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■オープニング本文 男は慎重に手を伸ばした。その先にあるのは、小ぶりのかさを広げた茶色のきのこ。 「大丈夫だ、大丈夫」 震えてすぐにでも引っ込みそうな手に、彼は言い聞かせるようにして自らを奮い立たせた。 そして、きのこに触れた瞬間。 「ぎゃあああああああ!!!」 山に彼の断末魔が響き渡った。 ◆ 「この一か月でもう何人目だ‥‥‥」 山の麓にある村の代表者は頭を抱えた。 「あの山のきのこはもうやめよう!‥‥危険すぎる」 会議のために集まった大人の一人が声をあげる。 山で採れるきのこは、貧しい村の唯一の収入源。山間の猫の額のような土地では畑作もできず、村は完全に秋のきのこだけで一年を乗り切っていた。 しかし、この秋からきのこに異変が起こったのだ。 「きのこに触れると襲われるらしいぜ‥‥」 「うげ、本当かよ。俺、明日あの山に行くつもりだったのに」 「どうするんだ、あの山のきのこがあっても収入はギリギリなのに」 ざわざわと周りが騒がしくなる。 「静かにしてくれ!」 代表者が一喝した。 「仕方がない、なんとかしてもらおう」 そう言って彼は使いの者を近くの開拓者ギルドへ走らせたのであった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
空(ia1704)
33歳・男・砂
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
国乃木 めい(ib0352)
80歳・女・巫 |
■リプレイ本文 事前の調査と打ち合わせにより、似非きのこもといアヤカシ殲滅に集まった開拓者たちは夜明けを待って村を出発すべく薄明りの中入り口に待機していた。 「みなさん、どうかよろしくお願いします」 村の代表は8人に深々と頭を下げた。この時期に採れるきのこが村の生命線なのだから、彼も必死だった。 「ん、ボクたちに任せて!しっかりとアヤカシきのこを退治してくるよ!」 そんな彼に新咲 香澄(ia6036)がとんっと胸を叩いて言った。 「で、こいつが案内役です」 代表が後ろに控えていた青年に目配せをすると、青年も口を開いた。 「これから道案内をさせてもらいます。みなさんよろしくお願いします」 薄暗い山道を、あまり詳しくない開拓者8人でうろつくのは非効率的で、危険である。仲間たちの相談の結果、山に詳しい村人に案内を頼むことにしたのだ。 「きのこ採集も一緒にやってしまいましょう」 そう言って用意した袋などの入れ物を確認するのは朝比奈 空(ia0086)である。 アヤカシのせいでしばらくまともにきのこを取れなかったため、時期が過ぎて売り物にならなくなるものも出てくるだろう。一刻も早く問題を解決し、きのこ採集をしなければならない村人たちは前日にも申し出た彼女に、助かると言って許可を出した。 「では、もう一度確認しますが、案内の方には基本的にきのこの群生地までご案内をお願いします。そして着くしばらく前に教えてくださいね」 安全な場所で待機を、と橘 天花(ia1196)が言った。 「さて、文字通りきのこ狩りに出かけるとしよう」 からす(ia6525)がうっすらと明るくなった東の空を眺め、言った言葉に一同はうなずいた。 ◆ 「すみませんねえ、こんなことを頼んでしまって」 これからアヤカシ討伐に向かう以上、完全に危険がないとは言い切れない。いくら開拓者がいても、アヤカシがいる山を案内するのは不安だろう。 国乃木 めい(ib0352)が先頭を歩く青年に言う。 「いえ、こちらも生活がかかっていますから。それに、みなさんの腕は信じているので不安はありません」 首を振りながら、青年が力強く言い切った。 しかし、そういいながら案内役がなかなか決まらなかったことを、直接頼みに行ったエグム・マキナ(ia9693)は覚えていた。 アヤカシを退治するために山に入ったはいいが、迷ってしまったら大変である。もしできなければ、山の地形を教えてほしいといったエグムにずいぶん時間が経ってからこの青年が案内役を申し出たのだ。 「話には聞いていましたが‥‥本当に迷ってしまいようですね」 すでに日が出ているはずだったが、山の中は薄暗く、足元は見えるが遠くまでははっきりと見ることができない。 「まだきのこは見当たらんな」 通った場所の木に印をつけながら空(ia1704)が言った。 彼自身も白墨を用意していたが、村人がきのこ採りをする際にどこまでやったのかを次に採りに来た者に伝えるために使う印を使ってほしいということで、案内役の青年が持ってきたものを使っていた。 