悲劇のひな祭り
マスター名:七海 理
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/18 21:01



■オープニング本文

 娘のためにひな人形を出そうと思いながらも、いつの間にか遅くなってしまったことに、父親は焦りを感じつつも倉で人形を探していた。飾りつけを大急ぎでやればなんとか間に合うだろう。
「ああ、あった」
 一年間倉の中で眠っていた箱の上は白い埃が積もっていた。
 父親は丁寧にそれを払い、倉を出た。家に戻り、箱を開けて娘と共に飾り付けをするのだ。
 しかし、彼はなにか嫌な予感を感じた。このまま、箱を持って家に入ったらいけないような――
「‥‥んなことあるわけないよな」
 何を考えているのだろうか、と彼は苦笑した。
 そして、すべての悲劇の始まりはここからだった。



 開拓者ギルドの受付係はたった今受け付けた依頼をまとめながら、放心状態の親子に心配そうな視線を向けた。
 話によれば、ひな祭りにと人形を箱から出したところ、人形が襲いかかってきたのだという。
 とっさに娘を抱え逃げたのだが、人形の数があまりにも多い。もうだめだと思ったとき、なぜか人形たちがそれ以上追って来なくなり、なんとかギルドまで来ることができたらしい。
「だ、大丈夫ですよ。すぐに解決しますから‥‥」
 二人があまりにも衝撃を受けておびえた顔をしているものだから、ギルドの別の受付係が必死になって励ました。
 うれしいうれしいひな祭り。
 これが、二人にとっての恐怖の一日になってしまうことは、間違いなさそうであった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎


■リプレイ本文

 女の子にとって、一年に一度のお祭りであるひな祭り。今回の依頼人の娘にとって最悪の日となることを防ぐために、開拓者たちは大急ぎでひな人形のアヤカシがいる家へ向かった。
「話は聞いてきたぜ」
 羽喰 琥珀(ib3263)が事前に調査してきた内容をまとめた手帳をぱらぱらとめくりながら言った。細かく書き込みがされた中には家の間取りや人形が追いかけて来なくなった場所までの大体の距離、部屋の物の配置等が記録されている。
「家屋だけでなく、人形もなるべく無傷ですむようにしたいですね」
 ルエラ・ファールバルト(ia9645)は琥珀の記録した間取り図を覗き込みながら言った。
「そうだな、母親の形見みてーだし」
 直接会った親子の不安そうな表情を思い出しながら、琥珀がうなずく。
 そのすぐそばでは玲璃(ia1114)が瘴索結界を発動させ、アヤカシの正確な位置を探っていた。
「人形たちは相変わらず動き回っているようですね」
 そう言った玲璃も琥珀が聞き取り調査をもとに描いた間取り図に目を移し、再び建物内部に集中する。
「ほな、作戦の最終確認をするで」
 天津 疾也(ia0019)は続けた。
「まず飛び回る人形たちを引き付ける班と、アヤカシ本体を討伐する討伐班に分かれる」
「わたくしはファールバルト様と羽喰様と人形たちを引き付け、その間に天津様、朝比奈様、玲璃様がその隙にアヤカシを叩く、で間違いありませんわよね?」
 疾也の言葉を引き継ぐようにしてマルカ・アルフォレスタ(ib4596)が言った。
 何やら考え込んでいた様子の朝比奈 空(ia0086)も、彼女の言葉に顔を上げてうなずいた。
「おひなさまとお内裏さまの周辺に瘴気が集中しているので、位置はそのあたりで間違いなさそうですが――ここからでは一体か、二体としか」
 すでに何度か位置を変えて調べた結果から、彼は琥珀とともにアヤカシの位置を図に書き込んだ。
「聞いた話からすれば、おそらくは人形たちが動ける範囲はこのくらい」
 ちょうどいいタイミングで空も指で間取り図に円を描く。どうやら考え込んでいたのは、親子の証言から飛び回る人形たちが自由に動ける範囲を計算していたかららしい。
「ふむ、庭の中央から玄関寄りの場所で動けなくなるみたいですし、この辺りまで引き付けておけば大丈夫そうですね」
 ルエラの言葉に琥珀とマルカも手帳を見てうなずいた。
「作戦開始、ですね」
 玲璃はアヤカシの非物理攻撃に備え、仲間たちそれぞれに加護結界を付与した。



