それは見事に後ろ脚を射抜き、アヤカシが何とも言えない声を上げる。 「大丈夫でございまするか?」 子供たちをかばって怪我をした由里に、治癒符を発動した。小さな式がみるみるうちに傷を癒していく。 「ありがとう」 「敵はかなり消耗していますね」 エグムが敵の様子を分析しながら、次にどこを撃てばさらに有利に持ち込めるかを瞬時に判断する。そしてそれに忠実に猟兵射で、先ほど昴が奪った脚と同じ側の前脚を射抜いた。攻撃に気づけなかったアヤカシはそこでバランスを崩す。 しかし、それも一瞬。次にはまた立ち上がった。 「どこにそんな力が‥‥」 これにエグムが困ったように言う。どう見てもふらふら、今にも倒れてしまいそうだが、まだあきらめていない様子である。獲物への執着はかなり強い。 そして、アヤカシは最後の力を振り絞るかのように加速! 「確かに素早い‥‥が、わしの目に見切れぬと思ったか!」 アヤカシの最後の切り札もまた、一瞬にして消え去った。 バロンの瞬速の矢がそれを貫いていた。そして、動きが一瞬にしてぴたりと止まった。 ◆ 「本当にありがとうございました」 襲われた旅人の遺品と思われる数々のものを村長に託し、弔うように頼んだところで隼人の両親が頭を下げた。 「話を聞き、信じてあげてください。村のほかの方は様々なことを言うでしょうが、この件については隼人君が正しいのですから」 エグムが言った。 彼が事前に聞き込みをしたとき、隼人はわからないことは正直にわからないといったのだ。考え込みながら話していたら怪しいと思っていたが、彼は完全に覚えていることだけを話、自分の考えは言わなかった。 「アヤカシを見たのが隼人ではなく、自分の身内だったらどうする。話を取り合わないのか。笑いながら弱虫だというのか」 集まった村人に千草が言う。 「自分の村はアヤカシに襲われないと思っているなら、その意識を改めろ」 危険はいつでもそばにあるのだ。その意識を持たないことこそが一番危ないことである。 「隼人がいなければ大変なことになっていたのだぞ」 バロンも村人に言った。 「ま、人は学ぶし成長する。今回こうして思いっきり間違えたんだから、次同じことはしないはずだ!」 そうだよな、とダイリンがアヤカシ討伐の前に話を信じなかった村人に向かっていった。彼らは恐れ入ったとばかりにこくこくうなずいた。 「隼人君、いっぱい頑張ったね。嘘じゃなかったね!」 由里が微笑んで、隼人に言った。 アヤカシを実際に目撃した子供たちもいれば、隼人に命を救われた者もいる。これ以上弱虫と言われることはないだろう。 「あんなこと‥‥俺は‥‥」 認めない、と悔しげに続けようとしたガキ大将の少年を昴がキッとにらみつけた。 「悪いことをして、謝れないほうが弱虫ですよ」 その言葉に、ほかの少年たちが居心地悪そうにもじもじとした。 「わ、悪かったよ‥‥その、弱虫呼ばわりして」 下を見ながらボソッと言ったセリフに、隼人はにっこり笑った。 「ほらね、今回のことは胸を張っていいこと。弱気になる必要なんてどこにもない。どーんとしてればいいのよ。それでもからかってくるやつがいるなら‥‥男の子らしくガツンと行く必要もあるっしょ」 アルが隼人の頭をガシガシと撫でながら言った。 「そうでござりまする。隼人殿の価値は他人が決めるのではなく、自分が決めるもの。次に同じようなことがあっても、信じてくれる者はおりまする。そのことを忘れてはいけませぬぞ」 にっこりと笑い、寿々丸が言った。 「隼人」 「あっ!」 説教を終えたバロンが、隼人の前にしゃがみこむ。 「慎重であるということは弓術士にとって必須の能力でな。志体こそなくとも、お主は良い弓術士になれそうじゃ。よかったら練習してみると良い」 そういって、隼人の手に短弓を握らせた。 子供たちと共に森へ入ってしまった隼人ではあったが、結局彼は最後まで先走るガキ大将を引き留め、慎重だったからこそアヤカシに襲い掛かられたときにほかの子供たちを引っ張り時間を稼ぐことができたのだ。 「‥‥あとは、必要になった時に勇気を振り絞れる男になるのだぞ」 そう言ってバロンは立ち上がった。 「おじいさん!泊まっていって、僕にこれを教えてよ!」 立ち去ろうとしたバロンの服を引っ張り、隼人が言った。 「そうですね、皆さんお疲れでしょう。ぜひお休みになってくださいな」 隼人に弓を教えるかどうかは別として、と両親も言った。 「そうですね、お言葉に甘えましょうか」 エグムが言った。 こうして弱虫という大変不名誉なあだ名をつけられた少年は、勇敢な男となるべく一歩を踏み出したとさ。 |