「そうですね。このあたりはきのこがあまり生えていないんです」 空が印をつけるのを一緒に手伝いながら青年がうなずく。 「きのこは基本的に木の根元を中心に群生していますが、一か所に密集していて、それがいくつかの場所に分かれているんです」 たまにぽつぽつ生息しているきのこもあるけれど、と彼は付け加える。 「間もなくきのこの群生地に到着します」 「よっしゃ、行くで」 天津疾也(ia0019)が武器を確認する。 「しっかり片付けて、終わったらきのこ鍋でも作ろうかいな。旬やからうまそうや」 そして、にかっと笑った。 ◆ 「いくら似せようと、これには反応するだろう」 青年を安全な場所で待機させ、からすが鏡弦を発動させた。そして広範囲での場所を把握し、アヤカシの潜む場所の付近まで移動する。 「そこの倒れた木の向こう側はほとんどが、こちらは木の根元の茶色がかった傘が半開きのきのこと‥‥」 さらに詳しいアヤカシの所在を探るべく、瘴索結界を発動しためいが次々に仲間に情報を伝えていく。それと同時に自らも泰弓を構え、離れた距離から敵を狙う。 「さて、長丁場となりますし‥‥節約をしながら行きますよ」 エグムが案内役をはじめ、周りに村人がいないことを確認し、弓を構えた。 「さあ、式よ。アヤカシを刈り取れ!」 めいの攻撃により姿を現したアヤカシを香澄が間髪開けずに斬撃符で滅していく。カマイタチのように鮮やかにきのこを切り裂くさまは、爽快ともいえよう。 「精霊様‥‥アヤカシを焼き尽くす清らかな炎を!」 倒木の周辺はきのこが密集しており、ほとんどがアヤカシだというが中には本物のきのこも少なからず混ざっている。一つ一つ倒していくのは無理があると判断した天花が浄炎を発動。すると、何もない空間からめらめらと炎が現れ、それがきのこを焼き尽くしていく。 天花の浄炎に慌てたアヤカシは次々と姿を変え、炎から逃げようと高く跳躍する。そして、近くにちょうどいい攻撃対象が見つかったとばかりに体当たりの体勢に入った。 「何してんねん」 疾也がにやりと笑った。 アヤカシが状況を理解したころには彼の放った矢が己の体を貫いていた。それはあまりにも一瞬の出来事。きのこを空中で射落とした本人はいたって涼しい顔をしていた。 「こっちもだ!」 もう一方で同じように飛び出したきのこを相手するのは空。 攻撃を受け、それをダメージ最小限にうまく受け流しながら彼は雪折を発動。刀を一閃し、銀杏で鞘へ収める。 そして、その場は一瞬静まり返る。 「あの、すみませ‥‥」 「村人さん!」 その様子を見てひょっこりと姿を現した案内役に、天花があわてて駆け寄る。これから退治しようとしていたアヤカシがまだ残っていたのだ。 「任せてください!」 天花は間一髪で彼を引き寄せ、アヤカシの攻撃を回避させた。その直後にエグムがそう言って弓を引く。 「た、助かりました‥‥‥」 すっかり腰を抜かした案内役は消えていくアヤカシを見ながら息を吐き出した。 「アヤカシの反応はなくなりましたね」 めいが完全にアヤカシを倒しきったことを確認し、そういった。 「危ないですよ、勝手に出てきては」 安全な場所でお待ちしていただかないと、とめいの言葉により安全だと天花が青年に言った。 「すみません‥‥」 「あの、きのこ‥‥採れるものはここで採ったほうがいいですよね」 うなだれた彼に、朝比奈 空が声をかける。 「あ、そうですね‥‥このきのこなんかは今日採らないと‥‥」 「ちょっと待ちや」 きのこに手を伸ばそうとした青年を、疾也がひきとめる。そして彼が青年の言ったきのこを採取した。 「万が一まだいたら困るやろ、一応確認させてな」 「ではその間に印をつけてしまいますね」 めいが木の枝に白い布の帯を結びつけた。 もともとは目印を布で、という意見が出ていたが、すべての木に結ぶよりは普段は顔料などで印をつけ、アヤカシを退治した場所だけに布を結ぶということになったのだ。その方が時間短縮にもなり、効率的である。 ◆ 二か所目は最初とさほど離れていない場所にあった。 「あちらの方向、ですかね。数ははっきりしませんが‥‥それなりに反応があります」 鏡弦を発動したエグムがさらに奥の方を見つめながら言った。 その言葉に従い、案内役の青年を待機させた一行は奥へと進んでいく。 「あ、根っこから見て5番目の瘤の‥‥そうです!」 次に瘴索結界を張った天花が目を凝らしながら指示を出していく。 「お、やっぱり根を見るとわかりやすいんじゃないか?」 生え際に気を付けた空が言う。