 一番初めに家屋の内部に入ったのはマルカである。
 慎重にひな人形が置かれている部屋まで接近すると、飛び回る人形たちの気を引くように一気に部屋に飛び込んだ。人形たちはマルカを彼らが守るべき二体の人形に害を加える存在として認識し、一斉に彼女へ向かって飛びかかった。
「こっちですわ!」
 襲い来る人形を、派手に傷をつけないよう用心しながらその攻撃をいなし、ゆっくりと障子へと近づいていく。そして、後ろ手に力いっぱい障子を引いた。
「どこを見ているんですか?」
 マルカが障子を開けたと同時に、庭からルエラが部屋に入りこんだ。彼女はマルカから引き継ぐようにして、特に後ろの方で誘導から外れそうな人形の前に躍り出る。
 さらに攻撃対象が一人増えたことで、人形たちは再び集まりだす。ルエラは翼竜鱗を構え、防盾術を発動させる。
「そうですよ、こちらへおいでなさい」
 一心不乱と言った様子で体当たりを続ける人形たちを盾で受け止め、口端をつり上げる。その間にも彼女は次第に後退し、間もなく庭へ出る位置まで来ていた。
「あと一歩ですわ!」
後ろ向きのまま出るには、部屋と庭の段差は大きい。ルエラが庭へ出ようとしたときにマルカが挑発を発動した。
「助かります」
 そうして人形たちを引き付けながら庭まで出た二人はそのまま空が計算した位置――つまり庭の中心から玄関寄りの方向へ向かう。
 人形たちはゆっくりではあったが、順調に誘導通り動いた。
 それを玄関とは逆の、倉側にいたアヤカシ討伐班の疾也は確認した。
「今や!」
 彼は素早く庭から部屋へ飛び込む。
 しかし、マルカとルエラが引き付けていた飛び回る人形――護衛人形ともいえるだろう――の一部が瞬時に反応を見せた。それは間もなく動けなくなる場所になるから戻ろうとしたのか、それとも思いのほか守るべきものの危機に敏感なのか、どちらかはわからない。
 向かってくる人形に顔をしかめ、疾也は虚心を発動した。体当たりをしてなんとか主に近づけさせまいとする人形たちをするすると避けながら、時には叩き落としながら、アヤカシ本体と思われる二体の人形へ近づこうと試みる。
「俺がいるのを忘れちゃ困るぜ!」
 ばさあっという音と同時に、疾也の周りをハエのように飛び回っていた人形たちの上に網がかぶさった。
 網を投げ、人形を捕獲したのは琥珀だった。彼が部屋に入ったことにより、新たな侵入者に敏感らしい人形たちの気が一気に疾也から離れ、その間に疾也が人形たちの包囲を抜けた。そして、そこに琥珀近づきフェイントで攻撃をすると見せかけ、引っかかった人形たちに網を投げた、という流れである。
「わりい、網を探すのに時間がかかっちまった」
 家の倉に網があると父親に聞いたため、許可を取って入ったはいいが、倉のあまりの散らかりようになかなか目的の物を探し出せなかったのだ。
「行きます!」
 今度こそ好機。空は人形たちが確実におひなさまとお内裏さまから離れたこと確認し、庭で隠れていた場所を飛び出した。そして、立て続けに浄炎を発動、ごうっ!と派手な音を立てて人形が炎に包まれた。清浄な炎がアヤカシのみを焼きつくす――と思われたが。
「まだです、気を付けて!」
「な‥‥!」
 部屋の入り口方面から入った玲璃が叫んだ。
 空の浄炎をまともに受けたにもかかわらず、おひなさまはみるみる内に修復されていったのだ。
「来るで!」
 それはおひなさまが立ち直るには十分な時間だった。
 疾也が切磋に声をかけたときには、その人形の豊かな黒髪がまるで波のようにゆらりと動き、空めがけて一直線に伸びていた。
「くっ」
 空は反射的に床に伏せた。疾也がひらりと躱した漆黒の髪の毛が、彼女の銀糸を何本か掠め取っていく。
「よそ見はいけませんよ」
 伸ばしていった髪に集中している人形に、玲璃が言った。その言葉が彼の口から放たれたときには、すでに浄炎が二体の人形を焼いていた。空に意識を向けていた間に玲璃が人形の間近まで接近していたのだ。
「確かひな人形はしまうのが遅いとその家の女の子は嫁ぐのが遅れるとか言われてるんやったか?」
 炎に覆われる人形を見て、疾也が言った。空と玲璃が突然の言葉に首をかしげる。
「まあ、このひな人形なら家を出るのは早そうやな。‥‥実際出てるわけやし」
 にっと笑い、冗談めかして言った彼は、もう一仕事とばかりに構えた。今度は回復する様子を見せない二体の人形が、怒ったのか知らないが威圧感のようなものを発していた。
 お内裏さまの目があやしく光る。
 間違いなく、何らかの非物理攻撃が来る。
 瞬時に判断した空は精霊壁を発動し、ほかの二人をかばうようにして前に進み出た。