もともと何らかの違いがあるのではないかと疑っていた彼だったが、やはりとばかりに口元をゆるませた。 「土の付き方がおかしいぞ!」 確かに本物のきのこに比べて付着した土が少なかったり、つかないような場所まで土がついていたりする。これに気が付いたのは開拓者として数々の依頼をこなしてきたからこその観察力があるからで、一般人にはできないだろう。――そもそもアヤカシがいると知らなければそこまで観察しないのだから当たり前かもしれないが。 「よっと!」 空が見つけたアヤカシに止めを刺すと、疾也がその付近のきのこを寸分の互いなく射抜く。葛流を発動しているため、抜群に命中率があがっているのだ。飛び上がったアヤカシはそのままきのこの中に落ちて行った。 それが引き金となった。 落ちたアヤカシは偶然にも別のアヤカシの上に落ち、それがまた動き、その動きにまた隣のアヤカシがという風に連鎖がおこり、一斉に息をひそめていたアヤカシが飛び出した。 「危ないっ!」 飛び出したアヤカシの集団を前衛の疾也、空はじめ着実に倒していく開拓者たちであったが、それなりの数がいるのだ、隙間をくぐるかのように飛び上がったアヤカシに気が付いたのはそれが天花のすぐそばまで迫ったときだった。 香澄がとっさにアヤカシの前に飛び込んだ。そして体当たりをまともに食らう! 「大丈夫ですか?」 後ろに飛ばされた香澄にめいが神風恩寵を発動する。爽やかな風が去ったときには香澄の傷は消えていた。 「ありがとう」 香澄が微笑んでいう。 「私もありがとう、危ないところに助かりました!」 目の前のアヤカシを杖で攻撃し、自らの身を守りながら天花が香澄に礼を言った。 「起きろ。あるいは永遠に眠れ」 十分な距離をとり、自分にとって有利な位置にいたからすが響鳴弓でアヤカシを攻撃する。一瞬にして内部から破壊されたアヤカシと、その場に響く甲高い音。彼女は次々に敵を撃破していった。 完全にアヤカシが消え、あたりに静けさが戻る。 「さっきから思っていたが‥‥同じように食べられないのが残念だな、うむ」 からすがアヤカシの姿を思い出しつつ、そうつぶやいた。 ◆ そんな調子でアヤカシを見つけては倒し、見つけては倒しを繰り返し、日が傾いてきたころには一行は最後の場所にたどり着いた。 「これで最後です」 アヤカシの所在がはっきりしたところで、朝比奈 空が剣を抜いた。本物のきのこから若干離れた位置のアヤカシを突きによって次々と滅していく。 そのそばで逃げるようにして接近してきたアヤカシを、めいは月歩で軽く躱し、エグムが先即封で距離をとる。そして、鷲の目を発動し注意深く観察する。 「こっちやでえ!」 距離離れたアヤカシに疾也の攻撃が突き刺さった。 「また生え際が変だぞ、と」 指示されたきのこを観察し、伝達間違いがないことを確認しつつ、空がアヤカシを倒した。 「無駄ですよ、燃え散りなさい」 最後にきのこの中に紛れ込んで一つ一つ攻撃するのが面倒な場所に向けて、朝比奈 空が浄炎を繰り出した。それは確実にアヤカシだけを燃やし尽くし。 「殲滅完了です」 こうして、一行は無事に山を回り、アヤカシを一掃した。 「念のためにもう一度軽く回っておきましょう」 万が一漏れがあっては困る。エグムが提案した。 ◆ 「ありがとうございました、本当に!」 村に戻ると、村人が一斉に待ち構えていた。 「ささ、みなさまお疲れでしょう?あちらにお食事を用意しておりますわ」 村の女が微笑む。 「では、私はお茶の用意でも」 からすが言った。 「ここのきのこはうまいと聞いたんやけど、買い取らせてもらえへんかなあ」 一方では疾也が村の代表に掛け合っていた。 「さてと、俺はきのこ鍋でももらおうかね」 ホカホカの鍋を目の前に空が笑った。 「やっぱり名産地で食べるきのこは格別だね!」 渡された椀で冷えた指先を温めつつ、香澄も思わず笑顔をこぼした。 「おいしいですね、おばあ様のきのこ鍋を思い出します」 祖母のきのこ鍋の味を思い出しながら、天花がきのこにかぶりつく。 「案内ありがとうございました。ここの山は結構厄介ですね」 エグムが案内役の青年にそういった。 「そうですね‥‥僕も初めはずいぶんと苦労しました」 「山を回った中で、いくつかお役に立ちそうなものが見つかりましたよ」 めいが村人に山で見つけた薬草などを教えていく。村人はそれを聞いて大喜びしていた。 「さて、これで一件落着ですね」 朝比奈 空の言葉に、村の代表は大きくうなずいた。 夕日がゆっくりと山に沈んでいく。明日からはまた平和がもどるだろうと、彼はほうっと安心したように息を吐き出した。 |