 一方護衛人形を引き付けている三人はと言うと、ひたすら人形たちの気が主に向かないように攻撃と防御を繰り返していた。
 琥珀が網にとらえた人形たちを除いた人形たちからの攻撃をいなしながら、気がそれそうになったときは軽く攻撃しつつ、という風に三人はうまく連携しながら人形の足止めを続ける。しかし、それは玲璃がアヤカシの本体と思われる二体の人形を浄炎で燃やした直後で変化した。
「行かせませんわよ」
 さすがに主の危機を悟ったのか、今までうまく引き付けられていた人形たちは攻撃されてもその攻撃を無視して一斉におひなさまとお内裏さまのもとへ戻ろうと動いた。
 障子を背に立ったマルカが剣を構える。ルエラもまた瑠璃を発動させ、人形たちが部屋に向かってしまわないように立ちふさがった。
「だからこっちだって言ってんだよ!」
 琥珀が背中の刀で今までよりも攻撃を激しくしながら叫んだ。傷つけないように、と回避中心に攻撃も用心したものにしていると、あっという間に逃げられてしまう。とにかく、人形たちもまともに三人の相手をしなければならないくらいの攻撃にしなければ。
「わかりました」
 琥珀と同じ考えに至ったのか、ルエラと視線がぶつかり合った。こうなった時は仕方がない。言葉にする必要もないことに、ルエラはうなずいた。
 マルカがスタッキングで確実に人形たちを叩き落としたのを合図に、ルエラと琥珀も次々と人形を払った。
 例によって地面に落ちた人形がゆっくりと修復されていく。
「あ‥‥」
 その時に、再び状況が変化した。
 お内裏さまから発せられるであろう攻撃に備えていた空が、人形の目の光が瞬時に消え去ったことに気が付いた。
「もしかして――」
 玲璃も同じように気が付いたのか、口を開いた。そして、その直後には疾也が叫んでいた。
「そっちで派手に人形を壊すんや!」
「了解」
 突然のことに何が何だかわからないが、何か作戦があるのだろうと指示を聞いた琥珀はうなずいた。
「もう終わりにしよか?」
 疾也は再び黒髪をゆらゆらと揺らすおひなさまを見つめてにやりと笑った。
 このままでは髪の毛である程度のダメージが軽減されてしまい、確実にしとめることができない。疾也は時が来る前に、空と玲璃に目配せをする。アヤカシが護衛人形たちを修復している間は髪の毛が元に戻るはずである。その瞬間を狙って、同時に二体の人形を叩き潰すのだ。近づいて直接攻撃する時間はない。彼の拳に梅の香りがまとわりついた。
 そして。
「今やあああ!」
「食らいなさい!」
「終わりにします」
 髪の毛がふいに消え去った。
 疾也は白梅香をまとった拳で、空と玲璃は浄炎で、それぞれ別の人形を攻撃した。



 終わりは意外とあっけなかった。
 二体の人形を同時につぶすと、それらはすうっと空気に溶けるようにして消えていった――残りのすべての人形も同時に。
 つまり、これらの人形はすべてまとめて一体のアヤカシ。
「‥‥では本物のひな人形はどこに?」
 片づけを終え、ルエラが皆疑問に思っているであろう点を指摘した。
「え?」
 戻ってきた父親が、首をかしげる。
 本物のひな人形であれば、壊したにしても残骸が残るはずである。しかし、今回の場合は、人形はすべてまとめて、しかもいっせいに消え去った。まさか、本物の人形がいつの間にかアヤカシになっているなどはありえない。
 琥珀はまさに混沌、といった様子の倉を思い出した。
「す、すみません!もう一度探してきます」
 父親もどうやら同じ考えに至ったようで、ばたばたとせわしなく駆けて行った。
「ほらほら、そんな顔すんなって」
 楽しみにしていたひな祭りに、ひな人形がなくなってしまうという事態。不機嫌そうな表情の娘に琥珀が持っていたもふらのぬいぐるみを手渡した。
「わ、かあいい!」
 娘の表情が一気に晴れる。
「ふふ、よかったですわね」
 マルカが微笑んだ。
「ありました‥‥!」
 間もなく箱を抱えた父親が戻ってきた。
 ひな祭り当日に大慌てでひな人形を探していたため、彼は似た箱を間違えて持ってきてしまったのだ。その中身が不幸にもなぜかひな人形の姿をしたアヤカシであった。

「‥‥飾り付けはできたで!」
 疾也は最後の仕上げに桃の花を飾った。
「さ、お祝いしましょう」
 空が微笑んで娘の頭を撫でた。
 事前にひな祭りの音楽を習得したマルカがフルートで演奏し、それに合わせて玲璃が歌った。娘も楽しそうに目を輝かせ、ときどき一緒に音痴な歌声を披露する。
 こうして、ひな祭りのお祝いはギリギリのところで間に合い、夜も遅く疲れた一同は親子とともに大部屋で眠り込んでしまうのであった。

 翌朝、帰っていく開拓者たちに弁当を持たせようと朝から張り切った父親が間違えて前日の余りの甘酒や菓子類、さらに娘が琥珀からもらったぬいぐるみの入った風呂敷を渡してしまったのに気が付くころには、すべては終わっていた。
 あまりにも整理能力のない父親は、もらったものをそのまま返してしまったのだ。
 この後ご機嫌だったはずの娘が盛大に泣き、しばらく父親と口をきかなくなったのは言うまでもない。
 子育てと家事の大変さを思い知った父親であった。